サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。   作:にいるあらと

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『窮鼠は噛む』

 

 死の足音は着実に僕に近づいている。

 

「……ふう」

 

 美座さんとパーティを組んで出撃するということで多めに持ってきていたのだけれど、無駄撃ちはできないくらいに心許なくなってきた。

 

 アサルトライフルの銃声が止むのを待って顔を出そう。

 

 としたが、僕から見て右側へと射線を広げに行った敵兵のサブマシンガンが横腹に食らいつこうとしていた。回り込まれるとどうにもならなくなる。右側に跳んで行った時にダメージは与えていたのでこの際、アサルトライフル持ちがリロードしている間に右のサブマシンガンの敵兵を倒し切ってしまおう。

 

 かと考えたが、僕から見て左側、北北西の路地からもう一人が顔を出してきていた。長い時間出てきてなかったので仲間二人に任せていた間に回復していたはずだ。

 

 僕は胴体に一発でも貰えば確実に即死する貧弱状態。頭に一発入れれば倒せるから、などと楽観的に考えるのはまずい。こっちが一発撃つ間に向こうは数発から十数発も撃てるのだ。左の敵は倒せるかもしれないが、こちらも死ぬ可能性が高い。

 

 左の敵から射線が通らない角度に移動し、しかしこちらからは右の敵の射線が通るので顔を出してこないように牽制射を入れて、だが右と左の敵に対応している間に中央のアサルトライフル持ちのリロードが終わり、中央からの射線が──

 

「──っ、まっずい……」

 

 使える遮蔽物は一つ。残弾も少なく、体力も銃弾一発喰らえば消し飛ぶ程度。

 

 相手はアサルトライフル一人にサブマシンガンが二人。射線は三本。

 

 順調に追い詰められている。射線管理がままならなくなってきた。

 

 機械的な連携ではない。どんなAIを積んでいるのだろう。積極的に射線を広げる姿勢といい、裏を取る判断といい、カバーリングといい、中にプレイヤーが入っているんじゃなかろうか。

 

 そもそもこんな撃ち合いは兎の領分じゃない。基本的に戦うとしても一対一か、相手が複数人いたら奇襲して一人ずつ減らしていくのが兎の戦い方だ。兎はどっしり構えて撃ち合えるような装備構成じゃないし、そんなパラメータをしていない。死なないように気をつけて時間を稼ぐのが関の山なのだ。

 

『ジン・ラースっ、私もうすぐ着くから早く逃げてっ』

 

「そう、ですね……そろそろ」

 

『強化兵が追ってきてもカバーするからっ、はやくっ……』

 

「そろそろ冗談を言うゆとりもなくなってきていて……」

 

『おい、このっ……ばっ、ばかなこと言ってないと戦えないのあんたはっ』

 

「撤退します」

 

『その一言で済んだ話だよこれっ』

 

 三方へフリックエイムで銃弾をばら撒き、敵兵が遮蔽に隠れたり怯んだ間隙を縫って一度しゃがみ、もう一度同じキーを入力して立ち上がっているモーションの途中でアビリティ、ハイジャンプを使う。

 

 しゃがみ状態から立ち上がっているモーションの時にジャンプすると、ジャンプの高さや距離が伸びるという小技があるのだ。兎のハイジャンプでも、その小技は適用される。

 

 兎はしゃがみも、しゃがみから立ち上がる動作もとても速いがこのくらいの小技は慣れたものだ。問題ない。

 

 レベルアップによって向上したステータス、STRとAGIの恩恵。スキルのレベルとアビリティの熟練度の上に小技も乗せれば、二階の窓どころか三階建ての建物の屋上にも届く跳躍力になる。なお、使う場所を間違えれば落下ダメージで死ぬという諸刃の剣である。

 

 南西にある建物の屋上に着地して、ここからまっすぐと脱出地点を目指す。兎であれば、建物と建物の間の路地裏程度の距離など、走ってジャンプすれば飛び越えられる。

 

 生きて美座さんと合流できそうだ、などと気を抜いたわけではない。油断はしなかった。

 

