サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。   作:にいるあらと

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「コラボ誘ってくれて、ありがとうございます」

 一本目、二本目と同様に、最初は距離を置いての牽制だ。ほんの微かに相手に近づいたり、かと思えば遠ざかったり、飛び道具を振ってみたり、細かくしゃがんだり、間合いのぎりぎりから攻撃してみたり。読み合いと相手のモーションに注視する息の詰まる時間。

 

 このせめぎ合いに()れたほうが不利になる。鎬を削るような、主導権を争うような、こういったやり取りはFPSでも経験がある。似たような空気感だ。違うのは銃を使うか拳を使うかくらいのもの。

 

『……っ』

 

 先に動いたのはイーリイさんだった。

 

 射程の長い強キックでも届かないくらいの距離から跳び上がる。頭上から攻めてくるつもりだ。

 

 主要なコンボをいくつか教えてもらった時に、他ならぬイーリイさんから聞いた。格闘ゲームにおいて、ジャンプという行動は大抵のシーンで便利に使える、と。選択肢として優秀なのだそうだ。

 

 だからこそジャンプしてくる相手に対して迎撃する技や、そこから繋げるコンボを覚えて実戦で使えるようになると勝率がぐっと上がる。そうイーリイさんは教えてくれた。

 

 教わったことを実戦で発揮してこそ、良き生徒というものだろう。

 

「対空」

 

『ふざけっ……』

 

 僕が使っているキャラクターは対空技が優秀で、無敵時間なる攻撃を受けない瞬間が発生する。ジャンプして攻めてくる相手に対して圧倒的に有利に迎撃できるとイーリイさんが指南してくれた。

 

 カウンター判定で攻撃を加え、ダウンを奪う。

 

「距離取りたくなりますよね」

 

 イーリイさんが受け身を取ってすぐに離れるように起き上がろうとしたところを、僕は前ステップで距離を詰め、出の早い攻撃からコンボを始動。

 

『だあぁっ! おまっ……』

 

「経験の差は埋められませんが、読みなら僕自信がありますよ」

 

 きっちりとコンボを繋げて相手を再びダウンさせる。

 

 なぜこうも僕が相手をダウンさせることに執心しているかというと、相手が起き上がろうとしているところを攻めるのが有利になると教わったからだ。

 

 起き上がるところを狙いに行くことを起き攻めと呼ぶそうだが、起き攻めするほうがされるほうよりも取れる択が多い。なので相手がどういう対処を取ってくるか読み切ることさえできれば、攻めの手を緩めることなく試合を運べる。僕のような経験の少ない初心者だったとしても、イーリイさんのような格上を倒す可能性が生まれるのだ。

 

 今回も起き攻めから切り崩して、あとは火力の高いコンボを繋いで必殺技で削り切れるかな、などと考えていた時だった。

 

 イーリイさんの操るキャラクターが知らないモーションを繰り出し、僕のキャラクターを掴んだ。なんだこれ。

 

『くっそ……こんなダセェやり方したくなかったけど、うちはどうしても勝たなきゃいけねぇんだ!』

 

「わっ、なんですかそれ!」

 

『お前にはまだ教えてなかった「投げ」だあぁぁっ!』

 

「せめて教えてから使ってくださいよ!」

 

『どうせしばらく練習してりゃどっかのタイミングで意図せず投げが出てくるだろうから、その時に説明すりゃいいやって思ってたんだよ! お前のコマンド入力が正確すぎるのが悪いんだ!』

 

「どんな理由ですかそれ!」

 

 初めて見た投げ技により投げ飛ばされた僕のキャラクターはそこそこ痛いダメージを受けて倒れ込んだ。

 

 このゲーム、弱中強三種類の強度のパンチとキックがあり、それぞれ上段中段下段と三段階の出し方がある。それに加えてジャンプ攻撃もある。ゲージを使った技もあるのに、ここからさらに投げ技も考慮する必要があるとなると、格闘ゲームを始めてからまだ二時間ちょっとしか経っていない僕の頭では処理が追いつかなくなってくる。読み合いの択が多すぎる。

 

