サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。 作:にいるあらと
いつもより半分くらいの量なのでこの時間に投稿。
思い出したかのように不穏な気配。
暗い部屋の中、パソコンの画面の前で唇を噛み締める。
『ご視聴ありがとうございました。明日もお会いできることを楽しみにお待ちしております。それでは、良い夢を。おやすみなさい』
「……なんでこいつは、平気な顔で配信してるんだよ。さっさとやめろよ。……みんな不幸になるんだ、消えちまえよ」
モニターには『New Tale』の新人Vtuber、ジン・ラースが映っている。
堂々とした喋りと進行でゲームを実況プレイして、今は締めの挨拶を行なっていた。
「こいつ……どこで配信者やってたんだ。これだけ慣れてるってことは、絶対どっかでやってただろ……。前世暴ければそこから攻められるのに……」
『New Tale』では新人という扱いのジン・ラースだが、Vtuberという界隈では、もともと配信者をしていた人間がヴァーチャルの肉体を得ることで、Vtuberとして生まれ直して活動をすることが往々にしてある。Vtuberとして生まれ変わる前の頃を『前世』という呼び方をする。
そういった元配信者をVtuberとして取り込むというのは、さまざまな事務所で行っていることだ。活動をしていた経験があるほうが事務所側としても教えることが少なくなるし、発言のラインを心得ているぶん、問題も起こしにくいということで楽なのだろう。大っぴらに公表したりはしないが、声や配信の内容を見ていればファンなら気づくので、前世からのファンもある程度つくと見込んでいるのかもしれない。
自分は、ジン・ラースもそういった過去があると踏んでいる。
『New Tale』でデビューする以前はFPS系のストリーマーでもやっていて、妹のコネで『New Tale』に入ってVtuberになったのだろう、と断定に近い予想を立てていた。
でなければおかしい。ファンの定着の仕方も異常だし、なによりも手慣れている。配信というものに慣れ過ぎている。
悪魔というキャラクターの特色を活かした人間味の希薄なトークによって動きの少ない画面でもリスナーを飽きさせることなく気を引いて、FPSの腕を随所に散りばめて魅了して、途中でレイラ・エンヴィが部屋に凸しにきたトラブルも冷静に捌いて笑いに変えた。プレイ中もリスナーのコメントを拾い、コメントに答える余裕すらある。
同時接続者数も新人とは思えないほど多くいる中、配信を始めて一週間も経っていない新人がそこまで落ち着いてできるわけがない。
「絶対にどこかで配信者をやっていたはずだ。それならまだ巻き返せる。前世の動画から、問題発言でも拾ってくれば……まだ」
どうしてこうも風向きが変わったのか。
ここ二〜三日で、ジン・ラースの評判は一変しかかっていた。明らかに流れが変わり始めている。
あれだけ強烈に叩かれて燃やされていればすぐに潰れて消えるものだとばかり思っていたのに、堪えた様子を見せるどころか涼しい顔をして平然と続けている。
デビューしたばかりの新人が一発目の配信であれだけの数の誹謗中傷を浴びせられれば、まず間違いなくまともな配信にはならない。頭に血が上って暴言を吐くか、呆然として言葉が出なくなるか、なんにせよボロは出ていただろう。
暴言を吐き散らしていても、放送事故のように黙りこくっていたにしても、そういったリアクションを取ってくれていればどちらに転んでもこちらとしては叩きやすくなっていた。暴言なり沈黙なりリアクションを示したということは、本心から湧き出た感情があったということだ。それを取っ掛かりにして煽れば、必ず追い詰められる。
そのはずだったのに。
「……失言しない。くそっ」
荒らしコメントに対して反応がなさすぎる。感情的になるような場面もない。常々から発言にはかなり気を遣っているのか、揚げ足を取ろうにも取れない。きっかけがなければ切り崩せない。
レイラ・エンヴィがジン・ラースとコラボし始めたあたりから、おもしろ半分で荒らしに参加していた奴らが純粋に配信を楽しむ方向へと傾き始めている気配も感じる。巧みなプレイングと息のあった掛け合いに魅力を覚えてきているのだ。
