サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。 作:にいるあらと
「そういえば。兎って壁ジャンのアビリティないよね?」
『はい、ありませんよ』
「でもアパートで壁に走ってる時にジャンプしてたでしょ? あれってなに?」
『ああ、あれはウォールランですね』
「ウォールランのアビリティでジャンプできるの?」
『ウォールランの効果中は壁も地面扱いになるんですよ。なので普通に地面の上でジャンプするような感覚で壁を蹴ってジャンプできます』
「なにそれー……ずるい」
〈簡単そうにやってたけどウォールランもむずいからな〉
〈あれ使ったら方向感覚バグるよ〉
〈黒兎が使うと簡単そうに見えるから勘違いするわw〉
『そんなこと仰られましても。あれくらい動き回らないとすぐに殺されちゃうんですよ』
「んー……まぁ、兎なら仕方ないか」
『ありがとうございます』
〈生き抜く術やな〉
〈あんだけ使ってようやく生き残れるくらいなのやばいでしょ〉
〈兎過酷すぎ〉
〈SGが天敵だな〉
〈ありがとうございますは草〉
「じゃ、そろそろ潜入しよっか。兎はブロック塀なんて簡単に飛び越えられるから楽でいいね」
兎ならブロック塀なんて気にしなくていい。キャラコンは必要だろうけど、そのままビルの二階の窓に侵入できるくらいのジャンプ力を兎は最初から持っている。
『跳躍力的には軽々越えられるんですけど、高く飛びすぎるとしっかり着地衝撃ダメージがありますからね。虎と違って音も発生しますし。なので控えめにジャンプして、美座さんと同じように乗り越えるのが一番です』
「あ、そっか。落下ダメがあるんだっけ。……この高さのブロック塀って、落ちたらまずいかなぁ?」
今私のキャラが立っているブロック塀は地面から精一杯ジャンプしても手が届かないくらいの高さがある。三メートル以上はあるはずだ。
これまで高いところから降りても落下ダメージは受けたことがなかったけれど、ここにくるまでにそこそこアイテムを漁っているのでバッグも重くなっている。重量が増えている分、着地衝撃が発生するかもしれない。
着地衝撃があってもダメージを喰らうくらいならいいんだけど、運が悪いと脚部の骨が折れてしまう。骨折のデバフが発生してしまうのだ。デバフ多すぎる。
骨折のデバフが発生していると、キャラクターが勝手に悲鳴のボイスを辺り一帯に撒き散らし始める。せっかくビル内の敵兵の注意を逸らせたのに、こんな静かなところで叫び始めたらアパートの時と同じようにまたもや注目を集めてしまうことになる。
いっそのこと鎮痛剤飲んでおこうかな。
『虎なら大丈夫だと思いますよ』
「そ、そう? 結構高いよ?」
『兎が他の種族よりも音の聞こえる距離が広かったり細かな音の違いを聴き取れるのと同じように、虎にもそういうのがあるんです。虎は高いところから落ちても、他の種族よりも着地衝撃を受けにくいんですよ。着地衝撃の緩和という感じでしょうか』
「へぇ……だから私これまで落下ダメ受けなかったのかな」
『かもしれませんね』
〈猫やん〉
〈高いとこから落ちても平気って猫かよw〉
〈猫で草〉
〈草〉
〈猫やんけw〉
「うるさいなぁ」
『え、え……なんです? なにか気に障りましたか?』
「あ、や、ちが……リスナーが、なんか……〈高いところから落ちても平気とか猫やんけ〉ってうるさくて」
『ふふっ、たしかにそうですね。猫のイメージでそういう効果にしているのかもしれません』
〈はふねこ……〉
〈はふ猫草〉
「よーしっ。〈はふ猫〉ってコメントしたやつらは五分間さよならだ。五分後にまた会おうね。ばいばい」
『ああ……美座さん、なんだかごめんなさい』
自分が『はふ猫』なんていう奇天烈なワードを生み出したせいで私が
「ジン・ラースはいいの。銃撃たれるっていう
『わあ……タイムアウトしたリスナーさんもごめんなさい』
〈草〉
〈無茶しやがって〉
〈あざみんならやる時はやるってわかってたろうに……〉
〈罪償ったらまた一緒にコメントしような……〉