 僕のキャラが起き上がり、相手の動きを見て防御の構えを取る。一発目のパンチを防ぐと、イーリイさんのキャラはまた投げのモーションに入った。

 

 投げを防いでから、発生の早い攻撃を差してコンボに移行して流れをこちらに引き戻す、と計算していたのだが、何事もないような素振りでふたたび投げられた。防御はどこへ行った。

 

『ちなみにガードで投げは防げねぇんだわ』

 

「だからせめて先に教えてから使ってくださいよ!」

 

『パンチとキック同時押しで投げができる! 投げられそうになったら投げで防げる! はい教えた!』

 

「順番が逆なんですって!」

 

 起き攻めする側とされる側、完全に立場が逆転した。体力の残量では僕のほうがまだ優勢だが、このままではすぐにひっくり返される。

 

 現に、僕は防戦を強いられている。

 

 起き攻めを警戒して防御していたらパンチを打たれてほんのわずかな時間動けなくなっている間に、すぐに投げを入れられる。

 

 投げを警戒し、こちらも投げで抵抗しようとしたら相手に一歩下がられて投げを空振りさせられ、隙だらけのところにコンボを決められた。

 

『おらぁっ! 次で終わりだぁっ!』

 

「なんて大人気ない……」

 

『さぁさぁ! 次はどっちかなぁ?』

 

 マックスまで溜まると気絶状態(スタン)になりますよ、というゲージがほぼ満タンに近くなっている。次、投げでもコンボでもなんでも攻撃を受けてしまうと確実にスタンに陥る。

 

 ヒットポイントゲージはイーリイさんの火力コンボを耐え凌げるほど残されていない。ここで選択を誤ればイコール負けである。

 

「……ここっ」

 

『はあぁぁっ?! ワンガードバクステ?! ふざけんな教えてねぇよ!』

 

 起き上がり一発目の弱パンチをガードし、すぐにバックステップすれば投げがきても逃げられるのではと思って賭けてみたが、どうにかうまくいったようだ。

 

 イーリイさんのキャラクターは投げを空振っていてチャンスなのだが、とりあえず逃げることに専念していたせいで距離感を今ひとつ掴めていない。ここで焦って大振りの攻撃を振って届かなければ、かえってこちらがピンチになる。前にステップを入れて出の早い攻撃を振っても間に合うかわからない。

 

 ならば、と思い、僕はふたたび賭けに出た。

 

「これならっ」

 

『ガードは間に合うぞっ……』

 

 前方へのジャンプ。投げを空振ったことで対空は間に合わないだろうとの判断だった。

 

 ここで一度基本の動作について立ち返るのだけれど、格ゲーの攻撃ボタンや画面上のゲージや数字について教えてもらっていた時のことだ。そういえば防御のボタンがないなあ、と思って訊いたら、防御はボタンを押して出すものではなく、スティックを相手の反対側に入力して出すものだと答えてくれた。

 

 話を聞いたその時はただ単に、なるほどなあ、と納得したけれど、今になってふと思う。

 

 防御は相手がいる方向と反対側に入力する。であるのならば、真上はどちらの判定になるのだろうか。

 

 これでイーリイさんの判断が少しでも遅れてくれればラッキー、くらいの気持ちで頭上を飛び越えるか否かという曖昧な場所でジャンプ攻撃を振ってみた。そうしたら、ちゃんと防御していたはずのイーリイさんのキャラクターにヒットした。

 

「あ、当たるんだ」

 

『おまっ……めくってくんなやぁっ!? それも教えてねぇだろうがよぉっ!』

 

「前なのか後ろなのかどちらの判定になるか気になったもので」

 

『知らないで出すんじゃねぇよそんなもん!? あああ待って待って待って!』

 

 攻撃を受けて怯んでいる相手の背後に着地。

 

「すいません。勝負なので」

 

 発生した硬直が解ける前に急いで、しかし落ち着いてコンボを始動する。〆に必殺技を叩き込んでしっかりとヒットポイントを吹き飛ばした。

 

 僕が二本目を取り、最後の試合は僕の勝利となった。今日四つ目の白星である。着実に上達してきているのを肌で実感している。嬉しい。

 

『…………』

 

「イーリイさん、お疲れ様でした。白熱した、とてもいい勝負でした」

 

