「…はっ…!…はっ…!」
私の目は、ホッコータルマエさんを捉えた。
最終コーナー、ここでの駆け引きで、勝敗は決まる。
まだ、脚は十分に残っている。競り合いをしても十分にゴールまで耐え抜けるぐらいの……
『良いか、ケイ、大井のコースは、カサマツや名古屋と違って。普通のカーブの構造だ。』
…トレーナーさんが言っていた…。
『カサマツや名古屋のようなスパイラルカーブだと、ウマ娘はばらけやすい。でも、この間走った金沢のコースだと、君はどうなった?』
『呑まれかけました』
『そうだ、だから、トノハタサターンのアドバイスを、忘れないようにしなければならない』
そう、
通常のカーブだ。
それに、ホッコータルマエさんは、一番人気。
自然と、警戒という名の注目が集まる。だから、注目も、動きも、自然とホッコータルマエさんが中心になりやすくなる。
ここで、私も乗れば、ほかの娘に呑まれてしまうかもしれない。
ここはウマ娘がばらけやすい、スパイラルカーブではないから。
なら…私のやることは………
「…!よし、そのまま行くんだ、ケイ!」
ケイピーシーナリーの様子の変化を、舞原は感じることができたようである。
彼女のやったことは単純明快、目と肩の力を抜いたのだ。
ホッコータルマエだけに注目した姿勢を捨て、レースを俯瞰して見るようにしたのだ。
『ここでケイピーシーナリー、集団から外れて外側に飛んだ、一方内ラチでは、一番人気ホッコータルマエが他の娘達の猛追を受けている!』
「妨げるものはない!思い切り突き進むんだ、ケイ!」
「そのままドカーンとやっちゃうネ!fire!」
「行け!行け!そのままぶっちぎっちゃって!」
舞原とスタークラッシャー、その他にも、名古屋からわざわざ駆けつけた天持学園の生徒も、ケイピーシーナリーに声援を送っている。
「……!!」
彼女も、それに応えるかのように、必死で脚を動かした。荒れた内をさっさと逃れ、空いている外から一気にガバっと行ったのだ。
当然、その結果は明らかである。
ホッコータルマエも末脚を伸ばしては来たが、体力が持たない。
『ケイピーシーナリー、抜け出してゴールイン!今年の夜の大井の覇者は、この娘に決まったー!!』
ケイピーシーナリーは、見事、ホッコータルマエへのリベンジを果たしたのだ。
「ケイちゃん、上手く抜けましたね…」
応援にわざわざ駆けつけていた天持学園の人間の生徒が、関心の声を漏らした。
「一瞬、遠心力に体を任せて、アウトに寄ったんです………スイッーと滑空して、上手く避けた…そんな感じですね」
「滑空!最初の頃の羽つき恐竜みたいですね!」
森谷が解説をし、人間の生徒は興奮した様子を見せる。さてさて、この熱気が冷めないうちに行くとしよう。
「良い例えね、さて、ウイニングライブも、もちろん見ていくわよね?」
「はい!」
さて、会場まで降りる準備をするとしよう。
……このレース、応援席の中に、私は懐かしい男の姿を見た。彼はどうするのか気になるところだが、生憎、私も忙しい身、まだまだ落ち着いて話せそうにはない。
「桜田君、タルマエ君、キッシー君、惜しかったな」
ウイニングライブが終わった後、帝王賞の観戦に来ていた白子は、桜田とホッコータルマエ、そしてキングダムシーを迎えた。
「…自分の指導力不足です、先輩」
「…ケイ殿の成長は、こちらもわかっていましたが………想像以上のものでした………」
「桜田君、キッシー君、私が見るに、タルマエ君と、名古屋のウマ娘、ケイピーシーナリーの実力はほぼ互角だった。作戦が成功したか、そうでなかったかが勝負を分けている。勝負にこそ負けたが、君たちは次のレースへのヒントをもう、手にしているのだよ……それに、タルマエ君、君は、悔しさももちろんだが、それとは別の感情を抱いているのではないか?」
白子はホッコータルマエの方を見た。
「……白子トレーナーに嘘は言えませんね……はい、私、全力を出しました。それで負けてしまいましたから、もちろん悔しいんですけど……負けて、清々しさも感じてます。それも…今までレースをしてきて、感じなかったぐらいの」
「…タルマエ殿……」
「そうか………キッシー君、どうやら、君の後輩はタルマエ君と良きライバル関係となれそうだな」
「…!」
