サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。   作:にいるあらと

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誤字修正送ってくれてる人本当にありがとうございます。
何度見返しても誤字脱字って湧いてくるんです。たぶん無から生まれてるんだと思います。助かってます。
配信中のリスナーからのコメント描写はたまに意図的に誤字らせてますので、そちらはお気になさらず。投稿するコメントを確認せずに慌てて入力した、みたいな表現です。


『Absolute defense zone』

 

 元はと言えば、指示コメが鬱陶しかったのだ。

 

 もちろん、私が知らないことを教えてくれるコメントには助かっていたところはあるけど〈そっちの道危ない〉とか〈さっきの拾っといたほうがいい〉とか、そういうコメントがずっと続いているとフラストレーションが蓄積されていく。

 

 そんなことが続いたあとのことだった。情報サイトを見た限りでは『種族が兎と虎なら乗り越えられる』と書かれていたブロック塀を乗り越えられないでいた私に、まともに読めないくらいの量のコメントが投下された。

 

 予想外のハプニング。ああしろこうしろと指示してくるコメント。指示コメントを指摘するリスナー。それらによってさらに流れが速くなるコメント欄。

 

 プレイ状況もあいまって、精神的に負荷がかかった。端的に言うと我慢が限界に達した。

 

 その結果の『私より貢献度(DOC)ランキングが上なら指示コメントしていい』発言だったのだ。千人もいない私の配信に、私よりもDOCソロランキング上位のプレイヤーなんているわけがない。そう思ったからこその『黙って観てて』という気持ちを込めた言葉だった。

 

 これで落ち着いてプレイできる。

 

 そう思った矢先に、緩やかになったコメント欄の中で〈そろそろその場を離れたほうがいいですよ〉なんていう悪目立ちするコメントを見かけたものだから、ついカッとなって衝動的に『次のマップでパーティ組むから準備しといて』などと言ってしまったのだ。コメントの内容ばかりに気を取られ、ユーザー名なんて視界に入っていなかった。

 

 でも、しょうがない部分もあると思う。まさかあの『New Tale』の悪名高き憤怒の悪魔、ジン・ラースがそんなタイミングでコメントを送ってくるだなんて誰が予想できるというのか。引くに引けなくなったので我を突き通すほかなくなってしまった。

 

「……え、ちょっ……ほんとに二位の黒兎なんだけど……」

 

〈まじで苦労詐欺や〉

〈レベル嘘やんw〉

〈兎でこのレベルは草〉

〈マジモンで草〉

〈兄悪魔やっぱADZもうまいんかw〉

〈この前はありがとうございました〉

〈ブラックラビットさん!〉

〈レベルやっばw〉

〈幸運の黒兎さんだ〉

〈レベルたけぇ!〉

〈悪魔配信つけてくれよw〉

〈黒兎!〉

〈本物だ!〉

〈あざみんのリスナーやったんか?w〉

 

 ジン・ラースが送ってきたコメントと、出撃待機画面のプレイヤー一覧の一番上に並んでいる名前を見て度肝を抜かれた。

 

 ADZ配信をよくするせいか私の配信にはADZプレイヤーが頻繁に訪れる。私の配信を観ながらADZをプレイしているリスナーもたくさんいるらしい。だからだろう、リスナーもとても驚いている。

 

 Vtuber界隈でジン・ラースの名前が有名なのと同じように、ADZ界隈ではこのプレイヤー名『Black Rabbit』はとても有名なのだ。他のプレイヤーからは『Black Rabbit』の直訳を愛称にして『黒兎』と呼ばれている。

 

 情報サイトにあるプレイヤー同士の交流のためのチャット欄でも黒兎の名はよく出てくる。そこそこやってるプレイヤーなら黒兎を知らない人はいないと言われるくらいに目立っているのだ。

 

 他のプレイヤーに優しいという噂もあるけど、私はその種族のもの珍しさが目を引く一番の理由なんじゃないかと思っている。

 