旗色を見てどちらにつくか変えるような、自分の意思のない流されやすい連中だ。もとから仲間であるなどとも思ってはいない。いないが、つい先日まで一緒になってジン・ラースを叩いていたような奴が急に意見を真逆に変えて荒らしを批判しているところを見ると、その面の皮のぶ厚さに反吐が出る。風見鶏もいいところだ。
「くそっ……くそっ、くそっ! わからないのか! また同じことが起きるって!」
男女のVtuberの絡みを容認していたら、また自分たちのように悲しむ人間が生まれる。傷つく人が出てくる。そうならないようにするために自分たちは動いているのに、それを理解しない愚か者のなんと多いことだろうか。
女性Vtuberしかいない『New Tale』からデビューしたジン・ラースを引退、あるいは活動休止に追い込むことで、Vtuberが男女で絡む因習の根絶を決定づける。自分たちのグループが示した『男女で絡もうとした奴は引退に追い込まれるくらい誹謗中傷に晒される。そういう風潮を作る』という案は、間違っていなかったはずだ。
ここ最近は活動の甲斐もあって大手のVtuber事務所『Golden Goal』でもコラボを控えてきている。Vtuber界隈全体で男女コラボは減り続けている。つまりこれは、自分たちのやり方が認められ始めているという証左に他ならない。
地道な活動だったがそういった風潮は徐々に界隈に浸透して、実際に男女でコラボするVtuberはいなくなりつつあった。
ようやく、辛い思いをした自分たちが報われる。悲しい思いを味わった経験が活かされる。同じ思いをする人たちがいなくなるように、という活動に価値が生まれる。今のまま活動を続けていればいずれ、自分たちの目指した理想に辿り着いていた。
そのはずだった。
なのに、予想を大きく上回るほどにジン・ラースがしぶとい。
自分たちの願いを成就させるためにもジン・ラースには消えてもらわなければならないのに、風潮を界隈に根付かせるためにはジン・ラースを最悪でも活動休止に追い込まなければいけないのに、こいつがどうにもしぶとい。
ジン・ラースとレイラ・エンヴィが実の兄妹であることは自分たち自身が証明してしまった。このコラボを否定しようにも二人が家族である以上、恋愛絡みで言及することはできない。この二人実は同棲でもしてるんじゃないか、などと煽っても馬鹿の妄言としか捉えられない。グループの中でも一部のメンバーはこの点から
自分が少し探ってみるか。アーカイブを漁って火種になるようなネタを見つけられれば、もしかしたら。
「……いや、レイラ・エンヴィは違う……」
冷静になってグループの方針を思い出す。
『ジン・ラースは我々の切願を踏み躙らんとする憎い相手だが、レイラ・エンヴィはそうではない。我々の原理原則に立ち返れ。ジン・ラースを仕留められれば、それで決着がつく』
考えてみれば、そうなのだ。そもそも自分たちは男女で絡むことを否定しているわけではなく、オフで会うなどしてそこから特別な関係になることこそを否定している。通常の異性同士のコラボであればそこからオフに繋がる可能性があるので問題だが、二人は実の兄妹であると他ならぬ自分たちが証明しているのだからレイラ・エンヴィは自分たちの考えと反するところではない。
やはりジン・ラースとレイラ・エンヴィの関わりを否定する正当な理由はない。その線から攻めるのは無理筋だ。諦めるしかないだろう。
だが現状では他にジン・ラースを弾劾する口実がない。
同期の女性Vtuberとコラボなり絡みなりがあればまだ手はあったが、どうやらそちらはコミュニケーションアプリのIDすら交換していないらしい。それはレイラ・エンヴィの言ではあるが、実際にSNSでもフォローされていないことを踏まえると事実の可能性が高い。これではジン・ラースはもちろん、同期や他の女性Vtuberにも手を出すことができない。
『New Tale』所属ライバーに『ほんとは会ったこととか話したこととかあるんじゃないの?』と、スパチャまでして厄介リスナーを演じてみたが、どいつもこいつも『本当に何も知らない。事務所からは何も聞かされていない』の一点張りだ。全員がコメントを拾うが、全員が何も知らない。何もジン・ラースの弱みに繋がらない。
