サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。 作:にいるあらと
「これから、長く付き合っていけるような……友人、が……できたら、いいなあって」
『っ────』
かっ、と顔が熱くなる。限度を超えてお酒を飲んだ時の感覚を不意に思い出した。
僕が目標を打ち明けてからというもの、ロロさんが一言も発していない。あまりの幼稚さに呆れ果てて言葉も出ないのかもしれない。
いや、きっとそんなことはない。
僕はロロさんのトーク力を信じている。想像を遥かに下回る目標を宣言されたとしても、ロロさんなら華麗に拾ってどうにか返してくれるはずだ。
そのはず、にしたってあまりに長い。お互い沈黙してしまったら放送事故になる。苦しくても、どうにかコメントを絞り出してくれないものか。
「あ、あのロロさ……」
ばんっ、と大きな物音が響いた。
テーブルやデスクなどを叩く、いわゆる台パンと呼ばれる行為だ。言葉の代わりに台パンが出るほどに気に障ったのだろうか。
と、思っていたら、勢いよく息を吸い込む音が聞こえた。
『「かあいすぎんだろおおぉぉっ!?」』
大声で、しかしそのまま声を張り上げたら僕とリスナーさんの耳を破壊すると危惧したのか、なにやら布を口に押し当てたような不明瞭でくぐもったロロさんの声が聞こえた。ちなみに十二分にうるさかった。
「ロロさん、僕の答えで気分を害したわけじゃなかったんですね。よかった」
『気分害するわけないでしょっ! こんなっ、こんっ……「ああぁぁっ!?」』
ロロさんは話の最後で言葉にならずに再び叫んでいた。タオルなのか服なのかわからないけれど、やはり布的なものを
「ロロさん、急に叫んだらまたリスナーさんに叱られてしまいますよ」
『だっ、だってっ! こんだけなんでもできるジンさんのっ、目標がっ……友人っ』
「改めて繰り返さないでください。僕にも一応羞恥心という感情はあったらしいので」
ここまで恥ずかしいという気持ちを痛感したのは、もしかしたら初かもしれない。
『あんな、恥ずかしそうな照れくさそうな消え入るような声でっ、友人ってっ……っ!』
「解説しないでもらっていいですか?」
『きゅんきゅんを超越して心臓爆発したかと思いましたよっ! 一瞬意識ないなりましたよっ!』
もしかしたら先ほどの、ばんっ、という異音は、テーブルを叩いた音ではなくてロロさんの心臓が破裂した音かもしれない。
「ロロさんの意識が戻って安心しました。沈黙とは別の意味で放送事故になるところでしたね」
『まだ心臓ばくばくしてる……。うあー、こんなに心拍数乱高下させてたら体悪くしちゃうよ』
「僕としては心臓に負担かけてやろうなんてつもりはないんですが……なぜか罪悪感がありますね」
『ううん、いいんです。心は幸せなんで。嗜好品なんてものは、心は幸せでも体には悪いものですからね』
「嗜好品扱いとは……。喜んでいいのか悲しんでいいのか、複雑な気持ちですね。僕なんてもっと雑にというか、フランクにしてもらっていいんですけど」
『ロロがジンさんを雑に扱うようになるにはまだ慣れる時間が必要そうですね……。ロロって声フェチだったんですよ』
「ん、ん? チャプター飛びましたか?」
『でもこの界隈って、長く続けていればいるほど声のいい人とお話しする機会が多いんです。そんなもんだから舌が肥えたというか耳が肥えたというか、ロロの声フェチが顔を出すこと減ってたんですけど、ジンさんは別格なんです。声がいい人には慣れてるはずなのに魂持ってかれかけましたからね』
「は、はあ……お褒めいただき恐縮です」
『ただでさえ聴き心地いいのに、時々Sっ気出してみたり弱気っぽい声出してみたり、プラスアルファでブーストして心くすぐられたら……そりゃあっ! 雑に扱うどうのこうの以前の問題です! 特別枠にカテゴライズしちゃいますよ!』
「……そう、ですか……」
思わず声から力が抜ける。
僕はもっと、対等で、気の置けない関係に憧れているのだ。ばしっと背中を叩いて肩を組むような、どちらかが冗談で生意気なことを言えばもう片方は罵倒で言い返すような、そんな近い立ち位置の友人がいてくれたらなと思っている。
もちろん、ロロさんは女性ということもあって、僕の思い描いている友人像にそのまま当て嵌めるのは難しい。初対面のロロさんを相手に僕の友人像を押しつけて求めるのは間違っている。