 まず大前提として、四種類ある種族の中で兎は、頭一つ分どころか二つ三つ分くらい抜きん出て人気がない。人気のなさトップの種族だ。

 

 その原因が、あまりにも玄人向けというかトリッキーというかピーキーというか、とにかくパラメーターであったりアビリティの構成であったり、なにもかもが常人には扱いづらいのだ。

 

 運動性能、つまりは移動速度であったりジャンプの高さや距離、登攀能力などは虎をも抜いて堂々の一位だけれど、筋力と体力が恐ろしく低い。どのくらい低いかというと、ADZでは頭に一発でも銃弾をもらえばほぼ即死だけど、兎の場合は胸部に食らっても半ば以上死が確定する。それほどに体力が著しく低い。情報サイトの調べによると、出撃中に胸部に被弾し、傷を治療して生還できる確率は二十パーセントを切っているとか。

 

 体力がそもそも他のキャラより低い上、筋力まで心許ないので強いアーマーを装備できない。強いアーマーを装備してしまえば、出撃しても所持重量の制限によってアイテムを拾えなくなるし、制限を無視してアイテムを拾えば所持重量オーバーのペナルティで兎の数少ない長所である機動力を潰すことになる。

 

 結果、性能に不安が残る軽いアーマーか、コンビニにでも出かけるのかというようなジャケットで戦場に向かうことになる。

 

 そして、情報サイトやリスナーからの意見、ついでに私見も加えるけれど、兎の一番の難点として挙げられるのが、扱える銃器の少なさだ。

 

 満足に使用可能なのはナイフなどの近接武器、ハンドガン、サブマシンガン、以上。どう考えても異常だ。FPSゲームとして未曾有である。

 

 アサルトライフルも持てることは持てるけれど、リコイルやリロード、銃を構えたりサイトやスコープを覗くまでにかかる時間も増え、サイドアームへの切り替えにも手間取るという二重苦三重苦どころではない苦難のミルフィーユ。フルオートで撃ったらリコイルが半端なくて気がついたら天井を撃っていた、という逸話は兎の鉄板ネタになっている。

 

 ショットガンに至っては上記のデバフに加え、撃ったら反動でノックバックが発生するというとんでもない仕様だ。

 

 そんな自主的縛りプレイみたいなキャラクターを選ぶプレイヤーなんて、大勢いるわけない。

 

 私の知る中でソロで兎を使っていて、なおかつ活躍しているのはこの『Black Rabbit』だけだ。

 

 だからこそ、上位プレイヤーの中でもとくに異彩を放っている。

 

「なんで黒兎が私の配信なんか見ぶふっ、こほっ、ごほっ……レベル五十二? 嘘でしょ?」

 

 ADZは一応ジャンルの区分で言えばFPSだけど、どことなくMMORPGのような要素もある。そこはかとなくローグライクの風味もあり、部分的にハックアンドスラッシュの趣を感じる瞬間もあるけれど、それは今は置いておく。

 

 ADZにはMMORPGみたいに六種類の能力値を示すパラメータがある。STRであったりAGIであったり、キャラクター毎に傾向を持たされている。

 

 兎であればとくに筋力を示すSTRと体力を示すVITが可哀想なくらいに低いけど、キャラクターレベルをこつこつ積み上げれば、他の種族とは比べるべくもないほど(ささ)やかながらステータスが向上する。筋力は所持重量の上限を増やすために必要だし、体力は戦場を生き残れるかに直接関わってくる。

 

 キャラクターレベルによるパラメーターの向上は、もしかしたら元のパラメーターが低い兎に最も恩恵があるのかもしれない。

 

 あるのかもしれないけれど、それにしたって五十レベルを超えているのは、いくらなんでも常軌を逸している。私は結構ADZやり込んでるし、今シーズンはスタートダッシュが上手くハマったけど、それでもまだ三十六レベル。出撃時に他のプレイヤーの名前やレベルが見れるけど、四十レベル台すらごく稀に見かけるくらいのもの。五十二レベルは次元が違う。

