サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。   作:にいるあらと

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件の男女Vtuber

 

「うへへ……」

 

『怖! イヴちの笑いかた不気味だよ!』

 

『……また立ち絵見てにやにやしてるの?』

 

「うっせうっせ。せっかくこんなに可愛く産んでもらったんだ。喜んだって良いだろ」

 

 『New Tale』の公式サイト、新設された四期生の項目。所属タレントのところで左から二番目に並ぶ長い銀髪の修道服姿の美少女を見て、またもだらしなく頬が緩む。『New Tale』から立ち絵を受け取ってもうかれこれ累計一時間以上は眺めたけど、まったく飽きることはなかった。

 

 うち、入江(いりえ)(いく)のヴァーチャル世界での姿がこの美少女、イヴ・イーリイだ。儚げな瞳や穏やかそうな口元から覗くギザ歯というのが、ギャップがあってとても良い。この子を産んでくれた炸薬カメレオンという絵師さんがうちの印象を取り入れてくれたらしい。とてもよい趣味だと拍手を送りたいが、うちの印象というのが引っ掛かる。印象がギザ歯ってなんだ。手放しで称賛できない。

 

 今日は初配信、Vtuber事務所『New Tale』から四期生としてデビューした記念すべき日だ。

 

 初配信の前から、同期で使っているコミュニケーションアプリのグループ内で『たのしみだね!』とか『意外と緊張してきたわ』とか『……最初だし、マイペースにやってもいいんじゃない?』とか『一人だけ失敗したらどうしよう……』とか各々の気持ちをだらだら話したり応援したり励ましあったり不安を吐き出したりしながら自分の出番を待っていた。

 

 自分に割り当てられた配信時間になると一度グループを抜けて、配信が終わればグループに戻ってくる、といった感じで繰り返していき、とうとうグループ内にいる中で一番最後のエリーゼ・エスマルヒ(エリー)が所々怪しくもなんとか事故もなく無事に帰ってきた。うち含めアイナ・アールグレーン(アイニャ)ウィレミナ・ウォーカー(ウィーレ)もエリーの頑張りを褒め称えた。このグループ内で喋ることですらおっかなびっくりだったエリーが、大勢のリスナーの前で立派に配信者をしていてちょっと感動したくらいだ。

 

『ただいまぁ……。うぅ、緊張したぁ……。みんなすごいよね、私はもうパニックになっちゃって、頭の中真っ白になっちゃったよ』

 

『あたしも緊張はしたけどそれ以上に楽しかったよ! エリちも楽しかったでしょ?』

 

『アイちゃん……う、うん。最後のほうでやっと慣れてきて、そのあたりではリスナーの人たちとやり取りするの楽しかった、かな。でも最初のほうとかわたわたしてて、記憶ないよ……』

 

『……わたわたはしてたけど、ちゃんとできてた。挨拶も……噛んでたけど、そのあとにSNS開設したこともちゃんと報告できてた。エリーゼ、えらい』

 

『で、できてた? それならよかったぁ……。ありがとうウィーレちゃん。イヴちゃんもありがとね。私が行く寸前にイヴちゃんが自己紹介の後SNSのアカウント開設したことちゃんと言うんだよって言ってくれてなかったら、私絶対頭から抜けてたよ』

 

「はっは、それならよかった。でももともと待機時間でエリーがデビュー配信の流れを改めて教えてくれてたからな。うちは確認のつもりで言っただけだ」

 

『ううん。私が不安だったから、最初にみんなにこれでいいのかなって確かめたかっただけだもん。ほんとに助かったよぉ……』

 

 そう言うや、エリーの声が震えだす。張り詰めた弦のような緊張がグループチャットに戻ってきて緩まったからか、安心感で泣きそうになっていた。

 

「いやいや、自分の力だって。よく頑張ったよ。エリーはえらい! あがり症なのに頑張ったな!」

 

『そうだそうだ! かっこよかったよ! えらい! エリちはえらい!』

 

『……えらい』

 

『ぐすっ……みんなぁ、ありがとおぉ……っ。みんなが、みんなが同期で本当によかったぁ……。こ、これから一緒に頑張ろうねぇ……ひぐっ』

 

『なに泣いてんだー! 今日はデビュー記念日! お祝いの日なんだから笑えー!』

 

「はっは! エリーはマジで真面目だな。もっと肩の力抜いてけって」

 