「イヴさん、GGです。最後までどっちが勝つかわからなくて、観ている私も手に汗握りました。すごかったです」

 

〈おおおおお〉

〈これ初心者は嘘だって!〉

〈うおおおおおおお!〉

〈ふつうむりやんこんなん!〉

〈すげえええ!〉

〈イーリイさん惜しかったなあw〉

〈gg〉

〈いい試合だった〉

〈コメント忘れるくらいだった〉

 

 最後の一本の正念場で教えられていない投げを繰り出された時は剣ヶ峰に立たされた気持ちではあったけれど、あれだけ追い込まれたからこそ、先生から教えられた通りのことを駆使するだけではなく、自分の頭で打開策を考えることができたのだ。基礎になる知識はもちろん大事だけれど、なによりもピンチになっても諦めずに勝つ方法を探し続けることが強くなる一番の近道であると、イーリイ先生は教えたかったのだろう。試合中のイーリイさんの発言を記憶から消去すれば、そう思わなくもない。

 

 なんにせよ、息を呑む試合になったことは確かだ。

 

 僕はとても楽しかったし、隣で観戦していた礼ちゃんも楽しめた様子。これで観ていたリスナーさんたちも楽しんでくれていたら、今日の格ゲー講座は大成功である。

 

『………………』

 

 感想を言い合おうと思ってイーリイさんに話しかけるが、返事がない。ミュートになっているのか、はたまた通信環境の問題か。

 

「イーリイさん? どうかされました? ミュートになってますか?」

 

「アプリの不調かなあ?」

 

『……ぐずっ、うっく……っ』

 

 かすかに聞こえた音は、まるですすり泣くような、泣き声を我慢して喉を詰まらせるような、そんな音だった。

 

「え゛……」

 

「あーあ……お兄ちゃん」

 

〈イーリイさん無反応〉

〈アプリ落ちたんか?〉

〈負けてへこんだのかなw〉

〈あ〉

〈あ〉

〈あ〉

〈oh……〉

 

「いや、あの……イーリイさん?」

 

「ほんとこういうところだよ、お兄ちゃん」

 

「だ、だって……手を抜くほうが失礼じゃない? 格ゲーにおいては僕の師匠だよ? 師匠に本気で向かっていくのが、弟子としてのあるべき姿じゃない?」

 

「自分はずっとやり込んでるのに始めたばっかりの初心者に負けたら誰だってへこむよ。私だってそうだよ」

 

「うぐっ……でも、本気の勝負なのにわざと負けるなんて相手に……」

 

『負げ……ま゛げだっ……っ。ぐぞぅ゛っ……ひっぐ』

 

「……お兄ちゃん」

 

「…………」

 

 冷え切った視線を送ってくる礼ちゃんから逃げるように僕は顔を逸らした。

 

〈あーあ〉

〈あーあ〉

〈あーあ〉

〈兄悪魔さぁ……〉

〈気にすんなジンラス〉

〈女の子相手に……〉

〈あーあ同期泣かした〉

〈真剣勝負なんだからしゃあなし〉

〈自信のある分野で未経験者に負けんのはメンタルくるよなぁ〉

〈負ける時は負けるそれが格ゲー〉

〈センスあるやつには負けることもあるんだからジンラスは悪くねぇぞ〉

〈負けて心折れるようなら格ゲーなんざやってないから大丈夫よ〉

〈格ゲは弱い奴が悪いんだ〉

〈子羊さんたちがフォローにきとるw〉

〈子羊さんイーリイさんに厳しくて草〉

 

「あの、イーリイさん。そう落ち込まないで……」

 

『だっでっ……負げだら゛っ……お嬢とあぞびに゛い゛げな゛い゛っ……』

 

「そこですか……」

 

〈お嬢とオフに命かけてんのかw〉

〈必死すぎw〉

〈www〉

〈草〉

〈すまんなジンラスこういうやつなんだ〉

 

「そんなに悲しむくらい、私と遊びに行きたかったんですか?」

 

『うぐっ、ずびっ……っ。うん……お嬢に会いたかった……』

 

