サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。 作:にいるあらと
あたしは決意を新たにしたわけだが、問題は寧音だ。礼愛からの要請を丁寧に説明してあげたのに、あれから回答を得られていなかった。
「結局あんたはどうすんの? 別にすぐに決める必要もないけど」
「……は?」
心の底から何言ってんのかわかんない。
寧音の顔にはそう書かれている。この腹立つ顔は、ついさっきも見たものだ。
「……訊くまでもなかったか」
「あたりまえじゃん。推しの役に立てる上にれー姉からのお願いなんでしょ? 受ける以外の選択肢がオタクにあってたまるか」
性格は全然似ていないけど、オタクという部分についてはあたしと寧音はそっくりなようだ。
腕を組みながら、ぷいっと腹立つ顔を背ける寧音。小柄な寧音だけど、その背中はとても頼り甲斐のあるものだった。
「それじゃ、ゆー姉かられー姉に連絡しといてね。そのお願い、二人とも受けるぜ、ってね」
寧音はぴんっ、と指を弾きながら振り向き様に人差し指をこちらに突きつけ、ウィンクを決める。その仕草がまた非常にナチュラルだ。日常生活の中でそんなポーズを取ることなんてないだろうに、なぜ手馴れているのか。
「ううん、礼愛に伝えるのは寧音のことだけ」
「は? なに、こんだけ熱い展開だっていうのに、ゆー姉は断る気なの?」
計算され尽くしていると思われる完璧に可愛いポーズのまま、器用に目元と口元をぴくぴく痙攣させて訊ねてくる。寧音のこういう反応はなかなかにレアだ。面白いものを見た。ふだんは会話というクッションを挟まずに即罵倒か即バトルのどちらかなのだ。
しかし、いったい寧音は何を勘違いしているのやら。寧音がそうであるように、あたしもそうだったというだけなのだけれど。
「あたしは礼愛に話もらった時に受けるって伝えたから」
きょとん、と驚いた顔をしたかと思えば、一拍置いてから笑顔を咲かせた。
「は……はっは! あははっ! うん! そうじゃないとね! それでこそ寧音の自慢のお姉ちゃんだよ!」
一年に一度あるかないかというくらいに手放しで妹に褒められた。絶賛だ。少々気恥ずかしい。
「……まぁ、なに? あたしもあんたと同じってことだよ。断るなんて発想はなかったっていう、ただそれだけ」
「きししっ! うん、そうだね! 忙しくなるよ、これから! さっそく描き始めよっかな!」
「ははっ、そんじゃお兄さんと礼愛が明日やるらしいコラボのイラストでもやっちゃう?」
「あっ、いいねそれ! 今からやるとなると……今日中に線画、最低でも下描きまですませて、明日帰ってきてソッコーで仕上げて、れー姉とお兄さんに渡すって感じかな」
「一人一人別々に描くのは時間がないから、そうだなぁ……『悪魔兄妹』の二人一緒のイラストを描いて、お兄さんと礼愛二人とも同じのを使ってもらう形にしたほうがクオリティは高められるかな?」
「『悪魔兄妹』を売りにしたいし、質は下げたくないしそのほうが絶対いいね。そんじゃ寧音は二人のポーズのアタリ描いて一旦データそっちに送るから、お兄さんとれー姉を手分けしよう」
「じゃああたしが礼愛のほう描くわ。あとから重ねよう。背景どうする?」
「そこだよねぇ……うーん。今回は時間がないから、寧音たちが描いてきたやつの中から合いそうなのを敷いて、手を加えて微調整するのが無難かなぁ」
「時間はなるべく二人の質を上げるのに使いたいしね。背景はどっちかで時間が余ったらって感じに……」
「それじゃあ、背景は私がやらせてもらってもいい?」
イラストのクオリティを維持しながら完成までの時間短縮を図るにはどうすればいいか、役割分担と時間配分を二人で話し合っていると、あたしと寧音のものではない声がした。
あたしが礼愛と通話するために一度部屋を出て、戻ってきた時にはしっかり閉めたはずの扉が、ほんのわずかに開いていた。
きぃ、と軋むような音を立てながら扉が開かれる。
そこにはいつもはだらしない、しかし今だけは誰よりも頼りになる人物がいた。