だけれど、間違っているにしろ、ロロさんの中での僕の区分けが『特別』の位置だと一般的な意味での友人にすらなれそうにない。
せっかく、楽しくお喋りもできてリアクションもいい、面白い人と知り合えたと思ったのに。
落胆しかけた僕の耳に、ロロさんの声が届く。
『だから、もうしばらく待ってください。必ずやジンさんの声に慣れて、雑にネタを振ったりツッコんだりできるようになりますので!』
「っ! ……ふふっ、そうですか。そう言われてしまうと次が楽しみですね」
『つっ……次、までに慣れてるかどうかはわかんないんですけどぉ……ジンさんの配信を追って努力します!』
「やってることは人間様と遜色ないんですよね」
『ジンさんのとこのリスナーさんっ! ロロも仲間入りするよっ! これからよろしくねっ!』
「配信者さんに、しかも僕より長きに渡って活動してらっしゃる方に観られながら配信すると思うとプレッシャーがありますね」
ロロさんは『New Tale』の一期生の先輩方がデビューした頃と同時期に活動を始めていたはず。直接の先輩ではないにしろ、配信者としての括りであれば大先輩と呼んでも差し支えない。
そんな大先輩が一リスナーとして僕の配信を観ることがあるかもしれないと思うと、さすがに多少は緊張しそうだ。配信者として至らないところも散見されるだろうし。
『とりあえず配信が終わったらジンさんのメンバーシップ登録してくるよ!』
「あ、僕メンバーシップ開設していません」
メンバーシップというのは、僕らが配信しているプラットフォームで展開されているサブスクリプションサービスの一つだ。
月額で料金を支払うことで登録したチャンネルごとに提供されているメンバーシップ登録者限定のサービスを受けられるという、ざっくり説明してしまうとファンクラブのようなものである。
このメンバーシップというシステムを使うかどうかは配信者の判断で決めることができるので、メンバーシップを開設できる条件を満たしていても開設しない人もいる。
配信者個人の判断に任せられているので、条件は満たしているものの僕は開設していない。たまにリスナーさんから『スーパーチャットできるようにしてください』という陳情と一緒に『メンバーシップも開設してもらえたらうれしいです』という要請も届いていたが、それらは心苦しくも見なかったことにして閉じてきた。ごめんなさいね。
『なんでっ?!』
僕がメンバーシップを開設していないことを伝えると、ロロさんはボリュームを半分くらいに絞りたくなる声量で問い
「収益化すらしていないので想像はついていたかとは思いますが……」
『そりゃあメンバーシップ開くかどうかは本人次第なので無理にやれなんて言えるわけないんですけどっ! どうしてっ?!』
ロロさんは一言たりとも無理強いはしていないが、その声量に伴う圧はほとんど無理強いに近いものがある。
しかし、僕も嫌がらせとか申請や開設にあたっての作業が面倒そうだから、みたいな理由でリスナーさんからのお願いを蹴っていたわけではないのだ。考えた結果のことである。
「メンバーシップは月額で費用がかかるわけじゃないですか。その費用に見合う内容の配信ができるかどうかわかりませんから」
そう。メンバーシップはサブスクリプションサービス。メンバー限定の特典に不満があったとしても、少なくとも当月分の月額料金を支払ってしまえば返金などはされない。リスナーさんから支払われた月額料金に釣り合うような配信、もしくは動画を提供できる自信がない。
『はぁっ?! あの……あのね、ジンさん。そういう問題じゃ……ああ、待て、落ち着け。落ち着くんだ、同胞よ。気持ちはわかっている。痛いほどわかっている。だからここはロロに任せてほしい』
「な、なんだろう……。人間様から何か言われてるのかな……」
『ファンはね、出したお金に見合う配信を求めてるわけじゃないんだよ。もちろんなにかしらのコンテンツがあったらうれしいよ? おもしろかったり楽しかったり
「お、オーケー……」
声を張っているわけでもないのに妙な迫力がロロさんにはあった。いたずらに意見するととんでもないことになりそうな予感をひしひしと感じるので、とりあえずロロさんの言い分を聞いておこう。
『べつに、
