サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。   作:にいるあらと

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イーリイさんへの熱い風評被害なサブタイトル。


「出会い厨じゃないですか……」

 

『おらああぁぁっ! どんなもんじゃジンラスゥゥっ! うちのほうが強いんじゃい!』

 

「ちょっと! おかしくないですか?! 今日格ゲー始めた初心者相手に本気出すってどれだけ大人気ないんですか?!」

 

『うるせー!』

 

「あなたが一番うるさいんですけど?!」

 

〈うるせえw〉

〈騒がしいw〉

〈イーリイさん手加減なしw〉

〈わりと勝負になってんのすげぇけどな〉

〈兄悪魔の大声レアだ〉

〈いつもと雰囲気違うw〉

〈仲良すぎで草〉

 

 配信開始時からは比べるべくもないほど真剣に、僕らは格ゲー初心者講座を進めていた。

 

 ボタンを押せば出る通常攻撃や、スティックを倒しながらボタンを押して出す特殊技、スティックを下・斜め下・横方向など流動的に動かしてボタンを押して出す必殺技、他にもジャンプ攻撃やガード、ジャンプして近づいてきた敵に対して迎撃する対空などを教えてもらい、一通り全部出していき、全部問題なく出せるようになったらそれらの攻撃のリーチを把握する段階に上がった。

 

 攻撃のリーチのぎりぎりで当てる、イーリイさん曰く『先端当て』という技術。これができるようになるだけで間合いを計りやすくなり、戦局を有利に運べるようになるのだとか。

 

 『差し』やら『崩し』やら専門用語も交えつつ実地で教導してもらい、その後、プレイヤーとの対戦中に使いやすいコンボやダメージの出るコンボ、対空からのコンボなどをいくつか教えてもらった。これくらい憶えていれば、一応戦いの形にはなるらしい。

 

 そうやって教えてもらいながらも時折脱線もしていた。

 

 イーリイさんはツーリングが趣味、というかバイクが好きでいろんなところに走りに行ってるとか、ちょっと前には近場のゲーセンで初心者狩りしてる格ゲープレイヤーを叩き潰していたとか、僕は僕で最近庭の手入れに凝っているとか。

 

 そういう格ゲーにはこれっぽっちも関係ない雑談も挟みながら、基本的には真面目な格ゲー講座を一時間ほどこなしたら試合形式へとステージを移した。

 

 実際に対戦してみてその都度、動きや立ち回り、攻める時守る時に注意するポイントなどについても、その荒っぽい口調とは反比例するように丁寧に教えてもらった。

 

 このあたりまでは親切に、言葉遣い自体は変わらないけれど優しく細かく教えてくれていたのだ、このあたりまでは。

 

 イーリイさんの様子がおかしくなったのは、実戦練習で僕が一度勝ってからだった。

 

 それからは、わからないところを訊けば一応教えてはくれたけれど、質問した時以外は手加減している様子が見受けられないガチ対戦だった。非常に大人気ない。

 

 今回の配信は格闘ゲームというジャンルに触れてこなかった人たちにも格ゲーの楽しさを知ってもらおう、というのが主旨なのに、このままでは経験者に一方的に殴られ続ける初心者という図になる。それはあまりに絵面も印象も悪い。

 

「イーリイさんは格ゲーを布教するために配信してたんじゃないんですか?! こんなの観て格ゲー始めたいなんて思う人いませんよ!」

 

『うるせー! わかってんだそんなこと! でも今日格ゲー始めた奴に負けるわけにいかねぇんだよ!』

 

「初心者狩りみたいなことして恥ずかしくないんですか?! 良心が痛んだりしないんですか?!」

 

『痛まん! うちのプライドが傷つくことに比べれば大したことじゃねぇ!』

 

「あなた今最低なこと言ってますよ! くっ……これはもう、ひどい絵面にならないよう僕が勝つしかないっ」

 

『経験者が本気でやってんのに初心者に負けるほうが絵面はひどてめええぇぇっ! 弾見切って跳んでくるような奴が初心者とかよく言えたなああぁぁっ!』

 

