サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。 作:にいるあらと
『それでは、皆様またお会いしましょう。おやすみなさい』
そう言って、ジン・ラースは配信を終えた。
「くそ……くそっ……っ!」
思わず握り締めた拳をテーブルに振り下ろす。
配信の前までは自分たちの思惑通りに事が進んでいた。
捏造した動画を証拠としてSNSで取り上げ、グループの人間同士で意見の対立を偽装し、いろんな人の目に届くように大袈裟に煽り立てる。それと同時にジン・ラースに肯定的な内容の投稿をしているアカウントを攻撃することで、ジン・ラースの評価を上げるような意見を潰す。そう情報操作することで、ジン・ラースについて検索した時、ネガティブなイメージしか目につかないようにした。ジン・ラースの足を掬えないから、外堀を埋めることにしたのだ。
そういった印象操作は効果があったのだ。
じわりじわりとSNSやネット掲示板で浸透して、ジン・ラースのデビュー直後と同規模になるまで荒らす人間は増えたし過激になった。
特に『New Tale』に所属するVtuberを推しているファンが、自分の推しに手を出されるのではないかと危機感を覚えたらしく火がついた。こちらが何もしなくても勝手に『ジン・ラースは「New Tale」を辞めろ』と大騒ぎするようになった。
このまま『New Tale』に所属するVtuberを全体的に応援する、いわゆる箱推しを刺激し続ければ『New Tale』の運営側も所属Vtuberも、ファンをいたずらに不安にさせるジン・ラースを腫物として扱わざるを得ないようになる。ジン・ラースは次第に居場所を失い、ゆくゆくは排除できていたはずなのだ。
「くそがっ、配信一回で……っ」
いずれは我々の目的を達成できていたはずなのに、ジン・ラースは一回の配信で潔白を証明した。いつの配信のどのシーンが動画内で使われているのかを猿にでもわかるように懇切丁寧に並べ上げ、BGMを消す方法も自ら再現することによって、捏造切り抜き動画によって仕向けられた冤罪を晴らした。
しかも疑惑を否定しただけに飽き足らず、法的措置というリーサルウェポン、伝家の宝刀を抜いた。返す刀で切り伏せられた。
発信者情報開示請求。
この一言で、ジン・ラースに石を投げていた荒らしたちは無様な負け犬と化した。配信中、それまで意気揚々と罵詈雑言を吐きつけていた奴らは吠えることもできずに尻尾を巻いて逃げ出した。
何よりも情けなかったのは、志を同じくしていたはずのメンバーの一人が裏切って、嘘までついて自分だけ助かろうとしていたことだ。その哀れさは苛立ちすら超えて虚無感を覚えるほどに無様だった。
おそらく裏切ったメンバーは、自分たちが掲げていた清廉で崇高な理念を理解できていなかったのだろう。ターゲットはジン・ラースただ一人であって、その妹であるレイラ・エンヴィは無関係であると他のメンバーも、もちろん自分も折に触れて忠告していたというのに。
なんにせよ、自分たちの計画は頓挫した。
これまで自分たちがネガキャンで作り上げていた気運は晴らされてしまった。切り抜き動画は捏造されたものだと暴露されてからというもの、ジン・ラースにも自分たちにも属さずに日和見していた傍観リスナーがジン・ラースの肩を持つようになった。グループは解体されたというのに、敵は増えている。
ここから巻き返しを図れるほどの弱みは、ジン・ラースにはない。大事にしている妹へ脅迫文が送られていたという話をしていた時でさえ、珍しく苛立ちは滲ませていたものの声を荒らげることはなかった。これから短期間のうちにジン・ラースが暴言や問題発言をするなどと期待するのは現実的ではない。
調べはしていたものの、結局ジン・ラースの前世を暴くこともできなかった。
弱みを見せない、付け入る隙を晒さないジン・ラースをどうにか排除するための切り札が、あの捏造動画だったのだ。
労力を注いで仕上げたあの捏造動画も、SNSや匿名掲示板で浸透させていた悪評も、たった一手で覆された。もう自分には打つ手が残っていなかった。
「……はっ。みんな降伏してる……情けない」
PCの画面上で通知を示していたのでSNSを確認してみれば、ジン・ラースを絶対に辞めさせると気炎を吐いていたメンバーたちが同じ口で謝罪文を吐いていた。敗北宣言だ。わかりやすい白旗だ。
アカウントを削除したクズ以外のメンバー全員が、手のひらを返してジン・ラースに許しを乞うていた。
正攻法も奇策も邪道も、何一つとして結果に結びつくことはなかった。もう次の手段も思いつかない。メンバーも全員裏切った。残されたのは自分だけ。
「……終わり、か」
ジン・ラースは寛大だ。レイラ・エンヴィへ犯行予告文を送りつけたクズども以外、訴えるつもりはないらしい。
つまりジン・ラース本人へ誹謗中傷するに留まっていた人間に対しては謝罪すれば、今後そういうことはするなよ、という厳重注意で済ませるつもりでいる。
きっと、ここで敗北を認めてさっさと他の奴らと同じように謝るべきなのだろう。それが一番賢い選択なのだろう。
どう見苦しく足掻いたところで状況を変えることなんて不可能なのだから、訴えられないようにするために形式的にでも謝罪して、社会的身分や生活を守るべきだ。迷うことはない。選択肢なんてあってないようなものではないか。
