サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。   作:にいるあらと

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まさしく人外(悪魔)じみている。

 

 時には敵パーティを壊滅させ、時には近くを通る敵パーティをスルーして、恩徳さん率いるパーティは終盤まで順調に勝ち残った。

 

 だが、とうとうパーティメンバーから犠牲者が出てしまう。

 

 安全地帯内の有利ポジション確保の競り合いの中、ここまで最前線で活躍していた少年少女さんが集中砲火を浴びて健闘虚しく落とされてしまったのだ。結果的に敵パーティは殲滅できて有利なポジションをもぎ取れたものの、優秀な前衛を欠いてしまうという厳しい状況となった。

 

『ごめんなさいー! カバー間に合わなかったー……』

 

『しょうがないよ、相手が強かった。チームワークも良かったからね。〈ごめんなさい。前出すぎました〉……いえ、あの状況で時間をかけすぎると南東に見えていたパーティに挟まれていた可能性もありますから、無理をしてでも前に詰めるという判断は間違ってませんよ。お互い最善を尽くした結果だから、反省はこれでお終いね』

 

『うん……少年少女さんのぶんまで私がんばるよ』

 

『頑張って。あ、少年少女さんも〈レイラさんがんばって〉って応援してくれてるよ』

 

『よっし! 気合い入った!』

 

『リバイブクロスが落ちてれば一番よかったんだけど、倒した敵も持ってなかったからね……。この安地内にチャーチはないし』

 

『ないものは仕方ないよ。でも少年少女さん、絶対一位まで連れていくからね!』

 

 そう意気軒昂に声を上げながら、レイちゃんは少年少女さんの棺桶から認識票を拾い、恩徳さんのそばへと駆け寄っていく。

 

 一区切りついてから、あーちゃんがわたしに目を向けた。

 

「一度倒されても生き返らせることができるの? 仁義君の口振りだと、そういうアイテムがあるような印象だったけれど」

 

「まずリバイブチャーチっていう、死んだ仲間を復活させられるポイントがマップにいくつかあってね。それの携帯式みたいなもので、リバイブクロスっていう蘇生アイテムがあるんだよ。すっごい時間かかるし遮蔽物の近くでは使えないし、使った時のエフェクトが派手だから敵を呼びやすくて危ないんだけど、キルされた味方を復活させられるから使えれば人数差の不利は返せるね」

 

「なるほどね。そのアイテムを持ってなかった、ってことなのね」

 

「そうだね。弾薬とか回復アイテムと違って、数が少ないんだよ、そのアイテム」

 

『あのパーティだ。絶対に(はじ)くよ。こっちに来させないようにしよう。彼らには東に回るルートに行ってもらう』

 

『弾く了解』

 

 わたしがあーちゃんに説明している間に、恩徳さんたちはさっきも話に出していた南東から寄ってくるパーティを牽制していた。まだ三人全員が生存しているパーティだったけれど、地理的優位と二人のエイムの良さで人数差を覆す。

 

 数度ほど銃弾のやり取りが行われたが、ダメージトレードがあまりにも悲惨なことになったからか、その敵パーティは離れていった。

 

「ダメトレ圧勝してる……。なんであんなにスウィングワンがあたるの……。わたしの知ってるスウィングワンと性能が違う……」

 

「ダメトレ?」

 

「あ、ごめん。ダメージトレードの略で、撃ち合って与えたダメージと受けたダメージがどっちが大きいか、みたいなこと」

 

「……ああ、そういうこと。そのダメージトレードで勝っていれば相手に攻め入る、負けていれば後退する……そういう攻めるか退くかの判断材料になるということね」

 

「……頭の回転数がわたしと違うのかな?」

 

 わたしがダメージトレードの重要性に気づいたのはつい最近なのだけど、あーちゃんはすぐにその価値に気づいたようだ。わたしとあーちゃんでは情報と情報を結びつける能力に開きがある模様。

 

『思うんだけど、あのパーティ、今から安地向かって間に合うのかな?』

 

