獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼女はこうして、信頼というものを考える

 

「はぁ……」

 

 夕暮れ、茜色の陽が照らす路地に座りながら、ジゼルはため息をついた。

 いつもの宿の軒先、出口を出てすぐのところで、彼女は壁にもたれてジッとうずくまっていた。うつむいて膝をかかえ、身じろぎ一つしない。

 

「…………」

 

 そんな彼女の隣で、立ったまま壁にもたれてジゼルを見つめていたのはアランだった。

 彼もどこか暗い表情だったが、にこりと笑みをつくるとジゼルに話しかける。

 

「ジゼル、そろそろ中に入らないか? 夏も終わったし、もう冷えてくるぜ」

 

「……ほっといてくれ。悪いけどよ」

 

 ぶっきらぼうに答えるジゼル。アランは苦笑いしたが、文句は言わなかった。

 彼女がなぜ落ち込んでいるのか、彼にも分かっていたからだ。

 

 ……何日か前、彼らが一人の獣人を捕まえた事件。あのジェーンの事を引きずっているのだ。

 そのジェーンは人間たちによって直接的にも間接的にも被害にあい、最後にはありもしない罪まで着せられて裁かれた。

 その事件には獣人のかかえる理不尽や人間の無理解がいくつも絡んでいた。しかし、ジゼルが一番気にしているのは、別の事であった。

 

「獣人だからって、皆いいヤツでもないんだよな……」

 

 独り言のようにつぶやくジゼル。それを聞いて、アランはやりきれない顔をした。

 そう。ジゼルは無意識で同族、獣人たちを特別に見ていたのだ。人間と違い、根は純粋で善良だと。

 だが、そうではなかった。人間社会に加わり、人と接していれば想像はついただろうに、彼女は体験するまで分からなかったのだ。

 そして、身をもって知ったショックは大きかった。

 

「……おっと、アイツもか」

 

 アランはふと上を見上げてつぶやく。ジゼルがつられて上を見ると、ちょうど二階で窓を開けて外を見ているルナの姿があった。

 窓辺に腕を寝かせ、物憂げにぼうっと空を見つめている。金髪が夕日の光を反射し、そよ風にさらさらとなびく。何も言わずにジッとそうしている姿は、いつも前向きでいるルナとは別人のようだった。

 ルナの方もへこんでいるのか、とアランはますます先の事件の重大さを思い知る。ジゼルへ目を移し、どうにか慰める方法はないかと思案する。

 

(体で慰めてやろう……なんてワケにいかんよなぁ)

 

 色欲を刺激してなんとかなる問題ではない。さすがの彼も考え直し、笑みとともに口を開いた。

 

「ま、あんまり塞ぎこむなよ。なんたって今日は……」

 

 アランがなにやら、そう言いかけた時だった。

 

「あ、"ヴァンパイア"だ!」

 

 不意に、路地の向こうから子供の声がした。アランとジゼルが目を向けると、その先から十人ほどの子供が連れ立って歩いてくる。

 その子供たちはこぞって、アランたちの真上にいるルナの方を見上げていた。何が楽しいのかキャアキャアとはしゃぎ、ルナを指さしている。

 

 アランが上を見ると、指をさされたルナは身を乗り出し、おどけるように言い返す。

 

「だーれがヴァンパイアじゃ! お主らみんな血を吸うぞ!」

 

「わー怒ったー!」

 

「あはははは!」

 

 子供たちは怒られておさまるどころか、ケタケタと笑った。それを見て、ルナも仕方がないという風に笑い、部屋に引っ込んで窓を閉めた。

 一方で子供たちなおも笑いながら、そばにある民家のドアをおもむろにノックする。そして、全員で声をそろえて言った。

 

「せーの……お菓子くれなきゃイタズラするぞぉーっ!」

 

「やれやれ、お祭りとなると元気だなぁ」

 

 集団でお菓子を要求するさまを、アランは微笑ましげに見つめていた。

 その子供たちであるが、何故かそろって仮装している。黒い三角帽子とローブで魔法使いに扮したり、白いシーツをかぶって幽霊に扮したり、また緑色の鬼のお面とおもちゃの鎧でもってゴブリンに扮したりと、さまざまであった。

 

 ……実はアランたちのいる国、というかその文化圏全域には、とある風習がある。秋の特定の日になると子供たちが仮装して街を練り歩き、民家をまわってはお菓子を分けてもらうというモノである。

 もとは土着の神やら悪霊やらに仮装する祭りだったらしいが、カレナ教の勢力がその昔のりこんで地域文化をひっかき回したおかげで、このような形になったらしい。

 それに複雑な思いを抱える者もいないではないが、少なくともアランは悪く思ってはいない。現にめいめいお菓子を分け合う(といってもあまり贅沢なモノはないのだが)子供の姿は、他人から見ても頬がゆるむ光景である。

