サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。 作:にいるあらと
ここすきとかの機能を使ってくれてる人もありがとうございます。あれ見るの好きなんです、僕。
デスクを遮蔽物にしながら、ジン・ラースが言う。
『その銃は何のためにあるんですか、美座さん』
疑いようもない強者で、おまけに声もいいのに、言動がクソガキなことだけが玉に瑕だ。
私女の子なんだけど。もう少し丁重に扱ってもばちは当たらないでしょ。
「……うるさいなぁ。マガジンぜんぶ撃ち切っても当たらないなんて思わないじゃん……」
『……ん? なんだか話が噛み合ってないような』
「なに? クソザコエイムを煽ってるんじゃないの?」
『そんなこと言いませんよ……。敵を倒すためにその銃を握ってるのではないのですか、ってことを僕は言いたかったんです』
そうだったんだ。『下手な鉄砲数撃ちゃ当たるとは言うけど、数撃っても当たらないんじゃ銃なんて持ってる意味なくない? 棒切れでも握ってれば?』みたいな意味で煽ってるのかと思った。
「さっきはジン・ラースが私の敵だったから、まぁおかしくはないかな」
『うわあ……。だったら納得です。殺意すごかったですからね。……さて、ここからどうしましょうか』
「どうするって? ワークをこなしにきたんだけど」
『ええ、まあ……そうなんですけどね』
ことあるごとにジン・ラースがふざけるせいで回り道を繰り返しているけれど、当初の目的は私に課されているワークだ。目的地はこのアパートではなく、ここから南西に見えるビルにある。
いきなりなにを言い出すのか、と呆れていると、デスクの裏で隠れていたジン・ラースがすくっと立ち上がった。その手にはハンドガンが握られている。
仕返しするつもりなのか。
「ちょっ、あんたっ」
『あれだけ銃声を響かせたんです。それはもう、当たり前のように寄ってきますよ』
私を見ていたジン・ラースはくるりと体の向きを変えて窓に銃を向ける。
銃を向けたとほぼ同時に、流れ弾によって割れていた窓から強化兵士が部屋に飛び込んできた。その強化兵士が銃を構える前に、どころか部屋の床に足をつける前にジン・ラースが敵兵の頭を撃ち抜いた。
「っ! えっ、なんで……」
残っていた窓ガラスを砕く音と、すぐ近くで響いたハンドガンの銃声、ぼとりと崩れ落ちる敵兵。視覚的にも聴覚的にもジン・ラースの異様な反応速度にもびっくりする。いろんなことが同時多発的に起こりすぎていて、自分でもどれに驚いているのかわからなくなる。
『向かいの建物です。軽装備の強化兵なら助走をつければこっちまで届くんですよ。化け物ですね』
それに気づいて反応できちゃうあんたも同類だよ、と私がツッコむ前に、ジン・ラースは動く。
どこまでも落ち着き払った声で、ジン・ラースはまたも視線を即座に移動させる。真逆と言っていいほど振り返って、今度は扉に向けて撃ち放った。
「わっ……な、なに」
『敵はNPCですが侮っていい相手ではありません。エリートがいる場合、突入のタイミングを合わせてくることがあります。あと一人』
私の立っている場所からでは姿は見えなかったけれど、ジン・ラースがそう言うということは敵がいたんだろう。
窓から突入してきた敵兵に対してもそうだけど、扉の外にいた敵兵にも一発しか撃っていない。
「……わ、私、扉側見とく」
『ありがとうございます。お願いします』
空になるまで弾を吐いたマガジンを交換して、私は扉の近くの壁へと体を寄せる。
兎なら索敵で居場所を割れそうなものだが、こうしてなるべく音を立てないようにして最後の一人を探しているということは索敵のアビリティはクールダウン中なのかもしれない。もしかしたら私が気づかなかっただけで、定期的に使ってくれていたんだろうか。
ここまで会敵しないように引率してくれてたのに、私が軽率に銃を撃ってしまったせいでここに居ることを敵に知らせてしまった。今でもあれはジン・ラースが悪いとは思っているけれど、それはそれとして私も申し訳ないことしちゃったな、と反省しつつ扉の外を警戒する。
