サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。   作:にいるあらと

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〈トト◯いるもん……〉

『ここから正念場だよ、気合い入れていこう。せっかくうまくいってるんだ、どうせなら本当に一位取っちゃおう』

 

『おー! 少年少女さん、もう少し待っててね! 一位持って帰るよ!』

 

『〈足引っ張って申し訳ないです。がんばって!〉……足引っ張るだなんてとんでもないです。見張り台を取れたのは少年少女さんが前線で活躍して圧をかけてくれたおかげなんですから。一位取って、その恩を返します』

 

 この最終局面、戦線離脱した戦友への熱いメッセージで、リスナーも盛り上がっている。配信を荒らすようなコメントは、テンションの上がったリスナーの激励のコメントで洗い流されていった。

 

「っ……」

 

 あーちゃんの顔を盗み見れば、コメント欄など意に介さずに、息を呑みながら恩徳さんとレイちゃんの戦いを見守っている。

 

 夢中になって楽しんでいる。あーちゃんも、リスナーも、レイちゃんも。そして、恩徳さんも。

 

「……がんばれ」

 

 今はこれだけ燃えるシチュエーションを積み重ねてようやく普通の配信になるくらいの環境だ。

 

 でも、いずれ。今抱えている問題が片づけば、こんなふうに盛り上がる配信が普通になる。今はつらくても、恩徳さんがいつも楽しく配信できる環境が普通になる。

 

 その時まで、どうか頑張って耐えてほしい。

 

 わたしたちも頑張るから。

 

『……来た。ここは絶対に寄らせないよ。何がなんでも弾いて集荷場にぶつける』

 

『了解。……集荷場のパーティはこっちに来ないかな?』

 

『集荷場のパーティは北西の高台、すぐそばまで来てる北の無人住宅地、そして僕たちがいる東の廃工場と三つに囲まれてる。収縮も考慮して東に移動したほうが合理的だとはわかっていても、心理的に迂闊には動けない。特にずっとちょっかいをかけてた北西の高台に背を向けて移動するのは抵抗が大きい。遮蔽物から体を出せば、自分たちがやったように高台のパーティから撃たれるんじゃないか、という恐れが生じる。背中を撃たれるくらいなら、収縮のリングで押し出されてきた高台のパーティを待ち構えて倒してやろう、そう考える。大胆な決断の際に動きが鈍るあのパーティなら、判断に迷った場合のアクションはおそらく「様子を見る」になる。すぐには動いてこない。無人住宅地から来るパーティに集中していい』

 

『はあー……かっこいい』

 

『…………なんだか恥ずかしくなるから、急にそんなこと言うのやめてね? エイムぶれちゃうって』

 

 無意識に口走ったようなレイちゃんの呟きに、わたしは首が取れるくらい頷きたかった。あーちゃんが隣にいるので控えざるを得なかったけれど。

 

 恩徳さんはレイちゃんと話す時、とても柔らかい口調になる。普段の口調に棘があったり険があるわけではないのだけれど、事務所のスタッフと話す時とは比べ物にならないくらいに穏やかで優しくなる。それだけレイちゃんが特別な存在なのだろう。

 

 でも、さしもの恩徳さんといえども戦闘中など他のことに集中力を割かなければいけない時は言葉遣いまで気を遣ってはいられないようだ。普段よりもほんの少しだけ喋り方が荒っぽくなっている。戦闘中にそれだけたくさん喋れるだけでもすごいけれど。

 

 その若干荒っぽい状態の恩徳さんのことも、レイちゃんは大好きなようだ。ちょっぴりM気質というか、DV彼氏に嵌まりそうで心配というか、わたしとしては複雑な心境。

 

『よし、集荷場に流せたかな。レイちゃん、回復や弾薬は大丈夫?』

 

『だいじょー……あっ、回復少ないかも』

 

『渡しとくよ。少し時間が空くはずだから、準備を整えておこう』

 

『うんっ! ありがと!』

 

 持っている銃を二丁ともリロードし、削られたコートも修復しながら、廃工場の一番高いところに立つ恩徳さんは西の方角に視点を固定する。そちらの方角に、生き残りのパーティ三つ、全てが収まっている。

 

 銃声は絶えず聞こえてきていた。集荷場にいたパーティと無人住宅地から来たパーティの戦闘が始まっているのだろう。

 

 廃工場の上からだと見晴らしがいいので高台の方まで見えていた。

 

 ちょうど高台にある小屋がリングの収縮に呑まれた頃だった。

 