 

「今のシーズンで五十レベル超えてるプレイヤーなんて初めて見たんだけど……」

 

〈五十二はやっばい……〉

〈ほんとにプレイヤーだったんだ〉

〈まぁ一人で敵倒しまくってるし〉

〈ゲーム側が用意したAIって噂あったの草〉

〈なんで兎で勝てるんだろうなw〉

〈前に黒兎が倒した敵兵一体もらったわw〉

〈俺なんて三十すら越えたことねぇよ〉

〈実在したのか黒兎……〉

〈ワイ市街地より向こう行ったことありません〉

〈『ジン・ラース』戦闘の仕掛け方と引き際を見極めれば意外といけますよ〉

 

「どうやってるの? ハンドガンやサブマシンガンの距離まで近づくだけでも大変でしょ、兎は」

 

 私は配信上で話しかけ、ジン・ラースはコメント欄から返す。

 

 コメント欄が盛況なこともあってジン・ラースのコメントを探すのも手間だ。

 

「探すの大変だからモデレーター権渡しとく。最低限の良識はあると思うけど、モデレーターで余計なことしないでよ」

 

 モデレーター権を付与するとユーザー名の隣にマークがつくので、流れの速いコメント欄にあっても目立って見つけやすくなる。ただモデレーター権を持っているとリスナーのコメントを消したり、一定時間コメントできなくするタイムアウトなどの処置ができるようになる。

 

 企業に属する配信者である以上、常識やネットリテラシーは弁えてるとは思うけれど念のために注意を促しておく。

 

〈『ジン・ラース』見つけやすくするためですよね。かしこまりました〉

〈言い方きついって〉

〈他事務所の配信者なんだから気をつけよ?〉

〈ニウのライバーじゃないんだぞー〉

 

 リスナーがちくちくと指摘してくる。どうしてわかりきったことについてわざわざ言及するんだろう。

 

「べつにジン・ラースが悪いことするなんて思ってない。でも私、ジン・ラースが炎上してたのは知ってるけどどんな理由で炎上したのか詳しくは知らないし。念のために言っただけじゃん」

 

〈炎上の件蒸し返すことないでしょ〉

〈ジン・ラースが原因じゃないぞ〉

〈炎上のこと言う必要なくない?〉

 

 私がモデレーター権をジン・ラースに渡したのだから、ジン・ラースがなにかやらかした場合、その責任は私が取ることになる。それで炎上なりなんなりで話が大きくなれば『Now I Won』のメンバーにも『Next Princess』全体にも迷惑がかかるかもしれなくなる。

 

 そのリスクの芽を摘んでおくのは合理的なはずなのに、なぜそう()(ざま)に受け取るかな。私の言動を勝手に解釈して、身勝手にコメントするリスナーに、苛立ちが(つの)る。

 

『あー、あー。聞こえますか? 聞こえているようですね。美座さんのチャンネルのリスナーさん、お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ。僕としても変に炎上の話を避けてぎこちなくなってしまうのは嫌ですし、話に取り上げてもらえるのはかえってありがたいくらいです。せっかく街を守る同志とパーティが組めたのです。どうせなら楽しくやっていきましょう。ね?』

 

〈黒兎ばかイケボで草〉

〈ゲーム内VCとは思えん声〉

〈ばちばちに兄悪魔w〉

〈やっぱり悪魔で草〉

〈声よすぎんか黒兎w〉

 

 いつの間にか読み込みが終わり、私たちはマップに降り立っていた。この地形と景色からするに、どうやら私たちはマップ『市街地』の東の外れ、郊外に湧いたようだ。

 

 コメント欄から短い文章を送っていては埒が明かないと判断したのか、ゲーム内VCを使ってジン・ラースが話しかけてきた。VCの音声が聞こえるように設定しておいてよかった。

 

