サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。   作:にいるあらと

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胸糞悪いお話後半戦です。


真実なんて、誰も興味がないんだから。

 

「とまぁ、かい摘んで話すとこんなところだ」

 

 今はじっと耐えて、件の男女のファンと便乗して荒らしている奴らの気が済むまで待つしかないだろう、という私見を付け加えて、うちは話を締めくくった。

 

 一連の騒動を纏めたことで一つ思い浮かんだのだが、これってもしかして件の女Vtuberの計画通りなのではないだろうか。結果ありきで考えてみれば、踏ん切りのつかない男の態度に業を煮やした女が周囲に関係を匂わせてこういった結末に持っていったとも考えられる。不倫している男の家に愛人の女が電話する、みたいなシチュエーションに近い。これ以上男が逃げられないように追い詰めて、答えを強制的に出させたのだ。

 

 いくら頭の中がお花畑の女だとしても、これだけ騒動が大きくなってしまえば配信者としてやっていくのは無理だと悟るだろう。女の目的が『配信者を続けること』よりも『男と結ばれること』に重きを置いて行動していたのだとしたら、女の目的は達成されたと言える。ファンや関係者へ途方もない迷惑をかけたことから目を背ければ大団円だ。二人は幸せなキスをしてfin。

 

 まぁ、うちならこんなに自分以外の都合をまるで考慮しない執念深い女と結婚したいとは思わないけど。目をつけられた男は御愁傷様といったところだ。

 

 うちの説明を咀嚼していたのか、しばらく唸っていたアイニャがようやく口を開いた。

 

『んむー……うん、ちょっとはわかった。……納得できなかったファンの人たちが文句を言ってる理由は。ファンの人たちは、今まで大好きでずっと応援してたから心の整理ができなかったんだろうね。だから、それはわかった。でも……それでもジンくんはやっぱり関係ないよね? その男性Vtuberがジンくんだった、みたいな話ならわかるけど、そうじゃないんでしょ?』

 

「ああ、もちろん違う。炎上してから男のほうの配信を見たけど、その男とジン・ラースとやらは声も全然似つかねぇし確実に別人だろうな。そもそも四期生の公募があったのは一番最初の炎上の前だったし、時期も合わない」

 

『それならなんで? なんでジンくん関係ないのに、悪いことしてないのに、こんなにたくさん悪いこと言われてるの?』

 

 この時点ですでに、アイニャの声は震えていた。

 

 アイニャはあほの子だ。短期間話しただけでもわかるくらいに底抜けにあほだし世間知らずだ。でもそれ以上に陽気で快活で、心の優しい奴だ。

 

 だから、ジン・ラースの配信のコメント欄に溢れている罵詈雑言誹謗中傷の数々に心を痛めているのだろう。

 

 おそらくジン・ラースは狙って、わざとコメント欄のサイズを殊更に小さくしている。それに加えてコメントの流れが速いこともあいまって文字はかなり読みにくい。その意図は、マナーの悪いコメントを削除するなどではとてもじゃないが追いつかないし配信にならないため、暫定的手段として読みにくくすることで一般視聴者が気分を害するようなコメントが目に入りづらくなるようにしているのだろう。

 

 とはいえ、それでも読もうと思って読めない程ではない。『消えろ』だの『やめろ』だの書かれてるのはまだマシなほうだ。もっと直接的に、人を傷つけることを目的とした文字列がずらりと並んでいる。さながら悪口の類語辞典だ。

 

 平和だった、というか問題がなかったのは配信開始から十数秒くらいで、それ以降は絶え間なく誹謗中傷が列をなしている。

 

『デビュー配信なのに……これから始めるってところなのに……今日ジンくんはあたしたちと同じように幸せな思いをするはずだったのに。どうしてこんなに踏みにじられないといけないの?』

 

「んー、タイミングが悪かったとしか、言いようがねぇよなぁ」

 

『タイミングって……っ』

 

「説明の前にも言ったけど、こんな状況じゃなけりゃもっとまともに受け入れられてたとは思うぞ。そりゃ女ばっかの事務所で活動するんだから多少は言われることもあっただろうけど、ここまでじゃなかったはずだ。一応は一期生にだって男がいるんだしな。それでもここまで炎上してるのは、件の男女の騒動が過熱しているタイミングでデビューになっちまったからだ」

 

 ジン・ラースがとんでもない環境で配信をしているとは、うち自身強く思う。

 

 本来であれば、うちらがそうしたように配信の中で動画やSNSで付けられるタグを決めたり、リスナーをどう呼ぶかとかのアイデアをもらいながら考えたりするものだが、ジン・ラースは自己紹介を終えた段階でそういうことはできそうにないと早々に見切りをつけていた。コメント欄で時折流れてくるまともなコメントを見つけては拾い、反応したり質問に答えたりしていた。その様子は、荒れ果てたコメント欄の存在を無視すれば、彼の落ち着いた語り口もあいまって真っ当な配信のように見えた。

 

 初配信がこんな針の(むしろ)の中で、よくそこまで頭が回るものだ。流れの速いコメント欄の、しかも僅かにしか出てこないコメントを拾えているということは、その他の害意しか感じられない罵詈雑言もしっかりと目に収めているということになる。しっかりと目に収めた上で、冷静に、語気を荒らげることもなく、アドリブでユーモアを交えながらトークを繰り広げる。

 

 とてもではないが、うちには真似できない。

 

 そもそもの問題として、今回これだけ荒れているのはジン・ラース本人が何かやらかしたわけではない。ただの貰い事故なのだ。自分に非がないのにこれだけ言いたい放題言われ続けたら、うちならまず間違いなくキレる。千パーセントキレる。配信中に十回ブチギレる。

 

『……あたしにできることって、ないかな? なにをしたら、どうすればいいんだろ』

 

『…………』

 

『アイちゃん……』

 

 アイニャの発言に、ウィーレは口を(つぐ)み、エリーはかける言葉を探していた。

 

 二人も言いにくいだろうから、ここはうちが明言しておこう。

 

「悪いことは言わん、やめとけ。逆効果だ」

 