『できれば高台にいた人も戦闘に巻き込まれたりしないかなって思ってたけど、そう都合よくはいかないみたいだね』

 

『そうなの?』

 

『うん。無人住宅地のパーティが詰めてきてから高台の人は一発も撃ってない。ずっと息を潜めてた。集荷場近辺で戦っても得る物が少ないってわかってるんだ。リングの収縮に合わせて高台から移動して、二つのパーティが戦ってる隙に後ろをすり抜けてこっちに来るかもしれない』

 

『でも一人なら問題ないよね? 相手が三人なら真っ正面からの撃ち合いは分が悪いけど、一人だけなら私たちのほうが有利だし』

 

『高台にいた人はとても上手な人だよ。高台の小屋の周りに棺桶が落ちてて物資に余裕があったのかもしれないけど、それでも三人パーティの攻めを一人で耐え切った。高台を攻める時に使える遮蔽の位置をよく知ってるから、それを使わせないように上手く立ち回ったんだ。今だって、二つのパーティが争うのをぎりぎりまで粘って、撃てるチャンスがあるのに我慢して、間隙を縫うように移動している。生き残ろうとしているんじゃない、たとえ一人になったとしてもこの戦場で勝ち残ろうとしてるんだ。そんな人が、短絡的に攻めに来るとは思えない』

 

『あ、それもそっか……。だとしたら……』

 

『自分に置き換えて考えてみて? 礼ちゃんなら、こういう時どうする? どうすれば一番、勝ちの目があると思う?』

 

『私なら……人数の不利はよほどうまく奇襲しないと覆せないって教わったから、策もなくぶつかるのは現実的じゃないでしょ? だから……そうだ! 今戦ってる二つのパーティのうちの生き残ったほうをぶつける!』

 

『そうだね。それが一番勝算を見込めるね。でもリングは収縮し続けている。ぶつけさせて人数が減るまで生き残り続けるには、どうすればいい?』

 

『終盤の収縮は安地外ダメージが痛すぎるから回復を使っての耐久は間に合わない……。なら、私ならできるだけ安地の中央に寄ってハイドする、かな』

 

『うん、僕もそうする。そしてこのゲームへの理解が深いと推測できる高台の人なら、僕たちと同じように考えると思う。見つからないように移動できて、かつこの安地で中央に近いハイドスポットとなると……あの岩裏が一番適してる。あの岩の向こう側は緩やかな傾斜になってて、屈んで動けばリングにちょくちょく焼かれることにはなるけど、僕たちから視線が通ることはないからね。集荷場の戦闘で生き残ったパーティが僕たちのところに来る時のルートにも重ならない』

 

 レイちゃんの手を取って導くようにしながら結論まで辿り着かせた恩徳さんは、視界の端に見えていた岩にシグナルを打つ。

 

 彼の操るキャラクターがその手に握っているのは銃ではなく、グレネードだった。

 

『……つまり、あの裏に』

 

『グレを投げ込む。同時に山なりに投げるよ。遮蔽物を避けるように放物線を描いて、狙ったところに投げる。一緒に練習したもんね? 忘れないように自主練習もしてたんだよね?』

 

『うっ、ぁっ……し、したよ?』

 

『……なんだか怪しいなあ』

 

『ほ、ほんとにしたから! まさかこんな緊張感のある場面でやる羽目になるとは思わなかっただけで!』

 

『そっか。ならよかった。でも安心してね。失敗しても大丈夫だよ』

 

『ゆ、許してくれる? 失敗してもカバーしてくれる?』

 

『失敗したら、またみっちり練習に付き合ってあげる』

 

『ぜったいにはずせないっ!』

 

『いくよー。三、二、一、ぽい』

 

『おねがいっ……おねがいっ』

 

 果たして必死すぎる祈りが届いたのか、レイちゃんの投げたお祈りグレネードは恩徳さんの投げたそれとほぼ同一の軌道をなぞりながら、岩肌を撫でるようにその裏側へと吸い込まれる。その放物線は距離も高さもあったため、放られた二つのグレネードは岩影に到達するやすぐに爆発した。

 

 ここまで命辛々生き繋いだ岩陰にいたプレイヤーは、その飛来したグレネードに気づいたかどうか。気づけていたとしても、避難するだけの時間はなかっただろう。

 

 間近に降り注いだ二つのグレネードの餌食となり、木端微塵に散っていった。具体的にはキルログが流れていた。

 

『うん、綺麗に投げられた。たくさん練習したもんね? えらいよ礼ちゃん。努力の成果出せたね』

 

