スヴェンが放つガンバスターの一閃を赤髪の魔族が容易く漆黒の刃で受け止め、
「……名は?」
火花が散る最中に名を問われた。
魔族の中の裏切り者。その可能性も捨て切れないが、どうにも彼の瞳は策略に向かない純粋な色をしている。
現状敵か協力者かは判らないが、
「スヴェンだ。そういうアンタは?」
名を知らなければ何も始まらない。
「アウリオン・アゼスト……っとこの国ではフルネームは特別な意味を持っていたな」
涼しげな顔でアウリオンが一歩、床を踏み抜く。
足に込められた力で床がひび割れ、漆黒の一閃がスヴェンをガンバスターごと弾き飛ばす。
対するスヴェンも黙ってやられる性分ではない。
空中に弾かれ、宙で体勢を立て直すと同時にガンバスターの銃口をアウリオンに向ける。
これは幾度も死線を潜り抜けた経験から来る直感に過ぎないがアウリオンは強い。覇王エルデと戦った時と同じ高揚がスヴェンの底抜けに冷めた瞳に熱を宿す。
故にスヴェンは躊躇なくアウリオンに向けて引き金を引く。
ズドォォーーン!! 一発の銃声が地下室に響き渡る。
銃弾が真っ直ぐアウリオンに飛来する中、対する彼は初見の銃弾に漆黒の刃を縦に振り下ろした。
普通なら刃ごと.600LRマグナム弾が貫くが現実はどうだ?
漆黒の刃から火花が散るもそれは一瞬の出来事で……スヴェンの瞳に映ったのは両断された銃弾が床に落ちる瞬間だった。
スヴェンは冷静に、着地すると同時に突進するアウリオンにガンバスターの刃を下から斬り上げる。
「むっ」
アウリオンが小さく唸り声をあげるも漆黒の剣を盾に防ぐ。
ガキィーン!! 鈍い音が響く中、スヴェンは刃が弾かれる瞬間に素早く斬り返す。
それに応じるようにアウリオンもまた刃を斬り返した。
幾度も刃が打つかり、火花が散っては刃が弾かれ合う。
まだアウリオンは全力など出してはいない。全力なら魔法を、魔力を武器に宿すはずだ。
それともこちらが魔力を使うのを待っているのか。
剣戟の最中、スヴェンは下丹田の魔力に意識を集中させ、右手からガンバスターに魔力を流し込む。
魔力を纏ったガンバスターに漆黒の剣が大きく弾かれ、アウリオンの胴体ががら空きにーーそれは誘い込みだ。
スヴェンが予想した通り、アウリオンは素早く体勢を立て直し一度後方に飛び退く。
「誘いに乗らないか……判断力と戦闘能力。確かにお前は他の異界人とは違うらしい」
あのまま一撃を入れに踏み込めば、逆にスヴェンの首が飛んでいた。
「こっちは戦うこと以外を知らねえ傭兵だ。戦闘能力で簡単に遅れをとってたまるか」
「そうか……単なる下層街の暴れ坊とは違うか」
それはアウリオン自身の事を指し示す言葉なのだろうか。
アウリオンの過去に興味は無いが、彼の素性には興味が有る。
これだけ戦えて単なる一兵士な筈がないのは明白だが、今は問答をしてる場合でもない。
それはアウリオンも同じ考えだったのか、二人は同時に動き出していた。
しかし先程とは違い、アウリオンも魔力を漆黒の剣に魔力を纏わせーー黒炎の刃を纏わせ、更に彼の周囲に魔法陣が宙に現れる。