『ちょっ……イヴちゃんっ』

 

 オブラートに包むとかいうやり方を知らないうちをエリーが制止しようとするが、その声を貫くようにアイニャが訴える。

 

『っ! あ、あたし……あたし馬鹿だけどっ、それでもなにかできることはあるはずだよ! それに、ジンくんだって一人っきりで我慢するより、お喋りできる相手がいたほうが、きっとっ……』

 

「いや、こんなどうしようもない状態だったら一人の方がまだマシなはずだ。きっとジン・ラースだって望んでねぇ」

 

『そんなのっ』

 

「いいや、わかるね」

 

 アイニャの爆ぜるような激情に被せる形でうちが先んじて言う。

 

「リスナーが疑心暗鬼になってる今、アイニャが……アイニャだけじゃないな、ライバーの誰かがジン・ラースに話しかけに行ったら、絶対にそれを突く奴が出てくる。『ほら、やっぱり女と絡むことが目的だった』とか『例の炎上カップルの二の舞だ』とかってな」

 

 そうやって重箱の隅をつつくように揚げ足を取ろうとするのは『New Tale』に所属するライバーのファンだけじゃない。どころか、嬉々として槍玉に上げるのは、Vtuberに興味なんてほとんどない、炎上騒動を祭りのように楽しんでいる部外者たちだろう。そうやって不安感を煽って、批難している対象やその周囲の反応を見て楽しんでいるのだ。

 

「そういう流れになったら、ジン・ラースも相当燃やされるだろうが、同じくらい話しかけに行った奴も燃える。自分だけならともかく、自分が原因で誰かが被害を受けるなんてジン・ラースだって嫌だろ」

 

 ジン・ラースにその気があったかどうかなんて関係ない。事実かどうかなんて重要じゃない。『ジン・ラースは敵で、悪い奴で、燃やしてもいい奴』という流れにしたい奴がいて、そういう流れに流される奴がいて、そういう流れを真に受ける奴がいる。

 

 大多数の見解が悪い方向で一致してしまえば、本人がいくら否定したところで覆すことはできなくなる。その大多数の人間は自分にとって都合のいいことしか見ないし聞かないんだ。状況は変えられない。止めることなんてできやしない。

 

 だって真実なんて、誰も興味がないんだから。

 

 一度そういう空気にされてしまったら、作り上げられた『悪い奴』に自分から絡みに行ったライバーも同じ括りにされる。炎上する場所がジン・ラースと、話しかけに行ったライバーの二箇所になる。火の手は収まるどころか、燃料を得て更に燃え広がるだろう。

 

 少なくとも、デビューしたばかりで右も左も分からないひよっこが考えなしに手を出していいことではない。ライバーとしてのキャラが固まっていないうちに巻き込まれたら、これからの活動にも支障が出る。

 

『そ、そんなのっ……』

 

『……きっと、彼はこうなるって、予想してた……と思う』

 

『え……ウィーレちゃん、どういうこと? ラースさんは配信が荒れることをわかってた、ってこと?』

 

『……たぶん。だから……コミュニケーションアプリのIDも、知ってるはずなのに連絡をしてこないんじゃないか、って』

 

 ウィーレの推測を聞いて、うちはある種納得した。

 

 引っかかっていた妙な違和感がようやく腑に落ちた。

 

「はー、なるほどな。たとえリスナーに『裏で喋ったりしてるんじゃないか』って疑われたとしても、ライバーは『コミュニケーションアプリのIDも知らない。全く絡みはない』って、はっきり否定できるわけだ。ライバーに嘘をつかせない為の工夫で、リスナーへは安心感の担保ってわけか」

 

『……事務所での顔合わせの時も、来なかった。同期のグループチャットにも、参加しない。……たぶん、そういうこと』

 

「だとしたら、ジン・ラースはずいぶん早くに炎上の予兆を感じ取って、手を打ってたってことか。用心深い奴だ」

 

『そんなことどうだっていいよ!?』

 

 悲痛な思いを滲ませながら、アイニャが叫んだ。静かなウィーレの声に集中していたところにこの大声だったせいで耳が痛い。

 

『あ、アイちゃん、落ち着いて……』

 

『落ち着いてらんないよっ! なんで同期の仲間がこんなにひどい目にあってるのに、みんなは落ち着いてられるの?! なんでなにもしちゃダメなの?! わけわかんないっ!』

 

 アイニャが烈火の如き勢いで言い募る。

 

 アホだアホだとは思っていたけど、ここまでとは思わなかった。思わずため息が出そうだった。顔を合わせたこともない、それどころか言葉を交わしたこともない同期を、アイニャは心の底から何の疑いもなく仲間だと信じ切っている。

 

 すごいアホだ。とんでもないアホだ。アホみたいに、優しい奴だ。

 

 こんな底抜けに優しいアホだからこそ、容易に想像できてしまう最悪なことにはさせたくない。

 

 今の状況下でジン・ラースに絡みに行けば、まず間違いなくアイニャも巻き添えを食う。

 

 ジン・ラースはだいぶ前からこうなるだろうと確信に近い形で考えていて、心の準備もできていたのだろう。内心はどうだか知らないが、少なくともうちの目にはこれだけ苛烈な悪意に晒されても『これくらいなら想定内ですね』とでも言いたげな、余裕のある涼しい顔で対処しているように見えた。そう感じるくらい精神的にゆとりのある対応だった。

 

 でも、他の奴らでは耐えられないだろう。ブチギレるか、あるいは精神的に憔悴するか、普通の人間ならそのどちらかだ。

 

 アイニャでは、とてもじゃないが耐えられそうにない。汚い川の底に溜まったヘドロのような、そんな醜悪な悪意を突然ぶつけられれば、心を苛まれることが目に見えている。さすがに悪口を言われたことくらいはあるだろうが、ここまでの過激な文言を大量に叩きつけられるような経験はないはずだ。

 

 第三者として外から見ているだけではわからない。実際に自分が体験しないと、その悪辣な言葉の一つ一つがどれだけ精神を蝕むか。どれだけ追い込まれるか。どれだけ心が壊死していくか。自分の身に受けなければ、その痛みはわからない。

