サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。   作:にいるあらと

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二章『Absolute defense zone』
さあ、街を守る時間だ。


 

「わあ……やっぱり上手だなあ。とても派手だ」

 

 父さんからの頼まれごとをこなした後、僕は夢結さんと寧音さんが共同でやっている『ゆきね:手描き切り抜きチャンネル』の更新された動画を観ていた。

 

「ふふっ、きっとイーリイさんも喜んでるだろうね」

 

 今回投稿されていた手描き切り抜きは、以前イーリイさんとコラボした時の配信からだ。

 

 お二人の手描き切り抜きは基本的に、躍動感のあるデフォルメ絵と迫力のあるイラストで構成されている。デフォルメされた絵だけでも大変だろうに、ほぼ毎回力の入ったイラストを用意しているのはとんでもない労力がかかっているのではないだろうか。

 

 もちろん、色の塗りや背景まで完全に百パーセント全力で仕上げているというわけではないけれど、それでもかなりクオリティの高いイラストになっている。そう簡単に描き上げられるものではないはずだ。

 

 イーリイさんとのコラボの手描き切り抜き第一弾の時は照れて恥ずかしがるイーリイさんをとてもよく表現していて、第二弾の猫を被った初期イーリイさんモードも可愛らしく描いてくれていた。

 

 そしてついさっき投稿されたこの第三弾は、イーリイさんが礼ちゃんとオフで会えるかどうかがかかった試合に焦点を当てたもので、僕がイーリイさんの猛攻を凌いで反転攻勢に出て辛勝したところを格好良いイラストにしてくれている。必殺技で決着をつけたシーンだったので、派手なエフェクトと大胆な色使い、ダイナミックな構図になるよう意識されていた。

 

 デフォルメ絵でぴょこぴょこ可愛く動いているのももちろんいいけれど、やはり一枚絵のイラストがずどんと出てくるとインパクトがある。

 

 見応えもあって感動するが、観る側の満足感に比例するようにお二人には相当な負担がかかっているに違いない。一応お二人には礼ちゃんが依頼として手描き切り抜きをやってもらっているわけだけれど、これだけの頑張りには僕からもなにか応えてあげたい。

 

 何かしてあげたいけどすぐにいいアイデアは閃きそうにない。とりあえず保留として、夢結さんには動画を観た感想のメッセージだけ送っておこう。

 

 僕からこうして手描き切り抜きの感想を送るようにしたからか、夢結さんも僕の配信が終わった後はメッセージを送ってきてくれるようになった。

 

 少しずつだけれど、以前より親しくなれているような気がして嬉しい。

 

「相変わらずめろさんは仕事が早い……」

 

 『ゆきね:手描き切り抜きチャンネル』の後は『mellow:ジン・ラース切り抜きch』を覗いてみる。

 

 イーリイさんやロロさんとのコラボで名前を出したからか、めろさんの投稿する切り抜き動画の再生数の伸びが以前よりも上がっている。登録者数も順調に増えつつある。

 

 それもそうだろう。これほどに丁寧な切り抜きを観たら、言い方は悪くなるけれど他の切り抜きを観れなくなるくらいだ。

 

 当然のように字幕完備で、話し方やテンションなど状況に応じてフォントを使い分けており、動画に出てくる配信者ごとに色分けして誰が喋ったセリフなのかが一目でわかるようになっている。説明の足りない部分があれば画面端っこに注釈を加えてくれてもいる。とても配慮が行き届いている。時折フリー素材を使って、しつこく感じない塩梅でユーモアも演出している。なにより、これだけ手の込んだ編集をしているのに圧倒的に投稿するのが早い。

 

 本業とどうやって両立させているのか、睡眠はいつ取っているのか、これほど謎な人はいない。定期的にめろさんとは通話していることだし、また今度ちゃんと休日を作れているのか訊ねてみよう。

 

 なんならロロさんとのコラボの後、僕が炎上の件について説明していたからか、改めてめろさんから謝罪されていたのだ。

 

 まだ本人はあの一件を咀嚼はできても呑み込むところまでは割り切れていないのだろう。依然として気に病んだままだ。僕が気にしなくてもいいと言っても、本人の罪悪感が薄れるわけではない。時間が薬になってくれることを祈るばかりだ。

 

 めろさんはそうやってつい最近も謝るために通話を繋げてきてくれていたのだし、その時にでもちゃんと休めているのか確認しておけばよかった。人間は休息を取らないと倒れてしまう、脆い生き物なのだから。

