サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。   作:にいるあらと

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感想読んでて、そこでようやく前話が100話目だったことに気付きました。わお。
特にこれといって何かやるでもないんですけど、記念すべきというか一つの節目みたいな感じですね。お祝いの言葉たくさんありがとうございました。


『勝ちましたねこれは。お風呂入ってきます』

 

『えっ?! なになになに!?』

 

『見えなくなった! クマの場所わかんないよっ!』

 

「は、はぁっ?! な、なんだこれ! どういうギミックだふざけんなぁっ!」

 

 ステージ中央の広い範囲を影が縦断した。ヒットポイントゲージを見る限りダメージはないみたいだが、影が走った場所には黒いもやが残されていて、キャラクターの周囲数マスほどの範囲しかわからなくなった。周囲数マスの外は黒く塗り潰されていて、そこには木があるのか岩があるのか、はたまた野生動物がいるのか、なにも知ることができない。

 

 この黒く塗り潰されるギミックがどういう条件で発生するのかはわからないが、もし時間経過によって発生するのだとしたら運が悪すぎる。

 

 ジンと朱莉の近くにも美月の近くにも野生動物がいるのだ。周囲数マス程度の視野では相手の接近に気づくのが遅れる。野生動物の攻撃を許すことになる。

 

 そこまで攻撃力の高くないオオカミならばともかく、一撃死もありえるクマの姿が見えなくなったのはあまりにも痛い。

 

『動いても見えたまま……(もや)は払える。範囲は、夜と同じ。なるほど……なら』

 

 ジンが囁くような小さな声でいくつか呟いた。

 

 なんと言ったのか(たず)ねる前に、ジンは行動で返した。

 

 ぱぁっ、と黒いもやが円状に払われる。その円のほぼ中心に、黒いもやのせいで見失っていたクマがいた。その中心の直上には光り輝く球体が浮かび上がっている。

 

 この光は教授の持つランタンの特殊効果だ。いくつか前の夜のステージで見た、ジンが『照明弾』だとか呼んでいた光。離れたところからでも半径十マスくらいの範囲を光で照らせる。俺たちが使ってる役職で言うところのアビリティみたいなものだ。

 

「おぉっ! ジンっ! マジナイスっ!」

 

『やはり効きましたね』

 

『なになにっ?! なんなのーっ?! せんせーどういうことっ?!』

 

『もしかしてさっきのギミックは、昼でも部分的に夜みたいに真っ暗にする、みたいなこと?』

 

『そのようです。視覚的な変化は激しいですが、慌てる必要はありません。ダメージも受けませんし、黒い(もや)から影が湧き出すわけでもなく、ただ画面の一部が真っ暗になるだけです。しかもキャラクターが動いてもランタンの光で照らしても靄は払えますし、一度払えば再生もしません。びっくりさせるだけのギミックです。落ち着いて対処しましょう』

 

〈解くのはやすぎー!〉

〈対応完璧だ〉

〈初見の反応速度じゃない〉

〈先にクマ照らしてくれるの助かるなぁ〉

〈的確すぎて草も生えん〉

〈動揺とかいう機能は悪魔にはついてないらしい〉

〈立ち止まったりしねーのw〉

〈光撃つ前からオオカミに矢当ててたぞw〉

〈視界三マスもあればいいみたいw〉

〈いや落ち着きすぎでしょw〉

 

 穏やかに俺たちに説明しながら、ジンは続けてランタンの特殊効果を発動した。ランタンの光がジンを中心にして波のように広がり、今度はジンの周囲のもやが大きく払われる。

 

 ランタンのスキルレベルを上げて一番最初に獲得していた特殊効果、明るくする範囲を広げる照射距離拡大だ。

 

 自分よりも先に俺のほうに照明弾を使ってくれたのは、オオカミよりもクマのほうが脅威の度合いが強いからか。舌を巻くほどの冷静さだ。

 

『わーっ! すっごいよっ! せんせー頭いい!』

 

『すっご……』

 

〈草〉

〈いやたしかにすごいんだけどw〉

〈朱莉が言うと笑っちゃうw〉

〈すごい!(小並感)〉

〈すごくすごいのよ〉

〈でもすごい以外に出てこん〉

 

