サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。   作:にいるあらと

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『ADZ同志の会』

 

「キャンプ施設で拾っといたほうがいいアイテムってなに?」

 

『SFAKです。いざ探そうとすると案外見つからないんですよ。納品ワークで必要ということもあるんですけど、回復アイテムとしても優秀なので見つけたらみんな持って行ってしまうんです。なので他のワークのついでにでも寄って、早めに見つけて倉庫に入れといたほうが気が楽ですよ』

 

 ジン・ラースと会話しているとつくづく思うけれど、こいつは人に物を教えている時でもひけらかすような素振りがまったく感じられない。

 

 自分よりも詳しくない人にとか、あるいは女とかに知識を披露する時とかは、男は多少は得意げに喋るものじゃないのかな。これまでの人生から私の中ではそんな固定観念が築かれていたんだけど、ジン・ラースからはそういった『こんなことも知らないの?』とか『どうだ? 俺すごいだろ?』みたいな嫌味な雰囲気が一切ない。

 

 ADZでこれだけ上手いのなら他のFPSタイトルでも相当な腕だろうに、悪い意味で強気になったり自惚れたりしないのは率直にすごいと思う。FPSなんてとくに人間の悪いところが表れやすいジャンルなのだ。無駄に自分の力を誇示しようとしたり、自己主張が激しい奴も多い。

 

 ジン・ラースには、自己顕示欲とか承認欲求とか、そういう感情はないんだろうか。

 

 これも悪魔という人外のキャラクターとして振る舞うためのキャラ作りの一環だとしたら、尊敬するに(あた)う人物だ。

 

「前のシーズンの時、納品ワークなかなかクリアできなくてすっごい苦労した記憶がある。持ってこいって言われたアイテムが出てくる場所も知らないし、場所がわかっても絶対に出てくるわけじゃないし」

 

『不親切なことにワークの説明文では教えてくれませんからね。まあ、地図も表示されないし教えようがないんですけど。その上納品ワークのアイテムってだいたいが「Survived」……生きて持って帰らないといけないですからね』

 

「ほんとそれ。セーフティバッグに入れといても死んじゃったら意味ないんだよね。余計に大変だった」

 

〈わかる〉

〈わかる〉

〈わかる〉

〈頷きすぎて頭取れそう〉

〈わかる〉

〈赤べこくらい首振ってる〉

 

 リスナーも赤べこも同意見のようだ。ADZをプレイしたら誰しもが通る道だから仕方ない。

 

 セーフティバッグというのは敵兵に倒されたとしても失われることのないアイテム収納欄のこと。このセーフティバッグに回復アイテムや施錠されている部屋や家に入るためのレアな鍵を入れておくと、殺されたとしても失わずに済む。過酷なシステムのADZにおいて、数少ない救済要素の一つだ。

 

 しかし救済要素はあくまで救済であって、甘えを許すわけではない。納品アイテムは生きて持って帰らなければ納品用アイテムと認められない。

 

 甘えを許さない繋がりでもう一つ言うなら、他のプレイヤー、例えばジン・ラースに納品で使うアイテムを持ってきてもらって、私がマップ内で譲ってもらったとしても、それは納品アイテムとして認めてもらえない。マップ内で手に入れて生きて帰れ、ということだ。

 

 まぁ、ADZを一緒にやってくれるような友だちが私にはいなかったので、その仕様がなかったとしてもできないんだけど。

 

 ADZで一番レアリティが高いのは一緒にやってくれる友人、とはよく言ったものだ。

 

『あ、あり……たよ。……AK。合りゅ…………』

 

「え、なに? ジン・ラース、よく聞こえない。えー……なんだろ。回線悪いのかな」

 

 急にジン・ラースの声が途切れ途切れになり、最後のほうは声がとても小さくて、聞き取れなかった。

 

〈アプリ調子悪いんか?〉

〈ピンは高くなかったよな〉

〈距離離れたからやね〉

〈インゲームvc使っとるんよ〉

〈草〉

〈忘れとったw〉

〈そういやアプリのVCじゃなかったんかw〉

 

