サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。 作:にいるあらと
『えー……話が脇道に四回くらい曲がってようやくもともと予定していた筋道に戻ってきたわけですが……』
「いやはや、長い道のりでした」
『ロロも悪いけどジンさんも片棒は担いでますからね? 率先していろんな話をしてくれるしロロも喋ってて楽しいけど、率先して話を脱線させるのは困ったものです……』
「炎上についての誤解を解いたらすぐにリスナーさんからの質問に答えるコーナーに行くつもりだったのに、ロロさんが寝かしつけ配信の話に興じるから」
『えっ、なっ……ロロ?! ロロのせいになるのこれ?!』
「なるべく多くの質問にお答えしたかったのですが、もしかしたらお答えできる数は少なくなってしまうかもしれません。止めることのできなかった僕の力不足です。代わって謝罪いたします。大変申し訳ございません。しかし、ロロさんにも悪気があったわけではないのです。どうかリスナー様の寛大なお心でお許しいただけますと幸いです」
『ちょ、ちょっ、ずるいずるい! 手慣れてるって! 罪の逃れ方が手慣れてるって! そんなのロロ一人が悪者になっちゃうよ! 〈ジンさん悪くないよ!〉〈謝ることない〉〈ロロってやつが全部悪いんだ〉騙されてるっ! さっそくばかなリスナーから騙されてってるって!』
「ふふっ、言い方っ、リスナーさんへの当たりが強すぎますよ、あははっ。ふふっ……ふう。大丈夫ですよ、みなさん安心してくださいね、冗談ですからね。観ていてお分かりの通り、僕が無駄話するの好きすぎるだけなんです」
『ほんとにちょっと気を抜いたら話が逸れる……。話しやすいのに進行しにくいって思ったのは今日が初めてです』
「雑談とかけまして」
『急になんか始まったって! リスナーたすけて!』
「散歩と解きます」
『ロロにはどうすることもできないんだ……。MCなのにロロは無力だ……。えっと……その心は?』
「寄り道が醍醐味です」
『今この時間がまさに寄り道だよ! なんのお題も用意してない雑談配信ならいいけどっ! コーナーがあるってっ! 質問に答えるコーナーがあるってっ! 事前に伝えたよねっ?!』
「はい、ごめんなさい」
『はぁっ、はぁっ……ふぅっ』
「…………」
『きゅ、急に黙ってどうしたんですかっ。次は何を企んでるんですっ』
「いえ。息遣いが艶っぽいな、と思いまして」
『んなうにゅりゃぅにぃっ!』
「僕の知る言語ではなさそうですね。出身は第何惑星でしょうか」
『やめてよもうっ! 言葉のキャッチボールで緩急つけないでよぉっ! 受け止められなかったじゃん!』
「ユニークな表現しますね。見習いたいものです」
『うあぁっ……くそぅっ。なにもおもしろい返しができなかった……。ふつうに照れちゃった……。なんだかもう二重の意味で恥ずかしい……』
「ロロさんの配信をご視聴中のリスナーさん、ここ切り抜きお願いしますね」
『やめてーっ! ロロの配信切り抜きの許諾とかいらないから絶対切り抜かれるっ!』
「そうなんですか? 僕のチャンネルに専属の切り抜き師さんがいるんですけど、その人に今日の配信の切り抜きやってもらってもいいですか? 今もきっと観てくれていると思うので」
『ああ、あの登場人物全員の発言が最初から最後まで全部字幕ついてる切り抜き師さん! 配信始める前に、今日の配信の切り抜きとか上がるのかなぁ、って実は考えてたんですよ! まさかこんな恥ずかしいシーンが作られるとは思わなかったけど!』
「許可が出たのでお願いしますね」
『やっていいとはまだ言ってなかったけどね! いやいいんだけど! 〈あの公認切り抜き師か〉〈めっちゃ丁寧なんだよな〉〈めろさんやね〉〈しかも速ぇんだ〉あ、やっぱり知ってる人は知ってるみたいですね。〈任された〉あっ、ほんとにいた! この「mellow:ジン・ラース切り抜きch」って方ですよね? ジンさんほんとにいました!』