 ただ、彼も引っかかる部分がないワケではない……。

 

「あ、こっちにはワーウルフがいるぞ!」

 

「狼女さーん、お菓子ちょうだーい!」

 

「んー……?」

 

 ジゼルの姿を見て、子供らがバタバタと駆けてくる。それに気だるげに顔を上げると、ジゼルは面倒そうに子供の方を見て言った。

 

「あのなー、私は獣人。ワーウルフって魔物の名前じゃねえか」

 

「だってそっくりなんだもん。耳も尻尾も」

 

「今日は皆お化けになるお祭りだし、お姉さんもお化けって事にしちゃいなよ」

 

「……このやろー。お化けだったらお前らなんてすぐに食っちまうぞ!? がおーっ!!」

 

「きゃー!」

 

「たすけてー! 襲われるー!」

 

 ジゼルが怒るマネをすると、子供たちはルナの時と同じように無邪気にはしゃいだ。その光景を見ながら、アランは悲しげな笑みをうかべた。

 お化けの仮装をした子供があふれるこの日は、人間から見て異質な外見をした獣人たちも"お化け"として注目されるのだ。生まれながらであるさまざまな獣人の特徴も、子供にとっては変な目立つ要素でしかないのだ。

 

 周りの大人たちはそれを気にも留めずとがめない。ジゼルやルナをふくめた獣人たちのほとんども子供のチョッカイに付き合う。祭りの日、街では毎年このような光景が見られる。

 子供に悪意がないのだけが救いであった。

 

「お姉さん見て見て! ウサちゃん!」

 

 作り物のウサ耳をつけた一人の女の子が、うれしそうにジゼルへ言う。子供の中には動物の特徴を模したものを身につけ、獣人の仮装をする子もいるのだ。

 しかし、それを見たジゼルの笑顔はかげる。ウサギの耳を見て、ジェーンの事を思い出したのだろう。

 

「……お姉さん?」

 

 急に表情が変わったジゼルを、女の子は不思議そうに見つめる。他の子供たちもキョトンとして顔を見合わせた。

 

「あのー、君たち。とりあえずその辺に……」

 

 騒ぐ子供らに向けて、アランは遠慮がちに声をかける。事情を知らない子供たちに彼女の内心は分からないだろう。どうにかさりげなく遠ざけてやらねば。

 アランがそう考えていた矢先。

 

「あ、みんなお疲れさま。お菓子用意してあるよー」

 

「私もつくるの手伝ったニャー」

 

「あ、リズさんにエマさん!」

 

「こんにちはー!」

 

 宿の中から、リズとエマが出てきて子供たちへ頬笑む。その二人の手にお菓子の小袋がたくさんあるのを見るや、子供たちはたちまちそれに群がった。ジゼルの前から波が引くように人がいなくなり、かわりにリズたちの周りがにわかに賑やかになる。

 

「僕が先! 僕が先!」

 

「押すなよ! 一人一つだぞ」

 

「だってここの美味しいんだもん。早い者勝ち!」

 

「こらこら、みんな順番! ね?」

 

「足りなくなったら奥から持ってくるニャー」

 

 お菓子を受け取ろうと子供たちはすばやく並び、受けとるなりキャッキャと喜びだす。そのさまを横目に見ながら、ジゼルはさびしげに笑った。

 

「ったく、現金なヤツらだな」

 

「ジゼル……お前」

 

「変な顔するなよ。気にしてない」

 

 心配そうにするアランに短く言い、ジゼルはようやく腰をあげる。しかし壁にもたれ、それ以上動こうとはしなかった。

 

「……入り口んとこが静かになるまで、もう少しこうしてるか」

 

「ああ、そうだな」

 

 ジゼルがもっともらしく提案すると、アランはうなずいた。おそらくまだ気分が完全には切り替えられないのだろう。二人はリズたちと子供らが遊んでいるのをボンヤリと見つめていた。

 すると、そんな二人へ新たに声をかけてきた者がいた。

 

「ジゼルさん?」

 

「……ん?」

 

「ぼうっとしてるな。いつになく」

 

 ジゼルが振り向くと、そこにはクリスとナタリーが並んで立っていた。子供らのように仮装はせず、仕事の時と同じように武器を身につけている。

 ジゼルは我にかえって首をぶんぶん振ると、なるべくいつもの調子で言う。

 

「お前らは見回りかい?」

 

「まあな。子供たちがみんな出歩くから、俺たちも気がぬけない」

 