 格闘ゲームではキャラによって有無や性能の差異はあるけれど、エネルギー弾のようなものを発射する技を持つキャラもいる。遠距離から攻撃できたり、ガードされたとしても牽制に使えたり、連続で使われたら単純に鬱陶しかったりでいろいろ便利に使えるのだ。そういった攻撃を飛び道具と言ったり、イーリイさんのように安直に弾などと呼んだりする。

 

 先程は強キックが届くか届かないかといった微妙な間合いで飛び道具を繰り出してきたイーリイさんの裏をかき、ジャンプして飛び道具を躱してからジャンプ攻撃、当たったことを確認してからコンボを繋げた。ポジションも良かった上必殺技を使うためのゲージもあったので、必殺技で〆る最大ダメージを出せるコンボを狙う。きっちりと繋いでイーリイさんのキャラクターの体力を吹き飛ばした。

 

『だあぁぁっ! しっかり火力出るコンボ決めてんじゃねぇよ! ちょっとは慌てろや! ミスれ!』

 

「初心者講座の(てい)を取っているのに『ミスれ』はおかしいでしょう。みなさーん、僕が勝てたのは指導してくれた先生が良かったおかげですよー」

 

『見え透いたヨイショはいらねぇんだよ! コンボ練もしてねぇのになんで繋げれんだ!』

 

「コンボ練習付き合ってくれたじゃないですか」

 

『コマンド教えただけだあんなもん! 数回やっただけでコンボ練とか言うな! コンボ練舐めてんのか!』

 

「褒めたのに」

 

『しかも練習の時と実戦とじゃ勝手も違うってのに! 臨機応変に動いてんじゃねぇよ! 戦況に応じて柔軟に戦い方変えんな!』

 

「あ、もしかしてこれはイーリイさんなりの賞賛なんでしょうか? だとしたらありがとうございます」

 

『煽ってんのかジンラスゥゥっ!』

 

「違ったようですね」

 

〈草〉

〈草〉

〈新手の煽りかと思ったw〉

〈イーリイさん草〉

 

 これで通算三度目の僕の白星だ。ちなみに白星の四倍から五倍くらい黒星をいただいている。イーリイさんのほうが圧倒的に勝率が良いのになぜこんなにお怒りになっているのか、不思議である。

 

『……ジンラス、言うなら今のうちだぞ』

 

 僕に負けてから荒れていたイーリイさんは、叫んだことで胸中の諸々を発散できたようだ。落ち着いた口調で問い(ただ)してきた。口調は落ち着いていても内容はよくわからない。

 

「言うなら、って何をです?」

 

『お前ほんとは格ゲー初めてじゃねぇだろ』

 

「いや、初めてですよ。見ていたでしょう、何も知らなかったし何もできなかったところ。基礎の基礎から順番に格ゲーを教えてくれたじゃないですか。紛うことなき初心者です」

 

『初心者はあの距離でモーション見てからジャンプして火力コンボとか入れらんねぇんだわ。うちのリスナーは格ゲーやってる奴も多いけど、そいつらの阿鼻叫喚でコメント欄は地獄絵図だ。ジンラスが初心者だって嘘をついてるか、半端なくセンスがいいかのどっちかだって言ってるけど、比率的には嘘ついててくれって言ってるリスナーが多い。たぶんこんな初心者がいるなんていう現実を認めたくねぇんだろうな。うちもそう』

 

「ええと、僕からはなんと声をかければいいか悩むところではありますが、配信の目的自体は達成できていますね。こうして初心者の僕が格ゲーを楽しめるくらいにはなったわけですので」

 

『信じらんねぇよ……嘘って言ってくれよ。こんな初心者いてたまるかよ……』

 

「でも、ここに実在しておりますので」

 

『いるんだなぁ……ほんとに、こんな奴が……。まだしばらくは負け越すつもりはねぇけど、ジンラスがやり込んだらすぐに勝てなくなりそうだ。なんだこの不条理。悪魔かよこの悪魔!』

 

「はい。当方悪魔です」

 

『ジンラスゥゥっ!』

 

