サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。   作:にいるあらと

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私の視界は黒く染まって

 

 コンバットナイフ。ポーチと同じく、プレイヤーが死んでも失われることがない近接武器。ロストはしないけど、仮にロストしたとしても大多数のプレイヤーは困ることはないだろう。

 

 だって、使う機会がないんだもの。

 

 ハンドガンやサブマシンガンでさえ射程が短いとされるADZにおいて、近接攻撃を試みるタイミングなんて存在しない。私は一度使って以降、あまりにも使わなさすぎてもはや近接攻撃をどのキーに割り振ったか忘れてしまった。

 

 キーバインドを忘れるくらい使われることのない近接攻撃だけれど、もう一つ致命的な難点がある。

 

 ダメージが低いのだ。ふざけるなと言いたい。

 

 一撃で倒せるのならまだ一か八かの突貫に賭けられるけど、装備の薄い場所や頭に命中させて二発で死ぬかどうか、アーマーの上からなら三発四発必要になる。しかもダメージはSTRと移動速度に依存するのだとか。走れない現状、STRの低い兎では弱点に当てても確実に二発は必要になる。

 

 障害物が多いエリアで乱戦になったのならともかく、ここで使うなんて話にならない。

 

〈ラバックやんけw〉

〈センスいいね!〉

〈RA-BAKいいよな!〉

〈シンプルなのが結局かっけーのよ〉

 

『そうですよね。コンバットナイフらしいシンプルなデザインと、過酷な環境にも耐えるタフな設計。とてもいいです』

 

「なんでリスナーも乗り気なの……ばかやろうたちしかいない……」

 

『それだけナイフには魅力があるのです』

 

〈一応ワークでも依頼されるし……〉

〈使えんくても格好いいよ〉

〈俺は倉庫に貯めてる〉

〈ADZはデザインがいいから……〉

〈ナイフに持ち替えるとバフがあるんや!〉

〈わざわざバッグに空き作って持って帰ってるぞ〉

〈男のロマンやね〉

 

「なによ、バフって。テンション上がってるだけでしょ……」

 

『バフとまでは言えませんけど、一応ありますよ』

 

「え……ほんとにあるの?」

 

『ナイフに持ち替えているとわずかですが走る速度が上がります。スタミナの消費もちょっとだけ抑えられますし』

 

〈ほ、ほら!〉

〈知らんかったw〉

〈そそそれを言いたかったんだ〉

〈せやろ(震え〉

 

「絶対知らなかったでしょ、リスナー」

 

『ただ、メインの武器に切り替える時に隙ができるので、その点に留意する必要はあります。移動する時限定の小技ですね』

 

「なんでそんなことまで知ってるの?」

 

『いろいろ試したくなる性分なので』

 

〈マジで有用なテクニックだな……〉

〈本当にバフじゃん〉

〈逃げ帰る時には便利〉

〈倉庫に眠ってるお気に入りこれから持って行くことにするわ〉

 

 ナイフへの持ち替えに利点があるのは初耳だったし、私もこれからはお守り代わりに軽いナイフの一本でも装備していこうと考えを改めたけど、今はそんな話をしてる場合じゃない。

 

「いや、そうじゃなくて、ナイフでどうするのって話なんだけど。音はしないかもしれないけど、殺し切る前に絶対ハンドガン撃たれるよ」

 

 強化兵士の反応速度を甘くみているようではこの街で生きていけない。たとえ寝ていようと、ナイフで攻撃されれば奴らは瞬時に飛び起きてハンドガンを手に取り、引き金を引くことができるだろう。最悪の場合ハンドガンだけで私か、兵士の近くにいるジン・ラースのどちらかが死ぬ可能性もある。

 

 仮に殺されるよりも先に兵士を殺すことができても、ハンドガンを撃たれた時点で私たちの負けみたいなものだ。発砲音で周囲に散開している敵兵に気づかれて包囲されることになる。

 

 結論。ナイフは役に立たない。

 

『言ったではありませんか。お任せください、と』

 

 そう言いながら、ジン・ラースは静かにナイフを構えて敵兵に(にじ)り寄る。

 

 限界まで接近したジン・ラースは音もなく立ち上がり、敵兵を見下ろした。

 

「えっ?」

 

 片手でナイフを持っていたジン・ラースが急に両手で握りしめた。かと思った時にはすでに白刃が敵兵の胸部に収められていた。

 

