サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。 作:にいるあらと
今日も今日とていつもと同じ時間にPCの前に着く。喉の調子を確かめて、マイクの位置や設定が適切かチェックする。
そのあたりはいつも通りだが、今日はいつもと同じ配信ではない。
なんと今日は、人様のチャンネルへとお邪魔することになっている。コラボのお誘いを受けているのだ。
『はーい! 今日もロロのチャンネルへようこそー! 今日はSNSでも通知してた通り、初めてのゲスト! 今この人を知らないのはモグリとすら言われている「New Tale」の……否! Vtuber界の超新星! ジン・ラースさんです! どうぞー!』
口上にあったように、ロロさん──個人で活動していらっしゃる
田品さんは個人での配信や仲の良い人と行うコラボ配信とは別に、人気のあるライバーさんや今ホットなライバーさんを自分のチャンネルに招待してお喋りするコラボを定期的にされている方だ。
紹介にあった通り、僕もVtuber界隈をいろんな意味で、主に悪い意味でホットにしたので田品さんの目に留まったのだろう。
「田品さんの配信をご視聴中の皆様、初めまして。ただいまご紹介に
『あー、えと、あの……ロロはジンさんが炎上してたから呼んだとか、そういうわけでは決してなくて、ですね……えっと、えっと……』
しどろもどろになりながら田品さんは僕を招待した理由を説明しようとしてくれる。説明しようとしてくれているわりに呼んだ明確な理由は出てこないのだけれど、どういうことだろう。
ともあれ本人曰く、悪い意味で界隈をホットにしたから呼ばれたわけではなさそうなので安心した。きっと派手な炎上で注目度が上がって、その時に僕の配信を観て『おもしろそうだからこいつ呼んでみよう』と考えてくれたのだろう。うん、そのほうが僕としては気が楽なのでそう受け取っておこう。
「はい、大丈夫です、わかってますよ。変な気を遣わせてしまってすみません。僕のチャンネルをいつも観てくださっている方なら炎上の経緯については痛いほど理解しているのでこういうことを言ったりしないのですが、本日はこうして田品さんのチャンネルへとお邪魔させていただいてるわけじゃないですか。下手に炎上の件を避けて田品さんのリスナーさんに誤解してほしくないので、もういっそのこと冒頭で説明させてもらおうかと」
『あっ、そうなんですね! ロロのほうこそごめんなさい、ちょっと動揺しちゃって……。もしかしたら、炎上で目立ってたから今日呼ばれたんだ、みたいにジンさんに思われちゃってたのかなって考えてしまって』
「あはは、そんなことありませんよ。それに僕も言葉足らずでした。申し訳ないです。田品さんは僕に直接連絡するのではなく、念を入れてわざわざ一度『New Tale』のほうにコラボのお誘いについての確認のメッセージを送ってくださるほどに気にしてくださっていると、僕も理解できているつもりですよ。少なくとも田品さんに対してネガティブな感情なんて一欠片も抱いてないことは確かです。僕はこの日をとっても楽しみにしていたんですから」
以前、僕と礼ちゃんで菓子折りを持って事務所へ謝罪に赴いた日のことだ。僕らの独断専行についてスタッフさんたちへ謝罪した後にイーリイさんとのコラボの是非について相談をしていたのだけれど、そのイーリイさんの話の後に、外部からコラボの誘いが来ているということを美影さんから聞かされた。
より具体的に言うと、ジン・ラースさんにコラボのお誘いをしたいのですがいいですか、といった内容だったらしい。ブランディングや経営方針などにも配慮された、とても丁寧な文章で届いていたそうだ。
一旦事務所で預かって本人と、つまりは僕と話し合って結論が出次第追って返答します、というメッセージを返したあたりで僕が事務所に行く運びになったので、それなら事務所に来たタイミングで直接外部コラボをどうするかの話をすることにしたようだ。あの日は話す内容が多いし濃いしで中々にハードだった。
