サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。 作:にいるあらと
「結果はっぴょーう!」
「わー」
「わ、わー……」
ゲームセンターの外、自販機やテーブルが置かれている休憩スペースに僕たちは集まっていた。
テーブルの上には企画参加者の成果が置かれている。大きなぬいぐるみがいくつも鎮座していて、かなり賑やかな絵面だ。
「夢結は大きなぬいぐるみ二つとアクスタ、お兄ちゃんも大きなぬいぐるみ二つで、あと小さいぬいぐるみ……キーホルダーかな?」
「そうだね。キーホルダーみたい。ところでアクスタって何?」
僕が訊ねると、夢結さんはテーブルに並べられていた『アクスタ』なるものを手に取り、僕に見せてくれた。
「えっと……アクスタっていうのはこういう板にキャラクターとかの絵が描かれていて、それを付属されている台座につけて立った状態で飾れるものです」
「はー、なるほど。アクリル製のスタンドでアクスタなんだね。ありがとう、夢結さん」
「いえいえ。お兄さんの……ジン・ラースのこういうグッズもいつか出たらいいですね。絶対買います」
「あはは、そうだね。どんなふうに作られるのか、僕も興味があるよ」
「私もほしい! 同じ事務所所属ってことでもらえたりしないのかなあ……」
「駄目なんじゃない? きっと事務所に送られてくる分って、事務所に保管しておく用とか見本とかだろうし」
「買いなさい。売り上げに貢献するのよ」
「うわあ……厄介リスナーに目をつけられた……」
「誰が厄介だ。……お兄さんのキーホルダーは、なんです?」
僕が取ってきた小さなぬいぐるみキーホルダーの存在に夢結さんが気づいてしまった。何か、と問われても、返す答えを僕は持ち合わせていない。
「……わからない。僕はダンゴムシだと思ったけど、でもこのぬいぐるみキーホルダーのコンセプトは深海生物らしいんだよね」
「……キモカワ、ですね……」
「うん。九対一くらい比率は偏ってるけど、キモカワだね」
もちろんキモの部分が九である。
ダンゴムシの甲殻っぽい殻と、わらわらと生えている七対十四本の脚。事前情報なしに、はい、と渡されて『これなんだと思う?』と訊ねられれば、僕は迷わずに『ダンゴムシ』と答えるだろう。そのくらいダンゴムシだ。
「ダイオウグソクムシじゃん、これ」
「だいおうぐそくむし……」
しっかりと頭には入っていなさそうなイントネーションで夢結さんは復唱していた。
「そういう虫がいるの? でもこれ足が十四本もあるけど」
「ムシって名前についてるだけで甲殻類って聞いたけど。深海何百だか何千だかの海底にいる甲殻類だったはず」
「すごいね、礼愛。こんなことまで詳しいの?」
「昔急に人気が出て、テレビでもよく取り上げられてたよ。逆にあれだけ話題になってたのになんで二人とも知らないの?」
「あー……あたしテレビつける時はだいたいアニメ観てるかな」
「……とある時期だと、僕はテレビ観る時間が……」
数ヶ月前を思い出す。今考えるとあの時の自分はわりとおかしかったなあ。
「ごめんっ! そうだよねっ、こんなウミダンゴムシなんてお兄ちゃんは知らなくてもしょうがないよ! 知らなくていいよ!」
「ずるいなぁ、おい。手のひら返しの匠かあんたは」
前の会社に勤めていた時のことを回顧していた僕を、礼ちゃんはぎゅうっと力強く抱きしめてくれた。とくに心に傷を負っているわけでもないんだけどね。
「はい。ということで……勝敗どうしようね、これ」
僕から離れて元の位置に戻った礼ちゃんは頭を抱えていた。
獲得景品の数はお互い三つ。大きさで比較しても大きなぬいぐるみが二つずつで同数。残りは夢結さんがアクスタ、僕がキーホルダーで、やはり甲乙つけ難い。
「あたしは経験者でお兄さんは初めてクレーンゲームやったんだから、これはあたしの負けなんじゃない? 経験があって同数なんだし」
「でも夢結さんは丁寧にコツも知識も教えてくれたし、実際にやって見せてもくれたでしょ? それはお互い様だよ」
「はいっ、静粛に!」
ぱんっ、と柏手を打って、礼ちゃんは僕たちを黙らせた。そこまでうるさくしてなかったんだけど。
僕たちの注目を集め、そして主催者が判断を下す。
「これは……同点! 引き分け! お互いよくがんばりました!」
「え、えー……そうなるんだ……」
「これでは勝敗つけられないしね。記念すべき第一回は僕も夢結さんも健闘したのでドロー。こういう結果もあっていいんじゃないかな」
「ふふっ、それもそうかもしれませんね。……あっ! 礼愛! 命令できる権利はどうなるの?!」
「それは……対消滅してなかったことにすればいいんじゃないかな」
僕の提案に、夢結さんは悲しげな表情をしながら礼ちゃんに向いた。
「ええっ?! れ、礼愛ぁ……」
「うわあ、夢結必死だなあ……。うーん……よし、こうしよう。勝者も敗者も出なかった。よって、主催者が参加者に命令できるってことで」
「わあ……これもコペルニクス的転回っていうのかなあ……。凡人には出せない発想だ」
「職権濫用でしょ! ずるいぞ礼愛!」
「久しぶりにカラオケ行きたい! なので二人はついてくること!」
「あたしはずっとあんたのこと信じてたよっ!」
「手のひら返し競技勢の方ですか?」
そうと決まれば、とでもいうような勢いでぬいぐるみなど獲得したプライズを袋に放り込んでいく礼ちゃんと夢結さん。仕事が早い。