「雑談するだけ、というのはさす……」
『いやっ! いけるね!』
食い気味に、というか実際に僕のセリフを半分以上食ってロロさんが力強く断言した。
勢いに呑まれている僕を尻目に、なんなら尻目どころか僕の様子なんて視界にも入れていないような気もするけれどとりあえず、ロロさんは続ける。
『ジンさんの場合は雑談配信のほうが逆に希少価値があるから、ゆっくり落ち着いてお話を聴きたいって人は喜んで観に行くよ! いやもうっ、なんならメンバー限定の配信をしてなくてもメンバーシップ入るよ』
「それはどう考えてもおかしいということくらいは界隈に疎い僕でもわかりますからね。さすがにそれは丸め込まれませんから」
なぜかロロさんは僕にメンバーシップを開設させようとしているようで、どうにかこうにかあの手この手で誘導するけれど、さすがに疑わしい。
一ヶ月分ではそれほど高くはないにしても、継続するとなれば安くはないお金を支払うことになる月額料金制度のメンバーシップ。それだけのコストを払う理由の最たる部分が、メンバー限定のライブ配信や動画だ。だというのに、特典のメインコンテンツとも言える部分を最悪排除してもいいとは、どういう了見か。
『メンバーシップに入っていればコメントの横にマークがつくの。それだけでも嬉しいの。そもそも推しの活動に貢献できるってだけで、メンバーシップに入る価値はあるの!』
内容は荒唐無稽そのものなのに、そのあまりの堂々とした口振りによって『あれ? 僕が知らないだけでそういったものなのかな?』みたいに思わされそうになる。
この界隈のことは一応調べはしたけれど、それは配信上のマナーであったり、専門用語であったり、スラングであったり、あくまで通り一遍の情報でしかない。さらにディープな部分、それこそ今ロロさんが熱弁しているようなリスナー視点やファン心理というものは理解できていない。まずい、流されかねない。
だが、ファンが持つ感情の熱量や大きさはリサーチ不足だとしても、詐欺師の手口なら知識がある。相手の知らない部分を
「だ、騙されませんっ……騙されませんから。限定配信をしないのにメンバーシップを開設するなんて、中身のない物を売りつけるのも同然。そんな真似は……ゆ、許されない……はず」
『ならジンさん。一度頭をリセットして考えてみて? ジンさんはレイラちゃんの活動を応援したいよね?』
僕が頑なになったのを感じ取ったのか、ロロさんは切り口を変えてきた。
ともあれ、例え話であったとしてもなかったとしても、僕の出す答えなんて一つしかない。
「それはもう、訊かれるまでもなく。当たり前のことです」
なにがあろうと礼ちゃんを応援する。それ以外の選択肢なんて端から存在しない。
『だよね? そうだよね? ここで仮にジンさんはレイラちゃんの兄でもない一般リスナーだったとして、仮にレイラちゃんはスパチャをオフにしてたとしたら? レイラちゃんの活動を応援する方法はメンバーシップしかないとしたら?』
「もちろんメンバーシップに入ります」
礼ちゃんの兄ではない僕、僕の妹ではない礼ちゃんというのは、想像するのも難しい条件設定だ。頭と心臓がついていない腕四本、足八本、体長十メートルの翼と尻尾が生えた人間がいたとして、と言われるのと同じくらい想像が難しい。そんな生き物は明らかに人間ではない。それと同じくらい、礼ちゃんの兄ではない僕は僕ではない。
だが、仮に無関係な一人のリスナーだったとしても僕は礼ちゃんを応援するだろう。
これは因果である。
人間は生きている。だからご飯を食べて睡眠をとる。
僕が僕であるならば、礼ちゃんの幸せを祈る。
因果だなあ。
『でもレイラちゃんはとても忙しい子。メンバー限定配信の頻度は低いかもしれない。月に一度もないかも』
「それでも入りますし、抜けることもないです。限定配信が目的ではなく、ただ応援したいだけなので」
『ふへっ、そうだよねぇ? えへへっ、そう思うよねぇ?』
「な、なんです、その奇妙な笑いは……」
『ジンさんがレイラちゃんに
「はっ!」
『もうおわかりのようですね。ならば応援したくてもできないリスナーの苦しみも理解できることでしょう。ジンさんにとってみれば、レイラちゃんのお世話もできない、ご飯も作れない、配信活動を応援することもできないのと同じなのですから!』