 

 そんな経験を、人生においてまるで必要のない最低な経験を、うちはアイニャにさせたくない。

 

「その同期に迷惑をかけたくなくて、あいつは一人でいるんだ。アイニャが絡みに行ったら努力が全部ふいになる。逆効果にしかならねぇんだよ、わかってやれ」

 

 悪いな、ジン・ラース。お前には悪いが、助け船は出してやれない。

 

 うちは会ったことも話したこともない同期より、会ったことも話したこともある為人(ひととなり)をよく知る同期のほうが大事だ。お前の努力は汲んでやるから、それで許してくれ。

 

『ふいって、なにが?! もうなってるよ!? ジンくんだってっ、今日の配信のためにいっぱい努力して準備したはずなのに!』

 

 性根が素直で喜怒哀楽がはっきりしているとは感じていたが、アイニャがここまで激情家だとは思っていなかった。

 

 これも優しさの裏返しなのだろう。仲間である同期が傷付けられていることを看過できない。なのに、何もしてやれない。

 

 無力な自分が悔しいんだ。自分に対しての怒りだ。これを八つ当たりだなんて、うちは思わない。

 

『…………』

 

 ウィーレにだって言いたいことは多くあるだろうが、沈黙を保っている。自分が口下手であることを自覚しているので、うちに任せてくれているのだろう。

 

『アイちゃん、落ち着いて、ね? イヴちゃん、どういうこと?』

 

 雰囲気が悪くなりそうなところを、柔らかな声色でエリーが取り持ってくれる。気の利いた穏便な言い回しができないうちにとって、その心配りはとても助かるし心強い。

 

「最初にデビュー配信の予定を聞かされた時から違和感はあったんだ。なんで今回は先輩たちとやり方が違うんだろって」

 

『んに……。や、やりかた?』

 

『やり方……先輩たちと違った、かな? 一期生の方は違ったけど、二期生の先輩たちも三期生の先輩たちも同じようにリレー形式でやってたはずだけど……』

 

『……同じなのは、そこだけ。これまでは、デビュー配信前にSNS……開設してた』

 

『あっ』

 

『た、たしかに……』

 

 やっぱりウィーレはすでに感付いていたようだ。

 

 アイニャとエリーは気付いていなかったらしい。

 

 うちはそこに疑問を抱いてから、いろんなおかしな事に目が向くようになった。

 

「そう。SNS開設とデビュー配信が逆になってる。それを踏まえて、もう一つ。リレーの順番をどうするかって話、覚えてるか?」

 

『え? う、うん。リレー方式でやるって教えてもらった時に、事務所の人に順番どうするか決めといてくださいって言われたんだよね。たしか……エリちが緊張するから一番最初はできないって言ってたから、あたしが一番をもらったんだ。でも、順番がどうかしたの?』

 

「そうやってうちらで順番を決めたわけだけどさ、おかしいと思わね?」

 

『なにが? 順番決めとかないと、事務所の人も困るでしょ?』

 

「順番決めること自体はおかしくねぇのよ。おかしいのは、決める順番が一から四番目のいずれかだったってことだ。四期生は五人いるのに」

 

『あっ……。スタッフさんは、四人で順番決めてください、としか言ってなかった』

 

『……その段階で、トリを務めるのは誰か……すでに、決まっていた』

 

「そう。最後はジン・ラースがやるってのは(はな)から決まっていて、その他の順番をどうするかだけうちらに任せられた。デビュー配信とSNS開設がいつもとは逆になっていることと、配信の順番のことをあわせて考えれば、意図が見えてくる」

 

 情報が氾濫している上にVtuberの数も飽和している昨今。どれほどの効果が見込めるのかはわからないが、損はしないのだから通例通りデビュー配信の前にSNSを開設して情報を発信したほうがいいに決まっている。どんな子がデビューするかは配信でのお楽しみ、なんていう風に持っていこうにも、まずは配信を視聴してもらわなければいけないのだ。どんな外見をしているかだけでもお披露目しておいたほうが得になる。

 

 明確な損はなく、たとえ小さかろうと得しかないのに、そうしなかった合理的な理由とはなにか。

 

 すでに答えは出ている。

 

 まず前提が間違っている。

 

 明確に損をすることがわかっていた。だから通例通りの流れに沿わず、デビュー配信の後にSNSを開設した。デビュー配信前から全員の姿をお披露目していればその時点で炎上し、デビュー配信なんてできるような状況じゃなくなる。明確にある大きな損を、可能な限り小さくしようと奮闘したんだ。

 

 そして、配信の順番。

 

 これも同様の理由だ。ジン・ラースが最後以外のタイミングで出てくれば、その瞬間に炎上する。たとえ荒らされることに対してジン・ラース本人が平気だとしても、リレー方式の都合上、その次の番にも影響は尾を引くことになる。ジン・ラースが最後を務めない限り、うちらの誰かが、最悪全員が巻き添えを食らう。ジン・ラースに責任はないが、二次被害を避ける為には最後に回るほかにない。

 

「デビュー配信の日程が決まった段階で、どこまでの規模かは分からないにしろ配信が荒れるってことは想定されてたんだ。あの時は諸悪の根源の男女Vtuberの炎上はそこまで過熱してなかったけど、そもそもその件がなくたって『New Tale』に新しく男が加わるってだけで炎上する要素は充分だ。なるべく傷を浅くするために、最初からそれなりの準備はしてたんだろうよ。思ったよりも荒れていなければ徐々に交流を増やしていって、思った通り荒れてたら誰とも連絡を取らずに落ち着くまでやり過ごす、みたいな感じでな。さすがにこれは思った以上だろうが」

 

 このやり方なら、たしかに被害は最小限で済む。ジン・ラースの同期、つまりうちらは巻き込まれた体で振る舞うこともできる。他の先輩たちだって、元からいたファンからは厄介な男ライバーが入ったせいで迷惑している、という風に同情的に見られるだろう。炎上祭りを目的とした外部の人間の目はジン・ラースに向けられるだろうから、先輩たちへの悪影響は少ないはずだ。わお、完璧だ。