〈煽ってるみたいで草〉

〈イーリイさんおもろすぎ〉

〈今日始めたとか嘘でよ嘘だといってよ〉

〈煽ってるつもりはないんだろうけどさぁw〉

〈この人まじで初心者なん?〉

〈実際飲み込み早すぎだよな〉

〈反応良すぎだろ〉

〈これで初心者マ?〉

〈なんのゲームでもうまいのすごい〉

〈ジンラスがあだ名みたいになっとるw〉

〈ふだん見てない人もきてるみたいね〉

 

 イーリイさんのリアクションがいいおかげでリスナーさんたちも盛り上がっている。いい空気感だ。僕はだいたい平坦なテンションと淡白なリアクションになりがちなので、イーリイさんのような観ていておもしろい反応や聴いていて釣られるような気持ちのいい笑い方は、配信においてメリハリという部分で非常に助かる。

 

 なにより、一緒にやっていてとても楽しい。こっちまでテンションが引っ張られてしまう。礼ちゃんとやってる時とはまた(おもむき)の違う楽しさだ。人と一緒にやるゲームというのは、こんなにも楽しいものなのか。

 

 でも悲しいことだけれど、配信である以上、終わりの時間はある。タイムリミットが迫っていた。

 

「そろそろ時間的に次がラストでしょうか。せっかくですから勝って終わりたいところです」

 

『生徒相手だからといって負けてやるような優しい先生じゃねぇぞこっちは』

 

「丁寧ではあるけれど優しい先生ではないことは、ここまでの試合で僕も、おそらく人間様も子羊さんもお気づきだとは思いますよ。生徒を叩きのめしにきてましたからね」

 

『長年格ゲーやってきた格ゲーマーとして負けるわけにはいかねぇんだ。そこでジンラス、どうだろう。最後の試合、賭けをしねぇか』

 

「ほう。ビギナー対ベテランという著しく公平性を欠くマッチメイクであることは一度脇に置いておきまして、勝敗の報酬をお聞かせ願いましょうか」

 

『うちが勝ったら、お嬢と会わせてほしい。オフで』

 

「……僕、知ってますよ。こういう人のことを『出会い厨』などと言うのですよね。出会い厨じゃないですか……」

 

『待って待って! なんもしない! ふしだらなことはなんもしない! 会ってお喋りしたいだけなんだよ! うちからは触らねぇから!』

 

「その必死すぎる釈明がさらに印象を悪くしています。いかがわしい想像が頭になければそんな釈明は出てこないんですよ」

 

『オフコラボしたいとかワガママは言わねぇよ! ただお喋りして、あわよくば買い物とか、近場で遊びに行けたらいいなってくらいのかわいいお願いだぜ?!』

 

「オフで会ったのにコラボもしないとなれば、本当にただ自分の欲求のために会いたいだけの人じゃないですか」

 

『べつに手を繋ぎたいとかハグしたいとか言ってねぇんだからいいだろうが! 先輩に会いたいって言ってるだけのかわいい後輩だぞうちは!』

 

「良いように言い換えないでください。僕目線の印象だと今のところあなたは恐ろしい同期です。それよりも大丈夫ですか? 今順調にイーリイさんの評価は下方修正されておりますが」

 

『ちっ、強情な……。まぁ落ち着けよ、ジンラス。お前が勝てばいいだけの話だろ? 安心しろって。お前が勝った時の報酬も考えてある』

 

「そもそもマッチメイクの時点で差がありすぎるんですよね。でもたしかに、僕が勝った場合の話は聞いてなかったですね。ちなみに僕が勝った場合は?」

 

『ジンラスが勝った時はほっぺにちゅーくらいまでならしてやろう』

 

「どっちに転んでも罰ゲームじゃないですか……」

 

『どういう意味だジンラスゥゥっ!』

 

「でも、礼ちゃんと会わせるのに比べれば遥かにましではあるか……」

 

『マシってなんだ! あ、もしかして照れ隠しか? ほんとは喜んじゃってんじゃねぇの?!』

 

「僕が勝った場合は権利を放棄すればいいし……」

 

『ほっぺにちゅーを投げ捨ててんじゃねぇよ! 独り言っぽく小声で喋ってるけどぜんぶ聞こえてんだぞこら!』

 

