サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。 作:にいるあらと
『今日の配信はー……「New Tale」の悪魔兄妹! 妹のほう! 嫉妬の悪魔、レイラ・エンヴィと!』
「え? えっと……「New Tale」の悪魔兄妹、兄のほう。憤怒の悪魔、ジン・ラースでお送りいたしました。……で、いいのかな?」
『ありがとうございましたー! またねー!』
「ああ、よかった、これでいいんだ……。ご視聴、ありがとうございました」
礼ちゃんからの無茶振りにどうにか応じ、初めてした『いつもの挨拶』を返して配信を閉じた。
僕の配信中に突然、同じく配信中のはずの礼ちゃんが入ってきた時には頭の中がパニックになったけれど、慌てながらもどうにか配信の体裁は取り繕えたように思う。
礼ちゃんの配信活動中の名前が『レイラ』でよかった。配信中にもかかわらず名前を呼んでしまったけれど『
その後も脳内はわりと混乱状態になっていたが、とりあえず個人情報にかかわることを口走ったりはしていなかったはず。礼ちゃんと話しながらゲームをしていると配信を忘れそうになるので大変危なかった。
「……どうにかなった、のかな。……いや」
どうにかなった、そう気を緩めるのは早計だ。
急にコラボ配信になってしまったわけだけど、今回の礼ちゃんとの突発的なコラボの影響がどこまで波及するかは予想がつかない。
後から礼ちゃんの配信のアーカイブを観て、どういった経緯で僕の配信に乗り込んできたのか確認しよう。本人は『お兄ちゃんが本当にお兄ちゃんかどうか疑われた』みたいなことをちょこっと言っていたけれど、それだけでは全然ディティールが伝わってこない。
すぐにでも礼ちゃんの配信を確かめたいけど、まずは事務所の人にアポを取る。早急に報告と事情の説明をしておかないといけない。
『New Tale』の勤務形態がどのようなものかは知らないが、少なくとも一般の会社員であれば今の時間は完全に勤務時間外である。そんな時間に手間を取らせることは大変心苦しい。しかもそれが面倒事というか問題事の事後報告というのだから、輪をかけて胸が痛い。
口が重いし気も重いが、やらなければいけない。
送ったメッセージには『
この時間だと、もしかしたらゆっくりと晩酌でも楽しんでいたかもしれない。趣味に時間を使っていたかもしれない。それなのに、本来なら負う必要のなかった心労と仕事を背負わせてしまっている。罪悪感がとんでもない。
きりきりと痛む胃をさすりつつ、僕は部屋を出る。
事情を説明するのに僕だけでは不十分だ。コラボ配信の当事者の片割れ、礼ちゃんも参考人として招致しなくてはならない。一緒に突発的コラボ配信の仔細を説明した上で、一緒に怒られるとしよう。
「……ん? 誰かと話してるのかな」
礼ちゃんの部屋の扉をノックしようとしたら、中から声が聞こえた。礼ちゃんの口調がかなり砕けたものなので、お相手は夢結さんだろう。
通話が終わるまでSNSやネットの匿名掲示板などを確認しながら扉の反対側の壁で待ち、終わってから扉をノックする。
『…………』
一瞬の間を置いてから、足音が聞こえた。礼ちゃんらしくない、とぼとぼとしたような気落ちした印象のものだった。
ゆっくりと、扉が開かれる。扉の影に隠れるように、礼ちゃんは半顔だけ覗かせた。
「あ、あの……お兄ちゃん……」
「いろいろ言いたいことも訊きたいこともあるのは、礼ちゃんもきっとわかってるはずだよね?」
「わ、私っ……お、お兄、ちゃん、に……」
扉の縁に震える手をかけて、目を伏せながら礼ちゃんは振り絞るように言葉を紡いだ。
いくら憐憫を誘う表情と仕草だったとしても、礼ちゃんのやり方を認めることはできない。してはいけない。
事前に『New Tale』からジン・ラースには関与しないようにとの通達があった。どんな事情があれど、それを破ったことには違いない。
『New Tale』に所属する配信者として、筋の通らないことをしたのだ。礼ちゃんに言い分はあろうとも、言い訳はできない。正しくない方法を自ら選択し、実行したのは礼ちゃんだ。
僕たちは、個人で配信活動をしているわけではないのだ。
企業に所属していて、活動を支援してもらっている。配信自体は配信者本人がやっていても、その活動には『New Tale』に勤めるスタッフさんたちも密接に関係している。礼ちゃんが問題を起こした時、バッシングされるのは『レイラ・エンヴィ』個人ではなく『「New Tale」所属のレイラ・エンヴィ』だ。問題を起こした時に向けられる不信の目は、個人だけでなく事務所にも向けられる。
礼ちゃんの行いは多くの関係者に、主に『New Tale』のスタッフさんたちに多大な迷惑をかけるだろう。ただでさえ僕のせいで増えている余計な仕事をさらに増やすことになる。連日問題を起こされれば、スタッフさんたちもいい気はしないだろう。というか、いい気なんてするわけがない。嫌な気分にしかならない。仕事を片付けている最中に仕事を追加される、あの名状し難いもやもやとした感情は僕にも覚えがある。
もちろん、礼ちゃんに悪意はなかっただろう。スタッフさんたちを困らせてやろうなんていう気持ちは一欠片たりともなかっただろう。