「ぐっ……。それはっ、たしかに……っ」
僕と礼ちゃんで推しとファンの関係を例えられてしまうと、あまりにも理解がしやすくてロロさんの言い分を納得せざるを得ない。
礼ちゃんの生活や配信活動を応援できないなんて苦しいにも程がある。陸に打ち上げられた魚みたいなものだ。息ができなくなる。
さすがにロロさんの説明は表現がオーバーになっているとは思うけれど、それに近しいものがあると考えると、安易に否定するなんて僕にはできない。
『なので、限定配信でメンバーシップの価値に見合う配信ができるかとか気にせず、ジンさんはとりあえずメンバーシップを開設すればいいのです』
「……なんだか良いように丸め込まれている気がしなくもないけれど、筋は通っている……。わかりました……。収益化の話と一緒に、スタッフさんや周りの人に意見を仰ぐことにします」
『ぜひお願いします。一考してみて、今回は見送ろうということになってもそれはそれでいいんです。いろいろ予定とかもあるでしょうし、開設の作業もありますから無理にとは言いません。ただ、推しの活動を応援したい、支援したいというファンがいることを知っててほしいんです』
「ふふっ、そうですね。考えてみます」
『あぁー……うぅ、なんかすいません……。興奮してジンさんの都合を考えずに勝手なこと言った気がします……』
「いえいえ、はっきり言ってくださって嬉しいです。実は僕自身がリスナーとして配信を視聴していた時間ってそう長くなくて、しかもだいたい礼ちゃんの配信の切り抜きを観てたんですよ。なのでどんな配信を期待されているとか、僕に求められているものとか望まれてるコンテンツとか、そのあたりがまだよく理解できてないんです。ロロさんみたいに理由つきで教えてもらえるととても助かります」
『そ、そうです? それなら、よかったです……』
リスナーさんにはわざわざ時間を割いて配信を観てもらっているわけなので、どうせなら楽しんでもらいたい。
でも僕はどういう配信が望まれているのかわからない。デビューする前に礼ちゃんの配信を観ていた時は、礼ちゃんには好きなことを好きなようにやってもらえたらそれだけで嬉しい、と思いながら観ていたので、今ひとつ需要というものをわかっていない。
配信者側に移った以上『わからない』まま放置していては怠慢以外の何物でもないので、配信者としての僕にどんなことを望んでいるのか、訊いて回れる限りの人に訊いてみたことがある。
礼ちゃんからは『お兄ちゃんのやりたいことをやればいいし、やりたくないことはやらなくていいよ』との言葉をいただいたし、それとなく夢結さんに訊いてみた時は『配信してくれてるだけでうれしいです』と言っていた。美影さんに相談した時は『配信のスタイルは今のままでいいと思います。万人受けする配信者はいません。なのでまずは得意分野で足元を固めて、それから違う分野にも目を向けていけばいいかと』と、めろさんは『配信者が楽しくできる配信。これに限る。義務感で配信してるんだなってわかるとリスナーもつらい』と答えてくれた。
観ているリスナーさんの誰しもに当て嵌まる回答がある設問ではない。なので絶対的な一つの答えなんてものは存在しないし、四人の答えもそれはそれで真理なのだろう。
ただ、それは理解している上で僕としては、礼ちゃんや夢結さん、美影さん、めろさんにとって、僕が配信するとしたらどんな内容だったら観てよかったと満足するか、参考にするための意見を聞きたかったのだ。
めろさんは言う時は歯に
こういう時はかえってロロさんのようにノリとテンションでラインを踏み込んで踏み越えて、リスナーとしての視点からどんなことをしてほしいのか、どのようなコンテンツが嬉しいのか、剥き出しの欲望もとい願望をそのまま具体的に伝えてくれたほうが助かる。
一般的な人のそれとは感情の動き方が異なるリスナー心理、ファン心理の理解はまだ僕には難しい。こうして手ずから教えてくれる存在は貴重だしありがたい。さすがは配信者の先輩だ。
まあ、度を過ぎてしまえば口さがないリスナーから『声の大きいファン』みたいな
「これからもアドバイスをもらえると嬉しいです、ロロ先輩?」
『せっ、せんぱいっ?! いやっ、なんだか、それはっ……ときめくものがあるけどっ! なんで先輩?!』