「……もう一度ジン・ラースの前世を探るしかないか……」
女性Vtuberしかいない『New Tale』に所属している、の一点だけではジン・ラースは揺るぎそうにない。このままではレイラ・エンヴィとのコラボを通して着実にファンを獲得して地盤を固めるだろう。
ジン・ラースの立ち位置が盤石なものになる前に『New Tale』にいられない状況に追い込まなければいけない。
過去に配信活動をしていたことは確実だろうから、まずは前世を特定するところからだ。前世のジン・ラースを特定し、現在のジン・ラースと結びつけ、問題を提起する。発言についてでもいい。女性関係でトラブルがあれば特にいい。最悪なんだっていい。一つでも、どれだけ小さな瑕疵であってもそこから如何様にも広げていける。
一昔前であれば特定はまだ容易だっただろうけれど、現代はゲーム配信に適したプラットフォームはいくつもある。一つ一つ探していくのは骨が折れるが
「必ず見つけ出す……ん? メッセージ……」
ふだんはグループ全体に送られるが、これは自分個人宛だ。差出人は、ジン・ラースを攻撃しても変化がないからと言って最近レイラ・エンヴィを攻撃し始めたメンバーだ。レイラ・エンヴィへの攻撃は自分たちの大義から外れる、と何度も忠告しているが、聞く耳を持たない直情的なメンバーである。
メッセージの冒頭はジン・ラースへの危機感だった。『このままではジン・ラースは界隈のリスナーに受け入れられてしまう。我々が危惧していた悲劇が再び引き起こされてしまう。どうにかジン・ラースを排除しなければいけない』という内容だ。
次いでジン・ラースの手堅さに言及していた。『付け入る隙を見せない。失言のなさは顕著である』と。
ここ最近ではVtuber関連の匿名掲示板やSNSなどでジン・ラースとレイラ・エンヴィの名前が良い意味でも悪い意味でもよく挙がっている。その結果、配信を観に行く人間が増え、二人のトークやプレイングに魅了され、そのまま登録者数に結びついている。二人とも爆増しているが、とくにジン・ラースが新人の男Vtuberとは思えない推移で伸びている。
『これ以上悠長にしている暇はない。ジン・ラースが弱みを見せるまで放置していては手遅れになる。少々手荒でも手を打つべきだ。付け入る隙がないのなら、その隙を作るしかない。捏造するのも一つの方策だ』
そう締め括られていた。
その文脈は、これまでどこか悪ふざけ感があるというか、調子に乗りがちなところのあったメンバーとは思えないほど、熱意のあるものだった。
思わずその熱と勢いに流されそうになる。
しかし、それは──
「……ねつ、ぞう……」
──正しい
いくら待っても煙が立たない。ならば火をつけてしまえ。
そんなものは唾棄されるべき卑劣な行為だ。いくら理由があっても正当化されるものではない。
ジン・ラースは排除すべき存在だ。奴の跋扈を許してしまえば、今の界隈にこびりついた悪習は拭い取れない。自分たちのような悲しい目に遭う善良なファンが再び出てきてしまう。この点において、ジン・ラース本人が女性Vtuberと関係を持つかどうか、持とうとしているかどうかは関係ない。ジン・ラースという事例を許してしまうことで自分たちと同様の悲劇が発生しかねない。その可能性が存在することが問題なのだ。
だが、ジン・ラースを糾弾するためだからといって、その罪を自分たちの手で作り上げることは認められるのか。そんなこと、許していいのか。
ぐるぐると頭の中を巡る。自分の掲げる正義と照らし合わせる。
しばらく考え続け、結論を出した。
「これは……正しくない」
こんなやり方は認められない。
提案してくれたメンバーには悪いけれど、断ろう。これは却下すべきだ。
そうメッセージを入力しようとした時、続けてメッセージが送られてきた。
『後になってどれだけ周りから石を投げられようと、今我々が動かないと我々と同じように生きる希望を奪われる人たちが出てくる。こんなやり方は間違っているが、どれだけ汚いことをしても我々は動くべきだ。あんな苦しみと絶望をもう二度と誰かに味わわせない、それが我々の存在理由なのだから』
そのメッセージを読んで、不意に記憶がフラッシュバックした。