〈草〉
〈チャレンジ失敗です〉
〈気にせんでいいぞ黒兎〉
〈自業自得で草〉
〈はふ猫チャレンジしたやつが悪いんだ〉
一部のリスナーにタイムアウト措置を施して、ゲームに戻る。
ジン・ラースの言う通り、ブロック塀から降りてもダメージは負わなかった。よかった、骨折らずに済んで。
ビル側の敷地に降り立ち、ブロック塀を見上げればジン・ラースが立っていた。ちょうど降りるところだったようだ。
ブロック塀から一歩踏み出し、すとんと体が落下する。
そういえば兎はこの高さから降りても平気なのかな、軽いから大丈夫なのかな。一抹の不安が脳裏を過ぎった。
ジン・ラースだし大丈夫なんだよね、などと無責任に考えながら見ていれば、ジン・ラースは着地と同時に前転していた。なんだそれ。そんなアクション見たことない。
「な、な、なにそれ……。兎にはそんなのあるの?」
〈前転?〉
〈?〉
〈兎のアビリティか?〉
〈なんこれ〉
敵兵士の強化進度の話の時はリスナーにもとやかく突っ込まれたけど、今回の前転はリスナーも知らなかったらしい。
『え? どの種族でもできるキャラコンですよ』
「知らない知らない。そんなの見たことない」
『まあ虎であれば使う機会は少なそうですしね』
〈知らんかった〉
〈知らねぇ……〉
〈情報サイトには載ってんだよなコレ〉
〈キャラコン詳しすぎだろ兄悪魔w〉
〈やろうとして失敗して骨折したことならある〉
「リスナーの中にも知ってる人少ないよ。どんな意味があるの、それ」
『高所から落下した際の着地ダメージ軽減です。ダメージを受ける高さでも受けなくなったり、骨折するような高さでもダメージを受けるだけで済みます。兎だと高所から落下する頻度が他の種族よりも高いので必須テクニックですね』
「虎ならともかく、狼や熊にも便利なキャラコンじゃん……」
『熊はキャラの性質上荷物が重くなりがちでちょっとした高さでもリスクがありますからね。覚えておくと骨折のリスクを回避できます』
「そんなキャラコン前からあった? 私、情報サイトは頻繁にチェックしてるつもりだけど、そんなの見たことない気が……」
〈めっちゃ使えるやんけ!〉
〈こんなんどこに載ってんだ?〉
〈小技とかのとこ?〉
〈熊ワイぜんぜん知らなかった〉
〈キャラコン多いし専用のページがほしいな〉
『このキャラコン自体は少なくとも前シーズンにはありましたよ。それより前からできていたのかはわかりません。このゲーム、よくわからないところでよくわからない仕様が追加されていたりしますからね。数も多くなってきてますし、いっそのことキャラコンのページを新しく用意したほうがいいかもしれませんね』
「そうしてくれたらいいのにね。編集してる人観てくれてないかな。編集してる方ー、キャラコンのページ追加してくださーい」
『はーい。かしこまりましたー』
「あははっ、ジン・ラースが編集するの?」
〈急にコント始まるやんw〉
〈草〉
〈二人ともかわいくて草〉
〈ノリええなw〉
〈あざみんいつもよりテンションたっけぇw〉
『はい。僕もADZの情報サイトの編集と更新に携わってますよ』
「……え? ほんとに編集してるの?」
『はい。逆に情報サイトの兎のページを更新する人、僕以外にいなくないですか? 兎ユーザーなんてほとんどいないのに』
「…………たしかにっ」
〈ユーザー数の割に謎に充実してっからな情報サイト〉
〈コントかと思ったらすれ違いコントやったw〉
〈黒兎しか兎の情報更新できんのいねぇわな……〉
〈こうやってトップクラスのプレイヤーが更新してくれてたんか〉
〈とても助かってます〉
〈黒兎いつもありがとう〉
兎をメインで使っているプレイヤーなんて滅多に見ない。出撃待機画面では同じマップに出撃するプレイヤーの名簿が出てきて、その名簿でどのプレイヤーがどの種族なのかマークで見えるようになっているけれど、兎のマークは五回出撃して一度見るかどうかといったくらい。しかも一番最初のマップ『避難地区』でその頻度だ。進めば進むほど、難しいマップになればなるほど兎プレイヤーは見かけなくなる。