『たのっ、楽しみに? ほんとです?』
「ええ、もちろん。妹……レイラ・エンヴィ以外とコラボするというのがそもそもめずらしいことですし」
楽しみにしていたのは事実だけれど、やろうと思えば田品さんとのコラボはもっと早くにやれる機会はあった。
それなのになぜ今日まで延びてしまったかというと、イーリイさんとのコラボを優先したからだ。
田品さんからコラボのお誘いがきている、との話を聞いた時、僕はすぐにでも受けようかと思っていたのだけれど、同席していた礼ちゃんから『先に同期とコラボしておいたほうがいい』というアドバイスをもらったのだ。少なくとも『New Tale』では厳密にそういうルールが定められているわけではないけれど、礼ちゃんが言うには同期がいる場合は先に同期とコラボしてから先輩や外部の配信者とコラボするものらしい。暗黙の了解のような、そういった風潮があるのだとか。
なかなか礼ちゃん以外の『New Tale』所属ライバーとコラボはできないけれど、それでも一応は『New Tale』に所属していて、同期が四人もいる僕だ。なぜそういった裏ルールみたいなものがあるのかはわからないが、あえてどこかの誰かの反感を買う理由もない。なので、すぐにコラボできそうな同期がイーリイさん一人だけだとしても、先に同期とコラボしてから田品さんからのお誘いを受けることにしたのだった。
「 なにより田品さんとのコラボが初めての箱外のコラボなんです。なのでとてもわくわくしていました」
『ぁはっ! ……ごめんなさい、キモい声出ちゃいました。そんなに快く受けてもらえると思わなかったので、ロロもとても嬉しいです。そういえば妹さん……の話の前に、炎上についての説明からしたほうがいいですよね?』
コラボする前の予習というか、田品さんの配信のアーカイブを事前に視聴したりもしていたのだけれど、僕と話している時の田品さんの声は少々重いというか硬い印象である。先ほどの『ぁはっ!』という奇声を発した時の声の高さくらいが田品さんの配信中の基本的なトーンだ。いやさすがに言い過ぎか。奇声の一歩手前くらいのテンション感が普段のトーンである。
僕とは初対面ということもあって(もしくは一度炎上した相手ということもあって)緊張してらっしゃるのかもしれない。
次いつあるかわからない田品さんとのコラボなのだ。この機に仲良くなれるように頑張ろう。
だがその前に、まずは勘違いされないようにするために、勘違いされていたらそれを解くために、炎上騒動についての概説だ。
「話の腰を折るようですみません。少しだけお時間頂戴します」
僕のデビューから始まった炎上の
時間的、個人的、プライバシー的な都合もあって裏側まで余すところなく詳らかに説明したわけではない。かといって脚色は一切していない。少なくとも嘘はない。
『……つまりは完全にもらい事故だったんですよね、あの炎上って』
「そうですね。僕が『New Tale』からデビューすることと件の男女の炎上が時期的に重なってしまったことで、さらに炎上の規模が大きくなってしまったという感じです」
デビューしてから時間が経って僕の活動環境の地盤が固まった後であれば、件の男女Vtuberの騒動が起こっても影響は最小限に抑えられていたと思う。半年あればゆとりをもって、なんなら三ヶ月でも件の男女の炎上の時期が後ろにずれてくれていればやりようはあったのだけれど、皮肉なことにばっちり重なっていた。
しかし視点を変えると、まだ時期が重なるくらいでよかったとも捉えられる。逆に僕のデビュー時期より件の男女の騒動が三ヶ月や半年早かったとしたら、その場合は手の施しようがなかった。
そう考えれば、最高のタイミングではなかったにしろ、最悪のタイミングでもなかった。