「ええ、その人です。僕の配信では皆勤賞のめろさんですからね。今日は僕のチャンネルからの配信ではありませんが、観にきてくれていると思ってました」
本業も忙しいはずのめろさんにさらに仕事を頼むのは少々申し訳ないけれど、僕の知っている中で誰よりも動画編集が巧みなのがめろさんなのだ。ここは甘えさせてもらうとしよう。
『めろさん?』
めろさんとは時折メッセージのやり取りをしているし、切り抜き動画の細かい調整や相談、他にも単なる世間話で通話をしたりもしている。その時の感覚でつい『めろさん』と呼んでしまった。
「あ……えっと、あだ名、ですね。呼びやすいように縮めてめろさんとお呼びしてるんです」
『あははっ、仲良いんですね! めろニキー! ロロからもお願いしまーすっ! どうにかこうにかいい感じに切り抜いてアーカイブに誘導してくださーい! 〈任されました〉レスポンスはやっ! やったー! めろニキおなしゃーす!』
ロロさんがめろさんに呼びかける時に使っていた『ニキ』というのは、
「切り抜きを上げてくれる速度もそうなんですけど、相談事でメッセージを送ってもすぐ返してくれるんです。几帳面な性格なのでしょうね。とても助かっています」
『それいい! めちゃめちゃいいですね! ロロの周りだけかもなんですけど、同業者に連絡してもどいつもこいつも返事返すまでに時間かかりすぎなんですよ!』
「あははっ、結構配信者の方って昼夜逆転されてる方多いらしいですしね。寝てらっしゃるのかも」
『いやいやいや! 起きてるの! 起きてるんだよ! なんかSNSに「いま起きたー寝すぎたー」みたいな投稿してたの! なのに返事返ってこないの! 起きてすぐに配信始めたのかなって思って調べても配信してないし! めずらしく外出してるのかなって思ったら、そいつふつうにゲームしてたんだよ! ロロにメッセージ返さずに! ひどいんだよほんとに!』
相当腹に据えかねる出来事があったようだ。ロロさんの愚痴が止まらない。
「まあまあ、中にはそういったマイペースなのんびり屋さんもいらっしゃるでしょうけれど……」
『のんびり屋さん?! そんなに柔らかい言い方できるの?! いや、そうなんだろうね! ジンさんの近くにはそういう人がいないから、きっとそうやって優しく言えるんだろうね! でもっ、でもねぇっ、ロロの知り合いにはそういう奴が片手で足りないくらいいるんだよおおぉぉっ!』
「あはははっ」
『笑いごとじゃなーいっ! もうっ……もういいっ! リスナーさんからいただいた質問に答えるコーナー行きます!』
「おー。はてさて、いくつ答えることができるでしょうか。今の時点でこの調子だと、これからも話が脇道に逸れることが多くなりそうです。楽しみですね」
『なんで実況解説みたいな立場から物を言ってるんですっ、この悪魔っ! 時間が押してるのはおもにジンさんのせいなのにっ! 他人事みたいにっ!』
「これはロロさんの職業病が原因でしょう。投げつけられたボールは拾って投げ返さなければ気がすまないという、MCの
『解説しないでっ! だめだ……ジンさんに構ってると進まない……。えーとえーと、ではまず一通目……』
「はい、ラジオネーム『田品をたしなめたい』さんからですね。お便りありがとうございます」
『匿名メッセージサービスに届けられたメッセージにラジオネームがあるわけないでしょうがっ! てかラジオやってるんじゃないよ! よく即座にラジオネーム思いついたね?!』
「本当に全部拾ってくれる」
『はぁっ、はぁっ……ジンさんとやってるとわずかな隙も見せちゃダメなんだ……。早くメッセージ出さなきゃ……まずは、これ! 〈よく観てるロロさんといつも観てるジン・ラースさんのコラボとても嬉しいです〉…………』