 おそらくこれは、強化兵士としての矜持(きょうじ)だったのだろう。もしくは、意趣返しか。

 

 左側に展開していたサブマシンガン持ちの敵兵が、跳び去ろうとしていた僕を目敏く発見して銃を乱射していた。美座さんを狙っていたから僕が撃った、あの敵だ。

 

「うっ……」

 

 ばら撒かれた銃弾が、よりにもよって足に被弾した。いや上半身であればこの場で死んでいたのだから運には恵まれているほうだろうけれど、足をやられたのは正直痛い。こうなってしまうとあのアビリティに頼るしかなくなる。

 

 しかし、よく当ててきたものだ。これは敵の化け物っぷりを称賛する他ない。

 

 腕に二発は入っていたはずなので、あの敵兵はほぼ確実に骨が逝っている。出血や体力までなら回復する時間はあったろうけど、骨折まで治療はできていないはずだ。骨折のデバフはエイムの精度にも影響を与える。骨折してエイムが乱れている中、上に跳ねるという普通なら考えられない機動をする人間に、暴れ馬のような挙動のフルオートで一発とはいえ命中させるなんて驚異的なエイムコントロールだ。

 

 こんな化け物たちと戦ってなんていられるか。僕は帰らせてもらう。

 

『じ、ジン・ラース……っ、ま、まさか……』

 

「半分大丈夫です。まだ生きてます」

 

『半分ってなにっ』

 

「足撃たれました。骨も折れましたね。か弱いので」

 

『っ……待ってて。私、迎えに行くから』

 

 ともに街を守る同志を思い遣る美座さんの心はとても気高くて美しくて、僕としても嬉しいけれど、それはそれとして迎えにこられるのは今一番困る。

 

「だめですってば。大丈夫ですから、地下通路進んでてください」

 

『ゃっ、やだっ……っ。ジン・ラース見捨てて一人生き残るくらいなら、私っ、ここで死んでもあいつらに復讐しに行くからっ』

 

「やだって……ふふっ、なんでですか。またワークやり直しになっちゃいますよ」

 

『私の気が治まらないっ。死んだっていいっ。また今度、一人でワークやってやるっ』

 

 笑ってしまうのはとても失礼だけれど、どうしても笑みが溢れてしまう。

 

 美座さんはとても優しい人なのだろう。自分の目的のために誰かに負担を強いることを許せないのだ。一見、冷めた人なのかと思っていたけれど、そんなことない。情に篤い人だ。

 

「大丈夫、大丈夫ですってば。この時のために(あつら)えたかのような逃げ特化のアビリティがあるんです」

 

『……ほんと? ほんとに、大丈夫なの?』

 

「任せてください。使用条件が厳しくて熟練度はあまり上がっていませんけどね。『(コーラッド)(ラット)は噛む(ウィルバイト)』というものです」

 

『使用条件……こーらっど……なん、どういう効果なの?』

 

「残りの体力が半分以下の時にしか使えないんですが、このアビリティを使うと一定時間スタミナの減少がなくなって、AGIとDEXのパラメータが跳ね上がります。オリジンも含めた全アビリティのクールダウンの時間も半分になるんですよ」

 

『うぇっ、すっごい強いじゃん。なんでいつも使わないの?』

 

「いくつかデメリットがありまして、視界の端から赤黒く滲んでいって視野が狭くなっていくのと、あと体力も強制的にミリになるんですよ。しかも回復アイテム使っても回復しないというおまけ付きです。一発でも当たればお陀仏です」

 

『デメリットがほんとにデメリットすぎる……』

 

「兎なんて元から一発で致命傷ですし、それはまあいいんですよ。一番の問題は、効果時間が終了したら体力が残っていようと死亡することですね」

 

『……は? シボウ?』

 

「はい。体力が残っていようと撃たれてなかろうと、時間が経てば確定で死にます」

 

『はっ……はぁっ? な、なんで使ったのそんなのっ? 死ぬなら意味ないじゃんっ』

 