ADZはなにかアクションを起こすたびに、大小はあれど一々サウンドが発生する。歩いた時はもちろん、銃を構えても、マガジンを交換しても音が鳴る。なので敵が攻めてきている場合、装備が同等であれば待っている側の私たちのほうが有利だ。
「こっち、音はない……かな」
屋内側からは、もう音はしない。少なくとも同階にはいないだろう。
となると、最初の兵士と同じように向かいの建物から強襲するパターンだろうか。最悪、逃げた可能性もある。なんでも、プレイヤー側の人数が多い時は稀に撤退することがあるらしい。なんと小賢しいNPCだろう。
『こちらでした』
ジン・ラースが端的に報告する。
窓側。やはり外からだったのか。
振り向くと、ジン・ラースの視線が上を向いていた。向かいの建物の上層階にいるんだろうか。
「……ん?」
ジン・ラースがなにかごそごそしていると思ったら、マガジンを交換していた。接敵前だから念のために交換しているのか。
でも、ジン・ラースはこれまで
『きた』
などと考えていたら、ジン・ラースは一言だけ発して、いきなり窓枠の上の壁を撃ち始めた。一発二発ではない。全弾撃ち切るくらいの勢いで
「えっ……ど、え……」
いきなりどうしたんだ。ばかには見えない妖精さんでもいたのか、はたまた錯乱したのか。
ジン・ラースの乱心に声をかけるのを躊躇していると、くぐもった呻き声が聞こえた。本当にばかには見えない妖精さんなのかと思いきや、なにか擦るような音のあと窓の外で人影が落ちていった。数瞬後、どすん、と中身の詰まった袋を高いところから落としたような音が私の耳に届いた。
『ここの壁はAP弾だと貫通してくれるんですよ。威力が大きく減衰するので距離が離れていると殺しきれなかったでしょうけれど、これだけ近かったので壁を貫通した後の弾でも削り切れたようですね。よかった』
「な、なるほど……憶えとく」
『ええ、貫通する壁を憶えておくと攻防両面で役に立ちますよ。今回みたいにこちらからリスクなしに先手を取れるケースもありますし、AP弾を使う敵兵もたまにいますから身を守ることにも繋がります』
マガジンを交換していたのは弾数を気にしていたんじゃなくて、
いや、なるほどじゃないな。
なぜこのアパートの三階と四階の中間あたりという中途半端極まりない位置の外壁にヤモリの如く敵兵が張りついてるとわかったんだ。
「ハイパー……ハイパーなんちゃらっていう索敵のアビリティ、もう湧いてたの?」
『いえ「
「それじゃあ、さっきの敵はなんで……」
『特徴的な音が上から聞こえたので、ラペリングで降りてこようとしているのだなと。彼らの場合はラペリングというか、力任せにロープを掴んで降りてくるものですけど』
「ラペリング、ロープ……。一つ上の階からロープにぶら下がって、ここに入ろうとしてたってこと?」
『はい。これまでちらほら少数ながら報告はあったんですけど、二つ前のパッチからラペリング強襲の発生件数が増えているらしいんです。まだどういうシチュエーションなら発生しやすいのかなど、細かい条件は絞り込めてないんですけどね。紐状のものを落とす音や擦る音、壁を蹴る音が聞こえたので、これはもしかしたら、と思ったんです』
音の種類や違いがわかるくらいに聞こえていたのか。私はまるで聞こえなかった。扉側に立っていたから距離はジン・ラースよりも多少は離れていたけれど、私だって音には注意していたのに。
「ぜんぜん気づかなかった」
『そこは知覚スキルのレベルや、種族の差かもしれませんね。マスクデータみたいな感じで、種族ごとに明かされていない能力やパラメータもあるみたいですし。あとは、僕自身耳が良いほうなので、それもあるかもしれません』
「へぇ……」
ADZはステータスとしてのSTRやAGIなどのパラメータやアビリティとはべつにスキルも存在する。
スキルはアビリティのように戦闘時に状況に応じて使う種類のものではなく、常に効果が発揮されているタイプになる。その点ではパッシブアビリティと近いニュアンスになるかもしれない。