兎という種族は、そのくらい不遇で不憫で不便な、使用率の低いキャラクターだ。
だというのに、情報サイトのページでは網羅されているのではと思うくらいに詳細な情報が記載されている。考えてみればおかしな話だった。
『兎のページの更新と編集をやっているのはほぼ僕だけだと思います。他のページについては同志に情報提供したり、ちょこちょこ手直ししたり、たまに編集と更新をするくらいですね』
「うわぁ、リスナーに編集してる人がいるならキャラコンのページ作ってもらえないかなって考えてたんだけど、まさか隣にいるなんて……」
『世の中というのは意外と狭いものですね』
「あんたがでかいのよ」
『くくっ、ふふっ……そんな返しっ、あるんですかっ、あははっ』
〈同志の献身に感謝〉
〈俺も手伝いたいけど手伝えるほど強くねぇのよね……〉
〈黒兎がでかいは草〉
〈ADZにおける黒兎の活躍はたしかにでけーなw〉
〈黒兎笑い声が色っぽいな……〉
〈他の種族全部足したのと同じくらい兎のページだけ充実してんの草なんだ〉
〈兎のページは英語版のサイトに情報輸出してるくらいだからな〉
〈草〉
〈やべぇリスナーもいます〉
虎のアビリティのウォールジャンプもそうだし全種族共通のキャラコンもそうだけど、私は知らないことが多すぎる。エイムに頼って進めてきていたツケだ。
マップを憶えて効率よく漁れるようにはなったし、敵兵士との対面勝負には負けないようにもなった。順調に強くなっていると思っていたけれど、私はまだまだ殻を破ったばかりの雛鳥みたいなものだった。
これではジン・ラースの言うところの猫だ。
虎になるためにはキャラコンも勉強していかないといけない。
「……キャラコン、教えてほしいな……」
もちろん情報サイトのどこかにはキャラコンについても書かれているだろうけど、やはり文章よりも知っている人に直接見てもらって、その都度教えてもらうほうが理解も習得も早い。ジン・ラースに教えてもらえればきっとすぐできるようになると思う。
でもそれだとジン・ラースにはなんのメリットもないし、無理に付き合わせるのも悪いよね、というぐだぐだとした面倒くさい後ろめたさがあった。そのせいで囁くような声の小ささになってしまった。
『それでは次の出撃はキャラコンと、ついでに漁りのルート取りや漁るポイントについてやってみましょうか』
マイクが拾うか怪しいほど小さな声だったのに、ジン・ラースはちゃんと聞いてくれていた。
聞き逃さないように私の声に耳を傾けてくれているのかなとか考えると、妙に胸がざわざわする。
「……いいの? ジン・ラース、時間大丈夫? さっきSNS見た時、今日何時から配信、みたいな投稿あったけど……」
『お気遣いありがとうございます。まだ余裕ありますから大丈夫ですよ』
「そう? それ、なら……うん。一緒にやろ」
『ふふっ。はい、やりましょう』
〈かっわ〉
〈なんやこのかわいい生き物〉
〈てぇてぇ〉
〈今日のあざみんかわいさ天元突破しとる〉
〈黒兎ありがとう〉
〈てぇてぇ〉
〈かわええw〉
〈てぇてぇなぁ〉
「……えっと、これからなにするんだっけ。そうだ、ワークだ」
『ちょっと美座さん? なぜ忘れているんですか? あなたのワークをこなすための出撃ですよ?』
「うっ、ううるさいっ、わかってるっ」
ブロック塀を越えてから話が転々として、自分がなにをしていたのか一瞬飛んでしまった。
なにもかもジン・ラースが悪い。たくさん話しかけてくるせいで頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。ジン・ラースは一度口を開くたびに出てくる情報量が多いのだ。そのせいで頭も心も掻き乱される。
『裏口の
ビルの横側の壁に張りついているにもかかわらず、ジン・ラースは裏口の敵兵の動向を把握していた。おそらくアビリティを使ったのだろう。
「どうする? ふつうならビル横の窓から入ったほうがいいんだろうけど、裏口通れるんならそっちからのほうがワークのポイント近いんだよね?」