 コミュニケーションアプリの不具合か、それともPCが重くなってるのかと思って確認しようとした時、コメント欄が目に入った。

 

 そこに並ぶコメントでようやく思い出した。

 

 私、ジン・ラースとアプリで通話してるわけじゃなかったんだった。

 

「……くふっ。ふふっ……あははっ、そうだ。ゲーム内のVCだった。すっかり忘れっ……はふっ」

 

〈ふつうこんなにインゲームVC使わんもんなw〉

〈忘れとって草〉

〈はふ草〉

〈犬かよw〉

〈あざみん今日よく笑うなぁかわいい〉

〈かわいいw〉

〈はふっw〉

〈いつもよりテンション高いなw〉

 

 ゲーム内VCはマップ内でプレイヤーと遭遇した時に簡単に会話ができるので便利だけど、その性質上お互いの距離が離れてしまうと声が聞こえなくなってしまう。キャンプ施設内を二人で効率よく漁るために別行動したので、VCが届く範囲を超えてしまったんだろう。

 

 プッシュトゥトークでジン・ラースと話していればすぐに気づいたかもしれないけど、ジン・ラースは私の配信を開いていて、そちらから声を聞いているようだったので私はプッシュトゥトークを使っていなかったのだ。そのせいで気づくのが遅れてしまった。恥ずかしい。

 

「小さく『合流』っぽい言葉も聞こえたし、漁り終わったら合流しよう的なことでしょ、きっと。漁っとこ」

 

〈はふ〉

〈SFAK見つけたみたいだったね〉

〈はふ〉

〈はふ〉

〈はいみたいに使うなw〉

 

「……『はふ』とかいう単語、禁止ワードに設定しようかな。それか『はふ』って言ったリスナーをコメントできなくするか、どっちがいいだろ」

 

〈ごめん〉

〈すんませんした〉

〈出来心で〉

〈ごめんなさい〉

 

「よろしい」

 

 一度リスナーの頬を叩いておき、漁りを再開する。

 

 キャンプ施設の反対側にジン・ラースが回ったのだとしたら、効率よく回収していったらこのあたりで合流かな、と考えていた地点ドンピシャにジン・ラースが立っていた。お互いADZをやり込んでいる者同士、意図せんことは伝わる。

 

『おかえりなさい』

 

「ん。ただいま」

 

〈やっぱイケボやなぁ〉

〈破壊力やばっ〉

〈ただいま可愛すぎだろ!〉

〈てぇてぇ?〉

〈これてぇてぇです〉

〈同棲中のカップルやんw〉

〈まさか先輩たちをさしおいてあざみんがてぇてぇ相手を見つけるなんて〉

 

 なんだかコメント欄が賑わっている。私の配信のコメント欄がこんなに盛況なのは初めて見た。おかげでまともに文字を追えない。

 

 放っておくか。ADZ狂いが集まるのが私のチャンネルだ。どうせ大したことは言ってないだろう。

 

『こちら先に渡しておきますね』

 

 そう言ってジン・ラースは屈み込み、目の前にアイテムを落とす。

 

 拾ってみると、もう少し先のワークで必要になるらしいSFAKだった。

 

「え? いいの?」

 

『どうぞ。僕はワーク終わってますから』

 

〈黒兎やさしい〉

〈やさしい〉

〈やってること黒兎だなぁw〉

〈同志あったけぇ〉

〈売ってもいい値するぞエスファク〉

〈交換にも使えるし〉

 

「でもワーク関係なしに回復アイテムとして便利って……」

 

『構いませんよ。僕はSFAKの上位互換みたいな医療キットをセーフティバッグに入れてますから』

 

「そう? それなら……」

 

『ええ。もらってください。それに兎の場合は撃たれた時点で手遅れみたいなものなんです。医療キットが減らないんで、僕が持って帰っても倉庫の肥やしになってしまいます』

 