『っ……はあっ、よかったあ……』

 

 一体どれほど過酷な猛特訓があったというのか、レイちゃんは魂まで抜けそうなくらいに長く息を吐いた。

 

「本当にあの岩陰にいたのね……」

 

「…………っ」

 

 そこなのだ。

 

 グレネードの投擲の正確性やレイちゃんのリアクションに目が眩みがちになるけれど、そもそも岩陰に敵がいると推測したその読みこそが、一連のプレイの中で群を抜いておかしい。もういっそのことウォールハックでも積んどいてほしい。チートを使っていると言われた方がまだ気が楽だ。チートなしの人力でこんなことが可能だなんて、そんなことすんなり納得できない。

 

 この短時間でプレイヤーの力量を測り、思考を読み、立ち回りを推測し、一度として視認できてない敵を予測だけで撃破する。そんなことが、本当に人間に可能なのか。チートでないならバグである。

 

『よし、最後の仕上げだよ。気を引き締めていこう』

 

『ふう……。どっちが勝ったかな?』

 

『順当に行けば無人住宅地のパーティかな』

 

『集荷場のパーティは待ち構えていたはずだけど?』

 

『それでも無人住宅地のパーティのほうかな。集荷場のパーティは僕たちと高台の人と戦闘して回復も弾も消費してる。物資が心もとなくなってるだろうね。無人住宅地のパーティは遠くから牽制で軽くあたっただけだけど、エイムに正確性があったし、割に合わないと感じた時の決断も早かった。思い切りの良さは勢いに繋がるし、勢いの良さは士気に繋がる。あとは上がった士気にパーティメンバーの性格が噛み合えば、多少の不利を跳ね除けるだけの力になるよ』

 

『むむっ……』

 

『仮に無人住宅地のパーティが勝ってたとしたら、待ち構えていた敵を食い破って勢いに乗ってるはず。侮れないね』

 

『敵ばっかり褒めないで! じゃあどうするの!』

 

『勢いに乗ってるなら、その勢いをなくしてしまおう。幸いなことに、彼らと違って僕らは物資にゆとりがある。集荷場と廃工場なら僅かとはいえ僕らに高低差の利があるし、収縮リングは僕らより先に彼らを焼く。遮蔽物から体を出せば銃で、銃に怯んで遮蔽物に隠れれば投げ物で頭を押さえ込む。このまま勢いで攻めかかろうとする彼らの足を止められれば、彼らはじり貧だ。北の無人住宅地での戦闘が長引いたせいで物資が乏しくなってるはず。倒した集荷場のパーティも、回復や弾はほとんど残ってなかっただろうから補充もできない』

 

『……それをさあ……先に言ってよ。不安になった私がばかみたい……』

 

『ちゃんと自分でも考えてもらわないとね。周囲の環境を踏まえてどういうふうに立ち回るか。自分の持っている武器を把握した上で、相手の戦力を推測した上で、集められた情報すべてを考慮してどう動けば勝てるか。戦況は流動的なものなんだ。刻一刻と変化する趨勢を自分で見極めて、自分で判断しなくちゃ身につかない。こればっかりは言葉だけでは教えられないからね。大変だけど、学んでね。いつだって僕がいるわけじゃないんだから』

 

『……いつだってお兄ちゃんいるもん』

 

『急に可愛くならないで。僕の教育方針が揺らいじゃうでしょうが』

 

 へこんだような、落ち込んだような、いっそのこと泣き出してしまいそうな、さっきのダブルグレネードよりも破壊力のあるレイちゃんの声に、恩徳さんはダウンしかかっていた。それくらい妹属性の高い口撃だった。なんならわたしはもう確キルまで入っている。目の前にレイちゃんがいたら抱き締めるくらいにはやられてる。

 

 恩徳さんクラスの読みが習得できる類いのものなのかどうかはひとまず置いとくとして、技術を身につけてほしいという言い分はどちらかといえば恩徳さんのほうに理があったけれど、理性だけで人は構築されていない。コメント欄は〈レイラちゃん可哀想〉〈お嬢泣いちゃうよ〉〈お兄ちゃんひどい……〉〈スパルタすぎる〉〈DVお兄ちゃん〉などなど恩徳さんの味方につくコメントは見当たらなかった。リスナーの息が合いすぎている。眷属さんが多いのかもしれない。

 

『……ん? くふゅっ! ふふっ……』

 

『え、なに? 礼ちゃんどうしたの?』

 

