サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。   作:にいるあらと

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「人間の皆々様、初めまして」

 あのやらかし面接から三日後、僕のPCにメールが二通届いていた。

 

 一通目は『New Tale』の面接の翌日に伺わせて頂いた一般企業からのメールだった。数多の会社に応募したが『New Tale』以外で面接まで漕ぎ着けたのはその企業一社だけで、そちらも益々のご活躍をお祈り申し上げるメールだった。これまでいただいたお祈りを全部集めたら何かとても大きな活躍ができそうな錯覚すらしてくるくらいお祈りされている。活躍する場がないことだけが問題だ。

 

 もう一通は『New Tale』からだった。

 

「合格、しちゃってたんだ……」

 

 驚くべきことに、合格を知らせるメールだった。

 

 自分のできる精一杯をやったつもりではあったが、あの時はいろいろ粗が目立った。質疑応答も準備不足だったが、大きな問題はその後起こった。弾き語りの時、とんでもない空気になっていたのだ。耳が痛くなるくらいの静寂に包まれた僕は、周りの人たちに聞こえるんじゃないかというくらい、ばくばくと心臓が脈打っていた。あの地獄のような時間を過ごしてまさか合格しているなんて思わなかった。

 

 届いたメールには、これからの諸々についての詳細な説明や配信活動についての意見交換、方向性などを相談したりするので、時間に都合がつく日と時間を記載の上返信してくださいとの旨が書かれていた。また『New Tale』の事務所で行うようだ。

 

「……とりあえず、礼ちゃんに報告だけしておこうかな……」

 

 絶賛勉学に勤しんでいるはずの礼ちゃんにメッセージを送ったのが、だいたいお昼過ぎくらい。そこから僕は『New Tale』の採用担当、雨宿さん宛にメールを返すと、再び母さんから頼まれていた雑用を片付け始めた。

 

 母さんからの雑務を終えて一通り家事も済ませたあたりでいい時間になったので、礼ちゃんを迎えに行く用意をする。車に乗り込んだあたりで礼ちゃんからメッセージの返信が届いた。

 

 文面から踊り狂いそうなほどの喜びを感じる。なんせ、かなりの長文にして、礼ちゃんにしては珍しく誤字も頻出する文章だったのだ。文面を確認しないまま感情の赴くままに書き連ねた様子。

 

 普段の礼ちゃんなら、上がったテンションのままで通話をかけてくるはず。そうしないということは、おそらくまだ教室にいて、周りにクラスメイトがいるから通話を控えたのだろう。

 

 読み進めていくと、最後のほうでまたお祝いをしようという流れになっていた。合格祝いらしいのだが、これでパーティは三度目だ。いったい何度祝杯をあげるのだろう。

 

 一緒にいたらしい夢結さんも二回目に引き続いて来てくれるそうだ。

 

 無論嬉しいけれども、パーティをするつもりでいなかったせいで今日の晩御飯の仕込みはいつもと同程度のラインナップだ。豪勢なものを用意できていないのが少々心苦しい。

 

 合格祝いの席では、夢結さんの表情が若干曇っていた。やはり夢結さんは学業と創作活動で忙しくて今回呼んだのは迷惑だったのだろうか、と僕が心配していたら、僕の代わりに礼ちゃんが夢結さんに訊ねてくれた。

 

 いわく『New Tale』合格は心から嬉しいけどサークルのほうに誘えなくなってそこだけが残念、とのこと。『New Tale』に落ちたら夢結さんの所属しているサークルでボイスドラマを作りたいと言っていたのは社交辞令や冗談の類と思っていたが、わりと本気だったらしい。

 

 そこからは和気藹々とお喋りして楽しんだ。吾妻さんのことを『夢結さん』と呼ぶようになっていることが露見してからはたまに礼ちゃんから刺すような目をされたり、フォークでつんつん刺されたりもしたけれど、だいたい和やかに過ごして解散となった。

 