 しゃくり上げながら本格的に泣き始めたエリーを、湿っぽいムードを吹き飛ばすようにアイニャと一緒に明るく笑いながら励ます。

 

 うちらの出会いは『New Tale』のVtuber公募に合格して顔合わせで事務所に集まった時からだから、それほど長いわけではない。だけど事あるごとにコミュニケーションアプリ内で集まって喋っていく中でお互いの性格は大まかながら掴めてきた。

 

 エリーは演技とかではなく本当に心根がピュアで優しい子だ。誰かの話を聞いていても、良いことがあれば喜び、つらいことがあれば励まし、残念なことがあれば一緒に悲しんで、お喋りしているだけでとても楽しそうにする。リアクションが素直で微笑ましい。純粋さとかいうものを母親の腹の中に置き忘れたうちからすると、時に羨ましくなるくらい眩しい子だ。

 

 アイニャは能天気なのか考えなしなのか、それとも的確に場の空気を読んでいるのかわからないが、いつも明るく話題と笑いを提供してくれるムードメーカーだ。時々驚くほど常識を知らないこともあるが、それでもポジティブに捉えてからからと笑っているのでどうでもよくなる。明るいアホは一緒にいて気持ちがいい。

 

『……同期、もう一人いるけど』

 

 ぽそりとウィーレが呟いて、ああそういえばそうだった、と思い出す。

 

 ウィーレのこういうところはありがたい。アイニャは基本的に何も考えずに頭に浮かんだことを喋り続けるし、うちはうちでアイニャのノリに乗っかって賑やかすような楽しければそれでいいという性格だし、エリーは真面目だけどテンパって周りが見えなくなることもしばしばだ。別に大きな声を出しているわけでもないのに、すっと耳に入ってくるウィーレの冷静な声のおかげで脱線した話を戻せたことも多々あった。

 

 今回もそうだ。

 

 今、このグループには四人しかいないけど、聞いていた話だとこれまでの先輩たちと同様、四期生も五人いるらしい。『New Tale』のホームページでも五人分の枠がある。デビュー配信の前なので、一番右に表示されている五人目の部分は黒くなっている。

 

「五人目、どんな奴なんだろうな。一度も話したことねぇわ」

 

 もしかしたら誰かが事務所で鉢合わせとかしていないかと話題に上げてみる。まぁ、誰かが会っていればその時に、こんな人だった、と話していそうだけれど。

 

『あたしもない! いつ会えるんだろって思ってたのに、結局デビューまでの間にお話しする機会なかったねー』

 

『……コミュニケーションアプリのIDも教えてもらってるはず。なのに……登録申請も来てない』

 

『顔合わせの時もご用事がおありだったみたいで会えなかったもんね』

 

『それでも問題なし! これから仲良くなればいいだけだよ!』

 

『ふふっ。うん、そうだよね、アイちゃん』

 

 エリーの言う通り、デビューの前に四期生で事務所に集まる機会があったときも五人目は予定があるとかで来ていなかった。いくら休日に予定を合わせたとしても、用事があったり就いている仕事によっては来れない人もいるだろう。だからそこは仕方ないとしても、直接顔を合わせるだけの時間を作れなかったのならコミュニケーションアプリでチャットなり通話なりで挨拶くらいはできるんじゃないだろうか。挨拶するのも難しいほどの人見知りだったりするのか。

 

「もうすぐで配信始まるし、終わり頃に全員でコメント打ってやろうぜ。アプリのグループに入ってこいっつってな」

 

『それいい! 配信中なら逃げられないしね!』

 

『……本人のタイミングでいいと思うけど』

 

『でも、ウィーレちゃん。同じ四期生なんだから、せっかくなら仲良くやっていきたいじゃない?』

 

『……その人だって心の準備とかいるかも』

 

『それはそうかもしれないけど……』

 

『……あがり症だったりするかも』

 

『いやそれは私のことだね?!』

 

 みんなで笑い合いながら、それは始まった。

 

 うちらの誰も会ったことも話したこともない五人目。

 

 その、第一声。

 

 ある意味でそれは、今配信を見ている奴ら全員が驚愕するものだったと思う。

 

『人間の皆々様、初めまして。当方ジン・ラースと申します。お見知り置きを』

 

 うちみたいに、女だけど声が低いってタイプじゃない。男だか女だかわからない中性的な低い声じゃなくて、明らかに男だってわかるような声。

 