 

「僕にはこの編集はできないなあ……」

 

 速度と丁寧さを兼ね備え、ユーモアを忘れず、切り抜きとして手軽に観やすいコンパクトさに纏める。センスと経験がなければできない芸当だ。

 

 配信から切り抜きや動画を作ったりするのは、本来であれば配信者本人がやるものだ。違う事務所だとやってくれるスタッフさんがいたりするらしいけれど、原則は本人がやる。自分でやらなければいけないからこそ、礼ちゃんだって動画の編集技術が高まったわけだし。

 

 配信者本人がしなければいけない作業を代わりにやってくれる公認切り抜き師なんていうありがたい存在は、普通ならもっと配信歴が長かったり人気のある配信者にしかつかない。僕みたいなデビューしたばかりの新人配信者には、本来縁遠い存在なのだ。

 

 なので縁云々で言うのなら、僕とめろさんの間には縁があった、ということなのだろう。縁は縁でも奇縁だが。

 

 めろさんによる丁寧な切り抜きとロロさんとのコラボの影響で、僕の過去配信の動画は再生数が増えていた。

 

 僕はリスナーさんがどういった配信を望んでいるのか知るために時折アーカイブの再生回数の推移を確認しているのだけれど、ロロさんとのコラボで触れた『administrator』配信と寝かしつけ配信が一段階ギアを上げるようにぐんっと回っていた。

 

 FPS配信だとFPSというジャンルに興味のない人、よくわからないという人を(ふる)い落とす形になってしまうけれど、ストーリー性のあるゲームだといろんな人が楽しめる。アーカイブでの伸び方の違いはこういう部分なのだろうか。

 

 ただ、同時接続数だとFPS配信のほうが数字が多くなりがちだ。FPS配信の時は基本的に礼ちゃんとのコラボでやっているので、僕と礼ちゃん、両方の視点で戦いを観たくて両方の配信を視聴しているリスナーさんが多くいる、といったところが理由だろう。

 

 このあたりはFPSとストーリーのあるゲームのどちらがより良い、というような差があるのではなく、それぞれの特徴であり傾向である、と受け止めておくくらいでいいのかもしれない。

 

 寝かしつけ配信は、もう、なんだろう。よくわからない。

 

 これまでも寝かしつけ配信だけはずっと同じペースで回っていたけれど、ロロさんとのコラボ後、再生の伸び率が『administrator』ほどではないにしろ上がって一定の割合で伸び続けている。不可解なことに回転数が衰えることがない。

 

 異常な推移だ。怖い。なんだこれ。

 

 通常、アーカイブなんて一回観れば満足する。特別おもしろかったりすれば何回か観返すこともあるかもしれないが、だとしても五回も十回も観ることは稀だろう。観ていてとても楽しいという動画でもない。画面の動きは少ないのだ。音声ベースの動画となっている。

 

 そういった諸々を鑑みると、よほど睡眠の浅さや寝つきに悩みのあるリスナーさんが多いということなのだろうか。寝つきが良くなるという最も望んだ効果が現れているのは嬉しい。

 

 ただ、聴き続けると耐性ができて効力が落ちてくる、などと怪しい発言をしたロロさんの例もある。もし睡眠に悩んでいる人が多くいるのであれば、新しい寝かしつけ配信も考えておいたほうがいいかもしれない。

 

 でもその割に『おやすみなさい』の一言で落ちてたりするんだよね。耐性とはなんだったのか。

 

「寝かしつけ配信の内容、礼ちゃんにも一度相談しようかな……」

 

 礼ちゃんで思い出し、時計を確認する。

 

 今日は夜に礼ちゃんとのコラボがあるのだ。『Island(アイランド) create(クリエイト)』で魔界創造計画の続きをすることになっている。

 

 晩御飯を食べて、少しゆっくりしてから配信するのがいつもの流れだ。晩御飯までまだかなり時間がある。

 

 礼ちゃんは今は部屋で参考書を片手に勉強中だ。数学Iや数学Aをおさらいする、と朝御飯を食べている時に話していた。解き方を忘れないように、あるいは思い出すように数をこなしていくのだろう。

 

 ならば僕の出る幕はない。わからないところがあれば質問してくるだろうから、出しゃばったりせずに礼ちゃんの頑張りを見守ろう。

 

