友希那さんの誕生日記念に書き上げた小説です。

誕生日、おめでとうございます。遅れて申し訳ありません。

1 / 1

大遅刻ですみません。それではどうぞ。






誕生日は夏を過ぎた後

 

 秋に入り、外がだんだん肌寒くなってきた。学校が終わり、私は喉を冷やさないようにマフラーを付けて学校を出る。

 いつもはリサと帰るのが大半だけど、今日は練習がないので彼と一緒に帰ることにした。

 

「おーい! こっちこっち!」

 

 遠目からゴシゴシと目を擦っているのが見える。でも私の姿を視認すると物凄い勢いで走ってきた。

 

「分かったからそんなに叫ばないで。私にもちゃんと羞恥心ってものがあるのよ」

 

「いや~久しぶりに一緒に帰るもんだから気持ちが浮わついちゃって……ごめんごめん」

 

 人目を気にせず大きな声で私を呼ぶ彼。恥ずかしい、と冷たく言っても、頭を掻きながら軽快に返事をしているあた。あまり反省はしてなさそう。

 周りの目がみな自分の方に向いてるのを感じる。ライブとは違う種類、やや冷やかしに近い気がする。

 

「今日こんな事があってさ~」

 

 そんな私の気持ちは露知らず。彼は今日あった出来事を楽しそうに話している。いくらなんでも大げさすぎるので、脚色しているところもあると思うけど。

 

 校門を出て、私の右に彼が並んで歩き始める。校門の近くに生えている木は全て赤や黄色に染まっていた。

 

「あ、そうそう聞いてよ。今日通知表配られたんだけどさ、音楽が2から4に上がってたんだよね。これ凄くない?」

 

「あなたが音楽4……! 何か怪しいことはしてないでしょうね。現実はしっかりと受け止めないとダメよ」

 

「し、失礼な。ちゃんと頑張って取ったやつだよ。俺は天才だからそれぐらい余裕さ」

 

「天才。じゃあ他の教科もさぞかし素晴らしい成績なんでしょうね」

 

「他の教科は勉強する必要ないから平気! てか本気出せば一位なんて余裕余裕」

 

「いつも思うのだけどその自信はどこから湧いてくるの……」

 

 フフン、と胸を張る姿は、前ならえをした時の先頭の子供みたいな幼稚さが拭えない。

 おそろしく不器用なくせにいつも自信満々で楽観的主義者な彼。

 特に音楽はからっきしダメで、前にカラオケに行った時は音痴極まりなかった。

 

「最近また良い曲見つけたんだよね。友希那も聞いてみ? ほ~ら曲のアイデアどんどん湧いてくるかもよ」

 

「そうね……あなたの自信みたいに湧いて出てくるかもしれないわ」

 

「でしょ?! あ、これ左に付ける方ね」

 

 私のいじわるなジョークを気にも留めず、今日も彼のオススメの曲を一緒に聞きながら歩く。

 一緒に帰る時はいつも彼のオススメの曲を一つ、聞かせてもらいながら歩く。

 オススメはボカロをカバーした『歌い手』の曲が圧倒的に多い。参考にはならないけど刺激は受ける。矛盾はしてないと思う。

 

「カラオケ、あれから一年も行ってないわね」

 

「友希那に比べたら音痴だし恥ずかしいから……」

 

「私はあなたの声好きよ」

 

「そう? へへへ……ありがとう」

 

 彼らしい元気満点な歌いかたで、聞いてると楽しかった。歌い手の真似なのか、色々な歌いかたをしていたのを覚えている。でもあれからは一度も行ってない。誘いもしないし誘っても行きたがらない。

 理由を聞いてみたら、もっと上手くなってからと言っていた。

 

 別に私は上手さを求めていなかった。『声が好き』と言ったのは心の底からの本音だし、自分ができる精一杯のわがままのつもりだったのだけど……

 いつもなら素直にそう言えるのに。彼を前にやたらと素直に言えない自分に嫌気がさす。

 落ち込むのは良くないと、はっきり言えるのは『夢』のため、言えないのは己の『我が儘』のためだからと割りきることにした。

 

 

 ……そういえば前回のカラオケで、一番最後に歌った曲だけは群を抜いて上手かった。

 曲は━━━━思いだせない。バラードだったのは覚えているのだけど。

 それ以外にも一回、その曲を聞かせてもらった事があった気がするけどどうも思いだせない。歳だからと言い訳するにはまだ早すぎた。

 