「このアビリティの死を回避する唯一の方法が、効果時間中にマップから脱出することなんですね。なので逃げ特化のアビリティなんです。その仕様のせいでアビリティの熟練度が伸びにくいんですよ」

 

『もう説明しなくていいからはやくきてっ。すぐ脱出……あっ、骨折の治療が……』

 

「ご心配には及びません。このアビリティの発動中は鎮痛剤を使っている時と同じように、泣き喚いたり走れなくなったり怯んだりすることがなくなるんです。なので今、全力でそちらに向かっています」

 

 腕に骨折のデバフが発生しているとエイムやリロード、漁りに影響するのだけど、足に発生していると走れなくなったり、普段ならなんてことない少しの段差でも降りたらダメージが発生するようになる。そしてなにより、キャラクターが悲鳴をあげまくる。とてもうるさいのだ。そのせいで敵に見つかりやすくもなる。

 

 しかし、このアビリティはそういったところにも効果が働く。

 

 ただ出血のデバフは無効化できない。撃たれました、逃げるためにアビリティ使いました、アビリティの効果で体力ミリになりました、出血のスリップダメージで死にました、という敗北を一回経験済みの僕は、美座さんと話している間にちゃっかり出血を治療済みだ。同じ轍は踏まない。

 

 ここは三階建ての建物の屋上なので屈んでいれば射線も通らないし、いかに化け物の強化兵士といえどジャンプでここまではこれない。

 

『ねぇジン・ラース、大丈夫そう? ほんとに私、行かなくても大丈夫?』

 

「ふふっ、ありがとうございます。大丈夫ですよ。全力で逃げる兎にはたとえ強化兵士といえど追いつけません。ただ僕には制限時間があるので、できれば美座さんには地下通路内のクリアリングをお願いしたいです」

 

『わかったっ』

 

 地下通路の中に敵兵が湧くことは稀だけれど、ないこともない。敵兵の排除に手を取られて『窮鼠は噛む』のタイムリミットがきてしまったら、それはあまりにもやるせない。

 

 なにより、美座さんはなぜかとても僕のことを気遣ってくれているのだ。何かしないといけない、というような使命感に駆られている。何かしら役割を与えたほうが美座さんの精神的にもいいだろう。

 

「地下通路見えてきました。もうすぐ到着しますよ」

 

『はっや……え、そんなに早いの?』

 

「そりゃあもう。荷物という重りこそありますが、これが兎の最高速度ですからね。ADZらしからぬスタイリッシュな動きになってますよ」

 

『ちょっと見てみたかった気もする。でもジン・ラース、建物の上にいるんでしょ?』

 

「はい。建物の屋上を飛び跳ねて直線的にそちらへ向かっています」

 

『高い建物ばっかりだけど、そのアビリティって着地のダメージないの? 降りる時は階段使うの? 時間間に合う?』

 

「屋根から降りる時はウォールランを使います。地下通路近くに街灯があるので、そこまでハイジャンプで跳んでウォールランを使って高度を下げて、安全なところまで下がってきたらジャンプで地上に降り立ちます」

 

『キャラコンお化け……』

 

「ウォールランとハイジャンプはよく使うアビリティの二大巨頭ですからね。この二つと着地のキャラコンを使いこなせてようやく、兎は街を守る同志の一員を名乗れるのです」

 

『兎だけハードル高すぎない?』

 

「食物連鎖の下層ですからね。仕方ないですね」

 

『世知辛い……。ジン・ラース、クリアリング終わったよ。中は安全』

 

「ありがとうございます。先に脱出してもらっても大丈夫ですよ」

 

『ううん、待つ。……一緒に帰ろうよ』

 

「くすっ、ありがとうございます」

 

 パーティメンバーと一緒に脱出してもしなくても、何も変わることはない。特別に報酬が出ることもない。なんならマップに残っている時間だけ敵兵に襲撃される確率が上がるので、言ってしまえばリスクにしかならない。

 

 それでも残って、僕の到着を待って、一緒に脱出しようとしてくれているのは、美座さんの気持ちの問題なのだろう。

 