数多くあるスキルの一つ、ジン・ラースが言っていた知覚スキルは、レベルが高くなるほどに音が聴こえる範囲、可聴範囲が広くなるという効果がある。
そのスキルの恩恵もあったのかもしれないが、敵がロープで降りてくるという情報を持っていなければ壁越しに撃つなんてできなかっただろう。
情報収集と、AP弾を装填したマガジン持ってきておくという事前準備の結果だ。ジン・ラースがすごかっただけ、という表面的な結論で片付けてしまうのは思考放棄でしかない。私も見習わないといけない。
『さて。移動しましょう』
「うん。さっさとビル行こう」
これ以上ちんたらしてたら、また私が余計な真似をしてしまいかねない。
速やかにビルに行って、速やかにワークをこなし、速やかにマップを出よう。生きて帰るまでが出撃だ。
『最終的にビルには行きますが、一旦迂回します』
「え? どうして?」
『ビルの近くで銃声を響かせたので、ビルの中に潜んでいる兵士たち、その付近にいる兵士たちの行動パターンが変わっているかもしれません。変化の有無の確認と、変化があるならどう変化しているのかを確認したいんです』
私がかっとなって銃を撃ったせいで、ジン・ラースに余計な手間を取らせてしまっている。
「ごめん、なさい……。私のせいで……」
『どうして謝るんです? ビルに固まっている兵士に対して、安全な位置から刺激を加えて反応を観察する。これはとても有意義な調査です』
「ゆ、有意義? 調査?」
『ええ。前からこのワーク、というかあのビルですね。あのビルはいやに警備が厳重になったなと思っていたんです。どこからどう攻めるのが最も安全か試していたんですけど、どれもうまく嵌まらなくて。でも美座さんの発砲で独創的な切り口が生まれました』
「なにか、変わる……のかな? 無駄に自分たちの居場所を知らせて敵兵を誘き寄せただけの利敵行為だと思うんだけど……」
『敵兵を誘き寄せる。これが鬼手だったんですよ。安全を確保できる場所で銃声なり爆発音なりを響かせて周囲の敵兵の警戒心を刺激して誘き寄せることで、警戒網に穴を作れるのではないか、と。もしかしたらビルの敵兵の配置や人数、注意の方向を、プレイヤーが恣意的に偏らせることができるかもしれません』
「安全を確保って……道路とか脇道とかだと包囲されるし、建物の中だと逃げられずに追い詰められるでしょ? 敵の数が多いこのあたりで安全な場所なんて」
『このアパートもそうですが、ビル周辺の侵入可能な建物には最低一箇所は隣の建物に移れるルートがあります。ですので建物の中で大きな音を立てても敵兵に攻め込まれる前に退避すれば安全に移動できるんです』
キャラコンは多少必要ですが、とジン・ラースはぽそりと付け足した。
「それじゃあ……私が銃撃っちゃったのもあながち失敗じゃ……ない?」
『ええ、とても興味深い試みになりました。とりあえず僕らの居場所は知られてしまっていますので一度移動して、それから検証してみましょう。ふふっ、楽しくなってきましたね』
ADZはシビアなゲームだ。真剣にやっていても負けることが多い。そんな難易度のゲームでふざけられるのは、ジン・ラースみたいな一部のプレイヤーだけだ。強者以外にとっては自殺行為に等しい。
べつにソロなら構わない。負けて、殺されて、装備一式と持ち込んだアイテム、獲得したアイテムを全部失っても、それはふざけた奴の責任だ。誰にも迷惑はかからない。
しかしパーティを組んでいたら話が違う。
パーティのメンバーが付き合いの長い友人などであれば冗談で済むだろうし、失った分の穴埋めを手伝えば喧嘩にもならないだろうけど、私たちはそうじゃない。私とジン・ラースは今日初めて話して、このマップがパーティを組んで初めての出撃だ。
それなのに、手伝ってもらっている立場の私が軽率な行動でジン・ラースにも被害を与えたら、かなり気分が悪いだろう。ジン・ラース本人はもちろんそうだけど、観ているリスナーもおそらくそう。ジン・ラースの神回避のおかげで目立ってはないけど、その後に敵兵に攻め込まれた時には私の短慮を咎めるコメントもいくつか見受けられた。