 そして、画面に映し出された立ち姿。シャレたスーツを着込んで頭から角を生やしたその人物は、どう見たって女には見えようがなかった。

 

「五人目……男だったのか」

 

『へー?! 『New Tale』で男のライバーさんって初なんじゃないの?!』

 

『…………ううん、今は活動してないけど……一期生にいる』

 

『一期生の先輩は例外としても『New Tale』って男性も入れたんだね……』

 

「応募条件に性別は書いてなかったからな。男だろうが女だろうが条件を満たしてんなら合格できるんだろ。お嬢……レイラ先輩も配信で言ってたし」

 

『一期生の先輩が活動してないんならあたしたちだけなんじゃない? 同期で男のライバーさんいるのって! 特別だ! すごいね!』

 

『……特別、かはともかく異例なのは間違いない。先輩も同期も、女ばっかり。男ライバーは、ジン・ラースひとり。……きっとなんにもない時でも荒れてたと思う、多かれ少なかれ』

 

『今は……』

 

「ウィーレとエリーの考えてる通りだな。今は特に、タイミングが悪い」

 

 四人で意見を交わしながらでも耳に届くほどの滑舌と声の良さを見せつけるジン・ラースの配信へと意識を戻す。

 

『魔界は昨今問題を抱えておりまして、その問題の解決のために魔界の統治者は人間社会に紛れ込むことのできる魔族を人間界へ派遣しました。そのうちの一人が当悪魔です。少し前まではとある企業で忠勤に励む(かたわ)ら、人間界の社会経済の構造や政治体制の概念、宗教のような思想体系や果ては娯楽に至るまで、人間様が構築された社会の全般を広く調査しておりました。しかし勤めていた企業様が悪魔の身を以ってしても耐えらえぬほどに過酷で体を壊したことから、魔界本営より一時的な休養と調査対象の変更の命を承りました。勤めさせて頂いていた企業様を退職し、近年人間界において進歩の目覚ましいインターネット分野の調査を命じられた当悪魔は、折よく募集をされていた『New Tale』様のご厄介となることにしたのです』

 

 ジン・ラースは噛むことも詰まることもなく、淡々と朗々と流れるように自己紹介を済ませていく。

 

 どういうキャラクターで、どうしてVtuberをしているのか。ジン・ラースという存在の裏付けというか、人物の背景を説明していた。

 

 そのあたり、うちらよりもよっぽど世界観がはっきりしている。特にうちなんてその辺りの設定が浅い。というか浅はかだ。道に迷う方々を教え導くためにどうたらこうたらと配信ではそれっぽい文言を並べたけど、うちには教え導けるほどの高尚な教養も崇高な理念もない。

 

 あまりにもこのジン・ラースという男が平然と話しているもんだから、もしかしてコメント欄を表示していない、もしくは見ないようにしているのかと疑ったが、淀みなく話し続けながらもまぶたがぴくっと動いていた。目が閉じられているせいで目線の動きはわかりにくいが、コメント欄の動きはある程度確認しているようだった。口は達者だし心臓は頑丈だ。

 

『この人すっごい聞き取りやすいね! 経験者だったりするのかな?』

 

『……それは、たしかに。もともと違う媒体で配信者みたいなことをしてた……とか、声優志望だった……とか?』

 

『慣れてるみたいだよね。すごいなぁ……あれだけ多くの人の前なのに一度も噛んだりしてないよ。私なんて一時間で何度噛んだかわかんないのに……あんなに長文を読んでたら私なら三秒に一回くらい噛んでそう』

 

「いやまぁ、エリーは長文じゃなくても頻繁に甘噛みしてたしな」

 

『うきゅっ……。こ、これからは気をつけます……。そ、そういえばこの人、ジン・ラースさん。滑舌も良いけど声もすごくいいよね。アナウンサーさんっていうよりは声優さん的な感じかも』

 

『あたしも思ってた! 歌とか聴いてみたい! できるならイヴちとデュエットとか! 絶対かっこいいよ!』

 

「ハマるだろうな、そこまで続けられれば」

 

『…………』

 

『い、イヴちゃん……それは』

 

『なにそれなにそれ? どゆこと? 歌出せるくらいまで人気が出ないかもってこと? 3Dとかオリジナルソングを作るとかじゃなくて、歌ってみたとかならまだやりやすいんじゃないの?』

 