 

 たった一つ、ジン・ラースだけは、そういった『盾』が一切ないという問題点から目を背ければ。

 

 『New Tale』を箱推ししてくれているファンは、前情報が公開されていない中で新しく入るライバーがどんな子たちなのか期待して配信を見ていた。そんな気持ちで見ていた中、よりにもよって一番最後のトリで、満を持して出てきたのが男だ。寄せていた期待や信頼を裏切られた気分になるだろう。件の男女Vtuberのせいで異性間での交流にナーバスになっている環境下でのこれだ。怒りや不信感を煽ることになる。

 

 湧き上がった悪感情の矛先は、男ライバーを加入させるという愚断を下した『New Tale』と、その男ライバー張本人たるジン・ラースだ。

 

 初配信だけでも目も当てられないような惨憺たる有様だが、これからは更に悪化するだろう。

 

 暴走した件の男女Vtuberのファンを筆頭に、『New Tale』を箱推ししているリスナーは厄介ごとを持ち込まれたと感じるだろうし、『New Tale』に所属しているVtuber個人のファンをしている人はジン・ラースが推しに迷惑をかけていると憤慨するだろう。炎上騒動を楽しんでいるだけの外部の人間は言うまでもなく。『New Tale』以外のVtuberを見ている一般リスナーだって、早く鎮静化させて今まで通り平穏に推しの活動を見守りたいのに、わざわざこんな時にデビューして騒動に拍車をかけたジン・ラースに対していい感情は抱かないだろう。

 

 できる最善を尽くしたにもかかわらず、誰にも認められず、誰にも求められず、誰からも糾弾される。謂れのない誹謗中傷を受け続ける。

 

 こうなるだろうことは、ジン・ラースは予見できていたはずだ。ここまで華麗にヘイトを集めることができるほどに頭が回るなら、こうなるだろうことくらいは簡単に。

 

 それでも誰からもわかりやすいように矢面に立ったのは、結果が見えているのにそれでも注目を自分に引きつけたのは、一緒にデビューする同期と、同じ事務所に所属するライバーたちに迷惑をかけないようにするためだ。そういうふうに仕向けたのだ。

 

 その身を切る努力に、この配信で気づいた人間はいったい何人いるのだろう。きっとそう多くはいないはずだ。裏事情をある程度知っていないと、考えを始めるスタートラインにすら立てない。

 

 そして仮にジン・ラースの努力に気づけたとしても、その懸命にして賢明な努力に、こちらが反応することはできない。

 

 一言の言い訳もなく、恩着せがましい振る舞いもしない。相手の嗜虐心をいたずらに刺激するような見苦しい釈明も、罵倒を受けて自棄になったり開き直りもしない。ただ粛々と穏便に、丁寧な言葉で物腰柔らかに対応して荒らしが飽きるのを待つ。忍耐強く、辛抱強く、余計なことはしないで被害を最小限に抑えて嵐が明けるのを待つ。

 

 どれだけの時間が必要かわからない。その間どれだけの罵詈雑言を浴びせられるかわからない。

 

 どれほど神経を擦り減らし、どれほど精神を消耗するか。そしてその立場に立つのにいったいどれほどの覚悟を要するか。傍観者の一人であるうちにはわからない。

 

 しかし、それが正解だ。相手の怒りを怒りで打ち返すことをしない大人な対応。それこそが結果的に一番早く事態を終息させられる理性的で理想的な対応だ。

 

 ジン・ラースは覚悟を決めて誰とも関わらないことで騒動を風化させて、巻き込まれただけの被害者でありながら炎上を鎮めようと努力している。

 

 何も行動しない自分が嫌だから。そんな自分本位な考えでうちらがジン・ラースの努力をふいにするわけにはいかない。

 

 うちらはただ黙って、見守ることしかできない。

 

 その努力の裏側を事細かに説明してしまうと、うちの優しい同期たちは良心の呵責に潰されそうだからそこは伝えないけど。

 

「んー、まぁ、つまり……なんだ。誰かがジン・ラースに話しかけに行っちまえば、なるべく早く炎上を鎮火させようとしてるアイツの努力が無駄になるんだよ。今現在、うちらがやれることっつったら『何もしない』ことだけなんだ」

 

『そんな……っ、そんなのっ……』

 

『アイちゃん……』

 

『……………………』

 

 とうとうしゃくり上げるように泣き出してしまったアイニャに、二人はかける言葉もない。何を言ったところで状況は好転しない。慰めにもならない。

 

『……さて、そろそろお時間なので、悪魔はこのあたりでお暇させて頂きたいと思います』

 

 うちらがそうして話し込んでいるうちに、ジン・ラースの配信が終わりに差し掛かっていた。

 

 配信終了を告げる前口上。ただそれを口にしただけで、辛辣に過ぎる言葉でコメント欄が埋め尽くされる。その中であれば『そのまま「New Tale」からお暇しろ』とか『面白かったわ。河川ライブカメラ眺めてるのと同じくらい』や『卒業おめでとうございます』など多大な皮肉を効かせた切れ味鋭い嫌味が優しく見えるほどだった。ほとんどが甚だしく端的、かつ著しく攻撃的だった。よくもまあ顔も知らないどんな性格かもわからない人のことをそこまでこき下ろせるなと思ったくらい、喧嘩腰で排他的だった。

 

 そんなコメントの数々を、おそらくは視界の端で捉えながらジン・ラースは正面を見据えて口を開く。

 

『コメント欄もしっかり目を通させてもらっていました。人間の皆様は多々思うところがあるでしょう。それは仕方のないことだと割り切っています。皆様が心配なさっているようなことはありませんから安心してください、と僕が言ったところで、口ではなんとでも言えますからね。それだけでは不安を払拭することはできないでしょう。ですから僕は、これからの活動で皆様の信頼を勝ち取れるように努力します。皆様が安心して推しの配信を見られるように頑張ります。だから応援してください、なんて言いません。ただ、たまにでもちゃんとやっているか配信を覗いていただけたら幸いです。これからよろしくお願いします』

 

 ジン・ラースの初配信が終わった。

 