もしかしたらジン・ラースの検証云々の話は、コメント欄の空気が悪くなったのを察して、気にしなくてもいいと思わせるように提案してくれたのかもしれない。声を弾ませて本当に楽しそうにしていたので、それがジン・ラースの本心からのものなのか、それとも私へのフォローだったのかわかりづらい。
「っ……うんっ。行こう」
どちらだったとしても、私はそう言ってもらえて助かったし、励まされた。その事実は揺るがない。
こうしてワークも手伝ってもらっているわけだし、なにか恩返しできればいいんだけど、なにかあっただろうか。実力に差がありすぎて、私がお返しにワークを手伝おうにもおそらくジン・ラース一人でやったほうが楽だろうし。
そういえば、ちょっと前に拾ったあれを倉庫に入れてそのままだった。私は魅力を感じなかったけど、ジン・ラースならもしかしたら使いこなせるかもしれない。
あれをお礼にあげようかな。どうせ私には無用の長物だ。次に出撃する時にでも渡そう。
そんなことを考えながら、私は
*
『やりましたね、美座さん。ビル内の人数減ってますよ。兵士の場所も北側に人数を多く割いていて南側が手薄です』
兎のアビリティ『
「ほんとに影響あったんだ……」
〈すげーw〉
〈まじか……〉
〈俺はパーティ組んで強引に行ったのに……〉
〈こんなやり方誰が見つけられんだよw〉
〈索敵ってやっぱいたら助かるな〉
〈黒兎ありがとう〉
方角的にビルの北東に位置するアパートで私は一騒動を起こしてしまったわけだけど、まさかジン・ラースの推測通りにビル付近の敵兵の配置や人数に影響を及ぼすなんて思わなかった。
なんとかいい方向に転がってよかった。私の罪悪感も多少は薄れる。
『あとは南側から侵入して、安全にワークを終わらせて撤退することができるかどうかですけど、それができたら美座さん、お手柄ですよ。これまで難所扱いされていたこのワークの攻略方法を発見したことになるんですから』
「お手柄って……ジン・ラースがうまく誘導してくれたおかげじゃん。お手柄はジン・ラースでしょ」
〈お手柄や!〉
〈やるやんあざみん!〉
〈あざみんないすー!〉
〈攻略法発見に立ち会えたのうれしいわw〉
〈黒兎先生ありがとう〉
〈あざみんお手柄ー〉
『そんなことありませんよ。僕は初期配置の状態を前提として、どこから切り崩していくかを詰めていたので美座さんのやり方は絶対思いつきませんでした。思いついたとしても初期配置からの攻略を試した後になるので、とても時間がかかっていたはずです。美座さんのおかげですよ』
「や、もう……もういいってば。これがうまく行くかはまだわかんないんだし、終わらせてからにしよ」
『ふふっ。ええ、そうですね。それではビルの南側のブロック塀を乗り越えるルートで侵入します。南側は注意が薄いですが、気をつけていきましょう』
「うん」
〈黒兎もやり方探してたのか〉
〈初期配置だとビルのあちこちにいて大変なんだよな〉
〈照れとるw〉
〈あざみん照れてて草〉
〈黒兎の褒め方効くわーw〉
〈照れ照れかわかわ〉
ジン・ラースの先導で、ビルの南隣の建物へと移動する。
あまりにもジン・ラースが褒め殺してくるものだから、気恥ずかしくなってしまって素っ気ない言い方をしてしまった。
コメント欄の雰囲気や私の声音から、きっと私が落ち込んでいることをジン・ラースは見抜いていたのだろう。だから、このルート取りが私の功績かのように言ってコメント欄の雰囲気も明るくして、私のことも過剰に褒めて慰めてくれたのだ。
他の人に同情されたり憐れまれたり、変に肩を持たれたりしたら気分が悪くなるが、ジン・ラースに慰められると胸が暖かくなる。不思議だ。
『さて、問題のブロック塀に到着しましたね』
機動力偏重斥候タイプの兎と、ソロプレイヤー御用達隠密タイプの虎。そして二人ともプレイ時間は長い。移動で物音を立てて見つかるようなへまはしなかった。