「わあ、ありがとうございます」
『ジンさんは「いつも」で、ロロは「よく」なんだ……』
「そこに引っかからないでくださいよ。深い意味はありませんよ、きっと」
『そうかなぁ……えっと〈ジン・ラースさんの初の雑談配信ということでとても楽しみです。もし質問として取り上げてもらえるのでしたら、ジン・ラースさんの得意料理について訊いてほしいです。あとジン・ラースさん的に料理のできない女ってどう思いますか? お二人とも応援してます! がんばってください!〉とのことです』
「お便りと応援、ありがとうございます。こういう形で声援をいただくのは、少々面映い思いもありますがやはり嬉しいですね」
『こういうメッセージはいつもらってもうれしいですよね! 質問の内容のほうも気になるんですけど、これまで雑談配信してないってほんとの話です? 今日が初?』
「はい、本当ですよ。これまで一度もやってませんでした」
そういえば雑談オンリーの配信というのは不思議なほどやっていない。ゲームの実況配信やコラボ配信の後にVCを切って短時間の雑談をする配信者さんも中にはいらっしゃるけれど、僕はそれもしていなかった。
どうしてやってなかったのだろう、と思い返してみると、ついこの間まで配信を荒らす人たちが常駐していたからだった。
ソロでの雑談配信(雑談配信は基本的にソロでやるものだろうけれど)ならばリスナーさんからのコメントを見ながらやりたいと思っているのだけど、荒らしがコメント欄に住み着いている時では僕はコメントが見づらくなるし、リスナーさんも目を向けたくないコメント欄を開くかもしれない。善良なリスナーさんが気分を害する可能性があったので控えていたのだ。
炎上騒動が鎮まってからも荒らし対策の感覚が抜けず、なんだかんだで雑談配信から遠ざかっていた。
『ジンさんのチャンネルでこれまで雑談がなかったから質問もたくさんきてたのかなぁ? ていうか記念すべき初の雑談配信なのにコラボ配信で、なんならジンさん本人は枠なしだし……ロロのチャンネルでやってもよかったんです?』
「僕側にはこれといって支障はありませんよ。これまではただ機会を逃してできていなかっただけなので」
『それならいいんですけど……。こんなに喋れるのに雑談配信してないということにロロ、戦慄してます』
「僕はお喋りが好きなだけで上手いというわけではありませんからね」
『こんなにどこからでも話を繋げられたら十分雑談でもやっていけると思いますけど……。欲を言えば第三者によるツッコミはほしいところです。ジンさん一人の時だとボケがそのまま垂れ流されてってしまいますから』
やはり初対面のゲストを呼んでお話しする、という経験をたくさん積んでいるからか、ロロさんは会話の運びがお上手だ。適度な相槌もそうだし、嫌味とかしつこくなったりしない程度に自然に持ち上げたりもしていて、ゲストが気持ちよく話せる空気を醸している。
「第三者、なるほど。それなら雑談したくなったらロロさんのチャンネルに遊びにきますね」
『そう言ってもらえるのはとってもうれしいです! ……うれしい、んですけど、頻繁にお越しになられるとロロがツッコミ疲れで過労死する可能性があるので、そこそこのスパンを空けて遊びにきてもらえたら……』
「明日もお喋りしにお邪魔しますね」
『ごめっ、ごめんなさいっ! うれしいんですけどっ! うれしいんですけど二日連続はっ……胃もたれ、じゃない、明日はもう予定があって……』
「胃もたれと仰いました? 僕重いですか? 油っこいですか?」
『ああいやっ! ちがくて、油っこくはないんですけど……味が濃い』
「くふっ……ふふっ。『味が濃い』とは、いい例えですね」