「兎……か弱い」

 

〈ああ使う時間が……〉

〈さすがの髪装甲〉

〈また髪の話してる……〉

〈悲しいなぁw〉

〈食らったらほぼアウトだもんなw〉

 

 機動力は随一だしアビリティには範囲の広い索敵もあるらしいので一概に弱いなんて言えないが、やはり兎は一般人が使うには難易度が高すぎる。

 

 たしかに、銃弾を頭にもらえばどんなキャラであっても一撃で死ぬ。だけど、銃弾を受けた場所が胸や胴体であれば、回復して戦線に戻れる可能性が他のキャラには残されている。

 

 兎の場合はそれすら許されないなんて、どれだけ過酷なんだ。ADZは敵の弾を一つでも受けたらゲームオーバーの弾幕系シューティングじゃないのに。

 

『か弱……くない、とは言えませんが……いいんです、それでも。当たらなければいいだけの話です』

 

「……覚悟決まりすぎてない?」

 

〈かっこよすぎw〉

〈当たらなければどうということはない〉

〈それで二位なんだもんなw〉

〈黒兎にしか言えんw〉

〈説得力がちげぇよ〉

〈それっぽいセリフを吐いた奴の相方は戦死したんだよね〉

〈草〉

〈理論上無敵w〉

〈この場合戦死する相方はあざみんやね〉

 

『腕なら一旦身を隠して最低限出血を回復したら尻尾巻いてお家に帰ることもできるんですけど、足を壊されてしまうと生命線である敏捷性が失われますからね。死ぬ可能性が跳ね上がります。医療キットの音で敵兵が詰めてくるようになってからは、身を隠しても攻め寄られて潰されるパターンが幾分増えました』

 

「足でもほぼ死亡とかきっつ……。胸とかお腹は? やっぱり死ぬの?」

 

『良いアーマーなんて着てられないので胸でもほぼ即死ですね。すぐ近くに射線を切れる遮蔽物がなければ回復できずにお陀仏です。お腹は……腕よりも厳しいけれど足に受けるよりかはまし、くらいでしょうか。一歩踏み間違えたら谷底へ真っ逆さまなことには変わりありませんけど』

 

「よくそれでDOC二位行ったね。私ならそんなの続いたらマウス放り投げるよ」

 

 虎でやってても放り投げたくなる瞬間はある。ぽけぇっとしてて急に敵兵に出会(でくわ)して蜂の巣にされたり、仕留めるのに手間取って増援呼ばれて蜂の巣にされたりすると結構メンタルにくる。一番効くのは狙撃兵だ。相手の姿も視認できないままヘッドショットされると心が折れる。それで萎え落ちとかはわりとよくある。

 

『兎は死にやすいのはありますけど、他の種族と比べて命の値段が安いですから』

 

「うわぁ……すごい言い方するね」

 

〈命の価値は平等じゃねぇっ〉

〈世知辛いなぁ〉

〈実際兎は安上がりだよな〉

〈ランナーにはあたらんのか?〉

〈なお黒兎は命が安くても勝つ模様〉

 

『アーマーは着てられないので不要ですし、リグは軽さと収納量で選ぶので時期によってまちまちですが、僕の場合はメインがハンドガンなので武器は比較的安価です。一回の出撃あたりにかかる費用が他の種族とは段違いに安いんですよ』

 

「あれ? そういえば対策なかった? ランナー対策、だかなんだかっていうの」

 

『メインアームを持たなかったりナイフやハンドガンだけでマップに入った人に適用されるものですね。なんでも、付近にいる敵兵が大挙して押し寄せてくるのだとか。兎の場合はそもそもメインアームがハンドガンからサブマシンガンまでと極端に狭いからなのか、例外みたいですよ』

 

〈そらそうか〉

〈そう考えるとやっぱ兎ヤベェなw〉

〈常にサブ武器で戦ってるようなもんじゃねぇか〉

〈縛りプレイで草〉

 