〈すまんけどかわいいな〉

〈かわいい〉

〈イーリイさんかわいい〉

〈かわいそうかわいい〉

〈イヴ虐いいな……〉

 

 いつもの激しい口調は賭けに負けたことで角がなくなり、会話の相手が推しである礼ちゃんということでとても素直になっている。常には目にできないイーリイさんのか弱い姿に、リスナーさんたちは開くべきではない扉を開きそうになっていた。

 

 その扉は閉じた上で鍵をかけてもらおう。

 

 すぐ隣で顔を引っ付けている礼ちゃんを窺ってみる。

 

「ねえ、礼ちゃん。お勉強とかで忙しいとは思うんだけど、どこかで時間作れないかな?」

 

『ジンラス!』

 

「大丈夫だよ。というか、そもそもこんな賭けにしなくても予定が空いてたら遊びに行くのに」

 

『お嬢!』

 

「ふふっ。よかったですね、イーリイさん」

 

『ああ! ありがとなジンラス!』

 

「あ、でも一つだけ条件があるんですけど、いいですか?」

 

『なんでも言ってください! セミ食ってこいくらいの命令でも今ならギリギリ引き受けられます!』

 

「言いませんよ……。そういう酷いことをするタイプの悪魔じゃありませんから、私」

 

〈せwみw〉

〈草〉

〈バケモンで草〉

〈引き受けちゃうのかよw〉

 

『うちでできる範囲のことならなんでも聞きますよお嬢!』

 

「お兄ちゃんも一緒なら、遊びに行っても大丈夫です」

 

「え?」

 

『えっ?』

 

〈大丈夫なんか〉

〈おお〉

 

 当惑する僕とイーリイさんを尻目に、礼ちゃんは続ける。

 

「だってイヴさん、私のスカート捲りたいとかって考えてるんですよね? さすがにそういう人と二人きりは……」

 

『くっそおおぉぉっ! なんでうちは馬鹿な妄想を口走ったんだ!』

 

〈草〉

〈草〉

〈草〉

〈身から出た錆w〉

〈草〉

 

「二人きりだとなにされるかわからないというか……。身の危険が……」

 

『しないしない! しないっすよお嬢! しないし言いません! というか、なぜその話を?! お嬢はその話は聞いてなかったはずじゃ?!』

 

「お兄ちゃん専属の優秀な切り抜き師がクリップをSNSにあげてくれてたんです。さっきの試合中にそれを見ました」

 

「ああ、めろさんが……。相変わらず仕事が早いなあ」

 

〈メロウ切り抜きchか〉

〈めろさんって呼んでんのかw〉

〈めろさん草〉

〈ほんまやw〉

〈タイトル『イヴ・イーリイの自供』で草〉

〈草〉

 

『自分の迂闊な口が憎い……』

 

「どうします? お兄ちゃんの同伴ありなら私はオッケーです」

 

『ぐっ……で、でも、ジンラスが一緒だとっ……』

 

「お兄ちゃんが一緒だとなにか不都合があるんですか? やっぱり変なことするつもりなんですか?」

 

『しないしないしないっす! すんませんほんとすんません! もう忘れてもらえると助かるんすけど?!』

 

「どうします?」

 

『っ……わかりました! ジンラスも一緒でいいんで、どっか遊び行きましょう!』

 

「わーい」

 

〈妹悪魔強すぎて草〉

〈お嬢かわいい〉

〈わーいかわいすぎかよ〉

〈押し切られとるw〉

〈草〉

〈イーリイさん相手なら大丈夫そうか〉

〈杞憂しかけたわ〉

〈もう荒らしは一掃したんだし大丈夫だろ〉

〈『自供』カード強すぎw〉

 

 ジン・ラースが女性Vtuberとオフで会う。その一点について過剰に反応するリスナーもいるかと思われたが、僕の配信のコメント欄を見る限りでは、そこまで気にする必要はなさそうだ。また配信が荒れるのではないか、と心配していた様子のリスナーが幾人かいるくらいで、直接的に言及するリスナーはいない。

 

 僕とイーリイさんの二人で会うわけではなく、礼ちゃんのついでというか、保護者として僕がいる、という構図なのが荒立たなかった一因だろうか。イーリイさんの性格やキャラクターも大いに関係してそうだ。