だとしても、悪意があろうとなかろうと、問題を起こしたことには変わりがない。過ちを認め、誠心誠意謝罪して、礼ちゃんはこれからは信頼回復に努めなければいけない。
その事実だけは有耶無耶にはできない。しっかりと受け止めて反省しなければいけない。
けれど。
「企業に所属する人間として、やっちゃいけないことをした。そのことについて言わなきゃいけないことはたくさんあるけど、それらは一度棚上げして……僕は自分勝手なことを言わせてもらうよ」
正しい行為では、なかったけれど。
「っ……。は、はい……っ」
正しい行為ではなかったけれど、たった一人。
僕にとっては。
「……ありがとうね、礼ちゃん。配信、とても楽しかったよ」
僕にとってだけは決して、間違いではなかったんだ。
「えぅっ……な、え?」
痛々しいくらいに体を縮めて俯いていた礼ちゃんを、包み込むようにして抱き寄せる。つむじに顔を寄せ、僕は感謝を伝えた。
礼ちゃんのやり方は、どうあっても正しいとは言えない。多くの人に迷惑をかける行為だった。
でも僕は、礼ちゃんのその正しくない行為のおかげで初めて配信中に
初配信から今日の配信で礼ちゃんが部屋に突撃してくるに至るまで、僕はずっとどうすればこれ以上事態が悪化しないか、配信の時間中どう凌ぐか、どうすれば他のライバーさんに迷惑をかけないか、そんなことばかりを考えていた。ゲームのことなんて二の次だった。
無言にならないようにしただけの上辺だけの実況で、間伸びした配信にならないことだけを意識したプレイで、コメント欄を無視していると思われないよう都合のいいコメントだけを拾って。そんな気もそぞろな、地に足がついていない上滑りするような配信だった。
「配信時間があっという間だった。リスナーさんといろんなやり取りができて嬉しかった。余計なことは何も考えずにいられた」
針の筵の中でゲームするのとはわけが違う。
礼ちゃんと一緒に配信をした今ならわかる。
これまでの配信がどれだけ味気なく、どれほど空虚なものだったかが、とても実感できた。
モノクロだった世界が色で溢れるような、僕にとってはそれくらいに劇的な変化だった。
僕は配信中、時間を忘れるくらい夢中で楽しんでいたんだ。楽しめていたんだ。
「すごく、楽しかったよ。Vtuberに誘ってくれた時、礼ちゃん言ってたよね。楽しいって、きっと楽しくなるって。本当だったよ。とっても楽しかった」
「わ、わだっ、私……ひっく……うぐっ。ぐすっ。わ、私……ずっと……っ。謝らなきゃってっ……わ、たしがっ……」
「謝ることなんて何もないよ。僕はとっても楽しかった。ありがとうね、礼ちゃん。誘ってくれて」
「ぅあっ……ああぁっ」
堪えていたものが決壊したように、礼ちゃんは声を押し殺すこともできずに泣き出してしまった。しがみつくように、縋りつくように、僕の背中に手を回す。
ずっと、礼ちゃんは気にし続けていたのだろう。僕をVtuberに誘ったことを気にして、気に病んでいたのだろう。僕が炎上させられているのを見ていて、それでいて誘った自分は無関係かのように被害を免れていることに負い目を抱いていた。自罰感情に苛まれていた。
どうにかしなければいけないという使命感が、追い立てられるかのような焦燥感が、僕に対する罪悪感が、真綿で首を絞めるような自己嫌悪が、慚愧の思いが、自責の念が、悔恨の情が、礼ちゃんの心を蝕んで精神的視野狭窄を誘起させ、他人の迷惑を顧みない行動に走らせてしまったのだろう。
だとしたら、やはり悪いのは礼ちゃんだけではない。思い悩んで行動を起こしてしまったのは礼ちゃんだが、そこまで思い悩ませてしまった原因は僕にある。ならば、責任も二等分だ。
「これ、からはっ……ぐすっ、ひっく……おに、ちゃ」
「ゆっくりでいいよ」
ようやく礼ちゃんが落ち着きを取り戻してきたらしい。まだ声は不安定に揺れているが、喋ることはできるようになってきた。
「ん、うんっ……。すぅ、はぁ。……これからは」
僕の服は依然として握りしめながら、泣き腫らして赤くなってしまっている瞳をこちらに向けた。
ふにゃ、と安心しきった
「これからは、いっしょだからね……おにいちゃん」
「……うん、一緒だね。よろしくね、礼ちゃん」
小さい子どもにするように腕の中に抱きとめながら礼ちゃんの頭を撫でれば、喜んでいるのかむず痒く思っているのか、礼ちゃんは擦り付けるように僕の胸に顔を押し当てた。
*
「お兄ちゃんのマネージャーって安生地さんだったんだね。私と一緒だ」
「マネージャー……というよりは、なんだろう……連絡役みたいな、相談窓口みたいな感じになってるけどね」
「相談窓口?」
「そう。もちろん業務連絡みたいなメッセージも送られてくるけど、それ以上に配信がストレスになってないかとか、SNSで度を過ぎている誹謗中傷などがなかったかとか、メンタル面について気遣ってくれてるんだよ。ストレスだと感じていなかったとしても少しでももやっとした出来事があれば相談してって、それはもう親身になってくれてるよ」
「……へえ。まあ、安生地さんはお仕事に真面目で厳しいからね。配信者とスタッフっていう立場の違いはあっても、仕事仲間には気配りと心遣いを忘れないとても真面目な人だよ」