白子はこの時、ホッコータルマエに、新たなライバルを作ろうとしていた。彼女自身の実力向上のヒントにもなる……だけでなく、彼女が学園外に新たなライバルを得ることにより、学園内の構造がどのようになるのかを確認したかったからである。
「タルマエ君、意識すべきライバルが明確になったこと…これは大いなる価値だ。君の強さを高めてくれる。これならば、桜田君と協力し次の大きなレースにおいても、良い結果を得ることができるだろう。今後もできる限りのサポートは行わせてもらう、しっかりとな、2人とも」
「「は、はい!」」
(学園内はプロジェクトラークで大いに盛り上がっているが、ダートウマ娘はそれも特に気にせず奮闘し、お互い切磋琢磨することが暗黙の了解のようになっている………そこに、学園外の存在をライバルとして意識し始めるウマ娘という要素を入れ込むとしよう………)
ケイピーシーナリーが帝王賞を勝利してから数日後、濃尾トレセン学園、名古屋校舎の一室には、斎藤、仁藤、そしてアサヒクリークがいた。彼女たちの目の前には、ケイピーシーナリーの資料が映し出されており、それを、ホバーワイズが説明している。
「これが、蹄鉄交換後の彼女への負担の計算結果です。データでは、体力の節約により、後半の伸びが良くなることが予測されていますが………今回の帝王賞では、その予測が、外から回っても最後まで末脚を伸ばせ、突き放すと言う結果で現れました。」
「私たちもビデオを見てそのように感じたわ、でも、それだけではないのよね?」
「はい、彼女のトレーニングとレースの結果、そして、蹄鉄の相乗効果により、彼女自身、より鍛えれば、もっと距離の長いレースに出場することが可能です。さすがに春の天皇賞のような3000mクラスは厳しいかもしれませんが………2500mの名古屋グランプリほどの距離ならば、十分に走り切ることができるかと」
「それは素晴らしいことですが……彼女だけそうできたのでは、意味がないのは、分かっていますわよね?」
「ええ、それはもちろん。彼女の育成と分析を進めることで、中長距離を走ることのできるウマ娘の育成実績、及び、中長距離を走ることのできるウマ娘を見つけ出す方法の研究とフィードバックができます。また、これらをもって、適性のある生徒の発見、呼び込みも行う事ができます」
アサヒクリークは、個々のウマ娘の優秀さだけでなく、育成実績のフィードバックや生徒の呼び込みにつながるかどうかにも、目を向けている。
「なるほどね、でも、それじゃあなんで俺まで呼ばれることになったんだ?理事長さんとしおりさんさえいれば、学園内への展開はすぐにやってもらえるのに」
仁藤が手を上げて、ホバーワイズに質問する。
「仁藤課長をお呼びした理由は、頼みごとがあるからです。ぼくは以前、この学園のウマ娘達は、まだ実力を出し切っていない……そう言いました。もちろん、ケイピーシーナリーも例外ではありません。彼女には可能性があります。」
「……つまり、ケイピーシーナリーに、新しい挑戦を提案したいっていう事か?」
「はい、そしてその提案を受け入れるかどうかは、あくまで本人達の判断に任せるべきです。ですから、心理的距離の近い、仁藤課長にお願いしたいと思い、今日ここに」
「つまり、トレーニング方法みたいな学園内だけの話じゃ無いってこと?」
質問する仁藤に同意するように、アサヒクリークと斎藤も、ホバーワイズのほうを見る。
「ええ、そうです。ぼくは、ケイピーシーナリー…彼女に、札幌、もしくは函館レース場で走って貰いたいです」
「…つまりは…洋芝」
アサヒクリークは、仁藤より先に、そうつぶやいた。
「そうです、理事長。彼女の走法ならば、ダートだけでなく、洋芝でも問題はありません。ですから、今後のため、確認を行いたいのです。もちろん、これから行われる札幌記念や函館記念に無理をして出てほしいという訳ではなく…あくまで検討いただきたい事項としてです」
「……同意を得られるのであれば、私は賛成ですわ、可能性の追求は、行っておくべきです」
「私も、理事長と同意見ね、もちろん、同意と安全性が担保されていれば、仁藤さんは?」
「舞原とケイは、ホッコータルマエに勝つっていう目標を達成した……新しい目標として、洋芝に適性があるかを確かめる……。うん、舞原に話してみるよ」
「ありがとうございます」