「僕はまだ先輩らしい先輩と直接お話をしたことってないんですよ。『New Tale』の先輩方とはまだ交流がないんです。こんなふうに配信のアドバイスをくれる頼りになる先輩っていいなあと思いまして」
『びゃっ……ぃひや、ほらっ! レイラちゃん! レイラちゃんはNTの先輩でしょ?』
「僕は四期生、礼ちゃんは二期生なので先輩ですけど、礼ちゃんは先輩の前に妹ですからね。わからないところについて訊くことはあっても、あまり頼りすぎては兄の沽券に関わります。そのぶんロロ先輩を頼らせてもらおうかなって」
『うぇりぅゅっ……こまるっ、困る! 頼られても困るよ! いろいろ言いすぎた自覚があるから、そろそろジンさんリスナーがこわいっ……絶対そろそろ怒られるっ! 「お前あんま立場を利用して近寄んなよ」ってDMくる!』
「あははっ、リアリティのある心配ですね。でも大丈夫ですよ。僕の配信を頻繁に観てくれている人間様なら、僕にはコラボしてくれるような友人が少ないことをよく理解してくださっていますから。それなのに、そんな数少ない友人の一人を遠ざけようとするような酷い真似、人間様ならしませんよね?」
『こっわ! 声の温もりどこに落としてきたの?! 誰よりもジンさんが怖いよ! リスナーさんに首輪繋いでるのっ?! はっ……躾のくだりって、ここの伏線だったの?! リスナーさんドン引きしちゃってるんじゃないかなぁ……〈兄悪魔もお嬢と同じくらいいい鞭振るなぁ〉〈たまにあるこの冷たさがたまらない〉〈ぞくぞくする〉〈首絞めながら言ってほしいです〉……配信者が配信者なら、リスナーさんもリスナーさんだよ……。相当躾けられてるなぁ、これ……。なんかレイラちゃんのとこのリスナーさんも似たり寄ったりなコメントしてるし……。よかったね、ロロのリスナー。あんたらはまだマトモなほうだったよ……バケモンとか言ってごめんね』
「ロロさんはリスナーさんと更に仲良くなれたみたいで僕も嬉しいです。あー……いやはや、申し訳ないです。僕のせいで長引いてしまいましたね」
『まぁ……仕方ないです。予定時間より少々……いや、多少……うーん、多々オーバーしましたけど、ロロはこの後予定があるわけではないので。ジンさんのほうは大丈夫です?』
「はい。僕も全然大丈夫です。あと二時間くらいやりますか?」
『ロロの身がもたないっ! 終わりますっ! 今日のゲストは「New Tale」の四期生、ジン・ラースさんでした!』
「あら、残念です。それではロロさん、今日はお招きいただきありがとうございました。とても楽しく、かつ有意義な時間を過ごせました。ロロさんのチャンネルをご視聴中のリスナーさんも楽しんでいただけましたでしょうか。皆様にも楽しんでいただけましたら、僕としてはこれ以上ない喜びです。改めて、本当にありがとうございました」
『さっきまでしてた会話が嘘のような綺麗な締めの挨拶っ! 絶対これ印象よくしようとしてるよね?! 今さら好青年みたいな印象にはならないよ! 完全に手遅れだよ!』
「ちょっと、ロロさん? 風評被害です。やめてください。僕の爽やか好青年ブランディングが崩れます」
『だとしたらとっくに崩れてるよっ! リスナーさんを調教してる時点でそのブランディングは無理があるよっ! 今の印象はただのおもしろお喋りお兄さんだよ!』
「くくっ、くふふっ……。んんっ、長時間ご視聴いただきありがとうございました。またお会いできる日を心待ちにしております。それでは皆様、
『まっ……ジンさんの「おやすみなさい」は……き、く……ぅ』
「……
『にゅあぁっ?! あぶないっ! 寝落ちするとこだった!』
「……最近あのセリフを言うだけで睡眠状態に入ってしまう方もいらっしゃるみたいで、迂闊に最後の挨拶で言えなくなったんですよね……。自分のチャンネルじゃないなら大丈夫かと思ったんですけど、まさかコラボ相手がそうなるとは……」
SNSのDMでは『申し訳ないんですけど、寝てしまうので配信の終わりのおやすみなさいを控えてもらえませんか?』という切実な陳情が届いていたり、アーカイブには〈気がついたら朝日が差してた〉などのコメントが寄せられていた。
寝かしつけ配信は、たしかにその役目だけは果たした。昼夜逆転している学生さんだろうと強制的に眠りに落とし、寝つきが悪くて悩んでいる人には睡眠導入剤の服用を抑制させるという素晴らしい作用を