 ナイフを振ったり刺したりといった通常のそれとは違う、特別なモーション。

 

『「巨獣(ジャイアント)殺し(キリング)」という、ナイフ装備時限定のアビリティです。相手に気づかれていない場合、ナイフで音もなく一撃で命を奪えます』

 

〈うおおお!〉

〈強くて草〉

〈ナイフ活躍した!〉

〈ナイフの時代到来〉

〈いやどうやって使うんだよw〉

 

「すっご、一撃。強いじゃん」

 

『本当にそう思います?』

 

「ナイフで一撃はすごいでしょ」

 

『そもそもナイフの距離まで近づく時点で戦術としては破綻してますけどね』

 

「……それはそう」

 

〈たしかにw〉

〈草〉

〈近づけんのよw〉

〈距離詰める前に五回はやられるw〉

〈それはそうw〉

〈ナイフの時代終了〉

 

『まあ、使い勝手の悪いナイフだからこそ、アビリティの中では異色の攻撃的な効果を持たされてるんでしょうけどね。このアビリティはあまりにギャンブル性が高いので使う頻度は高くないです。屋内で複数人に囲まれた時にスモークを焚いて一縷の望みに賭けるか、奇襲で別行動している兵士を一枚落とす時に使うか、そのくらいですね』

 

「ちゃんとアビリティを活用するシーンを模索してるのえらいよ」

 

 私なら、ナイフの距離に近づくなんて自殺行為じゃん、でアビリティの存在を記憶から抹消する。

 

『一応そこから繋げられるようなアビリティもあるにはあるんですけどね。そんな切迫した場面にならないように立ち回るほうが重要だなって』

 

「確実に死と隣り合わせではあるもんね」

 

『隣り合わせどころか向かい合わせくらい近いです。圧を感じます』

 

「くふっ……ふふっ、意味わかんないっ……ふふっ」

 

〈黒兎考えて喋ってないやろw〉

〈草〉

〈向かい合わせ草〉

〈意味わからんw〉

〈あざみんにっこにこやんw〉

〈笑顔かわよ〉

 

『さあ、兵士の持ち物漁りましょう。碌なものはないと思いますが……あ、軽いリグだ。美座さん、リグだけいただいていいですか?』

 

「え? う、うん……もちろん」

 

 マガジンやグレネードなどのアイテムを収納しておく装備、リグを欲しがるジン・ラースに、思わず私は口ごもった。

 

『あれ? リグ必要でしたか? でしたら僕はそこまで逼迫してないのでこちらどうぞ』

 

「いや、ちがくて……。ジン・ラースが倒したんだから、私に訊かないで必要なのは好きに持っていったらいいのにって思って……」

 

 ここまでの道のりで撃ち倒してきた敵兵も、なぜか先に私にアイテムを漁らせて、その間敵が接近していないか警戒してくれていて、ジン・ラースはその後に漁るのだ。敵兵が持っているアイテムでも、道中で漁れるポイントでも、ヒドゥンプロパティ(へそくり)があっても、ワークで必要になるアイテムがあったら譲ってくれる。

 

 頼りになるし心強いけれど、ここまでしてもらうのは申し訳なくなる。

 

『ああ、なるほど。このあたりで拾える必要なアイテムならもうだいたい倉庫に入っているので、基本大丈夫なんです。資金にも余裕がありますしね。なにより兎は持てる量が少ないんです。せっかく発見したのに置いてくことになるのなら、なるべくたくさん美座さんに持って帰ってもらおうと思いまして』

 

「そう? 無理、してない?」

 

『とんでもない。ほしいものがあればその時は言いますよ。ADZは助け合いですからね。助けが必要な時には僕も助けてもらいます』

 

「そっか。うん、任せてよ。絶対助けるから」

 

 助けると言っても、ジン・ラースですら窮地に陥るような危機的状況下で私が生き残っているとは思えないけど、ADZはなにも常に戦闘で困るわけではない。必要な物資をこの量持ってこい、みたいなお使い系ワークなら兎よりも荷物を持てる虎が役に立てるだろうし、レアドロップ系の納品ならジン・ラースは持ってないけど私は偶然拾ってた、なんてこともあるかもしれない。そういう時に恩を返そう。

 

 そしていつか、ジン・ラースを手伝えるくらいに強くなるのだ。うん、いい目標ができた。

 