「そうだね。とても真面目な人みたいだ。いつもなら安心できるところだけど、今は不安でしかないね。とてもしっかりと怒られそうで」
「……悪いのは私だけなんだから、お兄ちゃんはいいんだよ? 私一人でお話するし」
「今更そんなこと気にしなくていいんだよ。僕が相手だったから礼ちゃんはリア凸……だったっけ? それをしたわけなんだから、結果的に行動を起こしたのが礼ちゃんでも、原因は僕にある。つまり責任はお互いにあるってこと」
「……はあ、お兄ちゃんはまったくもう」
囁くようにそう言って、礼ちゃんは
礼ちゃんの部屋で少しお話した後、僕は『New Tale』のスタッフさん、安生地さんに事の顛末を説明しなければいけないことを礼ちゃんに伝え、一緒に僕の部屋まで来てもらった。
安生地さんとの通話にはコミュニケーションアプリを使用する。
相手からの音声はスピーカーから出力すればいいけれど、こちらから音声を送るのに少々問題が生じた。僕が持っているマイクが
ということで、僕が椅子の上であぐらをかき、その僕の上に礼ちゃんが座るという、二人羽織チックなスタイルになった。ちなみに礼ちゃん発案である。
たしかにそれならマイクも声を拾いやすいかも、と頷きはしたけれど、このスタイルだと結局話が長時間になると僕は疲れるのでは。いくら礼ちゃんが軽いといっても、人ひとりをずっと乗せ続けるのは無理があるような気がしないでもない。
まあ、僕を背もたれにする礼ちゃんがどこか嬉しそうなので何もかもどうでもいいけれど。どれだけ足が痺れようが、後になって足が痛くなろうが関係ない。今礼ちゃんが嬉しそうなのが何よりも重要なのだ。
ともあれ、そういうふうにセッティングされ、いざ怒られに行こうかというところである。
「じゃあ、安生地さんにかけるよ」
「うん、謝らなくちゃね。お兄ちゃんとコラボ配信したことについては」
妙な言い回しをする礼ちゃんに首を傾げるが、すでに通話ボタンを押してしまっている。今はそちらに集中だ。
拍動を加速させるような気まずい数回のコール音のあと、接続された。
『はい、安生地です』
「この度は多大なるご迷惑をおかけいたしまして、大変申し訳ございません」「すいませんでした」
『音が完全に重なっていて内容が聞こえませんでしたが、謝罪していることはわかりました』
「……重ね重ね申し訳ありません」「すいません」
『構いません。それよりも、謝罪で時間を浪費するのは合理的ではありません。今回の件の説明をお願いします』
謝罪もそこそこに安生地さんは話の先を促した。
その様子に淡白さというか、冷たさのようなものを感じたけれど、僕たちのしでかしたことを考えれば致し方なしというものだ。なんならこちらは第一声に怒号を浴びせられても文句を言えない立場である。
ただ、それを踏まえても一つだけ。一つだけ気になる。
事務所に行った時や業務連絡を除くメッセージでのやり取りでは安生地さんは僕に対してわりとフランクな言葉使いだったのだが、その言葉使いが初対面時のそれに戻ってしまっていることがとても引っかかっている。炎上しているくせに事務所の意向まで無視して動く厄介者として失望されてしまったのだろうか。だとしたらかなりショック。
「……はい。なぜコラボ配信という形になったかは、妹のほうから話してもらったほうが経緯を追いやすいと思いますので、妹から。礼ちゃん、いい?」
「ん、わかった。……それでは最初から話しますね。まず私が配信中にデビューした四期生について触れて──」
そこからはしばらく僕も安生地さんも言葉を挟むことなく、礼ちゃんが一人で語った。
デビューした四期生について触れ、四期生で不本意ながら目立つことになってしまった僕の話題になり、そこで早々にジン・ラースは兄であると明かしたらしい。
コメントでは祝福の言葉を送られたそうだ。実際に祝いと称してスーパーチャットも贈られたのだとか。さすがは訓練されている眷属さんたちである。レイラ・エンヴィの古参リスナーであればあるほど、レイラ兄の話はよく存じている。
最初は楽しく眷属さんたちとコメント欄でやり取りしていたが、徐々に棘のあるコメントが目立ち始めた。おそらくは掲示板かSNSにでも情報が拡散されて、外部の人間が配信に訪れたのだろう、と礼ちゃんは推測していた。実際その通りだと僕も思う。通常の配信とは同時接続者の数が──今その瞬間に何人が配信を視聴しているのか、という数字の増加推移があまりにも異なっていたようだ。
いつもは礼ちゃんの配信を視聴していない層が訪れて、僕の配信でもあったように事実無根な世迷言を吹聴していたそうだ。
しばらくは適切に対処していたが、その中で見過ごせないコメントがあった。それというのが、僕の部屋に突撃してきた時にちらとこぼしていたもの。
「ジン・ラースが本当にお兄ちゃんかどうか疑ってるコメントが来たんです。彼氏がいても兄妹って言ってれば通るのか、とか、本当に家族かどうかなんてわからない、とかって。それ見て頭に血が上りました」
本当にジン・ラースが兄かどうかを証明するために、配信中にリア凸なるものを断行した、という言い分だった。