「アイニャの言う通り、普段ならそこまでハードルは高くなかったろうよ。絵師……生みの親はあの小豆真希さんだし、こんな状況になってなけりゃ『Golden Goal(GG)』から女性人気を掻っ攫ってたかもしんねぇ。でも、今は絶対に無理だろうよ」

 

 人気イラストレーターの小豆真希先生がガワを担当して、いったいどこから拾ってきたのか声と胆力を併せ持った魂が込められている。あとはゲームの腕が多少あったりトークが上手かったりアドリブを利かせられる応用力があったり、つまりは目立つ武器が一つあれば即戦力だ。よその配信者から女性層を取り込めただろうし、女Vtuberへの絡み方に気をつけてリスナーに配慮までできたら言うことなしに最高だ。女所帯だった『New Tale』に男を入れるというリスクに見合うだけのリターンが生まれる。

 

 ただし、数週間前の環境であれば、の話だが。

 

 残念なことに今は状況が変遷している。現時点において、男を加入させることはデメリットしかない。

 

 そこは共通認識になっていると思っていたけど、若干一名は話についてこれていなかった。

 

『んぇ? なんで? よくわからん!』

 

 アイニャが不思議そうな声を上げた。

 

『えっと……アイちゃんは知らない? 個人勢の女性Vtuberと企業勢の男性Vtuberが実は付き合ってて、って話。……今も燃えてるけど』

 

『それは知ってるよ? でもそれってその二人の話でしょ? ジンくんには関係なくない?』

 

 エリーの説明に答えたアイニャ。もしかして現在進行形で界隈を賑わせている炎上騒動について知らないんじゃないかと思ったけど、そこはアイニャもさすがに知っていたみたいだ。まぁ、その界隈にまさしく今日この日から飛び込もうとしているわけなのだから、知ってなくちゃいけないことではある。

 

 ただアイニャは、今回の炎上の出火元を知ってはいても、出火元からどう飛び火したのかなどの騒動の展開については把握していないようだった。

 

 冷や水を浴びせるというか、冷や水そのもののような冷え切ったトーンでウィーレがアイニャの認識に修正を加える。

 

『…………その二人の話だったけど、関係なくない。厄介なことに』

 

『え?』

 

『…………解決してない、そのごたごた。まだ燃え続けて、燃え広がってる』

 

 理解が追いつかない様子のアイニャにウィーレが追加で説明した。だがウィーレは少し口下手なところがある。アイニャは説明を受けてもよくわかっていないようだった。

 

「あー……うちから話すか? たぶん一番この炎上のこと追えてると思うし」

 

『……任せる』

 

「おけ」

 

 うちは件の炎上の関係者じゃないし裏側の話なんて知らないが、公式の発表と炎上の経緯は最初から、主にVtuber関連についての掲示板で問題が取り上げられて火が着くところから見ていた。知り合いにもそれとなく話を聞いてみたりした。全容は知りようもないけど、おそらくこの中ではもっとも詳しいだろう。

 

 ウィーレに代わり、うちは炎上騒動の発端、件の男女Vtuberについて話し始めた。

 

 

 

 *

 

 

 

 炎上のきっかけは、女のほうからだった。

 

 頻繁にSNSにアップされていたらしい『オトモダチとお洒落な喫茶店でこんなの食べてきましたぁ』みたいな頭のゆるい写真。そこに男がかすかに映り込んでいたところから始まる。

 

 熱烈にして苛烈なファンの有志たちは、おそらく彼氏、もしくはそれに準ずる近しい間柄の相手とデートに行った時の写真をアップしているのだと状況を仮定し、その相手が誰なのか調べ始めた。

 

 まずは女の『今日はどこそこへ行ってきましたぁ』みたいなSNSへの投稿の日時や以前投稿された写真に何か情報がないかを精査し、同時に配信をしていない日をリスト化。それに符合するようにSNSにそれらしき文言を投稿している男がいないか、配信を休んでいるライバーがいないかを調べていった。

 

 調査を始めてから相手の目星がつくまで、そう時間はかからなかった。

 

 しらみ潰しに調べてはいくけれど差し当たってはコラボする回数が多い者から優先的にチェックしていったのだろう。その結果、頻繁にコラボしていた企業勢のとある男Vtuberがヒットしたのだ。様々な観点から検証し、客観的に一番可能性が高いと判断された。

 