『安地の東、廃工場は確実に一パーティ入ってるから難しいかな。かといって北東の無人住宅地には、回復アイテムの量にもよるけど十中八九間に合わないね。間に合っても回復かなり使って無理矢理延命しながら入ることになるから、そこからの戦闘がだいぶ苦しいよ』

 

『わあ……ご愁傷様だ』

 

『これもバトルロイヤルの常だと思って、今回はお勉強してもらおう。僕たちだってここは譲れないからね』

 

 そう言いながら、恩徳さんは安地の外に向けていた目を内側に向ける。

 

 彼が立つ見張り台と呼ばれる場所は安全地帯内でも高度があり、周囲を見渡すことができて他のパーティの動きを察知しやすい、良いポジションだ。だからこそ、少年少女さんが倒されてしまうほどにこの場所の奪い合いが苛烈になったのだ。

 

「たしか安全地帯を示すラインの外側だとダメージを負うのよね。見ていた限りだとそこまで大きなダメージではなかったように思うけれど……」

 

「前半の収縮だと安地外で受けるダメージはそこまで痛くないんだけど、終盤になるにつれてダメージが重くなっていくんだよ。今の安地外ダメージは常に回復使ってても相当苦しいね」

 

「なるほど……。見ていて思ったのだけれど、今仁義君たちがいるエリアは自由に入れない場所なのかしら? 入口が限られているような言い方に感じたわ」

 

「そうなんだよ。今回安全地帯になった一帯は工廠跡地って呼ばれてるとこなんだけど、このエリアは岩山に囲まれてて通れる道が限られてるの。恩徳さんたちがいる南南西の見張り台、北西にある高台、東の道から入れて中央近くまで伸びてる廃工場、北から北東にかけて広がってる無人住宅地、この四方向だけ。そのせいでバトルが起こりやすくなってる。安地に近かったパーティは先に入ってればいいけど、安地から遠かったパーティはどうしたって後入りすることになるから、そのせいで移動が被って戦闘になりやすいんだよね」

 

 この安全地帯だとマップの北や東に降下したパーティに有利すぎるようにも思えるけど、地の利は工廠跡地の南や西にある。安全地帯内に入ることができれば優位に立ちやすいので、その辺りのバランスは取れているのかもしれない。

 

 仮に安全地帯内に先入りして見張り台や高台を確保しようとしても、後から続々と押し寄せるパーティと連戦することになるので、先に入って押さえるにしたって厳しいポジションなのだ。恩徳さんが苦戦を強いられても力づくで奪いにいったのは、それだけ有利になるからだ。

 

『あ、キルログ流れたね。さっき僕らが弾いたパーティが、東を固めてたパーティに潰されちゃったのかな』

 

『住宅地までは持たないって考えたのは正解だったけどね』

 

『そうだね。ただ外から入ってくるパーティと廃工場側のパーティとの撃ち合いだと、外から入る方が圧倒的に不利なんだよね。道はほとんど平坦で遮蔽物も多くないし、なにより入口が一つしかないせいで侵入しようとしてもすぐ見つかっちゃう。対して廃工場側は工場の二階や屋上に登って高所の有利を取れるし、入り口を覆うように三方向に分かれて待っていれば射線も複数通せる。同じ力量だと仮定すると、外から入るのは無理筋だよ』

 

『おー、勉強になる。それじゃこういう場合、どう動いていれば生き残れたの?』

 

『安地が遠ければ、もういっそのこと最低限だけ物資を漁って、その分移動を早くして先に安地に入っておくのがイレギュラーが少ないかな。それ以外で言うと……そうだね。僕たちが見張り台を取った時の戦闘で、もう少しさっきのパーティの攻める判断が早ければ、僕たちが戦っているところに間に合ってたでしょ? 戦闘終了間際の時に、回復する暇もないくらい早く漁夫に来られていたら勝敗はどうなっていたかわからなかった。分水嶺はあそこだったね』

 

『あー……攻める判断かー……。パーティ全滅のリスクを背負ってる時の判断って難しいよね。責任が重いもん』

 