「これをどう対処するのか見せてくれ」
こちらに駆け出しながら魔法陣から爆炎、雷槍、風の弾、氷の刃、土の塊が同時に放たれる。
スヴェンは脚を止めず、魔法の弾幕を掻い潜るように直進した。
だが避けた一発の爆炎がスヴェンの横脇を掠め、床に着弾と同時に爆風が襲う。
爆風の勢いに合わせ、スヴェンは跳躍した。
一斉に魔法陣が宙に浮かぶスヴェンに向けられ、アウリオンが落胆した様子で息を吐く。
同時に数種類の魔法が宙に向けて放たれる。空中ではまともに身動きが取れず魔法を避けられない。
少なくともアウリオンはそんな結論を出したのだろう。だがそれは不正解だ。
スヴェンは敢えて反動抑制モジュールの機能を切り、左方向に銃口を向け、魔法が到達し着弾するよりも速く引き金を引く。
射撃の反動により無抵抗の身体が壁方向に吹き飛び、対象を失った魔法が天井に着弾し、砕けた天井の破片が床に落下した。
スヴェンは壁に衝突する前に体勢を立て直し、壁を足場に駆け出す。
「これは……」
助走と壁を踏み抜いた反動を利用したスヴェンがアウリオンの下に迫る。
スヴェンは勢いを殺さずガンバスターを振り抜く。それに対してアウリオンも黒炎を纏った剣を横に振り抜いた。
両者の繰り出す一撃が激しい金属音を響きかせ、刃同士が凌ぎ合う。
力を下丹田に入れる度に腹部から夥しい血が噴き出る。そんな状態になろうともスヴェンは僅かに後方に退がり、またアウリオンも同時に退がっていた。
そして二人はほぼ同時に魔力を宿した一閃を放つ。
魔力を込めた二人の刃が繰り出す一撃がーー衝突する前にスヴェンは刃の魔力を操作して解放させた。
すると刃同士が激しい衝撃を生み、スヴェンとアウリオンの身体が弾かれる。
ーーなるほど、こうやんのか。
今のでスヴェンはアウリオンが剣に宿した魔力をどのように扱っているのか理解した。
この世界の者は武器に纏った魔力を解放させることで、衝撃を生み出している。
それは相手の刃を防ぐ瞬間にやれば、相手の刃ごと身体を弾かせることも可能だ。
逆に同時に同じタイミングで魔力を解放すれば、さっきと同じように相殺された力場に弾かれる。
「魔力ってのは便利だな」
ガンバスターに魔力を宿し放つ衝撃波同様に宿した魔力の解放もスヴェンから体力を奪う。
今の魔力操作では長期戦闘に向かない。それをアウリオンは見抜き距離を縮めながら、
「お前の魔力操作はまだ荒いが……なるほど、手強い」
興味深けな眼差しと共に縦に黒炎の刃を鋭く振り下ろした。
迫る黒炎の斬撃が目で追え、反応できるにもかかわずスヴェンの身体は消耗により動けない。
やがて黒炎の斬撃がスヴェンの左肩に食い込みーースヴェンは苦痛に眉を歪ませる。
腹部の出血と左肩から生じる熱と激痛。
ちらりと視線を向ければ、後方に飛ぶ自身の左肩ごと左腕の姿が瞳に映り込んだ。
同時に認識がスヴェンにより激しい苦痛を齎す。
だがこんな痛みは何度も味わい、その度にスヴェンは噛み締めて叫び声を上げず耐えてきた。
スヴェンはガンバスターから手を離し、一瞬の油断を見せたアウリオンの右頬に右拳を叩き込む!