「えっ……」
「きー姉?!」
「今やってる作業が一段落ついたから休憩しに部屋出たら、二人の声が聞こえちゃって……盗み聞きしちゃった。ごめんね」
「いや、それは別にいいんだけど……話、どこまで聞いてたの?」
あたしがきー姉に訊ねると、盗み聞きみたいな真似をしていた後ろめたさからか、少し申し訳なさそうにしていた。
「仁義さんと、その妹さんのVtuberの姿のイラストを描くってところ、かな? 最初から聞いてたわけじゃないけど、だいたいの経緯はわかるよ」
きー姉が発した単語に、あたしは、いやおそらく寧音もぴくりと眉を顰めた。なんだその『仁義さん』という呼び方は。何度もお話ししたことのあるあたしでさえ『仁義さん』呼びはメッセージアプリ内の登録名でしかできていないのに。
不快です、というオーラを隠そうともしない寧音が口を開く。
「……二人してなんでそう寧音の神経逆撫でするかなぁ」
「あたしは今回罪はないでしょうが」
姉の失言にあたしまで巻き込んで罪を問わないでほしい。この件についてはあたしはノータッチだ。地雷は踏んでいない。
荒く息を継ぎながら、寧音が呼吸を整える。深呼吸のつもりなのだろうが、獲物を前に興奮した獣にしか見えない。
「ふぅ、ふぅ……っ、今は! 今は、時間がないから、起訴猶予処分とする。これは寧音の慈悲である」
「よくがんばった! よく耐えたな、えらいぞ! それできー姉、手伝ってくれるのはめっちゃくちゃ助かるんだけど、どうせならきー姉がお兄さんのイラスト描いたほうがいいんじゃない? ママ……ジン・ラースを描いた絵師自ら提供したってなったら話題にもなるだろうし」
「それができたらよかったんだけど……できないの」
「えー! なんでなんで?! きー姉だったら、他の依頼の片手間でも上げられるでしょ? 設定も服装も装飾も知り尽くしてるきー姉なら、どの角度からでもどのポージングでも描けるはずなのに!」
「……ごめんなさい」
寧音が詰問するが、きー姉は首を横に振った。
きー姉がイラストを手掛けてくれれば、たとえ今回だけの一回限りだとしてもイラストレーター『小豆真希』のファンの興味を惹くだろう。注目を集めるという礼愛の策略の後押しになる。たとえ迂遠だとしても、きー姉の協力はお兄さんを取り巻く状況を打破する一助になるはず。
推しに近づきたい一心でお兄さんの絵師になったきー姉がその手助けを断るなんて、ふつうではありえない。
他にイラストの依頼が立て込んでいて忙しいということもないだろう。本当になりふり構っていられないほどに忙殺されている時は、最低限の食事とトイレ以外で部屋を出ない人だ。気晴らしとか休憩とかそんなもの考えずに描き続けられる人なのだ。
しかも、筆が速いほうの寧音の更に上を行く速筆さのきー姉なら、明日のお兄さんと礼愛のコラボ配信までに一人でイラストを描き上げることもできるはず。好きなものを描いている時ならより一層に速いのだ。あたしや寧音みたいに学校に行かないでいいぶん、余裕まである。
イラスト(仕事)を描く息抜きにイラスト(趣味)を描くような、生粋の絵描きがきー姉なのだ。なんなら既に数点くらい
そんなきー姉が大っぴらに手伝えないとなると、その原因は絞られてくる。
つまりは、描けない要因が自分以外にある場合だ。
「『小豆真希』のファンの人が、なにか言ってるの?」
「……あはは。夢結は鋭いね。……そうなんだよね。ファンの人たちの一部が、少し気にしすぎちゃってて……」
きー姉の発言を聞くや、寧音がスマホをいじり出した。
きー姉の『仁義さん』呼びの時よりも寧音は眉間の皺を深くしてスマホの画面を睨みつけた。すぐに目当てのものは見つかったらしい。
「……あぁ、これかな? 『小豆真希先生に描いてもらっておいてコケるとか前代未聞だな。逆にすげぇわ』『小豆真希先生を巻き込むなよ。一人で燃えてろ』『先生にガワ描いてもらっても中身がこれじゃなぁ』『看板に泥塗りやがった』『こんな綺麗に恩を仇で返すところは見たことがない』……はっは。ねぇ、きー姉? コレに配慮する必要ってある?」