「そうだ。前回はブロック塀を乗り越えられなかったんだった。前回死んだ理由の大半はこれのせいだよ。この高さのブロック塀ってほんとに越えれるの?」
〈動き方特殊部隊かよw〉
〈壁きたー〉
〈問題のブロック塀w〉
〈キャラコン知らんかったんよな〉
〈説明しないADZが悪い〉
〈アビリティの仕様とか自力でわかるわけないんや〉
私の目の前に立ち塞がるのが、今やトラウマになりつつあるブロック塀だ。ジャンプしても塀の天辺に手がかからないので乗り越えられない、と思いきや情報サイトにはウォールジャンプでぎりぎり手がかかって登れる、とある。
コメント欄でも〈ウォールジャンプでいける〉って言うリスナーもいれば〈そこ兎だけだよ〉と言っているリスナーもいて、キャラコンを指摘するリスナーもいた。
もうなにが正しいのかわからない。
『今なら裏の崩れているブロック塀からでも安全に侵入できると思いますけど、せっかくなのでここでウォールジャンプを練習していきましょうか』
「っていうことは、ほんとに虎でも越えられるんだ」
『ええ。ちょっとしたテクニックがあるんです。虎のウォールジャンプって、壁面を蹴って壁の反対側に飛びますよね?』
「そうそう。ただ壁を蹴るだけだから、いまいち使い勝手悪いんだよね。どういうタイミングで使ったらいいのかもわかんないし」
〈黒兎もしかして虎も知ってんのか〉
〈えなんで知ってんの?w〉
〈ピッカーで使ってるのかな〉
〈黒兎ならピッカーもめちゃくちゃレベル上げてそうw〉
敵兵に追いかけられて狭い路地とかに迷い込んだ時、右に左に蛇行しながら走って、たまにウォールジャンプを使ったりすると敵兵のエイムをいい具合に振り切れたりしたけど、使い方としてはそのくらいだった。兎のハイジャンプみたいに高く跳べるわけでもない。用途に困るアビリティなのだ。
『ああ……なるほど。あのですね、美座さん』
「ん? な、なに? 不安になるからその言い方やめてくれない?」
『ウォールジャンプって、壁を蹴ってからの跳ぶ方向を自分で決めれるんですよ』
「……嘘だ」
『嘘じゃないです。ある程度加速がついた状態でジャンプして、壁に接触する前にウォールジャンプのアビリティを起動させて、壁に接触した瞬間くらいにもう一度ジャンプする。そうすると、壁の反対側に視点が強制的に動いて、一瞬壁に引っ付いているような間があってから、ジャンプする。こういう流れですよね?』
「……う、うん。てかなんでジン・ラースは兎以外のアビリティにもそんなに詳しいの? あんたは他の種族まで知り尽くしてるの?」
『ピッカーでいろんなマップの危険地帯を偵察しに行ってますからね。その時に他の種族のアビリティには触れてます』
〈やっぱり……〉
〈あざみんエイムが強すぎてアビリティ使わないから……〉
〈エイムゴリラの悪影響がここまでw〉
〈黒兎詳しすぎやろw〉
〈ぜんぶのキャラ使ってんのかよw〉
〈やっぱピッカーか〉
〈ロケハンでピッカー使うやついんのかw〉
〈まぁ黒兎なら装備失うことなさそうだしな〉
ジン・ラースの言うピッカーとはウェスト・ピッカーの通称で、これは装備も資金も底を尽きたプレイヤーのための救済措置だ。
ピッカーモードでプレイすると、出撃する時の種族も毎回違うし、装備している武器やバッグもティアの低いものをランダムで貸し与えられてマップに送り出される。
ピッカーでマップ内を探索し、アイテムを拾って生還できれば、そのアイテムはなぜか本キャラの倉庫へとしまい込むことができる。なんで本キャラとは関係ないピッカー用のキャラクターで出撃しているのに回収したアイテムは本キャラと共有できるのかはADZでも指折りの謎だけど、ピッカーは救済措置なのでそんなこと誰も気にしない。そういうものなのだ。
このモードだと、本キャラを使ってプレイしているプレイヤーが一通り漁った後のマップに遅れて入り、漁り残しを回収することになる。なので基本的においしいアイテムは残されてない。ピッカー用のキャラはレベルやスキル、アビリティなどの経験値も本キャラとは別枠になっているので育っておらず、敵兵と戦闘するには心許ない。漁れるアイテムも身につけている装備もキャラのパラメータもしょぼいという踏んだり蹴ったりなピッカーだけれど、たとえ死んでもマイナスになることはないのだから文句は言えない。