なるほど、話に筋は通っている。
つい先日デビューした事務所の後輩にあたる四期生に触れるのは、何も違和感はない。逆に触れないほうが、あえてその話題を避けていると感じさせてしまってリスナーに不信感を与えるだろう。
そして四期生の話を進めていけば、唯一の男で絶賛炎上中のジン・ラースの話に辿り着くのは当然の帰結だろう。真っ先に触れるか、一番最後に触れるか、違いはそれくらいしかない。四期生に触れた時点で遅かれ早かれ
レイラ・エンヴィの配信を好んでいるリスナーであれば、礼ちゃん自身が以前配信中に兄をVtuberに誘ってみると発言したことについても記憶しているはずだ。もしかして、と期待して『ジン・ラースはお嬢のお兄さんなの?』という旨のコメントを送るリスナーは、人数の多寡はあれど確実にいることだろう。
ジン・ラースは前々から話していたお兄さんなのか、と眷属さんから問いを投げかけられ、礼ちゃんは肯定した。そこにも問題はない。
配信中にリスナーから質問された場合は嘘偽りなく答えるように、という通達が『New Tale』からあった。
『New Tale』に所属する他のライバーさんたちは僕のことを全く知らない、一切の関わりがないからこそ使えるやり方。ファンを安心させかつ、訊ねられたライバーさんにも嘘をついたり誤魔化すといった心労を与えることなく答えづらいコメントを処理できる有効な手段だった。
しかし、礼ちゃんだけは例外だ。『New Tale』に所属するライバーの中で唯一の僕の関係者。妹である礼ちゃんは『嘘偽りなく答えても良い』という事務所からの通達を他のライバーさんたちとは異なるニュアンスで受け取ることもできる。
つまりは、正直に兄妹であることを明かすのは、事務所から許可が出ていたようなものなのだ。文言をかなり曲解してはいるけれど。
『……そう、ですか……』
礼ちゃんの弁明を聞いた安生地さんは言葉を探しているようだった。
確かに指摘はしづらいだろう。頭に血が上ってリア凸という短慮を働いたことは間違いなく礼ちゃんの不手際だったが、その前段階については事務所側の落ち度も含まれる。礼ちゃんの主張にも三分の理はある。
でもそれでは、筋は通っていても、理は通っていても、義は通らない。
「礼ちゃん、嘘は駄目だね」
「…………」
こうして真摯に対応してくれて、真っ向から向き合って話をしようとしてくれている安生地さんに対して、これではあまりにも不義理で不誠実だ。
『ひと……恩徳さん? あの……嘘、とはどういう?』
「頭に血が上った、というのは建前だということです。礼ちゃんはそういう、煽るようなコメントが来るだろうことを予想していた。予想して、望んでいた。レイラ・エンヴィは怒りで冷静さを欠いたことによって配信中の兄の部屋に突撃した、そう周囲から思われるように仕向けた。そうだよね、礼ちゃん?」
身動ぎもせず、ただ正面だけを見据えながら礼ちゃんは僕に答える。
「自分の発言でリスナーがどういう反応を見せるか想像もできないで、配信者はできないよ。まあ、あそこまで狙った通りに進むとは思ってなかったけどね。おかげで時間巻いちゃったよ。イレギュラーがあっても調整できるように時間には余裕を持たせてたんだけど必要なかった」
平然と、淡々と、まるで薬品で漂白しきったような声で礼ちゃんはそう語った。
「そうだよね、全部簡単に想像できることだしね。都合の悪いコメントが来たところで拾わないこともできる。兄かどうか疑うコメントがあっても、それは判断力を失うほどのものじゃない。すべては、リア凸しに行くまでの口実でしかない。こじつけのように見えなくするために段階を踏んで、きっかけになるようなコメントを選びはしただろうけど」
「おー、さすがお兄ちゃん。観てたのかと思うほどその通りだよ。でも、相手が女だからなのか、それとも『New Tale』の脅しが意外に効いてたからなのかはわからないけど、お兄ちゃんの配信の時みたいな人格否定や度が過ぎる誹謗中傷はなかったね。そういうのがあったら開示請求に持っていこうかと思ってたんだけど、当てが外れちゃった」
「『New Tale』からの通達を言質にして逃げ道を確保してたのは周到だなって感じたよ」
「ジン・ラースはお兄ちゃんだってことをリスナーに教えるところまでは事務所公認だからね。お兄ちゃんの話をしてたら荒らしに酷いこと言われて、それで感情的に動いちゃった、って筋書きなら同情の余地があるんじゃないかなって。兄妹の証明のついでに事務所からの憐憫も拾っておこうかと思ったけど、さすがにここまで説明しちゃったらお兄ちゃんにはばれちゃうよね」
『な、なぜ……こんなことを?』
「『なぜ』というのはどの部分について言ってます? 『こんなこと』ってどういう意味ですか? その問いの意図はなんですか?」
おそるおそる礼ちゃんに問い掛けた安生地さんに対して、礼ちゃんははっきりと返した。迷いなく突き放していくような辛辣な語調だった。
礼ちゃんから衝撃的な真相を打ち明けられ、戸惑いながらこぼした言葉に間を置かずに切り返された安生地さん。動揺してしまったのか頭が回らないのか、言葉を失い息を呑む。