 前回と同様に夢結さんを送り届けて家に帰っても、礼ちゃんはメーターが振り切ってるくらいにテンションが高かった。面接をした日の夜に礼ちゃんから感触を聞かれた時『とんでもない空気になった。あれは厳しい』と報告していたのだ。駄目だと予想されていたところからの合格という上がり幅もあってか、礼ちゃんの頭のねじはだいぶ緩んでしまっている様子だった。

 

 面接の日以降礼ちゃんはどこかしょんぼりした感じがしばらく続いていたので、こうやって突き抜けて元気な姿を見られて嬉しい。礼ちゃんの配信の時も、いつもより声が低くなっていたくらい落ち込んでいたのだ。これでいつもの明るい礼ちゃんの(それでも僕と喋っている時より低いけれど)配信が戻ってくることだろう。

 

 三度目のお祝いをしてからの日々は、とても慌ただしく過ぎていった。

 

 僕のVtuberとしての姿についての設定の擦り合わせであったり、配信においての注意事項であったり、実際に配信する際の手順や段取りであったり、覚える事は無数にあった。PCについても使ったことのないソフトの習熟など、やらなければいけないことは多岐にわたる。これから先輩になる礼ちゃんに配信者としての心構えを伺ったりもした。僕が頼った時の、あの嬉しそうな礼ちゃんのにこにこ顔は忘れられそうにない。

 

 Vtuberとして活動するにあたり、しばらく職探しは休止することとした。Vtuberと一般のお仕事は努力すれば並行してできなくはないだろうとは思うのだけれど、多くの人が関わっているのでVtuber活動をゆるがせにはできない。そもそもお仕事探しのほうは今のままではまるで決まる様子がないので、高卒認定試験を受けてからまた再チャレンジすることにしよう。願書はもう出願済みではあるのだ。

 

 そうしてデビューに向けていろいろ準備をしていく中、細々とした手隙の時間を使って配信者の世界、Vtuberの世界をリサーチしていった。人気のある人がどのように配信しているのか、視聴者ではなく同業者としての視点で調査するのだ。

 

 Vtuberをやり始めるきっかけになったのは礼ちゃんだったとしても、最終的にやることを決めたのは僕自身。やると決めた以上、わざわざ時間を割いて視聴してくれる人たちに楽しんでもらえるような娯楽の時間を提供したい。やるからには全力を傾けるのである。

 

 これまでは礼ちゃんの配信と『New Tale』の先輩であるお一方、あとはせいぜい礼ちゃんとコラボした同期の人くらいしか見ていなかったけれど、もっと視野を広げていろいろな配信者さんを見に行くようになった。

 

 そして、とある配信者さんが目に留まった。Vtuberの事務所などには所属せずにやっている女性の方だ。

 

 ちなみに、事務所や会社に属さずにやっている人のことを個人勢と呼称するらしい。もう一つちなみに、礼ちゃんや、デビュー前だけれど僕のように事務所に所属して配信する人のことは企業勢という。

 

 個人勢企業勢などの専門用語はひとまず置いておいて、ともかくその女性Vtuberが気にかかった。なかなかに他のVtuberさんと一緒に配信をする、いわゆるコラボをする比率が多い人だった。妙な引っ掛かりを覚えた僕は、その女性VtuberさんのSNSまで足を運んだ。

 

 配信をする方々は、SNSを活用している方が大部分を占める。というか、少なくとも僕が視聴した配信者さんは百パーセントでやっていらっしゃった。SNS上で同業のVtuberさんと絡んだり、たまにはファンとも交流をしたりするようだ。配信の直前にSNSで、配信を始めるよ、とファンに知らせることにも使われている。新規ファン開拓や、現在応援してくれているファンに飽きられないようにするためにはSNSなども巧みに駆使して活動をアピールしなくては、数多く存在する配信者の中に埋もれてしまうということなのだろう。

 

 その女性Vtuberさんは個人で活動されていながら、企業に所属されている一部のVtuberの方々よりも人気のある方だった。なんなら企業所属の礼ちゃんよりもチャンネル登録者数はわずかとはいえ多かった。