そうするのが最も賢明だとは、自分でもわかっている。
「……それ、でも……」
重々わかっているのに、諦められない。
もともと自分は担ぎ上げられた神輿だった。自ら望んで今の立ち位置に就いたわけではない。周りに持ち上げられた結果、こんな損な役回りに立たされたことは自覚している。
だとしても、自分の取った行動が間違っていただなんて思っていない。
自分の、推しへの愛は、間違っていなかったはずだ。
推しを失う苦しみを他のファンが味わわないようにするために起こした自分たちの活動は、間違っていなかったはずだ。正義であったはずなのだ。
逆転しなければならない。自分の立場がどうなろうと関係ない。ジン・ラースから訴えられようと、一矢報いなければならない。
数秒目を瞑り、覚悟を決めてSNSへと投稿する。
『ジン・ラース。あなたの主張は理解できるけど、こちらも言いたいことがある。こちらだけ主張できないまま終わらせられるのは承服できない。不公平だ。あなたと話がしたい。できれば配信という公の場で、堂々と』
投稿して、ジン・ラースのアカウントをフォローしておく。この投稿の内容を見た後、ジン・ラースがこちらのアカウントをフォローしてくれれば個人間でメッセージのやり取りができるようになる。
「食いついて、くるのか……」
ジン・ラースがこちらの要望を受け入れるメリットはない。メリットがないどころかデメリットしかない。
つい先程の配信でジン・ラースを取り巻いていた誹謗中傷などの荒らし行為はおおよそ方がついた。
本人の口から、これ以上やるのなら開示請求を行なっていく旨を宣言されてなお誹謗中傷を続けるような愚か者なんてそうはいないだろう。SNSのトレンドに載っているくらいに話は広がっている。今日の配信を見ていなかったとしても、少し情報をさらえば状況がどうなっているかはわかる。面白半分や冗談で突っつけば大怪我をすることになるなんてことは頭蓋骨に脳みそが詰まっている人間であれば誰でもわかる。
これからは、荒らし行為や過度な誹謗中傷をするようなリスナーはそうそう現れないだろう。
今日の配信で荒らしへの対処としては必要十二分、これ以上手を打つ理由はジン・ラースには存在しない。
だからこちらの『直接話がしたい』などという申し入れなんて蹴るのが当然、無視が当たり前で、なにか返答があるほうが奇跡なくらいだ。なんなら開示請求を申請しました、と返答がくるおそれすらある。
分の悪い賭けだ。
でも、限りなく小さな可能性ではあるものの、ジン・ラースはこの申し入れを受けるかもしれないと自分は思っている。
ジン・ラースはデビューしてから今日に至るまで、配信は荒らされSNS上ではネガティブキャンペーンと誹謗中傷という憂き目に遭った。そのせいで同じ『
常に誹謗中傷が付いて回り、自由な配信を抑圧されていた。それはジン・ラースに対して多大なストレスになっていたことだろう。
そんな苦しい環境をようやく変えることができたのだ。
達成感もあるだろう、やっとやりたいように配信できるという解放感もあるだろう。
そして、これまで好き放題暴れていた荒らしどもにやり返してやったという優越感も。
そういった様々な感情を今、ジン・ラースは味わっているはずだ。勝ち誇っているはずだ。ざまあみろとほくそ笑んでいるに違いない。
そんな驕り昂った心理状態なら、もしかしたらこちらの申し入れを呑むかもしれない。これまで苦しめてきていた奴らの親玉を、配信という多くの
付け入る隙を見せない用心深いジン・ラースでも、この時ばかりは気が大きくなっているかもしれない。その慢心だけが、こちらに残されている最後のチャンスだ。
そして、そのチャンスは手のひらに転がり込んできた。
SNSにメッセージが届く。
「はは……勝った」
口角が上がる。
思わず口に出してしまうほどに、届いたメッセージの内容はこちらに都合のいいものだった。
『お誘いありがとうございます。あなたとはお話ししたいと思っていました。これから事務所に話をしてみます。そのあとに予定を調整したいと考えているのですが、そちらはご都合のつく日、時間などご要望はありますか?』
受けてくれる可能性は低いと予想していたが、ひとまずこの賭けには勝った。
どうやってかは知らないが、ジン・ラースは自分たちのグループメンバーのSNSでのアカウントを正確に把握していた。謝れば許すと言っていたので配信が終わればそれらのアカウントをチェックして回るだろうとは予測していたが、この読みは正しかった。ちゃんと自分の投稿もジン・ラースの目に届いたようだ。
やはり今日この時に動いてよかった。冷静で慎重なジン・ラースが浮かれているだろう今この瞬間に動いてよかった。
こちらの敗北はすでに決定づけられているが、これで自分たちの意志を次へと
「……一矢報いてやる。最期に爪跡を刻み込んでやる」
体を縮め、ぐっと拳を握り込むと椅子が回って開け放ったままの窓が視界に入った。
窓から見える夜の空には星一つ見えない。星も月も何もかもを黒のインクで塗り潰したような空は、まるでジン・ラースの行く末を暗示してくれているようだった。
*
SNSのダイレクトメッセージで伝えられた時間に、コミュニケーションアプリ内のとあるサーバーに入る。まだジン・ラースは入ってきていなかった。