 美座さんを生きて帰らせるのが僕たちの勝利条件だったとはいえ、美座さん本人は残って戦いたがっていた。僕を囮にするようなやり方を嫌がりながらも、僕の意を汲んで先に脱出ポイントに向かった。仕方なかったとはいえ、後ろめたさがあったのかもしれない。

 

 だからせめて、リスクしかないとは理解していても、ここまで共に戦ってきた同志の帰還を待とうとしているのだ。

 

 背中を預けた戦友の無事を祈る。街を守る同志のために脱出地点を確保する。そしてお互いがお互いに傷だらけになりながら、それでも同志に肩を貸しながら一緒に帰還する。

 

 いい。とてもいい。こういう胸に迫る熱い展開。少年漫画のような熱くて篤い友情、僕はとても好き。

 

 人と一緒にやるゲームって、やっぱり楽しいな。美座さんに感謝だ。

 

 地下通路の入り口からところどころ剥がれた外壁に沿って地下通路を一気に進む。誘導灯は半分以上が切れていて、残りの半分はちかちかと明滅していて、足元は瓦礫だったり廃材だったりゴミみたいなのも落ちている。そんな足場の悪い中を駆け抜ける。

 

 このアビリティの使用中は足音なども大きくなってしまうけれど、美座さんがクリアリングしておいてくれたおかげで安心して進むことができる。これも戦友が、同志がいてのこと。ソロでは味わえない安心感。良き。

 

 一番奥の扉。ここが脱出地点のある部屋だ。

 

 ここも本来なら開ける時に金属と金属が接触したような耳障りな擦過音を聞かなければいけないところだけれど、すでに開いていた。すぐにやってくるだろう僕のために、美座さんが開けて待っていてくれたのだろう。

 

 部屋に踏み込む。

 

 脱出準備が始まらないぎりぎりの位置に、美座さんがいた。

 

『おかえり、ジン・ラース。お疲れさま』

 

 やっぱり仲間っていい。とても良き。

 

「すみません、お待たせしました。ただいま戻りました」

 

『……ああ、ぼろぼろだ。血まみれだよ、ジン・ラース』

 

 このゲームは被弾箇所から出血のエフェクトも発生するし、グラフィックも出血に応じて赤黒く彩りが加えられる。すぐ死ぬ兎がこんな血だらけのグラフィックになっているのもめずらしいし、それでなお生きているのだからさらにめずらしい。

 

「そうですね。お腹には風穴が空きましたし、足も折れましたし……そう考えるとよく生きているものです」

 

『……ほんとだよ。兎って撃たれ弱いんじゃなかったの?』

 

「一発で死ぬことも多いんですけどね。運が良かったのでしょう。大通りで警邏とぶつかった時は不運だと思いましたが」

 

『……置いてってごめんね』

 

「いいんです。結果的には二人生き残るというベストな形に収まりました。それに格ゲー好きの同期がこんなことを口走っていました。『死ななきゃ安い』と。死んでないから、だからいいんです」

 

『くふ、ふふっ……うん、ありがと。じゃ、帰ろっか』

 

 部屋の奥へと移動して、脱出地点に近づく。

 

 脱出地点に辿り着いたからといってすぐに脱出できるわけではない。脱出地点ごとに必要な待機時間が設定されていて、その待機時間のタイマーがゼロになってようやくマップから脱出できる。

 

 ここは敵兵の侵入経路も一方に限られるし扉を閉めておけばさらに安全になるが、場所によっては視界が開けた脱出地点もある。そういうところだと脱出待機中に敵兵とばったり出会(でくわ)して殺されてしまうなどという悲劇も発生する。

 

 (セーフハウス)に帰るまでが出撃なのだ。最後まで気を抜いてはいけない。ADZの教訓である。

 

「ええ、早く帰りましょう。視界がもう真っ赤です。普段の三分の一くらいしか見えません」

 

『そういえば……ジン・ラースの目、赤くなってるよね。そういうエフェクトがあるんだ?』

 