推しが最後にやった配信。謝罪配信になるのかと思っていた、事情を説明するための配信。
その時に受けた苦痛は、今も心に刻まれている。消えることなく、癒えることなく、傷口は開いたままだ。
それからは配信はもちろん、SNSも更新されていない。推しが今どうなっているか、なにをしているか、なにもわからない。切り抜きなどもやっていた自分は他のファンよりも近い位置にいると思っていたけれど、なんの連絡もなかった。
推しを応援することが生き甲斐だったのだ。苦しい毎日を生きる原動力だった。スーパーチャットだけじゃなくてもっと近くで応援したくて動画編集の勉強をした。切り抜きが上がっているほうがいろんな人の目に触れる。チャンネル登録者数の増加に結びつく。SNSでも、ブログでも、こんなに可愛くておもしろいVtuberがいるんだよと宣伝していた。
推しを応援することが、生活の一部になっていた。大好きだった。愛していた。
臆面なく言える。愛していた。
そんな、自分の中でとても大きくなっていた存在を突然失った。
その苦しみ、その痛みは、耐え難いものだった。何も考えることができなくなって、何も手につかなくなった。体の中心に穴が空いて、そこから自分という存在が流れ出ていったような感覚だった。
「っ……はぁっ、はぁっ……」
あの時のことを思い返すだけで心臓が痛くなる。発作的に泣き叫びたくなる。時間が経っても空いた穴は塞がってくれない。
こんなつらい思いは、他の人には味わわせてはいけない。絶望の味を知るのは自分たちだけで充分だ。
「……やろう」
自分たちが悪と蔑まれたとしても、ジン・ラースは排除する。それが成せれば、他のことも全てうまく行くのだ。覚悟を決めた。
メンバーへ了承の旨を送ると、すぐに返事が届いた。
方針に同意したことへの感謝と称賛の言葉が並べられた後に、計画の内容が綴られていた。
概要としては、推しと繋がった相手の男Vtuberがジン・ラースだったということにする、といったものだった。
推しが配信した動画の一部分を使って編集をして、少し加工したジン・ラースのセリフを切り貼りして繋ぎ合わせ、会話しているように見せかける。
自分たちから推しを奪った件の男Vtuberのほうの配信は、所属していた事務所の意向によってアーカイブ他、関連する動画は削除されつつある。事務所としては可能な限り早く皆から忘れてもらい、残っているメンバーで再起を図りたいのだろう。そうだとしたら、再アップされることはない。件の男Vtuberの音声を聞けなくなるのなら、自分たちが投稿する動画の真偽を確かめることはできなくなる。
ジン・ラースの前世は件の男女Vtuberの片割れで、炎上して続けられなくなったから『New Tale』で生まれ直した、というシナリオだ。
ふつうに考えれば無理がある。炎上してから再デビューまでの期間があまりにも短すぎるし、わりと大きな事務所である『New Tale』があんな屑を入れるわけがない。率直に言って現実的なシナリオではない。
だが論理的で現実的な信憑性なんて二の次でよい。動画というわかりやすい物証を供えてさえおけば、あとは頭の軽い馬鹿どもが勝手に騒ぎ立ててくれる。ジン・ラース本人が何か炎上し得るだけの不祥事を起こしたわけでもないのに『New Tale』からデビューしただけで叩いていたような奴らだ。自己顕示欲と独占欲、所有欲の皮が張ったような愚かな連中だ。よく調べもせずにジン・ラースを非難することだろう。
『New Tale』を箱推ししているリスナーの中には、ジン・ラースを追い出したいと思っている奴らもいる。そういった類の連中ならば、こんな大きな釣り針でも簡単に食いつく。叩くための道具があれば考えもせずに手に取る。錦の御旗でも掲げるように嬉々としてジン・ラースを責めることだろう。
愚か者たちがジン・ラースを叩く様を容易に想像できる。
架空の動画を作ることは悪だ。だが為した悪で更なる大悪を排除できるのなら、それは結果的に正義になるはずだ。一時的に悪を為し、恒久的な正義を成す。
「自分たちの理想のために死ね。ジン・ラース」
暗い部屋の中、モニターに映るジン・ラースへ薄く笑みを浮かべた。
悪巧みなう。
次はお兄ちゃん視点に戻ります。