『ジンさんはご自身のチャンネルでも説明してましたけど、意外と炎上の内容を知らない人が多いんですよね。ロロがジン・ラースさんとコラボしますって告知した時も、リスナーの中にも「炎上したライバーだしやめたほうがいい」って言ってる人がいて』
「僕に興味のない方ならそういう印象になってしまうのも仕方のないことです。『ジン・ラースは炎上に巻き込まれただけなんだな』と理解してくれているのは、配信を観てくれていた人と、今回の炎上にどういう事情があったのかを調べようとした人だけですからね。内容を知らなければ『ジン・ラースは炎上してたし何か悪いことした奴なんだな』くらいのイメージを持ってしまうのは当然といえば当然です」
『……つらくないです? そんなのって』
「
いつも傍にいてくれる礼ちゃんはもはや言うに及ばず、自分も忙しいのに時間を割いて力を貸してくれている夢結さんや寧音さん。仕事量が激増して疲れも溜まっているはずなのに一言も文句を言わず、僕の精神面を心配してことあるごとに気遣ってくれた美影さん。あえて炎上の件を話題には出さずに、ゲームしようぜ、と元気づけてくれた少年少女Aさん。
優しい人たちの暖かい思いやりが、とても嬉しかった。
炎上騒動が終息を迎えてからは、とんでもない動画編集技術を持つめろさんが活動を支援してくれている。最近ではイーリイさんともコラボできたし、友人になれた。
多少スタート地点で
今の僕を応援してくれている人がいるのだから、僕は僕のまま僕のペースでのんびりと活動するだけだ。その活動の中で、これまで僕を助けてくれた人たちに少しでも恩を返すことができたなら、それがベストである。
『すごいなぁ……強いなぁ。ロロなら……心折れちゃうかもしれないです』
「強くもすごくもないですよ。ただ人よりも感性が鈍いだけなので。それよりもなんだか申し訳ないです、田品さんにも田品さんのリスナーさんにも。せっかくこうしてコラボに誘っていただいたのに冒頭から気分の悪い話をしてしまって」
いやはや全くもって気分の悪い話で申し訳ない限りである。楽しみたいからリスナーさんは配信を観にきてくれているというのに、これでは話の腰を折るどころの騒ぎではない。
『いえいえっ! コラボのお誘いしたのはロロのほうなので! それにリスナーの中にはジンさんのこと勘違いした人もいるかもしれないので、こうしてお話ししてもらえたほうが安心して配信観れると思います!』
なんと優しい方だろう。
経緯はどうあれ一度炎上した男というだけで田品さんからしてみたら触れづらいはず。だというのに、コラボ配信が始まって初っ端から暗い話を展開した僕にフォローまで入れてくれる。田品さん、人格者である。
「そう言っていただけると助かります。ありがとうございます。改めて、今日はよろしくお願いしますね。田品さんのリスナーさんも、よろしくお願いします」
『はいっ! よろしくお願いします! それでは始めていきたいんですけど、その前に一ついいですか?』
「はい、なんでしょう」
『田品さんっていう呼び方変えてもらうことってできます?』
田品ロロさんのことを『ロロ』と呼ぶ人はいても『田品』と呼ぶ人は、コラボしていた配信者、視聴しているリスナー含めて誰もいなかった。
やはり『ロロ』呼びのほうが本人も慣れているし、リスナーさんも馴染みがあるのだろう。
「田品様のほうがよかったですか?」
『ちがうちがうちがうっ! ちがうよっ! なんでそうなるの?! 名字じゃなくて下の名前で呼んでくださいってことですよ!』
「ああ、なるほど。そういうことでしたか」
『びっくりしちゃいましたよ……わぁって体が熱くなっちゃいましたよ』
「てっきり『さん呼びとか敬意が足りないだろうが』みたいな話なのかと」
『どんな人間だと思ってるんですかロロのこと!? そんなに権力欲強い人間じゃないんですけど!』
「僕もそんなタイプの人ではないと思っていました」
『それなら名前で呼んでほしいんだな、ってことに思い至ってほしかったです……』