ロロさんのお話しがお上手なのはもちろんのことなのだけど何より、僕の投げかける冗談をしっかり打ち返してくれるところがいい。僕に冗談を投げかけてくれると尚グッドなのだけれども。
『楽しそうでなによりです……。じゃあその繋がりで質問にどうぞ。…………え、ジンさん料理できるんですか?』
「今ですか? お便り読んでたのに。料理しますよ。両親が忙しくて家を空けることが多かったので、家事はずっと僕がやっています」
『わ……すご』
「それほどすごくもないですよ。料理をし始めたころは味つけもよくなくて、わりと下手でした。ですが長くやっていますからね、さすがに上手くもなります。結局は慣れと経験です」
『ずっと続けてるのがすごいんですけどね。料理するのって手間も時間かかりますし』
ご飯を作るとなると、食材を買って、それらを洗うなり切るなりして煮るなり焼くなり調理しなくてはならない。作ったご飯を食べるのはすぐなのに、使った調理器具やお皿などを洗うという手間もある。
毎日続けるというのはたしかに大変ではあるし、時間もかかる。僕だって自分の分だけであれば毎日作ったりなど絶対しない。礼ちゃんがいない時は冷蔵庫内の期限が危ない物をフードプロセッサーで液状にし、胃に流し込むのが僕の食事だ。
「僕も自分の食事だけなら手を抜いちゃいます。やっぱりあれですね、料理を作る相手がいることが上達と持続の秘訣ですね」
『よかった、やっぱり自分のご飯だと手抜いちゃいますよね。てきとーでいっかぁ、ってなっちゃうんですね。……あー、リスナー。ジンさんの言ってる作る相手っていうのは妹さんのことだからね。〈彼女おんの?!〉とか〈公言してくタイプなんだ……〉って驚いてる人いるけど』
「そうか、知らない方もいらっしゃるんですね。僕のチャンネルだと周知されていますし、コラボ相手側のリスナーさんも存じてらっしゃる方が多いので盲点でした。簡単に説明しますと、僕の妹が『New Tale』二期生のレイラ・エンヴィなんです。礼ちゃんは以前にロロさんともコラボしていましたね。その節は、妹がお世話になりました」
『いえいえっ、そんなそんな……。大人びててかっこいい子で、ロロも楽しかっ』
「礼ちゃんは可愛いんですけど」
『はいすいませんかわいい子でしたっ! ……こわ、怖かったぁ……。食い気味だし聞いたことない声色だし……』
「ここばっかりは譲れません。あ、この流れでいえば、得意料理も礼ちゃんの好物が得意料理ですね。僕はこれといって好き嫌いがないので」
『レイラちゃんを中心にした生活なんですね……。それで、得意料理って?』
「礼ちゃんはお肉よりお魚のほうが好みなので、魚料理が得意です」
『得意の幅広すぎません? 魚料理全般? まじです?』
「比率的にお肉よりお魚のほうが扱う機会が多いので、その分経験してます。でも礼ちゃんは香辛料を使った料理も好みなので、イタリアンやエスニックもそれなりに、といったところでしょうか」
『エスニック?! 家で作れるんですかそれ?!』
「家でも作れますよ。キッチンの調味料棚はいろんなスパイスがひしめいてます。ただエスニック系の料理はレシピとして知っているだけで実際に本場の料理を食べたことがないメニューが多いので、ちゃんと作れているのかどうかわからないんです。なのであまり得意と胸を張ることはできないですね」
『いやいや、胸張ってもらって大丈夫です。ぜんぜん誇ってください。料理できるだけでも尊敬なのに、エスニック料理まで作れるんならもう、自信持っていいんです』
「それなら今後は得意なことはなんですかと訊かれたら、料理ですって答えますね」
格ゲーもイーリイさんに太鼓判を
『うん、それだけ作れるのに得意って言えなかったら誰も得意だなんて言えなくなります。少なくともロロはこれからは料理できるなんて言いません』