 地下通路は全体的にほとんど誘導灯は死んでいるようなものだし、この部屋には生きている電灯がないせいで大変暗い。暗視ゴーグルをつけていない僕では美座さんの輪郭がぼんやりとしか見て取れない。

 

 そんな劣悪な環境でも兎の目の変化や出血によるグラフィックの変化に美座さんが気づけたのは、虎のアビリティ『猫の目(キャッツアイズ)』による恩恵だ。『猫の目』発動中は暗闇の中でもティアの高い暗視ゴーグルをつけている時と同じくらいに見渡せるようになる。クリアリングの際に使用して、まだ効果が残っていたのだろう。

 

「『窮鼠は噛む』のタイムリミットを表現してるんですよ。プレイヤー視点だと画面の端から徐々に赤黒く滲んできて、視野がどんどん狭まっていきます。画面の中央まで赤黒く染まったらアビリティの効果終了です」

 

『……アビリティと同時にプレイヤーの命も終了ってことでしょ、それ』

 

「タイムリミットのデザインが洒落(しゃれ)てますよね。これ以上ないくらいにプレイヤーの危機感と焦燥感を煽り立てています」

 

『それ考えた人、絶対性格悪いよ』

 

「僕はわりと気に入ってるんです。タイムリミットを表すと同時にプレイヤーの感情まで動かすなんて、秀逸なデザインだなって」

 

『感性尖りすぎだよ。作った人も、それをオシャレなんて言うジン・ラースも』

 

「ここまで長時間使ったことがなかったので知らなかったんですけどこのアビリティ、タイムリミットが近づくにつれてどうやらステータスの上昇倍率が上がっていくみたいなんですよ。下り坂を全速力で駆け下りるようなとち狂った仕様です。ぞくぞく……わくわくしますね」

 

『言い換えるにしても手遅れだし、言い換えたあともたいして変わってないから。そんなトチ狂った仕様でドキドキじゃなくてワクワクゾクゾクするようなやつは、そいつも同じくらいトチ狂ってんの』

 

「とてもユニークなのに。……あ、そろそろ帰れそうですね」

 

『あー、やっと出れるんだ。なんか……いつも以上に濃い出撃だった』

 

「ハプニングが断続的に起きましたからね。とても楽しい出撃になりました」

 

『生きて帰れるのが不思議なくらいいろんなことが起きたよ。……ねぇ、ジン・ラース。次の出撃とかって、まだ大丈夫そう?』

 

 時計を確認する。余裕がある、とは言えないくらいの時間になったけれど、次も今回ほど長くならなければ問題はないだろう。

 

「ここまでワンマッチが長くなるとは思いませんでしたね。でも、もう少しだけならできそうです」

 

『そ、そう? なら、次はハンドガン持たずに入って。……わ、渡したいもの、あるから』

 

「おや、なんでしょう? 楽しみです。あ、それなら美座さんもメインアーム持たずに入ってもらっていいですか? 僕もお渡ししたいものがあるんです」

 

『え? う、うん。わかった』

 

 脱出まで残り十秒を切ったところで部屋の外の廊下に一瞬、人影が見えた。美座さんがクリアリングしたし僕が通った時にも誰もいなかったので、僕らがこの部屋で脱出まで待機している間に湧いたのだろう。

 

 誘導灯が点滅しているので動きが分かりにくいが、どうやら僕らがいる部屋に近づいてきているようだ。

 

 これは配信的においしいタイミングだ。イベントというか、ハプニングが満載だった今回のマップの締めにちょうどいい。

 

「んんっ。……この戦場を生きて帰れたら、君に渡したいものがあるんだ」

 

『さっき聞いたよ。……てか、わざわざチューニングしてイケボで死亡フラグっぽいの立てるのやめてくれない? もうイベントはお腹いっぱいなんだけど。敵きたらどうすんの』

 

「大丈夫、敵なんてこないさ。妹が家で僕の帰りを待ってるんだ。こんなところで死ねないよ」

 

『こわいこわいこわいっ……。やめて、死亡フラグ乱立させないで。そんなこと言ってたら急に敵湧きそうで……うそ、音……ひゃあっ』

 