「よかったです。ちゃんと拾ってくれる人で」
『よかったとこそこっ……。くぅっ……コラボするよって告知した時、ジンさんのところのリスナーさんっぽい人が言ってた「真面目な顔して淡々とボケてくるのでがんばってください」ってこのことかっ』
「ちょっと前にコラボした同期もそんなこと言ってました。どんなふうに思われているんでしょう、僕」
『イケボでボケるサイコパス悪魔、というフレーズはSNSで見かけましたけど』
なんだかイーリイさんにも似たようなことを言われた記憶が蘇る。
「なかなかにボリュームのある肩書きですね。肩が凝りそうです。ところで田品さん呼びはどうしてだめなんですか?」
『話が急に戻ってきた……。えっと、ロロのこと名字で呼ぶ人いないんです。みんなロロって呼ぶので。なのでジンさんがロロのこと田品呼びするたびにリスナーが草生やすんです。〈田品草〉〈一瞬誰かわからんかった〉って』
「たしかに華やかで愛らしい外見的に、田品さんよりもロロさんのほうが呼び方として適切な気がしますね」
『えっ、あ、愛らしいです? それってかわいいってことですよね? えへ、へへへ……ありがとござます。ちょっとリスナー聴いた?! ロロかわいいらしいよ!』
一応いただいていた田品さんの立ち絵を見直してみる。薄紫の髪を後頭部でお団子にして纏め、耳には近未来チックなデザインのお洒落なヘッドセット、衣装はフリルやレースで装飾が施されたような可愛らしい改造制服となっている。全体的に少し幼めな印象だ。
これならば名字より名前のロロ呼びのほうがしっくりくるだろう。
「はい、わかりました。今日が初めましての人を名前で呼ぶのは馴れ馴れしい奴だと思われそうで抵抗があったのですが、ご本人様から許可が出たのなら安心ですね」
『ええ、はい! 全然大丈夫です! えへへっ』
「僕のせいでずいぶん前置きが長くなってしまいましたね。そろそろ予定していたコーナーのほう、やっていきましょうか田品さん」
『おっけー! リスナーからもらったメッセ……変わってない?! 呼び方! 変わってないっ! なんだったんですかさっきの「はい、わかりました」は!?』
「すいません、振りかと思って。一旦挟んでおこうかなって」
『振りじゃないですよ! なんかおもしろい話しろよ、みたいな無茶なこと言ってくる体育会系の先輩じゃないんですよロロは!』
「すいません。つい出来心で。ロロさん、ロロさんですね、はい」
『これでいいんだろ感が滲んでるんですけど。雑な感じが漏れてるんですけど』
「ロロさん、時間押してます。行きましょう」
『誰のせいだと思ってんだああぁぁっ!』
「あははっ。よかった、いつものロロさんっぽくなりましたね」
『い、いつもの?』
「普段の配信は今日より溌剌としていましたからね」
今回のコラボに先立って予習ということで田品さんのアーカイブをいくつか視聴したけれど、それらを観た限りはロロさんは基本的にハイテンションで気持ちよく叫ぶ方、というイメージだった。
ゲームをしていても、うまくいけば叫ぶように喜び、失敗したら叫ぶように嘆く。根から明るいテンションの高い女性だ。
雑談がメインの配信でもそう。一人でやっている時はリスナーから送られてくるコメントを拾ってプロレスしたり、コラボの時はコラボ相手と陽気に話していた。初対面のゲストを呼んでいる時も、テンポのいいトークでゲストを引っ張るようなシーンが多かった。
今日みたいに一歩後ろに下がるような距離感の人ではないのだ。
「やっぱり相手に突っかかったり元気よく叫んでいるほうがロロさんっぽさがありますよね」
『やべっ……アーカイブ観られてるっ』
「はい、もちろん観させてもらいましたよ。興味深い内容の配信もありましたね」
『ち、ちなみに、その興味深いというのはなんの配信かだけ……』
「僕の口からはあまり言えませんけど、とりあえず膀胱炎にならないように気をつけてください、とだけお伝えしておきます」