「ロロさんも料理されるんですか? 配信者で自炊される方って珍しいと思いますけど」
『そうです。自炊するだけでめずらしいし、なんならえらいって褒められるのがこの界隈なんです。だからこれまで「ロロは料理できるんだぞ!」ってドヤ顔で言ってきてたんですけどね。ほんとにできる人を目の前にすると恥ずかしくて仕方ないです』
「恥ずかしいも何もないと思いますけど。ロロさんも実際に作られているわけですから。料理の経験やコツって作るメニューが変わっても案外応用が利きますから、きっとロロさんなら一度レシピ見れば大抵作れるようになりますよ」
『やめて、やめてください……優しいフォローしないで……。やめろ、やめるんだ……ロロのこれまでの発言を抜き出さないで……。〈ロロ『おみそ汁なんて簡単っしょ』〉〈ロロ『今日シチュー作ったんだよすごくなーい?』〉とか、捏造じゃないからなおさら苦しい……。ぜんぶ言った記憶があるのがなおさらつらいっ……』
「レパートリー、煮るお料理が多いんですかね」
『ぐふっ……』
「あ、いや、他意はないんです。焼いたり揚げたりとかだと油が跳ねてお部屋汚れたりしますし、お掃除大変ですもんね。蒸し料理は特殊な調理器具が必要だったりで挑戦するのもハードル高いですし」
『……煮る系の料理は、リカバリーが効くんで……』
「ロロさんはお忙しい中、日頃からお料理してるのがそもそもすごいんですから、気にしなくていいんです。偉いです、とっても偉いです」
『ありがとうございます……。ロロのガラスハートにヒビが入りましたけど、なんとか耐えてます……。それで質問の続きですけど、料理できない女ってどう思います?』
「そういえば質問は二つありましたね」
『世間一般の男性の声だと、やれ「彼女にはご飯作って欲しい」だとか「飯作れない女とかいるの?」だの、自分のこと棚に上げて好き勝手のたまってる人もいますけど』
「そうですね。やはり僕自身が作れるからかもしれませんけど、別にもしパートナーがご飯を作れなかったとしても問題ありませんね。相手が作れないのなら僕が作ればいいだけですし」
『わぁお……。おい、リスナー聞いた? 女の理想像がここに顕現してるよ。見習え? リスナー、見習ってけ?』
「ふふっ、そんな言い方をするとまたリスナーさんから手厳しい意見をいただくことになりますよ、ロロさん」
『大丈夫です。もうもらってます。〈お前も見習え〉って、正論カウンターパンチもらってます。……そうだ、ちなみにジンさん的には料理作れる女と作れない女、どっちがポイント高いです?』
「作れるか作れないかで言えば、それはもちろん作れたほうがいいでしょうけれど……僕も時間通り毎日ご飯作れるかわかりませんし、作れない日はパートナーに作ってもらえたらもちろん嬉しいですし」
『いやまぁ……そりゃそうですよね。……〈作れたほうがいいに決まってんだろ〉〈IQサボテンくらいの質問〉ってリスナーにも総ツッコミされてます』
「ちなみにサボテンはIQが二から五などと言われてたりしていますね」
『知性のある人間のIQとは思えない……』
「ロロさんのIQがサボテンと同じ、という話から料理の話に戻しますと」
『べつにロロのIQがサボテンと同じわけじゃないんですけどっ?!』
「僕としてはあまり料理に焦点は当てていませんね。パートナーがご飯作れないのなら僕が作りますし、お互いに料理ができるのなら一緒に作ったらいいんです。楽しいですよ、きっと」
『わぁ、わぁっ……完璧だ。答え完璧だよ……。こんなの、女性リスナーは好印象しか持てないよ。女性リスナーを取り込む音が聞こえたよ』
「どんな音ですか。それにもしお互いに料理できなかったとしても問題ないと思うんですよね。最近は宅配サービスも充実しているわけですから、料理を作る時間を省いて、そのぶんお喋りしたりゲームしたりするのも時間の効率的な活用方法と言えます」