 会話を聞いていつ入るか見計らっていたんじゃないかというくらい、台本の存在を疑うほどベストなタイミングで敵兵が部屋に飛び込んできた。素晴らしいキャストである。美座さんの悲鳴もこの寸劇に彩りを添えてくれている。大変満足感のあるカットが作れた。

 

 美座さんにとっては驚きだっただろうけれど、僕はおそらく入ってくるんだろうなあと予想がついていたので、敵兵が撃ち始める前にしっかり頭を撃ち抜いた。部屋に入る前からあらかじめ敵兵のヘッドラインにエイムを置いておく徹底ぶりだ。これで美座さんが殺されてしまっては大変だからね、驚かせるにしても安全には万全に配慮しなければ。

 

「……ふう。良いタイミングでしたね」

 

『あんたがばかなこと言ってるからっ、ほんとにきちゃったじゃんっ。死ぬかと思ったっ』

 

「美座さん持ってますねー」

 

『私じゃないっ、絶対に私じゃなかったっ。あの狙い澄ましたかのようなタイミングは絶対ジン・ラースがコントロールしたんだっ』

 

「そんな、ひどい……僕は、僕はただ……」

 

『んむっ……いや、扉開いてるのに警戒してなかった私も悪かったけど……』

 

「僕はただ、美座さんに楽しんでもらおうと思って敵が湧いたのを確認してから寸劇を演じただけなのに……」

 

『ご、ごめ……って、はぁっ? やっぱわかってたんじゃんっ。やっぱそうだったっ。なんかおかしいと思ったもんっ。いきなり変な口調になるし、死亡フラグ立てまくるしっ』

 

「脱出間近で敵兵がポップしたとなれば、これは使わない手はないと思いまして」

 

『わ、私がどれだけびっくりしたとっ……はぁ。まったく、配信者の鑑だね』

 

「お褒めにあずかり光栄です」

 

『うん。これくらいおかしくないと配信者ってやっていけないんだろうなって。ちなみに割合、褒めと貶しで半々ね』

 

 どうやら毀誉褒貶(きよほうへん)相半(あいなか)ばだったらしい。五十パーセントも褒めてもらえてるのなら十分か。

 

 ソロだと退屈になる脱出待機時間も、仲間がいると賑やかな雑談になる。そうやって楽しく雑談に花を咲かせているうちにカウントがゼロになり、とうとう戦場から離脱した。

 

 生還しても途中で死んでしまったとしても、家に戻る前にその回の出撃で得られたキャラクターやスキルの経験値、アビリティの熟練度などが一覧で並ぶリザルト画面が表示される。

 

 今回は普段より戦闘行動が激しかったこともあり、獲得した経験値の量がとんでもなかった。大通りで遭遇した警邏部隊のうちの一人でも倒せていればさらに一つレベルが上がっていたのだけれど、残念ながら足りなかった。このレベルになると一つレベルを上げるのにも苦労する。

 

「はい、とりあえずお疲れさまでした。次の出撃の準備ですね。回復と弾薬の補充……そういえば銃は持って行かなくてもいいんでしたっけ」

 

『持ってこなくていいよ。サイドアームとして持ってるのはありだと思うけど』

 

「念のために持って行くだけ持って行きましょうか」

 

 このゲームには弾詰まりなどという現象まで実装されてしまっている。クリーニングやパーツ交換、耐久度をまめに回復させておけば確率は減らせるとはいえ面倒なので、弾詰ま(ジャム)り機能が実装されてからというものプレイヤーからの削除しろとの声が鳴り止む日がないくらいだ。

 

 弾詰まりを起こすといくつか手順を踏んで解除しないといけなくなる。戦闘中にそんな悠長なことをしていられないので、そういう時はサイドアームに切り替えるのだ。

 

 僕の場合はメインアームがハンドガンなので弾詰まりを起こすことはワンシーズンに一回二回あるかどうかくらいだけれど、戦闘中にリロードする時間も惜しい時にはサイドアームに切り替えることもなくはない。兎はDEXがAGIの次に高くてリロードも早いからサイドアームを持っていかないことも多いけども。基本的にヘッドショットに失敗したら逃走するし。