昨日、ジン・ラースが配信を始めたのが十九時。今は十九時五分前。そして今日、ジン・ラースは配信の告知をしていない。
つまりは、そういうことである。
「……まぁ、事務所が許可するわけないか……」
端的に言うと、所属事務所である『New Tale』から配信の許可が下りなかったのだそうだ。
昨夜、SNSのダイレクトメッセージ上でジン・ラースと連絡を取ることができたわけだが、『事務所に話をしてみる』とメッセージが届いて、自分は『日時は夜ならいつでもいい』と返信した。その後一〜二時間ほど経ってからメッセージがまた返ってきていた。その内容が『配信でやるのはさすがに駄目だった』というものであった。
それはそう。
それ以外の言葉が思い浮かばないくらい妥当な判断だ。当然である。事務所の人間は至って正常だった。集団で荒らしていたグループの、しかもその旗頭になっていた人物と配信上で通話するなんていう常軌を逸した申し入れを受けようとしたジン・ラースが異常なのだ。
だがそんな真っ当かつ常識的な判断で自分の一発逆転
なので、切り口を変えた。
この際、配信でなくてもいいから直接ジン・ラースと話したい。自分の主張を伝えたい。それだけでいい。
そう送ったところ、ジン・ラースはそれに乗ってきて、メッセージを送った翌日、つまりは今日、コミュニケーションアプリを介してお話ししましょうと相なったわけだ。
正直、なぜジン・ラースがOKしたのかはわからない。
デビューしてからこれまでずっとVtuber活動の邪魔をしてきた荒らしの親玉を、荒らされていながらも活動を応援してくれていたリスナーと一緒に叩きのめして復讐するためだというなら、誘いに乗ってきた理由としてまだ納得できた。
でも配信できないのであれば、その復讐すら叶わない。配信には載せないで、ただ荒らしと一対一で通話する。その行為は、ジン・ラースにとってどんなメリットがあるというのか。
まるでわからない。ジン・ラースが何を考えてこちらの要望を承諾してくれたのかまるでわからないけれど、自分にとっては好都合だ。
当初の予定からは外れたが、これはこれでやりようがある。今日の話の内容によっては配信上でやるよりも実りが大きくなるかもしれない。
今日を耐えればいずれ、あの澄ました顔を歪められるかもしれない。そう考えるだけで気持ちが昂ってくる。
PCの端に表示している時刻が、予定していた十九時を示した。
ジン・ラースはまだサーバーに入室していない。
「…………」
こちとら十分前から飲み物を用意してモニターの前に座り、五分前からサーバーに入って待機している。
別に商談とか仕事の打ち合わせをするわけじゃないんだから十分前五分前から入って待ってろよ、なんて言うつもりは毛頭ないが、約束した時間になっても来ないのはどういう了見か。宮本武蔵でも気取っているのか。ならこのサーバーの名前は『巌流島』とでもしておけ。
今回の通話はあくまでこちらがお願いして実現してもらったので、数分や数十分の遅れであれば文句は言わない。待つのは慣れているし、自分はそんな狭い器量はしていない。でもそれはそれとして『この時間に』と約束はしているのだから時間は守れよ、とは思う。
そもそもが目の敵にしている男との通話、自分の目的のために必要なこととはいえ好き好んで接触したくはないのだ。些細なことでも苛立ちが募る。
順調に秒の数字が増えていき、あと数秒で分の数字がゼロからイチに変わる、という狙い澄ましたようなタイミングで、電子音が鳴った。
『すみません、お待たせしました』
「……いえ、時間は過ぎてないんで大丈夫です」
ジン・ラースがサーバーに入ってきた。
一応は約束通り、十九時零分だ。秒の単位はどうあれ、遅れてはいない。遅れたようでいて、厳密には約束した時間を過ぎていないことが逆に腹が立つ。
こんな初っ端から調子を崩されたくはない。深く息を吸って、努めて冷静さを保つ。
早速話を始めようかと思ったのだけれど、なんだかヘッドホンから雑音が聴こえる。人が大声で話しているような音だ。
一度ヘッドホンを外してみるが、こちらではとくに変な音は鳴っていない。暑いので窓は開けているけれど、自分の住んでいるマンションは防音が割としっかりしているし、部屋は比較的高層階に位置している。時間や天候次第で近くの駅からたまに音が聞こえるくらいのもので、近隣の住宅の音などは届かないと言っていい。
となると、ノイズの原因は向こうか。
「……そちら、少々騒がしくないですか?」
『あー……すみません。レイちゃんが……妹が今日配信しないんなら一緒にゲームしよう、と言ってきまして……。予定があると言って断ったのですが、予定の内容を問い詰められたので答えたらそこからずっと、通話するべきじゃない、と駄々をこねてしまって……。サーバーに入るのも妹への説得で遅くなってしまったのです。ご迷惑をお掛けして申し訳ないです』
気落ちしたトーンで、言葉通りに本当に申し訳なさそうにジン・ラースが謝罪する。喋っている途中で一瞬声が遠くなったので、もしかしたら本当に頭を下げている可能性まである。