「ふふっ……ああ、ミュートになってなかったんですね、失礼しました。というか勝利の報酬は僕の裁量でどうにかできる範囲までにしてください。礼ちゃんの時間は礼ちゃんのものであって、僕に権限はないんですから」

 

『そこはお前……ほら、あれだよ。お嬢に交渉するっていう……』

 

「その場合、勝利報酬は『礼ちゃんとオフで会わせる』ではなく『礼ちゃんに時間を作ってもらえるよう交渉する』になりますが、それでいいですか?」

 

『えっ……いや、それだとジンラスのやりたいように細工できちまうんじゃ……』

 

「これが僕の最大限の譲歩です。配信に勉強にと非常に多忙な礼ちゃんの数少ない自由時間を強制的に奪うなんて僕にはできませんからね」

 

『くっ……そう言われたらなんも言い返せねぇ……』

 

〈今年入ってから明らかに配信頻度減ったもんなぁ〉

〈やっぱ忙しいんだお嬢〉

〈受験とか人生かかってるしな〉

〈寂しくはあるけどさすがに勉強優先すべきだ〉

〈『レイラ・エンヴィ』おもしろい話をしてるね〉

〈活動休止しないだけ感謝すべきなんだよな本来は〉

〈お嬢!〉

〈よう見とるいやほんとに〉

〈妹悪魔おるやんけ!〉

〈兄悪魔の配信を観てないわけなかった〉

 

「あ、礼ちゃんいますね」

 

『なにぃっ! なんと仰っている!』

 

「急に人が変わったみたいな口調になってる……。ちなみに〈おもしろい話をしてるね〉とコメントしてますね」

 

『違うんですお嬢! べつにうち下心があるわけじゃなくて!』

 

「真っ先に弁解から入るのやめませんか?」

 

 後ろ暗い考えがある人特有の反応速度で言い訳を始めたイーリイさんを宥めていると、ヘッドホン越しにかすかに、がちゃりと音が聞こえた。

 

 扉へと目をやれば、にこにこ顔で手をひらひらと振っている可愛い礼ちゃんがいた。唇の前で人差し指を立てている。非常に愛らしい仕草である。

 

「礼ちゃん」

 

『なんだ! またコメントがあったのか!』

 

「いや、れ……」

 

 礼ちゃんが直接僕の部屋にきました、と伝えようとしたら、ぬるっと音も立てずに近づいてきた礼ちゃんに口を塞がれた。

 

 僕の口を押さえたまま、礼ちゃんはマイクに近づく。イーリイさんの反応を聞きたいからか、礼ちゃんは髪が僕の顔にあたるくらいに顔を近くに寄せてきた。

 

「そんなに私と会いたかったんですか? イヴさん」

 

『ぇ、え、えっ、え゛っ?! な、なんっ、お嬢っ!? えっ! マジで?!』

 

 思いがけないタイミングで推しに出会えた、みたいなイーリイさんのリアクションだった。もはやただのファンである。まあ、イーリイさんはただのファンというにはあまりにも不審者寄りではあるけれど。

 

「あはははっ、イヴさんリアクションいいなあ」

 

〈お嬢!〉

〈相変わらず兄悪魔の配信にはフッ軽だw〉

〈楽しそうだなお嬢w〉

〈え、ここカップルチャンネル?〉

〈妹悪魔お茶目で草〉

 

「礼ちゃん」

 

 一言、(たしな)めるようなニュアンスを込めて名前を呼ぶ。

 

 僕にとっては礼ちゃんが遊びにきてくれるのは迷惑じゃないし、なんなら嬉しいくらいだけれど、みんながみんな嬉しく思っているはずだ、なんて考えるのは身勝手というものだろう。困惑するリスナーさんも出てきてしまうかもしれない。

 

 一人でやっている時の配信ならば発生する責任はすべて僕一人で負えるのでまったく問題はないけれど、今回はコラボ配信なのだ。イーリイさんの都合もある。そのあたりも考慮しないといけない。イーリイさんは礼ちゃんの大ファンなので困るどころか大喜びみたいだけれど。

 