『それはあるけどね。でも攻めに向かうポジションが有利なポジションだったことと、収縮の時間的に他のポジションはすでに確保されているだろうことを考えると、攻める判断はギャンブルでも自暴自棄でもなんでもない真っ当な戦略。それで負けたとしてもオーダーが責められる謂れはないよ』

 

『でも野良で組んでると責められるよ。みんながみんな、少年少女さんみたいに理解と良識があるわけじゃないもん』

 

『それはそう』

 

 そんなFPSのダークサイドを語るような兄妹の話に、少年少女さんは〈勉強になります〉とチャットを打っていた。この少年少女さんは特にいい部類のプレイヤーだけど、こんなにいい人ばかりではないのだ。

 

『そうだ! この前だってさあ! 私がっ』

『さ、気を取り直してここから頑張っていこうね! まだまだ油断できないからね、礼ちゃんの格好いいところ見せてほしいなあ!』

 

 何か嫌な記憶を思い出したらしいレイちゃんの口がスピンアップを終える前に、恩徳さんが言葉を被せた。不機嫌さを滲ませたレイちゃんの言い方で、ここから機関銃のように愚痴が飛び出すと予感したのだろう。さすがは長年レイちゃんのお兄ちゃんをしているだけある。

 

『うんっ!』

 

 声だけでレイちゃんは満面の笑みを浮かべているのだろうなと想像がつくくらいに、レイちゃんは朗らかに可愛らしく返事をした。恩徳さんと一緒にいるレイちゃんはどこか言動が幼くて、一々心をくすぐられる。なんなんだろう、この感情は。もしかしてこれが母性か。

 

「いいわね……」

 

「…………」

 

 ぼそりとあーちゃんが呟いた。そのあまりにも本気過ぎるトーンに、若干引く。

 

「……違うわ。違うわよ? さっきのは……礼愛さんと仁義君の絡みに尊さを感じた『いいわね』だったのよ」

 

「絶対違うよ。レイちゃんへの羨ましさと妬ましさが滲んだ『いいわね……』だったよ。声がじっとりしてた」

 

「いや、声がじっとりしてたはもはや悪口でしょう」

 

「あーちゃんが怪しい気配を出すのが悪いんだよ」

 

『お兄ちゃん、ここからどうするの?』

 

『安地収縮が迫ってくるまではこちらからは動かなくていいよ。こっちに上がってこようとしてくるパーティがあれば弾くくらいだね』

 

『他で潰し合ってくれるのを待つってこと?』

 

『そういうこと。徒にヘイトを稼ぐ理由もないしね』

 

『つまんなーい。退屈だよー』

 

『そう言われても……うーん、どうしようかな』

 

『ん? 戦っても大丈夫なとこがあるの?!』

 

『まあ、あと少し待ってくれたら、かな。さっき安地中央から寄ってきたパーティを弾いたけど、そのパーティは安地中央の集荷場に戻ったよね。きっとあのパーティは集荷場にいると次の収縮のタイミングで複数のパーティに囲まれて潰されるって考えてる』

 

『まあ、これだけパーティ残ってて中央にいたいとは思わないよね。集荷場は遮蔽物はあるけど、高さで負けてるから集まってこられたら真っ先に潰されちゃうだろうし』

 

『そう。勝ち残るために高所を取ってうまく立ち回りたいけど、僕たちの見張り台は取れそうにない。だから今度は北西の高台を狙いに行った。でも高台だってそう簡単には取れない。おそらく高台のパーティは一人だけになってるけど、投げ物次第で耐えることはできる。きっとすぐには奪えない』

 

『どうして高台のパーティは一人だってわかるの?』

 