『美座さんの目的地まで距離もあることですし、移動しながら話しましょうか。こちらから行きましょう』

 

「ん、わかった。……向いてる方角微妙に北東に傾いてない? ワークのビルはマップの中央からちょっと北西に行ったところなんだけど」

 

『この湧きから最短距離で直進しようとすると検問所を通る必要があります。検問所の兵士とやり合っている間に、ランダムでお散歩してる警邏や付近の建物で湧いていることの多い狙撃兵にちょっかいをかけられるリスクがありますから、そこを避けたいんですよ』

 

「……今日配信前にそこ通って、検問所の兵士と警邏部隊に囲まれてボコされた」

 

〈お散歩草〉

〈犬みたいにw〉

〈検問は守備硬いんだよなぁ〉

〈砂が狙ってくんのが一番うざい〉

 

 まさしく今日の配信開始前、この付近で湧いて市街地の中央に移動した時、ジン・ラースの言った通りの流れで囲い込まれ、身動きが取れなくなって遮蔽物に隠れたところをグレネードで爆殺された。なんの反論もできない。ぐうの音も出ない。

 

『こちらはソロなのに複数の敵に囲まれたりすると、なんだか寂しくなりません? 彼らには仲間がいるというのに自分は……って。そういう精神的なダメージを避けるためにも迂回したいんです。迂回ついでにここから北北東にあるキャンプ施設に寄ったらアイテムも手に入りますからね。キャンプ施設は納品ワークで必要になる医療品が出ることが多いんです。ついでに拾えれば手間が省けますよ』

 

「おー……さすが二位」

 

 『Black() Rabbit()』もといジン・ラースはマップの構造にも強化兵士の配置にも、そしてこれから追加されていくのだろうワークについても詳しかった。このあたりは間違いなく私よりも知識量が多い。

 

 『絶望圏』とすら呼ばれるほどに難しい『Absolute(アブソリュート) defense(ディフェンス) zone(ゾーン)』を私が始めたのが二つ前のシーズンで、そのシーズンでは操作方法や銃や弾、マップや建物の構造くらいまでを軽く触れたところで終わった。

 

 私がワークを真面目にがんばり始めたのは一つ前のシーズン、その途中からだ。

 

 他のFPSで培った経験もあるし、ちょっと変わり種であるADZでもふつうにいいところまではいけるだろうと調子に乗っていたら、今いる『市街地』より進んだマップでNPCのモブ兵士たちに物の見事に返り討ちにされた。

 

 次は行けるはずと意気込んでも、行けば行ったぶんだけ撃ち殺され、その度にお金をかけてカスタムした銃も、ティアの高いアーマーも、使い勝手の良いリグも、収納量の多いバッグも失い、気づけば序盤のマップですらまともに戦闘ができないほど装備とアイテムとお金を失った。

 

 そこで初めて、ワークを進めていなければまともに使える装備が店に売られないという仕組みを知ったのだ。

 

 そんな前シーズンの苦い思い出を糧に、私は今シーズンから本格的にワークを進めている。知識も経験も少ないので、要領が悪い自覚はある。

 

『配信外に一人でゲームやってる時はこればっかりやってますからね。さすがに知識はつきますよ』

 

「それ……いや、いいや。じゃ、行こうよ」

 

〈兄悪魔自分の配信でもやってくれよw〉

〈炎上した男と関わらないほうが良くね?〉

〈手慣れとる〉

〈黒兎背中でけぇw〉

〈さすが黒兎〉

〈まだ誤解してるやつもいるんだな〉

〈ランキング二位はだてじゃねぇな〉

 

 一瞬、配信でも配信外でもADZばっかりやっているのになにも知らない私への当てつけかと思った。でもこれはさすがに考え方が卑屈すぎると判断したので呑み込んだ。

 