ケイピーシーナリーの帝王賞勝利は、名古屋トレセン学園に、ウマ娘の新たな可能性の追求という目標を与えていた。
しかし、彼らは決して勢い任せで進むのではなく、勢いに乗りながらも、冷静さを持って、ウマ娘達の活躍を支え続けている。
「試しに洋芝を走ってみる……ですか?」
私より先に声を上げたのは、トレーナーさんだった。私だって驚いている。これからどうしようか考えてはいたけれど、予想外だ。
「ああ、ホバーワイズがケイのダートへの走りを分析した時に、洋芝も上手く走れる可能性を見いだしたそうだ、もちろん、やってみるか否かは、お前さん達にまかせるよ?」
「……洋芝を走るとなると、ダートとの反発力の違いと脚への負荷がどうなるか………ケイ、重い馬場の得意な君なら、洋芝特有の根深さから来るパワーの必要な走りはできると思う。あとは、君がどうしたいかだ」
「………」
私は、この間の帝王賞で、当面の目標だった、ホッコータルマエさんに勝つことができた。
その時に出た課題は、もしあのときのような状況で抜け出せずに、競り合ったときに粘り勝つスタミナをつけること……ただ、つけた先に、どうするか、それをまだまだ、全然決められていない。
そういえば、座学で聞いた。洋芝は、一般的にダートよりも粘りのある馬場で、より多くのスタミナを使うらしい。
ダートよりも負担のかかる洋芝を走ってみれば、トレーニングとか、今後どうしてみるかとか、ヒントが得られるかもしれない。それで…もっと、強くなりたい。でも、ダートも…
「トレーナーさん、私、試してみたいです。もっと、強くなりたいですから……でも、ダートもしっかり続けたいです………大丈夫…でしょうか?」
「……分かった。僕に任せてくれ、トレーニング予定の調整をかけて、洋芝の挑戦を、無理のない範囲で、できるようにしていこう」
「はい!」
これからどうなるかは分からないけれど、怪我だけはしないように、頑張っていこう。
帝王賞が終わって1週間と少し経ち、私は森谷と食事をしていた。大一番を乗り越え、少し仕事に余裕ができたのだ。
「そう言えば、生徒の皆さんは、あのことに興味津々みたいですよ」
「あのこと?」
「ケイさんが洋芝でのレースにチャレンジするかもという話です」
「そのことね、確かに、私も予想できない一手だったわ。生徒達が驚いて、アンテナを張っているのも無理はないわね」
噂が広まるのは、物凄く速い。学校という半閉鎖的な空間ならば特にである。前世の大学時代にも、飲酒運転をして捕まった同学年の生徒の名前がすぐに広がっていたな。
「新しい環境に自ら飛び込む、あの娘の姿勢は凄いと思います。それに、砂から芝なんて、まるでオグリキャップさんみたいですね」
「そうね、彼女のように活躍することを期待しましょう。でも、洋芝は普通の芝とはだいぶ違うのでしょう?」
「はい、私の大学時代の留学生の友達が言うには……」
その後、森谷は、洋芝の知識について話してくれ、私はそれを質問や相槌を交えながら聞いていた。
ただ、何と言うか…
2度目という印象が強かった。
まあ、アベイ・ド・ロンシャン賞を勝ったウマ娘と仲良くしていたのだから、当然か。
そう言えば、彼女はどうしているのやら…
南の島でのんびりしているのだろうか……
…おっと、いかんいかん、気になることがある。
「森谷さん、私、ケイさん洋芝挑戦の件で、気になる事があるのよ」
「気になること…ですか?」
「トノハタサターンさんの反応よ、彼女は、一応今は此方に身を置いてくれているけれど、心の底では、レースを取り巻くファン達への不満が燻っているわ。だから、今回の件は、あくまでケイさん本人の意思だって事を、説明する必要があるんじゃないかしら?」
ケイピーシーナリーの洋芝挑戦の件については、本人の自由意志のもとであることは、しっかりと分かっている。だが、今、中央はプロジェクトラークの真っ最中で、自然と海外≒洋芝に目が向きやすい。
トノハタサターンが、ケイピーシーナリーに対し、世の中の潮流に流されつつあると誤解すれば、それは両者にとって不利益を招くのだ。
「確かに……」
「じゃあ、さっそく、月曜日に話をしてみましょうか」
不安の芽は、早めに摘んでおくが吉である。
「わざわざ呼び出してしまってすいません、どうぞ座ってください」
「はい」