ちなみに、ピッカーでプレイヤーの死体に残されているドッグタグを拾うと、出撃時に渡された装備一式をもらうことができるという実にCo-opゲーっぽい仕様がある。ピッカーで渡される装備なんて基本的に弱いし、しかもなぜか装備の耐久値はよくて七十五パーセント、低いと五十パーセントくらい減っていて中古品もいいところだけど、本当になにもかも失った時にはありがたい。
私も一つ前のシーズンで大変痛い目にあったので慣れるためにもこまめにピッカーをやってるけど、ピッカーはいつも使っている
救済措置だからといって甘やかしてくれないのがADZ。本キャラと種族が違おうと関係なく使いこなせるジン・ラースがイレギュラーなだけだ。
「ピッカーまでやってるんだ……」
『自分の装備を失わないというのは利点として大きいですね。特に危険地帯への調査には重宝します。いくら兎の一回あたりの出撃のコストが低いといっても、毎回ロストするのは痛いので』
〈しっかりピッカーもやってんのえらい〉
〈こういうところでロケハンしてるから強いんだな……〉
〈二位になるだけの理由がある〉
〈一度調べとかないとわからんもんなぁ〉
〈たぶん俺より狼も詳しいんだろうな……〉
〈熊もぜったい俺より知ってる〉
〈黒兎(兎以外も強い)〉
「メインじゃないのに私より虎のアビリティに詳しいなんて……。で、でもっ、アビリティのテキストにジャンプする方向を変えられるとか、そんなの書かれてなかったんだけどっ」
そう、アビリティの説明文にはジン・ラースの言うような効果は記述されていない。そんなことができるなんて、私は教えられてない。
『何言ってるんですか、美座さん。このゲームがそんなに事細かに全部説明してくれるわけないじゃないですか』
「ぐっ……」
〈ADZは不親切すぎるよねw〉
〈たぶんUIとかって概念を知らねぇからw〉
〈たしか説明二行もなかった気がするw〉
〈草〉
〈草〉
〈そうだよ説明してくれるわけないんだよw〉
〈プレイヤーに優しかったらもうちょい人口多いと思うんだよね〉
元も子もないことを言わないでほしい。
『今日日、ミニマップが表示されないゲームなんてそうそうありませんよ。ADZはそういうゲームだと、美座さんは知っていたはずです』
「うぐっ……」
『たしかアビリティのテキストは、壁を蹴ってもう一度ジャンプすることができる、とかそのくらいだったはずですよね。一定以上の速度がないと発動しないとか、ある程度の高さがなければ発動しないとかも書かれていなかったはずです。そのくらい不親切なんです。そのくらい説明が不足しているのがADZなんです。使用条件すらまともに説明されていないのに、応用方法を懇切丁寧に教えてくれるとお思いですか? スキルレベルを上げるための経験値はどうすれば手に入るかさえゲーム内では記載がないんですよ?』
「わ、私が悪いの?」
『そうです。ADZに良心的なUIを求めた美座さんの落ち度です。ゲーム内では銃のアタッチメントがどうとか弾の種類がこうとかも教えてくれないんです。自ら学ぶ必要があります』
〈そういうもん〉
〈残念だけどこのゲームはそういうもんw〉
〈マップもないとかそうそうねぇよw〉
〈ボロクソで草〉
〈あまりにも正論w〉
〈事実陳列罪〉
〈草〉
〈火の玉ストレートやめれw〉
〈ロジハラの悪魔だw〉
〈ソロでやってるとわかんないよね〉
〈教えてくれる人いないと無理だよこのゲーム!〉
ジン・ラースの言い方はどうであれ、その内容自体はリスナーも認めるところらしい。否定するような意見は出てこなかった。なんてゲームだ。
「プレイヤーに厳しすぎる……。ね、ねぇ……ジン・ラース。ここ、教えてもらっても……いい?」
『ええ、もちろん』
〈あざみんかわいいよあざみん!〉
〈頼み方かわいすぎでしょ〉
〈黒兎ありがとう〉