言いながらも寧音は視線をスマホに落としている。操作する手は止まらなかった。おそらく不適切な内容とかで運営に報告しているのだろう。
実際不適切だし攻撃的だ。なにより炎上の件はお兄さんに原因があるわけではない。不条理かつ不当な物言いだ。単なる誹謗中傷に他ならない。寧音の手を止めさせる理由はなかった。
「私だって、どうにかしたいよ。でも、何もできないの……」
悔しさからか、悲しさからか、きー姉は顔を歪める。
「っ……。私が……彼、恩徳さんの絵師を担当できたのは、私が無理を言ってその枠にねじ込んでもらったから……。炎上してることも知ってるけど、それだって恩徳さんに非があるわけじゃない。恩徳さんのことで損害を被ったなんて思ってないっ。私は担当絵師になれただけで幸せなのに!」
徐々に熱がこもっていくきー姉の弁舌。握りしめた右の手を、激情を堪えるように左手で覆う。ふっくらした唇は裂けてしまうんじゃないかと思うほどに噛み締められている。垂れ目がちな
「でもっ、でも……反論しても否定しても、どれだけ柔らかい言い回しで伝えても、私の意見を代弁しているつもりの人たちは曲解して恩徳さんに酷いことを言う……。私が何か言えば、私が何かすれば、その皺寄せはぜんぶ恩徳さんが受けることになる。だから、私は……表からは動けない。何も……できない」
きー姉は俯いて、苦々しい無力感を噛み締めながら絞り出すような声で言う。
詰まるような吐息。足元に落ちた水滴。
「きー姉……」
長い前髪のせいで表情は読めないけれど、きー姉の感情はわかる気がする。
推しのために何かしたいのに、何も手助けできない。自分のせいで推しが誹謗中傷されるかもしれない。手助けどころか足を引っ張ることになる。居ても立っても居られないのに何もできない無力感と罪悪感、自己嫌悪は、あたしが感じているそれよりも甚だしいものだろう。
「それじゃ、いつもとは立場が逆になるね。寧音たちの名義で描いて、きー姉はお手伝いだ!」
かける言葉を失ったあたしの代わりに口を開いたのは寧音だった。
にしし、と悪戯っぽく笑う。
「なんだか自信満々で名乗り出てきたけどさぁー、最近は寧音たちに任せっきりだったわけじゃん? まだきー姉、背景描けんのー? お兄さんとれー姉に贈る記念すべき初イラストなんだから、フインキに合わなかったら寧音、リテイク出しちゃうよーん?」
見てるだけで腹が立つほどのくそ生意気なにやけ面。聞いているだけで手が出そうなほど神経を逆撫でする甘ったるい猫撫で声。寧音は足を組みながら煽るようにきー姉に指──の代わりに握っているスマホを指し向けた。
「まったく……あんたは」
このあたりが、コミュニケーションの経験値を積んできた者とそうでない者の差だろう。
落ち込んだ人にかける言葉は、励ましであったり慰めの言葉だけではない。プライドを刺激して奮い立たせる文句もまた、人を前に向き直させる。怒りは視野を狭くするぶん、余計な物を見なくて済む。
普通であれば、気落ちしたきー姉にかける言葉ではない。
基本的にきー姉は自信というものを持ち合わせていない。飽き性で及び腰で消極的。謙虚寄りの卑屈という性格なのが我が姉だ。
だが、そんな後ろ向きかつ下を向いているような姉が唯一、堂々と胸を張って誇るものがある。
「寧音も夢結も、描くの上手くなったもんね……」
でも、ときー姉は付け加える。
目元を手で拭い、息を大きく吸って、長い黒髪が翻るほど勢いよく頭を上げる。
いつもは気弱に見える瞳が、今だけは飢えた獣のように爛々と輝く。こぼれた笑みの奥に覗いた犬歯が主張する。
「なめないでね。たとえ何年経とうと、絵に関わることで私に勝つなんてできないよ」
他の何で負けても、この分野でだけは絶対に勝ち続けるという気迫がある。何があっても描き続けるという気骨がある。
きー姉の中心にあるその芯は、どれほど苦しくても絵と向き合い続けるという精神だけは、あたしはぶれたところを見たことがない。
たしかにきー姉は生活力や常識が欠けている。でもそれを補って余りあるくらい、絵に人生を懸けている。その洗練された愚直な生きかたは、憧憬するに