しばし待っても答えがなかったので、仕方がないと言わんばかりに嘆息して礼ちゃんが口を開く。
「なぜ兄妹ということを明かしたのかという意味でしたら、まず私とお兄ちゃんの関係を明確にしておかなければこの先コラボする度に杞憂されたりアンチが湧いたりしてやりにくいからです。兄妹であることを明らかにするには今が最適でした。証明するのに絶好のタイミングだった、それだけです。なぜコラボ配信をしたかという意味でしたら、まず大前提にお兄ちゃんと一緒に配信したかった、というのが一つ。もう一つに、このまま傍観していたところでお兄ちゃんを取り巻く環境が何も改善されないからです」
『それは……それは、違います。『New Tale』のライバーが恩徳さんに絡みに行けば、荒らしている人たちは恩徳さんにも、恩徳さんに絡みに行ったライバーにも誹謗中傷行為を働くだろうという考えから……』
「そういうっ……っ! もういいです。続けます」
一瞬語気を荒らげた礼ちゃんは、小さく息を吐き、調子を平坦で冷淡なそれに戻した。
安生地さんでは、おそらく気づけない。
礼ちゃんの声をずっと聞いてきた僕くらいになるとすぐにわかるのだけど、礼ちゃんはずっと感情を押し殺すよう努力して喋っている。そうしないと今度こそ本当に頭に血が上ってまともな会話ができなくなるとわかっているから。
礼ちゃんが落ちないように腰に回している手が、礼ちゃんの体に力が入っていることを伝えてきている。堪えるように、体が震えるくらいに力が入っている。そうまでなるくらいに、礼ちゃんにとっては耐え難いことなのだろう。
これは、礼ちゃんの感情の問題だ。
たとえ僕が宥めたとしても、それでは根本的な解決にはならない。僕が宥めてしまえば、そこで礼ちゃんは我慢してフラストレーションを溜め込んでしまう。心に負荷がかかったままになってしまう。安生地さんには申し訳ない限りだけれど、僕はここで礼ちゃんを制止することはできない。
「今日のコラボ配信でどうして次の予定まで立てたのかというと、今回の配信を足掛かりに環境自体を一気に変えるためです。受けはいいだろうとはある程度想定していましたけど、その想定を超えて反響が大きかった。この機会をむざむざ逃す理由はありません。そのために信頼できる知り合いに仕事の依頼もしています。『悪魔兄妹』というブランディングで売り出す方針です。これ自体は難しいことではありません。私とお兄ちゃんが自然体で配信していれば勝手についてきます」
『……違います。「なぜ」というのは……どうして我々に一度相談してくれなかったのかという……』
結果的に言えば、安生地さんのその発言が引き金になったのだろう。
ぴしり、と空気が軋む音を聞いた。礼ちゃんの体から陽炎のように怒りが立ち込めるのを幻視した。
「これではわかってもらえませんか? 本当にわかりませんか? わかっているのにあえて訊いてるんですか? はっきりと口に出したほうがいいですか?」
「礼ちゃん」
矢継ぎ早に問い詰める礼ちゃんへ、一言だけ声をかける。
礼ちゃんを止める意思は僕にはない。
ただ、せめて言葉を選ぶくらいの配慮はしてほしいと思い礼ちゃんの名を呼んだけれど、そこにすら気を回せないほど限界にきているようだった。
「ごめん、ごめんなさい……お兄ちゃん。我慢できない。これ以上は、耐えられない。……ねえ、安生地さん」
どうにか心を落ち着けようと荒く息を継ぐも、それでも収まらない。硬く握り込んだ拳は皮膚を裂いて血が出そうなほどだ。もしかしたら、こうなった時の自分の顔を見られたくなくて、礼ちゃんはこんな二人羽織みたいな座り方を提案したのだろうか。
『……はい、なんでしょうか』
「先に……伝えられるうちにこれだけ伝えておきますね。私は、安生地さん個人に敵意を抱いているわけではありません。そこははっきり言っておきます。あと事務所からの通達を無視してコラボ配信したことについてだけは改めて謝ります。配信上でお兄ちゃんに関わるなという指示を破ったことは、言い逃れのしようもないです。なんらかのペナルティがあるのなら甘んじて受けます。すいませんでした」
『はい』
「でも私は、先にそちらから仕掛けてきたと思っています」
『…………』
「なぜ相談しなかったのか? 決まってるじゃないですか。信用してなかったからですよ」
『……それ、は』
「なぜ信用されていないか、もしかしてそこもわかりませんか? なら丁寧に説明してあげようか?! お兄ちゃんを
爆ぜるように苛烈な語気だった。これまで最低限の礼節を取り繕っていた理性のベールは取り払われ、剥き出しの怒りが表出している。銃口から銃弾が飛び出すような勢いで、礼ちゃんの口から糾弾の言葉が吐き出された。
今回のコラボ配信に関して、今でも僕は礼ちゃんには悪意はなかっただろうとは思っている。『New Tale』のスタッフさんたちを困らせるつもりはなかっただろうし、問題を起こしてやろうとも思っていなかっただろう。そういった明確な悪意は存在していなかった。
積極的な悪意ではない。決して意図したものではない。
しかし、行動した結果もしかしたら困らせてしまうことにはなるかもしれないな、とは考えついた上で、まあそうなったらそうなったで仕方がないか、と判断し実行したのだ。