〈やってる人に聞くのが一番早い〉
〈黒兎以上にADZ詳しいやつなんかそうおらんからなw〉
〈人を頼れるようになったんだな……〉
〈頼りになるわ黒兎〉
〈成長しとる〉
ふだんなら絶対に人の手は借りない。私のちっぽけな自尊心が許さない。自分で模索するか解説動画を観るか、あるいは情報サイトの知恵を借りるところだけど、ジン・ラースはべつだ。教えを請うのが恥ずかしいとか悔しいとか、そんなことを思える範疇にジン・ラースはいない。
「どのタイミングで向きを動かせばいいの?」
『アビリティを起動させて壁に接触した瞬間にもう一度ジャンプキーを入力すると、壁の反対側に視点が強制的に動きますよね? その後、ほんの一瞬くらい壁に引っ付いているような間があると思うんですけど、その時に向きを動かせるんです』
「ああ、あの妙な一瞬の間。あの時ね。……ジャンプと同時じゃないんだ」
『思っているタイミングとずれているところが厄介ですね。どういう仕様なのか、アビリティを発動してから強制視点移動の前までの間にマウスを動かしていると、アビリティの終了まで、つまり壁を蹴ってから着地する寸前までマウスの入力をキャンセルされるのでそこだけ注意しましょう』
「キャラコンしようとしてマウスを早く動かしちゃうとシンプルなウォールジャンプを強制される、ってこと?」
『その通りです。もどかしいのを我慢して強制視点移動を待ってから、壁を蹴る前に向きを変えなければいけません。とはいえ、一度タイミングを掴めたら後は慣れやリズム感でできるようになりますので、そう難しいことではありません。実際にやってみましょう』
「う、うん」
〈このゲームは直感操作と対極に位置してる〉
〈プレイヤーの負担でかすぎんよ……〉
〈黒兎詳しすぎやろw〉
〈タイミングまでしっかり把握しとるw〉
〈たしかに一回できたら感覚掴めそう〉
〈あざみんがんばれー〉
言葉の上だとどうしても小難しく感じてしまう。実際にやってみたほうがどんなものかわかりやすいだろう。
曰く、習うより慣れろ。ならば習いながら実践すればすぐに慣れるはず。
一回目は向きを変えるのが遅れて失敗。これは改めてウォールジャンプの流れを再確認するためと、壁の反対側への強制視点移動のタイミングを計ることを重視した結果だから気にしない。
二回目は気が急いてしまって失敗。マウスを早く動かしすぎて向き入力をキャンセルされた。走って移動、ジャンプ、壁に接触する前にアビリティ発動、壁に接触した瞬間にもう一度ジャンプと、ウォールジャンプ単体でも操作が忙しいせいで、発動してから向きを変えるまでの間なにもせずに待つというのが難しい。とてもそわそわする。
『どれだけ助走をつけていても向き変更入力までのタイミングは変わらないので、リズムで体に染み込ませたほうが楽かもしれません。画面上の動きで反応しようとすると気持ちが焦ってしまうでしょうし』
キャラコンの悪魔からのアドバイスを聞き入れ、画面よりも音とリズムを重視する。
三回目の挑戦はリズムを把握するのに神経を集中させる。走る、ジャンプキー、アビリティ発動、ジャンプキー、一拍待って、視線移動。よし。
いざ、四回目。
「ここで、視線移動……あっ。できたっ、できたよっ、ジン・ラースっ」
『見てましたよ。お見事です、美座さん』
「うんっ」
〈タイミングむずいんよな〉
〈もうちょい早めか〉
〈成功!〉
〈おめでとー!〉
〈おめ!〉
〈かわいすぎんか〉
〈喜び方幼女やんw〉
〈あざみんかわええ〉
〈うんかわいすぎw〉
四回目の挑戦でようやくウォールジャンプの視線移動に成功した。まだふつうのウォールジャンプより若干左に傾いたかな、くらいの変化だったけど、今回の成功でだいたいコツは掴めた。次はもっと上手くできる。
『あとは壁の斜め上あたりに視線移動できれば手が届いて登れるようになります』
「おけ、わかった」
『美座さん、吸収早いですね』
「えへへっ。んっ……そんなことないけどね。これだけ練習すればまぁ、さすがにね」
〈コーチ褒め上手やw〉