そして月曜日、私達はトノハタサターンを呼び、ケイピーシーナリーの件についてしっかりと事実を伝えることにした。
「今日、私達がトノハタサターンさんに来てもらったのは、ケイさんの洋芝挑戦の件について、しっかりと事実を伝えておきたかったからなんです」
「………」
トノハタサターンは表情を崩さないが、斜めであった耳が少しずつ、直立しつつある。
「……」
横に目をやって、森谷を見る。ここで話すな、まだだ、まだ待て。
「今回のあの娘の挑戦…あまりにも急ですね」
トノハタサターンが、そう言う。その言葉は、いろんな意味をはらんでいるだろうということは、直立した耳から、容易に想像できる。
「その気持ちも、無理はないと思います……帝王賞の走りを分析したホバーワイズさんが、ケイさんの走りは、洋芝に対応できるかもしれないという結論を出したんです、そして、丁度ケイさんは、これからどうするかを、考えていたんです」
「それは、あの娘から聞きました。勝ちたい人に勝った今、どうすれば良いか……」
世話になった人に、報告し、今後のことを話す。うん、予測していた展開だ。私がそうしていた。
「私達も、その点を見ていたんです。それに、ケイさんはまだまだ、成長の真っ最中……ですから、適性があるかもしれない洋芝への挑戦を、選択肢として提示したんです……決して、レース界の潮流や話題に、乗っかった訳ではなく、あくまで、開拓できるかもしれない領域として」
これは事実だ。そもそも私達は学園の方針で、生徒に多様な進路や開拓先を提供している。だから、一般学校との交流における生徒達のストレス発散を図り、サポートウマ娘も他校より多くし、アグレッサーウマ娘も作った。
それに、研究熱心なホバーワイズのことだ、恐らく彼女は、ラークが行われていても、そうでなくても、可能性の提示はしていた筈である。
「理由は、よく分かりました……今、何をしたいのか…これは、ケイ自身にしか分かりません。ですが、あの娘の心身の状態と、取り巻く環境には、細心の注意を払ってください。それが、あの娘を支える者の一人としてのお願いです」
一応、こちらの理由をある程度は聞いてもらえたようである。説明不足によるトラブルの確率は下げられるだろう。
「もちろんです」
「全力を尽くすわ」
他者への期待のし過ぎは良くないが、その逆で説明も何もしないのは論外である。
トノハタサターンは、私達に必要な人材だ、こちらがケアできるところは、しっかりとケアを行わなければならない。
「ふむ…そろそろか」
森谷とトノハタサターンとのやりとりの翌日、白子は海辺に車を止め、時計を見てそうつぶやいた。
携帯のベルが鳴り、2コール鳴ってから、それを取る。
「私だ」
『うん、久しぶり』
「今日は何の用件だ?」
『プロジェクトラーク、どうなってる?出走しようとしてたサトノダイヤモンドが取りやめて、代わりに出ようとしてるのがサトノクラウンなんだよね?』
その言葉を聞いた瞬間、白子の顔は綻んだ。
「ああ、そうだ、彼女はフランスにて調整中だが…………現地の馬場に苦労しているという情報が入っている」
『やっぱり?報道じゃそんなの見なかったけど』
“彼女”の声のトーンが、少し上がる。
「ああ、やはり、日本の芝に慣れたウマ娘では、洋芝に合わせるのは一苦労なようだな。それに、本場フランスに有望株がいる。つい最近までこちらに留学していたウマ娘、ヴェニュスパークの2つ上にあたるウマ娘、リガントーナだ」
『ちょっと待って、調べてみる………なるほど、イングランドのレースでこないだ勝ってるんだ。肉体も良く鍛えられてるし……』
「どう思う?」
『サトノクラウンが、リガントーナに気圧されたらおしまいだと思う。私だって、ロンシャンのことは口伝えでしか知らないけれど。あと、多分このウマ娘、体つきからして、ライバルと追い比べしながらかっ飛んで来る、迫力満点だね』
(迫力満点…か…巨人の身体に戦車の……いや、彼女に言っても、首を傾げるか)
「確かに、君の言う通りかもしれないな。よし、話題を変えるとしよう。ケイピーシーナリー、彼女の今後の方針はどうなる?」
『そっちが表に出てない情報をくれたからこっちも言うけど……ダートと並行して洋芝適性を試すつもり』
「……!本当か?」
白子の表情が、驚きのものに変わる。
