各生徒は、創意工夫の精神を持ち、自らの可能性の探求を怠らない姿勢を持つことが望ましい。
─濃尾トレセン学園 校則第3号
朝露輝く養蜂場、そこは大きな養蜂場ではなかったが、生産する蜂蜜はとても品質が良いことで有名だった。
『各ウマ娘ラストスパート、サトノクラウンなんとか追いすがろうとしている!』
そこで、一人のウマ娘が、スマホで日本のウマ娘レースの中継ラジオを聞いている。
『日本のサトノクラウンは8着、力を尽くしましたが、世界の壁は厚かった!!』
そのラジオの向こうの声は、サトノクラウンが、凱旋門賞で敗北したことを示していた。
そして、それを聞いていたウマ娘は……
「……自らの保身の為に、他者の栄光を塗り替える者が…栄光を求めるのは、間違っている……当然の理ですね」
と言い、ラジオを切り、巣箱の方に向かっていったのだった。
「……苦杯ッ…」
一方、中央トレセン学園では、佐竹らと共に凱旋門賞を観戦していたやよいが、苦い顔をしていた。
「……世界の壁は、まだまだ高い…ということだな」
佐竹も、同じ表情をしていた。
「理事長…佐竹さん……」
「マックイーン…ボク達が出来ることを、これから考えよう……理事長さん…失礼します…」
そんな2人を心配そうに見ながら、トウカイテイオーとメジロマックイーンは、部屋を出ていった。
「メイ、今回のレースで分かったのは、わたし達の想像以上に、海外ウマ娘の力の伸長があったという事実ッ……」
「ああ、そうだな……より多くの力を、注いでいかなければならない」
やよいと佐竹は、今回の敗戦で、自分たちの準備がまだまだ足りないことを認識した。
サトノクラウンの凱旋門賞の敗戦は、より多くの資源を、凱旋門賞に注ぎ込ませることとなった。
もし、プロジェクトラークが行われていなければ、それはなかったかもしれない。
だが、世論も、URAも、中央トレセン学園も、そのウマ娘達も、この挑戦に大いに盛り上がっている。
そのため、資源の追加は成ったのだ。
ウマ娘レースに関わる人々が持つ、映画上の渇望は、プロジェクトラークというキーワードを経て、大きなエネルギーとなっていたのである。
「つつつ………完全に筋肉痛ですわ」
「久しぶりに生徒と近くで交流できるからって無理するからだよ。あと、最近張り切りすぎ…少し休んだほうが良いよ…はいこれ、暇見て作ったから、これ食べて元気出して………」
「…頂きますわ…休みについては…検討します」
顔を歪めるアサヒクリークに対して“彼女”は自作の干し芋を差し出した。
アサヒクリークは濃尾トレセンで定期的に行われるようになったイベントである低山登山に参加していたが、張り切りすぎて筋肉痛を起こしていたのである。
「それで、今日わざわざ私の屋敷まで来てくださったのは……何かあってのことですか?」
「うん、ちょっと提案でね」
「提案?」
「私を雇った時に、中央に下剋上したいって言ってたよね?」
急に真剣な表情になった“彼女”の纏う雰囲気が変わるのを、アサヒクリークは感じる。
「ええ…そうですが」
「なら、ダート以外でもやろうよ」
「ダート以外?芝ならこちら側にも適性のあるウマ娘が…」
「違う、私が言ってるのは、もっと大きい魚だよ」
「大きな魚……まさか…」
「そう、そのまさか、できるなら……凱旋門賞、奪ってみない?私は破壊できる。クリークさん達は、地方の名を上げる事ができる…」
一瞬冗談かと思ったアサヒクリークは、それがそうでないと判断し、“彼女”と同じく真剣な表情となる。
「大変険しい道ですわよ?」
「分かってる。だから、私たちがやるのは、プロジェクトじゃない……濃尾トレセン学園や天持学園、名古屋や笠松の人たち、地方レース魅力再生機構…地方レースを盛り上げるための、人々の草の根活動………その帰結の一つにするんだよ」
「つまり、生徒が選んだ道を、レースに関わる様々な人々が支えていくという、我々のスタイルの中での取り組みとすることで、目立たなくし、内外からの反対意見を予防するということですか」
「そういう事、それで、私が推すのはケイピーシーナリー。無論、あの娘が完全にダートを走るというのなら、抵抗はしないけど。」
「…やはり、彼女になるのですか」