絵について語っている時のきー姉は、誰よりも綺麗で輝いている。他のダメなところをそれ一つで埋め合わせることができるくらい、絵に関わっている時だけはきー姉は格好いいのだ。
「……きひっ、あははっ! 絵の話をしてるんだから、やっぱりきー姉はそうじゃないとね! なんならその勢いのままぜんぶ自分で描く! なんて言い出してもいいくらいなんだから」
「……それだけはだめ。私の個人的なこだわりで彼を傷つけることはしたくないから」
「……そ。まぁ、それならそれでいいよ。寧音は描いて応援したいだけだしね! あ、きー姉、ジン・ラースの設定資料見せて」
「うん。寧音、アタリ描けたら一旦見せてね」
「え? そりゃ当然見せるけど……背景合わせてもらわなきゃいけないんだし」
「ありがとう。魅力が引き出せてなかったら描き直させるからね」
「はっ……はーっ?! やってあげるよっ、一発で!」
きー姉の反撃、といってもきー姉自身はおそらくそうは思っておらず、ただ単に推しに使ってもらうイラストを中途半端な出来にしたくなかっただけだろう。だが意図せずして放たれたカウンターは寧音にクリティカルヒットした。打ち返そうにも、絵に関してはきー姉の言葉通り勝る部分がないので返せない。吠えつつ発奮して、これまでに蓄えていた熱をさらに滾らせて取り組む以外できない。
「……なんだかんだでいつも通りの面子になったなぁ……」
担う
多忙なきー姉のことなので、しっかり参加するのは今回のイラスト限定になるだろうけれど、それ以後の活動においてもたまになら協力はしてくれそうだ。心強い助っ人を手に入れた。絵のことについてだけなら、これほど安心感と安定感と実績のある人物はいない。
「気持ちはわかるけど、ここはジン・ラースのかっこよさを表現するよりも、彼と妹さんの関係性を強調させたほうがいいよ。彼の性格的に──」
「うっ、うぐっ……。わ、わかってるもん……た、試しただけだしっ……」
寧音の描くジン・ラースとレイラ・エンヴィのポージングを、きー姉が隣に立って指摘する。
表現方法の多彩さや細部の技巧だけでなく、構図の取り方からしてきー姉と寧音では年季が違うのだ。都度行われる指摘に、反論の余地などない。時に強がりながら、時に強がることもできずに呻きながら、寧音は描き直していく。
だいぶ耳に痛いとは思うけれど、指摘されて初めて問題点を認識して自分の技術と経験に落とし込める、という場合もある。実力のあるイラストレーターにマンツーマンでレッスンしてもらっていると思えば、自分を納得させることはできるだろう。がんばれ、寧音。あたしは遠くから応援しとく。
「そうだ。三人揃ってるうちに聞いときたいんだけど、できた作品の投稿方法ってどうする? わざわざ開設して投稿する手間省きたいし、礼愛のチャンネルで投稿してもらう?」
「……なんのお話?」
「あ、きー姉そこまでは聞いてなかったんだね。そもそもイラストもそうなんだけど、れー姉から……お兄さんの妹でゆー姉唯一の友だちの礼愛さんからイラスト動画だったか手描き切り抜きだったか、そういうのを描いて欲しいってお願いされて、描くことになったんだよね」
「……わざわざ『唯一の』ってつける必要あった?」
「『最初で最後の』って言いたかったけど、それは踏みとどまったんだから褒めてよ」
「たしかにそれよりかはマシだわ……。まぁ、それで作った動画をどこで投稿するかってなったんだよね。あたしたちでチャンネル開設して投稿するか、礼愛に任せるかの二択。どっちでもいいならあたしたちは余計な手間省けるし、手慣れてる礼愛に任せちゃったほうがいいかなーって思ってるんだけど。どうせ動画編集は礼愛にやってもらうことになってるし」
そう説明すると、きー姉はしばし沈黙して渋面を浮かべた。
「多少面倒でも、自分たちで開設した方がいいと思うよ……私は」
「手間だって言ってもすぐ慣れるだろうし寧音はどっちでもいいんだけど、それはどうして? なにか理由があるの?」