「うん。ごめんなさい、お兄ちゃん。イヴさんも、リスナーさんたちも急にお邪魔してすみません。悪戯心で、つい」

 

『おいこらジンラスゥゥ! お嬢に謝らせてんじゃねぇ!』

 

「マナーや礼節を無視するような妹にはなってほしくないので」

 

〈ああ兄妹なんだ〉

〈イーリイさんリアクション良すぎw〉

〈眷属らしい喜び方で草〉

〈格ゲー配信観にきた人は驚くか〉

〈兄悪魔がちゃんとお兄ちゃんやってる〉

〈こういうところ厳しくしてるのめっちゃ兄でいい〉

〈てぇてぇ〉

〈悪魔兄妹てぇてぇ〉

〈お嬢かわいい〉

〈イーリイさん兄悪魔には当たりが強いw〉

〈お茶目なお嬢が見れるのは兄悪魔と一緒の時だけなんだよなぁ〉

〈やんちゃな妹悪魔かわいい〉

〈てぇてぇ〉

〈『ゆきね:手描き切り抜きチャンネル』てぇてぇ〉

〈悪魔兄妹てぇてぇ〉

〈てぇてぇ〉

 

「あ、ゆーもいる。絶対観てるだろうとは思ってたけどね」

 

「ゆーさんはさっきもコメントくれたよ。今回のコラボも手描き切り抜きやってくれるってコメントしてくれてたんだ」

 

「ゆーはちゃんと勉強してるのかなあ……不安だなあ」

 

「生活リズムは戻せたらしいけど……って、危ない。今日は礼ちゃんとのコラボじゃないんだった」

 

「あ! ……ごめんなさい、イヴさん。私静かにしてますね」

 

『いや、ぜんぜん大丈夫っす! いっぱい喋ってください! 声聞けるだけで幸せなんで! ……おいリスナー! 〈レイラちゃん逃げて〉じゃねぇんだよ! レイラ先輩、もしくはレイラさんだろうが!』

 

「ふふっ、くくっ……注意するところそこなんですね。『逃げて』の部分を否定するわけじゃないんですね」

 

『今日の発言振り返ったら否定できねぇからな』

 

「私さっきまで勉強してて、途中から配信覗いたのでどんな話をしてたのか知らないんですけど、イヴさんいったいどんなこと言ってたんですか?」

 

『え?! あ、いやぁ……うちの口からは、ちょっと……』

 

「まあ本人には言わないっていう話でしたからね。礼ちゃんに直接言おうとしたらその瞬間に配信を切ってイーリイさんのアカウントをブロックするつもりでしたよ、僕」

 

『あっぶねぇっ……』

 

「ちなみに人間様や眷属さんたちも同様です」

 

〈あっぶねぇっw〉

〈コメント入力する手を止めたわ〉

〈文章全部削除した〉

〈お嬢の配信コメントできなくなるところだった〉

〈危なかった……〉

〈妹悪魔の前では眷属大人しいの草〉

 

「むー……コメント欄ならなに言ってたか流れるかなって思ってたのに、誰も口を割らない」

 

「それはそうだよ。教えた瞬間に礼ちゃんの配信でコメントできなくするって事前に通達してあるからね」

 

〈眷属の団結力草〉

〈口かてぇなw〉

〈おれたち悪い眷属ではないので〉

 

「仕方ない。あとからお兄ちゃんかイヴさんのアーカイブを確認しよっと」

 

『ジンラス頼むアーカイブ非公開にしてくれ!』

 

「必死すぎです。いずれは礼ちゃんの耳にも届くことになるので、その日を覚悟しておいたらいいと思います」

 

『冷てぇこの悪魔! そそ、そういえば! ジンラスはヘッドホン使ってるって途中で話してたけど、どうやってお嬢も話聞いてんだ? イヤホン使ってんならまだわかるけど』

 

「単純に耳を寄せてきてますよ」

 

「うん。お兄ちゃんの顔にくっつく感じで盗み聞きしてます」

 

『ぐふっ……』

 

 イーリイさんは苦悶の声を漏らして黙ってしまった。誰かにナイフか何かを刺されたのかもしれない。

 

「イーリイさん? 大丈夫ですか?」

 