『そう、ですね。裏口を通れたほうが検証するにも都合がいいです。裏口から行きましょう』
「ん、おけ」
少し考え込んでいた様子だったけど、すぐさま行動方針を打ち出す。ジン・ラースのこういうはっきりとしてわかりやすい指示は聞いていて安心感がある。
ジン・ラースが前を進み、私は時折後方を確認しながらその背中についていく。
『いませんね。センサーなども仕掛けられてませんし、空き家も同然です。……攻略法はこれだったか』
「えっと、たしか……裏口から入った時は、最初を左に曲がって、部屋が……あれ、部屋どれだったっけ……」
『あ、美座さん。ワークのポイントならこちらですよ。奥から二つ目の部屋です。大きなPCとモニターが置かれたデスクがあるので、そこに近づいてください』
「うん、ありがと」
〈すっげw〉
〈ビル攻略だ〉
〈もぬけの殻や!〉
〈部屋多いんよな〉
〈漁るところもたくさんだ〉
〈ワークも完璧におぼえてんのかw〉
ジン・ラースは周囲への警戒のためか廊下に残り、私は部屋に入ってデスクを探す。目的のものはすぐに見つけられた。一般的なそれよりも一回りくらい大きなデスクトップ型のPCがあった。
近づくと、ワークが進んだことを報せるサウンドが鳴った。
『音鳴りましたか?』
「うん、鳴ったよ。これでいいの? ……なんかタイマー? みたいなのが出てきてるけど……逃げたほうがいい?」
『六十秒のカウントダウンですよね。それで大丈夫です。爆発とかはしないので安心してください。六十秒経ってからもう一度デスクに近づくとまた音が鳴りますので、二回目が鳴ったら後は帰るだけです』
「六十秒……長いなぁ」
『一旦その部屋を出て隣の部屋漁ってるといいですよ。今は安全なので』
「……余裕あるなぁ」
〈おーあった〉
〈爆弾とかじゃないよw〉
〈起爆スイッチちゃうねん〉
〈ふつうならいつ襲われるかドキドキなんだけどね〉
〈こんなに気楽に待てることないぞw〉
〈強者の貫禄だw〉
『美座さんの攻略法のおかげで人払いできてますからね。余裕を持って動き回れます』
「だから、べつに私はなにもやってないってば。あ、二回目鳴った」
『後は帰るだけですね。すぐに離脱……と、本来ならなるんですけども、今はビルの一階はフリーなんで漁りましょう。正面玄関近くの部屋さえ避ければ一階は漁り放題です』
「えっ、漁るの? ここを?」
『どうやら敵兵のアルゴリズム的に、プレイヤーを始末するまで警戒時の配置が変わらないみたいです。こんなにおいしいシチュエーションはありません。漁りましょう』
「う、うん……大丈夫なのかなぁ」
『ここの休憩室みたいなところには良い銃が湧くこと多いんですよ。サブマシンガンやアサルトライフル、前はマークスマンライフルが出てきましたよ』
「どこどこ。それ、どこ?」
『人間、素直が一番です。一度裏口のところまで戻ってきてください』
〈欲望抑えきれんw〉
〈欲に忠実で草〉
〈マークスマン出たらうまいぞぉ〉
〈さっきARなくしたしなw〉
〈ここでARゲットできたらうれしいが〉
〈休憩室のテーブルに湧く銃はランダムだからなぁ〉
裏口の扉まで戻るとジン・ラースが立っていた。そこからジン・ラースの案内で右の通路を進む。
その通路の右側の壁にも扉がいくつか並んでいるけれど、休憩室とやらは左側の壁の扉にあるらしい。ジン・ラースはその扉の前で待ってくれていた。
「ここなんだ。……入らないの?」
『……呼吸音が聞こえます。中に敵兵がいるみたいですね』
「えっ……ど、どうするの? ここでばれたら大変なことになるよ……」
『そうですね……周りの敵を倒さずに侵入してますから、居場所が露見してしまうと包囲されてたこ殴りですね……』
「……てか、ハイアクシス使ってたんじゃないの? なんでまだ中にいるってわからなかったの?」
『……「
「……ねぇ。……なんでさっきからこしょこしょ話みたいに声小さくしてるの?」
『……寝起きドッキリ、というやつですよね、これ。僕、初めてです。わくわくします』