 終始一貫して、いっそ過剰なほど穏やかに締めた。

 

 ジン・ラースは一切語勢を強めることなく腰を低くして、しかし決して(おもね)ることも(へつら)うこともせず、あくまで真摯に対等に、視聴者へと言葉を投げかけ続けた。にもかかわらず、最後の最後まで悪罵痛罵の雨が止むことはなかった。

 

 おそらくは初めての出来事だろう、ここまで荒らされた初配信は。前代未聞で前人未到だ。

 

『あんなにっ、ぐすっ……まじめに、一生懸命ジンくん、がんばったのにっ……ひっく。こんなの、ひどいよ……っ』

 

 配信最後にあった、誠実でひたむきさを感じる決意表明とも取れる発言で、アイニャの涙腺は崩壊していた。ぼろ泣きだ。

 

 ちなみにウィーレは言葉にはしないものの心に響くものがあったのか、息を呑むような音が聞こえた。

 

 エリーも泣いていたが、声を殺そうと努力している。時折詰まるような吐息が耳に入った。

 

「あんな状態でよくやってたよな。自分があの立場だったらって思うとぞっとするわ」

 

『……うん。……きっと、なにも喋れなくなる。……黙り込む』 

 

 アイニャとエリーからも肯定するような音が返ってきた。むせび泣いているせいでまだ喋れない様子だ。

 

 本当に、ぞっとする。うちでもまともに配信できなくなるだろう。配信中ずっと文句を言ってくる相手に怒鳴り散らして、終わる頃には声を嗄らしているのが目に見える。

 

 記念すべき初配信の後だというのに気分の良くない余韻に浸されていると、スマホが震えた。メッセージを受信したようだ。

 

 本当なら初配信後、これからのおおまかな活動の方針や次の配信予定日時などを、開設したばかりのSNSで発信していく手筈だった。

 

 うちらがいつまで経っても手筈通りに動かないから、事務所のスタッフが痺れを切らして催促のメッセージを送ってきたのかと思ったが、確認してみるとそうではなかった。うちら四期生にだけ送られたのではなく、所属しているVtuber全員に送られていた。

 

「なぁ、事務所からのメッセージ見たか?」

 

『ひっく……ぐす、なに? めっせーじ?』

 

「アイニャ見てねぇのかよ。今事務所から来たんだよ。スマホ確認しろ」

 

『……見た』

 

『なに……なんですか、これ……』

 

「どう思った?」

 

『どうもなにもっ、「New Tale」がこんな対応をするなんて……っ!』

 

『……残酷、ではある。でも……間違ってない。彼に話を通しているのなら……間違ってない判断』

 

 事務所からのメッセージの内容を要約するとこうだ。

 

 まずジン・ラースについて。

 

 本人に非はないが、現状では手の打ちようがない為、ライバーは無闇に関わらないようにすること。

 

 これはうちがアイニャに説明したのと同じ意味合いだ。関わりに行ったところで被害が増えるだけ。事務所サイドからしてみれば、ジン・ラースだけで深過ぎる傷だ。傷口を増やすようなことにはしたくないのだろう。

 

 次に、配信中の対応について。

 

 おそらく自らジン・ラースの話を持ち出すことはしないだろうけれど、リスナーに訊かれた場合には、嘘偽りなく答えるように。嘘をついて誤魔化したり隠したりすることが一番悪手である、と。

 

 問題が発生して、それを外部から問い質された時、全て包み隠さず正直に言え、という対処法は珍しいように思う。当事者や責任者はともかく、それ以外の関係者はノーコメントを貫くのが一般的だ。ふつうはそういうコメントをつけられても拾わないように、と指導するだろう。

 

 まぁ今回の場合はそもそもの問題の原因がジン・ラースにないし、悪い意味で一躍時の人になってしまったジン・ラースのことを所属ライバー全員がまるで知らないからこそ取れる方法だ。

 

 誰も、同じ日にデビューするうちらにもジン・ラースという男ライバーがデビューすることを知らされていなかった。これが先輩たちも同様なのであれば、ライバーはリスナーにどんな質問をされても『わからない』『知らされてなかった』と答えることができる。

 

 いや、そう答えるしかないというのが正しい。

 

 コミュニケーションアプリのIDも知らない。顔合わせの場にも来なかった。物理的に交流する方法がないと論理的に説明されれば、荒らしたいだけの外部の人間はともかく、冷静に考えるだけの知性が残っているファンたちはある程度溜飲が下がるだろう。

 

 そうして所属ライバーには追及を躱せるだけの余地を残しておき、ジン・ラースは騒動が鎮静化するまで耐え忍ぶ。そういう段取りを組んでおけば、叩かれるのは男ライバーをデビューさせた『New Tale』と厄介な連中に目をつけられたジン・ラースだけに限定することができる。

 

 効率性を重視すれば、この手段が最も負担が軽く済む。

 

 まぁ、感情を度外視できればの話だが。

 

『こんなのっ、こんなのひどい! ひどすぎるよ! 全員で見捨てるって言ってるのとおんなじだ!』

 

 理解できるからといって納得できるかどうかは別の話だ。

 

 憤懣やるかたないアイニャの場合は『New Tale』の対処に納得どころか理解も示していないようだった。

 

「見捨ててるわけじゃねぇって。見捨てるつもりなら丸く収めるためにこんなに考えを巡らせねぇよ」

 

 本気で見捨てる算段を立ててたら、きっと活動休止あたりか、いっそのことばっさりと契約解除くらいの措置を取る。ジン・ラースはデビューしたばかり。理不尽な措置に文句を言うファンもついていない。そのほうが好都合で手っ取り早い。

 

 過剰に庇い立てしようとすれば、今回の場合愚策になる。厄介な連中の神経を逆撫でするからだ。

 

 その点、うまい具合にバランスを取っているなとうちは感心していた。スタッフが裏でジン・ラースを支えつつ、表では他のライバーが義侠心に駆られないよう前もって釘を刺す。所属ライバーが絡みに来ることこそ、ジン・ラースは避けたいはずだからだ。

 