 晩御飯まで時間を持て余すのでオンライン動画共有プラットフォームで面白そうな動画がないか観て回っていると、興味深いライブ配信を見つけた。

 

「あ、ADZの配信してる人がいる……めずらしい」

 

 僕は配信ではやっていないけれど裏では頻繁にプレイしているADZ──『Absolute(アブソリュート) defense(ディフェンス) zone(ゾーン)』をライブ配信でプレイされている配信者さんがいらっしゃった。しかも同業者、Vtuberの方だ。

 

「お名前は……美座(みざ)(あざみ)さん。『Next Princess』所属の方なんだ」

 

 その話し方や声色よりも、如実に冷淡さを示す切れ長の双眸は赤紫の虹彩。外はねの多い無造作なヘアスタイルで、髪の根元は濃い紫色だけれど毛先に向かうにつれて藤色のような淡い色合いになっている。画面の左下に胸元から上の姿しか映っていないので詳細はわからないけれど、ブレザーっぽい制服を着ているみたいだ。

 

 美座さんのことは寡聞にして存じ上げていないのだけれど、この方が所属されている『Next Princess』の名前は見識の狭い僕でも知っている。たしか『Next Princess』は『Golden Goal』ほどではないけれど所属しているVtuberの人数が多い事務所だ。この事務所も『End Zero』のように女性ばかりの事務所だけれど経営方針は異なっていて、男性配信者とコラボ配信することも頻繁にある。

 

 この事務所で特徴的なのが、所属している事務所は同じだけれど、活動内容によってグループが分けられているところだ。とはいえ、そのグループ分けはそれほど厳正なものではないようで、本人の意思によって別のグループに移動するケースもある模様。近い目標や似た考え方の人たちを集めることで活動のモチベーション向上や仲間意識を育むことに繋がるのかもしれない。

 

 概要欄を拝見するに、美座さんは『Now I Won』というグループに所属しているらしい。このグループはゲーム配信に力を入れていて、特にFPS系のゲーム配信を行う方が多く所属しているグループだ。

 

 NIWやニウなどと略されることもあるこのグループに鬼馬辻(きばつじ)椿(つばき)という方が在籍されていることは、僕の記憶に強く残っている。以前配信外で礼ちゃんと少年少女Aさんの三人で貴弾をやっていた時に、その鬼馬辻さんとあたったことがあったのだ。とてもお強かった。

 

 その時の鬼馬辻さんのパーティもフレンド三人でマッチを回す、いわゆるフルパーティ(フルパ)と呼ばれるパーティだったのだが、なんなら他のお二人も非常に上手だった。

 

 気になって調べて『Next Princess』という事務所や、同事務所のFPS系グループ『Now I Won』の存在を知ったのだ。FPS、あるいはTPSにも種類があるので一概には言えないけれど、このグループの人たちはみんなシューティング系のゲームにお強いようだ。

 

 プリンセスと言っても、城や塔で幽閉されるタイプでは決してない。武装して前線でごりごりに戦うタイプの『Princess(お姫様)』である。

 

『このビルの中にワークのポイントがあるはずだけど、こんなの入れないでしょ。ソロでどうやってやるのよ。全部倒さなきゃいけないわけ?』

 

 美座さんの操作するキャラクターが、目的地の建物から少し距離を置いた位置で建物周辺を警戒していた。

 

 美座さんの言っていたワークというのは、大まかに言ってしまえば他のゲームで言うところの任務やサブクエストに該当する。ただADZではこのワークの重要性というか、優先順位がとても高い。ワークをこなすのはADZを進めていく上で生命線の維持に等しいのだ。

 

 このADZというゲームはワークをこなさなければショップで購入できるアイテムのラインナップが充実されないし、使いやすい武器や弾薬を購入できない。『ワークなんて面倒なものほっといて敵ぶっ殺していけばいいや』というような猪マインドでは、行く行くは身動きが取れなくなる。最初のうちはゲームを順調に進められても、強い敵が現れるようになってきた時に必ず負けが込む。いずれ武器を失い、アイテムを失い、首が回らなくなるのだ。

 

 かなり面倒だし道のりは遠いけど、ちゃんとワークをこなそうとしている美座さんは偉い。

 

 その手間のかかるワークをこなすための目的地のビル付近には、今見える範囲でも敵兵士を二人視認できている。中にも配置されていることを考えると、ソロで正面から攻めるのはかなり難しい。

 