 これまでのシーズンを通しての経験と、積み重ねてきたプレイ時間があるからこその知識。そしてその二つを兼ね備えているからこそ、自信があるのだろう。前シーズンからちゃんとやり始めた程度の新参者が経験と知識量でベテランに比肩できるべくもない。

 

 私の武器は撃ち合いの強さだ。強化兵二〜三人に包囲されると勝ち目は薄いが、一対一ならほぼ負けることはない。一対二でも状況次第で撃ち勝てる。

 

 どれだけ敵を多く倒せるか。その一点がFPSプレイヤーとして優れているかどうかのバロメーターだ。だから私は戦闘面で(まさ)ればいい。

 

『キャンプ施設に行く道中暇ですし、炎上の件について説明しますね?』

 

「ん? あ、うん」

 

 そういえば目的地であるビルまでのルート取りの話をする前にそんな話もしていたのだった。

 

『美座さんならもちろん知っているでしょうし、おそらくリスナーさんの耳にも入っているでしょうけれど、僕の炎上の一件の前に男女のVtuberの方の炎上がありまして──』

 

 そこから寄り道のキャンプ施設に着くまでの道中、炎上は決してジン・ラース本人に非があるものではなく、女ばかりの『New Tale』からデビューしたことと男女のVtuberの炎上の時期が重なったことで起きてしまった不運な出来事だったのだと、端的にわかりやすく説明された。

 

 情報量は多くて経緯は複雑なはずなのに、妙に説明が流暢で簡潔に纏められていた。ジン・ラースは、こういった釈明の場に立つ機会が多いのだろうか。

 

「まぁ、なんていうか……運がないね。ジン・ラース」

 

『運はいいほうだとは思ってますよ? 人に恵まれていますし、応援してくれる人間様……リスナーさんもいます。ただ、炎上の一件は……少々タイミングがよろしくなかっただけで』

 

「あれだけ炎上して本心でそんなこと言えてるんならすごいよ、メンタルが」

 

〈被害者やんけ〉

〈ヤベェ奴じゃないのか〉

〈デビュー早々に炎上とか可哀想すぎ〉

〈法的措置宣言の切り抜きは爽快だぞオススメ〉

〈メンタル強ぇw〉

 

『もともとそのあたりの機微に鈍いだけなんですけどね。誹謗中傷が寄せられても気にできないのです。……あ、この木の下に「へそくり」です。チェックしておきましょう』

 

「鈍いどうこうの問題なの? それって。『へそくり』……こんなのふつうにプレイしてたら見つけられなくない?」

 

『ねえ?』

 

「いや『ねえ?』じゃないよ」

 

〈迷わねーw〉

〈もしかしてぜんぶおぼえてんの?〉

〈二日三日たったら忘れるんだよなぁ〉

〈草〉

〈ねぇ草〉

 

 ジン・ラースの言う『へそくり』とは正式にはヒドゥンプロパティと呼ばれるもので、要するにプレイヤーに見つけさせる気がないくらい巧妙に隠匿された宝箱だ。

 

 だいたいの『へそくり』にはそこまで高価なアイテムは入っていないけれど、たまに高く売却できる希少な品だったり、強い弾や装備だったり、ワークやセーフハウスで必要になるアイテムだったり有用なものが出てくる時もある。意外と『へそくり』から出てくるアイテムはばかにできないのだ。

 

 近くを通りがかった時には漁っておきたい『へそくり』ではあるのだけど、場所を正確に記憶していないと絶対にわかるわけがないところに隠されている。情報サイトを見て、現地に向かって、そこから探し回ってようやく見つけられるような隠し方なのだ。目印もないなんて親切心のかけらもない。このゲームに親切心なんて求めるほうが間違いなんだけど。

 

 自分が今いる場所の地形や景色、建物の構造、レアなアイテムが湧く場所、敵が多くいるエリア、銃の種類や特性、弾薬の特徴や強さなど、ADZは暗記することが無数にある。ユーザーに優しい他のゲームのようにマップが出てくるわけではないので、なおのこと憶えにくい『へそくり』までは手が回らない。これについては迷わずに一直線に走って見つけられるジン・ラースがすごい。