 

「…………」

 

 炎上騒動という前例があるので仕方がないのだけれど、少し僕もそのあたりの空気感の変化に関して神経質になってしまっているのかもしれない。

 

 しかし、神経質になるくらいで丁度いいとも思う。なんせ、この問題が大きくなった場合、僕だけで留まらないかもしれないのだ。礼ちゃんもイーリイさんも巻き込むことになるかもしれない。いろいろと反応は注視しておくべきだろう。

 

「……ごめんね、お兄ちゃん……。勝手に決めちゃって……」

 

『おいごらジンラスゥゥ! お嬢謝らせんなっつったろが!』

 

「大丈夫だよ、礼ちゃん。遊ぶにしても、どう遊ぼうか考えていただけで」

 

「そう? ……そっか、ならよかった」

 

 これは事実だ。オフで会うにしても、ゲームの趣味はかなり分かれているし、イーリイさんはどちらかと言えばアウトドア寄りの趣味をしている。

 

 運動とかできる施設に遊びに行くのはありかも、なんて考えている時に思い出した。

 

「そうだ。ツーリングとかいいんじゃないかな?」

 

『お? ツーリング?』

 

「イーリイさん、バイクが趣味って言ってたじゃないですか。それならアプリで通話繋ぎながらツーリングとかしても楽しそうかなって」

 

「イヴさんバイクが趣味なんですか? かっこいいですね」

 

『えへぇっ、いや、そんなそんな! ただバイク転がすのが好きってだけっす! お嬢もバイク乗るんすか?』

 

「はい。よくバイクで適当に走ったり、暑かったり寒かったりする時はドライブしたりしてます」

 

『へぇー! けっこう意が……それって、お嬢が運転しているわけでは?』

 

「もちろんないですね。バイクだとお兄ちゃんの後ろ、車だと助手席が私の定位置です」

 

「急に夜に『バイクでどっか連れてって』って言い出すもんね、礼ちゃんは」

 

「やっぱり気晴らしする時間って大事だよね」

 

〈てぇてぇ〉

〈てぇてぇ〉

〈ほんと仲良いなこの兄妹〉

〈てぇてぇ〉

〈悪魔兄妹しか勝たんのよ〉

 

『う、うちのバイク、乗り心地いいって地元のツレにもよく言われるんす。お、お嬢も……』

 

「私はお兄ちゃんの後ろに乗ります」

 

『判断早すぎますって!』

 

「イヴさんの後ろに乗ったら、強く抱きついてもらおうとして無理にスピード出しそうで怖いです」

 

「すっごい偏見だね」

 

『でもその可能性は否めない! くそぅっ!』

 

「とりあえずツーリングに行くことは決定したわけだし、どこに行くかとか日程とか、細部はまた詰めていこうか。もう予定の時間を若干オーバーしちゃってることだし、今回の配信はこのあたりでお終いにしましょう。イーリイさん、それでいいですか?」

 

『おう。……まさか格ゲーの手解きしたその日に四回も負けることになるとは思わんかった。最後なんか卑怯な手まで使ったってのに』

 

「やはり先生の教え方が丁寧だった、ということが大きかったのでしょうね。初歩の初歩、基礎の基礎から一つ一つ地固めしていく重要性を再確認できました。今日の配信を観れば、今回遊ばせていただいた格闘ゲーム『Strike Force』での基本をマスターできます。断言します。僕が証拠です」

 

『お前みたいな奴がそうそういてたまるかよ。それに格ゲー講座を(うた)うんなら、うちらは雑談が多すぎんだよ。雑談全カットすりゃあ、格ゲーの入門編としてはいい教材になるかもな』

 

「雑談しない僕たちなんて、お米の入っていない雑炊みたいなものじゃないですか」

 

『出汁効かせたお湯じゃねぇかそれ』

 

「ふふっ、くくっ……イーリイさんの切り返しは本当に気持ちいいですね。ふふっ、癖になります」

 

『そんな理由でボケまくってんじゃねぇよ』

 

「イヴさん、これはすごいことなんですよ! お兄ちゃんがこんなに頻繁にネタに走るなんて、よほど信頼されてないとないんですから!」

 