 なんならデュオやトリオでパーティを組んでいても、返り討ちに遭う可能性は全然ある。

 

 このゲームは、敵はすべてNPCなのだけれど、マップ上に湧いている一般的なモブ兵士であっても驚くほどに手強い。

 

 撃ち合っていてもちょっと顔を出しすぎたら簡単にヘッドショットしてくるし、狙撃兵が相手だと離れたところを走っていても頭を抜かれることがある。増援を要請したりもするし、遮蔽に隠れていたらグレネードなどの投げ物も使用してくる。

 

 ただのモブ兵士でこれである。

 

 ネームドと呼ばれるボスクラスになると、そのあまりの強さにプレイヤーたちからは『公式チート』なんて呼ばれたりもしている。絶対国防圏(ADZ)が俗に『絶望圏』などと言われる所以(ゆえん)である。

 

「そこのビルには隣の敷地から壁を乗り越えれば安全に入れるんだけど……」

 

 思わずキーボードに指を這わせたけれど、コメントを打つのを躊躇(ためら)った。

 

 リスナーが『こうすればいけるよ』みたいなコメントを例え善意で打ったとしても、配信者がそのコメントで気分を害すれば、それは厄介リスナーによる指示コメントと同じだ。このあたりは配信者にもよるし、状況によってもそのコメントが是か非か変わってくるとても難しい問題だ。

 

 なので、とりあえず見守ることにしよう。

 

『情報サイト見たら、たしかあのビルの隣から……〈周りから入れる〉知ってるよ。隣のブロック塀から入れるんでしょ』

 

 そう呟いた美座さんは正面からの突破は諦め、兵士に発見されないよう遠回りしつつ、目的地のビルと、その隣に位置する廃ビルの敷地を区切るブロック塀のところまで移動する。

 

 よかった、美座さんは知っていたようだ。

 

 今回美座さんが取りかかっているワークもそうなのだけれど、ADZはあまりにも知識ゲーなのだ。ワークしかり、アイテムしかり、敵が湧きがちなエリアしかり、知らなければ効率が良くないどころか二進(にっち)三進(さっち)もいかなくなる。

 

 なんならこのゲーム、画面上にマップすら表示されない不親切設計なのだ。プレイヤー本人がマップや建物の構造を記憶しておかなければいけない仕様になっている。各マップやアイテムを漁る場所を覚えきれていないうちは、情報サイトを常に開きながらプレイする他ない。

 

『兎と虎ならアビリティ使ってビルの横から安全に侵入できるってあったけど、できないじゃん。ウォールジャンプじゃないの?』

 

 ADZには現在、兎、虎、狼、熊の四種類のキャラクターがいて、その中からプレイヤーは自由に選択できる。それぞれのキャラクターに特性や得手不得手があり、この手のFPSゲームには珍しくキャラクターの種類によって扱える銃器に制限がある。

 

 美座さんの使っているキャラクター()はバランスの取れたパラメーターとアビリティを有しているオーソドックスなキャラクターだ。比較的ソロで進める人向けのアビリティ構成になっている。サブマシンガンなど取り回しのいいものからマークスマンライフルなど距離を置いても十分仕事ができる銃まで幅広く使用可能だ。

 

 虎は常時発動型(パッシブ)アビリティに『フットパッド』という、足音を小さくするものがある。そのおかげでブロック塀の前でどたばたと『ウォールジャンプ』を試していてもまだ敵兵士に見つかっていないが、発見されるのは時間の問題だ。

 

『〈WJでいける〉〈そこ兎だけだよ〉〈裏に崩れてるとこある〉〈キャラコンやね〉……もう、なに? どれ? 虎は行けないの? 裏に回らなきゃいけないの?』

 

 なんだかコメント欄では情報が錯綜(さくそう)している。どの情報が正しくてどの情報が間違っているのか判断できず、美座さんも混乱しているようだ。

 

 実は美座さんが拾った四つのコメントは、その内三つだけが正しい。〈そこ兎だけだよ〉というコメントだけが間違いである。

 

 ビルへの侵入経路は正面を除けば、美座さんがいる隣側のブロック塀を乗り越える方法と、ビルの裏側に回る方法がある。

 

 リスナーさんの言う通り、裏側のブロック塀には一部崩れているところがあって、そのルートであれば全種族入れる。ただ、裏側ルートは屋上にいる狙撃兵に見張られていることがあるし、ビルの裏口の前に兵士が立哨していることも多い。裏側からの侵入ルートは、正面よりかは安全、という程度だ。