『僕としては、このギミックは教授がいなくても発生するのかどうかが一番気になります。教授を編成に入れておかなければ進むのが困難だと思うのですが……。松明を用意しておけばどうにかできるのでしょうか? しかし資材の浪費に繋がりますし、靄が出てからでは手遅れですし……』

 

「んんんやっ! 今考えることじゃねーだろそれっ! クリアすることだけを考えといてくれ?!」

 

『ふふっ、それもそうですね。クリアすることだけ考えておきます』

 

〈なんかいらんこと考えてるw〉

〈考察班だからね〉

〈今考えることちゃうw〉

〈知的好奇心は今は抑えてくれw〉

 

 脳みその処理速度に余裕がありすぎる弊害か、ジンが余計なことまで考え始めた。興味をそそられる物事に対して考察するのはある種の悪魔らしさがあるが、今はそんな悪魔らしさは引っ込めておいてほしい。

 

 黒いもやの攻略法を暴いたとはいえ、影がすぐそばまで迫っている現状に変わりはないのだ。なんならお邪魔モンスターと暗闇びっくりギミックのせいで作業が遅れている。

 

 影は徐々に近づいてきているのだ。思考のリソースを他のどうでもいいことに割り振っている場合ではない。

 

「クマ倒した。美月、戻っても大丈夫だ」

 

『わかった。あんがと』

 

『こちらも倒せましたよ』

 

『わー! せんせー守ってくれてありがとーっ!』

 

『いえいえ。朱莉さんこそ信じて作業し続けてくれてありがとうございます』

 

〈ないすー〉

〈乗り越えた〉

〈もやも動物もクリア〉

〈いけるぞ!〉

〈ほんとに先生と生徒みたいになってんなw〉

〈仲ええw〉

〈かわいい〉

〈かわいい〉

 

 俺はレンジャーとしてのスキルレベル分に加えてアビリティも駆使しながらクマを射殺したが、ジンは弓本体の攻撃力分でしか戦えない。いくら相手がオオカミとはいえ、倒す速度がほとんど同じってどうなってんだ。

 

 貴弾やプラエボと違ってキャラコンの差なんてほとんど出ないと思っていたが、ジンは『exodus』でもキャラコンの腕を見せられるらしい。ちょこまかと動き回るオオカミ相手でもミスショットしてない可能性がある。

 

『えへへっ、せんせーは安心感あるからねー』

 

「まるで俺には安心感ないみたいな言い方やめろよ!」

 

『あっ、せんせー! 少し先に段差あるよ!』

 

「答えろや」

 

〈わかるー〉

〈安心感あるわw〉

〈やさしいしな〉

〈声がいいから〉

〈草〉

〈しゃあないw〉

〈壊斗は言い方きついんだよw〉

 

『わかりました。ここから先の木は朱莉さんにお任せしても大丈夫ですか? 僕はクラフトしておきます』

 

『うんっ! 任せといてっ!』

 

「…………。おいこら朱莉、答えろや。一瞬、俺ミュートにしたっけか? とか心配になって確認しちまっただろうが」

 

『くひゅっ! けほっ、こほっ! もうっ、かいとくん笑わせないでよ! むせちゃったじゃん!』

 

「お前が答えねーからだろうが」

 

『あははっ、ごめーんっ!』

 

〈草〉

〈急にミュートならんやろw〉

〈むせた〉

〈咳き込んどるw〉

〈たぶん反省はしてないw〉

 

『先生、石材取れた分は全部入れといたよ』

 

『ありがとうございます、美月さん』

 

『わたしはちょっと手が空くし、他のばらけたところの岩とかも砕きながら木材の回収しとくね』

 

『わあ、助かります。お願いしますね』

 

『うん。あ、壊斗。少し手前から上に上がったところにイノシシ出てる。すぐにはこないと思うけどトラックに近めだから倒してー』

 

「んあー……ちょい待ってくれ。先にルート確認する」

 

〈石材補給できたか〉

〈ナイス〉

〈でかいぞ〉

〈クマすぐやれたのでかかったな〉

〈できること探すのえらい〉

〈美月がんばっとる〉

〈イノシシか〉

〈遠いし放置できんか〉

〈はよ行け〉

〈道の確認か〉

〈このやり方自力で見つけんの頭柔らかいよな〉

 

 アクティブの野生動物が出てきたみたいだが、距離があるのなら先に進む道の確認から済ませておきたい。

 