〈前俺も黒兎に兵士の死体譲ってもらったわw〉

〈へそくり探してたらフォロミーって言いながら誘導してもらったことある〉

〈この悪魔奉仕の精神が強い〉

〈ADZは助け合い……いい言葉だ〉

〈末永く仲良くしてくれ〉

〈あざみんレベルを姫扱いってやべぇな……〉

〈負け続いて心が荒んでたけど癒された〉

〈てぇてぇなぁ……〉

〈兵士に囲まれた時助けてもらったことあるw〉

〈あざみんどうした今日かわいいぞ〉

〈黒兎ありがとう〉

 

 リスナーの反応を見る限り、ジン・ラースは私にしているようなことを他のプレイヤーにもいつもしているようだ。なぜかちょっとむっとするけれど、言動が矛盾しない人は好きだ。

 

 ジン・ラースはずっと、この過酷な街で助け合いを標榜して、実行してきたのだろう。生き抜くのが難しいこのADZで高潔さを失わないのは素直にかっこいいと思う。

 

〈うさねこてぇてぇ〉

〈あざみんかわいいぞあざみん〉

〈うさねこは草〉

〈うさねこてぇてぇ〉

 

 コメント欄に突如として出現した『うさねこ』という謎の単語には若干引っかかったけれど、まぁ、悪い気はしないので気づかなかったことにしておこう。なんだか音の響きもかわいいし。『うみねこ』みたいで。

 

 *

 

『あの部屋の鍵はどこで拾えるんでしょうね。ビルに安全に侵入できる方法が確立された今なら漁りルートとして採用できそうなんですけど』

 

「鍵がかかってた部屋は武器とか医療品の保管庫なんじゃないかって私は予想してる」

 

 ワークを終えた私たちはビルを離れ、近場の脱出ポイントを目指していた。バッグに空きがあれば他のポイントを周ってもよかったけど、敵兵も(ジン・ラースが)たくさん倒したし、そこから得られた装備とアイテムでバッグはもうはち切れんばかりだ。これ以上は持って帰れないので帰還を優先することにした。ワークもこなしたことだしね。

 

 今話題になっているのはビル内にあった鍵のかかった部屋についてだ。私たちが入った休憩室の、ちょうど反対側にあたる。

 

『あははっ、それって予想ですか? 期待ではなくて? 美座さんの願望が混ざってません?』

 

「だったら最高だなぁ、とは思ってるけど……あながちありえなくもないんじゃないかなって」

 

『たしかにそうですね。あれだけ強化兵士が周囲にいるわけですから、拠点のようになっているのかもしれません。武器庫や医療室、整備室などの可能性はありますね』

 

「銃の部品とか落ちてたらおいしいよね」

 

『アタッチメントも購入しようとすると結構しますからね。あの鍵のかかった部屋で拾えるなら夢が広がりますね。自分で使えるものはそのまま使って、必要ないものは売却すればいいですし、漁りのルートとしてはとても魅力的です』

 

「でも鍵がいるんだよね。鍵、鍵かぁ……敵兵が持ってることってあるんだっけ?」

 

『ううん……ある、のかもしれませんけど、少なくとも僕は持っている兵士を見たことも、兵士が持ってたという話を聞いたこともないですね』

 

 おそらく私の五倍以上の人数の強化兵士たちを屠ってきたジン・ラースでさえ見たことがないのなら、やっぱり持っていないのだろう。

 

「リスナーの中に見たっていう人、いる?」

 

 せっかくだ、集合的知性にも協力を仰ごう。私の配信にはADZばっかりやってる変わり者のリスナーが集まっていることだし。

 

〈ないなぁ〉

〈フレからもそんな話聞いたことねぇや〉

〈見たことない〉

〈ネームドが確率で持ってたりすんのかな〉

〈だいたい固定の湧き場があるのが相場だけど〉

〈ワークビルの鍵は見たことない〉

〈だいたい拾う鍵ってボロマンションだわ〉

 

『ふむ、やはりリスナーさんも見覚えはないのですね。ビルの周辺のポイントはこれまでにおおよその情報は集まっています。ということは、もしかしたらビル内に鍵が湧くポイントがあるのかもしれませんね。リスナーさん、ご協力ありがとうございます』

 

