サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。   作:にいるあらと

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前話の続きは26日更新分になります。今話は時系列的にはお兄ちゃんのデビュー配信の日です。前回の引きで続きが気になるっていう声があった中、さらにお待たせして申し訳ないです。前話ラストに至る描写にこだわりたかったのでこういう形にしました。ごめんなさい!


「……あんたはすごいよ、寧音──」

 

「うぅー、始まる……始まってしまうぅ……うぅー……」

 

 推しの初配信の時間が刻一刻と迫っていた。

 

 ふつうなら推しの配信がもうすぐ始まるとなれば楽しみなだけだろうけれど、あたしの場合はのん気に浮かれてはいられない理由がある。

 

「うるさいよ、ゆー姉。気持ち悪い鳴き声がイヤホン貫通してるんだけど」

 

「……もう少し気を遣った言い回しってもんがあるでしょうが」

 

 同じ部屋にいるあたしの三つ歳下の妹、吾妻(あづま)寧音(ねね)が眉を顰めながら言い捨てた。

 

 金色に近いくらい明るい髪に、こともあろうにピンク色をつけ足したような、頭の悪そうなセミロングの髪。それを今はタオルで纏めている。中学生のくせに無駄にチャラついた妹だ。

 

 よく友だちと夜遅くまで遊び歩いていて、スクールカーストの頂点に位置するくらいの社交性(コミュ力)も持っている。礼愛とはまた違った意味であたしと対極に位置しているのが寧音だ。寧音からしてみれば姉二人はさぞかし勉強しがいのある反面教師になったことだろう。あたしと姉に負けず劣らずのオタクの癖に。

 

 あたしはお兄さんの初配信を前にいてもたってもいられず、学校から帰ってくるやすぐさまお風呂に入って数時間前から待機していたけれど、寧音は友だちとのショッピングから帰ってきて、ついさっきお風呂から上がったばかりだ。

 

「ちゃんと反省できるように気持ち悪いよ、って注意してあげてるだけ感謝してほしいくらいだよ。ふつうなら注意なんてしないんだかんね。関わらないでおこうってなるんだから」

 

 ふん、とイヤホンを外しながらそっぽを向く寧音はローテーブルの上に置いたノートPCを開いて配信の視聴準備を完了すると、テーブルから歩幅一歩分ほど下がって足を開き、柔軟を始めた。毎日めんどくさがりながらも続けているお風呂上がりのストレッチだ。

 

 ショートパンツから伸びる足はあたしのそれとは比べるのも烏滸(おこ)がましいほど細い。羨ましい、妬ましい。あたしのみたいにむにむにしていない。でもそれなりに寧音が努力してそのスタイルを維持していることも知っているので、それをずるいとは言えない。

 

 ただ、キャミソールの襟からすらりと引き締まったお腹まで見えるという悲しい現実を視認して、自分の劣等感を慰める。寧音はコミュ力や女子力はあたしや姉に似ていないが、胸囲のほうも似ていない。キャミソールのカップが浮きそうなくらいぺったんこだ。

 

「……れー姉のお兄さんから、返事きたの?」

 

 寧音の言う『れー姉』というのは礼愛のことだ。

 

 礼愛は何度か家に遊びに来たことがあって、その時に寧音とは会っている。寧音はよく夜遅くまで友だちと遊んでいるし、礼愛も頻繁に来ていたわけではなかったので会う機会はそこまで多くなかったはずだが、寧音は礼愛にとても懐いていた。

 

 それはきっと礼愛の物腰の柔らかさとか面倒見の良さが多分にあるだろうが、なによりも寧音は実の姉二人からでは摂取できない姉成分を頼りになる礼愛に求めたのだろう。

 

 礼愛はお兄さん絡みだと『あんな感じ』だが、それ以外の場面ではとことん優等生だ。学校でもクラスメイトや、たまに後輩に勉強を教えているところを目撃する。なんなら家に遊びに来た時に寧音の宿題を見てくれたこともあった。まったく嫌がらず面倒くさがらず、なんなら嬉しそうに教えているあたりが礼愛が慕われる理由の一つだろう。単純に、背が高めで顔面が良いというのも強そう。

 

「……ん? ああ、返事? うん、きたよ。うまくできるかわからないけど頑張るね、って。くふっ、律儀だよね。えへへ」

 

 『New Tale』のホームページもSNSも毎日朝昼晩と三回チェックしていたあたしは四期生のデビュー配信の日時については知り得ていたけれど、それでもわざわざお兄さんはあたしにデビュー配信の日を教えてくれたのだ。お返事がどうのこうのというのはその時の話である。

 

 『New Tale』に応募するための動画作りにあたしが協力したから筋を通すために教えてくれたのか、それとも別の感情が理由なのかは知らないけれど、わざわざ。わざわざ教えてくれたのだ。それどころかホームページ上にも記載されていない配信の順番までも教えてくれた。

 

 あたしがSNSなどで情報を拡散したりしない、とお兄さんは確信しているのだろう。だからこそ教えてくれた。それだけあたしを信用してくれているという証明だ。絶対の信頼をあたしに寄せているのだ。もしかしたら寄せられているのは信頼だけではないかもしれない。あー好き。

 

 お兄さんがメッセージくれた、と自慢した時の寧音の顔は、おそらく当分の間は忘れないだろう。今までに見たことがないくらいに嫌悪感を露わにして『きっっっも』と、とんでもなく溜めて罵られた。