 

 知識ゲーであり憶えゲーでもあるADZはプレイ時間がものを言う。ベテラン、やっぱり強い。

 

『キャンプ見えてきましたね。美座さんはキルワークって何か受けてます?』

 

「ううん。兵士倒す系のワークは出てる分はぜんぶ終わってる。そういうのは得意だから」

 

『「Now I Won」の方はやっぱり逞しい……』

 

〈たくましいw〉

〈草〉

〈女に使う言葉じゃねぇw〉

〈ニウは全員エイムがゴリラだから……〉

 

「誰だエイムゴリラって言ったやつ。本物のエイムゴリラはニウの中でもごく一部なんだけど」

 

 正真正銘のエイムゴリラは覚醒状態のサクラさんとキレた時のザクロくらいで、私は比較的まともなのに。なんならお淑やかな先輩だっていることはいる。その先輩たちもFPSはばか強いけど。

 

 ちなみに『Now I Won』の原点にして頂点であるツバキさんは、あの人はもうエイムゴリラじゃなくFPSゴリラだ。ツバキさんがすごいのはエイムだけじゃない。

 

『くふっ、ふふっ……。エイムゴリっ……言い得て妙ですね』

 

「ここで頭撃ち抜いてあげようかな」

 

 するすると銃口をジン・ラースの頭に向けていくと、ジン・ラースはその場で伏せた。

 

『すいませんでした。この通りです』

 

 どうやら謝罪の意思表示のつもりだったらしい。土下寝かな。あんまり謝っている感は伝わってこない。

 

「よろしい。それで?」

 

『キャンプに強化兵が湧いてるので、キルワークがあるのなら美座さんにお任せしようかな、と』

 

「ワークはないけど任せてくれていいよ。知識は足りてないけど、敵を倒すことだけは得意だから」

 

『……………………』

 

「やっぱりこいつエイムゴリラじゃねぇか、とか考えてるでしょ」

 

『ま、待って……やめてください。言いがかりです。そんなことまったく考えていません。頼りになるなあ、という安心感に包まれていたんです』

 

「それなら頼りになるなあ、って言えばいいじゃない。なに考えてたのか正直に言って。怒らないから。正直に言わなかったら怒る」

 

『聞きしに勝る脳筋エイムゴリラさんだなあ……と』

 

「…………」

 

〈草〉

〈辛辣で草〉

〈いろいろ付け足されとるw〉

〈草〉

〈これは事実陳列罪〉

〈たしかに脳筋だしなw〉

 

 私の想像よりもさらに失礼なことを考えていた。エイムゴリラに、言うに事欠いて『脳筋』まで付け加える必要性が果たしてあったのか。

 

 なので、伏せたままのジン・ラースの頭のすぐ近くを撃った。

 

 あたりに響く銃声が気持ちいい。この男の頭を撃ち抜いてやっていればもっと気持ちよかっただろうに。

 

『わあ、正直に言ったのに。……レベルのわりにワークが進んでいなかったりビルに侵入するためのキャラコンを知らないのは、全部エイムで叩きのめしてきたからなんだろうなあ、とかって思ってました』

 

「こいつっ……」

 

 的確に私に効く言葉を選んで刺してきた。この状況でどうして追い討ちをかけられるんだ。

 

 しかし、悔しいけれど事実その通り、ワークの報酬としてもらった経験値なんて雀の涙程度しかないと思う。このレベルに至るまでの経験値は、ほぼすべて敵兵をキルして稼いだものだ。ついでに言うなら貢献度(DOC)のポイントもほとんどキルで稼いでいる。

 

 反論はできない。だから代わりに銃弾で反論する。

 

 頭の右横と左横の地面に一発ずつ、たんたーん、とリズミカルに撃ち込んでおいた。非常に臨場感のあるサウンドを楽しめたことだろう。

 