『い、いや、お嬢……。うち、そんなの求めてないっす……』

 

「誇っていいですよ!」

 

『誇っていいと言われても……。怒っていいって言われたらぜんぜん怒れるっすけど』

 

「礼ちゃんも加わったら一時間くらい簡単に雑談で溶けちゃうから、もうお別れの挨拶しましょう。終われません、このままだと」

 

〈ずっと聞いてたいw〉

〈今度は三人で雑談してくれ〉

〈オフも気になる〉

〈あと二時間くらい延長しようぜ!〉

 

『ああ、そうだな。うちもけっこう疲れたし。なんなら格ゲー講座始める前から疲れてたし』

 

〈そういえばたしかにw〉

〈笑い疲れとツッコミ疲れな〉

〈草〉

〈よく持ったほうw〉

 

「へえ、そんなに盛り上がってたんだ? あとからアーカイブ観よっと」

 

『お嬢、アーカイブ観るならジンラスのほう観るといいっすよ。うちのほう、配信開始が遅れたんで』

 

「そうなんですか? わかりました」

 

「イーリイさんは笑い過ぎて手元震えて配信用ソフトの操作が遅れてたんだ」

 

『お前のせいだけどなぁっ!』

 

「ふふっ……だって、あれは僕悪くないですから」

 

『お前が畳みかけてくっからっ……』

 

「はいはい。二人とも、配信閉じるんじゃなかったの? 話し始めてたらまた終われなくなっちゃうよ」

 

『……うす。すんません……』

 

「あ、そうだった。危ない危ない。それでは、これで『Strike Force』の初心者講座配信を終わりたいと思います。格ゲーを触ったことのない人、始めたけど操作方法がよくわからない人の一助になっていたら幸いです」

 

『ちなみに言っとくけど、ジンラスの呑み込みが異常に早いだけで本来はもっと(つまず)くところめちゃくちゃあるからな。コマンドは出そうと思った瞬間に出せるようになるまでめっちゃ練習しないと出ねぇし、コンボなんて実戦で使えるようになるまでに何回失敗するかわからん。こいつがおかしいんだ。ふつうはまともな試合ができるようになるまで時間がかかる。そういうもんだ。そこだけは勘違いしないでがんばってくれ』

 

「長いコンボの練習は、部分部分で区切って練習して慣れてきたら繋げていく、という方法が効率よかったですよ。何度練習しても同じところでミスしてしまう、という場合におすすめです。それでは、ここまでご視聴ありがとうございました。イーリイさんも、今日は教えてくれてありがとうございました。新鮮でしたし、とても楽しかったです」

 

『そうかい。うち的にはいろいろあったが、楽しんでもらえたのならまあいいや。てかジンラスお前本当にセンスあるから続けたほうがいいぞ。いや続けてくれ。お前くらい骨のある相手が身近にいねぇんだわ』

 

「いやあ……さすがに格闘ゲームばっかりはちょっと……。僕、街を守るという仕事もありますので……」

 

「お兄ちゃんは絶対国防圏(絶望圏)しすぎでしょ。一人でゲームしてる時はずっと絶望圏やってるじゃん」

 

『絶望圏?』

 

「絶望圏はやめてね。知らない方のために説明しますと『Absolute(アブソリュート) defense(ディフェンス) zone(ゾーン)』……絶対国防圏っていう、FPSゲームがあるんです。それの俗称が絶望圏と呼ばれてるんですよ。時間がある時は僕そのゲームに忙しいのです。ああ、また話が逸れている……終わります。本日の配信は『New Tale』の四期生、悪魔のジン・ラースと」

 

『また今度ジンラスには格ゲー付き合ってもらうけどな。強制連行する。えーと『New Tale』四期生、シスターのイヴ・イーリイと!』

 

「…………」

 

「…………」

 

『…………』

 

「礼ちゃんの番だよ?」

 

「えあうわ私も言うの?!」

 

『くはっ、わうわう言ってるお嬢かわええ……』

 

「……勝手に紛れ込んでしまいました『New Tale』二期生の悪魔、レイラ・エンヴィでした」

 

「はい、ありがとうございました。また次の配信でお会いできるのを楽しみにしております。それではこのあたりで。おやすみなさい」

 