アサヒクリークは、少し残念そうな顔をした。ケイピーシーナリーは元カサマツトレセン学園のウマ娘であるからである。
「あの娘は筋も良いし、中央の試験の最初の段階、体力テストデータを送っての書類審査はパスしてるんだよ。それに、トレーナーも中々優秀」
「……確かに、あの二人の成績を見れば、貴女が推薦される理由も分かります………」
「そう、だからこそ、凱旋門賞を目指してみてほしい」
「……」
アサヒクリークは下を向く。
「どうしたの?」
「貴方の気持ちは理解できますし、私自身、ダートだけで地方レースの活性化ができるかと聞かれれば、そうでないとは答えるでしょう……しかし……そのために、ウマ娘とトレーナーに大きなプレッシャーを背負わせることになるのではないかと…」
それを聞いた“彼女”は、アサヒクリークの肩に手を置いた。
「……いろいろ責任を感じるのは分かるよ…でも、あなたが今の立場にいるのは、亡くなったお父さんのためだけじゃないんでしょ?名古屋を中央と戦える学園にする……そう言ってた。昔のあなたは、名古屋トレセンの発展を、一身に背負ってやってたのかもしれない……でも、今のあなたには仲間がいるからね、夢もプレッシャーも、一緒に背負う。」
「ええ…その重圧もあるのですが………良心の呵責もあります。学園の発展のためであるから、支えがあるから……と言えども、リスキーな挑戦を促す形となるのですから……それに、私は見ているのです。とても大きな挑戦でくじけてしまい、心が壊れたウマ娘を、2人」
アサヒクリークは自らのエネルギーを糧に行動するタイプである。しかし、誰もがそうではないことを、当然理解していた。
そして、アサヒクリークが指しているのは、言わずもがな、スペシャルウィークと、サイレンススズカの事である。
「…気持ちは、分かる。でもね、夢のためには割り切らなきゃいけないときもある、ただし、それは割り切る対象を軽視するわけじゃない」
「……軽視…するわけではない?」
「そう、私は破壊した。側にはクラスメイトやサポートウマ娘がいた。巻き込まれる可能性もあった。でも私は破壊した……ただし、すべてを明らかにする際、クラスメイト達は、私の共犯ではなく、被害者になるようにした」
「……」
「もちろん、それは私の勝手な気持ちと、勝手な行動だけどね。大事なのは、自分の力で最悪を回避できる範囲をしっかり知っておくってことだよ……貴女はこの学園の理事長……自分の夢のために生徒が活躍する必要があるのなら、自ずと出来ることは、生徒が夢破れた時、どうするかを考えることが出来る環境を整えるってこと………そして、文武両道の徹底による豊富なウマ娘達の進路選択や、地域との交流で、それは確保されてる」
「……」
「……あと、ここのウマ娘達は、貴女が想像している以上に強いからね、その強さってのは、レースの技術じゃない……………生物としての強さ、粘り強くやる力のことだよ。……私やほかの人達だけじゃなくて、貴女のこれまでの積み重ね……作ってきたシステム…まずは、それを信じないと」
“彼女”はウマ娘達を育成する中で、濃尾トレセンのウマ娘達の粘り強さを、そして、その強さは、学園対学園という、戦国時代の戦のような構図や、アサヒクリーク本人の熱意がもたらしているのだということを感じ取っていた。
“彼女”はそれに、自分が親から受け継いだ教育の要素を入れ込み、濃尾トレセンのウマ娘達の粘り強さを強化してはいたが、それはアサヒクリークの教育方針と、濃尾トレセンの環境なくしては成し得なかったものだとも感じていたのである。
「クロさん…」
アサヒクリークは目を閉じて、少し考える。
「……分かりましたわ、凱旋門賞については、望む者がいる限り、私はそれを支援します。ただし、ウマ娘の意思を、尊重しなければなりません」
「……ありがとう」
「やるからには、ウマ娘をとことん強くしていきますわよ、その記録の積み重ねが、今後の私達の糧となるのです」
「任せて、全力で頑張るから」
「頼りにしていますわ」
“彼女”は悩むアサヒクリークに助言をし、気持ちを立て直させた。
この日をもって、アサヒクリークは、全力で中央への下剋上に向けて動いていくことになるのである。