 

 きっと寧音は、自分は連絡先を知らないのに自慢されて悔しかったのだろう。お兄さん直通の連絡先を知っているのは、ご家族を除けば弁護士の先生とあたしくらいしかいないからね。数少ないうちの一人だからね、あたしって。くやしかろう、くやしかろう。

 

「きっっっも」

 

 にやにやしていたところを一瞥されて再び罵倒された。これが女のジェラシーってやつか、哀れだな。

 

「お兄さんのことを教えてあげたんだから、もう少しくらいは感謝してもいいと思うけどね」

 

「そこは感謝してあげないこともないけど、下心ありきの布教じゃん。教えてくれたことと利用しようとしたことで差し引きゼロだよ」

 

「むぐっ……」

 

 お兄さんの許可を得て、オーディション用の動画を姉と妹に見せてあげたのがだいたい二ヶ月くらい前。あたしと同じくオタク趣味の二人は、予想通りお兄さんの声にどハマりした。

 

 寧音の言う通り、お兄さんが『New Tale』に受からなかった場合でもボイスドラマを安定的に供給してもらう為の根回しとして動画を視聴させたのだ。感情の比率で言えば『下心もあった』というよりかは『真心はあった』というのが正しい。強く反論はできない。できないのだけれど、いい声と演技をする演者さんを教えて(布教して)あげようという誠意だってちょっととはいえあったのだから、少しくらいは感謝の姿勢を見せてほしいところだ。

 

 あたしに対しての敬意を微塵も感じさせない妹の口からどうにか感謝の言葉を引き出せないものかと考えていると、その当人たる寧音はローテーブルに両の肘を立てて突き、天井に向けた手のひらの上につやつやの顎を置いた。余韻に浸るようにため息をつきながら、顔をにんまりと(とろ)けさせた。

 

「はぁー……でもアレほんとにいいよね。自分でも気づかなかった母性に気づかされたもん……」

 

「お兄さんの声とか演技がいいのは完全に同意だけど、母性がどうとかってのはまったくわからんよ……。どこをどう聴き取ったら母性くすぐられんの? そんなシーンなかったでしょ」

 

「……はぁ。感受性ひっく。そんなんだから……」

 

「そこで止めんな! 言い切ってよ! そんなんだからなんなんじゃい!」

 

「そんなんだから女子力ゼロなんだよ」

 

「言い切んなよ! はぐらかせよ! ってか、これについては女子力とか関係ないでしょ!」

 

「だからモテないんだよ。これからも」

 

「予言やめろ! これまではともかくこれからの事はわかんないだろ!」

 

 なぜこんなにも言われなきゃいけないのかわからないが、実際寧音はバチクソにモテるのでこの話題にあたしの活路はない。姉より優れた妹は存在する。

 

 たしかに寧音はそこそこ可愛い顔をしているが、寧音よりも顔がいい子とかおっぱい大きい子とかは周りにもいるはずだ。それでも寧音は群を抜いてバチクソにモテる。となると、人間やっぱり顔とかスタイルとかがどうこうより、まず愛想なんやなって。コミュ力ってどこに売ってますか。

 

 ちなみに二人には特別に『New Tale』の採用担当者ですら聞いていない、一番最初に録ってもらった幻のボイスドラマも聞かせてあげた。『New Tale』の応募動画として送ったものではない方の一本だ。お兄さんと礼愛とあたしの三人しか持っていない貴重なデータである。この一品、というか逸品に関しては家族であり同好の士の(よし)みで聴かせてあげたのだから、これについてだけでもあたしに感謝してほしい。

 

 ただ、同じのを聴いたはずなのになぜか姉と妹でボイスドラマの評価が違っていた。二人とも『半端なく良い』という評価ではあったのだけれど、片や妹は『逆に甘やかしたい』と謎の電波を受信し、片や姉は『微笑まれたまま首を絞められたい』と妄言を吐いた。なぜあんなにも慈愛に満ち溢れているお兄さんの声を聴いてそんな感想を抱けるのか。

 

 お兄さんの立ち居振る舞いからSっ気を感じ取って悦に入っていたあたしもとある時間軸には確かに存在したので、百歩を百回くらい譲れば姉の言い分はまだ理解できる。ちなみにあたしはもう少しソフトな感じのがいい。ガツガツにサディスティックというよりは意地悪なくらいがいい。まだあたしの真理の扉は半開き。

 

 でも妹の言ってることはわけがわからない。お兄さんの地声の質感と性格、あと台本を手掛けたあたしの嗜好によって、ボイスドラマに登場する男性は優しくて落ち着いているけれど茶目っ気もある、みたいなイメージになっている。母性がどうとか甘やかしたくなるとか、そのあたりの性癖をくすぐる代物にはなっていないのだ。

 

 きっと寧音のアンテナは壊れている。そんなのが女子力とかに影響するわけない。

 

「これまでのゆー姉を見てればこれからのこともだいたいわかるよ。どんな超進化を遂げればこんなオタク女が変われるのか、後学のために寧音も知りたいくらいだね」

 

「……わ、わからんやろがい……。なんかこう、おなじ趣味をしてる女の子がいいっていうオタクなイケメンがあ、現れるかも……」

 

「ゆー姉は理想が高いのも問題点だよね」

 

「ぐふっ……」

 

「いい? ゆー姉が外に出る時って、だいたいれー姉が隣にいるよね? そんな都合のいいイケメンが仮に実在したとして、そのイケメンがれー姉を無視して、なんであえてゆー姉を選ぶ?」