〈なんで声潜めてんだw〉
〈こしょこしょ話草〉
〈こしょこしょかわいい〉
〈背筋ぞくってきたわ〉
〈いい声すぎんだろ〉
〈寝起きドッキリ草〉
〈なんで楽しそうなんw〉
「ドッキリじゃないし、わくわくされても困るし、敵に起きられたらもっと困るんだけど。とりあえず囁き声やめて。耳がこそばい」
『……おはようございまあす……』
「んっ、ふぁっ……んぅ、やめっ、やめてってば……。なんかぞわぞわ? もぞもぞ? する……やめて」
『この度は大変申し訳ございませんでした』
〈えっ〉
〈無知シチュみある〉
〈えっっっっ〉
〈センシティブな声出とる〉
〈めっちゃえっ……な声〉
〈っっっっ!〉
〈やっぱやべぇリスナー混ざってんな……〉
〈っっろ!〉
「敵いるんなら、ここ漁れないの? アサルトライフル前回取られたから補充しときたい」
『アサルトライフルが出てくるかはわかりませんが、漁ることはできますよ。それでは美座さん、まずはしゃがんでください』
「うん? うん」
私にそう促しながらジン・ラースがしゃがんだ。
意図を掴めないまま、私もしゃがむ。
『キーバインドを変えていなければこれでできるんだけど……コントロールキーを押しながら、マウスホイールを下にころころっと転がしてください』
「Ctrl、ころころ」
『画面の左上に体のマーク出てますよね。撃たれた時にどこを負傷したのか確認したりする、全身のシルエットです』
画面の左上には、ふだんならキャラクターの全身が立った状態で小さく表示されている。今はしゃがんでいるので、地面に膝をつけるような体勢で表示されていた。
撃たれて出血なり骨折なり負傷すると、元は灰色のシルエットの負傷した部分が赤く色付けされるのだ。私はキャンプ施設近くで負傷したけど、治療が間に合ったので色は戻っている。ちなみに治療が間に合わなかったり不完全だったりすると壊死というデバフが発生する。デバフ多すぎ。
「うん。今しゃがんでるやつだよね」
『そうですそうです。マウスホイールを下にころころっとすると、そのシルエットの横に表示されてるバーのゲージが下がりますよね?』
「ん、下がった」
『そのバーはしゃがんでる時の移動速度なんです。それを下げ切った時はしゃがみ歩きがとってもゆっくりになって音が最小限になります』
「わっ、ほんとだ。すごっ。……でも」
『「虎だったら足音最初からほとんどしないんだけど」……と、思いますよね?』
「……私の言うこと先回りしないで。てか、なにその声真似。似てないし」
まさしくその通りのことをジン・ラースに言おうと思っていたら先に言われた。しかも、私の声真似のつもりなのか女声で喋っていた。無駄に芸達者だ。ここで披露する必要はまったくないだろうに。
〈?〉
〈先回り?〉
〈前より声真似のバリエーション増えてて草〉
〈さっきの黒兎か?〉
〈どういうこと?〉
〈悪魔は性別を超越するんだ〉
〈あざみんじゃなかったのか?〉
〈声真似?〉
〈あざみんが喋ったんじゃないの?〉
〈似すぎやろ〉
〈女声だすのうますぎて草〉
『リスナーさんはどっちが喋っていたかわからなかった方もいらっしゃるみたいです。似てるんですよ』
「似てないっ……似てないっ。かわいげのないぶっきらぼうな女の声じゃん。似てないよ。女声出せるのはすごいけど」
〈あざみんおかしくなったんかとおもたw〉
〈めっちゃ似てるよw〉
〈自己紹介かな〉
〈黒兎一人でコラボできるやん〉
〈野良でその声やったら男釣れるぞw〉
『ほら、リスナーさんからも好評で……〈一人でコラボできるやん〉……そんな配信やった日には悲しきモンスターが生まれるんですけど。一度コラボの概念覆しますか』
〈草〉
〈草〉
〈一人コラボw〉
〈草〉
〈ソロコラボは草〉
「いいから、もういいからっ。雑談は安全なところでやってっ」
『すみません。僕、お喋りが好きなもので』
「だろうね。それで人と話すの嫌いとか言われても嘘にしか聞こえないよ。とっても配信者に向いてるよ、ジン・ラース」
『おはようございます』