『一番観られたくない人に一番観られたくない配信観られてるううぅぅっ!?』
「そうやっていろいろこれまでの配信を観させてもらっていたので、今日実際お話しして『あれ、どうしたんだろう?』とは思ってました」
『ぅっ、うん、まぁ……リスナーからも〈猫被ってて草〉とか〈緊張しとるやん〉とかって大量に草生やされてますけど……』
「……もしかして僕って喋りにくかったりします? わりとコミュニケーションエラーが起きやすいタイプではあるんです、僕」
『いやっ、話しやすいです! 率先して話してくれててとてもやりやすいんですけど、そうじゃなくて。……えっと、ジンさんをコラボにお誘いした理由でもあるんですけど……』
「ほう? なるほど、お聞きしましょう」
『最初はリスナーから教えてもらったんですよ。おもしろい新人がNTにいるからゲストで呼んでほしいって。その時にはもうジンさんの名前は知ってたんですけど、どんな人なのかは知らなかったんです。えっと、あの……炎上してたっていうのだけ、知ってて』
「はいはい」
『調べてみたら炎上についてのことをまとめてるのがあって、それを見て「ああ、この人は被害者なんだ」……って』
「いやあ、とてもありがたいですね、まとめてくれている方の存在は。ジン・ラースというVtuberが炎上したという話は聞いたことがあるけれど実際はどういうことをしたんだろう、と気になった人が調べた時に、こうして事情を知っていただけるのですから」
おそらくロロさんが見たというまとめは、めろさんが情報をまとめた記事のことだろう。ジン・ラースの炎上騒動について検索した時、炎上騒動の時系列や原因について詳細に取り上げたウェブサイトで一番上に出てくるのがめろさんが管理運営しているサイトなのだ。
切り抜きとは別の名義でやっているウェブサイトのため、ここでめろさんの名前を出すことはしないけれど実に助かっている。きっと他にもロロさんと同じように調べた人もいることだろうし、調べてくれた人の誤解を解くのに役立っているはずだ。
とてもありがたいことなのだけれど、活動内容が多岐に渡りすぎてめろさんの健康が心配だ。ちゃんと寝れているのか不安になる。
『うん、とても詳しくわかりやすく書かれていて助かりました。悪いことをして炎上したんじゃないんだ、って安心して、サイト内でおすすめされてた動画に飛んでみたら、ほんとにおもしろかったんですよ。そうだ、あれ観たんです! 途中でレイラちゃんが合流した「
「ああ、あの時の配信。合流というか、自分のことを呼ばれていると思った礼ちゃんが僕の部屋に入ってきちゃったんですよね。僕の配信だとわりと礼ちゃんは飛び入り参加しがちなので、そうめずらしいことでもないですけど」
『ジンさん一人の時も独特な観点からの実況とかプレイングでおもしろかったけど、レイラちゃんが参加してからべつの種類のおもしろさが加わってて! なによりジンさんのボケにちゃんとツッコんでくれるのがすっきりしました! 悪魔じみたというか悪魔そのものな言動もたくさんあってとても楽しくて、気づいたらしっかり最後まで観ちゃってました!』
「わあ、ありがとうございます。……褒めていただけるのはそれはもう大変光栄なのですが、まだ観ていないリスナーさんに対してかなりハードルが上がってません? この話を聞いて、観てみようかな、と思ってくれたリスナーさんをがっかりさせるようなことにならないといいのですが……」
『大丈夫です! 上がったハードルを悠々と飛び越えていけますから! 後日投稿されてたゆきねチャンネルさんの手描き切り抜きもめっちゃよかったし!』
「そっちまで観ていただいてもう、ありがとうございます。僕が感謝するのもおかしな話ですけど。また今度本人に伝えておきます」