ジン・ラースとレイラ・エンヴィは実の兄妹であることは他ならぬ自分たちが実証してしまったけれど、まさか裏でもこれほど仲がいいとは思わなかった。演技にしては自然だけれど実の兄妹にしては仲の良さアピールが過剰だな、と配信を観ていてそんな印象を抱いたが、配信だろうと配信外だろうと関係なく本当に仲が良いとは驚きだ。そんな兄妹が実在したのか。
「そ、そう……ですか。まぁ……通話には影響なさそうなので大──」
大丈夫ですよ、と続けようとしたのだが、自分の発言を遮るように、バンッ、と力いっぱいに扉を叩いたような大きな音がヘッドホンを通して両耳に刺さった。
『「あとでどんな話をしたのか詳しく教えてもらうからッ!」』
扉を挟んだ上に本人から離れたマイクを通しているとは思えないくらい明瞭にレイラ・エンヴィの声が聴こえた。怒気の乗った、よく通る声であった。レイラ・エンヴィは発声がしっかりしているし、ジン・ラースはいいマイクを使っているらしい。
昔、騒がしくしてしまって隣の部屋からロマンスとはかけ離れた意味のほうの壁ドンを食らった時のことを思い出して、なぜか自分も肩が竦んだ。自分の部屋の扉の外にレイラ・エンヴィがいるような錯覚まで起こした。
「──大、丈夫ですけど……そちらは大丈夫ですか?」
『……お聞き苦しいところを聞かせてしまって申し訳ないです。恥ずかしい限りです』
声が下から聴こえる。頭を下げている様子が如実にイメージできてしまう。
ヤンデレ妹、なのだろうか。実際に現場に居合わせてしまうと羨ましいよりも先に怖いという感情がくることを初めて知った。
『えー……っと、遅くなりましたが、ジン・ラースです。僕のことは「ジン」でも「ラース」でも「ジン・ラース」でもご自由に呼んでください』
開始早々毒気が抜かれたが、気を取り直す。
「こちらは『ジン・ラース』とお呼びします。自分のことも、どうとでもお好きにどうぞ」
『切り抜きチャンネルさんでは長いので、僕がこっそりつけていたニックネームで呼んでもいいですか?』
「……ニックネーム。ずいぶん馴れ……親しげに接してくださるんですね。まぁ……構いませんよ」
馴れ馴れしい、と言いかけてさすがに言葉に棘があると思い直して婉曲に言い換える。
気を損ねられでもして通話を切られれば、損をするのはこちらだ。
距離の詰め方が明らかにおかしいジン・ラースに苦い思いを噛み締めながら、呼び方については丸投げした。どうせ今日しか使われないのだ、通話している間くらい我慢しよう。
『僕の配信の皆勤賞かつ毎回コメントをくれていましたからね。記憶に残っていたので個人的に「めろさん」とお呼びしてたんです』
「……めろ? 別に問題はありませんけど……」
めろさん。由来がわからない。『さん』は敬称だからニックネームの部分は『めろ』なのだろう。
何が由縁なのか。動画共有プラットフォームでは切り抜き動画は投稿しているが歌などのジャンルには触れていないので『
ニックネームを聞いてぴんときていないことが歯切れの悪さから滲んでいたのか、ジン・ラースが説明を加える。
『めろさんはアカウントは違ってましたけど僕の初回配信から毎回必ず十回は『やめろ』ってコメントを送ってくれていたじゃないですか。なので僕の中で勝手に『やめろ』から取って『めろさん』ってニックネームをつけてたんです』
「……いいセンスしてますね。ええ、本当に……いい趣味してる」
なるほどね、単語の頭から取るんじゃなくて尻から取ったのか、なるほどなるほど。いい性格した悪魔だよ本当に。昨夜グループとして大敗して解体された自分に対して言うセリフがそれとは。
ジン・ラースがこんな風に刺してくるとは予想していなかった。
声色が明るかったので、荒らしていた一件については昨日の配信のぶんで気が済んだのかと思っていたが、このタイミングで蒸し返してきた。バチバチに殴り合う気満々だ。これは『俺はまだ恨みを忘れていないぞ』という意思表示なのか。
『気に入っていただけたようで恐縮です。これまでニックネームをつけるような相手ができたことがなかったものですから、どういった趣向のニックネームがいいのかわからず不安だったんですけど、そう言ってもらえて安心しました。ふふっ、めろさんは僕の配信の古参リスナーですからね、このくらいはさせてもらいますよ』
若干弾んだような調子なのは、これは煽ってきているからなのか。それとも純粋に喜んでいるからなのか。
もし、あのニックネームが喜んでもらえる類のものだと心底から思っているのだとしたら、ちょっとばかり人の心というものをこの悪魔は学べていない。
こんな盛大な皮肉が込められたニックネームをつけられて喜べと言うのなら、ジン・ラースはガワだけではなく中身まで悪魔だ。
「……えー、この度は、通話する機会を作っていただきありがとうございます」
強引に話を本線に戻す。
会話のペースを握られっぱなしというか、こちらのペースを狂わされっぱなしというか、とにかくイニシアチブを奪われてしまうと不利だ。荒らしの件での被害者と加害者という立場もあってこちらは分が悪いし、なによりジン・ラースは舌も頭もよく回る。人と話し慣れていない自分では押し切られる。きっとこいつ相手には少々強引なくらいがちょうどいい。
「事務所からは配信の許可が下りなかったということですが、通話のほうはよく許してもらえましたね」
『あー……配信のほう、できなくてすみませんでした。交渉一時間くらい粘ってみたんですけど、さすがにそれは許可できない、と言われてしまって。最初は通話するのも難色を示していたんですが、そこはなんとか許してもらいました』