「……ジゼルさん、大丈夫ですか? このところルナちゃんたちもそうですが、ひどく沈んでいたので……クリスさんも心配していましたよ」

 

「なっ、ナタリー! わざわざ言わなくていい!」

 

「え、隠す事ないじゃないですか」

 

 照れるクリスに、ナタリーはキョトンと首をかしげる。それにジゼルがクスリと笑うと、クリスが咳ばらいして言った。

 

「そんな事より……ジゼル、なんか迷子の子がお前に会いたいとか言ってたぞ」

 

「え、会いたい?」

 

 ジゼルが目をしばたかせると、クリスの陰から一人の少年がおそるおそる顔をのぞかせる。年の頃5、6程度の小さな少年。

 ジゼルはその少年に見覚えがあった。とっさに鼻を利かせて匂いを拾おうとする。同時にアランもその子を見て何か思い出しかける。

 その時ジゼルたちが思い出すより早く、彼らに視線をうつした子供の一人が気づいたように声をかける。

 

「あれ、エリクじゃん! 遅いぞー!」

 

「ごめーん! 衣装の準備してたー!」

 

 友達らしき子に謝る少年。その一幕で、ジゼルはハッと顔色を変えて言った。

 

「エリク……そうか、あの時の!」

 

「こ、こんにちは」

 

「ああ、あの子か」

 

 ジゼルが前屈みになって顔を近づけると、エリクという子はあいさつと共にうなずいた。

 その子は、何ヵ月か前にジゼルたちが依頼で飼い猫を見つけてやった(第12話参照)子である。会ったのは一度きりだったが、感謝の手紙をくれたりしたのもあってジゼルの印象はよかった。

 ジゼルが笑みをつくると、エリクも表情をやわらげる。その時、そこへ子供たちの声が近づいてきた。

 

「あ、ハーピーがいる!」

 

「ハーピーだハーピー! 鳥人間!」

 

「わわっ、ちょっと君たち!?」

 

 お菓子を受け取り終えた子供たちは、新しくあらわれた獣人ナタリーの方へと駆け寄る。とまどっているナタリーや子供をなだめるクリスの姿を一瞥してから、ジゼルはエリクへ視線をもどして言う。

 

「……ところで、その格好は?」

 

「あ、これ?」

 

 エリクは自分の服を見返して言う。彼は狼を模した付け耳と尻尾をそれぞれ身につけていたのだ。実際に毛皮の一部を使ったのかどこか迫力があった。

 狼獣人であるジゼルはその姿にやや親近感をおぼえる。「格好いいじゃん」とアランがほめてやると、エリクは顔をかがやかせて言った。

 

「いいでしょ!? 僕、今年は絶対に獣人の仮装をするって決めてたんだ!」

 

「へぇ、なんで?」

 

「だってカッコいいもん! 前はちょっと怖いかなって思ってたけど、見直した!」

 

「見直した、かぁ……」

 

 ジゼルはモジモジしながらエリクを見つめる。もしかしたら自分に憧れていたりするかも、と内心そわそわしていた。

 そんな彼女の心を知ってか知らずか、エリクは元気にこう答える。

 

「獣人っていい人ばっかりだよ! 街で見かけても挨拶してくれるし、悪い事してるところなんて見た事ないもん!」

 

「…………っ!」

 

 無邪気に話すエリク。しかしその直後、ジゼルの顔がふと曇る。アランの表情にもかすかに影がさした。

 不意に流れる沈んだ雰囲気。それを子供ながらに察してか、エリクも笑みを引っ込めた。お菓子を受け取り終えた他の子供たちも、近くから妙な気まずさを感じて顔を向ける。

 

「エリク? どした?」

 

「あ、ううん。なんでも……」

 

 エリクはとまどいながら答え、ジゼルへ向き直る。ジゼルはしばし伏し目がちになり、やがてさびしそうに笑みをつくって言った。

 

「……エリク。獣人がいい人ばかりって、本当にそう思うか?」

 

「え……?」

 

 その言葉に、アランがぴくりと視線をやる。クリスやナタリー、そしてリズやエマも気がかりそうにジゼルの方を見た。

 ジゼルは言いにくそうにしながら、ずいぶん気弱な風に言う。

 

「つらい話かもしれないが……悪いヤツもたくさんいるんだ。お前の知らないところで、今でも」

 

「お姉さん……?」

 

「それだけじゃない。単に得をしたいから街でおとなしくしてるヤツもいる。みんな仲良くしたいとは限らねえ」

 

 ジゼルは独り言のように言った。そのうち、彼女の目線はまた少しずつ下を向いていった。まるでエリクの目をおそれるかのように。

 

「お前もこれから先、とんでもない獣人に会うかもしれないぜ。それこそ、獣人みんなを嫌いになるような……」

 