きー姉は言いづらそうに視線を横に逸らしてから、決心したように一つ頷いた。
「どんな内容の動画でも、彼と妹さん……礼愛さんのやり取りを動画化するのなら賛否はどちらともつくはず。礼愛さんのチャンネルで投稿したら、気分を害するようなコメントを目にすることになる。ただでさえ精神的に負荷がかかってる今、更にストレスがかかるようなコメントを読む機会はなるべくなくしたほうがいいよ」
「たしかに……そうだね。はぁー、そこまで考えついてなかったなぁ……寧音としたことが」
「礼愛さんの時間的精神的なバッファを考慮すれば編集作業も自分たちでやったほうがいいんだろうけど……そのノウハウを持ってないからね、私たちは。せめてストレッサーを遠ざけることくらいはしておいたほうがいいと思うの」
「……うん。そうだね。きー姉の言う通りだ。礼愛にはこっちで開設するって伝えておく」
作業内容だけでなく、依頼品を完成させた後のことまで考えを巡らせることができるのは年の功ゆえなのか、それともきー姉自身似たような経験をしたことがあるからなのだろうか。
きー姉はあたしよりも大人だから。そう思いたがっている自分がいる。
頼まれた物を描いてそれでお終いだと思っていた自分が、親友の置かれた立場にも気が回らない自分が、ひどく恥ずかしく、そして情けなかった。
「開設するんなら名前つけなきゃね! 何にする? 寧音とゆー姉のペンネームの下を繋げる?」
しんみりした雰囲気を察してか、話と空気を切り替えるように寧音が提案する。
寧音は生意気だし我儘だし、減らず口を叩くような可愛げのない妹だけど、こういう場面で気を利かせられるから嫌いになれない。
「それでいいんじゃ……あー、だめだ。サークルメンバーのところでペンネーム載せたことあるから、きー姉と関係があるんじゃないかって疑われるかも」
「あー……それはバレたらさらにめんどいことになりそー……」
「うーん……うん。こんなことに時間使うのももったいないな。もう、名前一文字ずつ取って『ゆきね』でいいんじゃない? 人の名前っぽくなったし」
あたし、
「おー! いいね! 音の響きがかわいい! それにしよう!」
「で、でも、二人はいいの? 『ゆきね』ってことは……」
「寧音はさんせーい!」
「ま、そういうこと。だから、きー姉もたまにでいいから手伝ってね。もちろんお仕事優先でいいからさ」
「っ、うん……っ、ありがとう、夢結、寧音。ぐすっ……毎日手伝うねっ……」
「いや、だから……お仕事優先でね?」
「うんっ。お手伝いの合間にお仕事するね」
「ちがう、逆だよ。逆逆。優先ほうが逆になってる」
「はい。それじゃ、時間も限られているから早速手を動かしていきましょう。まずは構図を決めないことには始まらないからね。次のコラボ配信では、ええと……えふ、ぴーえす? っていうゲーム? なのかな? をやるらしいから、それに適した構図がいいね。寧音はまだ二人の関係性の理解が深くないから、彼と礼愛さんのことを一番理解している夢結がどういった動きなら二人のイメージと合致するかアドバイスしてあげて。寧音はそのアドバイスを骨子にして想像で肉付けしていってもらえる? 寧音は頭の中にある抽象的なイメージを形にする力は抜きん出てるから、作り上げた妄想を元にどういったポージングがいいかどんどん描いていって。こういう時はノリとテンションで手を動かすとだいたいいい感じにできるからね」
「おっけー! それなら得意分野だっ!」
あたしの心に不穏な影だけ落として、きー姉は昂然と指示を出していった。さすがに長きに渡ってあたしたちに指示出ししてきただけあって、毅然とした態度で迅速に適切な割り当てをしていく。FPSがどういったものかはよくわかっていなさそうではあるけれど、その辺りはご愛嬌というものだ。
「……はぁ、まぁいいか」
多少お仕事のほうが心配だが、いざとなった時にはちゃんとやってくれるだろう。趣味と仕事が『絵を描く事』なきー姉はゴミの分別もできないほど生活力がないけど、それでもちゃんと社会人として公私の分別をつけられるくらいの常識はある。