悪意はなかった。けれど未必の故意ではあったのかもしれない。
『あ、あの対応を取った事情を説明させてもらえませんか? 私たちは、いち早く事態を終息させるために……』
「わかってるよそんなことは!? 炎上する人を限定する、他の人に可能な限り影響を及ぼさないようにする、そのまま静かに耐えて荒らしが飽きるのを待つ……っ、被害を最小限にしようとしたってことでしょ?! わかってるッ! 全部わかってんだッ! 馬鹿にすんなあッ! そんなやり方を提案する人に心当たりもある! どうせ事務所で話し合いした時にでもお兄ちゃんがそれを提案したんでしょ?! どう?! 違う?!」
『……失礼しました。礼愛さんの言う通りです。炎上騒動の発生前に、恩徳さんから件の女性Vtuberが男女関係で炎上するかもしれないと報告がありました。その時から動向を見つつ、いざという時に備えて恩徳さんを含めて事務所の者と対応を協議していました。……言い訳のように思われるかもしれませんが、その段階でもさすがにしばらくはコラボなどは控える方針でしたが、もう少し他のライバーとコミュニケーションを取れる想定でした。ただ、四期生のデビュー目前という最悪のタイミングで状況が悪化したことで、より厳しい対応に変更せざるを得なくなりました』
「それで生贄を立てたってこと? あはっ、あはは! それはとっても合理的だ! 『New Tale』のライバー全員が関わってお兄ちゃんを守って居場所を作るより、尻尾を切り落としたほうがマイナスは減らせるもんね? デビューしたばっかの男性Vtuber一人に炎上を限定すれば一番傷が浅くなるもんね? 他の四期生の子たちや、それより上の先輩たちってなったら損が大きくなるもんね? そりゃあ関わらせないようにするよね? あははっ、損切りってそういうものだもんね?」
『ちが、私は……っ。いえ…………結果的にそうなってしまったことについては、申し開きもありません』
「礼ちゃん。僕が提案したのは礼ちゃんの予想通りだよ。でも最終的に決めたのも僕なんだ。『New Tale』の人たちは心配してくれたし、止めてくれたんだよ。それでも僕が強行したんだ。『New Tale』の人たちも、もちろん安生地さんも悪くない」
なるべく余計な口は出さないようにしてきたが、さすがにここでは注釈を入れなければいけないと判断した。
件の男女Vtuberからの貰い火についての対応は『New Tale』側が僕へと一方的に押しつけたのではない。僕が案を出して『New Tale』の人たちもそれを認めた。結果としてはそうだが、誹謗中傷に晒されることになるというのはちゃんと忠告してくれたし、そこからもいろいろと気を回してくれていた。負担にならないよう配慮してくれていた。
その点は、誤解がないように伝えておかなければならない。
しかし、礼ちゃんには言うまでもないことのようだった。
「わかってるそんなことはッ! 黙ってて!! どうせお兄ちゃんならそんな対処法を考えるってわかってた! でも私は! 私はっ……のん気に、安心してた……っ。わたし、は……っ、にゅーているの人なら……っ」
礼ちゃんは声を詰まらせ、腰に回していた僕の腕に震える手を添えて
僕の手に、ぽたりぽたりと雫が滴った。
「お、おにいちゃんがっ、そういう……ぐすっ、一人だけ、つらい思いをする、やりかたをっ……とめてくれるって……ひっく。にゅーているの、ひとたちならっ……し、しんじて、たのにぃっ……っ」
『っ…………』
「礼ちゃん……」
「ぐすっ……んっ。『New Tale』から届いたメッセージを読んだ時、私は間違えたんだって思った。学校を休んででも、お兄ちゃんと事務所の人との話し合いに、私も参加すべきだった。参加して、絶対ダメだって止めなきゃいけなかった。信じるべきじゃなかったんだ。お兄ちゃんのことを心から案じてくれる人は、その場には誰もいなかったんだから。誰も、お兄ちゃんを守ってくれる人はいない。お兄ちゃんと同じ立場に立ってくれる人は、誰もいない。だから……それなら、私が……お兄ちゃんを誘った私が、お兄ちゃんの隣に立つって決めたんだ。隣で一緒に歩くんだって……そう決めたんだよ。ねえ、安生地さん。私、間違ってるかな? 私のしたことって、そんなにおかしいのかな?」
『それは……ここでは、私からは……』
「私は間違ってない。指示を無視して動いたことを悔やんでないし反省もしてない。誰がなんと言おうと、私は正しいことをした」
『っ……は、反省してないというのは、問題発言です。……頭に血が上ったことで事務所の指示を忘れてしまっていたのならまだしも、反省しないというのは問題があります。……その点だけは、撤回を』
「……撤回? しないよ。同じようなことが起きれば、私は何度でも同じことをするよ」
『撤回を』
「……ねえ。ねえ、安生地さん。私、コラボ配信するって決まった時、VC繋ぐためにお兄ちゃんのコミュニケーションアプリを見たんだ」
『……そ、それが、どういう?』
「先輩どころか同期のIDすら登録されてなかった。リストにあったのは、安生地さんのアイコンが一つだけ。……こんなこと、あっていいの? これが本当に正しいの? 正しいって、胸を張って言えるの?」