〈ああ……〉

〈てぇて〉

〈てぇt〉

〈t〉

〈あまりの尊さに心が耐えられなかったか〉

〈浄化してる〉

〈急にいいパンチ打ってくるなぁ〉

〈リスナー浄化してて草〉

〈悪魔兄妹てぇてぇ〉

 

「〈急にいいパンチ打ってくる〉〈悪魔兄妹てぇてぇ〉……これでてぇてぇって言われても、私からするとなんだかなーって感じだよ」

 

「人間様や眷属さんたちは、そういう日常的なエピソードが好きなんじゃない?」

 

「そういうものなのかなあ? ふだんからこんな感じだから、リスナーさんたちにどこで刺さるのかわかんないね」

 

「そうだね」

 

『ふだんからっ……くはっ』

 

 やっと喋ったかと思ったら、イーリイさんはまた苦痛に喘ぐような声を残して静かになってしまった。二本目でも刺されたのかな。

 

〈これが噂に名高い悪魔兄妹か……〉

〈あぶねー致命傷で済んだわ〉

〈死者多数〉

〈妹悪魔の破壊力やばいなw〉

 

「イーリイさん、時間が押してるんでそろそろ最後の試合やりましょうよ」

 

『くっ……こんな精神状態でっ』

 

「やっぱり、私がきたの迷惑だった……かな?」

 

『そんなことないっす! ずっといてください! すぐやるぞジンラス! お嬢に気を遣わせんじゃねぇ!』

 

「あなたがノックアウト寸前だったせいなんですけどね。まあいいでしょう。それではやりましょう」

 

「がんばってね、お兄ちゃん」

 

「うん、任せて。負けられないからね」

 

『お、お嬢! うちもっ、うちにも応援ください!』

 

「え? う、うん……イヴさんもがんばって」

 

『よっしゃあっ! 観ててくださいお嬢! 絶対勝ってきますからね!』

 

「きゅ、急にやる気が……。でも、これから二人が戦うのにどっちも応援するってよくわからなくないかなあ?」

 

「いいと思うよ。公式な大会とかそういうのでもない格ゲー上達のための練習試合なんだから」

 

『うちからすりゃ公式の大会よりも重要なもんがかかってるけどなぁっ!』

 

「ほら、礼ちゃんの応援のおかげでイーリイさんも元気出たみたいだし」

 

「元気出すぎだけど……そうだね。いい試合してくれるのならそれでいっか」

 

〈お嬢は負けた時の条件知ってるのか?w〉

〈イーリイさんも応援してて草〉

〈兄悪魔が勝つと確信してるのかな〉

〈兄悪魔が負けるとお嬢が危ない〉

 

 僕とイーリイさん、お互いに礼ちゃんから激励されたところで、ようやく本日の最終戦である。

 

 勝敗はベストオブスリー、いわゆるBO3(ビーオースリー)と呼ばれるもので、最大で三回まで戦って先に二回勝利した側が勝者となる形式だ。

 

 先生役であるイーリイさんの教え通り、僕はオーソドックスとされているキャラクターだけを使っているけれど、対するイーリイさんは一試合ごとにランダムなキャラクターを使っている。

 

 それだけイーリイさんはこの『Strike Force』という格闘ゲームをやり込んでいるのだろう。僕が一つのキャラクターに絞って学んでいても、勝率二割そこそこであることを考えると、複数のキャラクターを使いこなしているイーリイさんはとんでもない人に思える。

 

『絶対に負けられねぇっ!』

 

「……気負いすぎじゃないですかね?」

 

 イーリイさんの吐く気炎とともに、一本目がスタート。

 

 序盤はお互いにじわじわとヒットポイントを削り合っていたけれど、間合いや位置取りの部分で経験の差が現れた。格ゲーにおいて壁際は非常に不利になるということはコンボ練習の時に教えてもらっていたが、打開の術なく徐々に追い詰められて火力の高いコンボを決められた。わずかにヒットポイントは残されていたが、ちっぽけなプライドなんて犬にでも食わせとけ、と言わんばかりにそこからイーリイさんは無理に攻めることをしなくなり、防御と牽制に終始していた。僕は固く閉ざしたイーリイさんのキャラクターを攻め切ることができず、時間切れとなった。やり方があまりにも本気すぎる。