 

 隣側のブロック塀は兎であれば『ハイジャンプ』というアビリティで難なく越えられる。

 

 虎の場合は、これまたリスナーさんの言う通り『WJ(ウォールジャンプ)』を使えばブロック塀の天辺(てっぺん)に手がかかる。しかし、アビリティを発動してから定められたタイミングで視点移動しないと、ただ壁を蹴ってジャンプするだけになってしまうのだ。キャラコンが必要というコメントはそういう意味である。

 

「うーん……大変そうだなあ」

 

 リスナーさんは美座さんに『こうすればいけるよ』と教えてあげたいのだろうけれど、そういった考えの人が多くてコメント欄は流れが速くなっているし、コメントだと詳しく説明もできない。文字だけだとニュアンスを伝えられなくて、一見すると命令しているような口調にも感じられてしまう。悪意はないのだろうけれど、誤った情報が含まれているのもたちが悪い。

 

 決して悪意はなかったはずなのに、コメント欄が少々荒み始める。指示するようなコメントを控えるように注意したり、誤った情報を流布しないよう指摘するリスナーが現れたのだ。

 

 自分の推し、好きな配信者さんの負担になるようなことをしないでほしい、という感情の表れなのだろう。その気持ち自体は真っ当だし好ましい。

 

 しかし、その気持ちを他のリスナーさんにぶつけることによって、巡り巡って美座さんへの負担になるということにまでは思慮が及ばないようだ。

 

 荒らしの生態系や習性に詳しいと自負する僕が観ていた限りにおいては、コメント欄には荒らしらしい荒らしはいなかった。

 

 リスナーさんはその多くが良かれと思ってコメントを送っているのに、どこかで歯車がずれてこんなことになってしまった。

 

 悲しいことだ。それもこれもゲーム内でまったくシステムの説明をしてくれないADZが悪い。

 

『ああもう……っ。なにが正しいのかわかんないっ。指示するコメントはやめて。……そうだ、こうしよう。DOCの順位が私より高ければ指示してもいいよ』

 

 厚意で教えようとしていたリスナーさんからすると少し悲しい気持ちになってしまうかもしれない突き放したような言い方だったけれど、そうでもしなければコメント欄は収拾がつかなかっただろう。致し方なし。

 

 ちなみに美座さんの言っていたDOCというのは貢献度のことで、プレイヤーが味方陣営にどれだけ利益をもたらしたか、どれだけ活躍できたかの指標である。

 

 ADZは広義的な意味ではCo-opゲーム、協力プレイに近いゲームなので、『Noble(ノーブル) bullet(バレット)』のようなクラスシステムは存在しない。その代わりにプレイヤー同士で競わせるために貢献度(DOC)ランキングというものが用意されている。

 

 どれくらいADZをプレイしているかわからないリスナーからの情報では正確性が担保できないので、美座さんはDOCのランキングで足切りをして情報の確度を上げようとしたのだろう。

 

『私、ソロ九位だからそれ以上の人だけね』

 

 ADZはCo-opっぽいゲームなので友人とパーティを組んで出撃することもできるし、もちろん今の美座さんや、裏で僕がやっているように一人でプレイすることもできる。

 

 一人でやっている時と複数人でやっている時では一長一短はあるにせよ難易度が変わってくるので、DOCランキングでは部門が三つに分けられている。『solo』と『mulch』と『total』の三種類だ。マルチやトータルだと強い人に引率してもらうという形でポイントを重ねることもできるが、美座さんの言っていたソロだとそういう誤魔化しも水増しも効かない。一人で出撃しなければDOCポイントが『solo』ランキングのほうに加算されないからだ。

 

 美座さんのプレイングや使用キャラ的に、おそらく普段からソロでプレイされているのだろう。困った時に友人に助けてもらうという手を使わずにランキング九位とは恐れ入る。美座さんもなかなかにやり込んでいるらしい。

 

 そのわりにビルの侵入経路やキャラコンを知らないというのは、どこかアンバランスな印象だ。

 

 もしかして、これまではすべて正面戦闘で乗り切ってきたというのだろうか。さすが『Now I Won』にいるだけのことはある。脳筋、もとい戦うタイプのお姫様だ。

 

「僕はコメントしても大丈夫そうだね。えっと……」

 

 ともあれ、美座さんが九位なのであれば、僕から情報を提供する分には問題なさそうだ。

 