『っ……それ、は……』
「一番矢面に立たされてる人が、一番蔑ろにされている。どれだけ酷いこと言われても、言い返さずに黙って耐えなきゃいけない。たった一人で、一人っきりで、惨めで心細い思いをさせられる。まったく楽しくない辛くて苦しいだけの時間を強いられる。これが間違ってないことだって、本当に言えるの? 正しい対応だったって、今でも本当にそう思ってるの?! ねえ! 答えてよ! 私のしたことが間違いだって言うんなら! 一人孤独に痛みを我慢する配信が正しいんなら! そう答えてよ! 答えてみろよッ! あんたたちにはッ、その責任があるだろッ!!」
『ぁ…………っ』
安生地さんは、礼ちゃんの慟哭に応えることができなかった。
安生地さんの出した沈黙という回答を、僕は非難するつもりはない。
事務所側から見れば、主な被害を僕一人で抑えるという選択は正しかった。どういう状況であろうと、企業というものは存続のために利益を出し続けなければいけない。働いている人間の生活を守る義務があるのだから、損害が発生するのならその出血を最小限にするのは当然のことだ。
『New Tale』の対処は正しかった。
だからといって、礼ちゃんの考えが間違っているとも言えない。
礼ちゃんの側に立ってみると、事務所の対応は義務を放棄した冷血なもののように見える。身内が謂れなき理由で理不尽にバッシングされ、本来守るべき立場である事務所からは見捨てられた、ようにも見方によっては見える。礼ちゃんの言葉を借りればスケープゴートにされたのだから、事務所の残酷なやり方を咎めたくなる気持ちもわかる。
礼ちゃんが抱えた怒りも、筋違いとは言えないものだった。側面の一つとして見れば、非合理の一言で切って捨てることはできない。
「……答えはない、か」
『っ……』
答えなんて出ない。それもそのはず、全ての問題が綺麗に解消される答えなんてものは、最初から存在しないのだから。
二つの意見はそもそもスタート地点から対立している。視点の乖離、価値観の相違、立場の差異、優先順位の不一致。何もかもが、お互い対極の位置に置かれていた。
話し合いの席に着いた時点で、向かい合いはしていなかったのだ。前提から誤っているのだから、分かり合うことなんてできない。
「言葉もないのか、それとも
『……私からも、ありません』
「それじゃこれで終わりでいいですよね。あ、そうだ。私の処分はどうなります?」
『……事務所には、礼愛さんが仰っていた「建前」のほうを伝えておきます。対外的に処分は下されるでしょうが、注意程度に留まるかと』
「そうですか。別に減給でもいいですよ。配分の変更でも、活動停止でもなんでも」
『そのような罰則は「New Tale」にはありません』
「へえ、そうだったんですか? 罪のない人を生贄にする罰則はあるのに?」
『……そのような、ものも……』
「ええ、ないでしょうね。それは罰則でも規則でもなんでもない『New Tale』の通常通りの対応ですもんね」
「礼ちゃん」
「……私が言いたかったのは、私たちの邪魔をしなければどんな処分でもいいですよってことだけです。それではこのあたりで通話切らせてもらいますね。失礼します」
『あの、礼愛さん……わ、私たちは……っ』
「安生地さん、本当に申し訳ありません。妹には僕から言っておきますので、またいずれしっかりと言葉を交わす機会を作りましょう。気持ちに折り合いをつけるには冷静になる時間が必要なようです」
『お、恩徳さん……わ、たし……』
「勘違いしないでほしいのですが、妹も『New Tale』の対応が間違っているとは思っていません。妹は僕が……身内がこういうことになって熱くなってしまっているだけです。僕も『New Tale』の対応は間違っていないと思っています。僕は自分の立場にも『New Tale』の対応にも不満はありません」
『い、いえ、あの……はい』
「今日は勝手な真似をしてご迷惑をおかけしました。夜遅くに手間とお時間を取らせてしまい大変申し訳ありませんでした。そして丁寧な対応と過分な配慮、感謝いたします」
「迷惑かけるのは今日だけじゃないけどね」
「礼ちゃん。礼ちゃんの意を汲んで僕はなるべく口を挟まずにいたけれど、これ以上言うようなら僕は礼ちゃんを叱らないといけなくなる」
「うっ……ううーっ!」
体を横に向け、唸りながら礼ちゃんは僕の懐で丸まった。足に負担がかかっているが、黙ってくれるのなら願ったりだ。
「安生地さん。この度の失礼な言動の数々について改めて、そしてこれからもご迷惑をおかけしてしまうことを謝罪します。大変申し訳ありません。近々直接お詫びに伺わせていただきたく思います」
『……ぁ、はい。いえ、気にしなくても……大丈夫、だから。ぜんぜん、あの……はい』
「それでは、失礼します」
『はい……。…………ごめん、なさい……っ』
安生地さんが喋り終えるのを待って通話を切ろうとしていたが、僕が通話の終了ボタンを押すその寸前、安生地さんが一言、謝罪を付け足した。もしかしたら、僕に聞かせるつもりのない言葉だったのかもしれない。