 

 僕とは性別が違うこともあるしキャラクターとしての方向性も違うのでそっくりそのまま参考にはできないだろうけれど、彼女の活動の随所に見習うべきものがあった。

 

 SNSなどの使い方も巧みだ。情報の発信の仕方がとてもお上手なのだろう。このあたりのさじ加減というか塩梅というか駆け引きというか、相手の興味を惹きつけ続ける話や物事の運び方は一朝一夕で身につけられるものではない。常に努力と研究をされていることがよくわかる。

 

 そうして彼女のSNSに目を通していく中で、最初に引っかかったことへのアンサーをおそらく見つけ出した。確認のためにその線を辿って調べてみると、明確な裏付けにはならずとも僕の考えを補強する程度の情報は収集できた。胸を張って断言はできないけれど、きっと大きく間違ってはいない。

 

 彼女を応援しているファンの反応はどうなのか気になり、Vtuber関連の情報をまとめているサイトも覗いてみた。数こそそれほど多くないにしろ、話題に上げている人もちらほら見受けられる。

 

 僕の取り越し苦労だったり、僕の想像が事実であったとしても、これから表沙汰にならなければそれはそれでいい。『New Tale』に所属しているVtuberの方とは現時点においては関わりのない方だし、きっとこれからも関わったりしないだろう。

 

 けれどもし、彼女の問題点が指摘され、ここから騒動に発展したとして、最悪の場合、火の粉がどこまで飛散するかは想像がつかない。

 

「…………まずは、事務所の人と相談。そこからは情報収集、かな」

 

 影響を及ぼす範囲がどこまで広がるか想像がつかないことだし、事前に少しばかり動いておこう。なに、予想と違っていても、僕が気にしすぎていたってことで笑い話になるだけだ。

 

 

 

 *

 

 

 

「…………」

 

 『New Tale』の面接から、おおよそ二ヶ月ちょっとが経過した今日この日、デビューとあいなった。

 

 僕は準備をつつがなく完了し、あとは予定時間に合わせて配信を開始すればいいだけの状態で待機している。

 

 お披露目の方法については事務所のスタッフさんたちとの話し合いの末、デビュー配信においては先輩にあたる三期生の方々と同じように、リレーのようにバトンを渡していく形が取られた。

 

 ちなみに、僕は一番最後だ。すでに今回デビューする。『New Tale』四期生の方たちは配信を終えている。

 

 今回のリレー配信の先鋒を担ったのは快活で明るい印象のアイナ・アールグレーンさんだった。元気な声で、配信を視聴してくれているリスナーさんたちとやり取りをしていた。竹を割ったような素直な方なのだろう。真っ直ぐな人というイメージで、裏表のない人だ。

 

 一期生の先輩方はそうでもないけれど、それ以降の二期生三期生の諸先輩方と同様に、四期生にも外見的な意味で大まかなキャラ付けがされている。ヴィジュアルという共通点でしかないが、王道ファンタジーというか、定番のRPGのような見た目だ。

 

 アールグレーンさんは顔立ちは幼さを残しているものの、見るからに女戦士というような風貌をしていた。最前線で戦うのならもう少し着込んだほうがいいんじゃないのかな、と心配になるくらいに肌の露出が多かった。

 

 丈の長いマントを羽織っているものの、それはあまり肌を隠すことには役立っていない。ただのマントだ。羽織っているだけなのだ。金属で作られていると思しき鎧で胸元を覆ってはいるが、水着と大差ない面積しか覆われていないし、大胆に谷間が見えてしまっているのはいろんな意味で危ういのではないだろうか。うっすらと腹筋が浮いている引き締まったお腹は自慢げにオープンされている。膝上というか、股下で測ったほうが早そうなほど短いスカートの上に、金属製の板のような腰鎧が取り付けられていた。スカートとしての機能を喪失するくらいにスリットが開いていたが、わずかだがそこから太ももを包むように布が見えていたので、おそらくパンツスカートのようなコーディネートなのだろう。動きやすくはあるだろうけれど、それが戦う者として正しい装いなのかどうかは僕にはわからない。これが様式美というものなのだろうか。足元は膝上まであるロングブーツを身につけていた。ところどころ光沢があったので、関節部以外は金属を意識しているのだろう。足元にそんなに布と金属を使うのなら、もっと上半身を守ってと切実に思う。情熱的な赤色のミディアムボブの髪が、活発な彼女の印象ととてもマッチしていた。