「どうだった?」

 

「……まあまあ、ね」

 

「あちゃ~今回はハマらなかったか」

 

 いつも感想は一言で済ませる。といってもバリエーションは、良かったわ、まあまあね、の二つしかない。

 申し訳ないけど今回は考えごとをしててあまり聞いてなかった。

 

「ねぇ、左手ボロボロじゃない。このタコ……もしかしてギターの練習してるの?」

 

 イヤホンを返す時にふと、ボロボロの左手が見えたので、左手をよく見せてもらうとあちこちにタコができたり皮が剥けていた。

 音楽をやってるから分かる、これは完全に弦を押さえた時にできるものだった。

 

「え、あ、あぁ~そうそう。やっぱ分かっちゃうか。最近ギターを始めてさ。あと歌も練習してる」

 

「音楽の成績が上がったのは練習の成果が出てるってことかしら。なんにせよ珍しいわね」

 

「ちょっとやりたいことがあって。ギターとかって高いんだね。半年分のバイト代ふっとんじゃったよ……とほほ……」

 

 いつにも増して身振り手振りが激しくバツが悪そうに語るが、そこに関しては見当が付かない。

 けど、ギターとか、歌とか、音楽に興味を持ってくれるのは単純に嬉しい。

 周りから孤高の歌姫だとか完全無欠だとか言われてる私でも、好きな人と一緒に歌を歌ってみたいという願いはある。

 前は叶わない願いだと思ってたけど、もしかしたらいつか叶うかもしれないと考えると内心嬉しかった。

 

「ずいぶんと高いギターなのね」

 

「ギターだけじゃなくてアンプだとか色々買ったら無くなっちゃった」

 

「言ってくれたら私も一緒に選ぶのに……」

 

「ごめんごめん」

 

「まったくもう……」

 

「その代わりといってはなんだけど、今度の誕生日は全力で祝わせてもらう所存です」

 

「全力ね……じゃあ今年は何をしてくれるのかしら。楽しみにしてるわ」

 

「やっぱり喜ばせる自信無いかも、なんてね…………あ~待ってって僕が悪かったから置いてかないで」

 

 音楽のことならプロである私に真っ先に相談して欲しかった。確かにギター担当ではないけど、合わせでも指摘する時がある分それなりの知識は持ってるのに。

 

「本当にごめんって! お願い許して! この通り!」

 

 拗ねて早歩きしていると右手を掴まれる。

 振り向くと、私の右手を両手で包み込み、神に祈るシスターのようにひたすら謝る彼がいた。

 

「分かったわ……冗談よ。まったく大げさなんだから」

 

 その情けない姿を可愛らしく感じて、思わず許してしまう。

 ……それにしてもそんなにマニアックな機材だったのだろうか。

 

「で、誕生日には何が待ってるの?」

 

「それは当日のお楽しみってことで」

 

「じゃあ楽しみに待ってるわね」

 

「必ず喜ばせてみせるからね!」

 

 いつも通りの満面の笑みを浮かべ、いつものように自信満々に宣言する。

 その後も他愛のない話をしながら帰ってると、いつの間にか私の家に付いてしまった。

 

「姫、今日のわたくしの護衛はここまでです」

 

「ご苦労様。苦しゅうないわ。今日は家に寄ってこなくって?」

 

「そうしたいところですが、今日もギターと歌の稽古をしなくてはなりません」

 

「そう。ならしょうがないわ。練習頑張って」

 

「うん。ありがとう。またね!」

 

「気を付けて帰ってちょうだいね」

 

 彼が膝をつき、私がスカートの裾を上げる。まるで一国のお姫様と騎士みたいなやりとり。普段だとこういうのは乗り気にならないけど、今は私たちの他には誰もいないからつい乗り気になってしまう。

 

 急いでても名残惜しいのか、私の方を見ながら後ろ向きで走りながら手を振っていた。

 

「まったく危なっかしい人……」

 

 苦笑いでそう呟く。見えなくなるまで見送ったら、ポケットから鍵を取り出してドアを開ける。

 それにしてもあの時の曲が気になって仕方がない。そこまで考えるなら聞けば良かったと、鍵を閉めながら思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 朝起きると外はまだ暗かった。いつもならこんな早朝に起きることはない。時計の針は4時30分を指していた。

 

(一体こんな時間に何をする気なのかしら……?)