『いや、少年少女さんが〈お兄ちゃんいるもん……トト◯いるもん……〉って……くっ、ふふっ』

 

『ふふっ……っ、や、やめて……っ、ラスト一パーティだからっ』

 

『ぶふっ……〈ほんとだもん! うそじゃないもん! うそじゃないもん……〉あははっ! あはっ! や、やめて……もうやめてっ、お腹痛いっ』

 

『っ、っ……エイムがっ……。今敵きたら負けちゃうってっ……ふふっ』

 

 ユーモアに富みすぎている少年少女さんのおかげでしんみりとした雰囲気は払拭されたが、威力が高すぎてまともに戦える状態ではなくなっている。戦場とは思えない空気感だ。あんなに張り詰めた雰囲気の中、ネタをぶっ込める少年少女さんの肝の太さに敬服する。

 

 恩徳さんのエイムがこれまで見たことないくらいぷるっぷるしている。目の前まで敵が近寄っても外しそうなぷるぷる具合だ。初心者でもこうはならない。

 

『あはっ、敵見えたよお兄ちゃん!』

 

『あはって、くっ……ふふっ。とりあえずもう撃ちまくっちゃって、投げ物投げよう! 時間稼いで!』

 

『くふっ、ふふっ』

 

『礼ちゃん! 敵いるから、来てるから!』

 

『だ、だって! 少年少女さんが! 〈敵いたもん! うそじゃないもん……〉って! 少年少女さんがっ!』

 

『あははっ! ちょっ、りてき……利敵行為ですよ少年少女さん!』

 

『あはあっ、グレがわけわかんないとこ飛んでった!』

 

『ちょっ、もう……っふ。だめだ、頭から離れないっ』

 

『んーっ?! なんかよくわかんないけどワンダウーン!』

 

『え、なんで?! まあいいや、詰めよう! 投げ物全部投げて詰めよう!』

 

『四十五カッ……おっけ、ツーダウーン!』

 

『え強っ、ナイスー! ARコート()い、いや肉入っ……あ、ダウン! ……あれー? はは、どうして勝てた?』

 

 投げ物を投げ終わり、ピーキーな性能のスウィングワンを構えながら距離を詰めに行った恩徳さんだったけれど、一発二発とヘッドショットして、アサルトライフルを構えていた最後の敵を倒した。適当に放っていた投げ物のいずれかがいい具合にエナジーコートを()ぎ取っていたのか、それとも一つ前の集荷場での戦闘で回復を使い切っていたのか。

 

 なにはともあれ全ての敵を打倒し、なんだかんだで宣言通り一位を手にした。一番最後も人数的には不利だったが、豊富に残っていたアイテムと高所有利でもぎ取った。

 

 一番最後の戦闘が、一番笑って、一番訳がわからなかった。これまでの知的で理路整然としたオーダーがなんだったのかというくらい、勢いと個人技で押し込んでいた。

 

 コメント欄もお祭り騒ぎだ。〈ナイスー!〉〈つよすぎー!〉とこれまでの健闘を讃えるものや、〈草〉〈www〉〈わけわからんw〉〈なんで勝てる?w〉と笑っているもの、〈わちゃわちゃ〉〈いちゃいちゃ〉〈わちゃわちゃ〉と恩徳さんとレイちゃんの仲の良さと騒がしさを強調したものなどで氾濫している。

 

 ちなみに少年少女さんはゲーム内のチャット欄に〈gg〉とだけ打っていた。おい、最後のわちゃわちゃの立役者。good game(gg)じゃないでしょ。いや、いい試合ではあったけど。

 

 恩徳さんは勢いがあるのは強い、と話していたけれど、それをいみじくも自分たちで証明してみせた。

 

 なるほど、たしかに侮れなかった。笑って手を震わせていたレイちゃんが明後日の方向へと大暴投した沼グレネードが、裏を取ろうと別行動していた敵の一人を的確に爆破するという神グレネードに変貌するのだから、勢いというやつはなんとも恐ろしい。

 

『あははっ、あーっ、お腹痛い……涙出てきた。あ、パーティ合計でキル数十七だ! 惜しかったね、あと一パーティで三分の一だったのに』

 

『ふう……あー、笑い疲れた。戦いよりも疲れたよ……。にしても、十七か。動きすぎたくらいだね。僕の予定ではもっと少なくするつもりだった。戦いたがる礼ちゃんの相手を探しに行った結果が、キル数に表れてるね』

 

『ある意味私のおかげってところがあるね。ポイントおいしい』

 