〈澄まし顔ちょっと手遅れかw〉
〈コーチのアドバイス効くなぁ〉
〈にやけとるんよw〉
〈黒兎のアドバイスあったけーw〉
コメント欄がうるさい。思わず喜んじゃっただけじゃん。なんなんだ、幼女って。無視しとこう。
『マウスをどれだけ動かしたらどれだけ視線が動くのかを感覚で覚えたらいいと思います。フリックエイムと似たようなイメージです』
「フリックは苦手だけど……任せて」
ジン・ラースの例えが分かりやすくてありがたい。壁の天辺に敵兵の頭があると想定して、その頭にフリックで照準を合わせるイメージでやってみると一発目で壁の天辺に手が届いた。
『もうウォールジャンプのキャラコン完璧ですね。呑み込み早いですよ、美座さん』
「ふふっ。まぁね、これでも一応ゲーム結構やってるほうなわけだしね。教えてもらえればこれくらいはね」
〈もうマスターしとるw〉
〈はえぇっ!〉
〈褒めて伸ばすタイプの先生だなw〉
〈あざみんにこにこです〉
〈褒めてもらえてうれしいねぇw〉
ジン・ラースからすればこのくらいのキャラコンなんて難しいどころか簡単な部類だろうに、そんな気配は微塵も見せずに私のことを褒めてくれる。
私はお世辞を使われるのは嫌いだけど、ジン・ラースが言うとそんなふうに聞こえないからか、とても気分がいい。ジン・ラースに褒められるのはとても気持ちいい。
手をかけて、体を持ち上げる。ブロック塀の上に上がれた。
前回はこのブロック塀によってワーククリアを
『アビリティが湧いたら特に必要のない時でもウォールジャンプして練習するといいですよ。得意な方向や苦手な方向を作らないほうが応用しやすいですし、アビリティのレベルも上げていきたいですし』
「使って鍛えていったら距離とか伸びるんだっけ?」
『はい。最終段階までレベルを上げるとウォールジャンプのアビリティを二回分まで溜めることができて、二連続でウォールジャンプが使えるようになるみたいですよ』
「二連続? へぇ……おもしろそう」
『かなり立体的な移動ができそうで楽しそうですよね。キャラコンは大変でしょうけど』
〈使わないとアビリティに経験値入らんからなぁ〉
〈兎ほどじゃないけど結構かく乱に使えるね〉
〈影薄いけど虎だって兎の次に機動力あるからな〉
〈二連壁ジャン動画で観たなぁ〉
〈手元動画観たけどめっちゃ忙しそうだったw〉
〈キャラコン大変とかどの口が言ってんだw〉
〈黒兎が言えることじゃないだろw〉
敵にも追われていない安全な状態で、しかも同じ方向からウォールジャンプしていても、かなり集中していないとできなかった。これが敵に追い詰められている時、逃げるために使うとなれば一発勝負になる。かなり難度が上がるだろう。
一回使うだけでこれだ。これを二連続となると気が遠くなる。きっとトップクラスの虎プレイヤーはできるんだろうな。私もできるようになりたい。
「アビリティいっぱい使って鍛えるよ。ジン・ラースに二連壁ジャン見せてあげる」
『あははっ、楽しみにしてますね』
敵を目の前にしている時は怖いくらいに無感情で、教えてくれている時は思わず姿勢を正してしまうくらいに真剣で、敵がいない時はとことんまでふざけ倒して、そしてたまに意地悪になる。
なのに、笑うとどこか幼くて可愛げがあるのは、ちょっとずるい。
特にこれといってストーリーには関係ないんですが、黒兎が二位にいるせいでこのままだとDOC(貢献度)ソロランキング一位の人のハードルが爆上がりしてしまいそうなので、少しばかり説明をば。作中ではDOCの仕組みについて詳しく触れてませんからね。
DOCのランキングは獲得したポイント数で決まります。
ポイントを獲得するには一部の特殊な条件を除くと、ワークのクリア、強化兵士の撃破、倒されたプレイヤーのドッグタグを持ち帰る等で加算されます。
一位の人は長時間プレイすることで黒兎よりもポイントを稼いでいるのでランキング一位になってます。必ずしも純粋な戦闘能力で黒兎を上回っているということではありません。いやもちろん一位の人もめちゃくちゃ強いんですけどね。