 

「お前今ひどいこと言ったぞ」

 

 毒と棘に塗れた一言を吐いた寧音の耳には、あたしの苦言は届いていなかったようだ。

 

 日頃から手入れしている成果か、桜色のぷるぷるした唇に人差し指を添えて『寧音考えてみたんだよ』と平然と続ける。

 

「同じオタク趣味だとしたら、その空想上のオタクイケメン君はきっとれー姉を選ぶんじゃないかな? 綺麗で優しくて知的、穏やかで面倒見もいい、つやつやさらさらの黒髪でスタイルもいい……オタクの好きそうな要素を詰め込んだハッピーセットみたいな大和撫子がふだんゆー姉の隣にいるのに、わざわざゆー姉を選ぶかなぁ」

 

「…………」

 

 そこだけピックアップして比較されればあたしには為す術がない。客観的に見れば礼愛はとんでもなく優秀な美少女だ。あれと比べられて勝てる女子がはたして何人いるだろう。とりあえず同じ学年では礼愛に比肩する女がいるとは聞いたことがない。さすが月一でラブレターを貰う女。うちの学校、女子高だけど。

 

 でもあたしは知っている、礼愛がそんな正統派美少女ではないことを。きっと寧音はまだ奴の正体に気づいていないのだ。

 

 奴は同性に対してはお淑やかで、後輩に対しては優しく、お兄さんに対しては甘えんぼう。だがお兄さん以外の男に対しては基本的には無関心、近づいてくる男には敵対。それが礼愛という女なのだ。礼愛と二人で出かければ三回に一回くらいはナンパされるが、腰が引けてしまうあたしに対し、礼愛は一歩前に出てきっぱりと断る。ツンデレとか塩対応で脳内補完できるレベルではない。最強の拒絶タイプである。その強固すぎる心の壁は伊達ではない。声をかけてきた男が近付いただけで一一〇(ひゃくとうばん)をスマホに打ち込んで相手に見せつけて撃退したほどだ。

 

 礼愛はもしかすると、お兄さん以外の男性を同じヒトとして見ていないのかもしれない。

 

 そんな内情を知っているので礼愛のスペックだけで競い合うことは意味がないことをあたしは知っているが、それをあえて寧音に懇切丁寧に説明することもない。礼愛は純粋に寧音のことを可愛がっているし、寧音は純粋に礼愛のことを慕っている。ならばそういう一面は自分から明かしたほうがいいだろう。本人不在の場で言うことではない。

 

「つまりはそういうことだよね。だんご虫は蝶にはなれないの」

 

「誰がだんご虫じゃい! ……こうなったら」

 

「なんか策があるの? イケメンに限らず、ゆー姉に男の子の友だちとか知り合いとかいないでしょ?」

 

「泣き落としでお兄さんに拾ってもらうか……」

 

「あ゛?」

 

「ひぇっ……。冗談ですごめんなさい……」

 

 瞳孔の開いた瞳を向けてくる妹にあたしは屈した。その握りしめられた拳に包丁を幻視する。鬼のような形相よりも無表情が一番怖いよ。

 

 まぁ、寧音をなんとかできたとしてもラスボスとして礼愛が立ちはだかるんだから、万が一この方法が成功したとしても生存できる確率はゼロだ。

 

 さすがにあの末期のブラコン患者でも、ちゃんと段階を踏んだ末の恋愛ならお兄さんが誰と交際しようが邪魔はしないと思う。だけどおそらく泣き落としはちゃんとした恋愛には含まれないだろう。礼愛はきっと許しはしないはずだ。あたしとしては泣き土下座から始まるラブストーリーは奇を(てら)っていて面白いと思うんだけどな。

 

「い、いや、冗談だから、はは……。ほ、ほら、もうすぐお兄さんの配信始まるよ!」

 

「……こんなしょうもないことで推しの配信を一秒でも見逃したくないし、仕方ないか……」

 

 つい先程『New Tale』の四期生の四人目の配信が終わった。あと数分も経たないうちにお兄さんの配信が始まる。

 

 記念すべき初配信がこの日に行われると知ってからずっとそわそわと待っていた。今日は朝からずっと気もそぞろだった。待ち遠しくて待ちきれなくて他のことは何も手につかなかった。お兄さんの配信予定時間の随分前からモニターの前で待機していた。おかげでお兄さんの同期たちの初配信は一から全部見た。

 

 他の誰も知らない、初配信の前からお兄さんの存在を知っているということに仄暗い優越感を抱いていたけれど、今はそれ以上に不安感が大きくなっていた。

 

「ねぇ、寧音」

 

「……なに? またバカなこと言ったら今度こそ叩くけど」

 

「……お兄さんの配信、絶対荒れるよね?」

 

「…………そりゃ荒れるでしょ。べつにデビューするのがお兄さんじゃなくても男の人ってだけで荒れるし、お兄さんがどんなふうに配信しても荒れるよ」

 

「だよね……」

 

 今Vtuber界隈がピリピリしていることは知っている。あたしはそのあたりの事情には詳しくないけれど、それでも詳しくないなりに調べてみたりもしたのだ。

 

 とある男女のVtuberを発端とした炎上。それはつい最近新たな燃料を得て更に勢いよく燃え上がり、燃え広がった。もはや誰彼構わず所構わず、騒動に無関係でも火の手が上がるような異常な環境だ。手を上げるしかない未曾有の惨状だ。