『New Tale』に勤めていて、現在抱えている問題について対応している人間が、それを口にしてはいけない。その言葉だけは、口にしてはいけない。
これまでしてきたことが間違いだったと認めた、そう捉えられてしまいかねない発言は、内心でどう思っていても慎むべきだ。指示通りに動いた者の不安を煽りかねない。
幸い、僕はそんなことで揺らぐような精神構造をしていないし、礼ちゃんはすでに『New Tale』の対応は適切なものではなかったと決めつけている。不安感に苛まれるような常識的な人はこの場にはいなかった。
「ねえ、礼ちゃん」
「…………」
「ちょっと言葉が過ぎたんじゃないのかな」
「ぐすっ……やめてよ。慰めてよ、お兄ちゃん。私だって、わかってるもん……」
服を掴んで、礼ちゃんはまたぐずり始めた。
「それだけのことを、悪くない安生地さんに吐き捨てたわけだからね。気持ちはわからないでもないけど、少し考えなしだったね」
「ひどいよ、やさしくしてよ……。なんで私あそこまで言っちゃったのかなあ……安生地さんが悪いわけじゃないことはわかってたはずなのになあ……」
「礼ちゃんの理屈で言えば、裏切ったのは『New Tale』であって安生地さんじゃないからね」
「『New Tale』の人たちだって、どうせお兄ちゃんの手八丁口八丁で言い包められただけだろうし、炎上してるのは『New Tale』のせいじゃないし……。ああもう、ほんと……自分が嫌いになる」
よく僕のことを理解している礼ちゃんは、僕が言う前からわかっていたようだ。
『New Tale』の人たちは最終的に認めたとはいえ、最初は僕の提案に後ろ向きだった。安生地さんに至っては最後の最後まで反対していた。そこを僕が詭弁と正論と屁理屈を捏ね合わせ、言葉巧みに説き伏せて、代案がなかったことをいいことに強引に決定まで持って行ったのだ。
決まってもなお、安生地さんは納得していない様子だった。代わりに出せる対処法が思いつかなかったから渋々退くしかなかった、という様子だった。
だから、なのだろう。礼ちゃんの激発するような語勢に気圧され、安生地さんは反論ができなかった。自分の判断が、『New Tale』の判断が正しいと、そう胸を張って断言できなかった。意表を突かれたからではない、図星を突かれたからこそ戸惑って思考が鈍った。自信がなかったからこそ舌が鈍った。
安生地さんもまた、僕と同じくらいに辛く苦しい立場に立たされている。
「安生地さん……許して、くれるかなあ……。だめだろうなあ……仲良くなれてきたと思ってたのになあ……っ。でもっ、どうしても止められなかった……ぐすっ、許せなかったんだもん……っ」
僕の胸に顔を押し当てるようにして、礼ちゃんはさめざめと涙を流した。
礼ちゃんが配信活動を始めたのはもう二年以上前になる。その最初期からマネージャーに安生地さんがついていたかどうかは聞いていないけれど、僕と違って礼ちゃんは安生地さんと長い間一緒にやってきた。
そんな人に、止むを得ない事情があったからとはいえ、修復できないかもしれないレベルの亀裂を入れてしまった。もう少し時間をかけた穏便なやりかたもあったろうに、感情的になって、厳しい言葉を投げつけたのだ。感傷的にもなるだろう。
「涙、止まってくれないかなあ……っ、うくっ、ひっぐ……っ。また夢結に心配かけちゃうよ……ぐすっ」
「礼ちゃん、動くよ」
「すんっ……んえ?」
礼ちゃんの返事を待たずに抱き上げる。
足の痺れを堪えながら礼ちゃんを横抱きで抱えてベッドまで運ぶ。
その隣に、僕も横になった。
「今日は疲れた。もう寝る」
「うん。……うん?」
「いろいろやり過ぎた罰として、礼ちゃんは抱き枕ね」
「……うん」
寝転んでいる礼ちゃんに、礼ちゃんの部屋にあるそれとは色違いのキルトケットをかける。
ヘッドボードの宮棚に置いているリモコンで照明を落として、寝やすいようにと思って枕を礼ちゃんのほうに寄せるが、そちらは押し除けられた。
「…………」
「はいはい」
礼ちゃんが頭を上げたので、ベッドと頭の隙間に差し入れるように右腕を滑り込ませる。礼ちゃんの髪を腕で巻き込んでしまわないようにするのに苦労した。
邪魔者扱いされた枕は僕が使わせてもらおう。
「おにいちゃん……」
「どうしたの」
ごそごそと礼ちゃんが頭を動かし、二の腕付近、なんなら付け根あたりまで這い寄って頭を置くと、手を僕の背中に回してひっついた。
「ごめんね……ありがとね」
「……どういたしまして」
感謝すべきなのも、謝るべきなのも、僕のほうだというのに。
そんな気持ちを見破られないように、乱れてしまった礼ちゃんの髪を整えるように左手で頭を撫でる。
それからすぐ、礼ちゃんは寝息を立て始めた。精神的な疲労もあったことだろうし、泣き疲れてもいたのだろう。
泣き腫らした目元から続く涙の跡を手で拭う。せめて夢の中でだけは、心配事から解放されてほしい。そう切に願うしか僕にはできない。
妹ちゃんは感情表現が豊かでかわいいなぁ(白目)
めずらしく次もお兄ちゃん視点です。
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