『残り六パーティで生存者の人数が十五人。そのうち僕たちのパーティは二人だから、僕たちを除くと残り五パーティで人数は十三人になるよね。中央の集荷場のパーティは三人いることを目視できた。東の廃工場のパーティは、外から入ってきた三人生存のパーティを問題なく倒してる。人数差があったらいかに有利なポジションでももう少し苦戦するだろうし、おそらく三人だと仮定。北の住宅地は遠くてさすがに銃声の判別はできないけど、音は聞こえる。戦いが長引いてるから戦力は均衡してるんだろうなって考えられるよね。北の住宅地の二パーティがどっちも二人組って可能性もあるけど、その場合高台のパーティは三人ってことになる。でも三人残ってるにしては高台からの動きが少なすぎるんだよね。中央や北に牽制や嫌がらせできるのが強みなのに、そんな素振りがまったくない。ヘイトを買いたくないんだ。三人生き残ってるんだとしたら、どれだけヘイトを買ってもポジションの強みもあって踏み潰せる。ならヘイトを買いたくないのはなぜか、ポジションの強みで取り返せないくらいの弱みがあるから。そう推測したら、高台は一人なんだろうなって』

 

『ふふっ、くふふっ』

 

『え、なに? 間違ってる? おかしかったかな?』

 

『ふははー! どうだー! お兄ちゃんはすごいだろー!』

 

『な、なにがなんだか……残りのパーティ数と人数を計算しただけなんだけど……。えっと、続けていい? 中央のパーティは高台を狙いに行くはずだけど、僕たちと戦って消耗した中央のパーティは高台をすぐには攻め切れないと思う。その間に安地の端にいた廃工場のパーティはリングの収縮前に、無駄に撃たれないように工場の中を通りながら中央に寄ってくる。だから僕らが戦うとしたら、中央に詰めようとしてる時の廃工場のパーティだね』

 

『それまでちょっと待つってことだね。了解!』

 

『なんだか急に元気に……まあいいか。元気なのはいいことだ』

 

 恩徳さんはゆったりとした口調でのほほんと構えているが、コメント欄はすごいことになっていた。

 

 これは別にFPSに限った話ではないのだけど、配信者にコメントで〈あの場面はああした方が良かった〉だとか〈ここではこうしないといけないでしょ〉みたいな、指示をするリスナーが現れることがある。こうした方がもっと良くなるよ、という善意で教えようとしているリスナーもいる一方、配信者のプレイの粗を探したりミスを指摘したいだけの底意地の悪いリスナーもいる。

 

 ふつうの配信者でもそういう指示を出してくるリスナーは一定数現れるのだから、恩徳さんの配信では悪意あるリスナーがたくさん現れるのではないか、そういうコメントを見て恩徳さんが配信をやりづらくなったり、傷ついたりすることもあるのではないかと私は内心不安だった。

 

 それがどうだ。今コメント欄は、恩徳さんのプレイングを賞賛する声が多数上がっている。そもそもここまでの立ち回りといい対面での撃ち合いといい、文句をつけられないレベルなのだ。非の打ち所も、火のつけ所もない。エイムがどうのと文句を言えば、ならお前はこれ以上の腕なのか、という一言で黙らされることになる。負け犬の遠吠えのように〈チートだろ〉みたいな的外れなコメントを打つ以外にできない。

 

 おそらく、恩徳さんの配信を荒らそうとしている人はFPSに触れたことがないのか、もしくはこれまでちゃんとFPS配信を見たことがないのだろう。見当違いも甚だしいコメントが散見されている。対人戦の駆け引きというものを知らない人だ。

 

 Noble bullet(貴弾)を実際にプレイしたことのあるリスナー、あるいは他の配信者さんのところで視聴したことのあるリスナーには、Vtuberの枠を超えている恩徳さんの凄さが伝わっている。特に視野の広さと読みの深さが、まさしく人外(悪魔)じみている。

 

 エイムがとびっきりいいとかキャラコンがお化けみたいな人はまだいるけれど、まるで戦場を俯瞰しているような、盤上の掌握能力がここまで高い人をわたしは見たことがない。本当に悪魔なのではないかと思ってしまうほどに、プレイヤー(人間)の心理を見透かして、読み切っている。

 

 恩徳さんの言葉通りに敵パーティが移動し始めた時は総毛立った。どういう感情が起因して起こったのかは、自分でもわからない。『すごいな』と賞賛する気持ち以外の感情が、同時にあった。