 

『とりあえず忘れないうちにワークの報告しといて……』

 

「拾えたSFAKはわかるところにしまっておいたほうがいいですよ。次のマップに持って入って死んでしまうと納品で使えなくなってしまうので」

 

『ん、わかった』

 

 さっきの出撃で得られたアイテムのうち、使う予定のないものは売りに出し、使う可能性のあるものは倉庫に保管しておく。念のために装備や医療キットなどは余裕を持たせているが、今のところそれらの予備装備、予備アイテムらが枯渇したことはない。アビリティの本格実装後は生還率が劇的に向上して装備を失うことは減少したし、医療キット等の回復アイテムは使う暇がない。被弾したと同時に死ぬこともあるし、ソロだと被弾しても回復する前に詰められる。最近だと売りに出すことのほうが多いくらいに使う機会が少ない。

 

 でもさっきの出撃では医療キットに助けられたことを考えると、やはりパーティを組むというのはそれだけで生還率の向上の一助になっているのだろう。ソロでは一回の出撃で二回も医療キットを使うなんてことは記憶にない。

 

 やはり戦友、同志が隣にいるというのは心強い。良き。

 

「次も『市街地』に……いや、ワークのついでにしましょうか。ワークで困ってるのありますか?」

 

 次の出撃はメインが『覚えていると便利なキャラコン』と、サブで『効率のいい漁りルート』を教えることが目的だ。漁りのルートは情報サイトにも載っているし、後から注意事項と纏めてテキストで送ったっていい。キャラコンについてはどこのマップでも教えられる。一人で攻略するのが難しい、あるいは情報サイトを見てもわかりづらいようなワークをお手伝いをしたほうが、美座さんもその後が捗るだろう。

 

『ワーク、はあるんだけど……ジン・ラースは私の引率ばっかりでいいの? そっちのワークは?』

 

「僕のほうは残っているのがネームドキルのワークだけなので、美座さんのワークをやっていきましょう。僕としても息抜きになってありがたいです」

 

『ネームドキル……。地獄みたいなワークだ……』

 

「やってることは貴弾で言うところのチーター狩りと大差ないです」

 

『くふっ……ふふっ、それはそうだね。あははっ、チーター狩りっ……』

 

 何がツボだったのか、美座さんはくすくすと笑っていた。立ち絵でも話し方でも、第一印象からでは美座さんがこんなにころころとよく笑う人だとは思わなかった。

 

 よく笑う人は好きだ。お喋りしていて相手が笑っていれば、相手の幸せを分けてもらえているような気持ちになれる。

 

 ちなみにこの場合における『チーター』とは動物を意味しているのではなく、チートという不正行為をする人を指す。具体的な不正行為の内容はゲームタイトルによって様々だけれど、自動的に照準が敵に合わせられるオートエイム、遮蔽物に隠れている敵を映し出すウォールハックあたりがFPSタイトルでは代表的だ。

 

 ネームドボスは、まるでそんなチートを使っているんじゃないかと疑いたくなるほど強いのだ。前回の『ホーミングチート持ち』との呼び声高いレビンソン氏がそう。弾丸の軌道を見れば、放たれた銃弾が誘導ミサイルが如くプレイヤーの頭蓋に吸い込まれている。実際には偏差を計算して撃ってきているだけだけど。

 

 ネームドボスたちは、だいたいがそんな感じの化け物たちだ。『公式チート』の看板に偽りなしである。

 

 そんな単体でも厄介極まりないネームドたちはなんと取り巻きまで侍らせている。周囲の取り巻きの兵士だって決して弱くはないのだ。まずは取り巻きを排除してからでないとネームドとは集中して戦えない。ネームドに至るまでの道ですら(いばら)で舗装されているのだ。集中して真剣に取り組まなければ勝負にならない。さすがに疲労を感じるので、ネームドには精神的にゆとりのある時に会いに行っている。

 