 およそ間違いないだろうという流れになってからはお祭り騒ぎだった。Vtuber関連の掲示板でも荒れに荒れ、専用のスレッドがいくつも立てられ、SNSではファンでもなんでもない『お前絶対この女Vtuberのこと知らないだろ』みたいな無関係な人間まで炎上に便乗した。

 

 無論、件の女Vtuberを応援し続けていたファンたちは大荒れだった。

 

 件の女Vtuberは個人で活動していたが、企業に所属しているライバーを上回るほど人気があった。声が良かったりトークが上手かったりというのはもちろんある。あるにしても、なによりも巧みだったのは、いわゆる『囲い』と呼ばれる、ざっくり言い表してしまえば超絶爆裂熱心なファンを多く作れていた事だろう。

 

 そういう一生懸命応援してくれる熱心なファンは、まぁ往々にして過激になりがちという厄介なところもあるが、SNSなどにおいても自主的に名前を広めてくれたり率先して宣伝してくれたりもする。なにより一番大きいのはスーパーチャットその他コンテンツなどでお金を落としてくれる事だろう。

 

 時間もお金も費やしてきた熱心なファンたちにとっては、女の行いは許し難いことだったのだ。

 

 だが、この時はまだ、マシなほうだった。件の男女が投稿していた動画のコメント欄もSNSのアカウントも、煌々轟々と燃え上がっていたが、まだ。後になって思えばそれでもマシだったのだ。

 

 炎上の規模が桁外れに拡大したのは、つい最近だ。

 

 爆発的に延焼したのは、それまで音沙汰のなかった女がとある報告をしたことに起因する。デビュー配信の準備もあってうちも中々に忙しかったけど、そのライブ配信はしっかりと見た。

 

 その配信は、わりと一般的な感性からずれているうちですら正気を疑うものだった。ライブ配信で設けられた場は謝罪ではなく、赤裸々に馴れ初めを語る場であったのだ。

 

 コメント欄なんぞそもそも見ていないのか、女は平然と、どころか陶然と男との出会いを惚気始めた。SNSでやりとりしたところから始まり、コラボを数回挟み、オフで会うようになった。というのをぺらぺらと語っていた。言うまでもないが画面の端っこに小さく映し出されていたコメント欄はさながら地獄絵図の様相を呈していた。

 

 こんな阿鼻叫喚の様を作り出しておいて、よく平気な顔して、なんなら幸せそうに笑いながら言えたもんだなと、外から眺めているだけのうちはそんな感想を抱いていたけど、その女の肝っ玉の太さを思い知ったのは配信の終了間際のことだった。

 

 男と結婚を前提に交際している。もうお付き合いして長い。今は同棲している。お腹に赤ちゃんがいる。これからはカップルチャンネルで頑張っていきたいと考えている。

 

 リスナーに考える間も与えないカミングアウト。マウントポジションから拳を振り下ろすような、畳み掛ける衝撃的事実の連打。それはまさしく情報量の暴力だ。新手の煽りかと思った。

 

 おそらく視聴している人間全員が呆然としている中、これからも変わらず応援して欲しいです、の言葉で配信は締め括られた。

 

 それが炎上祭り第二夜の狼煙であった。狼煙にしては可燃物が多すぎるんだよなぁ。

 

 そこから現時点に至るまで、配信はもちろんSNSでも件の男女Vtuberから情報の発信はない。

 

 ファンは当然納得できるわけもなく、ネット住民はおもちゃを与えられた子どものようにおもしろおかしく一連の騒動を扱った。

 

 個人勢だった件の女に対しては、動画のコメント欄とSNS以外に感情をぶつけられるところがなく、やり場を失ったどす黒い衝動の矛先は男へ向けられた。

 

 とはいえ、男の投稿動画もSNSも衝撃的惚気配信前から既にぼろ雑巾以下。燃え切った後に残った灰みたいなものだった。そんな燃え滓を踏みつけても納得できない連中、あるいは祭りを続けたいだけの無責任な連中が次に向かったのが、男が所属していた事務所だった。

 

 だが事務所側は何もはっきりとした声明を出せない。惚気配信の前から連絡が取れなかった、とのことで事務所側は男との契約を解除していたのだ。事務所側はどうすることもできなかった。この一件での一番の被害者は男が所属していた事務所とその関係者かもしれない。

 

 事務所側も終わりの見えない惨状に疲弊し、内情を曝け出して手の打ちようがないことを公表したが『そうですか、それなら仕方ないですね』などと素直に割り切れなかったのが熱心なファンたちだ。