 

 そんな一触即発の雰囲気の中で、今や女しか所属していないと言っても過言ではない『New Tale』でお兄さんがデビューするとなれば、火を見ることになるのは火を見るより明らかだ。

 

 もう初配信とか『New Tale』とかどうでもいいから、とにかくお兄さんが気に病むようなことにならないでほしいと祈るしかない。

 

「なにしたってどうにもできないし、寧音は気にしないことにしたよ」

 

 鼻歌でも歌い出しそうな口ぶりで言う寧音に目を向ける。

 

 お兄さんは絶対にコメントで酷いことを言われるのに、なんでそんなにただ楽しそうに、待ち遠しそうにいられるのか。寧音の気が知れなくて、口を衝く言葉に不快の色が混じる。

 

「……気にしないって?」

 

「そ。寧音はなんにもできないもん。ゆー姉みたいにメッセージアプリのIDも交換してないから励ましのメッセージも送れないし? だから荒らしがどうとかそういうめんどいことはぜんぶほっぽって、お兄さんの配信を楽しもうかなって。コメントで応援いっぱいするんだ」

 

「…………」

 

 さっきの『推しの配信を一秒も見逃したくない』という発言は本心からの言葉であったと証明するように、寧音はあたしをちらりとすら、目の端にすら映そうともしなかった。

 

 実に短絡的な思考だ。きっと、楽しみにしてた推しの配信を暗い気持ちで見たくないとか、そんな単純な考えであれこれ気にするのを放棄したのだろう。

 

 そんなふうに余計な部分をばっさりと切り落として、結論を簡潔にできる素直な性格が羨ましい。

 

 目を爛々と輝かせている寧音から視線を外し、自分のPCのモニターへと戻す。ちょうどそのタイミングで画面に変化があった。

 

『人間の皆々様、初めまして。ジン・ラースと申します。お見知り置きを』

 

 配信が始まった。

 

 頭からは角、背中からは翼、さらにその後ろで腰とお尻の間くらいから伸びる尻尾が左右に揺れている。端整な顔立ち、柔和ながらどこか底知れない表情。サラリーマンよりかはどちらかというとホストのそれに近い装いで、お兄さんのVtuber時の姿、ジン・ラースが現れた。

 

「ぁっ、お兄さっ……」

 

「きゃああぁぁっ! お兄さんっ、ボイスドラマの時と声の雰囲気ちがうっ! かわいいっ! かっこいいっ! ぁーっ、とおとい……」

 

「うん……うるっさ」

 

 挨拶の時点で寧音が限界化していた。

 

 あれだけあたしにオタク女がどうこうと言ってきていたくせに、と冷たい視線を送るが、寧音はボイスドラマでしかお兄さんの声を浴びていなかったからこれも仕方ないか。オタクという生き物は推しから供給される何らかの栄養素を摂取しなければ干からびて死ぬのだ。きっと寧音は枯渇状態だったのだろう。

 

 あたしは機を見て折を見てお兄さんと連絡を取っているのでまだ飢餓には陥ってない。忙しいお兄さんにあまり頻繁にメッセージを送るのもどうかと思うしあたしの心拍数もやばいことになるので、メッセージを送る時は時間と心臓にゆとりのある時にしている。

 

『魔界は昨今問題を抱えておりまして、その問題の解決のために魔界の統治者は人間社会に紛れ込むことのできる魔族を人間界へ──』

 

「ああーっ! やばいっ、声が良すぎるっ……声優さんみたいな滑舌(かちゅぜちゅ)してるっ……っ! やっぱりキャラに合わせて品のいい感じにしてるんだ! あーっ、かぁいい……。がんばってる……推しががんばってるっ……がんばれっ、がんばれっ」

 

「あんたが滑舌って言えてないじゃん。お兄さんの声がいいのはわかったから、わかってるから……静かにはしゃいでよ。イヤホン貫通してんの、あんた由来のノイズが!」

 

「だって! だって!」

 

「ちょっとだけでいいから落ち着いて」

 

「〈初配信がんばって!〉っと……」

 

「こいつっ……」

 

 配信始まる前はあたしに、鳴き声が気持ち悪い、とか言ってたくせに、いざ始まったらこれか。ブーメランなんてもんじゃない。

 

『はい、応援ありがとうございます。……頑張りますね』

 

「きゃーっ! 拾ってくれた! ちょっ、ゆー姉聞いた?! 聞いた?!」

 

「……聞いてるよ、同じ配信見てるんだから。なんならあんたの声のせいで聞こえないまであるよ」

 

「もうこんなの推しとお喋りしてるようなもんじゃん! はあぁーっ……しゅき」

 

「…………」

 

 端々でリアクションがあたしと同じなところを見て、なんだかんだやっぱり姉妹なんだなと実感する。よりにもよってこんな気持ち悪い場面で実感したくはなかった。

 

「あぁ……かわいい。よし。〈かわ〉……いや、かっこいいのほうが男の人はうれしいよね。〈かっこいい!〉っと……」

 

「寧音、がんがんコメントしてくね……」

 

「え? そりゃそうじゃん。推しががんばってるんだから、褒め称えなきゃ」

 

「ん、いやまぁ、たしかに……でも、んん……」

 

 あたしだって率直に言えば、寧音に(なら)って頭空っぽにしてお兄さんの配信を楽しみたい。

 