 

 とりあえず彼に言われた通りの時間に待ち合わせるため、顔を洗い、歯磨きをして制服に着替える。

 水の冷たさである程度目が覚めたけど、それでもまだ少し眠い。

 

 目を擦りながらドアを開けると、そこには一分の隙も無いぐらいに防寒対策をした彼が立っていた。

 

「おはよう! ハッピーバースデー! 誕生日おめでとう!」

 

 私の姿を見るやいなや、正面から思いっきり抱きついてきた。さすがに早朝だから声は抑えめだけど、テンションが高いのは伝わってくる。

 冷えた朝にはちょうど良いぐらいに暖かく、重装備のせいかフカフカだった。

 

 

「人間ホッカイロ……」

 

「ん? どうしたの?」

 

「いえ、なんでもないわ。それにしても早いわね」

 

「昨日は帰ったらすぐ寝て1時ぐらいに起きたんだ」

 

「1時? なんでそんなに早く起きる必要があるの?」

 

 私もそうだけど、私よりも異常に早く彼が起きていたことに驚く。

 それでもこんなに元気という事は授業中も寝てたんだろう、と勝手に推測する。

 

「僕は昨日の授業中から寝てたから平気。それでなんでかっていうと……えぇっと、雰囲気作りのため」

 

「? 朝焼けでも一緒に見るつもりかしら。ロマンチックで良いじゃない」

 

「それもそうだけど……まぁ詳しく説明したら楽しみ減っちゃうから内緒~」

 

 

 体を離すと寒い、と震えた声で呟く。そしてよいしょ、言って彼は何かを持った。暗くて見えなかったけど、よく見たらギターを背負ってるし、その他にも色々な機材らしきものを両手で抱えていた。

 

「何か一つ持つわ。大変そうじゃない」

 

「友希那は気にしないで良いよ。こんなの余裕だし、それにこれでも荷物は減った方だから。とにかく僕に付いてきて!」

 

「減った方……?」

 

「あ、ごめんね。朝は冷えると思うからこれを持ってきたんだ。ちょっと前から暖めておいたからちょうど良いはず」

 

 機材を地面に下ろすと、ポケットからカイロと手袋を取り出して手渡してくれた。カイロを手袋の中に入れて装着する。カイロは私の凍った手をじんわりと溶かしてくれた。

 欲を言うなら横に歩いている大きいカイロの方が良かった。

 

 それにしても、誕生日に一緒に朝焼けを眺める。ロマンチックではあるけれど大量に持っていく機材とギターは何に使うのだろう。

 考えられることはただ一つ。弾き語りだが、それならアコギ一つで十分なはず。

 

「深夜と早朝ってさ、どちらも日は出てないけどどこか雰囲気が違うよね。寝て1日をリセットしたからかな? なんか纏う雰囲気が違うんだよね~」

 

「……えぇ。たしかにそうね。早朝の方が空気が澄んでるように感じるわ。それに夕焼けと朝焼けも微妙に色が違うじゃない。あれも不思議に感じるわね」

 

「夕暮れ時の色って暮色って言うらしいよ。朝もなんかあったけど忘れちゃった」

 

「なんで肝心の朝の方を忘れてきちゃうの……」

 

 寂しく光る街灯が等間隔に配置された一本道を歩きながら私たちは他愛もない話を続ける。

 息を吸うと、空気が鼻腔を冷やしながら喉を通って肺に流れていく。

 

「着いた! ここが入り口ね」

 

 30分ほど歩くと彼が元気に声を上げた。着いたのは良いけどここは10年前に閉鎖した学校。早朝、それも日が出てない時に来る廃校は不気味な雰囲気を醸しだしていた。

 

 早朝、ギター、廃校。エレキギターの弾き語りというところまでは結論づいたけど、廃校に来る意味は分からない。

 そのままプールの方まで連れられ、階段を登る。その先にあったのは、プールサイドの上にたくさん置かれた機材だった。

 

「ふ~重かった~。ほらこれ、もともと持ってきてあった分」

 

 息を吐きながら持っていた機材を置く。椅子が一個、マイクとアンプと後よく分かんない四角い機材が3個置いてある。

 そこで私は閃く。もしかして打ち込みの……

 

「この機材の量、もしかして一人でバンドをやるつもりなの?」

 