『なんとか公約通りに勝ててよかった。ひとまずはこれでマニフェスト達成だ』

 

『うん? なに言ってるの、お兄ちゃん。達成できたのはマニフェストの三分の一でしょ? あと二回あるんだから』

 

『……え? 冗談だよね? あの三回一位取るって本気だったの?』

 

『もう、お兄ちゃんってば勘違いしないでよ。恥ずかしいなあ』

 

『そうだよね、本気じゃないよね? あはは、てっきり本気なのかと……』

 

『三回じゃなくて三連続だよ』

 

『きりがいいので今日の配信はここで終わりたいと思います。今日は観に来ていただいて本当にありがとうございました。次回も来て頂けると嬉しいです。それでは』

 

『締めに入らないでよ! まだ始まったばっかりなんだから!』

 

『お兄ちゃんさすがに三連続は厳しいよ……。一戦目のマッチで一位取れたんだし、これで満足してよ……』

 

『うん! 幸先がいいね!』

 

『これはまずい……耐久配信になってしまう。さっきの一位も、いろいろ運の巡りがよかったおかげで取れたのに。マッチングの時点で強い味方にも恵まれたし……あ、そうだ。少年少女さん、まだ配信にいてくれてるのかな。もしいらっしゃったら、フレンド申請送らせてもらってもいいですか? 時間に余裕がありましたら、フルパーティでクラスマッチ行きませんか?』

 

『あ、それいい! 私もまた少年少女さんと行きたい!』

 

 恩徳さんたちはどうやら、少年少女さんとフレンドになって再び一緒にクラスマッチに行きたいらしい。

 

 リスナー参加型の配信などもVtuberではちょくちょくあるけれど、固定したリスナーと一緒にクラスマッチに赴くというのは、なかなか聞いたことがない。ワンマッチごとの拘束時間が長いこともあるし、貴弾だと三人で一組のパーティでやることになる。他のリスナー参加型の企画よりも、一人のリスナーが関わる割合が増えるからだ。

 

 なにより、参加してもらうリスナーへの信頼が重要になる。配信の進行を妨げない程度のゲームスキルと、雰囲気を読み取る感性、目立ちすぎずに一歩引く謙虚さ、それでいて盛り上げるユーモア、配信に載せるべきではない単語を言わない良識。長く画面に映ることを考えれば考えるほど、ハードルは高くなっていく。その点で言えば、少年少女さんは完璧だ。

 

 パーティのメンバーを固定するというのは、起こり得る問題を未然に防ぐこともできる。狙って恩徳さんたちのパーティの三人目の枠に入るのはかなり難しいだろうけど、パーティメンバーを固定していなければいずれ、荒らしが参加する可能性がある。そうなってしまったら、迷惑行為で満足にゲームができなくなってしまうおそれがある。

 

 できれば同じVtuberや、仲のいい配信者を呼べればそれが最善なのだろうけれど、厄介で迷惑な荒らしに目をつけられている以上、恩徳さんがレイちゃん以外とは絡むのは難しい。

 

 今日だけでも優良プレイヤーの少年少女さんが仲間にいてくれたらとても助かるだろう。強いしおもしろいし。

 

『いいか悪いかコメント欄ではわからないので、とりあえず申請送っておきますね。もし都合が悪いようでしたら申請を拒否してもらえればいいので……あ、承認された。やっぱり少年少女さん反応速度早いですね。ありがとうございます』

 

『わーい! また遊べるね、少年少女さん。次は三人で最後まで生き残ろうね』

 

『なんだか今回も一位取れよって催促されているように聞こえるのは、僕の被害妄想なのかな……。とりあえず、少年少女さんも準備ができたみたいなのでさっそく次のマッチ行きましょうか。また一位取れるよう、頑張ろうね』

 

『おー!』

 

 レイラ・エンヴィの口から出てるとは思えないほど陽気で愛らしい掛け声とともに、彼らは次の戦場へと向かった。

 

 

 

 *

 

 

 

『……さて、最後にきりよく一位取れたので、今日の配信はこのあたりで終わろうと思います。ご視聴と応援ありがとうございました』

 

『はい、皆さんもお分かりのことかと思いますが、公約達成ならずということでね。お兄ちゃんにはあとからなにか罰ゲームを受けてもらおうと思います』

 

『勝手に作られた公約を急に途方もなく過酷にしただけでは飽き足らず罰まで作ったの? あんまりじゃない? 罰なんてそもそも聞かされてなかったんだけど……いやなんなら公約も聞かされてはなかったんだけどね』