 レンジャーのアビリティ、探知と曲射を合わせたテクニックでどの道を進んだら一番簡単に行けるかを見極める。

 

 探知のアビリティを使うと通常時よりもステージの見える範囲が大幅に広がり、野生動物の位置を矢印のアイコンで教えてくれる。近くに寄ってきていないか警戒する時とか、手が空いたタイミングで野生動物を狩りに行く時に使うのがこのアビリティの本来の用途だ。

 

 曲射は威力は落ちるものの、野生動物の姿が見えていれば障害物の上を飛び越えて攻撃ができるようになるというアビリティだ。通常の攻撃や他のアビリティだと、キャラクターから直線上にいる野生動物しか狙えない。木や岩、破壊不能オブジェクトが間にあると使えなくなる。曲射は点での攻撃で、他の攻撃は線での攻撃、というイメージだ。

 

 前のステージで俺がアビリティを使っているところを観ていたジンが『探知の効果時間内なら曲射で遠くまで狙えません?』と言ってきて、そこからルートの確認にも使えそうだな、という話がきっかけである。

 

 よくもまぁ、初めてやるゲームで応用を考えつくものだ。

 

「さっき朱莉が言ってた段差のあと、少し進んだら裂け目がある。その先は木が密集してて……おぉっ! 木の向こう側は建設予定地だ! クリアが見えてきたぞ!」

 

『おーっ! もうちょっとだーっ!』

 

『緊張感やっばいんだけど……。ここまできたら行きたいなぁ……』

 

〈ギミック多いけどなんとかなるか〉

〈あとは時間だー!〉

〈急げ急げ〉

〈がんばれ!〉

〈クリア見えてんじゃん!〉

〈もうちょいだああああ!〉

〈観てるだけなのにドキドキするw〉

〈何事もなく終わってくれ!〉

〈慢心ダメゼッタイ〉

 

『油断せず行きたいですね。美月さんが石材を集めてくれていたおかげで裂け目も越えられますよ。ナイスです』

 

『ふっ、ふへへっ……あ、ありがと』

 

「なんでお前……」

 

『壊斗やめて。言わなくてもわかってる。やめて』

 

〈気抜くなよー〉

〈もうちょいだ〉

〈がんばれー〉

〈美月ナイスだった〉

〈石材集めが効いてる〉

〈笑い方w〉

〈オタク笑いやめぇw〉

〈台無しにするの上手だなぁw〉

〈きもすぎw〉

〈自覚はあるんやねw〉

 

 なんで美月はジンと話していると頻繁に笑い方がキモくなるんだろう。ソロ配信の時とかにオタク笑いが出てきているのは切り抜きで観たことがあるが、コラボの時にここまで出てくることはなかった。美月のオタク心にジンの声が刺さっているのか。

 

『スロープと裂け目の分の橋も作っておきます。クラフトが終わったらトラックを動かします。壊斗さんは先程美月さんが仰っていたイノシシの駆除をお願いします』

 

「了解。やってくるわ」

 

『朱莉さんは段差のところまで木が切れたら加工に入ってくださいね。美月さんはスロープを設置したのち、木材の回収をお願いします』

 

『はーいっ!』

 

『うん、わかった』

 

『慌てる必要はありませんからね。ゆっくり確実にこなしていきましょう』

 

 ジンのオーダーでそれぞれが動く。

 

 朱莉はここまでに切った木から出てきた原木を木材に加工。

 

 美月はジンがクラフトしたスロープを段差の手前に配置してトラックが通れるようにして、そこからは木材の回収。

 

 ジンはクラフトをしながらスロープの設置を待ち、通れるようになったらトラックの運転に入る。レンジャーをやっている俺が運転するよりもトラックの進みは遅いが、どうせ進行ルートの先は詰まっている。さほど急ぐ理由もない。

 

 俺はきた道を少し戻ってイノシシ退治だ。

 

 影に呑まれればキャラクター同様に野生動物も体力が削られ、そのまま時間が経てば死に至る。皮や骨、肉などの資材の量にも心配がないので放っておけるのなら放っておきたいのだが、このイノシシは影に触れないぎりぎりを駆けて俺たちが切り開いた道を登ってきそうだ。

 

 背後から攻められたら厄介極まりない。イノシシは影に呑まれて自滅するかも、なんて希望的観測は捨てて、後顧の憂いを断つ安全策を選ぶ。

 