 美座さんのワークのお手伝いは良い気分転換になっているのだ。ぜひともお供させてもらいたい。

 

「ネームドボスを連戦なんてやってられませんからね。気が向いた時にゆっくり進めてます。なので美座さんのワークを消化していきましょう」

 

『ふふっ、うん。くふふっ……それじゃあ手伝ってもらおっかな。えっと……あ、SFAKのワーク出てる。これ三つもいるの?』

 

「はい、そうですよ。なので見つけた時に確保しておいたほうがいいんです。不思議なことに、いざ探すと出ないものですから」

 

『物欲センサーだなぁ。他には、ジェネレーターと……なにこれ? 「RBAR V700」を一つ? 銃?』

 

「わああ……」

 

『え、なにその反応……。取りに行くの大変なの? なんかリスナーも似たようなリアクションだし……』

 

「大変な部類のやつですね。とりあえず、次行くマップは『市街地』です」

 

『「市街地」で湧くんだ。どのあたり?』

 

「廃墟マンションの屋上です」

 

『ふんふん、廃墟マンションの屋じょ……え、ちょっと待って?』

 

「お察しの通りです」

 

『うそ、うそだ……ドロップ品とか言わないよね?』

 

「ドロップ品です。おめでとうございます」

 

『やだーっ』

 

「レビンソン氏が装備しているスナイパーライフルです。もちろん彼を倒さなければ拾えません。おめでとうございます」

 

『やだっ……やだーっ、あいつトラウマなんだけど……。私のせいでジン・ラース殺されかけたし……』

 

「兎は索敵の任務さえ果たせればお役御免みたいなところがあるので気にしなくていいですよ」

 

『そんなわけないでしょうが。絶対死なせないんだから』

 

「ふふっ、ありがとうございます。でも美座さん、安心してください」

 

『なに? またアルミラージで倒すの? あれってだいぶ危なくない?』

 

「僕、レビンソン氏を安全に倒す方法を編み出しています」

 

『……ほんとに? さっきのオリジンじゃなくて?』

 

「あれは再現性に乏しいですからね。あのようなやり方は賭けというのです。あれとは別に、確定で決まるのかちゃんと試して、その上で成功したやり方があるんです」

 

『すごいじゃんっ、そんな方法あるなんて知らなかった』

 

「やり方が少々特殊で、今のところはまだ兎限定なんです。なので兎のページにしか載せていません。他の種族のページなんて目を通す機会は少ないでしょうから、知らないのも無理はありませんね」

 

 どの種族でもできる方法を確立できれば情報サイトのネームドの項目に攻略方法として付記するのだけれど、兎以外の種族で試せないので更新できないのだ。武装の枠を一つ埋めることになるけれど、やろうと思えば他の種族でもできるんじゃないかなあ、という方法は思いついてはいる。

 

『今のところ兎しかできないけど、ジン・ラースがいるなら楽に攻略できるってことだよね。よかったぁ』

 

「レビンソン氏を安全に倒すやり方は見つけたんですけど、安全に倒すやり方を安全に実行するやり方はありませんでした」

 

『な、え、なに? 安全に、倒す……の、あん、安全な……あ、あんぜんを?』

 

「安全に倒すやり方は見つけましたが安全に倒すやり方を安全に実行するやり方は見つけられませんでした」

 

『あ、安全に、あんぜ……すんなり頭に入ってこない日本語使わないでっ』

 

「ふふっ、くふふっ……。ん、つまり多少の危険はありますので覚悟はしておいてください、ということです」

 

『それなら最初からそう言ってっ』

 

「ふふっ、ふっ、あははっ」

 

『笑うなっ』

 

 お喋りしている間に準備を済ませて『市街地』の出撃待機画面で美座さんを待つ。

 

 時間的に次の出撃が最後になるだろう。次はどんなハプニングが巻き起こるのか、とても楽しみだ。




外から見たら完全無欠にラブコメしてるんですけど、お兄ちゃん的には同志と協力し合って街を守るという熱血モノの気分です。認識の齟齬……。


ごめんなさい。もうちょい続きます。次はあざみん視点です。
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