『私たちはラースさんの連絡先を知らないから、あの人に何も言うことができない。初配信、あれだけ酷いことをされていたのに負けずに立派にやり遂げたこと、とても格好良かったですって伝えたくても伝えられない。周りの人たちがどれだけ悪口を言ってきても私たちはあなたの味方ですって伝えられない。寄り添ってあげられない。だからこそ、事務所はラースさんの味方になっていてあげなきゃっ……いけ、ないのにっ……なのにっ』

 

 嗚咽を殺しながら、しかし最後は消え入るような声で、エリーは言葉を振り絞っていた。

 

 あまりにも心が優しすぎる二人が、その善良な精神が故に発作的に配信上で何かしでかさないか心配だ。二人なら、ジン・ラースに対して辛辣なコメントを見つけたら、それに対して激しく反論してしまいかねない。

 

『……サイト』

 

 二人が迂闊な行動に出ないようにするにはどう伝えればいいだろうかと悩んでいると、ぽそりとウィーレが呟いた。

 

「ん? なんて?」

 

『……公式サイトに、炎上についてのお知らせ……もう出てる』

 

「はぁ?! 早すぎんだろ!」

 

 確認してみたら、本当に『New Tale』公式サイトに今回の件についての説明が記載されていた。ずっと所属タレントのページを表示していたせいで気づかなかった。

 

 要点を掻い摘めば、こんな内容だった。

 

 今回男性ライバーを加入したのは『New Tale』が新たな一歩を踏み出すための試みであって、これまで『New Tale』を応援してくれていたファンをいたずらに刺激する意図はない。これからも男性ライバーは厳正な審査の上で折を見て増やしていく意向。

 

 そして『New Tale』は犯罪行為については厳格に対応していく旨が綴られていた。所属タレントの配信、SNSなども含めて、法に抵触する行為を発見、あるいは所属タレントから報告を受けた場合、法的措置も辞さない。とのこと。

 

 硬っ苦しい言い回しだったが、要は既存ファンへの釈明と、荒らし行為を行う者に対しての牽制というところ。

 

 もちろん『New Tale』だって、これだけで全ての問題が綺麗にまるっと解決するなんて楽観視はしていないだろう。どれほど効果があるかはわからないが、公式から発表されたのだから少しは信用してもいいかな、くらいにでもファンに思わせることができたらそれだけで成果としては上々だ。

 

 まぁ、好き勝手に荒らすような連中は公式からのお知らせなんて見ていない可能性が高いけど。そんな理性が頭の中に欠片でも残っているのなら、そもそも荒らしたりなんてしないのだ。

 

 そういう好き勝手荒らすような連中に対するカウンターが法的措置という文言だ。こんな脅し文句はあくまでもポーズで実際には動かないと高を括っている人間や、本気でブチギレている連中には効果は薄いかもしれないが、ジン・ラースの配信をお祭り感覚で荒らしている奴ら相手には抑止力にはなる。遊び半分の賑やかし気分でやってる奴らは、こんな事に巻き込まれて裁判沙汰なんて避けたいだろう。そういう奴らは結局のところ、自分からは誹謗中傷コメントは出さずに本気でブチギレてる連中を囃し立てる方向にシフトするだけな気もするが、荒らす人間の母数が減るだけで精神的な負荷は多少軽くはなる。

 

 『New Tale』は、ちゃんとファンと所属タレントのことを考えている。

 

 そこはもちろん評価するが、うちがなにより感嘆したのは、その発表までの早さだ。

 

 かねてから『New Tale』はレスポンスが早いと評判だったが、これはそんな次元ではない。なんせジン・ラースの配信が終わってまだ十分も経っていないのだ。担当者個人の一存でどうにかできる領分を超えている以上、会社全体、最低でも責任者が集まって話し合わないと答えは出せない。この短時間で責任者を集めて協議して『New Tale』としての見解を公式サイトに掲載するのはどう考えても無理がある。

 

 デビュー配信よりずっと前から周到に準備されていたとしか、うちには思えない。

 

 だとするなら、と考えて、うちは安堵した。アイニャとエリーの安心材料ができたからだ。

 

「よかったな。これなら大丈夫そうだ」

 

『どこが?! こんな文章一つであんなに荒らしていた人たちが急にいなくなるなんて、イヴちは本当に思ってるの?!』

 

「いや? そこはまったく思ってねぇよ。多少減るだろうなとは思ってるけど、完全になくなりはしないだろ」

 

『それなら、イヴちゃんは何を思って「大丈夫」なんて言ったの?』

 

「『New Tale』とジン・ラースの間でちゃんとコミュニケーションが取れていることに対して大丈夫っつったんだ」

 

『そっ、そんなこと……あたしたちからじゃわかんないじゃん』

 

 アイニャの疑問にはウィーレが答えた。

 

『……この早すぎる発表で、わかる。事務所と彼は……問題と解決策を共有してる』

 

「そうだ」

 

 うちもウィーレの意見に同意する。

 

 熱くなっているアイニャとエリーとは対照的に、ウィーレはとても冷静に考えて、客観的に物事を見ようとしている。どこか常以上に感情を排しているように思えるのは、アイニャとエリーが激情に駆られがちになっているぶんの釣り合いを取ろうとしているからか。

 

「もうちょい噛み砕いて話すか。まず、この対応の早さだが、これははっきり言って異常だ。前もって用意しておかないとこのタイミングでは出せねぇ」

 

『うっ……は、早くてすごいなぁとは、あたしだって思ったよ』

 

 早さ云々よりその発表の内容のほうに目が行って怒ってた手前、気恥ずかしさがあるのか、おずおずとアイニャが同意した。

 

「前もって用意できてたってことは『New Tale』はこの事態を想定して、こうなった時どう動くかを事前に話し合っていたってことだ。そこまで読めてたんなら、当然矢面に立たされることになるジン・ラースにもしっかり話が通ってるはずだ。いくら事務所が対策を考えたとしても、実際に配信するジン・ラースが荒らしに煽られて売られた喧嘩買っちまったら水の泡だからな。そこらへん、しっかり共有してるだろ」

 

『そう、なのかな……』

 