 

『課題未提出だったら先生に怒られるでしょ? なら、公約不達成でペナルティは当然でしょ。というわけで罰ゲームです。今日はもう入っちゃったから明日お風呂一緒に入ってね。頭洗ってほしい。ヘアケアもやってほしいなあ』

 

『それはだめ。お風呂はだめ。そこだけは譲れない』

 

『えーっ! うーん……それじゃ、今日の夜お兄ちゃんの腕は私の枕ってことで』

 

『んー……まあそれくらいならいいか……』

 

『っし。いやー、ポイント盛れたしご褒美もらえるし、いいことだらけだったね。今日の配信は』

 

『いつの間にか僕の罰が礼ちゃんのご褒美に変わってる……まあいいか。楽しく配信できたし、僕もよかったよ。少年少女さんも、今日はありがとうございました。たくさん助けてもらいました』

 

『少年少女さんありがとねー! また一緒にやろうねー!』

 

『僕のほうは明日同じ時間から配信を予定しています。よければまたお越しください。礼ちゃんのほうは、明日はオフで次は明後日だっけ?』

 

『うん。明後日に配信の予定だけ入れてるけど、なにやるかは決めてない。あ! 明後日はアイクリにしよ! アイランドクリエイト! 魔界創造計画の第二回だ! ね?』

 

『……ね? 「ね?」とは?』

 

『アイクリコラボ配信だね! ということで私は明後日、今日と同じ時間にアイクリコラボ配信しますので、よかったら観に来てくださいね!』

 

『……だそうです。なぜか僕の予定も決まりました。よければ、お越しくださると嬉しいです』

 

『いい? もういいかな? いつものやっていい?』

 

『うん? ……ああ、まだ通算一回しかやってないいつもの終わりの挨拶ね。いいよ。それじゃあ、さん、に、いち、どうぞ』

 

『やたっ! 今日の配信はー! 「New Tale」の悪魔兄妹! 妹のほう! ポイント爆盛りした上にご褒美まで掻っ攫った強欲の……じゃなかった、嫉妬の悪魔、レイラ・エンヴィと! 本日、パーティを合計三回も一位に導いた私たちのリーダーのーっ……こちら!』

 

『その振りで挨拶するのすごいやりにくいよ……承認欲求強い人みたいだ。えー……「New Tale」の悪魔兄妹、兄のほう。これから初耳の罰ゲームが待っている憤怒の悪魔、ジン・ラースでお送りいたしました』

 

『ありがとうございましたー!』

 

『ご視聴ありがとうございました。明日もまたお会いできたら嬉しいです。それでは、おやすみなさい』

 

 いつもの終わりの挨拶に今日の配信のエッセンスを加えるアレンジをして『悪魔兄妹』のコラボ配信は終了した。

 

 先日のアーカイブを観た限り、終わりの挨拶はレイちゃんのアドリブだったようだけれど、ああいうふうに一つ型を作っておくと定番感が出て視聴者側も愛着が湧いてちょっと嬉しく感じる。実際、コメント欄で〈いつもの!〉とか〈生で初めて聞きます〉とか、心待ちにしていたリスナーもいた。浸透させた馴染みの挨拶のマイナーチェンジでその日の配信の色も出しているし、二人はとても上手く活用している。まだ一回しか披露していないのにわりと広く浸透しているのもすごい話だ。

 

「はぁ……とてもよかったわ」

 

「ほんとにねぇ。ずっと二人が何かしらお喋りしてて暇しないから、お酒飲むのも忘れてたよ」

 

 ノートPCの横にお酒をセッティングしていたのだけど、配信に夢中になってしまって手をつけていなかった。ビールも、温めた冷凍食品のおつまみもぬるくなってしまった。

 

「惜しかったわね、仁義君たち。もう少しで公約達成できてたのに」

 

「三試合目で二位だったからね……。いや、それだってあのクラス帯を考えたら凄いことなんだけどね? 三試合目の最後に、隣のパーティがわけわかんないタイミングで攻めてこなかったらなぁ……」

 

 恩徳さんたちは一試合目で一位を取り、その好調な流れのまま行われた二試合目も一位を取り、まさか本当に三試合連続で取るのかとコメント欄も期待と興奮で沸いたのだけど、惜しくもあと一歩届かなかった。

 

 恩徳さんたちを含めて残り三パーティという時に隣に位置していたパーティとの戦闘になり、余った残りのパーティに漁夫に来られたことによって惜敗したのだ。

 