 

 掲示板や個人のホームページ、SNSで腹の(うち)を吐き出して、どうにか現実を認めようとしていた者たちもいたが、一部の過激なファンが暴走を始めた。その暴走に至るトリガーが本当にファンによるものだったのか、あるいは悪意のある第三者が面白がって煽ったのかまではわからなかったけど、暴走したのは事実だ。

 

 とりわけ、件の女Vtuberの囲いをやっていたファンが酷かった。常連のリスナーなら名前も覚えているくらい名物になっていたスパチャも飛ばすし切り抜きまで作っていた一人のファンが、特に怒り狂っていた。まるでレジスタンスのリーダーが如く、暴走しているファンたちを率いる旗頭のようになっていた。

 

 熱心なファンの集団は、これまでは関係のある場所、例えば当事者である男女の投稿動画やSNS、それ専用に立てられたスレッド内でしか行われていなかった誹謗中傷や荒らし行為を、外部にまで広げたのだ。件の男が所属していた事務所の他のライバーへの罵詈雑言、コメント欄を荒らすなどの配信妨害から始まり、異性とコラボをしているところにまでわざわざ赴いては有る事無い事(のたま)ったり、Vtuber全体を話題にしている雑談がメインのスレッドで不特定多数に向けて暴言を吐いたり口汚く罵ったりとやりたい放題だった。

 

 もしかしたらそういった荒らし的行為をしている者たちは無関係だと思っていないのかもしれない。Vtuberにまつわるなら全員が関係者で、全員に責任があるとでも思考を飛躍させているのかもしれない。まぁなんにせよ、傍からみれば関係のないところでまで暴れ回っている厄介者たちに違いはなかった。

 

 厄介リスナーたちはそうして火の粉を撒き散らしていき、やがて対岸の火事だと思っていた他のライバーや事務所にも、その余波は広がっていった。

 

 アイドルみたいな方向性で売っていて基本的に同性としかコラボをしない『End Zero』は不安材料に乏しいし、そもそも男女比が近い『Golden Goal』は男女の交流に寛容な風潮がある。二大事務所は影響はさほど大きくないとしているが、それでも最近は『End Zero』は同事務所メンバーとしかコラボをしていないし『Golden Goal』も異性でのコラボの回数を明らかに絞っている。双方ともに今回の炎上騒動は自分たちには関係ないという見解を打ち出しながらも、応援してくれているファンに無用な心配をさせないようにと気を使っている。

 

 裏を返せば、細心の注意と気配りをしなければ炎上騒動に巻き込まれかねないと認識しているということでもあった。

 

 当初は炎上していた件の男女Vtuberのリスナーたちだけの問題だったはずなのに、気がつけば業界全体の空気をぴりぴりと張り詰めさせていた。無関係だったはずのリスナーも、様々な場所で不安を煽り立てる荒らし連中の言葉に少なからず影響されて、どこか過敏に反応するようになってしまっていた。

 

 そんな徐々に張り詰めつつあった空気感の中で、女Vtuberばかりの『New Tale』に男がデビューするとなれば、過剰反応してしまうリスナーも出てくるというものだ。

 

 うちからすれば、そんなに大袈裟にリアクションを取ってしまったら騒ぎたいだけの馬鹿どもに付け入る隙を与えるだけだろうが、と苦言を呈したいところだが、事ここに至ってしまえばもうどうすることもできない。

 

 今はじっと耐えて、件の男女のファンと便乗して荒らしている奴らの気が済むまで待つしかないだろう、という私見を付け加えて、うちは話を締めくくった。




中途半端な切り方だけど他にどうしようもなかったのでここで分けます。
件の男女Vtuber、などと無駄に長い呼び方をして名前を伏せているのは、万が一にも実在する配信者さんと名前が被ってしまわないようにとの配慮です。
この作品はフィクションであり実在の人物や団体などとは何の関係もないことなんて言うまでもありませんが、念のためです。こういう配慮はいくらあったっていいですからね。


*スパチャ読み!
サラダボールさん、上限の赤色のスーパーチャットありがとうございます!
ミャアさん、赤色のスーパーなチャットありがとっ!ございます!
hiyaronさん、上限赤スパてーんきゅっ!ありがとうございます!
猫鍋@冬眠中さん、スーパーチャット、アリガトゴザイマァス!
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