「うん。おはよう。だからさぁ……わけわかんないこと言わないで。はやく教えて」
〈おwはっw〉
〈おはようございますw〉
〈草〉
〈黒兎w〉
〈わけわからんw〉
〈あざみんもおはよう返すんかいw〉
『ごめんなさい。ありがとうございます。一番遅くしてると足音もそうなんですけど、装備の揺れる音も最小限になるんです。一番遅くした状態であればなんと、かの強化兵士相手に真後ろを歩いても気づかれません』
「……あ、そっか。虎のフットパッドの効果は足音だけだもんね」
『いろいろと周りで音が鳴っている屋外でなら足音を隠せるだけで十分に強みですけどね』
〈屋内戦闘は銃の音がよく聞こえる〉
〈屋内はこえぇよ〉
〈とくにホラゲーや〉
〈ばったり出くわしたらやられるところもホラゲだな〉
「……たったこれだけの内容を話すのに、なんでこんなに時間かかるかな」
『しっ、美座さん。ターゲットが起きちゃいますよ。静かに』
「敵に声は聞こえないよ。そのためにコミュニケーションアプリで通話繋いでるんだから」
『……よく眠ってらっしゃいますねえ……』
「……さっきも言ったけど寝起きドッキリみたいなテンションやめて」
〈たしかにw〉
〈おしゃべりのほうが長くて草〉
〈楽しそうやな黒兎w〉
〈こんな楽しそうなADZしらねぇよ俺〉
〈これは希望の街〉
〈ドッキリw〉
〈ADZの宣伝大使でもやってんのかw〉
ゆっくりと扉を開き、扉よりも緩慢な動作でジン・ラースが部屋に入る。その背中にくっつくようにして私も入る。直線で視界が通る通路にはあまり長時間いるのは怖いんだよね。こことは違うマップだけど、それで数回敗北したことがある。
しゃがみながら部屋を見回す。
まず敵の位置。簡素な二段ベッドの下段で敵兵が横になっていた。枕元にしっかりとハンドガンを用意している。なんとも用心深い。生きている状態の敵兵にここまで接近する経験なんてないので、とてもドキドキする。
あとは安っぽいテーブルと、一人暮らし用みたいなサイズの冷蔵庫。本当に簡易的な休憩室という感じだ。戦場の真ん中でこんな設備では、私なら休める気がしない。
『今回ははずれですね。軽装兵です』
「軽装?」
『はい。キャラクターで言うと兎と虎の間くらいの装備を使う兵種ですね。サブマシンガンやソードオフ・ショットガンをメインにしていることが多いです。今回はサブマシンガンでしたね。ソードオフ・ショットガンよりはましでしょう』
テーブルの上に置かれた銃を一瞥したジン・ラースが吐き捨てる。『まし』とか言われるなんて、奪われるほうからすれば我慢ならない発言だろう。
まぁ、そんなの知ったこっちゃないけど。私だって前回の出撃でお気に入りのフルカスタムアサルトライフル奪われてるし。
「サブマシンガン……。ジン・ラース持ってく?」
『僕はサブマシンガンは使わないので、よければ美座さんどうぞ。あとはこのお休み中の兵士が何か良い物を持っていないか期待しましょう』
「それじゃ、ありがたくもらっ……ちょっと待って。この敵兵、どうやって倒すの? 銃、撃てないよ」
サブマシンガンはこれはこれで使う機会が多いのでもらえると助かる、などとほくほく顔だったけど、思い出した。敵兵を倒す方法がないんだった。
いや、あるにはあるというか、こんな隙だらけの敵兵なんて銃を使えば確実に倒せるんだけど、銃声を聞きつけた周囲の敵兵が殺到して大変なことになってしまう。あとのことを考えると銃を使えない。
『ふっふ……美座さん、お任せください』
どうしよう、もういっそのことテーブルの上のサブマシンガンとか静かに漁れるところだけ漁って、敵兵は放置で退散しようかな。なんて思っていたら、ジン・ラースが自信ありげな雰囲気で前に出てきた。
さすがジン・ラース、用意周到だ。
「なに? サイレンサー持ってきてたの? やるじゃん」
すっ、とジン・ラースが取り出したのは、反射光を嫌ったのか艶消しされた黒い棒状の物体。
『どうですか、これ。お洒落でしょう?』
ナイフだった。
「ばかやろうが」
さすがに私の口も悪くなった。