 でも、見たくもないのに視界にちょろちょろと入り込んでくるコメントが、没入を阻害してくるのだ。

 

 誹謗中傷が絶え間なく流れるコメント欄、そこにほんのわずかな数だけ寧音のような応援のコメントが流れている。

 

 お兄さんだって少なからず苛立ちもあるだろうに、悪意のあるコメントには一切取り合わず、まともなコメントだけ取り上げて答えていっている。

 

 まともなコメントを拾うということは、まともじゃない不快なコメントにも目を通しているということだ。謂れのない罵倒や的外れな言い掛かりを受け止めないといけないお兄さんの心中を思うと、胸が張り裂けそうなほど痛い。悪口を言っているリスナーのはらわたをぶちまけたくなる。

 

『〈かっこいい!〉……ふふっ、ありがとうございます。格好良く生み出してくれた小豆真希母上に感謝しなければいけませんね』

 

 寧音のコメントは端的で目立つからか、またもお兄さんは拾っていた。

 

 おそらく寧音はお兄さんの声や振る舞いをメインにして〈かっこいい〉と評したのだろうけれど、お兄さんは外見について誉められたのだと捉えたようだ。お兄さんは自己評価を低くつけがちだしね。

 

「ち、ちがっ、なんっ……お前が好きなんだよ!」

 

「なんでいきなり告白してんの?」

 

 こんな外見でも学校の成績はいいはずなのに、今は知能指数が三十くらい下がってそうだなこの妹。外見でどう取り繕おうと、やはり中身はあたしと同類だ。

 

「お前がかっこいいんだよ! もちろんガワもいいけど……はぁー、さすがきー姉だね。ほんと絵のことについてだけは尊敬してるよ。ばちばちにハマってるね」

 

「そりゃあ無理して本人に会いに行ったくらいだからね。かなり忙しかったみたいだけど執念で描き上げてたよ」

 

 寧音の言うきー姉とは、あたしたちの姉、綺輝(きき)のことである。小豆真希とはペンネームのようなもので、フルネームの吾妻(あづま)綺輝(きき)を入れ替えただけのものだ。あたしとは五つ、寧音とは八つ歳が上。お兄さんとは同い年のはずである。

 

 基本的には部屋に引きこもって絵を描いてるか、オタクらしく活動しているかの二択であり、原則的な生態として外に繰り出すことはない。

 

 ない、はずだった。

 

 しかし。あの姉が。出不精で人と接するのが苦手な、あたしよりもコミュ障のあの姉が、わざわざ家を出て、それなりに身なりを整え、人の多い『New Tale』へと足を運んだのだ。これは驚くべきことである。

 

 それも全てはあたしがお兄さんのことを教えたからであった。

 

 あたしが初めてお兄さんに会った日の夜、援助交際をしているなどという根も葉もない冤罪でしかない疑惑をなんとか晴らした後のこと。姉妹にボイスドラマを提供してあげてから、あたしはお兄さんについて話していた。『New Tale』の四期生募集に応募していることを何の気なしに喋っていたのだが、それこそが発端だった。

 

 前に『New Tale』からお仕事の依頼があったらしい。しかし姉は他の仕事で忙しく、断っていたそうだ。

 

 だがそこにきて、事情が変わった。あたしが齎した情報だ。

 

 これを逃せば推しに関われる機会はなくなると判断した姉は、すぐさま『New Tale』へ連絡を取り、代役が見つかっていないと知るやすぐにお仕事を引き受け、なんだかんだと理由をこじつけてお兄さんと対面する場に乗り込んだらしい。これと決めたらとことんまでやる姉の盲目的な行動力には肝が冷える思いだ。何か問題になったらどうするつもりだ。

 

 姉はいつもはまるで気にしていない実力と知名度をその時ばかりは遺憾なく振り(かざ)し、見事お兄さんのヴァーチャルの体を生み出す権利をもぎ取ったのだった。ちなみに、珍しく遠出をして見ず知らずの大勢の人と会話をするなんていう慣れないことをした反動なのか、翌日は熱を出して寝込んだというオチがある。

 

 背筋が凍るような姉の執念だけれども、そこまでしたのには訳がある。

 

 姉の持つイラストレーターという立場では、いかに有名だとしてもVtuberと関わりを持つのはかなり険しい道のりになるからだ。

 

 だが、デビュー前ならば親密なポジションを確保する方法がある。

 

 Vtuber界では自分を描いてくれたイラストレーターのことをママ、もしくはそれに近いニュアンスの呼び方をする。活動している間はずっと『ママ』として近しい間柄をキープできるのだ。人によっては配信で雑談したりゲームをしたりする人もいるし、そうでなくても新衣装などで話し合う機会はある。つまりはお仕事を一緒にしていく身内になるわけだ。他のそれとは距離感が違う。

 

 推しを応援するただの一ファンでは飽き足らないが故の、なりふり構わぬ行動力なのだ。見上げたオタク心と見下げた欲望である。姉はなぁ、常識はないし生活力もないし天然だけど、バカではないんだよなぁ。ここぞという時にオールインできる決断の速さと肝の太さ、そしてモノにする勝負強さを姉は持っている。

 

 いろいろ厳しい言い方もしたが、あたしという伝手を利用しようとしないで自分の力だけで推しに近づこうとする姿勢には好感を持っている。

 

「次はなに聞いたらいいかなー、リスナーの名前については触れたくないからー……」

 

 お兄さんが自分の生みの親、イラストレーター小豆真希の話を終える前に、寧音はキーボードをかたかたと打って次のコメントを考えていた。

 