ただしその副作用として、寝かしつけ配信乱用者は僕が『おやすみなさい』と言うだけで睡魔に襲われるようになり、視聴者の体調や体勢によってはそのまま夢路へと旅立つようになってしまった。
用法用量を守って正しく使わなかった人たちの末路である。
もしかしたら僕が視聴上の注意を記載していなかったせいかもしれないが、誰がこんなことになると予期できるのか。僕の過失ではない。
『ロロがあの寝かしつけASMRビギナーだったら戻ってこれなかったでしょうけど、ロロはだてに聴き込んでいませんからね。おはよう、の声でちゃんと起きれました。危ないところです』
「起きた、ということはしっかり睡眠に入っていたということなのに、どうしてそんなに誇らしげなんだろう……。恥じ入るところではないんですね」
なぜか得意げな口振りで起きれたという部分を強調して話すロロさん。真っ当な神経をしていれば、起きる以前に寝た部分を気にして恥ずかしくなるはずだ。逆説的に、ロロさんはすでに真っ当な神経を失ったということ。間違いなく乱用者である。
『もちろん。一リスナーとして誇りに思いますよ。でもやっぱり通話で耳に入ると効果が跳ね上がりますね……。アーカイブのほうだとここまで決まらないですもん。最近は慣れてきたと思ってたんですけど、生で入ってくると感じ方が段違いです。すぐに気持ちよくなって、頭がふわぁってなっちゃう。気づいたら落ちちゃってる』
「…………。こ、れは……えっと、どっちのニュアンスで拾うべきなのだろう……」
寝かしつけ配信をセンシティブな言い回しで表現するという、新機軸を盛り込んだロロさん渾身のボケなのだろうか。
それならそれでこちらも切り返すのだけれど、ロロさんがまるで意図せずにセンシティブな表現をしていた場合、僕が不用意につっこんでしまうとセクハラと捉えられかねない。
セクハラで再炎上はさすがに礼ちゃんに顔向けできない。模様眺めして状況の判断に努めた。
『ベッドの上じゃないと気持ちよくいけないと思ってましたけど、まさかこんな不安定な体勢でも寝かしつけられるなんて、やっぱりジンさんすご、い……え? な、なに……この空気? え?』
静観して正解だった。ロロさんは天然でラインのギリギリを掠める発言ができる奇才らしい。
「ああ、なるほど、了解です。僕の寝かしつけ配信を危ないオクスリみたいな言い方しないでください。ちゃんと合法なんですから」
『合法って言い方もどうなんですかそれ。てか……え? なんです? さっきの間は。さっきの絶妙に気まずい間は』
「いえ、いいんです。お気になさらず」
『え、な、なになに? 気になるよっ! なんなの?! ロロ、失礼なこと言ったかな?!』
「失礼なことは一言も口にしていませんよ、安心してください。ハレンチな発言をしただけです。……さあ、ロロさん。もう時間も遅いです。リスナーさんもそろそろお休みになりたくなる時間でしょう。配信を早く閉じましょう」
『う、うん……うん? はれっ、ハレンチってなにっ?! ロロしてないよ?!』
「そうですよね、はい、僕は理解しておりますよー。はーい、リスナーさんとお別れの挨拶をしましょうねー」
『う、うん……なんかあやされてる……。なんなのぉ……もう。……えっと、よかったら高評価やチャンネル登録、SNSのフォローしてください。ジンさんのチャンネルのほうもよろしくです。じゃあ、えっと……あ、ありがとうございましたー』
「ご視聴ありがとうございました。またお会いしましょう。良い夜を。さようなら」
『ありがとー、ばいばーい。……え、なに? ほんとになんなのぉ……』
戸惑うロロさんのか細い声を最後に、配信は終了した。
配信終了後、SNSでロロさんの名前をもじったワードがトレンド入りしていた。何が理由なのか、もちろん僕にはさっぱりわからない。
お兄ちゃんとロロさんの雑談コラボはこれにておしまいです。
感想や評価などいただけるとこれからのハードスケジュールの励みにもなりますので、よろしくお願いします。
あと誤字報告ありがとうございます。とっても助かってます。
なんであんだけ確認したのに見落とすのかわからない。きっと作者の目は節穴。
次はとある事務所の方。別視点です。
更新間に合ったぜ。案外なんとかなるもんや。
ということで次の更新は十二時間後です。よろしくお願いします。