〈ビル湧きだったら厄介だなぁ……〉

〈上の階を探し回るのはきっついぞ〉

〈ビル内全員倒さないといけなくなる〉

〈ええんやで〉

〈この攻略法は敵の配置を移動させてるだけだからな〉

〈なんでも言ってくれ〉

〈一般獣も役に立つやん〉

〈人海戦術ならできるなw〉

〈一般獣くさ〉

〈一般人みたいなw〉

 

 リスナーたちはとても好意的に情報提供している。それはジン・ラースの穏やかな物腰ゆえか、ジン・ラースがトッププレイヤーだからなのか、それとも情報サイトの編集や更新をしているジン・ラースへの恩返しのつもりなのかはわからないけど、なんにせよ好ましい循環だ。

 

 とかく情報量の膨大なADZ、いくらジン・ラースといえども一人ですべてを解き明かすことはできない。多くのプレイヤーが協力しないと情報は充実しないし、役に立つ情報も更新されなくなってしまう。自分が協力することで、結果として自分の身を助けることに繋がる。これぞジン・ラースの掲げる助け合いの精神だ。

 

「やるじゃん、一般獣たち。ありがとね。エリート一般獣の私からもお礼を言うよ」

 

〈リスナーの名前みたいになっとるw〉

〈定着しそうで草〉

〈はふ猫もがんばるんだよ〉

〈エリートとはいえあざみんでも一般獣の枠なのか……〉

〈エリートの上は黒兎だからなぁw〉

 

『くくっ、ふふっ……。一般獣、ADZの同志らしいネーミングですね』

 

「センスあるリスナーもいるね。まぁそれはそれとして、はふ猫とかコメントしたやつタイムアウトね。五分間ばいばい」

 

〈無茶しやがって……〉

〈チャレンジ失敗です〉

〈必要な犠牲だった〉

〈草〉

〈ばいばい〉

〈また五分後な〉

 

 あえてNGワードとして登録はしてないけど、べつに許しているわけじゃない。五分間の懲役でしっかりと罪を償ってもらおう。

 

『ああ……またも犠牲者が』

 

「仕方ないよ。罪を犯したのなら罰を受けなきゃね。そういえばさ、ビルの中央のところって、正面玄関の近くの部屋から入れるの?」

 

『休憩室や鍵部屋の隣、ビル中央の不自然に空いてる空間のことですよね?』

 

「そうそれ」

 

 私たちが入った休憩室はそこまで広くなかったし、ジン・ラースと見に行った鍵のかかった部屋の扉は休憩室と同じような作りだったので内部の構造も休憩室と似たり寄ったりなのだろう。

 

 ビルの中央にはまだ空間的に余裕があるはずだ。そのぽっかりと穴が空いたような空間にはなにがあるのだろうかと好奇心が疼いていた。

 

 私の(つたな)い説明ですぐに思いあたったということは、ジン・ラースも気がかりではあったようだ。

 

『正面玄関に面している部屋……検査室と呼んでるんですけど、あの部屋にも中央の空間を埋めるほどの奥行きはないんです』

 

「あ、調べたことあったんだ。兵士の目を掻い潜るの大変だったんじゃない?」

 

 ビル周辺は敵の目も多い。いろんな要素をちょっとずつ含んでいるADZに、ステルスゲーム的なフレーバーが足されそうな予感だ。

 

『はい。大変そうだったのでビル周辺の兵士を全員排除して調査しました。今ほど敵の数もいなかったので』

 

「うわぁ…………」

 

 ジン・ラースはそこらの一般獣とは次元が違うのを失念していた。

 

〈こっわ〉

〈急に悪魔やん〉

〈ビルの周りっていつからか敵の数増えたよなぁ〉

〈返り血浴びまくって体赤くなってんちゃうかw〉

〈赤兎〉

〈赤兎は草〉

〈赤兎はもはや馬〉

 

『検査室は休憩室の広さを二倍にしたくらいの面積しかありませんし、奥に通じるような扉もありませんでした』

 

「と、いうことは?」

 

『鍵部屋にビルの中央に繋がる扉が隠されているのであれば、鍵を手に入れれば謎が解けます』

 

「鍵部屋……繋がってるのかなぁ」

 

『ええ、僕も繋がっているとは思えません。鍵部屋と中央の空間は別でしょうね。なんならビルの二階にも中央に繋がる扉はないんです。……でもですね』

 

 急に声のトーンを下げた。肌が粟立つ。背筋がぞくっとした。

 

「な、なに? 急に低い声で喋らないで……こわい」

 