 

 ちなみに時間切れになった場合は、より体力が多く残っているほうの勝ちとなる。

 

 なので、一本目はイーリイさんの勝利。

 

 二本目は、序盤こそ一本目と同じような形だったが、試合が動き出してからは状況が一変した。イーリイさんがコマンドミスでコンボを中途半端に途切れさせると、そこから大きく調子を崩したのだ。

 

 おそらく自分でも驚くような、いつもなら間違えることのない簡単なミスだったのだろう。

 

 取り乱して振ったイーリイさんの不用意な攻撃を差し返して、僕はダウンを奪えるコンボを叩き込む。調子の戻っていないイーリイさんはキャラクターの操作も注意散漫になっている。起き上がった際の隙を見逃さずに攻撃を加え、コンボを繋げていくとコンボの終わりになる前に相手はスタンと呼ばれる状態になった。

 

 この状態(スタン)に陥ると、そのキャラクターの頭の周りに星がくるくると回るようなエフェクトが発生し、一定時間身動きが取れなくなる。攻撃も防御も何もできないという、自分がそうなったら一番危険な状態で、相手がなったら一番有利な状態だ。

 

 ゆっくり落ち着いて高火力コンボを叩き込み、二本目も終了。

 

 二本目は僕の勝利となった。

 

 お互いに一本ずつ取り合い、最終試合は三本目に突入する──前に一時停止を挟んでおく。

 

『っ、ぁぁ……コマンドミスったっ! あ゛あ゛ああぁぁ……っ、慌てちまった……うぅっ』

 

 聞いたことのない声色でイーリイさんが(うめ)いていた。

 

 動揺しているのがプレイにも表れていたので、一度休憩を挟んでリセットさせたほうがいいかもしれないと判断したのだ。最後の試合なのに混乱したままの精神状態で終わってしまったら悔いが残ってしまう。イーリイさんにとってはいろいろと大事な物がかかっているようだし、悔いの残るような試合にはしたくない。

 

「あれでリズム崩れちゃいましたね」

 

『崩れたわ。頭ん中ぐちゃぐちゃになったわ。なんも考えてなくても出せるぐらい手に染みついてるはずのコマンドミスるとかっ……ああっ、くそっ……』

 

「このままいけば勝てると思って気が(はや)りました?」

 

『そうだよ! そこまで理解してんなら言ってくんなよ! リスナーうるせー! 煽ってくんな! お前らも、この試合に勝てば推しに会えるとかってなったら半端ないくらい緊張すっからな!』

 

「あははっ」

 

『笑ってんじゃねぇよジンラスゥゥっ!』

 

〈それは焦るわw〉

〈手震えるだろうなw〉

〈草〉

〈推しに会えるかもとかなったら俺なら頭真っ白になる〉

〈イーリイさん余裕なくてくさ〉

 

 相変わらずリスナーさんと仲のいいイーリイさんである。二本目終わったばかりの意気消沈したテンションより、今みたいに語勢激しく叫んでいるほうが精神衛生上いいだろう。その調子で三本目は頑張っていただきたい。

 

「ね、お兄ちゃん。イヴさんって、けっこうおもしろい人なんだね」

 

 マイクに拾われないような囁き声で礼ちゃんが言う。

 

 僕はそれに無言で頷いた。

 

「私、けっこう怖い人なのかなって思ってた」

 

 もう一度大きく頷いた。イーリイさんは喋り方がね、ちょっと誤解されやすいというか。

 

 礼ちゃんの言う通り、イーリイさんは話してみるととても楽しい非常に愉快な人物である。いいリアクションを返してくれるからこそ、こちらとしても話を振りやすい。

 

『よし、よしっ! よーっし! まだ終わってねぇんだからな! 次勝ちゃいいんだから! よし、やるぞ』

 

「ええ、やりましょう」

 

『悪いな、ジンラス。さんきゅ』

 

「いえいえ」

 

 命運を左右する三本目が始まる。




ようやく格ゲー配信っぽくなりました。
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