ゴスゥゥ!! そのままスヴェンは上半身を捻り、アウリオンを殴り飛ばす。
宙に浮かぶアウリオンに向けてスヴェンはガンバスターを持ち直し、そのまま駆け抜け、床を踏み抜き跳躍してはアウリオンに一閃叩き込む。
片腕で繰り出された一撃ーー魔法陣に刃が阻まれ、スヴェンは舌打ち鳴らす。
「チッ!」
魔法陣と魔力を纏った一閃による生じた反発力に、二人は弾かれるように床に着地した。
するとアウリオンは眉を歪めながら尻尾を揺らす。
「……その状態で、フェアではない状況でここまで動くとは」
確かにスヴェンは灰髪の魔族少女から傷を受けた。
そして今度は体力を消耗した状態で左肩を切断され、いまなお綺麗な切断面と腹部から夥しい出血が床を汚している。
だがそれがなんだ? お互いにフェアな状態? そんな物は戦場なら最初から存在しなければ、いつだって不利な状況を強いられる殺し合いだ。
「戦場を渡り歩くイカれた外道には関係ねえよ」
スヴェンは魔法陣を展開しているアウリオンに衝撃波を飛ばすーー同時に衝撃波を囮に縮地を繰り出す。
アウリオンは迫り来る衝撃波を魔法陣で受け止めるが、徐々に魔法陣に亀裂が生じる様にーー小さく笑った。
そして魔法陣がバリーン!! ガラスのように破れた瞬間、アウリオンが両手で握り締めた漆黒の剣で衝撃波を受け止める。
完全にがら空きのアウリオンの背後に回り込んだスヴェンは、ガンバスターの銃口を彼の後頭部に押し付け、
「こいつで終いだ」
「先程の飛来物の速度と威力……なるほど、この距離なら確実だな」
「アンタが引き金を引くよりも早く魔法を唱えれば違うが?」
そう告げるとアウリオンは受け止めていた衝撃波を、漆黒の一閃で弾き返した。
衝撃波は地下室の天井に弾かれーー衝撃音と共に天井が崩れる。
幸いスヴェンの左腕も気絶してる灰髪の魔族少女も巻き込まれることは無かったが、巻き込んだらどうするんだ? そう言いたげな眼差しで睨むとアウリオンがこちらに振り向く。
同時に漆黒の剣を鞘に納め、
「スヴェン……お前が魔王様の救出に協力してくれる事を願う」
小さな笑みを浮かべていた。
どうやら彼の中で納得する判断材料を見つけたようで、これ以上の戦闘は無意味だ。
スヴェンはまたいつもの眼差しに戻り、ガンバスターを鞘に納める。
しかし出血多量で視界が歪む。気を失うまでそう長くは保たないだろう。
「今は単なる旅行者だ」
「……なるほど、馬鹿正直に魔王救出を掲げては消されると考えたな」
理解が速くて助かる。同時にアウリオンは頭の回転も状況を見据える能力も高いように思えた。
それならここで幾つか情報を得ておく必要が有る。
「アンタは魔王のために邪神教団に従ってる状況だな?」
「俺に限らず、そこに気絶してるリンもそうだ」
魔王に対する忠誠心。それも有るが従わなければ邪神教団は本気で凍結封印したアルディアを砕くのだろう。
だから不本意な指示に従わざるを得ない。ここで戦闘という茶番を演じたのも疑いを躱すための工作。
スヴェンはこの町で起きた事件の情報を得るために訊ねる。
「……リリナ、アイツを屋敷に帰したのはアンタか?」
「ああ、連中の指示に従ってだが……なぜわざわざ彼女を帰したのかは理解に苦しむが」
「港で発見された全身の皮膚を剥がされた少女の水死体、アンタがリリナを帰したのと同時に起きた事件だ。そっちの件に何か心当たりはねえか」
アウリオンは考え込むように顔を顰め、やがて意図を察した様子で頷いた。
「なるほど、お前がそう疑うのも道理だな。それならばこちらでも調べておく……その状態にした俺が言うのもなんだが、一刻も速く治療すべきだ」
霞む視界と滲む汗。確かに早めにミアの治療を受けなければ出血多量で死ぬ。
まだ情報が欲しい所だが、
「なら後で情報でも流してくれ」
「ようやく得られた協力者だ、連中に悟られん程度に協力させてもらおう」
明確な協力関係の構築。これで多少は魔王救出が前進すると思うが、まだ布石が足りない。
故にスヴェンはアウリオンととある言葉を交わし、とある密約を協定として取り付けた。
そしてスヴェンはアウリオンに背中を見せ、
「最後に結界だけはそっちで解除してくれ」
アウリオンはスヴェンの頼み事に快諾した。
こうしてスヴェンは左肩を回収し、すっかり荒れ果てた地下室を背にレヴィとミアが待つ廊下へ歩んだ。