 三位になったパーティとの戦闘でレイちゃんが落とされ、回復する間もなく一位になったパーティとの連戦になり、相手パーティの一人を道連れにするような形で少年少女さんがダウンした。狭いリングの中、相手パーティは残り二人、遮蔽となるのはリング中央の小さな岩だけ。圧倒的に不利な戦況下でも恩徳さんは食い下がって一人を落とし、残りの一人もあと一発か二発当てたら勝てるというところまで追い詰めたけれど、最後は相手プレイヤーのサブマシンガンの追いエイムを逃げ切ることができずに負けてしまった。あの時のコメント欄の熱狂ぶりは凄まじかった。

 

 そこからは疲労が出たのか戦績は振るわなかったけれど、これでラストにしようと言って始まった試合で有終の美を飾るように一位を掴んだ。配信中に三回一位を取ったのは純粋にとんでもないと感じた。他の試合も一試合目二試合目と比べれば順位が伸びなかっただけで、しっかりと上の順位には食い込んでポイントをプラスにしていたのだから、立ち回りの巧みさが窺えた。

 

 あれだけ雑談して、なぜ勝てるのだろう。あの兄妹よりも低いクラス帯で、しかも口数少なく真剣にやってるのに勝てないわたしの立つ瀬がない。

 

 今度やる時は恩徳さんがレイちゃんに言っていたように、周りをよく観察して立ち回るようにしてみよう。そう内心で決意していたわたしの横で、あーちゃんがぬるくなったビールをちびちび飲みながら呟いた。

 

「……うで、まくら……か」

 

「…………」

 

 いろんな感情がたらふく込められている重たい言葉だった。

 

 脳内にしか存在しない理想の兄を追い求めているあーちゃんにとって、レイちゃんと恩徳さんの話は毒だったことだろう。なんせ、おおよそ限りなく理想に近いお兄ちゃんが現世に実在し、願ってやまない行為(あーちゃんに対してならプレイと言い換えても可)をしている事実を知ってしまったのだ。自分はしてもらえないのに、そんな扱いをしてもらえている人がいると知ってしまったのだから尚更つらい。知らなかったら苦しまずにすんだのに。

 

 しかしレイちゃんもレイちゃんだ。配信上であんなことを言うとは思わなかった。

 

「もしかして……これも戦略の一部?」

 

 あれももしや、レイちゃんが推進している『悪魔兄妹』というブランディングを強調するための話題作りの一つだったりするのだろうか。

 

 いや、それにしてはあまりにも不自然さがなかった。兄妹の距離感とか仲の良さとか、そのあたりの感覚が麻痺しているのだろうか。腕枕くらいのことはわりと頻繁にしてもらっていて、だから平然と恥ずかしがることなくお願いしたのか。

 

 ドライな性格をしているレイちゃんだが、お兄さんの話をしている時だけは人が変わったように饒舌になるのがあの子だ。わたしの中のレイちゃんのイメージだと、わりとあり得そうなのが困ってしまう。

 

 だとしたら腕枕の前に押し通そうとしていた、一緒にお風呂に入るとかいうとんでもない無茶振りも本気だったのだろうか。ワンチャン通るかな、という気持ちでふっかけて、通らなかったからグレードダウンさせて恩徳さんにお願いしたという線は大いにある。

 

 やってることが完全にドアインザフェイスで笑う。本気すぎるよレイちゃん。

 

「あった……理想郷は本当にあった……けど、あまりにも遠い……っ」

 

「落ち着いて、冷静にね、あーちゃん。解決を急ごうとしたら逆効果になっちゃうからね。まずは信用を取り戻すところからだよ。スタートラインについてからスタートしようね」

 

「雫から見ると私の位置はマイナスなのね……」

 

 どんよりとしたオーラを背に負いながら、あーちゃんは俯いてしまった。

 

 落ち込ませてしまったけれど、これもあーちゃんと恩徳さんを守るためなのだ。暴走してまた怪文書を恩徳さんに送りつけようとするよりかはまだ幾分か救いがある。あーちゃんの世間体と社会的立場を守り、恩徳さんの心の安寧を守るためだ、ちょっとへこんでいるくらいがちょうどいい。頭を冷やしておいてほしい。

 

「まあ、親密度で言えば少年少女さんよりも現状低そうだし……」

 

「いいのかしら。私が今ここで血反吐撒き散らして絶命しても」

 

「ごめんなさい。困る」

 

「そうでしょう。なら言葉には細心の注意を払いなさい。今の私はシャボン玉のように繊細よ」

 