『なんで撃つんですか! 正直に言わなかったら怒るって美座さんが仰っていたから、僕は思ってたことをぜんぶ正直に話したんですけど!』

 

「脳筋エイムゴリラからさらに付け加えて死体撃ちする必要はなかったよね」

 

『正直に言ったのに美座さんが怒ったので、もしかしたら美座さんに対して思ったことを全部言わないと怒られちゃうのかなと思って、配信を観てた時の感想を言っただけです。僕は悪くありません。美座さんは怒らないと約束したではありませんか』

 

「うるさい。私は怒ってなくても撃つ女なの」

 

『あ、これ怒ってないって言い張るんだ……。怒らないって言ったのに怒る人よりも、怒ってもないのに発砲する人のほうがよっぽど怖いですよ。こんな人に銃持たせたらだめです。誰かこの人から銃取り上げてくださーい』

 

〈戦場でやることじゃないw〉

〈悪魔ぶっ飛んでんなぁw〉

〈黒兎コミュ力たっかw〉

〈勝手なイメージだけど寡黙な仕事人だと思ってたw〉

〈撃たれててくさ〉

 

 この慇懃無礼な悪魔は今ここで処してやったほうがいいんじゃないかと思ってきた矢先だった。

 

「まだ物足りないなら頭から直接鉛弾食べさせてあげっ、痛っ……ちょっ、ちょっとっ。 撃たれたっ」

 

 連続した発砲音とほぼ同時にダメージを受けた。銃撃を受けたのだ。おそらくジン・ラースの言っていたキャンプ施設の敵兵だろう。

 

 すぐに伏せて、回復アイテムを使う。私たちがいる場所はキャンプ施設よりもわずかだが高さがある。姿勢を低くするだけで射線から身を隠せた。

 

『美座さん、育ちが良いですね。「鉛弾を喰らわせる」ではなく「食べさせてあげる」だなんて。なんだかほっこりしました』

 

 撃たれたことを報告したというのに、ジン・ラースはどこまでものんきなことを言う。なぜ銃声を聞いて戦闘モードに切り替わらないのか。

 

「違う、今は違うっ。ほっこりしてる場合じゃないっ、撃たれたのっ」

 

『はい、僕も撃たれましたよ。美座さんに』

 

「ちがっ、私は当ててなっ、このっ……。それはごめんっ、撃ったのはごめんなさいっ。謝るからっ、敵いるからっ」

 

『ふふっ、そうですね。どうにかしましょうか』

 

「……なんで私が謝らなきゃいけないの? おかしい……」

 

〈エンジンあったまってんねw〉

〈草〉

〈たしかにあざみんに撃たれてたなw〉

〈余裕あるなぁw〉

 

 ようやくジン・ラースも戦う気になってくれたようだけれど、かといってこの状況をどう打破するのか。

 

 わずかとはいえ高所の有利はこちらが握っている。

 

 しかし、その有利さを補ってあまりあるくらいの距離的不利を私たちは突きつけられていた。

 

 私はビル内の戦闘を想定していたので持ってきているのはサブマシンガンだ。兎のジン・ラースが何を持ってきたのかは見ていなかったけれど、そもそもまともに使える銃種がハンドガンかサブマシンガンしかない。そして今私たちがいる地点からキャンプ施設までは、おそらく二百メートル前後。

 

 まともに戦える距離じゃない。

 

『でも美座さん、よかったですね。相手がスナイパーだったらさっきの状況、一発で抜かれてましたよ』

 

「う、うるさいっ……」

 

『このマップの敵兵の強化進度がマイルドだけなのも救いでした。シビアとかだとこの距離でも平気で集弾させてきますからね』

 

「なにそれ? マイルドとか、シビアとかって」

 

『…………ご存知でない? 長い時間ADZをプレイされているご様子なのに、強化進度をご存知でない?』

 