『……おかしなことに、三階の中央部には普通に部屋としてのスペースがあったんですよ。不審に思い、三階の中央付近の部屋を隅々まで調べましたけど、下の階層に続く隠し階段のようなものはありませんでした』

 

「それじゃあ、二階に隠し扉があるかもしれない……の、かなぁ……。でも二階もしっかり調べたんだよね?」

 

『その時はまだ精査していなかったんです。二階を探索してた時は五重塔の心柱(しんばしら)のような構造になっているのかなと思っていたので』

 

「……心柱って?」

 

『五重塔などの仏塔に見られる、建物の中央を貫く柱のことです。それのようにビルの中央の謎の空間は最上階まで続いているものだと思っていたのですが、三階までは続いていなかった。二階までしかなかったんです。その時点でこれは怪しいなと感じました』

 

「なのに二階は調べなかったの? ジン・ラースが?」

 

 そんな見るからに怪しい構造、疑わしい要素を目の前にして、ジン・ラースがそのまま放っておくのだろうか。渾々(こんこん)と湧き出る懐疑心の水源を追及しないまま捨て置くのだろうか。

 

 そうはならないはずだ。

 

 最後まで謎を解明しようと躍起になる。私の中のジン・ラースなら、間違いなく隠されたなにかを暴こうとする。ジン・ラースは知的好奇心が旺盛なタイプだ。(そび)え立つ山脈のような疑問が眼前に横たわっていれば、ジン・ラースは嬉々としてそれを切り拓いていくだろう。

 

 好奇心は猫を殺す、なんて言うけれど、ジン・ラースは猫でも人でもなく怪物だ。好奇心で謎を殴り殺すタイプだ。宝を目の前にしたも同然のジン・ラースが簡単に退くとは、私にはどうしても思えない。

 

 まるでジン・ラースを煽るような訊ね方になってしまったけど、気にした様子もなくジン・ラースは答えてくれる。

 

『調べたかったんですけどね……調べられなかったんです。急に敵の増援がやってきてしまって』

 

「そんなタイミングで増援? なんて怪しいタイミング……迎撃はできなかったの?」

 

『二パーティ来てたんですよ』

 

 貴弾の報告みたいな言い方するな。

 

 えっと、貴弾は三人で一つのパーティだから。

 

「二パ……えっ、六人?」

 

『はい……。それでさすがに……』

 

「あぁ……さすがのジン・ラースでもやられちゃったんだ」

 

『さすがに弾が足りなくなったので撤退しました。出撃時にはまさか弾薬が不足するなんて考えもせず……お恥ずかしい限りです』

 

「胸を張っていいよ。いや、誇って」

 

 相手が三人であっても、相当にうまく立ち回った上にエイムの調子がいい、かつ運がよくないと生き残れない。六人に攻められたのなら、ふつうなら戦闘という形にすらならない。ただの虐殺だ。あるいはプレイヤーが鹿狩(ししが)りの狩られる側にされる。逃げるしか打つ手がなくなる。六人に追われれば逃げ切ることすら至難だ。交戦なんて考えるべきではない。

 

 なのになんでジン・ラースは六人を相手に一人で返そうとしてるんだ。しかも撤退の理由が弾切れって。怪物にもほどがある。

 

〈草も生えん〉

〈獣人兵側のネームドやろこいつ〉

〈まぁ黒兎だしな〉

〈ネームドだったわw〉

 

『まさか弾数より敵の頭数のほうが多いとは』

 

「やっぱり反省して」

 

〈草〉

〈くだらねぇw〉

〈うまいこと言ってんじゃねぇよw〉

 

 そこらの一般強化兵ですら強いのに、もう一段階ステージの違う強さを持っている化け物の上澄みみたいな強化兵が、どのマップにも一人から二人存在している。その化け物界の精鋭たちには名前が与えられていて、そいつら公式チートたちは纏めてネームドと呼ばれている。

 

 その流れを踏襲するのならたしかに、強化兵側から見ればジン・ラースはネームドに該当するだろう。数多くいる獣人兵士の中で抜きん出て強いわけだし。

 

『二階は次の機会に徹底的に調べればいいやと思いましてその場は断念したのですが、その一件を境にビル周辺の敵兵の数が明らかに多くなったんです。リスナーさんの中にも急に数が多くなったことについて言及してる方がいらっしゃいましたね』

 

「え? あの数って最初からじゃなかったの?」

 