『先生、段差上がったらすぐに裂け目に橋架けちゃっていいの?』

 

『目の前の位置は控えておいてください。段差を上がって正面の位置だと裂け目が広くて橋の数が足りません。遠回りになりますが、裂け目に沿うように下のほうへ移動すると裂け目と裂け目の間が狭くなっている部分があるので、そこを……』

 

『えっ……』

 

〈裂け目乗り越えたらクリアみたいなもんや!〉

〈勝ったな〉

〈耐久ってほど時間かかってないな〉

〈裂け目の下なら狭くなってた〉

〈よく見てんねー〉

〈橋はコスト重いんだよな〉

〈石節約して家建てんのに回したいな〉

〈まっずい〉

〈どうした〉

〈やらかした?〉

〈壊斗視点じゃ見えん〉

 

 不意に漏らした朱莉の戸惑うような声に、とてつもなく嫌な予感がする。

 

 イノシシと激闘を繰り広げている俺は裂け目から離れているのでなにが起きているのかわからないが、どうやらまずいことになったらしい。

 

『……置い、ちゃったんですね』

 

『ご、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……っ』

 

『いえ、いいんです。いいんですよ、朱莉さん。大丈夫です。手伝おうとしてくれたんですよね? 大丈夫です、みんなわかってます。僕がトラックを動かしている間に、先に裂け目を通れるようにしようとしてくれていたんですよね? お気持ち、とっても嬉しいですよ』

 

〈裂け目の中央に橋置いたんか〉

〈やらかした〉

〈まっずい〉

〈まずい〉

〈足りるか?〉

〈がんばってるのはわかるけど〉

〈やる気空回ったか〉

〈悪魔;;〉

〈やさしい……〉

〈みんなわかってる!〉

〈こっからがんばろう!〉

〈取り返しゃいいのよ!〉

 

『ど、どう、どうしようっ……これ、置いちゃったら取れないんだっけ……?』

 

『一回設置しちゃうと取れないね……。大丈夫。朱莉、大丈夫だよ。段差と裂け目の間の道にもいくつか岩があるっぽいから、それ回収するよ。岩までの木を切ってくれる?』

 

『ど、どうしようっ……あ、あたしのせいでっ……』

 

〈取れない〉

〈取れないのなかなかひどいよな〉

〈置きミスとかあるしな〉

〈作る分足りるか〉

〈おつちいてけ〉

〈冷静に〉

〈テンパるとだめだぞ〉

 

 さっき俺が確認したルートを頭に浮かべる。

 

 段差の乗り越えた先には裂け目のギミックがあった。

 

 おそらく裂け目に架けるために作っていた橋を設置する場所を間違えたという話だろう。ステージギミックの谷と裂け目を勘違いしていたのか、最短ルートを通ろうとしていたのか。

 

 谷と裂け目のギミックは、どちらもトラックを通すために橋を使わないといけないという部分は同じだが、細かい部分で違いがある。

 

 谷は画面の上下にばっくりと通れない空間が伸びている。その通れない空間に橋を架けることでトラックが通れるようになる。どの位置から架けようとしても必要になる橋の数は同じ。

 

 だから俺とジンは谷があった場合、谷の向こう側の状況を見て、どこに橋を架けるか決めていた。

 

 これが裂け目になるとルート選びの基準が変わってくる。

 

 裂け目は谷のように画面を縦断するような長さはしていないが、横に広がっている部分があるのだ。裂け目の中央は、通れない空間が左右に広がっているため必要になる橋の数が多くなるが、裂け目の端っこだと当然必要な橋の数は少なくて済む。

 

 できれば裂け目を迂回するルートを取りたいが、だいたい迂回はできないように破壊不能オブジェクトが設置されている。だからなるべく俺たちは、コストの重い橋を多くクラフトしなくて済むように裂け目の端を選んで渡って進んできた。

 

 石材の量に乏しい現状で、要求される資材の量が多い橋をさらに追加で作るというのはだいぶ苦しくなる。

 

『朱莉さん!』

 

 ここまできてゲームオーバーとなると心が折れそうだな、なんて諦めかけていた俺の耳にジンの鋭い声が刺さった。

 

 無闇に大きな声を出さないジンの大声だ。俺の名前が呼ばれたわけでもないのになぜか心臓がひゅっとした。

 