「こわれてきえちゃいそうな存在になっちゃったんだね。そんな澄まし顔で言わないでもらっていいかな」

 

 このシャボン玉は屋根まで飛ばないほうのシャボン玉だろうな。生まれてすぐに飛ばずに消えるほうのシャボン玉だ。さすがにこれを言ってしまうとへこむどころの騒ぎじゃなくなるだろうから言わないけど。

 

 あーちゃんと違い、少年少女さんは今日だけで、いや具体的には三時間で、たしかな信頼と実績を築き上げている。悪魔兄妹のパーティメンバー兼名物リスナーという枠に収まっているのだ。スタートラインにもついていないあーちゃんとは比べ物にならないくらい強固な立場を確立している。

 

 がつがつに前に出るというわかりやすく脳筋なプレイング、ノリの良さ、ウィットに富んだチャット。そんな濃厚なキャラクターでありながら、恩徳さんとレイちゃんがいちゃいちゃしていたら存在感を消し去って見守るという絶妙な距離感。なんなら度々二人に質問して、二人のいちゃいちゃを引き出してはコメント欄のリスナーたちと同じように『てぇてぇ』とチャットに打ち込んでいた。完全にリスナーと同じ立ち位置から接するので、リスナーも親近感が湧くのだろう。少年少女さんはゲーム内同様に立ち回りも上手だった。

 

 リスナーからの受けもよく、レイちゃんも親しげに話しかけていて、恩徳さんからも友人のように接されていた少年少女さんは、これからも貴弾の配信をする際にはお呼ばれされそうだ。比較すればするほどに、あーちゃんは少年少女さんには親密度の部分で水をあけられている。

 

 薄く笑ったあーちゃんはミネラルウォーターを一口含んで、スマホを手に取った。

 

「ふぅ。配信の感想も言い合えて満足したところだし、そろそろメッセージを送っておこうかしら」

 

「ちょっと待って。何を誰に送るつもりなの」

 

 およそ三時間前、あーちゃんのスマホにトラウマを植え付けられたわたしは思わず引き止めた。

 

「仁義君と礼愛さん、二人ともに、よ。仁義君からは観てほしいと言われていたのだし、観ましたよという報告と、とても楽しい配信でしたという感想を。礼愛さんにはイラストレーターのゆきねさんとのことで連絡しておかないといけないわ」

 

「そ、そっか……それもそうだね」

 

 思ったよりちゃんとした内容で面食らった。恩徳さんへのメッセージに重すぎる感想文を付け加えないかだけは未だに懸念事項だけど、それを除けば『New Tale』のスタッフとして真っ当なお仕事の範疇だ。

 

「何を心配しているのかしら……まったく、失敬ね。まずは信頼を取り戻す。そう結論を出したじゃない。急ぎすぎてもよくないのでしょう? 安心しなさい、もう取り乱さないわ」

 

「ううん、まぁ……うん」

 

 だってあなた、前科があるから。

 

「私には仁義君の立場を劇的に改善することなんてできないけれど、それでもやるべきことはやっていくわ。私にできることはすべてやっていかなければいけないのよ」

 

「……うん。そうだね。その通りだ。とりあえず今日は時間も遅いし、レイちゃんにメッセージで用件を伝えておこう。話はそれからだね」

 

「ええ。……わ、私、礼愛さんにブロックとかされたりしてないかしら……。ブロックされてたら立ち直れないのだけれど……」

 

「いや、さすがにそれは大丈夫だよ……。そんな子じゃないから、レイちゃんは」

 

「そう、そう……よね。ええ、きっとそうよね。じゃあ、送るわ。まず仁義君から先に……」

 

「及び腰になってるよ……。大丈夫だって。直接通話はともかく、メッセージくらいならきっと返してくれるよ」

 

「……通話はだめなのね……」

 

「あっ……。いや、ほら……昨日の今日で通話はかなり気まずいだろうし……」

 

 やはり昨日のやりとりが相当効いていたのか、弱気になっているあーちゃんを励まして、二人へ送る文章を考えさせる。

 

 恩徳さんへのメッセージは念のため検閲したが、本人も言っていた通り急がないようにしたらしい。あーちゃんにしてはほどほどな文量に留めていた。これならわたしというストッパーがいない時も、もう暴走はしないだろう。しない、よね。信じてるからね、あーちゃん。

 

 




ちょっとこれまでの流れとは異なりますが、次回も別視点です。

*スパチャ読み!
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