 言い方は変だと思ったが、三種類の打ち込みの楽器にギターボーカルだからあながち間違いじゃないと思う。

 

「またしてもバレちゃったか。でも他は楽器が弾ける友達に弾いてもらったんだ。僕の無茶振りに付き合ってもらった」

 

「そんな事ができるの。今の時代って本当になんでもできるのね」

 

「そうだよ。今から準備するからおばあちゃんはそこで待っててね」

 

 

 そういって用意された椅子に座る。前を見ると、スマホとアンプを交互に見ながらギターを弄っている彼の姿があった。

 右腕をしきりに確認しつつアンプのつまみを右へ左へと捻っている。やがて用意してあった照明を点け、最後に二、三度確かめたところでギターを軽くならした。

 

「マイクチェ~ック。喉の調子が良くなるのは起きてから4時間らしい……ふぅ。よ~し出来たぞ……」

 

 哀愁、という言葉が似合うような音だった。イメージからもっと元気な曲なんだろうと思ったから意外。

 マイクチェックを済ませて右腕をちらっと見ると、彼が改めてこちらに向き合う。

 

「意外とさまになってるじゃない。かっこ良いわよ」

 

「そう? ありがとう」

 

 私の言葉に笑みを浮かべて返事をしてたけど、次の瞬間にはいつもの気の抜けた顔ではなく、引き締まった顔に変わっていた。

 こんな表情を見たのはいつぶりだったか。いや、もしかすると初めてかもしれない。

 そこにはいつもの彼はいなかった。胸に手を置いて、緊張で吐きそうなのを深呼吸で整えてストレッチをする。

 その姿は、ギターも持ってるのも相まって初ライブ前の高校生そのものだった。

 

「今日は朝早くからありがとう」

 

「こちらこそ。朝早くから祝ってもらえて嬉しいわ」

 

 マイク越しで声を通す彼に対し、小さく拍手を送る。

 

「ライブといえばMCが必要だって前に言ってたよね」

 

「MCが直接バンドの印象に繋がったり、ライブを盛り上げたりするのに必要なものよ」

 

「そう。今から演奏するのはバラードだから盛り上がりはしないと思う。けど僕が今から届ける演奏に思う存分浸ってもらうために頑張ります! てことで左を向いてみて下さい」

 

 指さす方向を目で追う。特段良い景色というわけではないが、遮るものはあまりなくて、ちょっと遠くの空まで見通せた。

 

「何もない訳じゃないよ。朝日が登って光を受けた時の景色がとても良いんだ。友希那から見ると、大体僕の足元から朝日が出てくる感じになる」

 

「それにしてもちょうど良いところが見つかったものね」

 

「あちこち歩き回ったけど、まさに灯台元暮らし。意外に近くにあったってわけ」

 

「ステージがプールサイドなのはどうしてなの?」

 

 朝日を見ながら演奏するだけなら学校じゃなくても良い。なぜ学校のプールにこだわるのか分からない。

 

「それは……じゃあそのために次は曲の説明に移るね。この曲は夏の曲なんだ。投稿されたのはもう少し後だけど。MVだとプールサイドのふちに少女が座ってるから、ここに来たのはそういうこと」

 

「そういうこと。じゃあ私もそうした方が良いかしら?」

 

「ううん、しなくて大丈夫。長年掃除されてないから汚いだろうし」

 

 今よりも後だと秋にその曲が発表されたことになる。夏の終わりの曲……にしても大分遅い。

 

「僕が思うに、夏の終わりというよりは夏が終わったのを懐かしむ曲だと思うんだ。投稿された時期もあるけど、聞いてるとどこかそういう雰囲気を感じる」

 

 遠くを見て、ゆっくりと持っているギターのボディを撫でている。撫でている右腕に視線を落とし、再び前に向きなおす。

 

「これで曲の説明は終わり。……友希那。何回も言うようだけど今日はありがとう。

 歌はからっきしダメだったんだけど、一年前から必死に練習した。ギターは半年前くらいかな。必死に練習したけどまだまだ友希那の足元にも及ばない。練習すればするほど友希那の凄さが身に染みてくる」

 

 

 

 言葉が途切れて、辺りに流れるのは風の吹く音だけとなる。やがて……彼は大きく息を吸った。

 