「はぁ……なるほどね。たしかにそれでランナー対策に引っかかって襲われたら理不尽すぎるよね」

 

『僕も建物がなければ大人数を相手にするのは苦しいですから、例外で助かりました』

 

 つまりそれは、建物があれば大人数で攻められても勝てると言ってるようなものなんだけど。ジン・ラースが言うと冗談には聞こえないし、大言壮語にもならないのが恐ろしい。機動力のある兎ならではの発言だ。

 

「……ランナー対策も外れてるし、装備も整えやすいから出撃する回数で勝負できるってことなんだ」

 

『そういうことです。逃げに特化したアビリティもあるので、アイテムを漁り終えれば即座に脱出します』

 

 ジン・ラースは簡単そうに言ってのけるが、ふつうのプレイヤーならアイテムを漁ることがまずできないだろう。稼ぎを出そうとしたら漁りのポイントをいくつも回らないといけないし、動けば動くほど敵兵に見つかるリスクは上がる。交戦せずに漁るだけにしようと考えていても、そう楽には漁らせてくれない。ワークをこなそうと思えばなおさらだ。

 

 それに、アイテムを漁って逃げるだけならジン・ラースのレベルには達しない。敵兵を見つけ次第ぶっ殺して回るようなペースでなければ、キャラクターレベル五十二に届くわけがない。

 

 数で勝負できるのが強みの兎なのに、ジン・ラースの場合はそれでいて質が高いから、こんなチーターみたいなレベルの高さになっているんだろう。

 

 なんならチーターより強いかもしれない。

 

 なんとこのゲーム、チートを使っても敵に撃ち負けることでも有名だ。ウォールハックやオートエイムだけでは、ADZの誇る『公式チート』には勝てない。そんな相手に一般プレイヤーは生身で勝負を挑まないといけないんだから泣けてくる。

 

「プレイヤースキルの差か、これは……。あ、そうだ。さっき漁ってる時、途中でVCが切れたよね?」

 

『はふ。少々離れすぎましたね』

 

「はふやめて」

 

『ごめんなさい』

 

〈草〉

〈草〉

〈めっちゃいい声でw〉

〈イケボでやめろw〉

〈草〉

 

「別行動したら意思疎通できなくなるのは不便だし、通話繋ごうよ。SNSにDM送るから」

 

『いいんですか? そうしてもらえると僕も助かりますけど』

 

「べつに問題なんかないでしょ。ちょっと待ってて」

 

〈てぇてぇ〉

〈これって!〉

〈あざみんからだなんてっ〉

〈てぇてぇ〉

〈黒兎仲良くしたってくれ〉

〈ええやんええやんw〉

〈あざみんはコラボする相手おらんねん〉

〈面白くなってきましたねぇ!〉

 

『は、い。わかりました』

 

「踏みとどまれてよかったね? また『はふ』とか言ったら今度こそ頭を撃ち抜くところだったよ」

 

『あっぶないっ……』

 

〈本気やぞ〉

〈黒兎気をつけて〉

〈あざみんやる時はやるからなw〉

〈はふいいのになぁ〉

〈迫真の危ない草〉

〈敵と戦う時でもそんな声出てなかったぞw〉

 

 別画面からSNSを開いてジン・ラースを検索する。ついでにフォローもしておくか。ついでだし。

 

「ゲーム内VCは他のプレイヤーとその場で協力する時とかには便利だけど、離れたら声聞こえないのは不便だよね」

 

 メッセージの欄に打ち込んでいる間黙り込んでいるのも怪しいので話を繋げる。怪しいってなんだ。べつに怪しいことはしてない。配信中だから無音にならないようにするだけだ。

 

『そうですね。ゲーム内VCを使う機会がなかったので、どれくらい離れると聞こえなくなるか知りませんでした。同じキャンプ施設内でも意外とすぐに声が届かなくなるんですね』

 