 

 二番手はイヴ・イーリイさん。清廉にして純朴。僧侶なのか修道女なのかわからないが、修道服を身に纏った儚げな第一印象、を突き破ってくる男性顔負けな低めで格好いいハスキーボイスと、隠し切れない気性の荒さが滲み出ている人だった。どう形容していいか迷うけれど、親しみやすいフランクな言動と笑った時に桜色の唇から覗く八重歯がとても印象的だった。配信終了間際の段階ですでにヤンキーシスターや不良僧侶などと呼ばれていたのは失笑してしまった。ベールの下から広がり、腰に届くほど長い白銀の髪はとても綺麗だけれど、それはベールの内にまとめなくていいものなのだろうか。

 

 三番手はウィレミナ・ウォーカーさん。ハイウエストあたりを濃青色のリボンで絞っている青紫色のマキシ丈ワンピースとフラットシューズ。宝石と思しき青い石がいくつか嵌め込まれた細いブレスレット。てっぺんが尖っていて(つば)が異常に広い真っ黒な帽子を被っていなければ魔法使いとわからないような、そんなお洒落な見た目の魔法使いだ。眠そうに半開きの瞳と小さな口が小動物のようで可愛らしい。ゆったりとしていて落ち着いたトークは人を惹きつける魅力がある。今回デビューした中で一番低身長で、落ち着いた語り口なのにどこか幼さを感じる声音をしている。僕にはとても耳に心地よく感じたけれど、とある趣向を持ったリスナーには彼女の声が魂の深いところに突き刺さったようだ。癖なのか、リスナーからの質問で理解できなかった時にする小首を傾げる動作で、柔らかそうなミディアムの青髪がふわりと揺れるところに制作サイドのこだわりを感じた。

 

 四番目に配信したのはエリーゼ・エスマルヒさん。一番手の女戦士、アールグレーンさんを上回ると言うべきか、下回ると言うべきか、とにかく負けず劣らず肌の露出が多い人だった。まさか女戦士さんに引けを取らない肌色率の方が同期にもう一人いるだなんて思いもしなかった。

 

 エスマルヒさんは踊り子を意識しているようで、その意匠はベリーダンスのそれを思わせた。ベリーダンスの衣装は大別して二種類あって、派手で絢爛豪華なエジプシャンと、胸周りや腰回りの装飾が垂れ下がるよう設計して力強さや躍動感のあるダンスを強調させるターキッシュがある。どちらかというと前者のほうが優雅で肌の露出は少なめ、後者のほうが脚の付け根近くにまでスリットが開いていたりして大胆なものが多いのだが、エスマルヒさんの衣装は後者だった。宝石なのかビーズなのかスパンコールなのか、判別はつけられないがそれらで豊かな胸元をきらきらと輝かせ、きゅっとくびれたウエストを大胆に見せつけ、すらりと伸びる長い足を深いスリットの間から覗かせる姿は傾国の美女という言葉が似合う。いやはや、とんでもない衣装である。コメント欄の盛況ぶりから察するにリスナーは大層喜んでいる様子だが、おそらく近々女戦士さんことアールグレーンさんと一緒に肌の露出を控えめにさせたお洋服を着ることになるだろう。オンライン動画共有プラットフォーム側がこういった部分に厳しいのだ。仕方ないね、未成年者も見るんだからね。

 