あの日の配信内で、お着替えしたレイチェルの姿を見て礼ちゃんと『レイチェルの別バージョンのお洋服も見たいよね』と話していたのだ。後日夢結さんと寧音さんがやってくれている手描き切り抜きでは、しっかりその時のシーンを素晴らしいイラストで描いてくれていた。手描き切り抜きが投稿された時にも言ってはいたけれど、ロロさんからの感想と一緒に改めて夢結さんと寧音さんに感謝を伝えるとしよう。
『ロロにはチャンネル登録することくらいしかできなかったので、せめてありがとうございましたとお伝えください。そうやってジンさんがおもしろい人だってことはアーカイブや切り抜きでロロの腹筋に刻み込まれたわけなんですけど……』
「腹筋?」
『はい。笑いすぎて次の日腹筋が筋肉痛になりました』
「ふふっ、それは申し訳ないことをしました」
『とても幸せな筋トレでしたありがとうございます。それでもその時はコラボにお誘いするか迷ってたんです。ジンさんのことを知っているリスナーはおもしろい新人Vtuberがいるってことで教えてくれたわけですけど、やっぱり知らないリスナーにとっては、あの……炎上したVtuberっていう間違った印象を持ってるわけじゃないですか。勘違いしちゃってるリスナーをびっくりさせるんじゃないかなって思って』
「ええ、そうですよね。どうして誘ってくれたのだろうという疑問は僕も持っていました。リスナーさんの中には僕のことを自主的に調べて誤解を解いてくれる人もいるかもしれませんが、みんながみんなそんなふうに下調べしてくれるかはわかりませんから」
つい最近派手に炎上していたよくわからない奴と推しがコラボしようとしていたら、真っ当なリスナーなら心配になるし、熱心なリスナーであればコラボを取り止めるように言うかもしれない。
騒つく視聴者たちを宥めるという手間が発生することは想像に難くないのにどうして誘ってくれたのか、僕も不思議だった。
『ジンさん呼んだら楽しそうだけど、どうしようかなーって迷いながら配信追ってたんですけど……』
「あ、迷いながらもずっと観てくれてたんですね。ありがとうございます」
『ある日、衝撃的な配信に出会ったんです。あの寝かしつけ配信に!』
「『寝かしつけ』配信の評価に『衝撃的』という単語が並ぶ機会があることに衝撃を覚えました。眠れなさそうです。あ、でも、未だにちょくちょくあの寝かしつけ配信についてのコメントやメッセージをいただくことがあるので、ちゃんと役に立っているようですね。そのことについては純粋に嬉しいです。寝つきが悪い人のためにやったような配信なので」
『めっちゃくちゃに役立ってますよ! ロロ最近不眠症ぎみで、睡眠導入剤とか使ってたんです。でもジンさんの寝かしつけを聴いてからはお薬なしで寝れるようになりました! リスナーも不眠症で悩んでる人いたら聴いてみて! ほんとに効く! これはまじ!』
「まさか睡眠導入剤の代用品になるとは僕も思いませんでした……。たしかに衝撃的ですね……」
自分なりに調べてああいう形で配信をしてみたけれど、まさかお薬代わりになるほどの効果を出していたとは驚きだ。そこまで強めの効能があると少々自分でも恐ろしくなるけれど、不眠症の治療としての薬物療法は可能な限り短期間の服用が望ましいと聞き及んだことがあるので、お薬に頼らずに快方に向かったというのであれば喜ぶべきなのだろう。
ただなあ、SNSでも副作用的な症状の声がいくつか出ているのも知っているからなあ、純粋に諸手を挙げて喜べないんだよなあ。
『あの配信をしてもらってからロロお薬使ってませんからね! すごい効果ですよ! あ、たぶんあのASMRの内容的に女の子のほうが没入できると思う! すっごいよ! 不眠症とか睡眠不足とか関係なく聴いてみてもぜんぜんいい! 一聴の価値あるから!』
「とてもおすすめしてくれているところ申し訳ないんですけど、あれASMRじゃないんですよね。あの寝かしつけ配信自体思いつきだったということもありますし、僕はASMR配信をするつもりも予定もなかったので機材も用意していなかったんです」