 コミュニケーションアプリで通話を繋いだらすぐに動くつもりなのか、ジン・ラースは目的地の方角を見据えながら言う。敵兵が湧いていないか警戒しているんだろう。

 

 なんでも知ってるのかと思うほど知識量の多いジン・ラースの初めて知らないことというのが、検証するのに協力者が必要なゲーム内VCの有効範囲というのは、なんとも悲しい話だ。

 

「そうだね。私も使ったことなかったから知らなかった。あはは」

 

『はは、はは……。はあ……』

 

「やめてよ。私までつらくなるでしょ」

 

『一番貴重なのは一緒に遊んでくれる友人……。まさしくADZの至言ですね……』

 

「ほんとにやめて? 私もさっきまったく同じこと考えてた」

 

『くふっ、くくっ、あははっ。ソロでやってるプレイヤーなら考えることは同じようですね』

 

〈てぇてぇなぁ……〉

〈てぇてぇけど悲しいなぁ〉

〈周りにもいねぇんだよなぁ……〉

〈FPS人口は増えるのにADZの人口は増えない〉

〈貴弾とやってる人数があまりにも違うのつれぇよ〉

〈てぇてぇのに心が凍えそうだ〉

 

「はい、送った。確認して」

 

『少々お待ちくださいね。……ゲーム内VCだとビル付近で喋れなくなるので、内心ここからどうしようかと悩んでたんですよ。助かりました』

 

「ん? 喋れなくなるってなに?」

 

『ゲーム内VCで話していると、近くにいるプレイヤーに聞こえるわけじゃないですか。どうやらそれと同じように敵兵にも声が聞こえるようなんです』

 

「うぇ……なにそれ」

 

『言うなれば、ゲーム内VCはその場でキャラクターがぺちゃくちゃお喋りしている、という解釈になるみたいです』

 

「はー……ADZの世界観的に表現すればそうなるんだ。さすがADZ。ぜんぜん優しくない」

 

『ええ、全然優しくありません。強化兵士は聴覚まで強化されているので、周りが静かだと屋外でも二十メートルくらい離れていてもプレイヤーの声を察知します。そのわりにスタングレネードは普通の効果しかしないんですから理不尽ですよね』

 

「なんでそんなに詳し……あ」

 

〈あw〉

〈察し〉

〈やめたげて〉

〈草〉

 

 わりと重要なゲーム内VCの有効範囲は知らなかったのに、どうして敵兵の感知範囲はそんなに詳しいんだ。などと疑問を抱いたけれど、訊ねる途中でその理由に気づいてしまった。

 

 質問の後半は呑み込んだが、ジン・ラースを誤魔化すには判断が遅すぎた。

 

『ええ、そうですとも。プレイヤー同士のVCの距離と違い、敵兵が音を感知する距離を調べるのは友人がいなくてもできますから。ええ』

 

「ごめんってば……途中でまずいって思って訊くのやめたじゃん」

 

『大事な部分はほとんど言い終わってましたけどね。別に構いませんよ、同志の言葉ですから』

 

「それ『同志』って書いて『同じ穴の(むじな)』って読んでない?」

 

 そんな雑談をしている間にジン・ラースは私のIDを入力したらしい。電子音で通知が入った。

 

『申請送ったので承認してもらっていいですか?』

 

「うん。おけ」

 

『ありがとうございます。サーバーは作ってるので』

 

「うん。入る」

 

 サーバーへの招待が飛んできたので参加する。サーバー名は『ADZ同志の会』。同志の会と銘打っておきながら総員二名とは、名前負けもいいところだ。

 

『あー、あー、音量大丈夫ですか?』

 

「大丈夫そうかな? リスナー?」

 

〈イケボ〉

〈問題なくイケボや〉

〈インゲームVCの声も良かったけどね〉

〈音質はやっぱり通話だな〉

 

『大丈夫そう……なのかな?』

 

 まだ私の配信を開いていたのか、コメント欄を覗いたらしいジン・ラースが躊躇いがちに確認する。

 