 それだけ扇情的な衣装を着ている人なのだから性格も相当挑戦的というか大胆な人なのだろうと僕はイメージしていたし、きっと視聴者もそう思っていたはずだ。純情な男心でジャグリングするような、男を容易く手玉に取るような人生経験豊富な大人のお姉さん感が彼女にはあった。見た目は。

 

 しかし蓋を開ければ予想を完全に裏切ってお淑やかで恥ずかしがり屋の女性だった。恥ずかしがり屋なのならば、なぜ今からベリーダンスを踊るわけでもないのにそんな過激な服を着て、この衆人環視のど真ん中に出ているのだという話だが、本人曰くあがり症を克服して堂々と胸を張って生きるために、あえて露出の多い服を着て耳目を集めることで人の目を向けられることに慣れようとしているらしい。その努力を笑うつもりはないし、是非ともその頑張りは報われてほしいとも願うが、とんだ荒療治だ。もう少し取れる手段はあったろうに。

 

 あがり症は設定上だけではないらしく、初配信の挨拶もかなり危ういものがあったが、見た目と性格のギャップに心を打たれたリスナーたちに優しく、もしくはやらしく見守られ、なんとか大きな失敗もなく顔見せを終えることができた。経験豊富なお姉さんに見せかけて、コメント欄の一言一言で戸惑ったり恥ずかしがったり照れたりする動きに胸を打たれたのだろう。外見の派手さとは裏腹に話し方は丁寧で清楚そのものというのが、また魅力になっている。まだ間に合うから同期の不良僧侶とジョブを交換してくれ、というコメントには無意識に僕も頷いてしまった。

 

 そうしてエスマルヒさんが配信を終了したのがついさっき。とうとう僕の出番となる。

 

 配信のやり方は『New Tale』のスタッフさんから教えられたし、その後もVtuberの大先輩になる礼ちゃんから見たり聞いたりして予習も準備もしていたので問題はない。

 

 配信に使われるアプリケーション内のボタンをクリックし、配信を開始する。

 

 さて、処刑台へと歩みを進めるとしよう。

 

 映像やBGMに問題がないことを確認する。BGMは著作権フリーのものを使わせていただいている。ピアノのソロで、余計な音が極限まで削り取られたシンプルかつ奥深い落ち着いた印象のBGMだ。

 

 映像も問題はない。画面には僕のヴァーチャルの姿が映し出されている。

 

 僕のVtuber活動の第一歩ならぬ、第一声だ。

 

 息を吸って、少し溜める。柄にもなく緊張している。ちゃんとやり切らねばならない。

 

 声を、乗せる。

 

「人間の皆々様、初めまして。ジン・ラースと申します。お見知り置きを」

 

 ジン・ラース。

 

 それが僕のヴァーチャルの姿の名前だ。

 

 ざわつくコメント欄を今は思考から排除し、すでに考えておいた自己紹介を口から垂れ流す。

 

 その間暇なので、もう何度もじっくり見たと言うのにまるで飽きる気配のないくらい出来のいい立ち絵を再度見つめておこう。

 

 ぱっと見た感じはスーツ姿の青年だ。上品なネクタイスーツ、黒のジャケットに白のシャツ、暗めの灰色と黒のストライプネクタイに、シルバーのネクタイピンをつけている。ネクタイピンに煌めく宝石のような赤の装飾が実に映える。シルエットを意識したスリムなスラックスパンツに、光沢のあるダークブラウンの革靴。まっとうな社会人のような服装なのに、なぜか悪役感が醸し出されている。

 

 髪はスパイラルパーマをかけた重め長めの艶のある黒のマッシュヘアをしている。男にしては長い睫毛をしているがそれらは上下が合わされている。細目とか糸目とか以前に目をつぶっている。口元は常に微笑んでいるような形で怪しげに口角が微かに上がっており、腹で何を考えているのか読めない食わせ者っぽさがある。不健康一歩手前くらいの色白で長身痩躯の姿だ。

 

 ここまでなら普通の人間のようだが、一言目から『人間の皆々様云々』と口にしているだけあって人間ではない。

 