『うーい、またなー、おやすみー』

 

「私、枠取ってないんだけどなあ……。あ、概要欄にあると思いますので、よければお兄ちゃんとイヴさんのチャンネル登録や高評価、SNSのフォローもよろしくお願いします。それではみなさん、お邪魔しました。おやすみなさい」

 

 僕たちの先輩にしてベテランの礼ちゃんが綺麗に締めくくったところで、配信を終了した。

 

『うーい、ジンラスおつかれー。お嬢も途中参戦ありがとうございました!』

 

「お疲れ様です、イーリイさん」

 

「お疲れさまです、イヴさん。枠も取ってない勝手に乗り込んできた私が終わりの挨拶に加わってるのも、なんだかおかしな話ですけど……」

 

『いやいやいや、全然おかしくないっす! あれでいいんす! お嬢が参加してくれたおかげで、うちのリスナーも盛り上がってたんで!』

 

「そ、そうですか? 迷惑になっていなければいいんですけど」

 

『迷惑だなんて言う奴がいたらうちが説教しとくんで安心してください! そいつの頭蓋骨かっ(ぴら)いて直接脳みそにお嬢のよさを叩き込んでやりますよ!』

 

「イヴさん、表現がグロいです……」

 

「普通に生きていて使う表現方法ではありませんね」

 

『えぇっ?! いや、もちろん冗談すよ? 本当に頭蓋骨かち割ったりしないっすよ?』

 

「そうですよね? 冗談ですよね? うん、わかってましたよ?」

 

『そのわりには疑問符多いっすね……』

 

「そうですよね。イーリイさんは鼻から入れるんですよね」

 

『当たり前だろ頭蓋骨割るなんて片付けが大変なことするわけねぇだろ鼻からちゅるちゅるっと流し込ばかやろうが。やってること大差ねぇんだよ』

 

「ふふっ、くふふっ……」

 

「イヴさん、今日初めて話したとは思えないくらいお兄ちゃんと相性いいですね。こんなにお兄ちゃんが人に振るところなんて初めて見ましたよ。めちゃくちゃ笑ってますし」

 

『やめてくださいお嬢。そいつはきっとうちのこと守備範囲の広い球拾いくらいにしか思ってないっす』

 

「あははっ。好きだなあ、僕。イーリイさんのワードチョイス」

 

『褒められてこんなに嬉しくないことってあるんだな。初体験だわ』

 

 一旦落ち着くために一呼吸して、居住いを正す。

 

 イーリイさんと話していると楽しくなってしまって本題から離れていってしまうことが問題である。

 

「ふう……。ところでイーリイさん。一つ、お伝えしておいていいですか?」

 

『あ? なんだよ改まって……怖ぇな』

 

「コラボ誘ってくれて、ありがとうございます」

 

『……しっかり怖いこと言ってきやがった。なんだ、なにを企んでやがる』

 

「何も企んでませんよ。誘ってもらえたことが嬉しかったというだけの話です。どれだけ同じ箱の人と仲良くしたいと思っていても、まだ僕からは誘えませんからね」

 

『細かいこと考えんな、とは言えねぇからな……こればっかりは。不用意な発言すれば最悪、相手に迷惑がかかるかもしんねぇわけだし。ま、一旦うちとのコラボは成功したわけだし、まずはここからゆっくり同期連中とコラボできる機会を探っていこうや』

 

「やっぱりそういう目的もあったんですね。僕としてはとても助かります」

 

「そういう目的って?」

 

 礼ちゃんの質問に、コミュニケーションアプリのラグを感じさせない反応速度でイーリイさんが答える。

 

『ジンラスが急に四期生の女連中と絡み出したら、うるさく言ってくるリスナーもいるかもしれないじゃないっすか。うちとのコラボを挟んでいけばリスナーも慣れてくれるんじゃないかなっていう考えっす』

 

「急にやり方を変えれば驚いたり不安になったりするリスナーさんもいるだろうからね。段階を踏んで慣れていってもらえたらいいなって思ってたんだよ」

 

『その点、うちは便利な位置にいるんす。アーニャたちともジンラスとも近い。言えばアーニャたちとジンラスの中間地点にいるようなもんっすから』

 