『本当。あ、でも、ラークは関係ないからね。帝王賞をきっかけに、適性があるかもしれないっていう結果が出たから、テストしてみるだけだよ』
「ふむ……そのテスト、成功の暁には、君はどうする?」
『決めたのはケイピーシーナリー達。どうするかは彼女次第……』
そう言った“彼女”に対し、白子は微笑みながら返答する。
「クロウ君」
『何?』
「私は今、久しぶりに、君にあることをしようとしている」
『…私に?久しぶりに?』
「プロジェクトラークを、破壊しないのか?」
白子が行った久しぶりの事とは、彼女を破壊に焚き付ける事だった。
「君は以前、余力ができた際、ラークに対して何かアクションを起こすために、学園内にほころびを作っておくと言っただろう?」
『………』
「クロウ君、聞いてほしい。そのほころびは、ダートウマ娘と凱旋門賞に沸くウマ娘達の温度差、プロジェクトラークへの予算増加という形で、現在は現れている。この2つは、それぞれ、競走ウマ娘の世界と、レースを支える者の世界で起きている出来事だが………この問題を、まとめて爆発させることが出来る要素が、一つだけあるのだよ」
『まさか……!』
「ああ、恐らく君の思う通りだ…その要素とは………第三勢力による、凱旋門賞の制覇、つまり、地方のウマ娘が掻っ攫うのだよ。勝利も、栄光も…」
『…………』
“彼女”は黙っていたが、やがて…
『……っ…ふっ…フフッ…フフフフッ……アッハッハハッハ!!』
「…懐かしい反応だな」
『ぶっ飛んでる!面白いよ………お腹…お腹痛い……でも、私ももう子供じゃないからね、ケイピーシーナリーが拒否するのなら、諦めるしかない』
「分かっている。もちろん、比較的現実的なプランBも用意している。」
『プランBも?』
「地方レース魅力再生機構の強力なウマ娘と、トレセン学園のダートウマ娘に、帝王賞での戦いのような、数々の名勝負を行ってもらう。それにより、予算配分の見直しとダートウマ娘のモチベーションと学園内の空気の差から来る不満による、学園の緊張化………それがプロジェクトラークの現場、つまりは海外遠征を行うウマ娘たちに伝わるようにして士気を下げ、じわじわと破壊するのだ」
白子自身も、地方ウマ娘による凱旋門賞制覇が、どれだけ苦難の道かは分かっている。そのため、白子が思いついたのが、ケイピーシーナリーの洋芝適性が思ったより高くなかったり、凱旋門賞に挑戦して、途中で断念した場合のプランBである。
プランBは、元々、ダートウマ娘が中央の方針に疑問を抱く効果を予測し、“彼女”が白子に依頼していた、“海外ウマ娘の強さを強調し、より多くの資源を集中させる”という流れのきっかけづくりを流用し、それに地方ウマ娘による実力向上の機運である地方レース魅力再生機構の利用を組み合わせたものであり、すでに材料は用意されていた。
『なるほど……確かに、これなら……余裕も少し出てきたし………やってみるよ。ありがとう』
「ああ、だが、アサヒクリーク君には、しっかりと伝えておいたほうが良い」
『それはもちろん』
「…よし、こちらとしても、出来る限り手伝わせてもらおう。では」
『ありがとう、それじゃ』
こうして、“彼女”と白子は、水面下ではあるが、再び互いの手を取った。
かつて、日本のウマ娘レース界に、大きな影響を与えたコンビが、この日、再び復活したのである。
『現在、東京都西部にて線状降水帯が発生しています。激しい雨に警戒をして下さい』
「ふぅ…スパイダー先輩、生徒達は全て帰りました」
「ありがとうございます、グラスワンダーさん」
そして、同時刻、トレセン学園は、激しい雨に襲われていた。
グラスワンダーは、トレーニングしていた生徒を、安全のため全て帰らせ、同じOG職員であり、OGと生徒間、そして一般の職員を繋ぐ役割を担っているウマ娘であるハンススパイダー──元栗毛庶務長に、完了報告をした。
「グラスワンダーさん、凱旋門賞の日、晴れると良いですね」
「はい、このような雨だと、走るのは難しくなりますから」
彼女達は、凱旋門賞当日の好天を祈り、仕事へと戻っていった。
お読み頂きありがとうございます。
プロジェクトラークですが、代表交流戦などの各種イベントは、描写こそほとんどありませんが、視点の大部分が濃尾トレセンである裏で、きちんと進んでいるという設定です。
コメントなどありましたら、お気軽にお寄せ頂けますと嬉しいです。