 

『廃工場のパーティは、見張り台に敵がいるという前提で動いてるね。南側の窓に近づかないようにして極力射線が通らないようにしてる。えらいね』

 

『どうする? このままだと中央の集荷場と廃工場の人たちぶつかるよね? 撃ち合い始まってから行く? たぶんあのパーティ、移動中は警戒してるよ』

 

『……いいや、やるなら撃ち合いが始まる前だよ。タイミングよく漁夫に入れるかわからないし、たとえ一人だとしても高台のプレイヤーが気がかりだ。なにより集荷場のパーティは最後のほうまでずっとあそこにいてほしいんだよね。だから集荷場のパーティは放置する。それで廃工場のパーティだけど、既に見張り台に敵が入ってることを前提に動いてて、戦い始めたら漁夫に来られる可能性を考慮して背後を警戒するはず。僕らが動くのは、廃工場のパーティが見張り台よりも中央の集荷場に近づいた時。廃工場のパーティの人たちに「やっぱり見張り台のパーティは次の収縮まで大人しくしているのかな」って思わせて中央の集荷場の敵を意識し始めるくらいの位置で奇襲する。ただ、時間をかけ過ぎると僕らと廃工場のパーティが戦っている時に集荷場のパーティが漁夫に来ちゃうから、短時間で攻め落とさなきゃいけない。人数不利もあるし廃工場は遮蔽物が多くて射線を通しにくいから、僕は廃工場の屋根上から向かうよ』

 

『屋根上? 前にやった時、屋根上は見つかりやすくて危ないって言ってなかった?』

 

『うん、とっても目立ちやすい。屋根上は体隠す所も少ないし、屋根の傾斜で射線切るのも限界があるし、フォーカスされたら屋根を降りる前にダウンしかねない。だけど今回は大丈夫。高台のパーティは一人しかいなくて、中央の集荷場のパーティを弾くので手一杯。無人住宅地の二パーティは戦闘が泥沼化してる。こっちを警戒する余裕のあるパーティはいない。他のパーティがどういう状況になってるか予想しておくと取れる選択肢が増えるから、ふだんから考えておくのが大事だよ、礼ちゃん』

 

『お兄ちゃんくらいいつも考えてたら一マッチだけで私の脳みそ沸騰しちゃうよ』

 

『ゆっくりでいいよ。いずれ慣れるから』

 

『……お兄ちゃんは慣れるくらい長時間このゲームやってないよね? 私と一緒にやる時以外で貴弾つけてるとこ見たことないけど』

 

『続き話すね! 廃工場の天井の窓は開いてるところがあるから、僕はそこから投げ物使って攻める。廃工場の内部は障害物がたくさんあって射線も切りやすいけど、その障害物のせいで咄嗟に移動しにくいんだよね。投げ物が刺さりやすいから、まず礼ちゃんが後ろから撃って、敵が遮蔽に身を隠したところを僕が投げ物と不意打ちでどうにか一人落とす。最速で二対二の構図を作って、相手が態勢を整える前に攻め崩そう』

 

『了解! ……今から向かって廃工場の屋根上で待ち構えるのって、間に合う? 屋根上に上がる階段があるところ、見張り台からは遠いよ?』

 

『倒れてるフォークリフトから積み重なってるパレットに飛び移って、街路灯のポールを蹴って室外機みたいなのに乗って、屋根の端っこの雨樋(あまどい)目がけてジャンプすればぎりぎりで登れるよ』

 

『キャラコン試されるなあ……そんなとこから上がれるなんて知らなかったよ』

 

『位置ついた?』

 

『速いって……ちょっと待って。……うん、到着!』

 

 レイちゃんにどのルートを通るのか話しながら、恩徳さんはとんでもないキャラコンを披露して屋根上に上がっていた。コメント欄にも〈初めて知った〉とか〈キャラコンえっぐ〉などの文字が踊る。リスナーにも驚愕のスキルだった様だ。

 