 不安げなエリーに、うちはもう一押し付け加える。

 

「法的措置がどうたらって書いてあったろ? あんだけ明記した以上、これで動かなかったら所属タレントとの信頼関係に亀裂が入る。『New Tale』はなんかあったら本気で裁判まで持ってくつもりなんだよ。だからあそこまではっきり書いたんだ。仮にそういう運びになった時は当事者の話を聞かなきゃいけんし、証拠になるもんを取っとかなきゃいけねぇんだから、連絡は密に取ってんだろ」

 

 『New Tale』の発表にあった、誹謗中傷に対しての法的措置の一文。あれはジン・ラースを守るという『New Tale』からの意思表示みたいなものだ。

 

 所属タレントと大きな括りで書かれていたが、今現在、法的措置まで視野に入れるほど誹謗中傷行為に晒されているのはジン・ラースただ一人。あの声明文は、ラインを越えた行為をされたり、ジン・ラース本人が誹謗中傷を受けたと『New Tale』に報告したりすれば、その際は容赦なく開示請求から名誉毀損なり侮辱なりの訴訟までやってやるという『New Tale』側の覚悟の表れだ。

 

 『New Tale』は本気でジン・ラースを守るつもりでいる。裏でしっかり意見交換しているのなら、その誠意はジン・ラースにだって伝わっているだろう。初配信でジン・ラースがあれだけ叩かれても堂々とやり切れたのは、どうなっても絶対に事務所が守ってくれるという安心感があったからなのかもしれない。

 

『……そっか。そうだよね』

 

 力なく呟かれたエリーの声にはもう、不安感はなかった。ただ、安心とも異なっていた。

 

「ふつうならあんだけ叩かれりゃ気分も落ちてくるだろうし、そのあたりスタッフたちは気を配ってんじゃねぇの? デビューするうちらにもめちゃくちゃ親身にいろいろ教えてくれたスタッフたちだ。人情味に欠けることはしねぇよ、きっと」

 

 元気付けようとあえて楽天的な考えを述べるも、エリーの心は晴れない。

 

 うちはエリーがどういう気持ちでいるか、どんな想いを抱えているか見誤っていた。

 

『よかった、よかったんだ。ラースさんには、頼りになる人が、ちゃんといる。守ってくれる人が、味方がいてくれてる……っ。でも、なんでだろう……っ、悔しいなぁっ……。同期が、仲間が大変な思いしてるのにっ、ひっく……私っ、なにもできないっ』

 

 ジン・ラースには助けてくれる人がいない、というエリーが一番心配していた点は解消できた。なのになぜそんなに辛そうなんだと思っていたが、そういうことか。

 

 自己嫌悪か。

 

 あまりにも優しすぎるエリーなら、そう感じるのも仕方ないのかもしれない。

 

 事実、うちらは助けるどころかジン・ラースに助けられている。可能な限り荒らしがこっちにまで現れないように庇われているわけだ。それがわかっているのに何も手助けできない。連絡手段が何もないせいで感謝したくても伝えられない。かといって配信で話題にすればジン・ラースの努力が無に帰す。

 

 何もしないことが、一番ジン・ラースの助けになるというところに皮肉が利いている。無力感は一入(ひとしお)だろう。

 

 渦中、というかむしろ火中にいるとすら言えるジン・ラースよりも、もしかしたら先に二人のほうが音を上げるかもしれない。

 

 うちには全く共感できないが、アイニャは人が傷つけられていたら迷いなく助けに行くタイプだし、エリーは傷つけられている人をただ眺めるくらいなら自分も隣で一緒に傷つくことを選ぶ性格だ。解決に時間がかかれば心が折れるのはジン・ラースじゃなく、二人のおそれがある。うちの想像を超えて二人にはストレスがかかっている。

 

「あー、んー……」

 

 二人は心配だが、かといってうちに何ができるのか。

 

 うちなら誹謗中傷されても、アイニャやエリーと違って気に病むなんてことはまずない。ブチギレて発散するからだ。

 

 でも、だからといって轟々と燃え盛っている火柱に飛び込めるかというと、そうでもない。うちが見ず知らずの同期のためにそこまで体を張るだけの理由がないし、いくら神経が図太いうちでも火の海にダイブするのは躊躇する。

 

 そもそもうちがジン・ラースに絡みに行ったところで問題が解決するわけじゃない。件の男女Vtuber被害者の会の会員数が一人増えるだけで、荒らしは去らないし火は消えない。

 

 事務所と、おそらくジン・ラースも解決策を探しただろうけど、それでも見つけられなかったのだ。脳筋なうちが簡単に思いつくわけない。

 

 下手にかかわれば事態を悪化させる上に長引かせることになる。でも何かしないとアイニャもエリーも活動に支障を来しかねない。

 

 二人のように真っ当な性根を持ち合わせていないうちでは、優しい人間の心に寄り添うような答えなんて出てこない。お手上げだ。

 

『……同期で……コラボ、とか』

 

 足りない頭を必死に悩ませていると、こういう時頼りになる奴が声を上げてくれた。ウィーレだ。

 

『コラボ?』

 

 そうウィーレに聞き返したのはどちらだろうか。音が重なったようにも聞こえたから、二人同時に聞き返したのかもしれない。

 

『……わたしたちも、活動、慣れてから……同期みんなで』

 

「っ!」

 

 そこまで聞いて、ようやくウィーレの狙いが掴めた。

 

 その提案に、すぐさまうちは乗っかった。

 

「いいじゃん、コラボ。ジン・ラースの誤解も解けて、うちらも足場を固めて多少のアンチなんざどうってことないくらいになったら、同期五人全員でコラボしようぜ」

 

 ウィーレはやっぱり賢い。天才かもしれない。否、天才だ。

 

 今うちらが手を出せることなんて何もない。前向きに言い換えれば、うちらができることは何も手出ししないことだ。

 

 でも、それではアイニャとエリーが負い目を感じる。罪悪感で潰れそうになる。

 

 だったらどうするか。

 

 この天才ロリ魔法使いウィーレの策は『視点を未来に移す』ことだ。

 