『ふぁびゃっ! ひゃいっ!?』

 

 自分の名前を呼ばれた朱莉ははちゃめちゃに驚いていた。

 

『大丈夫ですよ。クリアできますからね、朱莉さん』

 

『っ……はいっ』

 

〈びっくりした〉

〈兄悪魔のでかい声初めて聞いた〉

〈朱莉もめちゃくちゃびっくりしとるw〉

〈そら驚くわなw〉

〈やさしい……〉

〈なんとかなるんか悪魔〉

〈がんばれ!〉

〈朱莉落ち着いてけ!〉

 

 最初の朱莉を呼ぶ声だって、声量こそあったものの、怒鳴っているようには聞こえなかった。自分の話を聞いてもらうために朱莉の顔を掴んで自分に向けさせるような、そんな強引で力のある声だった。そのすぐ後に、優しく寄り添うような穏やかな声で語りかけるのは、ミスをした人間にはとても効くだろう。

 

 気が動転している朱莉を落ち着かせるには十分だった。

 

『朱莉さんはまずは裂け目のこちら側の岩の手前で邪魔をしている木を切りましょう。僕と壊斗さんで足場板を裂け目に置くので、足場板を置けたら向こう側に渡って建設予定地までの道を切り開いてください。今は人が一人通れる幅で結構です。建設予定地まで行けば、その周辺にはきっと岩もいくつか見つかるはずです』

 

『先生、裂け目のこっち側にある岩だけじゃ足りない?』

 

『足りません。ですがトラックに残っている分と裂け目のこちら側の岩の分でいくつかはクラフトできると思います。なので朱莉さんが裂け目の向こう側の木を切り開くまで美月さんはこちらで岩を砕いてください。僕が足場板をクラフトするので、壊斗さんは裂け目に足場板の設置をお願いします』

 

「おっけぇっ! 諦めんなよ! まだいけんぞぉっ!」

 

〈時間足りんのか……〉

〈影きてるぞ〉

〈石がたりねぇ!〉

〈まじでぎりぎりじゃね?〉

〈無理ぽ〉

〈がんばれー!〉

〈悪魔オーダー!〉

〈悪魔どうにかしてくれ!〉

〈背中でけーw〉

〈がんばってくれ〉

〈まだいける!〉

〈諦めんなー!〉

 

 こんな危機的状況だというのにこれまでとなんら変わらないジンのオーダーに、もしかしてなんとかなるのか、という安心感を覚える。

 

 俺はジンがクラフトした足場板を順次裂け目に設置していく。クラフトするだけだったらレンジャーでもできるが、教授のほうが資材の消費が抑えられる上にクラフトにかかる時間もわずかばかりとはいえ短縮される。

 

 これまでは気にしてこなかったクラフトにかかる時間も、すぐ近くに影が這い寄ってきている今では貴重な時間だ。そのわずかばかりの時間の差で、クリアできるか否かが分けられるかもしれない。

 

「朱莉! もうすぐ向こう側行けるぞ! こっちきとけよ!」

 

〈向こう側に岩あんのか?〉

〈がんばれ!〉

〈なかったら詰み〉

〈家建てるのにも使うから基本ありそうだけど〉

〈セーフハウス周辺の資材の分布はどこのステージでも変化しない〉

〈予定地の周りには絶対いくつかは置かれる〉

 

『で、でもっ、こっちの木がまだ、切れてないっ』

 

『構いません。僕が代わります。朱莉さんは向こう側に渡って建設予定地までの道を作ってください』

 

『っ……はいっ、ごめんなさいっ……』

 

『ふふっ、慌てないで大丈夫です。笑顔ですよー、朱莉さん。この絶品のひりつきは味わわなきゃ損ですよ。楽しみましょう』

 

「今笑顔で楽しめるようなやつはお前くらいだ」

 

〈急げ急げー〉

〈反対側行ってすぐ道作ったらワンチャンある〉

〈向こう側優先だろ〉

〈急げ〉

〈こっち少ないんだから粘ってもしゃあない〉

〈悪魔にも任せれるでしょ〉

〈テンパりすぎ〉

〈朱莉落ち着け〉

〈悪魔はもうちょい焦れw〉

〈なんで悪魔のんきなのw〉

〈楽しんでるなーw〉

 