さて、いざ描き始めるとなったら必要な資料がある。
「きー姉。たしかきー姉の部屋に鉄砲とかのモデルの図鑑ってあったよね? 貸してくんない?」
あたしはあまりミリタリーというジャンルには触れてこなかったのだ。資料を見ずに描けるほど鉄砲について詳しくはない。
これが推しと親友に贈る初イラスト。できるなら今のあたしにできる最高の一枚をプレゼントしたい。
「うん。すぐ取ってくるね」
「あ、それじゃついでにジン・ラースの設定資料も一緒に持ってきて!」
「設定資料のほうは紙媒体では置いてないから、寧音のノートPCに送るよ」
「あんがとー!」
あたしが頼んだ鉄砲の図鑑と、夢結が必要になるジン・ラースの設定資料のデータの送信のために、一度部屋を出ていくきー姉。
寧音と構図について話し合っていると、寧音のノートPCに反応があった。きー姉が設定資料を送付してくれたのだろう。
「おーっ! きたきたーっ!」
さっそく送られてきたファイルを開く寧音。嬉々とした感情を隠すつもりもないらしい。推しの設定資料ともなれば致し方なし。
あたしも礼愛を、レイラ・エンヴィを描くために全身がわかるような画像でも検索しておこう。レイラ・エンヴィの設定資料とか転がってないかな。
「……ふぅっ」
構図は定まった。
ジン・ラースとレイラ・エンヴィ、お兄さんと礼愛の関係の深さや距離感の近さ、仲の良さ、二人の性格がよく表現できていると思う。あとはこれをバランスを考えながら形作って、微に入り細に入り描き込んで塗り込んで、寧音が描くジン・ラースと、きー姉が描く背景を重ね、調和するように整える。
一人で描くより余程時間は短縮できるが、せっかくの記念すべき『悪魔兄妹』への初イラスト。こだわれるところはとことんこだわり抜いて最大限にクオリティを高めたい。となると、果たしてコラボ配信までに渡せるかどうか。微妙なラインになる。
いや、余計なことを考える必要はない。ただ手を動かせばいい。時間を気にするのはコラボ配信予定時間の一時間前でいいんだ。焦るのはその時でいい。
寝るまでに最低でも下描きまでは片付けたい。塗りには時間をかけたいし、仕上げには嫌でも時間がかかるので、欲を張ると線画まで終わらせたいところ。この時間配分を考えると、きー姉に背景を任せられるのは本当に助かる。
「よしっ……がんばろう」
気合を入れ直し、取り掛かる。お兄さんも礼愛も喜んでくれるイラストができるといいな。
でも。それはそれとして。
「ねぇ……寧音」
「んぁ、なに?! 集中してんだから邪魔しないで!」
「ジン・ラースの設定資料……あとであたしにも送っといてくんない?」
「…………」
あたしの目はディスプレイに向けられているため寧音がどんな顔をしているのかわからないけれど、きっと『うわぁ、こいつ……』みたいな癪に障る顔をしていることだろう。
イラストに神経を尖らせているが、それはそれとして見逃せないのだ。あたしだって推しの設定資料を見たい。あのきー姉が心血を注いで描き上げた姿だ、舐めまわすように全身をじっくりと見たい。きー姉、設定資料の端っこのほうに上裸の落書きとか描いてくれてたりしないかな。
「お願いお願いお願いお願いお願い」
「んぅっ! ぅるさいっ! きー姉から許可がおりたらね!」
「よっしゃっ! これでもっとがんばれる」
今のあたしは眼前に人参を吊り下げられた馬のようなものだ。つまりは、よく
目下最大の問題点といえば、テンションが上がりすぎて目がばきばきに冴えたこの状態から、眠れるくらいのコンディションにまで落ち着くのだろうか、ということだけだ。
次でお兄ちゃん視点に戻ります。
*スパチャ読み!
三剣7さん、スーパーチャット、アリガトウゴザイマァス!
Mafu@Arisuさん、赤色のスーパーチャットありがとうございます!
pepsiさん、赤色の赤色のスーパーなチャットありがとっ!ございます!
魚野郎さん、スーパーチャット、ありがとござます!
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