〈強化進度知らんマ?〉

〈たしかにあざみんの口から聞いたことないな〉

〈さすが脳筋w〉

〈いらんねん知識なんか!〉

〈敵の強さよりまず自分の強さを語れよ!の精神〉

〈脳筋すぎて草〉

〈なんも知らんのに俺よりレベル高いんか……〉

 

 私が強化進度とやらを知らないことを知って、ジン・ラースはかなり戸惑っているみたいだった。なんなんだ、そんなに重要な情報なのか。

 

 どうせこのリアクションもさっきのおふざけの延長線で、ADZオタクのジン・ラースしか知らないようなマニアックな情報なんでしょ、とか思ってたらリスナーも動揺してる。やめてよ、私がおかしいみたいな空気にしないでよ。

 

「な、なにっ? いけないっ? 知らなくても銃は撃てるし敵は倒せるんだけどっ?」

 

『いや、まあ……それはそうなんですけど、頭に入れておいたほうが安定性は増すと思いますよ? 敵兵がマイルドだけなら大胆に前出ちゃおうかな、とか。シビアの敵兵も湧くのなら少し慎重に進もうかな、とか。僕はマップごとに立ち回りを変えてますし』

 

「そ、そんなの……全部倒したら同じじゃない」

 

『倒せたらそれが一番いいんですけどね。ADZがそう簡単にいかないことは、美座さんもよく存じ上げてらっしゃることでしょう。前回の出撃で美座さんを倒した敵兵、あれはマイルド・エリートと呼ばれているタイプです。エイムの性能や身体能力自体はノーマルと差はないんですが、エリートの場合はグレなどのアイテムを積極的に使ったり、付近にノーマルがいる場合はノーマルに指示を出すんです。強化進度や敵の兵種を判断できると、結果的に生き残りやすくなりますね』

 

「……す、姿も見えなかったのに、その……エリート? かどうかなんて……わ、わからないでしょ」

 

『ボイスが違うんですよ。接敵した時に何度か聞いたことがあると思うんですけど、兵士の種類毎にプレイヤー発見時のセリフが違うんです。そこで判断できますし、声が聞こえなかったとしても、敵兵とたくさん撃ち合っているとなんとなくわかってくるようになります。マイルドとシビアだと敵のムーブがあまりにも違いますからね』

 

「うっ、ううぅぅっ……」

 

〈ぼこぼこでくさ〉

〈もうやめてあげて!〉

〈ジン・ラース詳しすぎんよ〉

〈一旦あざみんの脳みそには収まりきらないかw〉

〈草〉

〈これが頭を使ってこなかった者の末路〉

 

 正論だ。正論の悪魔だ。なんて恐ろしい。反論さえ許されない。情報の濁流に呑み込まれた私は呻き声を漏らすことしかできない。

 

 リスナーにもばかにされている。絶対この中には知らなかったやつも混ざっているはずなのに。

 

『あ……ご、ごめんなさい。一気に話してもしょうがないですよね。情報サイトにも載ってるんで、時間がある時にでも目を通しておくとだいぶ変わってきますよ』

 

「ばかは座学から始めとけってことね、了解」

 

『違います違います。美座さんは……伸び代があるってことですよ! 今でも十分お強いのに、ここからさらに強くなれる伸び代がたくさんあるんです。素晴らしいことですね。未来は輝いてます』

 

〈カバーリングうますぎんか?w〉

〈そんなプラスに言い換えれんのかよw〉

〈頭の回転早くて草〉

 

「言葉を操るのはうまいね。さすが正論(ロジハラ)の悪魔」

 

『ロジハラなんてしてません、やめてください。そして当方、憤怒の悪魔です』

 

〈ロジハラw〉

〈ロジハラの悪魔草〉

〈草〉

〈今戦闘中なんだよねw〉

 




なんでこんなに面倒くさいゲームを小説にしようとしたんだ僕は……。
ちなみにこれでもだいぶ見直してがんばったほうなんです。

次の更新は十二時間後です。
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