 リスナーも問題があったらそう言うだろうから、言ってきていないということは問題ないんだろう。それはそれとして、音量について訊いているのにリスナーときたらジン・ラースの声についてしか言及していない。

 

 ゲーム内VCでもコミュニケーションアプリの通話でも、どちらでも変わらずイケボなのはわかってるから質問に答えてほしい。

 

「音量の話をしてるんだけどリスナー」

 

〈自然体でイケボってすげぇな〉

〈耳に優しい〉

〈すんませんいい感じです!〉

〈大丈夫っす!〉

〈ちょうどいいね!〉

 

「そ。ジン・ラース、大丈夫みたい」

 

『そうですか。安心しました。それでは参りましょうか。さっき北から中央に走って行った虎の同志が僕らと同じようにビルに用があったら、お仕事が楽になるんですけどね』

 

「ん? どういうこと?」

 

『ビルに用事があればビル周辺の敵を倒してくれているかもしれないじゃないですか。敵の数が減っていれば、ワークをこなしやすくなります』

 

「ああ、そういうことね。……一人でも二人でも倒しといてくれると助かるんだけどなぁ。ビル前に二人、ビル中にも最低一人はいるっぽいし」

 

 前回の出撃時には、ビルの正面玄関にいた二人の敵兵を避けるために横側に回り込んで、うまくブロック塀を越えられなかったところをビル内の敵兵に見つかって包囲された。

 

 結局のところ私を倒したのはビル内の兵士だったけど、私があんなに簡単に後ろを取られたのは正面玄関にいた二人に挟み撃ちにされると思ってそちらに注意力を割いたからだ。圧倒的に不利だったせいで警戒が追いつかず、撃ち殺された。敵の数が少なければもう少しどうにかなったんだ。せめて正面玄関に(たむろ)しているのが一人だけだったのなら、正面から一人ずつ叩き潰しながら進んだのに。

 

『けど、ううん……』

 

 なにやら言葉を詰まらせるジン・ラース。

 

 なにか支障でもあったのかもしれないけど、そういう不安になる反応はやめてほしい。

 

「なに?」

 

『いえ、さっきの同志が一人でも倒していてくれるとありがたいなあとは思うのですが……先程お見かけた時の陽気な疾走っぷりを(かんが)みると、少々難しいかな、と』

 

「ただマップを走ってるだけでなにかわかるものなの?」

 

『キャンプ施設の北、二百から二百五十メートル先あたりを元気よく駆けてらっしゃったんです』

 

〈元気よくw〉

〈公園で遊ぶ小学生みたいな言い方すんなw〉

〈草〉

〈警戒心……〉

 

「それが?」

 

『僕らがキャンプ施設の敵兵と戦った距離って憶えてますか?』

 

「うん。あんたがハンドガンでヘッショしたんだから強烈に憶えてるよ。二百……あっ」

 

『はい。二百メートルという距離は僕らにとっては十分に遠いと言える距離ですが、強化兵にとってはさほど遠くはないんです。もし僕らがいなくてキャンプ施設に敵兵が生き残っていたのだとしたら、陽気に野原を駆けていた虎の同志は撃たれていますね』

 

 僕らにとってというか、ジン・ラースを除いたプレイヤーにとっては遠い距離で、強化兵士とジン・ラースにとっては遠くない距離、と訂正を加えたいところだけど、なるほど。たしかにそれはそう。

 

 私たちが今回このマップに入らなかったら敵兵はこの場所に存命していたはず。不用心に見晴らしのいい原っぱを走っていれば、きっと虎の同志は私たちと同じように敵兵から撃たれていただろう。しかも、ここからさらに北となると、私たちの時とは違って傾斜もない。ぎりぎり下半身が隠れるかどうかといった岩と、細い木がちらほらあるくらいだ。身を隠して撃ち返すのは骨が折れる。

 

 ジン・ラースが見かけたという虎の同志は、なんとも能天気というか、楽天家のようだ。もしくはADZという過酷な戦場を理解できてないのか。

 