「え、なに? ……どういう意味?」

 

 考える、なんていう余計な工程をこの妹が挟んでいることに違和感を持った。脊髄反射的に感想を送りつけているわけではなかったのか。

 

「次は勘違いされないように……えっと〈すごく声がいい! ボイスや歌みたとかやる予定ありますか?〉っと。ん? ゆー姉なんか言った?」

 

「コメント……考えて打ってんの?」

 

「は? あたりまえじゃん。もちろん寧音が聞きたいこと優先だけど、配信がこんな状態だったらふつーの初配信みたいにテンプレ通りにはいかないでしょ。でもお兄さんはリスナーを完全に無視して勝手にやっていくわけにはいかない。そんなの動画投稿でいいじゃんってなるからね。でもコメントから質問してあげればリスナーと配信者の質疑応答って形にできる。こっちから質問したほうが、お兄さんはまだ多少はやりやすいはずだよ」

 

 適宜キーボードを打ち鳴らす寧音は、唖然として声も出せないあたしを置き去りにしながら続けて言う。

 

「ほんとは守ってあげたいけど寧音はなんにもできないからね、コメントで応援するの。お兄さんは寧音が支えるのだ!」

 

 笑みすら(たた)えながら、寧音は画面の向こう側にいるお兄さんにエールを送り続ける。

 

 一つの話題の区切りに近くなってきたあたりで寧音がタイミングを見計らって気の利いたコメントを送るからだろう、お兄さんも頻繁に寧音のコメントを拾っていた。そのたびに寧音はきゃあきゃあと嬉しそうに飛び跳ねる。

 

「…………っ」

 

 その純粋に喜んでいる様子に、あたしは苦々しい思いを味わっていた。

 

 あたしはお兄さんを気遣い、心配はしていても、何一つとして行動に起こしていない。何の役にも立てていない。

 

 どちらがファンたり得るか、比べるべくもないだろう。

 

「……滑稽だ」

 

「んー? ゆー姉なんか言った?」

 

「なんでもない」

 

 予想していた通り、配信は荒れている。なんなら予想以上に荒れている。こんな中で荒らしているリスナーを糾弾してもなんの意味もないだろう。かえって反発を招いてひどくなるだけだ。

 

 それを寧音は理解しているのかいないのか、いやおそらくは理解していないだろう。この妹が荒らし行為をするリスナーの心理などという無駄なこと、ゼロコンマ一秒だって考えるわけがない。

 

 でも炎上や荒らしについて理解していなくても、やるべきことについてだけは理解できている。

 

 お兄さんのことだけに頭を回していれば、寧音のような応援の仕方があることには気付けたはずなんだ。

 

 あたしにだって、気づけたはずなんだ。

 

 そのはず、なのに。あたしは何もできていない。ファン第一号を自称しておきながら。お兄さんと顔見知りであり、友だちでもありながら、何も。

 

「……あんたはすごいよ、寧音──」

 

 この瞬間、寧音は他の誰よりもお兄さん(ジン・ラース)のファンだった。

 

『ボイス、歌……ですか。そう、ですね。もし需要があればやってみたいですね』

 

「うたーっ! 歌聴きたいなぁっ! ぜったい最高に尊いよ! あぁっ……でも、歌なんて聴いた日には寧音死んじゃうかもしんない……。貢げなくなっちゃう……推しを育てらんなくなっちゃう……」

 

「──気持ち悪いけど」

 

 どれだけだらしなく頬を歪めていようと、どれだけ気持ち悪い厄介オタクだろうと、寧音のクラスメイトの男子が見れば百年の恋でも瞬間冷凍できる言動をしていようと、寧音は誰よりもファンだった。

 

「……あたしもがんばろう」

 

 寧音を見習って、お兄さんがこの荒廃し切った配信をなんとか乗り切れるようにあたしも応援しよう。なるべく気持ち悪いオタク成分を取り除きながらできれば、なおベストだ。

 

「えっと……えと〈ゲームの配信はなにやったりするんですか?〉とか、かな」

 

 デビュー配信の流れ自体はだいたいわかる。お兄さんの配信を楽しみにしすぎて、数時間前から待機していたおかげでお兄さんの同期の人たちの配信を大まかには聞いていたからだ。

 

 その中で答えやすそうなもの、リスナーとの絡みが必要ないことから聞いていけばいいだろう。

 

「ま、あたしはお兄さんがFPSめっちゃできるって知ってるけどね……ふふっ」

 

「〈彼女いますか?〉とか大丈夫かな。か、確認、確認するだけだし……。あぁ……でも、もしいたら立ち直れない……やめとこ」

 

 寧音がぼそぼそ呟いたかと思えば、軽妙に鳴っていたキーボードの打刻音が止む。今日からデビューする配信者に訊くことじゃないし、仮にいたとしても『いない』と答えるだろう。

 

 でもまぁ、お兄さんには彼女いないけどね。連絡先知ってる人で家族以外はあたしと弁護士の先生だけ。その先生はずいぶん長いこと連絡取ってないらしい。ほかに怪しい人がいればあの礼愛が気づくだろう。つまりいない、ということだ。

 

 消去法で言えば、最もその高尚なポジションに近い女はあたしなのでは。

 

『そうですね、ゲームはわりと慣れているほうなのでいろんな種類のジャンルに触れていきたいですね。メジャーなものもマイナーなものもやっていけたらいいなと考えています』