『あっ、あっ、あの……専用のマイク送るんで次それ使ってやってみてもらえたり、とか……』
「いえ、結構です」
『あっ……そっ、ごめんなさい……。そっすよねぇ……。おいリスナーうるさい! 〈私欲丸出し〉とか言ってんじゃない。ロロみたいに不眠症で苦しんでいる人たちのための提案だったの! 下心はない! 〈本人に直接ぶつけていくタイプの厄介ファン〉〈断られてて草〉……うるさい!』
僕が即座に断ってしまったせいで、もしかしたらロロさんやロロさんのところのリスナーさんが勘違いしているかもしれない。結構です、と言ったのはASMR配信をしないとかロロさんからのプレゼントを拒否しているとか、そういう意味ではないのだ。
「それがですね。もう送られてきたんですよ、マイク」
『やっぱり同じ考えの人いたんだっ!』
「専用のとてもお高いマイクをプレゼントしていただきまして」
『おおっ! それほどあの寝かしつけ配信が助かったファンなんでしょうね! 〈同類いてよかったな〉同類言うな。同胞だよ』
「ただ『New Tale』の規則で一定金額以上のプレゼントは受け取れないんです。送ってくれた方のお気持ちは嬉しかったんですけどね」
『ああ、企業勢だからこその落とし穴……。そ、それなら、ロロが送りますよ! ほ、ほら、配信者仲間的な? 友だちとしてならセーフですよね? ね?!』
「い、いえ、結構です……。やっぱり専用のマイクとなるとお高いものも多いですし」
『そんな、気にしなくてもいいのに……。〈必死すぎて草も生えん〉〈反面教師の鑑〉〈ゲストで呼ばれて相手がこれとか可哀想〉言いたい放題言ってくれるっ……。リスナーはあの寝かしつけ配信を聴いてないからわからないんだ。あれ聴いた人なら新作を聴きたいって思うはず。……最近耐性がついたのか効き目が弱くなった気がするんだよね……』
「僕の配信を違法ドラッグのように言わないでください。依存とか禁断症状とかありま……あり、そんなにありませんから。あとマイクを遠慮したのは、すでに持ってるからです。別にロロさんからのプレゼントを拒否しているわけではありませんよ」
『あ、今はもう持ってるんですね』
「はい。リスナーさんからのプレゼントは規定によりお返ししなければいけませんでしたが、プレゼントはプレゼントとして嬉しかったので同じマイクを購入しました。リスナーさんからこのマイクをプレゼントされたんだ、という気持ちで、次に機会があればそのマイクを使って配信に臨もうかと」
『わぁ……うわぁっ! ……ちょ、聞いた?! 聞いたーっ?! こんなの、ファン喜ぶよ! ファンサが半端ないよ! りすっ……マイク送ったリスナーさんっ! よかったなぁっ! お前の想いはっ! 無駄にならなかったよっ!』
「命懸けで戦って散っていった戦友にかける言葉くらいの熱量。そんなに声震わすほど熱いシーンですか、ここ」
『熱いよ! なに言ってんの! ファンなら魂震えるし目頭熱くなるよ! ぜぇぇったいそう! 断言する! 〈こればっかりは同意〉〈自分に置き換えたらすっげぇ嬉しいな〉〈ファンなら泣くところ〉ほら、ジンさん! ロロのとこのリスナーも同じ意見だよ! 今日初めてリスナーと意見が一致したよ!』
「ふふっ、あははっ。配信始まってからそこそこの時間経ってますけど、さっきのが初めてだったんですね」
『捻くれ者が多いんでしょうね、きっと。……えっと、なんの話だったかなぁ……』
「寝かしつけ配信が睡眠導入剤の代わりになってる、という話から脇道に逸れた気がしますね」
『ごめんなさい……そうでした。ちょっとテンション上がっちゃって』
「……ちょっと? ちょっとかなあ?」
『それでですね! ロロの不眠症という悩みを解消してくれたジンさんにどうにか感謝を伝えたい、そして炎上したVtuberみたいな誤解をされたままにしておいてはいけないと思いまして! ジンさんをコラボに誘ったんです! この場がイメージ改善の一助になったらいいな、と!』