「そ、そうだったんですね……。苦労させてしまったようで申し訳ないです……」
SNSのダイレクトメッセージで『許可もらってきます』から時間がかかっているなと思ってはいたけれど、まさか一時間単位で事務所の担当者と交渉していたとは思わなかった。
いっそのこと担当者が可哀想だ。ジン・ラースとの対談を申し出た自分が言うのもなんだけれど、どう考えてもやるべきではないことで長々と粘られるなんて時間の浪費でしかない。自分の言った『苦労させてしまったようで申し訳ないです』はその担当者に向けられている。
『苦労だなんてとんでもないです。一応ちゃんと正規の手順を踏んでこの席は設けられましたので、そのあたり心配なさらないでください。僕はめろさんのお話を実際に聞くことができるのを楽しみにしていました』
苦労したのは絶対に担当者だろうし、ジン・ラースの正規の手順の踏み方はごり押しと粘り勝ちで
というかこいつは自分の話をエンターテインメントの一種か何かだとでも思っているのか。楽しみにしてんじゃねえよ。こっちは娯楽や道楽で体張ってんじゃねぇんだぞ。
「……それでは始めていきましょうか。自分が言いたいことは一つだけです。Vtuberは『男女で関わるべきではない』という、この一点だけです」
『ふむ……そう考えるようになったのはめろさんが応援していた推しの女性が男性と交際したからですか?』
否定したり反論したりするかと思いきや、まずは受け止めて、さらに深掘りするように質問してきた。最低限ディベートの体裁は取るつもりのようだ。
ここからが本番だと気合を入れ直し、ジン・ラースの問いに答える。
「そうです。コラボしていなければその男と付き合うこともなく、自分の推しは今も配信を続けていたはずです。男女でコラボしたから、推しは事実上引退することになった。男女でコラボなんてしなければ自分たちは……自分は、こんなに苦しむことはなかった。推しに会えなくなるようなことにはならずに済んだはずです」
『めろさんがなぜ配信を荒らすような真似をするのか、その考えはわかりました。ここで僕の意見を言わせてもらいますと、僕自身はめろさんがそういうふうな考えを持っていても構わないと思っているんです。思想は自由ですからね』
「な……」
『驚くところですか?』
「いや、だって……」
『基本的人権の一つですよ?』
「…………」
思わず息を呑んだ。自分の通話の相手は、本当に同じ人間なのか思わず不安に駆られた。
なぜジン・ラースは平然と認められるのか。
基本的人権の一つ。理屈や道義の上ではたしかにそうだが、あれだけ苛烈に誹謗中傷された本人がそれを言えるものなのか。
思想の自由、表現の自由を盾にして攻撃してきたような相手に対して、憎しみや恨みといった感情を抱かないのか。
痩せ我慢で怒りを堪えているというふうもなく、善人を装っている様子もない。これまでと変わらないトーンで、配信の時と変わらない声で、まるで他人事のように冷静に、客観的な視点から常識と照らし合わせて淡々と述べた。
ジン・ラースの発言のどこからも、人間味という印象は感じ取れなかった。
デビューしてからずっと、絶え間なくずっと、だ。ずっと罵詈雑言を浴びせられて、どうしてそこまで意に介さずにいられる。どんな神経をしていれば、ここまで人の悪意に無神経でいられるのだ。
言葉を失った自分に、続けてジン・ラースが言う。
『ただ、思想は自由でもそれを他人に押し付けるのは話が違うと思います。男女で絡んで欲しくないという考えをSNSなどで発信したり、同じ考えを持つ人たちと集まってグループを形成するまでなら問題はありません。問題なのは、男女でコラボしている別のVtuberさんの配信にまで押しかけて、迷惑行為などを行って相手を強制的に従わせようとしている部分です。マナー違反ですし、度を過ぎれば違法行為です』
違法行為。
なんら気負うことなく流れの中で軽く発されたジン・ラースの言葉が、自分の心に重くのしかかった。
思わず尻込みしてしまいそうになるも腹に力を入れて言葉を絞り出す。ジン・ラースにとってどうかなんて知る由はないが、自分にとってはこれまでの活動は重要だったのだ。
「……ええ、そうですね。理解していますよ。でも迂遠な言い回しでは効果はないし時間がかかる。時間がかかれば手遅れになるんです。手遅れになったら悲しむ人が出てくるかもしれない、だから誰かが悲しむ前に多少強引にでも男女で関わることをやめさせる必要があるんです」
自分の場合がそうだった。
推しが男とコラボし始めた時、少なからず思うところがあったけれど厄介リスナーのようなことを推しに言いたくなくて、やんわりと『ソロでの配信も楽しみです』みたいに意思表示していた。間接的に男とのコラボ配信は楽しくないようなメッセージを送っていた。
しかしそんな回りくどいやり方では変えられないのだ。変えられなかったのだ。
「直接的に、端的に、核心を突く。手段が荒っぽくなっても、それが一番早く問題を解決できるのならそれが一番いいんです。自分たちと……自分と同じような辛い思いをする人が減るのなら、たとえエゴだと罵られてもそうするべきなんです」