「ケイ、フォームが良くなっている。頑張ったな」
「本当ですか?」
「ああ、とはいえ、これはあくまでVRのシミュレーター、過信は禁物だ」
洋芝へのチャレンジ、その第一歩は、VRシミュレーターでのイメージトレーニングだった。
足の感じがダートとも、芝とも違っていたけれど……普通の芝より、足腰への負担が軽くて、私はこっちの方が好みだった。
「分かりました、じゃあ、もう1本行っても良いですか?」
「いや、VRで目が疲れているだろうから、今日はここで切り上げよう」
「分かりました」
トレーナーさんから飲み物を受け取り、私達は今日のトレーニングを終えた。
飲み物を流し込んで、少し頭が冷えたところで、ふと、次のレースのことを思い出した。
「あの……トレーナーさん」
「どうした?」
「私が出る予定の“初鮭杯”、クラスとしては重賞の交流レースなのに出る地方のウマ娘は、私と盛岡のエルティジオードさんだけなんですね」
「ああ、僕もそれについては予想外だった……」
初鮭杯とは、5年前に新設されたレースで函館記念と同じ2000mで行われるレースだ。門別の友達曰く、アイヌ出身のウマ娘が設立に深く関わったらしく、レースの売り上げの一部はアイヌ文化振興のために寄付されるそうだ。
その証拠に、このレースの勝者には優勝杯ではなく、サンタサランペでできた優勝旗が与えられると友達は言っていた。
そんな初鮭杯、適正やレーススケジュールの関係で、門別の生徒も出ない。中央のウマ娘はG2に出たウマ娘が2人いる、今年はG1ウマ娘はいないけれど…………向こう側の向こう土俵に入ることになるのは、紛れもない事実だ。
「ケイ、地方のウマ娘が2人だけということは、中央の手練れのウマ娘が多いということになる。しっかりと準備をして臨むことにしよう」
「はい!」
でも…一度やるって決めたんだ。
やるだけやってみよう。
ケイピーシーナリーが、初鮭杯への準備を進めている頃、中央トレセン学園では、キングダムシーがホッコータルマエの話を聞いていた。
ホッコータルマエは帝王賞の負けを引きずることなく、引き続き努力を続けていたが、それ以降はどうもうまく調子が上がらず、模擬レースでは良い所までは行くが勝ちきれない戦いが続いていた。
また、同じダートウマ娘のコパノリッキーの好調により、焦っていたのである。
そして、キングダムシーと桜田が事情を聴き、今に至るというわけである。
「…………タルマエ殿、無理は禁物です。少しの間、休養しましょう」
「でも、ケイピーシーナリーさんやリッキーだって、次の挑戦を始めています」
ホッコータルマエは、自らが遅れてしまうと感じている。
「分かっています。ですが、休むことも重要です。」
「自分もキッシーと同じ気持ちだ、タルマエ。クラスメイトから聞いたんだ、最近、自主トレの走り込みの距離を増やしてるって………君が体を壊してからじゃ遅い」
キングダムシーに続き、桜田もホッコータルマエに呼びかける。
「…………分かりました…少しだけ、苫小牧に帰ります。ただ…帰りに、ケイピーシーナリーさんの、レース…観に行きたいです。予定の調整を手伝ってくれませんか?」
「……分かった。ありがとう、タルマエ」
(…これがタルマエ殿にとって、丁度良い休養と気分転換になると良いけれど)
キングダムシーは、中央肝いりのラークとは関係なく、自分の力を精一杯出し、ホッコータルマエの育成の支援を行っている。
ホッコータルマエも、キングダムシーの事を信頼し、その言葉については真摯に受け止める信頼関係が構築されていたのである。
そして、ホッコータルマエは、手続きを整えて休養のため北海道に帰り、東京に戻る前にキングダムシーと合流し、ケイピーシーナリーのレースを観戦することを決めたのだった。
「黒沢係長、ぼく達の席は、結局どこのあたりになるんだ?」
「そうですね………えっと……ここを上がって」
私とホバーワイズは、函館レース場にて、自分の席を探していた。もっとも、ホバーワイズが来るとは予想外だったのだが……“勧めたのは自分なので、確認する義務がある”…ということで、彼女も観戦することになったのだ。
…ん?