「僕が直接関わりに行くと相手のリスナーさんたちは拒否反応があるかもしれないけど、イーリイさんに仲立ちしてもらえたらアールグレーンさんたちとも仲良くできるんじゃないかなってね」

 

「はー、なるほど。……あ! それなら私も、私の同期たちとコラボできる場をセッティングするよ!」

 

『いや……それは』

 

「二期生の先輩方とはまた話が変わってきちゃうかもね」

 

「えー、なんで? 一緒に遊ぶゲームがない、とかって意味じゃないんだよね?」

 

「うん。四期生とのコラボだと『ジン・ラースは同期だから』っていう名目を一応立たせられるけど、二期生の先輩方相手だと関係性が遠いんだ」

 

『妹を使って二期生に近づこうとしてる、とかは言われるかもしんないっす。一番悪いのはお嬢にヘイトが向くかもしれないとこっす。二期生にジンラスを繋げたとかって』

 

「そんなこと……ない、とは言えないですけど……」

 

「先輩方とコラボするのは、僕がもう少しリスナーさんたちから信用されてからだね」

 

「むう……」

 

『順序的にも同期とコラボしてからってのがふつうだしな。ジンラスの場合はイレギュラーだけど』

 

「同期は身内と考えるなら、捻りもなく実際に身内である礼ちゃんとコラボするのは道理ですね」

 

『はっは、それもそうだな。でも大丈夫っすよ、お嬢。ジンラスが自由にコラボできるようになった時には、先輩たちにジンラスを紹介することになるんすから』

 

「早くそうなったらいいなあ……。私、同期にもお兄ちゃんの話いっぱいしてるんですよ」

 

『あははっ、見たことあるっすよ。お嬢からめっちゃお兄さんとの惚気話を聞かされた、っていう同期の人たちの切り抜き』

 

「ゲームすっごい上手いんだよっていう話もしましたよ」

 

「また知らないところでハードルが上がってる……。期待を裏切ってしまいそうでお会いするのが怖くもあるよ」

 

『あんだけFPSできりゃ十分だろ。てか格ゲーも初めて触ってうちに勝てるくらいなんだからゲーム上手ぇよ』

 

「わあ、イーリイさんから太鼓判いただきました。これからは胸を張って格ゲー上手いですって言っていきます」

 

『おお、その調子でどんどんうちと格ゲーやってくぞ』

 

「すみませんでした」

 

『逃げんじゃねぇ。逃がさねぇぞ』

 

「ふふっ。よかったね、お兄ちゃん。同期の人と仲良くなれて」

 

「そうだね。格ゲーという沼に引き摺り込もうとしてくるのはどうにかしてほしいけど」

 

『仲良く……』

 

 仲良く、というワードにイーリイさんは引っ掛かったようだ。尻すぼみに声が小さくなっていた。

 

 僕自身、イーリイさんとは親しくなれたと思っていただけに衝撃的だ。

 

「えっ……な、仲良くなれて……ませんか? すみません……僕、人との距離感とか(はか)れなくて……」

 

「仲良くなれてたよお兄ちゃん! あんなに話盛り上がってたのに仲良くないわけないよ! ちょっとイヴさん! お兄ちゃんは人間関係に繊細なんですから発言には気をつけてください!」

 

 礼ちゃんのフォローも僕のメンタルを削ってきているのだけれど、本人は気づいているのだろうか。

 

『そうだよな……仲良くなった。配信も楽しかったしなぁ……頭痛くなるくらい笑ったし。たった一回……三時間程度話しただけなのに、こんなに距離が縮まるなんて思わなかったんだよなぁ……』

 

 少しマイクから口元を離したような音量の下がり方だった。

 

 まるで諦観するような、イーリイさんからは聞くことのなかった声音。

 

「どうしたんです? イーリイさん?」

 

「あの……イヴさん?」

 

 礼ちゃんからの声かけにも応えずに、イーリイさんは一つ大きく深呼吸して、熱量の下がった口調で言う。

 

『……悪い。うち、お前を利用しようとしたんだ』

 




次はイヴ・イーリイ視点です。
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