「ロロさん……」
知名度だけは一期生の大先輩たちと肩を並べている自負があるけれど、ロロさんの仰る通りにイメージの部分があまり芳しくない。箱推しのリスナーさんは意識的にジン・ラースから目を背けている節があるし、SNSでも『ジン・ラースってあんなに炎上したのにまだ謹慎になってないんだ』というような内容の投稿をたまに見かける。
大局的な視点から見れば『ジン・ラース』に付随する印象は依然として『炎上したVtuber』に留まっている。
僕は『配信者として人気になりたい』というような願望もないので別に構わないと言ってしまえばそれまでだ。しかし、あまりにも印象が悪いとジン・ラースの妹であるレイラ・エンヴィの評価にも関わるし、コラボしてくれる人が増えないかもしれない。めろさんも必要以上に気に病んでしまう。
そういった意味でもイメージの改善は急務だった。
そのイメージを良くしようという取り組みに、ロロさんは力を貸してくれるというのだ。
いやらしい話だが、チャンネル登録者の数で比べれば僕よりもよほど上だし、ロロさんは個人勢ながらにこれまでの活動を通して大手企業勢のライバーとも人脈がある。礼ちゃんも含め『New Tale』の先輩方ともコラボしているので、コネクションという意味でもわざわざ僕に関わる必要性はない。
非はないにしても一度炎上したという経歴がある僕に絡むメリットなんてあるかどうかもわからないのに、ロロさんは手を差し伸べてくれている。
なんて慈悲深くて心優しい方だろう。これが人と接するということなのか。胸が暖かくなるのを感じる。
『〈厄介ファンが気取ってる〉〈職権濫用で草〉〈ASMR聴いてから仲良くなりたいってうるさかったもんな〉〈うまいことやったやん〉うるさいっ……。今だけは言うなっ……。コメント見られてたらどうするんだっ、いいとこなんだからっ……』
「…………」
『あっ……ミュート……』
寝かしつけ配信をして本当によかった。どうやらこの場に招待されたこともすべてあの配信のおかげらしい。人間万事塞翁が馬、人生何が起こるかわからないとは言うけれど、まさかあの日の思いつきがここまで影響してくるだなんて思わなかった。
夢結さんにはロロさんがイラストを褒めていたことを伝えた後、僕からも感謝の気持ちを重ねて伝えよう。寝かしつけ配信をするに至った理由の大部分は夢結さんなのだ。
「なにやらコラボの意図が透けてしまったようにも思えますが、そのお気持ちはとても嬉しいです。ありがとうございます」
『あ、よ、よかったです! そう言ってもらえて!』
「たしかリスナーさんから質問とかいただいているんですよね? そちらを見ていきましょう、田品さん」
『距離離れてるってええぇぇっ! 心の距離離れてるううぅぅっ! リスナーのせいだああぁぁっ!』
こうすればこういう反応をしてくれるかな、と予想していたけれど、予想の倍くらい気持ちのいいリアクションをしてくれる。実に楽しい人だ。
きっと今頃はリスナーさんから〈人のせいにするな〉みたいな内容のコメントが殺到していることだろう。ロロさんのリスナーさんへの接し方や、リスナーさんのロロさんへの扱いがだんだんわかってきた気がする。
これからもっと仲良くなれば、リスナーさんを相手にするような強い語調を僕に対しても向けてくれたりするのだろうか。気の置けない間柄の友人という存在に憧れを抱いている身としては、いずれはロロさんからもぶつかってきてくれるくらい親しくなりたいものである。
祝・初外部コラボ。おまけに初雑談配信。
しばらくお兄ちゃん視点です。
感想や評価くれた方ありがとうございます。めっちゃうれしいです。更新も手直しも頑張ろうって思えます。
ここすきっていう機能を使ってくれている方もありがとうございます。たまに見てはにこにこしています。あれ見るの好きなんですよ。ありがとうございます。