あれは…
「ここか、席番号は…よしOK………黒沢係長?」
「中央のウマ娘、ホッコータルマエとキッシーさんがいます、あそこです」
「…………どれ…」
私は人混みのなかに、キングダムシーとホッコータルマエの姿を見た。彼女らのトレーナーがいないということは、予算的問題により東京でお留守番だろう。
ホバーワイズは双眼鏡を取り出し、私の示す方向を見る。
「……確かに…だが…黒沢係長、君はあそこの3人が見えたのか…」
「はい、くっきりと………あ、ワイズ課長、そろそろパドックにケイさん達が出てきます」
彼女の表情を見る…………よし、少し緊張しているが、問題は無さそうだ。
『4番、ケイピシーナリー、5番人気です』
『初めての洋芝挑戦となる彼女ですが、体調面、精神面では問題がないようです。適性は未知数ですから、走りが楽しみな娘の一人です』
「ワイズ課長、どう思いますか?」
「……今日の面々は、G1ウマ娘こそいないが、ベテランもそこそこ居る………ラストスパートまでペースを崩さず、そして末脚を発揮できれば、適性があるという有力な材料を得ることが出来そうだ」
ホバーワイズは、ケイピシーナリーの挑戦のため、VRシミュレーターをアップロードし、洋芝の感覚を再現してトレーニングを行うことができるようにしていた。
それでのシミュレーションでは、良好な結果が出ているが………最終的な証明は、やはりレースとなる。
さて、見届けるとしよう。
『スタートしました、前に出るのは予想通り、エフティセブンティ、その後ろにシューボラード、外から来るのはモードナラティブ、内ラチ沿いを走るのはトレーニングダミー、今回は抑えにいったミートラップシチー、続いてケイピーシーナリー、1バ身離れてオメガマイティとエルティジオード、最後尾はスチュアートロップです!』
『やや固まっていますね、接触に気をつけたいところです』
スタートは大丈夫、脚の感覚は………思ったより反動が来る。
内側は空いてる……だけど、ここからは坂道、初めての場所で内を回りすぎて、遠心力で飛ばされると、復帰にスタミナを消耗する。飛ばされなかったとしても、閉じ込められるかもで良くないから……よし、作戦通りギリギリまでペースキープだ。
『各ウマ娘、コーナーを抜けて向正面へ、シューボラードがエフティセブンティに並びかける形になったが、それ以外に変化はありません』
『緩やかな上りがあります、通常の芝と違いパワーも必要なこのコース、直線であれども体力を消耗していきますから、展開が楽しみです』
上り坂で……蹴り出しに必要なパワーも必要……だけど…長さはそれほど無い。
VRシミュレーターで登った、あの地獄の1000メートルの長い坂道1と比べたら…
あれで鍛えた足腰を活かすんだ…
「向正面から第3コーナーまで、じわじわとした坂となる……だが、普通の芝みたいに、容易に脚で捉えられる地面じゃあない…」
ホバーワイズは、多分ケイピーシーナリーの足元を見ながら、そうつぶやいた。
「パワーを出して、しっかり、一歩一歩確実に進んでいかなければならない…ということですね」
「そうだ、一応今回のレースは、ぼくの作ったバ場再現プログラムがきちんと機能しているか確かめる機会でもある」
彼女の思想は、基本的に、“ソフトウェアで、ハードウェアの素質を最大限に引き出す”というものである。ウマ娘が能力を引き出せるように取り計らうことに集中しているのだ。
普通だろと思うかもしれないが、中央はそうではないこともあるのだ、優秀なウマ娘が集まるので、理論や装具を超越した、ハードウェアの特性勝負が起きやすい。多少の微調整はあるだろうが、ハードウェアのゴリ押しと経験で、勝てるということも起こりうる。誰がどうなったかと個人的な明言はしないが。
「ワイズ課長、もうすぐ第3コーナーです」
「ケイは……あまり消耗していなさそうだ。恐らく、脚は残っている……ならば…」
ならば…あとは末脚がどれだけ伸びるかとなる。
『各ウマ娘第3コーナーから第4コーナーへ、エフティセブンティの動きが鈍い、入れ替わり先頭シューボラード、モードナラティブがペースを上げて、外から刈り取るようにミートラップシチーが進む』
ここの直線は短い……やることは…決まってる。
『ケイピーシーナリー、ここでロングスパートに入る!しかし、トレーニングダミーがブロックに入る態勢!』
もちろん、それが読まれているのだって!だから、このくらい、避ける!