 なんなんだ、ひりつきを味わうって。どれだけこのゲームを味わい尽くそうとしてるんだ。美月だって無言で必死に動いてるってのに。

 

『あは、は……せ、せんせぇっ。い、今、ちょっとあたし、笑えそうにない……』

 

『安心してください、絶対クリアできますよ。それに万が一ゲームオーバーになったとしても何か罰ゲームがかかってるわけじゃないんですから、気楽にやっていいんです。楽しまなきゃもったいないですよ、困るの壊斗さんくらいなんですから』

 

〈気負うな〉

〈もっと気楽にいけー〉

〈楽しんでこー〉

〈まだ行けるぞ!〉

〈そうそう〉

〈いいこと言う〉

〈気楽にやろう〉

〈草〉

〈それはそうw〉

〈壊斗しか困らんからねw〉

 

 こういう時に率先して俺を絡めて、あるいは俺をいじって話を広げようとする美月は作業に手一杯になっている。そのせいで朱莉のフォローができない。

 

 だから、ジンが代わりに俺に振ってきたのだろう。

 

 企画クリア目前で致命的とも言えるミスをして、自責の念で悲愴感すら滲ませている朱莉をジンは元気づけようとしているのだ。

 

 緊張感ならあっていい。緊迫した展開なんてどんとこいだ。配信的においしい。

 

 でも苦しい思いをしたままというのはいただけない。

 

 たとえクリアできたとしても、朱莉がこんなに痛々しい状態のままでは、それはクリアとは呼べない。喜べない。

 

 ジンがこの湿っぽい空気を変えようとしているのなら、俺も乗っかってやろう。

 

「おい朱莉マジで気楽にやんなよ! 引き締めていけ! 俺の睡眠時間がかかってるんだぞ! 明日の俺が困るんだ! 頼むぞ!」

 

『ふふっ、ははっ……』

 

『朱莉さんお料理よくされてるみたいですけど一番得意な料理は何ですか? 僕は魚料理なんですけど』

 

「ここにきて料理の話に戻んじゃねーよ! 今やる話じゃねーんだって! うしろ振り返ってみろお前! 影! 影きてんだぞ!」

 

『くふっ、あははっ』

 

『特技は人と魚をさばくことです』

 

「うまいこと言ってんじゃねーよ! 悪魔が人を(さば)くなよ! (さば)くのは魚だけにしとけよってか魚捌けんのかよ器用だなお前はほんとに! これで死んだら許さねーからなぁっ!」

 

『あははっ! きゃははっ!』

 

〈もう一回最初からで雑談やってくれていいぞ〉

〈またご飯の話するかw〉

〈必死すぎて草〉

〈あwくwまw〉

〈話帰ってきたw〉

〈料理の話だー!〉

〈たしかに人もさばいてて草〉

〈魚料理いいねw〉

〈影も空気読んでくれよ!〉

〈ちょっと前の炎上の時裁いてたなw〉

〈雑談聞きたいw〉

〈さかなw〉

〈器用だねw〉

〈草〉

〈絶対今やることじゃないw〉

 

『ふっ、くふふっ……先生と壊斗は、ふふっ、いつ打ち合わせしてたの?』

 

『せ、せんせーも、かいとくんもっ、きゅふふっ……お、おもしろすぎっ! あははっ!』

 

「してねぇわ! 打ち合わせしててわざわざこのタイミングにやるとか馬鹿野郎だろ! なんで一番油断しちゃいけねーとこでこんなコントみたいなこと打ち合わせすんだよ!」

 

〈まじめにやれw〉

〈オーダーどこいったw〉

〈どこでネタ合わせしたんだw〉

〈仕込みだろこんなんw〉

〈やるタイミング最悪で草〉

 

 ほんとに器用なやつだなこいつは。あれだけ凹んでいた朱莉を声をあげて笑わせるくらいにしっかり明るくさせやがった。

 

 ずっと喋り続けているくせに、それでいてちゃんと自分のこなさなければいけない作業はちゃんとこなしているところが抜かりがないし憎たらしい。

 

 俺はボケるジンにツッコんでるだけなのに作業が遅くなっている。会話に脳のリソースを持っていかれているのだ。

 

 とはいえ、朱莉を元気づけることはできたし、言葉数が減っていた美月も、思わず口を挟む程度には緊張が解れたみたいだ。目的は達成した。あとはゲームクリアに集中するだけ──