「マップが『市街地』っていうこともあるし、始めたばっかりなのかもね」

 

『そうでしょうね。今回は幸いにもいませんでしたけど、少なくはない頻度で狙撃兵も湧くというのにティアの低いアーマーで無防備に走っていたので、おそらくは街を守り始めて日が浅いのでしょう。これからの同志の活躍に期待です』

 

 アーマーまで確認できてたのか。ハンドガンにはスコープも載っていないし、双眼鏡でも持ってきていたんだろう。そう思いたい。そうでなければジン・ラース自身が強化兵士だ。

 

「これからって……今回の出撃の活躍にも期待してあげなよ。立ち回りは……ちょっとあれだけど、もしかしたら正面戦闘は強いのかもしれないじゃん」

 

『どのタイトルにも共通して言えることですが、FPSでは立ち回りが基礎になります。それはADZでも同じことが言えます。基礎がしっかり固まっていないうちは、漁りも戦闘も安定はしません。市街地の外縁のポイントを回るのであればともかく、内側の中央区に入ってしまったのだとしたら、残念ですがきっと生きて帰ってはこれないでしょう』

 

「うーん、耳が痛い……」

 

〈ぐはっ〉

〈胸が痛くなる正論だ〉

〈さすがロジハラの悪魔〉

〈はふ……〉

 

『ロジハラの悪魔やめてください。定着したらどうするんですか』

 

「はふやめて。鉄板ネタみたいになったらどうするの」

 

〈仲ええなぁw〉

〈てぇてぇ〉

 

 FPSをうまくなろうとしていろいろやっていた身としては、聞いていてつらくなる話だ。身に覚えがありすぎる。最初はエイムとかキャラコンとか、強い人の動画を見たらすぐわかるような部分を練習しがちだ。でもそれだと、戦闘には勝てても試合には勝てない。

 

 常人離れしたプレイヤースキルを有するジン・ラースでさえ立ち回りを重要視しているんだから、それだけ等閑(なおざり)にはできない要素なんだろう。

 

『せめて同志のドッグタグだけでも回収してあげたいものです。見つけられるといいのですが』

 

「やめてあげてよ。勝手に死んだことにしないであげて。その人も私と同じ虎だし、死んでほしくないんだけど。虎の本領は遮蔽物の多いところで発揮されるから、市街地の中心部のほうが、きっと……」

 

 虎のパッシブアビリティである『フットパッド』は移動時の足音を小さくしてくれる。その効果を活用しながら確実に仕留められる距離まで近づいて奇襲をかければ、初心者だろうと強化兵士を狩ることができる。足音は小さくなるだけで消えるわけではないし、視界に入ればふつうに見つかる。なので仕掛ける時は遮蔽物が周りにあったほうがやりやすい。遮蔽物によって元から小さな足音がさらに聞こえづらくなり、自分の姿も隠してくれる。

 

 今私たちがいるキャンプ施設周辺みたいな(ひら)けた原っぱよりも、市街地の中央付近のような遮蔽物がたくさんあるところのほうが虎は輝ける。

 

 そう。だから、きっと。その新米虎同志も大丈夫だ。ばったばったとまではいかずとも、敵兵の一体二体くらいは倒している。そのはずだ。そうだといいなぁ。

 

『では答え合わせと行きましょうか。答え合わせができないほうが、僕としては嬉しいですが』

 

 答え合わせができない、つまりは新米虎同志の亡骸が見つからない、ということか。

 

 うん、死んでないといいね。一応私と同じ種族なわけだし、生きて脱出できていてほしい。同じ種族の亡骸を見てしまうのは、次こうなるのはお前だ、と突きつけられている気分になるし。

 

 不穏な雰囲気を漂わせながら、私たちはキャンプ施設を後にした。

 

 





お盆休み終了に伴い二回行動も終了します。
これからは元のペースに戻ります。二回行動に付き合って感想たくさんくれた方々、ありがとうございました!
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