 

「……にへへっ」

 

 どれだけ表情筋に力を込めても、湧き上がる感情を制御できない。気持ち悪いオタクの気質は隠そうとしても隠せるものではなかった。コメントに滲ませないだけで精一杯だった。

 

 そんな決定的な瞬間を、どんなコメントを送るか悩んでいた寧音に見られた。

 

 呆れ果てたような目を向けてくる。

 

「……きもっ」

 

「あんたにだけは言われたくない!」

 

 

 

 *

 

 

 

『たまにでもちゃんとやっているか配信を覗いていただけたら幸いです。これからよろしくお願いします』

 

「やだぁっ! 終わらないでーっ! 行かないでーっ!」

 

「だからうるっさいってば寧音! お兄さんの声聞こえない!」

 

 お兄さんとの別れを惜しむ中、配信が閉じられる。寧音はより一層惜しんでいた。お兄さんの配信中ずっと騒いでいたけど、そこから声量のギアを上げて惜しんでいた。

 

 あたしはといえば、惜しむ気持ちだってもちろんある。けれど、それ以上に無事──とは、到底言えないものの、どうにか初配信が終わってよかった、という思いが強い。

 

 時間が経つにつれて状況は悪化しかしなかったのだ。

 

 おそらくVtuber関連の掲示板でジン・ラースの名前が挙げられたのだろう。視聴者の数は時が経つにつれて新人ではありえないほどに増えていた。

 

 ただ、果たしてあたしたちみたいなまともなリスナーは何パーセントいたのだろうか。あたしと寧音みたいなのがまともかどうかは余人の判断に委ねるところだけれど、荒らし行為をするようなまともじゃない人と比較すれば、あたしたちだって相対的にまともだ。そしてその比率は、残念なことにまともな人が圧倒的に少数派だった。

 

 初配信から大荒れになっていたら、普通なら思考停止して黙ってしまうか、頭に血が上ってキレ散らかすかしてしまいそうだけれど、お兄さんはそうはならなかった。聡明で冷静なお兄さんに限って、怒鳴ったり乱暴な言葉を吐いたりなんてことするはずないとは確信していたが、その信頼を上回るくらいに穏やかに喋っていた。配信の初めから終わりまで、徹頭徹尾誠実で落ち着いた語り口。声が震えることもなく、言葉に詰まることもない。一つ一つ反論したところで意味がないどころか、より過激になるとわかっているからだろう、一言たりとも反論しなかった。普段よりも少し大人びた印象の声のままだった。あたしはいつもの優しくて柔らかい感じのお兄さんの声のほうが好きだけど。

 

「はぁー、あぁー……終わっちゃったぁ。楽しかったなぁ……コメントめっちゃ拾ってくれたし」

 

「他の配信者さんでも人が少なかったりしたら拾ってくれる率増えるけど、それと似たようなもんだったね。まともなコメントが少ないおかげでいっぱい拾ってくれる」

 

「文字小さいし流れ速いしでぜんぜん見れなかったけど、あんだけコメントあって寧音たちのコメントばっかり拾うってことは、ほかのはだいたい悪口だったんだ。ひどいね」

 

「NGワード機能にそのあたりの言葉を登録するだろうし次の配信はもう少しマシになるんじゃない?」

 

「そういう人たちは全員コメントできなくすればいいのに!」

 

「いや、お兄さんの場合は対象になる人が多すぎて無理でしょ」

 

「もういっそのこと寧音以外の人はコメントできないようにしたらいいんだ」

 

「どんな配信よ、それ。一人のリスナーとだけやり取りする配信。コラボかよ」

 

「そうだ! SNSで宣伝しとこ!」

 

「あんた学校の子たちにオタク趣味バラしてないんでしょ? いいの?」

 

「は? 推し活用のアカウントでやるに決まってんじゃん。言うまでもないでしょ」

 

「あんたは会話の尾に棘生やしとかないと気が済まないわけ?」

 

「そもそも学校の友だち用のアカウントは知り合い以外には見れないようにしてるの。お兄さんの宣伝が目的なのに、なんで非公開にしてる上にフォロワー少ないアカウント使わなきゃいけないの」

 

「え、なんで追い討ちかけた? 一言でよかったよね? 『サブ垢使う』これだけで平和だったよね?」

 

「ゆー姉はSNSでも友だちいないからこんな応援はできないね。ぷぷっ」

 

「おいなんで念入りに息の根を止めにきたんだ。死体を蹴るような真似をするな。ていうかさらっとSNS『でも』とか言うなや!」

 

「実際いないじゃん、ゆー姉。あーでも、たまに羨ましいと思う時はあるよ。そういった付き合いがめんどいなーって感じるテンションの時だってあるわけだし。……ぷふふっ」

 

「羨ましがっているふりした憐れみでしょ、というか煽りでしょ」

 

「でもれー姉みたいな親友がいるのはほんとに羨ましい。もはや嫉妬だよ。初めて会った時思ったもん、こんなオトナなカッコいい女の人が、どうしてゆー姉と友だちやってるんだろうって」

 

「それはあたしも感じる時あるけどっ! ……まぁ礼愛だってあんたが思ってるほど大人でもかっこいいだけの女でもないってことよ。くわしくは言わないけど」

 

「なにそれ教えてよ! 寧音とおしゃべりしてる時のれー姉は、ゆー姉と話してる時となんかフインキちがうって思ってたの!」

 