 

『もうゴール見えてません? 勝ちましたねこれは。お風呂入ってきます』

 

 ──まだ終わらないのか、この茶番。

 

〈だめそうやねw〉

〈モード入ってるw〉

〈誰か悪魔のスイッチ切ってー!〉

〈勝ったな風呂入ってくる〉

〈そういうのもちゃんと知ってるんだねw〉

〈なんだよ余裕じゃん畑の様子見てくるわ〉

 

「フラグ立ててんじゃねーよっ! 頼むから余計なことしないでくれ! お前がこのパーティの屋台骨なんだぞ!」

 

『せっ、せんせっ……あた、もうだいっ、だいじょうぶっ……くふゅっ、ふぐっ、ふふっ』

 

『あっ……』

 

「やめろやめろやめろ! フラグ回収早すぎなんてもんじゃねーって! 不吉な声出すなよジン!」

 

〈勝ったなガハハ〉

〈この屋台骨骨折してるぞ〉

〈朱莉死にかけてるw〉

〈一人呼吸困難になってるけどw〉

〈ないんい1〉

〈なんだなんだ〉

〈悪魔やらかしたか〉

 

『配信の前にお風呂入っちゃってました……』

 

「おまっ……深刻そうな声で言ってんじゃねーよっ! めちゃくちゃびびったわ! 知るかよ! もっかい入ってこいや! 二度風呂しろ!」

 

〈最速フラグ回収〉

〈もう入ってたんだw〉

〈緊迫感出すなよw〉

〈やらかしたか思ったわw〉

〈びびったーw〉

〈声だけで笑かすのやめろw〉

〈草〉

〈二度風呂とは〉

〈www〉

〈ちなクリア目前です〉

 

『あははっ! せん、せんせーっ、もうやめてっ! くひゅっ、ぐるしぅっ』

 

『くふっ……ふふっ、か、壊斗さん』

 

「んあぁっ! なんだよ!」

 

『あの、ふふっ……二度風呂ってなんですか? あははっ、ふふっ……くくっ』

 

「だはっ……っ、知らねぇよっ! そこ引っかかるなよ俺だって知らんわ! なんかっ、口から勝手に出てきたわ! なんだよ二度風呂って!」

 

〈壊斗必死w〉

〈朱莉元気こえて倒れそうw〉

〈笑ってもうとるw〉

〈にどぶろw〉

〈つっこんでやるなよw〉

〈聞いたことないワードw〉

〈壊斗もいっぱいいっぱい〉

〈謎ではあるw〉

 

『くくっ、ふふっ……あのお客様、当店二度風呂禁止してまして……』

 

「串カツ屋かっ!? 二度づけ禁止みたいに言ってんじゃねーよっ! もうっ、もういいだろジンっ! もうそろそろいいだろぉっ……」

 

『あはははっ、くくっ……あははっ! ふふっ……こほん。すいません。やってるうちに楽しくなっちゃいまして』

 

〈www〉

〈草〉

〈こいつw〉

〈悪魔全開だw〉

〈壊斗切れてるねー〉

〈串カツ屋で無理だった〉

〈一回エンジンに火がついたらフルスロットル〉

〈ゴールもうすぐなのに遠いw〉

 

 ゲームオーバーの瀬戸際限界ぎりぎりで作業と並行してジンの相手をするのは、俺にはまだ早かった。頭がオーバーヒートしそうだ。脳内パニックで自分でも聞き覚えのない単語まで飛び出した。なんだよ二度風呂。聞いたこともやったこともないわ。朝と夜で入るのか。勝手に入れ。

 

『ひっ、あははっ、はひゅっ……せ、せんせぇ、あ、ありがっ……ありがとっ』

 

『朱莉さん、元気出ましたか?』

 

『うんっ……でたっ、あははっ、くきゅっ……ひっ、げんきでたぁっ』

 

『わあ。それならよかったです。最後まで楽しんでいきましょうね』

 

「これなら凹んでる時のほうがまだ動けてただろ……」

 

『ふふっ、くふっ……いやでも、落ち込んでるより笑ってるほうがいいじゃん。やっぱり朱莉は笑顔じゃないと』

 

「……それもそうか」

 

『さあ、皆さん。影も迫っているのでさくさくと作業やっていきましょうか』

 

「お前が言うなやぁっ!」

 

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