「キャラコンというのは何の略なのかしら」

 

「キャラクターコントロールだね。キャラクターを正確に動かす能力、みたいな捉え方でいいよ」

 

「それが上手じゃないと仁義君みたいな動きはできない、ということなのね」

 

「ついでに言うとマップの理解度も必要だね。キャラコンだけあっても、さっきみたいに構造物の配置を知らなかったら、いくら上手くても意味ないわけだし」

 

 キャラコンも巧みでマップも知悉している。そのおかげで奇襲へのルートを開けているのだから、とても役に立っている。それはわかる。

 

 けれど不思議なのが、これだけのキャラコンを持っていながら戦闘中にはあまり顔を出さないことだ。まるで自分の体のように自由に操れるのなら、撃ち合っている時もキャラコンで敵を翻弄しそうなものなのに、これまで戦いの中ではほとんど見ていない。

 

 ただ、もっと不思議なことがある。キャラコンで異次元の動きをしなくても、奇怪なことに恩徳さんの被弾は少ないのだ。他の人と同じようにキャラクターを左右に動かしながら撃っていても、なぜか恩徳さんは当たる数が少ない。何がどう違うのか、へっぽこのわたしには見破れないけれど、なぜか躱すのだ。

 

 キャラコンで相手のエイムを乱す必要がないから戦闘中に使わないだけなのか。

 

 真相は本人に聞かなければわからないだろう。

 

『もう少し、もう少し進ませて……今』

 

『おりゃー! 後ろのコート剥いだ! 肉ダメ入ってる!』

 

『ナイス。今は生き残ること優先で』

 

『きゃーっ、反撃すっごい!』

 

 恩徳さんは廃工場の天井についている換気用みたいな窓から中の様子を確認していた。

 

 縦に並ぶように移動していた敵パーティの最後尾のプレイヤーをレイちゃんが撃ったところも、仲間が撃たれたことに気づいた他のパーティメンバーが振り返ってレイちゃんに反撃するシーンも、恩徳さんはしっかり画角に収めている。もう少しレイちゃんが引っ込むのが遅れていたら、かなり体力を持ってかれていただろう。そのくらい激しい反撃だった。

 

『……うん、動きいいね。よく知ってるみたいだ。でも、だからこそわかりやすいよね。グレぽいして、ついでに火グレもぽいして……』

 

 そんな様子を上から眺めながら、恩徳さんは緩い掛け声とともにグレネードを投げた。続けてもう一個、違う方向へ通称火グレと呼ばれている焼夷手榴弾を投げた。

 

 レイちゃんを牽制で撃ちながら、敵パーティはすぐに遮蔽物に隠れた。パーティメンバーが回復する時間を稼ぐように、残った二人のどちらかは必ず牽制しているところを見るに、中々に熟練したパーティなのだろう。連携が取れている。

 

 ただ、残念なことに、上にいた悪魔に気が付かなかった。

 

 レイちゃんがいる方向に銃を構えたまま入った遮蔽のすぐそばには『おいでませ』と言わんばかりにグレネードがお出迎えしてくれている。そのプレイヤーはレイちゃんに集中しすぎたのか足元のグレネードに気付くことなく近づき、そして爆発した。

 

『一人瀕死、もう一人火グレ入ってる。礼ちゃんはさっきダメージ入れた敵落として。ここにいる』

 

『了解』

 

 恩徳さんは上からピストルで撃ち下ろして、グレネードで体力のほとんどを吹っ飛ばした敵にとどめを刺した。

 

 レイちゃんは恩徳さんがシグナルで示してくれた場所へすぐに移動して、回復中だった敵に追加で弾丸をお見舞いする。回復し終わる前に間に合ったようで、レイちゃんもダウンを取った。

 

 二対三の戦いが、あっという間に二対一になった。その残った一人も、恩徳さんが放った焼夷手榴弾を浴びてダメージを受けている。しかも焼夷手榴弾は爆発すると一定範囲内に持続ダメージを与える火がしばらく残るため、敵は元いた遮蔽に隠れることもできない。