「…………」

 

 すねたようにつぶやくジゼル。一番"つらい話"をしているのは彼女自身だろう、とアランは思った。

 かつて人間そのものを憎んでいたジゼル。エリクもいつか、獣人に対して同じような気持ちにならないとも限らないのだ。

 どんな生き物でも、色んなヤツがいる。言うのは簡単でも、それを理解するのは誰だって難しい。

 

 それから、 ジゼルは無言になった。クリスとナタリーは自然となりゆきを見守り、子供たちは首をかしげながらリズの方を見る。「きっと大事な話をしているニャ」とエマがはぐらかした。

 

 それから間もなくして、エリクがついに口を開いた。

 

「大丈夫だよ」

 

 その言葉に、ジゼルがハッとしてエリクの目を見返す。するとエリクは無邪気に笑って言った。

 

「よく分かんないけど……お姉さんも、他の人たちもいい人だもん。もし悪いヤツがいても、それは変わんないよ」

 

「エリク……」

 

 か細い声でつぶやくジゼルに、エリクは相変わらず笑みを向けていた。表面上の、すぐに引っ込めてしまうような笑みではない。

 ジゼルはやがて目を潤ませはじめ、エリクの頭に手を置き、優しく言った。

 

「……サンキュー。ごめんな、変な事いって」

 

「ううん、平気」

 

 頭をなでられたエリクはうれしそうに言った。言動とおなじく、とても素直な様子だった。

 それをアランはうんうんと頷き、黙って見ていた。続けてクリスはタイミングを見計らったように子供たちへ呼びかけた。

 

「よーし、遅くならないうちに家に帰るといい。あまり暗くなると物騒だからな」

 

「あ、はーい!」

 

「エリクも、いいかげんもう行こうぜ」

 

「あ、うん!」

 

 エリクはあわてて返事をし、駆け出そうとする。去り際に振り向いたエリクへ、ジゼルとアランが手を振った。

 

「……またな」

 

「気をつけて帰れよー」

 

「はい!」

 

 エリクは元気に返事をし、友達と一緒に去っていった。その姿が遠くなるのを確かめてから、クリスがジゼルの方を見て言う。

 

「じゃ、俺たちはもう少し見回りをしていく。また後でな」

 

「おやすみなさい」

 

「ああ、わざわざ悪いな」

 

「ここへは、通りがかっただけだ」

 

 いくらか言葉をかわし、クリスたちも路地の向こうに消えていく。すると今度は、リズとエマが歩み寄ってきた。

 

「じゃあ、もう帰りましょう。今夜は一緒にご飯食べましょうよ。よければルナちゃんたちも誘って」

 

「余ったお菓子も腐る前にあげるミャ。いつまでも凹まれると気が滅入るニャン」

 

「…………ああ」

 

 二人で宿の中に迎え入れられ、ジゼルは声にならないような返事をした。しだいに目に涙がたまり、泣きそうに肩を震わせだす。

 

「ああもう、大丈夫かよ」

 

 アランがとっさに肩を貸し、小声でからかう。するとジゼルはちらと視線をよこし、さらに小声で言った。

 

「"みんな良い人"って言いたくなる気持ち、こうして見ると分かるよ」

 

「ジゼル……」

 

「どこかでみんな裏切られるハメになるんだよな……。ロクでもないヤツがいたり、しがらみがあったり」

 

 ジゼルの口調は、実に悲しげだった。人間と獣人が平和に暮らしていると思える空間は確かにある。だが、平和でない場所も当然あるのだ。

 先のジェーンの事件にしろ、自身の過去にしろ、ジゼルはいよいよそれを実感していた。

 アランは彼女の背を優しくたたき、こう励ましてやった。

 

「……お前が人間を信じた分、どこかで獣人を信じてくれる人がいるさ。エリクだってそうだろ?」

 

「…………そうかな」

 

「そうとも。これから先、俺たちと楽しく暮らしてりゃおのずと証明されるさ。50年でも100年でもやってみろ」

 

「100年も経ったら死んでるだろお前」

 

「いや、生きてるから! 大家族つくって生きてるから! 約束!」

 

「勝手に子供をつくるなッ!」

 

 涙声になりながらも、ジゼルは笑ってアランをどついた。その時、奥のドアを開けてリズとエマが声をかけてきた。

 

「もー、なに騒いでるんですかー? 玄関ふさいで」

 

「暇ならルナたち呼んできてほしいニャー」

 

「ああ悪い、今行く!」

 

 そう言ってジゼルはアランを押しのけ、ルナとダニエルの部屋に向かって階段をバタバタと登っていった。

 彼女の表情には、いつものような笑顔がようやく戻りつつあった。

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