 キーボードをかたかたと打ち鳴らしてコメントを送る。

 

『そういうことだからこれ以上指示コメする人は私より上ってことを証明……〈そろそろその場を離れたほうがいいですよ〉……話、聞いてなかった? このコメントした人、私より上なわけ?』

 

「……あれ?」

 

 なんだか想像していた反応と違う。美座さんがDOCの順位を口にしたのは、情報量を絞るためだと思ったのだけれど。

 

 とりあえず僕の順位と、美座さんの位置が危険になっていることを伝えておこう。

 

『これだけ言ってまだ指示コメしてくるんなら証明してよ。できるんだよね? ……〈二位です。そろそろ音で敵に発見されそうですよ〉……あなた、次のマップでパーティ組むから準備しといて。逃げないでね。ん……なに? ……〈NTの新人だ〉……NT? 「New Tale」? え、この……ジン・ラースっていうアカウント? これ本物?』

 

「あ、しまった……アカウント変えてなかった」

 

 ADZを配信している同業者の方がいたのが嬉しくてどうやら気持ちが浮ついていたらしい。ジン・ラースのアカウントのままコメントを打ってしまった。以前使っていたアカウントに変更しておいたほうがよかったかもしれない。

 

 美座さんの配信を視聴しているリスナーさんの中にも、僕の名前を知っている人がいたようだ。コメント欄がさっきとは違う意味で騒ついている。

 

 そうこうしている間に『Enemy is there!』と、ゲーム内の音声が聴こえた。これはプレイヤーを発見した際の敵兵士のボイスだ。ちなみに、このボイスの場合だと近くにいる敵兵士がプレイヤーを取り囲むような挙動を取る。

 

 まあ、敵を発見して、かつ味方が付近にいるのなら、味方に敵の位置を報告して包囲してから安全確実に仕留めようとするよね。美座さん、非常にまずいです。

 

『うわ、ばれたっ……。ビルの中に逃げ……れないっ。グレも飛んできたっ……』

 

 ブロック塀の近くに身を寄せていれば、背の高い塀が遮蔽物になって体を隠してくれる。

 

 しかしブロック塀から離れて廃ビル内に逃げ込もうとすると銃撃されるので、ブロック塀の側から体を出せなくなってしまった。上手い具合に目的地のビルの裏側に回る道にグレネードが放り込まれる。裏側に向かうルートは使えない。

 

 このマップの敵兵士はまだそれほど怪物じみたエイムはしていない。していないけれど、ブロック塀から体を出して、廃ビルの窓枠に手をかけて『よっこらせ』と体を持ち上げている間にプレイヤーを確実に殺すくらいの腕は持っている。三回は死ねる分の銃弾を撃ち込まれることにはなる。

 

 一度発見されてしまえば、完全に敵から姿を見られなくして一定時間経過しなければヘイトを剥がせない。しかしこういう状況に陥ってしまうと敵がわらわら集まってくるので、それら複数の目から完全に視線を切ることは不可能に近い。

 

「うーん。詰んだ、かな……」

 

 自分がプレイしているわけではないので敵の足音はよく聴こえないけれど、おそらく敵兵士は表側から一人、敷地を取り囲むブロック塀を逆から回り込むようにもう一人が攻めてくる。それだけなら、まずは表側から襲ってくる敵にだけ集中して戦い、どうにか短時間で勝てればまだ生き残れる可能性はあるのだけれど、もちろんそれだけでは済まない。

 

 ADZが『絶望圏』などという蔑称を冠するのは、それだけの(いわ)れがあるからこそだ。

 

『ビルの正面には二人はいたし、一人回り込んでくるのが奴らのパターンだから……とりあえず正面からくる奴を倒っ……上っ?!』

 

 このADZ、一応ストーリーが存在している。プレイヤーは元はとある大国の軍隊に所属していた軍人で、戦地に赴いたが敵軍から大規模な攻撃を受けたことで戦死扱いにされる。戦死扱いとなって戸籍上、宙に浮いた形となったプレイヤーはとある研究機関によって人体実験の実験台にされる。そこで動物のDNAを取り込ませて動物の特長と人間の器用さを併せ持ったスーパーソルジャーを作り出すという人間兵器開発実験、獣人計画『Hybrid beast』の被験体にされるのだった──という、ふわっとした舞台設定があるのだ。

 