 

 残された敵はやぶれかぶれのように走り出し、天井の窓にいる恩徳さんにサブマシンガンを向けた。

 

 恩徳さんは銃口を向けられる一瞬前に、窓枠を蹴って廃工場の中へと飛び降りた。すぐそばに弾丸が通る音を感じながら、握っていたピストルを少年少女さんから託されたショットガンに持ち替え、相手の頭を狙い撃つ。

 

 相手に狙われて咄嗟に飛び降りたはずなのに、恩徳さんはちゃんとレイちゃんの射線を遮ることないように逆側に降りていた。

 

『がら空きー!』

 

 ヘイトが恩徳さんに向いている以上、レイちゃんはフリーで動ける。落ち着いてエイムを合わせてしっかり頭を撃ち抜いた。

 

 焼夷手榴弾、恩徳さんの至近距離ショットガン、レイちゃんのヘッドショットアサルトライフルと立て続けにダメージを加えられ、敵は満足な反撃もできぬままに地に伏せる結果となった。

 

『おー! 勝利!』

 

『ナイス。礼ちゃんの最初の不意打ちで本体ダメージまで入れられたのが大きかったね。おかげで反撃を少なくできたよ』

 

『お兄ちゃんのオーダーのおかげだよ! 少年少女さんも〈めちゃナイス〉って言ってくれてるよ。少年少女さんありがとー!』

 

『ふふっ、うん。少年少女さんから引き継いだこのショットガンで僕もめちゃ頑張りますね』

 

 相手のパーティもこの終盤まで生き抜いてきていて連携も取れていた。カバーの意識も持っていた。決して弱くはないパーティだった。だというのに、恩徳さんの前言通りの展開で人数不利の戦いを難なく覆してしまった。

 

 驚愕すべきオーダーだ。

 

 おそらく彼は、未来はさすがに見えないのかもしれないけれど、人の頭の中は確実に見えている。そうとしか思えない読みの精度だ。

 

 口を半開きにして呆けているわたしの肩を、あーちゃんが揺らした。

 

「雫、仁義君に見惚れているところ悪いのだけれどちょっといいかしら」

 

「う、うん。大丈夫。見惚れてはないけど」

 

 見惚れると言うよりは、愕然という表現のほうが今のわたしの心境を表せている。

 

「戦闘の真っ只中だったものだからさすがに質問は控えていたのだけど、礼愛さんが報告していたコート? を剥いだとかというのは、どういう意味だったのかしら」

 

「あ、そっか。その説明はこれまでしてなかったっけ。ほら、画面の端に恩徳さんのキャラクターのヒットポイントバーが出てるよね。そのバーのちょっと上に、もう一本バーがあるでしょ? これのことをエナジーコートポイント、通称でコートとかって呼ぶんだよ」

 

「あら、最初からあったのね」

 

「画面の端っこだし、小さいしわかりにくいからね。このコートの役割なんだけど、これはキャラクターのダメージを肩代わりするものっていう認識でいいよ。外部装甲みたいなもので、ダメージを受けると、まずこのコートの耐久値から減ってくの。コートのポイントバーがゼロになったらようやくキャラクターのヒットポイントが減ってくんだよ」

 

「……つまり、さっきの礼愛さんの『コートを剥いだ』という報告は、肩代わりする装備の耐久値をゼロにした、という意味だったのね。『肉ダメが入っている』というのはキャラクター本体のヒットポイントを減らしている、という報告だったのかしら」

 

「そういうこと。味方のヒットポイントは見えるけど、味方がどの敵にどれだけダメージを与えたかっていうのは見えないからね。攻撃を集中させる時にも、攻めるか引くかの判断をする時にも、どの敵がどれほどヒットポイントを減らしているかっていう報告は大事なんだよ」

 

 配信者が話している内容がよくわからなかったら視聴していても百パーセントで楽しめないからね。心置きなく楽しむためにも、疑問に感じた点はなんでも満足できるまで質問してほしい。

 