『「自分と同じような辛い思いをする人が減るのなら」ね。「エゴイズム」ですか。なるほど。そういえば、その理屈で言うと僕の場合はどうして攻撃対象になったのでしょうか? 僕はデビューしたばかりで、男女でコラボもしていませんでしたし、同期の人たちとはもちろん、礼ちゃんともコラボの予定などは立てていませんでした。僕が女性ばかりの事務所でデビューしたからですか?』
「そうです。調べてみれば『New Tale』には一期生に男がいましたが、活動休止という体を取っているものの実際は引退のような状態。つまり活動中のVtuberは全員女です。ジン・ラースの同期も他四人は全員女でしたね。しばらくすれば男女で絡むことになるのは明白でした。悲劇を未然に回避するために、ジン・ラースを辞めさせるべきだと判断しました」
『つまり、めろさんの攻撃対象は男女でコラボした人だけではなく、コラボをする可能性のある人まで範囲に含まれていた、ということですね。そこから僕に焦点を絞ったのは、件の騒動が過熱している時期に、比較的大きく、かつ女性しかいない事務所からデビューして目立っていたから、ということでいいですか?』
「一つ注釈を加えると、自分一人が決めたわけではなくグループのメンバーで話し合った結果決めたことですが、大筋はそうです」
『男女でのコラボ配信を妨害するだけでは、配信者や視聴者の根本的な認識を改めさせるだけのインパクトがない。だから、女性ばかりの事務所からデビューした男性Vtuberを集中攻撃して引退まで追い込むことで、一つの大きな結果を作ろうとしたのですね。一つの大きな結果、一つの確かな前例を作ることでVtuber側、リスナー側、さらにはマネジメントする事務所側にまで男女で絡むのをタブー視させる。最終目的はそのあたりでしょうか』
ジン・ラースの推測はまるで自分たちの話し合いを見てきたかのように正鵠を射たものだった。
Vtuberの事務所としてはすでに大手と呼んでいいほど成長している『New Tale』の四期生のデビュー配信リレー。当日自分はそれを単なる一視聴者として観ていた。推しがいなくなってしまったことで心に空いてしまった穴を埋めてくれるようなVtuberが出て来やしないものかと期待していたのだ。
そんな時に目の前に現れたのがジン・ラースだった。新しくデビューする四期生のトリを務めるその胡散臭い男の姿は、まだ塞がっていないトラウマという傷口を抉るようなものだった。
コミュニケーションアプリを通じてグループのメンバーに教えたのも自分だ。ジン・ラースの配信が終了し、頭を冷やした後、メンバーを集めて今後の方針を話し合った。
話し合いの時、推しを失ったことを自分と同じように苦しんでいたメンバーの一人が言ったのだ。『あの男を排除できれば、これから男女で絡もうとした奴は引退に追い込まれるくらい誹謗中傷に晒される。そういうふうに配信者やリスナーに印象付けることができる』と。大まかな方針はそういったものだった。そういう流れに持っていこうと画策していた。
ジン・ラースの推測は、話し合いの時に出てきた意見とかなり近いものがある。結論に至っては近いどころかそのままピンポイントで正解だ。どんな読みをしているんだ、こいつは。
メンバーで話し合って『ジン・ラースを排除できれば暗黙の了解のような、業界のタブーじみた空気感が生まれるだろう』とグループで意思決定して、ジン・ラースへと狙いを定めた。こいつ一人さえ潰せれば自分たちの理想は成就する、そう信じて活動していた。
まぁ、今となってはすべて徒労と化したわけだが。
ジン・ラースのメンタル面における異常な強さとレイラ・エンヴィの存在が計算外だった。
「……さぁ、どうだったか。その頃のことは、詳しく憶えていません」
ジン・ラースの指摘に、自分は思わずはぐらかした。うまい返答がすぐに浮かばないくらい度肝を抜かれた。
『ふふっ、そうですか』
咄嗟にジン・ラースからの問いを誤魔化した自分に対して、ジン・ラースはさらに踏み込むようなことはせずに、納得するように小さく笑い声をこぼした。
「……何が、おかしい? 笑うようなことか?」
追及されると思っていた自分は苛立ちを隠すこともできずに反発した。煽りの雰囲気が欠片もない無邪気な声が、異様に気に障る。
冷静さも礼も失する自分に、ジン・ラースはあくまで落ち着いて、気を悪くする様子もなく話す。
『笑ってしまってすみません。少し、嬉しくなってしまったものですから』
「……推理が当たっていたことがそんなに嬉しかったんですか? 意外と幼いところもあるんですね」
どれだけ穏便に会話しようとしても言葉に棘が生えてしまう。まるでジン・ラースの対応が、不機嫌になった子どもをあやしているような、そんな遥かに優位に立ったところから見下ろして話しかけられているように思えてしまう。これは自分がジン・ラースに対して劣等感を抱えているからそう感じるだけなのか、それともジン・ラースが言い回しやニュアンスで自分が苛立つように仕向けているのか。
『いえ──』
挑発するような自分の言い方に、ジン・ラースは否定から入った。
『──あれは別に推理と呼べるほど大したことではありません。情報収集をしていれば誰でも容易にわかることです。そこに嬉しさなんて感じようがありません』