「……何度も誘ってくれて、声が好きだって言ってくれて、嬉しかった。でもやっぱり僕は男だからさ、下手でかっこ悪いところは見せたくなかったんだ。見せるならいつものような天才でかっこ良いところでしょ?」

 

 私はずっと、彼の話を黙って聞いていた。彼のいつもの冗談ではなく、本音を、心の内を。

 

「前置きが長すぎちゃったかな。MCはまだ慣れないや。じゃあそろそろ始めるね」

 

「始める前に一つだけいいかしら」

 

「良いよ。どうしたの?」

 

 このまま彼の演奏に入る前にどうしても言いたい事があった。素直になるのは今しかないかもしれない、そう思って。

 

「いつか、いつかで良いの。私と一緒に……歌ってくれる?」

 

 精一杯の気持ち。そんな私の、唐突で言葉足らずのお願いにも彼は嫌な顔を一つせず、

 

「僕もいつかそうしたいと思ってた! 僕はまだまだ下手くそだから何十年先になるか分からないけど、その時はよろしくね」

 

 満面の笑みで、受け入れてくれた。

 

「……それじゃあいくよ。この素晴らしい1日に、僕の全力を捧げる!」

 

 右手にピックを構え、左手をネックに添えてスライドさせた。足でスイッチを押すと、残りの三つのスピーカーから音が流れてくる。

 始まった。自分が演奏するわけじゃないのに、心臓が激しく音を上げる。

 緊張からか曲名を言い忘れていた。それじゃあ何の曲か分からない。MCはまだまだ未熟だった。

 

 歌が入る。一年前と比べて、響きが豊かになったというか、声が優しくなって透き通るような声だった。

 

 前よりも見違えるほど上手くなったのは確か、けどまず驚いたのが曲の高さ。普段、男の歌手じゃまず耳にすることはないぐらいの高音。一番高いところではやはり苦しそうだった。

 

 それよりも驚いたのは彼の声質。高くなるにつれ、裏声に似てるけど、彼の地声にも聞こえる、ぼやけたような不思議な声だった。

 それでも、歌詞の一音一音を噛み締めるように歌っている。はっきりと、音の輪郭を崩さず。

 

 ギターの音色、ドラム、電子音、どれも遠くから聞こえてくるかのように錯覚する。

 心が沈んだ主人公を様々に表現する、抽象的でかつ詩的な歌詞だった。

 感情のこもり具合からして、この曲を自分と重ね合わせているのかもしれない。そんなこと、いつもの彼からは考えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて全ての音がやんで、彼の歌声だけが私の鼓膜を揺らしていた。弾いてない左手でネックを握りしめながら、右手でマイクを自分の口元に寄せている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曲が転調し、ちょうど彼の足元の隣から茜色の朝日が顔を出した。

 柵が朝日の光を反射して輝く。空にある黒は段々と薄れていくが、上の方を見ると、紺色の空に星がまたたき、ほんのり欠けた月がぽっかりと浮かんでいた。そしてその中心には彼がいる。光の具合からか、背中から光の羽が生えているように錯覚する。

 

 そこで私はようやく、この曲を思い出した。一年前の最後に歌っていた、郡を抜いて上手かったあの曲。

 いつぞやかの帰り道に、聞かせてもらった歌い手の曲。

 この曲の最後にある歌詞のワンフレーズも全て。

 

 あの通りなら彼は最後にこう歌うはずだ、そこで私が上で重ねよう、と思ってしまう。いつかと言ったけど、彼の歌声を聞いたら、耐えきれなくなってしまった。

 私の願いを、少しだけ、ここのフレーズだけでも。きっと彼なら笑って許してくれるはず━━━━━━

 

 

 

 私はおもむろに立ち、彼に向かっていく。私が一歩進む度に、その時はどんどん近づいていく。

 時々上手く抑えられないぎこちないギターと、芯を持った淡い歌声が、一瞬だけためらう私の背中を押す。

 

 

 直前、私と彼の息を吸う音が重なる。

 

 

 

 

 

「「あぁ 藍の色 夜明けと蛍」」

 

 

 

 

 

 

 

 最後にギターを三度鳴らした。

 彼の笑った顔が、朝日よりも眩しく、煌めいていた。

 

 









友希那さんの誕生日は遅刻してるし、夜明けと蛍の8周年記念でも無い微妙な時間ですね。


最後まで読んでくれてありがとうございました。

ぜひともご感想などお待ちしております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。