 まあ、生徒が賢すぎてわたしのほうが不満まであるけど。もっとわたしの口から説明させてほしい。

 

『お兄ちゃん、どうする? このまま集荷場攻めちゃう?』

 

『ちょっと待ってね。…………一旦離れようか』

 

『どうして? 集荷場のパーティも高台のとこと結構撃ち合いしてるし、消耗してるんじゃない?』

 

『消耗はしてると思う。回復も底が見えていると思う。ただ、北の住宅地の戦いにとうとう決着がついたみたいなんだよね』

 

『え、そうなの? ……そういえば音が聞こえないような?』

 

『さっきのパーティとの戦いが終わる直前くらいから北の銃声が鳴り止んでるんだ。僕たちのキルログで流れちゃって確認が難しかったけど終わったみたい。今頃は収縮に備えてできる限りの準備をしてるだろうね』

 

『戦闘中に北の銃声にも意識傾けてたの? お兄ちゃん、マルチタスクすぎない? もしかして脳みそいっぱい持ってる?』

 

『とうとうばれちゃったか。そうだよ、右と左で二つ持ってるんだ』

 

『ふぐっ、それ、うのふふっ、左脳っ、んふふっ……あー、そっかー、だからかあ。ふふっ、くふふ』

 

 日常会話と変わらないトーンでボケる恩徳さんに、堪らずレイちゃんは吹き出していた。笑うのを我慢しようとしているが、ぜんぜん口からこぼれ出ている。

 

 そのレイちゃんの奇妙な笑い方は妙に釣られてしまう。配信を観るリスナーもコメントで草を生やしていた。

 

『収縮は中央付近から北東か東寄りに予想してたけど、中央寄りの東になった。こうなると……』

 

『うん、うん……くふふっ』

 

『大丈夫? 話聞けてる?』

 

『うん、ごめんっ、にゅふっ……んんっ。だいじょぶ。続けて』

 

『聞けてるなら続けるね。この方角に収縮となると北の住宅地はすぐに移動しないと辛くなる。高台は一人ってこともあるし距離的にも間に合う範囲だから、ヘイトを稼がないようにしながらぎりぎりまで上で粘るはず。そうなれば、高台の一人は今すぐに脅威にはならないから一度頭から外していい。となると、残り三パーティで最終円ってことになるね』

 

『あ! 先に手を出したらだめなやつだ!』

 

『偉い。そうだね。先に手を出したら、結局残った一パーティに挟まれることになる』

 

『でもそれは他のパーティもわかってるはずだよね? どうするの?』

 

『僕たちは遠距離から牽制して、北から入ろうとしてくるパーティの足を鈍らせることに徹する。僕らに近づこうとしたら牽制して、集荷場に向かう時は牽制を弱める。リングの収縮がすぐ背後に迫ってきていたら、無人住宅地のパーティは誘導されているとわかっていても集荷場に回り込むしかない。そうしないとその時点で全滅するからね』

 

『そして集荷場のパーティと住宅地から来たパーティを戦わせるんだね!』

 

『その通り。有利な位置にいるんだから、その利点は最大限に行使しなくちゃ』

 

『お兄ちゃんはこういう時はすんごく性格悪くなるよね』

 

『相手が嫌がるところを徹底的に突いて、自分の土俵に引き摺り込んでいくのがFPSっていうゲームだからね。こればっかりは仕方ないね』

 

『うんうん、しかたないねー』

 

『方針も決まったし、位置につこうか。それじゃあ僕は廃工場の屋根上から、礼ちゃんは岩や自動車を遮蔽に使って少し前に出てね。状況に応じて投げ物使っちゃってもいいからね。余裕あるし』

 

『はーい』

 

『ここから正念場だよ、気合い入れていこう。せっかくうまくいってるんだ、どうせなら本当に一位取っちゃおう』

 

 不安さなんて微塵もない。かといって、自分たちの力に驕りがあるわけでもない。ただ、集中して取り組めば問題なく勝てると確信しているような、気負った様子のかけらもない威風堂々泰然自若とした恩徳さんだった。

 


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