自分たちのグループの単純な行動を辿れば何を目的にしているかなんて馬鹿でもわかる。そう言い捨てられたように聞こえるのは自分の穿ち過ぎだろうか。
かっ、と視界が瞬間的な怒りで染まり、衝動的に口が開かれる。
自分が反論の言葉を発する前に、ジン・ラースが続けた。
『僕が笑ったのは嬉しかったからです。わからないことが多かっためろさんのことをまた一つ知ることができたからです。昨日DMをいただいた時は理解できなかったことばかりでしたから』
「は……な、なっ……」
喉元まで出かかった
今、自分の心中を渦巻いている感情を表すことができない。
こんな男に理解されたいなんて思わないし、わかったような口を利くなと激昂しながらも、自分のことを理解しようとして歩み寄ってくる姿勢に不快感以外の感情を確かに抱いていた。
相克する二つの感情で思考が纏まらない。
口籠る自分を放って、ジン・ラースは語り出す。
『僕は最初、めろさんから対談……もとはコラボ配信の予定でしたけど……お誘いを受けた時、どうしてめろさんはこんな話を持ってきたんだろうって思ってたんです。法的措置を受けるという意味を正しく理解していながら謝罪をするわけでもなく、かといって開き直ってさらに過激に批判なり罵倒なりするわけでもない。ただ自分の主張を聞いてくれと言ってくる。……僕がこの対談を受けた理由をまだ教えていませんでしたね。僕は、めろさんの行動はどういう心理を辿った結果なのか、それを知りたかったんです』
「……こんなメリットのないことを、そのためだけに?」
『僕にとっては大事なことだったんですよ。法的措置を取ると言われたあとに、謝罪でもなく逆上でもなく、話したいと言ってくるその理由がなんなのか。推測はできても、これだという確信は持てなかった。だから直接お話しするしかないと思ったんです』
ジン・ラースの関心を惹いた、という理由で今日の通話が成ったらしい。砕いて言ってしまえば、まるで珍しい生き物を見つけたから物は試しと触ってみた、というような屈辱的な理由だったが、この通話が実現しなければ自分も困っていた。その強い知的好奇心に苦虫を噛み潰すような顔で感謝しておく。
自分から見れば、ジン・ラースのほうこそ珍獣だ。そう思うと少しだけ気が紛れた。
「……まぁ、昨日の時点で決着はついてましたからね……何をどう思われても仕方ないです。自分が対談を申し出たのは、誰かが悲しむ前に男女でVtuberが関わるという文化を根絶させるためです」
『ふふっ……。めろさん、嘘はだめですよ』
育ちの良さを窺わせる上品な笑いを漏らして、ジン・ラースは言う。
これまでと変わらない穏やかな声なのに、背筋が寒くなった。
嘘ではない、嘘はついていない。ない、はずなのに、やけに自信を持ってジン・ラースが言い切るせいで漠然とした不安感に襲われて言い淀んでしまう。
「う、嘘って……なんですか。嘘じゃ、ありません。本当に……自分は」
『いいえ。嘘をついています。僕に嘘をつくのならまだしも、自分自身に嘘をついているのは見過ごせません。めろさん、あなたは自分の社会的立場を危うくしてでも見ず知らずの赤の他人の役に立とうとする人ではありません。訴えられかねない追い詰められた状況で「自分と同じような辛い思いをする人が減るのなら」などという自己犠牲精神を発揮するような人ではありません』
「そ、そんなこと、お前にっ」
『わかりますよ、僕にも。なぜなら、めろさんが僕を調べていたように、僕もめろさんのことを調べていたのですから』
ひゅ、と肺から空気が抜ける音がした。心臓の音がやけに大きく聞こえる。部屋の中は過ごしやすい温度なのに、指先は冷えていく。
なぜ自分がジン・ラースを調べていたことを知っている。
ジン・ラースは、自分の何を知っている。
「お、お前は、何もっ」
自分のことなんて何も知らないくせに知ったような口を叩くな、と空威張りすることさえ、ジン・ラースは許してくれない。
『個人主義、と言ってしまうと大仰ですね……そう、自己中心的と言い換えましょう。自己中心的な性分です。周囲がどう思おうと自身の考えを優先するタイプです。どれだけ範囲を広げたとしても、同じ趣味を持つ人くらいまでしか気にかけることができない。率先して他人に迷惑をかけることはしないけれど、自分を含めて同好の士が楽しめるのであればそちらを優先し、他人のことになど配慮しない。そういう考え方です』
虚勢も張れない。虚言も吐けない。まさしくその通り過ぎて、ぐうの音も出てこない。
ふと、昔の出来事が脳裏を過ぎったからだ。
推しがまだ活動していた時、推しと似通ったスタイルで活動しているVtuberがいた。推しも、似た感じのVtuberも、本人同士が言及することはなかったが、両者のファンはかなり険悪な関係だった。ファン同士互いが互いに敵認定し、煽れば煽り返し荒らせば荒らし返すような、そんな殺伐としていた時期があった。一悶着あった時、自分も派手に相手のファンに対してレスバトルを繰り広げた記憶がある。
今回のジン・ラースに纏わる件だってそうだ。自分のグループに利する人や情報以外、排除していった。SNSでジン・ラースを評価するアカウントなどに粘着して手酷く攻撃するなどしていた。
自分は、自分のテリトリーの外のものに対して配慮しなくなる節がある。それはたしかに個人主義と言われても仕方のないものなのかもしれない。