「また会うこともあるだろうし、そん時に聞きなよ。ほら、あたしと違ってあんたはSNSでお兄さんの宣伝するんでしょ」

 

「そうだった! ゆー姉なんかに構ってあげてるヒマなんかなかった!」

 

「あたしが構ってやってたんだよ!」

 

 姉を姉だと思ってない所業を繰り返しながら、寧音はまたキーボードを叩く。

 

 非常に不愉快ではあるが、寧音のSNSのフォロワーの数は確かに多い。

 

 あたしは姉の手伝いの時と勘を忘れないように練習するくらいの頻度でしかイラストに携わっていないけど、寧音はよく二次創作として好きなキャラクターのイラストなんかを描いてはSNSにアップしている。姉ほどではないにしろ、寧音もそこそこ程度にはうまいのでその繋がりでフォロワーを増やしているのだ。寧音自身の向上心もあるだろうけれど、絵を描いてて詰まった時、すぐに質問できて、その都度的確なアドバイスをくれる凄腕イラストレーターが隣の部屋にいるんだから、そりゃまあ腕も上がるよなって話である。

 

 そうやってせっせと増やしたフォロワーさんの中でどれだけの人がお兄さんの配信を見に来てくれるかはわからないけれど、それだけ多くの人の目に触れるというだけで意味がある。

 

 配信者は、まず知ってもらわないといけないという大きなハードルがあるからだ。

 

 どれだけ声がよかろうと、ゲームが上手かろうと、喋りが達者であろうと、まず存在を知ってもらわないことにはどうにもならない。個人でVtuberをやっている人とかは、そのあたり特に厳しいという話を見たことがある。

 

 良くも悪くも、認知されるという部分においてはお兄さんはクリアしたといえるかもしれない。『悪くも』の比重が重すぎるが。

 

「皮肉だ……あ、そうだ」

 

 あたしには、寧音みたいにSNSを使って宣伝する、みたいな真似はできない。リアルでもネットでも友だちがいないタイプのオタクなのだ。リアルで礼愛というオタク趣味全開の話に付き合ってくれる親友がいるからこその嬉しい弊害とも言える。

 

 だとしても、あたしには違う応援の方法がある。あたしだけの特権がある。

 

「どうしよう……えっと『とてもかっこよかったです。がんばってください。応援してます』っと……これでいいかな。短い、かな……」

 

 あたしはお兄さんに直接、メッセージを送れるのだ。

 

 匿名の誰かからの賞賛より、友人からのメッセージのほうがきっと喜んでもらえるはず。うん、きっと。たぶん。おそらく。ちょっとくらいは。

 

「うん? ……あっ! お兄さんにメッセージ送る気でしょ?! ずるい!」

 

 そうしてお兄さんに送るメッセージの文面を推敲していると、SNSでの宣伝活動を終えた寧音に目敏く見咎められた。

 

「ずるくない。全然ずるくない。仲のいい……ここ重要ね? 『仲のいい』友だちに感想を伝えるのは当然でしょ? なにも間違ってないね」

 

「そっ、なっ……ずるいっ! それはズルだよ! 寧音のこともお兄さんに伝えといてよ! 一言でいいからっ!」

 

「あ、ごめん。もう送っちゃった」

 

「今すぐもう一回送れぇっ!」

 

「えー……あ、お兄さんからお返事きた! 『ありがとう。せっかく見てくれてたのに楽しい配信にできなくてごめんね。これから頑張るよ』って……あぁっ、お兄さん……健気っ。あたしのことなんてどうだっていい、お兄さんが配信するところを見れるならそれだけでいいんだからっ!」

 

「ゆー姉のことなんてほんとにどうだっていいよ! あたしのこと、一言でいいから! お兄さんに伝えといてよ!」

 

「ここから寧音の名前出すのって脈絡おかしくない? だからまた今度ね」

 

「ぜんぜんおかしくないでしょぉっ!? 話の流れに沿ってるよ! 地続きだよ!」

 

「『次の配信も楽しみに待ってます。忙しくなるでしょうけど、お体気をつけてくださいね』っと。あー、ごめーん! 寧音のこと付け加える隙間なかったー!」

 

「ゆりゅっ、るゅっ……っ、許さない! この仕打ちはっ、ぜったいゆるさないぃっ!」

 

「ごめんごめん、ごめんってば。悪かったって。また今度お兄さんとお喋りする時にタイミングがあったら寧音のことは話題に出しとくから」

 

「ぜっらいっ! ぜったいだあぁらぁっ!」

 

 怒り心頭に発したのか、それとも単純にショックが大きかったのか、寧音は涙目になりながらあたしの服を掴んで猛抗議してきた。動揺からか激発からか、舌も回っていない。さすがに可哀想というか、見ていて哀れなので、散々言いたい放題ディスってくれた件についてはこれで手打ちにしておいてやろう。

 

 心配しなくてもちゃんと話には出してやるさ。機会があったらな。

 




お兄ちゃんの初配信の裏側。アシストの多くは仲が良すぎるこの姉妹。
ここからしばらく別視点続きます。

誤字修正してくれた方、ありがとうございます!チェックはしていたはずなのに誤字脱字ってなくならないんですね……。助かります。



*スパチャ読み!
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八環さん、赤色のスーパーチャットありがとうございます!
モツタケさん、赤色のスーパーなチャットありがと!ございます!
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ちめるさん、スーパーチャット、アリガトゴザイマァス!
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