『しかし、ケイピーシーナリーが速かった!スチュアートロップ、うまくきり抜けた、オメガマイティとエルティジオード、トレーニングダミーに行く手を塞がれる!ここで残り400を通過!』
抜けた!でも、ちょっと外に…でも最後まで!
『最後の直線、先頭はミートラップシチーとシューボラード、モードナラティブが争う、少し遅れてケイピーシーナリー追いすがる!』
もう少し!
もう少し!
もう少し!
もう……
『ミートラップシチー、何とか耐え抜いてゴールイン!カムイチェプを掲げたのはこの娘だー!』
私は…4着だった。
悔しい……勝てなかった………
思ったより、スピードが伸び切らなかった。
でも………走り抜けはした、脚は……疲れてるけど、それ以外にはどうもない…
「ケイ!」
「…トレーナーさん」
「惜しかった……だが、初めての挑戦を無事に終える事が出来て、本当に良かった………脚に問題は無いか?」
「…大丈夫です」
トレーナーさんは、私を心配しているようで、まだ、こちらを見ている。
なら…今…
「トレーナーさん」
「…どうした?まさか、脚に…」
「いえ、今は大丈夫です。……ですから、時間がたっても問題が無かったら、また……洋芝のレースをやりたいです」
今日の私は最後の一伸びが足りなかった。でも、坂は余裕を持ってクリアできた。つまり、ラストスパートから、動きとかに少し無駄が出ていたってことだ。
だから…次こそは………
「……ケイピーシーナリーさんの…あの顔……」
レースを観戦していたホッコータルマエは、ケイピーシーナリーが、再挑戦を誓い、通路に入っていく時の顔を見て、思わずそうつぶやいた。
「…ケイ殿は、悔しさを胸に、次のレースでは、より良い結果を出すことを誓っているはずです」
「…」
「……洋芝適性の話自体は、急に出たものでしょう、ですが、ケイ殿は挑戦すると決めた…そして、今日の敗北………恐らくケイ殿は諦めていません」
「…私もそう思います」
ホッコータルマエは、ケイピーシーナリーの表情に、諦めない信念を見ていた。
キングダムシーは、ホッコータルマエの方を向く。
「タルマエ殿、私達地方のウマ娘は、中央と比べると、まだまだ整っているとは言えない環境でのトレーニングをしていることは、知っていますね?」
「は、はい…それは…もちろん」
「だからこそです。試せる機会があれば何でも試してみるという発想が、私どもには強く身についています。それに、学園周辺の地区でレースをすることが多い地方学園のウマ娘達にとっては、ほかの地方のレース場に遠征すること自体が、誇るべき挑戦のようなものになっているんです。自分の可能性が試せる場が、手の届く所にあるならば…迷わず飛び込み、失敗してもまた試すんです。ケイ殿の挑戦がよい例でしょう」
「……」
ホッコータルマエは、真剣にキングダムシーの話を聞いている。
「桜田トレーナーから聞きました。スカウトされる前のタルマエ殿は、夜は走り込み、日中はロコドル活動に、精を出されていたと………そして、タルマエ殿は、苫小牧の魅力を、出来るだけ多くの人に伝えるべく、競走ウマ娘としてでなく、地域を支える一員としての努力も続けています。タルマエ殿の地域への思いも、ケイ殿の洋芝レースへの出走も、ベクトルが違うとはいえ、挑戦という本質は同じです。そして、一度決めた挑戦について、諦めずに、前を向き続ける……そういった面において、タルマエ殿とケイ殿は、よく似ています」
「キッシー先輩……なら…」