 プレイヤー側のバックグラウンドがあるのは、別にいい。そういった経緯があって動物に由来するようなアビリティがあるのだな、と納得できる部分もある。キャラクター毎に用意されているアビリティもユニークだ。

 

 問題は、敵側にも同じような背景があることだ。

 

 今現在判明している情報だと、敵の兵士も境遇は似たり寄ったりである。戦死や行方不明扱いの兵士。研究機関に送られ実験体にされる。目的はスーパーソルジャーを人工的に作り出すこと。

 

 違うのは、スーパーソルジャーまでのアプローチの方法だ。

 

 動物と人間の長所を兼ね備えた兵士を作るのが獣人計画(Hybrid beast)。対して、敵兵士が受けさせられたのは、脳科学や生体工学を悪用し様々な薬品を投与することで人間の能力の最大限界値を超えて能力を引き出させる、という思想のもと始動した人間兵器開発実験。その名も、強化兵士計画『Enhanced soldier』。

 

 プレイヤーサイドも常人を遥かに凌駕する身体能力を有しているが、プレイヤーと相対する敵も同等かそれ以上に普通ではない。

 

 人間兵器開発実験の研究者たちには倫理的境界など微塵としてない。人道なんて目も向けなければ、人命だって歯牙にもかけない。科学的に被験体に暗示をかけ、身体的、認知的、知覚的、心理的能力を高める薬品を被験体の身の安全なんてこれっぽっちも気に留めることなく投与する。特殊な免疫抑制剤を定期的に接種しないと死より恐ろしいことになる、という情報までは開示されている。敵施設に潜入してレポートを掻っ払ったことがあったが、そう記されていた。

 

 何が入っていて、将来的にどんな悪影響があるかわからない薬品をどばどばと注ぎ込まれた強化兵士が、プレイヤーたち獣人兵士を排除するために街に送り込まれている。

 

 人間離れしている獣人兵士を駆逐するために送り込まれた彼らは、強化兵士の名に恥じぬくらい、やはり人間離れしているのだ。

 

 そう、先ほどまでビルの三階の窓から美座さんを撃ち下ろしていた強化兵士が、装備重量は三十キロを優に超えるはずなのに、ビルから十メートル以上離れているはずの細くて狭いブロック塀の上に飛び乗ってくる。そんな芸当を軽々とこなしてしまうくらい、人類の枠をはみ出しているのだ。

 

 ちなみに、これはボスでもなんでもない。ADZにおいて、マップのそこら中に湧いている一般的な兵士である。こんな身体能力をしていながら、美座さんが訪れている『市街地』と呼ばれるマップは他のマップと比べると、まだ敵兵士の強化レベルが低いのだ。まだ、これでも。

 

 本当に呆れ果てる難易度設定である。ADZの制作会社はFPS未経験者にこのゲームをプレイさせる気がないのかもしれない。

 

 そんなこんなで、正面道路からくる敵に集中しすぎた美座さんは、ブロック塀の上に飛び移ってきた敵兵士に気づくのが遅れてしまった。緊急回避のような生ぬるいアクションなんて存在しないので、美座さんは敵兵士の銃撃を避けることができずに撃ち据えられる。

 

 せめて歩くなり走るなり動いていれば、そこから加速してアビリティを使うことくらいはできていただろうけれど、撃ち合いを予想してサイトを覗いて(ADSして)いたことが裏目に出た。

 

『化け物がっ……うっ、あぁ……』

 

 耳を(ろう)するほど強烈な銃声。フルオートで敵兵士が持つ銃から弾丸が吐き出されるが、五発目の銃声が聞こえた段階ですでに美座さんのキャラクターは絶命してしまった。画面が暗転した。

 

 キャラクターがお亡くなりになってからの状況はわからないけれど、おそらく胴体も頭部もしっちゃかめっちゃかになるくらいの数の銃弾を受けただろうことは想像に難くない。距離も近かったし、敵兵士の持っていた銃はアサルトライフルだったし、しかもフルオートだったし。

 

 ちなみに強化兵士たち、リコイル制御のテクニックも中堅FPSプレイヤー並みに上手い。フルオートで引き金を引いても、多少ばらけるくらいで必要十分な水準には集弾させる技術を持っている。美座さんの仰る通り、紛れもなく化け物である。

 

『……さっきの人。ジン・ラース……さん、だっけ? ほんとにランキングが私より上だって言うんなら入ってきてくれない? 証明してよ』

 