『ビルを攻めてから増えたんです。たしかに以前からこのマップの中では多いほうではありましたけど、今ほどの人数は絶対にいませんでした。ちょっと増える程度なら狩りの効率が上がるのでいいかもしれませんが、これだけ敵兵同士の距離が近いとせっかく倒しても漁る前に漁夫に襲われてしまいます。最終安地に四パーティ五パーティいるくらいの密集度合いなんですよ? まともな戦いにはなりません』

 

〈やっぱ増えたよな〉

〈ビルに行くワーク出るとこまで行けんから知らんかった〉

〈一方的に狩れるのは黒兎くらいだろw〉

〈漁夫w〉

〈草〉

〈途中から話が貴弾w〉

〈最終安地に五パーティは祭りやなw〉

〈しかも五パ全員敵とか吐くわw〉

〈わかりやすくて草〉

 

「ちょくちょく貴弾で例えないで。わかるのがいやだ」

 

『というわけで、まだ探索は済んでいないんです。鍵部屋のこともあるので調査はしたいんですけど』

 

「じゃあまた今度、時間がある時にゆっくり調べに行こうよ。私、手伝うから」

 

『いいんですか?』

 

「いいよ。私のワーク手伝ってもらったし、私もあの鍵部屋やビルの中央になにが隠されてるのか気になるし。もしかしたらあれじゃない? イベントフラグとかあるんじゃないかな」

 

『イベントフラグだとしたら、可及的速やかに真相を突き止めたいところではありますね。異変が起こり始めてからすでにしばらく経過していますし』

 

「『防衛作戦』のイベントが発生したのって二つ前のシーズンだったよね? 私あの時はまだADZ始めたばかりでよくわかってなくて、まともに参加できなかったんだ。だから今度はしっかり活躍したい」

 

『僕も前回のイベント時は身の回りがごたごたしていましたので、今度はしっかりイベントを楽しみたいです』

 

〈デートやね〉

〈お出かけの誘いやんw〉

〈俺は防衛作戦の時は後方支援かな〉

〈イベむずすぎんだよ〉

〈敵つえぇんだわ〉

〈こんな物騒なデートあってたまるかw〉

〈イベで前線出てる人らはDOCでよく名前見る人多いよやっぱ〉

 

「炎上に巻き込まれてたやつ?」

 

『いえ、それとは別のごたごたです』

 

「……ジン・ラースって、意外とトラブルに巻き込まれやすい体質?」

 

『……かも、しれませんね。不思議です。僕としては日々平穏無事に暮らせればそれで満足なんですけど』

 

〈炎上の話よく突っ込めるな……〉

〈本人全然気にしてねぇのなw〉

〈草〉

〈巻き込まれ体質……〉

〈おいたわしや〉

 

「そういう星の下にいるのかもね。でも安心して。もしなにかあっても私は公明正大にジン・ラースを裁くから」

 

『わ、わあ……こういうシーンで「絶対味方するからっ」みたいなセリフが出てこないパターンがあるんですか』

 

「ジン・ラースが悪いことしてたら私が直接叱るから。でも悪いことしてなかったら味方してあげる。……それより、その似てない声真似やめてくれない?」

 

『自信はあったのに』

 

〈さばくのかよw〉

〈味方したげてよw〉

〈これはヒロインにはなれないw〉

〈声真似w〉

〈やっぱ似てて草〉

〈そこまでかわいげはないかも〉

〈そういうとこやぞw〉

 

「ねぇ、リスナー。かわいげないってなにかな、リスナー、ねぇ。男の声真似よりもかわいげがないってなにかなぁ、リスナー」

 

『リスナーさん、ここは謝りましょう。頭を下げて許されないことなんて世の中にはそう多くありません』

 

「タイムアウト、っと……」

 

『世の中には謝れば許してくれる人と謝っても許してくれない人がいます。その事実をここで知れたのは学びと言えるでしょう。ええ、頭を下げるだけで許されるのなら法律も警察も裁判所も必要ないんです。法によって秩序が保たれる。いやはや、人間社会かくあるべし』

 

〈あ〉

〈草〉

〈まっずい〉

〈謝罪って大事よね〉

〈判断が早いっ〉

〈今日だけで何人が懲役くらったんだ……〉

〈言ってること真逆でくさ〉

〈手のひら返し全一かw〉

〈黒兎が言うと説得力が違う〉

〈口が回る回るw〉

〈二枚舌なんてもんじゃねぇw〉

 