『ジンさんは料理上手なのに宅配サービスは肯定的なんですね』
「ええ。実際に利用したことはありませんけど、非常に便利なサービスだなあ、とは思いますよ。ロロさんも仰っていましたけど、料理はどれだけ省力化しても手間と時間のかかる作業ですからね」
『それならジンさんはどうしてわざわざ自炊してるんです? レイラちゃんの分もご飯頼んでおけば、宅配サービスでもいいんじゃないですか?』
住んでいる場所にもよるし、サービスを利用する時間帯にもよるけれど、家まで商品を届けてくれるのはとても楽でいいなとは思っている。家では作れなかったり作るのが面倒な料理なども気軽に注文できるし、配信者の利用率が高いのも頷ける。
ただ、それでも僕は自分で作ることにこだわっている。
「栄養面さえ
たまに礼ちゃんが夢結さんと遊びに行った日などは晩御飯を作ることがない日もあるけれど、基本的には毎日作っている。それに今は礼ちゃんが夏休みに入っているので朝昼晩と三食僕が作って三食とも一緒に食べているのに、毎回笑顔で食べてくれるのだ。
前にこんなことがあったとか、配信でリスナーさんがおもしろいコメントしてたとか、他愛ないお喋りをしながら幸せそうに笑ってくれる。お兄ちゃんが作るご飯が一番おいしいと褒めてくれる。
そんな礼ちゃんの笑顔を見たいがために、僕はキッチンに立つのだ。
そうやって日常の小さな幸せをしみじみと噛み締めていると、唐突に苦痛に悶えるような声が届いた。
『ぐぅっはっ……。うあぁっ、んああぁぁっ!』
「え、なに、どうしたんです……? 大、丈夫……ですか?」
『なんか、なんかっ! すごく胸がどきどきする! めっちゃきゅんきゅんする! ロロっ……ロロ、こんな彼氏が欲しいよおおぉぉっ、うわああぁぁんっ』
「ああ、そういうこと……。何事かと思いましたよ。ほら、泣かないで、ロロさん。きっといい人が現れますよ」
『現れるかなぁっ?! こんなバケモンみたいなリスナーしかいないロロでも、優しくてイケボでゲームもうまくて料理のできる高収入高身長のイケメン、現れるかなぁっ?』
「あ、いや、んんと……ちょっと、あの」
さすがに言い淀んだ。
思っていたよりロロさんが求める彼氏の水準が高くて面食らった。高望み、だなんて口が裂けても言えないし思わないけれど、条件をすべて満たした彼氏さんを見つけるのはかなり苦労しそうだな、とは思う。
『現れるかなぁっ、ジンさん?!』
「ロロさんは妥協って言葉ご存じですか?」
『うわああぁぁっ! ありていにお前じゃ無理って言われたああぁぁっ!』
「ふふっ、言ってません言ってませんよ。大丈夫です、もしかしたらロロさんのリスナーさんにいらっしゃるかもしれませんからね。それに、無理そうだなと思った時は分相応という言葉を知っているか訊ねますのでご安心ください」
『怖すぎるよっ、言葉鋭すぎるよっ! ジンさんにそんなの言われたら泣いちゃうよ! 優しい嘘って言葉知らないの?!』
イーリイさんとはベクトルが違うけれど、同じくらいリアクションがいい。僕やリスナーさんから求められたリアクションのハードルをしっかり越えてくる。
漏れ出てくる笑いを噛み殺しながら、僕も返す。
「いやあ、優しい嘘があるのなら、嘘をつかない優しさもあっていいはずですからね。これもまた、一つの優しさです」
『あうっ……論破されたっ。言い合いで勝てる気がしないよ……』
「僕にロロさんを泣かせるような真似させないでくださいね」
『怖いよっ! ロロが調子乗ったことほざいたら、正論パンチで殴られるの?! メンタルボコボコにされて泣かされるんだぁっ?!』
「まあまあ……次のお便り行きましょうか?」
『濁した?! DV彼氏……は、発言には気をつけます……。つ、次いきまふっ!』