 綺麗に敵兵士にしてやられたからか、どこか気落ちしたトーンで美座さんが言う。

 

「時間は……まあ大丈夫そうだね」

 

 なんだか話がおかしくなってきたけれど、言い方や声の印象はどうあれ、ともに街を守る同志である美座さんから招待されたのだ。受けない理由はない。

 

 なんならさっき美座さんが『次のマップでパーティ組むから準備しといて』と口走っていた時に僕はゲームを起動していたのだ。いつでも行ける。

 

『準備ができたら教えて。出発のタイミングはこっちで指示する。まさか、逃げないよね? 二位だとか大口叩いたんだもんね。知らないかもしれないから言っとくけど、二位のプレイヤーって使ってるキャラ……〈準備完了しました。行き先はお任せします〉……はっは、マップはさっきと同じ「市街地」ね。私から招待送るから待ってて。これで二位のプレイヤー本人じゃなかったら叩かれると思うけど、大丈夫?』

 

 ADZは最大で五人までパーティを組めるけれど、僕は一人でしか戦場に赴いたことはない。理由は単純にして明快、友だちがいないからだ。

 

「ソロでやる時とは動き方も違うだろうし、気をつけないとね。ふふっ」

 

 ADZはプレイ画面に地図が出ないというプレイヤー泣かせな、言い換えれば(いぶ)し銀なゲームだ。もはや言うまでもないくらいのことだけれど、フレンドリーファイアがある。たとえ同じパーティだとしても味方に弾があたればダメージを受ける。

 

 パーティを組むのは初めてでとてもわくわくするけれど、味方がいるからこそ気をつけなければいけないこともある。気を引き締めないと。

 

 マップは『市街地』。

 

 出撃待機中のプレイヤーの欄、その一番上に僕のキャラクター名が表示されている。

 

「〈名前はBlack Rabbitです〉と」

 

 ADZはパーティを組んでいる場合であれば、他のFPSと同様に報告がとても大事なゲームだ。まあ、報告が大事な理由は『敵にフォーカスを合わせるため』とかではなく『自分は敵じゃないから撃たないで』ということを伝えなければいけないからなのだけれど、どちらにせよ報告が大事なことには変わりない。

 

 いろいろと問題はあるけれどゲーム内にVCがあるので、それを使えばコミュニケーションアプリを介さなくても情報伝達はできる。なんとかなるだろう。

 

『……え、ちょっ……ほんとに二位の黒兎なんだけど……』

 

 美座さんの(おのの)くような声のすぐ後に、パーティに招待された旨を示すメッセージが表示された。Yesをクリックして、パーティを組み、出撃まで待機する。

 

 ともに街を守る仲間、美座さんのキャラクター名は『Azami』。美座さんのお名前が『美座(みざ)(あざみ)』なので、配信でもわかりやすいようにシンプルにしたのだろう。レベルは三十六。このシーズンの今の時期、ソロの虎でこのレベルは大したものだ。

 

 装備はアーマーだけは良いものを持ってきているけれど、それ以外はそこまで際立っているものはない。おそらく今回の出撃は前回クリアできなかったワークをこなすためだからだろう。ビル内に忍び込み、強化兵士との戦闘を考慮している装備構成だ。返り討ちにあってもいいように、戦闘に関わらない部分のアイテムは可能な限り削っているらしい。

 

 ADZは、マップに出撃して敵兵士に殺された場合、近接武器以外の装備、銃やアーマー、バッグやリグ、消耗品のアイテムに至るまで、持ち込んだものはすべてロストする。

 

 唯一、セーフティバッグという欄に配置したアイテムだけはロストしないけれど、このセーフティバッグは容量がとても少ない。貴重品を入れていたら隙間なんてほとんど空かないので、基本的には死んだらそのマップに持ち込んだアイテムのほぼすべてを失うことになる。

 

 前回の出撃では美座さんはアサルトライフルを担いでいたけれど、今回はサブマシンガンに変わっている。これは屋内戦闘を見越してのものなのか、それとも武器をロストして他になかったのか、どちらだろう。

 

 同志の装備を眺めているうちに出発の時間になった。画面が切り替わる。

 

「人と一緒にやるADZ、楽しみだなあ」

 

 さあ、街を守る時間だ。





先にお伝えしておきますと、ここからADZ配信とっても長いです。気長にどうぞ。

次から美座さん視点です。
十二時間後です。よろしくお願いします。
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