 視点を現在から未来にずらすことで、やることは変えずに考え方だけを変える。どうしたらいいかわからないから思い悩むし落ち込むんだ。この目標に向かって努力する、というふうに指標を立てて、そのためには今何をすればいいかを打ち出してやれば迷うこともなくなる。

 

「なるべく早く問題を片付けて、ジン・ラースがふつうに活動できるようになったらコラボして、最初から(つまず)いたあいつの手を取って引っ張ってやろうぜ」

 

 今はどうにもできないけど、この炎上騒動が終わった後にジン・ラースのフォローができるように、うちらが力をつけておく。

 

 そういうことにしておけば、今助けられない事実から目を背けられる。これからの活動もより一層頑張る理由になる。コラボするためには早く炎上騒動を鎮静化させないといけないのだから、配信中にジン・ラースのことをつつかれても多少は我慢できるだろう。

 

 すげぇ、ウィーレの考え完璧じゃん。やっぱりただのロリじゃねぇな。いやはや、背も低いし童顔のぺったんこだが、実際はうちらの中で一番歳上なだけはある。

 

『ぁ……ち』

 

『うん……ぐすっ、うんっ! コラボ、したい! みんなで、同期全員でっ! いっぱい遊びたい!』

 

『そっか……そうだね。私たちがどう動いても逆効果になるんなら……。今は私に力がないから、助けられないんだもんね。ラースさんを助けられるくらい、ファンの人たちを納得させられるくらい私に実力があれば、何か手伝うことができたはずなんだ。その力をつけるために、私、がんばるよ。みんなで、五人でやりたい!』

 

「おおっ! 頑張ってこうぜ!」

 

 おおーっ、と二人(主にアイニャ)は勝鬨でも上げるかのように叫んだ。ヘッドホンがばりばりと鳴いている。割れてる、音割れしてる。どんな声量してんだ。ノイキャン働け。

 

 がんばるぞーっ、と意気込んでいる二人は置いておき、うちは天才合法ロリに話しかける。

 

「提案してくれてありがとな、ウィーレ。おかげでアイニャもエリーも明るくなったわ」

 

『…………』

 

「……ん? おーい、ウィーレ? 聞こえてんのか?」

 

 ウィーレからの応答はない。回線の調子でも悪いのか、それともアプリ側で変な設定でも触ってしまったのか。

 

『……ううん。みんなが、いいんなら……よかった』

 

 とりあえずウィーレの音量でも上げてみようかとマウスを動かそうとした時、ようやくウィーレが反応した。なんだったのだろうか、水でも飲んでいたのか。

 

「いいに決まってんだろ。二人も元気になったんだしな。ほんとありがとな、これからも頼むわ」

 

『……うん』

 

 耳に自然と届く透き通るようなウィーレの声には少し元気がなかった。初配信と、ジン・ラースのごたごたで疲れたのだろうか。ちなみにうちは疲れた。まだやることは残っているけど、今すぐベッドにダイブして眠りたい。

 

「さ、話は一区切りついたし、疲れて寝ちまう前にスタッフに言われてたことやっとくぞ。SNSに配信予定を出しとかなきゃいけねぇんだから」

 

『おおう、忘れてた!』

 

『……わたしは、準備できてる』

 

『ウィーレちゃん、準備いいね』

 

『……他に予定ないし、いつだって大丈夫だから。……適当に作った』

 

『そうなんだ。私も用意しておいたんだよ。私の場合は用意しとかないと慌てちゃって間違っちゃいそうだからだけど』

 

『……解釈一致』

 

『どういうことかなっ?!』

 

『やばーい! あたし考えてなかったーっ!』

 

 わちゃわちゃと賑やかにSNSへの投稿を準備する。

 

 落ち込んでいた時から比べれば二人の心持ちもだいぶ良くなったようだし、雰囲気もいつものほんわかしている柔らかいものに戻った。

 

「なんとかなったか……」

 

 アプリをミュートにして、うちは小声で独りごちた。

 

 これだけモチベーションが上がったならば、何か大きなきっかけでもない限りは調子を崩すことはないだろう。

 

 初配信後でこんなことになってかなり動揺はあったが、うちらはもう大丈夫だ。天才合法ロリ魔法使いウィーレの策のおかげで、やる気にも満ち溢れている。当分はこれで問題ない。

 

 むしろ、大きな問題を抱えているのはうちらではなくて先輩かもしれない。うちの推しにして、大先輩。

 

「お嬢……大丈夫なんかな。大丈夫じゃねぇだろうなぁ……」

 

 お兄ちゃんが入ったら楽しくなるだろうなあ、とかって配信で話をしていたし、ちょうど合格の通知が届いた日の直近くらいの配信では基本的にテンションの低いお嬢がびっくりするほどご機嫌でめちゃくちゃ可愛かった。

 

 おそらくだけど、うちらが合格の報を受け取った時期と同じくしてお嬢の兄貴であるジン・ラースも『New Tale』に受かっていたんだろう。お嬢は兄貴から受かったことを教えてもらったことで、これから大好きな兄貴と一緒に活動していけると思って喜んでいたのだ。

 

 うちの推測が正しければ、今一番大変な想いを抱えているのは、同じタイミングでデビューした同期が爆発炎上したうちら四期生ではなく、お嬢だ。誰よりも深く心を傷めているのは、お嬢のはずだ。

 

 どうかこの推測は間違っていますように、と聖職者であるイヴ・イーリイらしく神に祈っていたが、やはり聖職者もどきのお祈りでは力不足だったようだ。

 

「……はぁ、やっぱりなぁ」

 

 スマホに、フォローしている人がSNSを更新したという通知が届いていた。

 

 その内容は、お嬢が今日の配信をお休みするというものだった。




いい感じで切れるところがなかったのでちょっと長くなりました。

次はお兄ちゃん視点です。
炎上騒動で一番苦しんでいるのは、少なくともお兄ちゃんではありません。


*スパチャ読み!
尾張のらねこさん、スーパーチャットありがとうございます!
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jommyさん、赤色のスーパーなチャットありがとうっ!ございます!
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止まらないよう頑張ります!
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