しかしそれは──
「それ、はっ……早くジン・ラースを辞めさせるためにっ」
『ジン・ラースというみんなの敵を排除するために身を粉にして活動する? 見ず知らずの他人に対して、あれだけ残酷に叩き潰そうとするあなたが? あそこまで冷徹に振る舞うあなたが「他人のために」身を
ジン・ラースの言葉が、自分の心の奥のほうへするりと滑り込んでくる。なぜそんな簡単な自己矛盾に気づいていなかったのだろうかと、自分の行動に疑義が生じた。
身の内から湧き出す疑問や不安を払拭するように、声を張り上げて否定する。否定する材料なんてこの手にはもう残っていないのに、それでも否定する。
「違う……違う、違う! 自分は、ジン・ラースが早くいなくなればそれで、みんなが自分たちみたいに同じ苦しい気持ちにならないために、自分はっ」
自分で言っていて笑えてくるくらい話がまとまっていない。ただ否定しないといけないという気持ちが先走ってばらばらになっていた。
『違いませんよ』
論理性を欠如した自分の話を嘲笑うことはせずに、しかしジン・ラースは一刀両断にする。
『最も断罪したかった相手である当事者の男性Vtuber。彼が表舞台から消えたことで標的がいなくなったから、都合よく現れたジン・ラースを代わりに据えて弾劾しただけのことです。掲げていた綺麗な御題目は自分たちの悪行を正義にすり替えようとしただけのただの欺瞞、他者を攻撃するための口実作りにほかなりません。自己犠牲精神? そのような大それたものではない。エゴイズム? そう呼べるほどの信念すら持たない。綺麗に粉飾されただけの屁理屈。あなたの言っていることは、自己正当化のための詭弁でしかありません』
「ぁ、ぅ……っ」
これまで受けてきた誹謗中傷の恨みで熱くなっているわけでもなく、哀れみや同情で冷めているわけでもない。
ジン・ラースの言葉は、ただただ無機質で無関心だった。血の通わない無感情な言い様が、なにより心に痛かった。
人工音声のほうがまだ感情の起伏が豊かだ。なんて、現実から目を背けそうになる。
淡々と事実を突きつけてくるジン・ラースに、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさを感じた。
視界が揺れる。
座っているのに、膝から崩れ落ちるように錯覚した。
『僕はね、めろさん。今だから話すんですけど、僕が存在していることで誰かの純粋な想いを著しく貶めることになるのなら、活動を休止したり、いっそのことVtuberを辞めるっていう判断も選択肢に入れていたんです』
「え?」
『一番最初の頃ですけどね? デビューしたばっかりの頃です。状況が変わった……というか、まあ繕わずに言うと礼ちゃんが押し掛けてきてから状況が大きく変わっちゃったので選択肢から除外したんですけど、一応は考慮してたんです』
ジン・ラースの話に頭が追いつかない。
頭が真っ白になっている自分には、聞き漏らすことのないよう千々に散らばった集中力を聴覚に集めて
『推しの女性へ向けるめろさんの感情の強さは、僕も理解していました。騒動以前のSNSや、たくさん投稿されていた切り抜き動画などから見て取れました。大好きだったんだなって、そう感じましたよ。応援したい、頑張っている推しの力になりたい、そういう想いが込められているのが、SNSでの投稿頻度や動画編集での丁寧さから伝わっていました』
「っ……うん」
メンタルを情け容赦なくぼこぼこに殴られた後なのに、こうして自分の頑張っていたところを認められて、どうしようもなく喜んでいる自分がいる。努力を褒められているようで目頭が熱くなってくると同時に、怨敵であるジン・ラースに胸を震わされている事実が情けなくて死にたくなってくる。
『とはいえ、今ではその気持ちは
「うしな……われ、た?」
耳鳴りが
さすがに配信でもSNSでも匿名掲示板でも荒らしてた人とコラボするなんて事務所が許してくれるわけありませんでした。残当。仕方ないね。
*スパチャ読み!
yurakuさん、赤色のスーパーチャットありがとうございます!
シュウスイさん、上限の赤色のスーパーなチャットありがとっ!ございます!
stella398さん、赤スパてーんきゅっ!ありがとうございます!
shion2608さん、赤スパさんきゅーっ!ありがとうございます!
ハイライトさん、上限の赤色のスーパーなチャットありがとっ!ございます!
木霊狐魂さん、赤色のスーパーチャットありがとうございます!
髭を抜かれた猫さん、赤スパてーんきゅっ!ありがとうございます!
dustboxさん、スーパーチャット、アリガトゴザイマァス!
エイトリオンさん、上限赤スパさんきゅーっ!ありがとうございます!
Nincalさん、上限の赤色のスーパーチャットありがとうございます!
玄キツネさん、赤色のスーパーなチャットありがとっ!ございます!
みけへこさん、赤スパてーんきゅっ!ありがとうございます!
紅鮭猫さん、スーパーチャット、ありがとござます!
toumiさん、スーパーチャット、アリガトウゴザイマァス!
森の白黒さん、赤スパさんきゅーっ!ありがとうございます!
燼滅刃ディノバルドさん、赤色のスーパーチャットありがとうございます!
latuieさん、赤色のスーパーなチャットありがとっ!ございます!