 頭からは赤黒く禍々しい角が伸びていて、耳は長く尖っている。スーツがどうなっているのか心配だが、背中からはおどろおどろしい翼が広がり、尾骨の部位あたりから蛇が蛇行しているかのように尻尾が揺れている。

 

 ジン・ラースは悪魔である。

 

 先にデビューの挨拶をした四人が正義の味方な主人公サイドだとしたら、ジン・ラースは人間に(あだ)なす悪の陣営サイド、その幹部のような印象だ。ちなみに主役級の勇者と魔王はいない模様。

 

 このシックで格好いいヴァーチャルの姿を作ってくれたのは、とても人気が高いイラストレーターの小豆真希さんだ。なんと面接にも同席していた(厳密には席に着いてはいなかったので同室とでも言うべきか)方である。合格が決まってから再び『New Tale』の事務所でお会いしてお話をしたけれど、なんでも初めてVtuberのイラストを手掛けるから演じる人にあったキャラクターにしたかったのだとか。敬服すべきプロ意識である。

 

 それなのに。

 

 このようなことに巻き込んでしまって、本当に申し訳ない。

 

 一息に喋り終えた挨拶の後、コメント欄は大雨が降った後の川のような速さで大量のコメントが流れていた。

 

〈は?〉

〈消えろ〉

〈今すぐやめろ〉

〈男がかかわんなや〉

〈はークソ〉

〈ありえねー〉

〈New Taleなにやってんだ〉

〈ふざけんなぼけ〉

〈失せろ〉

〈最悪だわ〉

〈あの二人の二の舞ですねこれ〉

〈頭おかしいんか〉

〈Vtuberやめろ〉

〈ごみくそ〉

〈出会い厨おつ消え失せろ〉

 

 この他にも、というかこれ以上に、口に出すのも憚られる文字がボキャブラリー豊かに投稿されていたのだが、それらは心苦しいけれど割愛させて頂く。

 

 デビューのタイミングさえ違えば、多少は騒がれることがあってもどうにか無難にやり過ごすことはできたろう。しかし、結果としてはこうなってしまった。考えられる限りおよそ最悪のタイミングといっていいだろう。

 

 デビューを延期させることも検討されたが、ここまで事態が悪化してしまったのは『New Tale』から新人が五人デビューしますと発表された後のことだった。前言撤回することもできず、これまでのデビューの流れとこれからのプランを考えると安易に延期という手は取れなかった。それならばと出来得るだけの手は尽くしたが、それらも今の惨状を見るにどれほど効果があったかわからない。

 

 ことここに至ってしまえば、もうあまり関係のない話だ。

 

 今は、これ以上火に油を注ぐようなことがないように気をつけて、こんな状態でも視聴して応援してくれている数少ない人たちのためにできることをやっていこう。

 

 どんな状態であろうと配信するというのは『New Tale』の人たちとも話し合って決めたことだ。誠心誠意、初配信をこなし切ることが今回の目標である。

 

「…………っ」

 

 大量に流れる酷い言葉の中にあった励ましのコメントを見つけて、ふと礼ちゃんの顔が過ぎった。

 

 配信の準備をする前にリビングで礼ちゃんが投げかけてくれた『初配信がんばってね』というエールと笑顔。

 

「はい、応援ありがとうございます。……頑張りますね」

 

 できることなら。

 

 その期待を裏切りたくはなかったけれど。

 





ちょっとお兄ちゃんの敵が多いけど、味方もたくさんいるから大丈夫か。ヨシ!(現場猫)
どんなことになってるかの説明は次のお話です。ちなみに別視点です。
僕の語彙に悪口のバリエーションなんて多くないから大変でした。悪口の国語辞典みたいなやつ買おうか悩んだくらいでした。


*スパチャ読み!
最近如実に評価してくれる人が増えた気がするよ!ありがとう!活力になってるよ!
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更新切らさないようがんばるよ!
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