キングダムシーの言葉を聞き、考え、やがて、帝王賞敗北後の白子の言葉を思い出した。
「タルマエ殿…?」
(『タルマエ君、意識すべきライバルが明確になったこと…これは大いなる価値だ。君の強さを高めてくれる。』…白子トレーナーはそう言ってた……私も頑張ろうって決めた……)
ホッコータルマエは、改めてキングダムシーの方を向き…
「キッシー先輩、私もケイピーシーナリーさんみたいに…頑張らないとですね!志を同じくする仲間は、学園の中だけじゃなくて………他の学園にもいるんですから!」
と、晴れやかな顔をして言った。
「…!」
そんなホッコータルマエの目を見て、キングダムシーは、ホッとした表情をした。
初鮭杯から2日後のトレセン学園…
「……」
白子は所々でウマ娘達が話す姿の見られる食堂にて、紅茶を片手に休息していた。この日はトレーニングを休みとしており、特にすることもなかったからである。
「……」
その食堂の少し離れたところでは、ホッコータルマエが、一人でレースの情報をスマートフォンで調べていた。
「あ、タルマエ!ここにいたんだ!」
「リッキー、どうしたの?」
そんなホッコータルマエに駆け寄ったウマ娘は、コパノリッキーである。
「休養明けで、気分もサッパリしてるみたいだし、風水の力で、さらに勢いをつけてもらえないかなって!今のタルマエの状態だと…」
コパノリッキーの風水トークは、方向性を示すものであり、知識自体も十分ある。ホッコータルマエ自身は風水に懐疑的であるものの、コパノリッキーは、ホッコータルマエの不調を心配し、休養から戻った彼女が、調子を取り戻す手助けをしたいと思い、やって来たのである。
(……いつものリッキーだな…あれ……?)
そんなコパノリッキーに、ホッコータルマエは、いつもの風水トークが始まったという感情を抱く。
そう、彼女自身は、コパノリッキーに風水の事を聞く際、あまり良い気持ちではなく、“聞き終えた”際は、必ずと言っていいほど、風水の分をレースにつぎ込めばもっと強くなれるという旨の感情を抱いていた。
しかし……
(いつもは、これが長く続くのかと思って、たまにうんざりもしたりするけれど……)
「…っていう………タルマエ?…大丈夫?」
「…うん、問題ないよ」
(……どういう訳か、何とも思わなくて…楽になってる…)
「……だから……というように行動すれば、道もしっかり開けると思う!」
「…オッケー、リッキー…私、頑張るから」
コパノリッキーが“話し終えた”のを確認し、彼女と別れたホッコータルマエは、寮の方に向けて歩き始めた。
(……ふむ…どうやら、脳を通ってしまうのではなく、右から左に…となったか…………さて、こちらも動かせてもらうとしよう、初鮭杯の映像を見て、必要な物を把握することは出来た…)
そして、そんな2人の様子を見ていた白子は立ち上がり、歩き出して電話をかける。
「私だ、白子だ。…………そうかしこまらなくても良い。この前のレースを見て、有用な情報を提供しようと思っただけだ……………ああ、それは見てからのお楽しみとなる。それでは」
そう言って電話を切った白子はメールアプリを開き、ある情報を入力していったのだった。
お読み頂きありがとうございます。
初鮭杯はオリジナルレースです。
また、濃尾トレセンの校則は、規則で縛り付けるというより、規範を並べて生徒達に、社会の一員としてあるべき姿勢を伝えるためのものだと解釈いただけると嬉しいです。
コメントなどありましたら、お気軽にお寄せ頂けますと嬉しいです。