「よし、執行完了。……あれ、ここどこだろ?」

 

『美座さん?』

 

 お喋りに脳のリソースを持っていかれて現在地を把握できていなかった。

 

 ソロで出撃している時でも配信中なら無言にならないようにある程度喋りながらやってるけど、人と一緒にやっているといつも以上に処理のリソースが会話に割かれてしまう。

 

 私が人と一緒にゲームする経験が少ないせいもあるだろうけど、ここまで集中力が途切れるのはジン・ラースの責任が大きい。つまり私は悪くない。

 

 だって、多すぎるのだ。ジン・ラースは、会話量が。

 

 よくこれだけ喋りながらゲームができるものだ。それでいて周囲への警戒は怠らない。無駄に器用なやつめ。

 

「大丈夫、大丈夫だから。えっと……あ、大通りの交差点あるじゃん。ってことは、ちゃんと南に向かって進んでる。一番近い脱出ポイントは、中央区と郊外の境にある地下道……だよね?」

 

『最寄りはそこですね。ここから先、知ってますか? 大通りに──』

 

「あたりまえじゃん。知ってるよ。ちゃんと頭に入れてる」

 

 意外と心配性なジン・ラースはここからの帰り道を確認してくる。あまりなめないでほしい。使ったことはなくてもちゃんと脱出地点の位置は記憶している。

 

 この道からだと、大通りを渡って、交差点を三つ進めば舗装されていない道に出る。そこが中央区と郊外の境目で、その境目を西に進んでいけば地下に続く階段が見えてくるはず。地下に降りた一番奥の部屋にある鉄製の扉の前で数十秒待機すれば、この血みどろの戦場からおさらばできる。うん、ちゃんと憶えてる。

 

『──そうですよね。ふふっ、それでは行きましょうか。「(ハイパー)聴覚(アキューシス)」の効果範囲には反応はありませんでしたが、ここの周辺は強化兵たちのお散歩コースです。それだけはランダムなので注意が必要です』

 

「お散歩やめて? 警邏部隊ね」

 

〈大通り気つけれ〉

〈お散歩草〉

〈犬の散歩じゃないんだわw〉

〈もうそろ止まっといたほうがいいんじゃね〉

〈黒兎油断しないな〉

〈危ないとこだしちゃんとチェックするわな〉

〈ちょっと待ったほうがいいよ〉

 

 ワークもこなしたし、戦利品もゲットできたし、アイテムもいっぱいバッグに詰まってる。今は命もバッグも重いのだ、早く帰りたい。

 

 警邏に遭遇したくないなぁ、なんてそわそわしながら走っていると、ジン・ラースが道を外れて交差点の手前の建物の窓付近に駆け寄った。

 

「へそくりでもあるの? そこ」

 

『え? いえ、ここで廃墟マンションの扉を──っ、美座さん待って!』

 

「え?」

 

 私はもうバッグがいっぱいで持てないから、ジン・ラースがヒドゥンプロパティ(へそくり)を漁ってるなら先に脱出地点まで向かっていようと思っていた。兎は虎よりよっぽど足が速いし、私が先に脱出地点に向かっていれば時間の節約になると、そう考えた。

 

 その短絡的な思考がいけなかった。

 

 このゲームは、幾人ものプレイヤーの心をへし折ってきた実績のあるADZ。そしてここは、慣れてきたと勘違いした間抜けや警戒心を鈍らせたうつけから呆気なく死んでいく戦場。自動車はちらほら横転しているけどそれ以外は見晴らしのいい、まっすぐと伸びた大通り。狙撃するならこれ以上ないくらい絶好の位置取り。

 

 ジン・ラースの緊迫感のある制止の声が聞こえた時には遅かった。

 

 振り向いた時に、かすかに視界に入った。

 

 東にうっすらと霞んで見える背の高い建物──廃墟マンションの屋上で、ちらと瞬いた閃光。

 

 ──あ、ネームドだ。

 

 そう認識した時には私の視界は黒く染まっていた。どこまでも無慈悲に、ヘルメットのバイザーが粉々に砕け散った音が響いていた。

 




感想や評価、ここすきありがとうございます。励みになりますし見てて楽しいです。
誤字報告してくれてる方にも感謝を。チェックはしてるのになぜか見落とすんですよねこの節穴アイは。

変則的ですが次はお兄ちゃん視点です。
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