僕も自分が取ったぬいぐるみを袋に詰める。カラオケに行くとしてもこれらは荷物になるので、途中でロッカーにでも入れておこう。たしかカラオケ店の近くにあったはずだ。
「あ、あの……」
テーブルに広げられていた戦利品を全て片付けて、じゃあカラオケ行こっか、となった時、背後からか細い声で呼び止められた。
「はい? あ」
振り向くと、ぬいぐるみのキーホルダーのクレーンゲームを隣でプレイしていた、あの少女がいた。
「お兄さん、知ってる子ですか?」
「いや、ついさっき……」
「やっぱりさっきのおにいさんだっ。お母さん! おにいさんいたー!」
訊ねてきた夢結さんに答える間もなく、少女はお母様を呼んでいた。いやはやどういう状況なんだか。
「お、お兄ちゃんが新しい妹作ってる……」
「よくわからないけど人聞きの悪い表現なんだろうなあ」
「まさかお兄ちゃんが現地妹を作るようなお兄ちゃんだったなんてっ……」
「とりあえず外聞が悪そうなことは確かだからよそでは絶対使わないで」
「かなた、このお兄さんが?」
「そう! ぬいぐるみくれたおにいさん!」
「……ぬいぐるみくれた?」
「おおっと? お兄ちゃん、これは審議だね」
夢結さんと礼ちゃんの懐疑心に満ちた声は聞こえなかったふりをして、かなたと呼ばれた少女と、そのお母様に体を向ける。
「君はさっきぶりだね。あなたは、この子のお母様、ですか?」
「はい。この子がお兄さんから二つもぬいぐるみをいただいたと聞きました。この子はお礼も言えていなかったそうなので、まだこのあたりにいるのならお礼を言いたいと思い、探してたんです」
「そうだったんですか。そんなにお気にされなくてもよかったのに……ご丁寧にありがとうございます。この子……かなたさん、でいいのかな?」
「はい! かなたです!」
「わあ、元気な挨拶ありがとう。僕は仁義と言います。よろしくね」
「はいっ、よろしくおねがいしますっ、ひとよしおにいさんっ!」
「ふふっ。元気で礼儀正しい、とてもいい子ですね。ぬいぐるみを渡した時、かなたさんはお礼を言おうとしてくれていたんですが、僕が急いでいたので言う暇がなかっただけなんですよ。なので本当にお気になさらず。僕が持っているより、かなたさんが持っているほうがよほどいいでしょうから」
「いえ、そんなことは……。ご親切にしていただき、ありがとうございました」
「ぬいぐるみ、ありがとうございましたっ!」
「ふふっ、どういたしまして。大事にしてあげてね」
「はいっ、だいじにしますっ」
かなた少女は直視するには眩しいくらいに輝かんばかりの笑顔を僕に見せてくれた。
ばいばい、と言い合って、そこで親子とはお別れした。
小さなぬいぐるみのキーホルダーを二つもらったからと言ってわざわざお礼を言いにくるなんて、とても礼儀正しい親子だ。人の優しさを当然だと思わず、受けた厚意には感謝を示すことを大事にしているご家庭なのだろう。素晴らしいことだ。
「……さて、行こっか?」
「そうはならないよね?」
「ふふっ、お兄さんらしいですね」
カラオケ店へと足を向けようとしたけれど、礼ちゃんに腕を掴まれて止められた。流せないか、それはそうか。
「いやだって……僕がキーホルダーを三つ取った隣で、お姉さんのために自分のお小遣いを使って一生懸命に取ろうとしているあの子がいたんだよ。僕は別にぬいぐるみのキーホルダーがほしくて取ったわけじゃないし、それならほしがってる子に譲ったほうが社会にとってプラスだよね?」
「社会にとってプラスってどういう理屈?」
「あはは……あれ? それでもお兄さんの手元には二つ残るはずですよね? かなたちゃんにどうして二つ渡したんです?」
「お姉さんの分とかなたさんの分で二つ。お姉さんのために頑張ってたかなたさんの分がないなんて、そんなの不公平だよね」
「はあ……もうっ、はあっ……。お兄ちゃんはこれだからほんとに……」
「あぁ……なるほどなぁ……。礼愛の気持ちがわかった気がするなぁ……」
「ち、違うよ? 勝負を蔑ろにしたわけじゃないよ? ただ、ぬいぐるみを持っていても嬉しくない僕と、ぬいぐるみに喜ぶかなたさんと、かなたさんのお姉さん。どっちがよりプラスになるかと言ったら、笑顔が二つ増える分かなたさんたちに渡したほうがプラスでしょ?」
優先順位、と言ってしまうと勝負という名目でクレーンゲームをやっていた立場もあって多少語弊があるけれど、それでも天秤にかけた時に傾くのは確実にかなたちゃん側だった。僕が持っていても価値はないけれど、かなたちゃんたちが持っていたら価値が生まれる。ならば損得で考えても渡したほうが正しい。僕の判断は間違っていないはずだけれど。
「お兄ちゃんはいいことをしたよ。したんだけど、なんだかなあ……」
「考え方が心配になるんだよね」
「そう」
「な、何か間違ってるのかな……。でも礼ちゃんも夢結さんも、同じ立場ならそうしたでしょ?」
「きっとそうなんだろうけど、根本的な部分は違う気がするよ。いずれにしても企画の勝敗は変わらないけどね。カラオケ行こ!」
「よし行こう! お兄さんの歌楽しみだなぁ!」
「う、うーん……」
煮え切らない礼ちゃんの言葉にもやもやした感情を抱きつつ、僕たちはカラオケへと向かった。
*
道中で見つけたロッカーにゲームセンターで獲得したプライズを預け、カラオケ店へと歩みを進める。
お店が見えてくると、入り口付近に人が多くいるのが見て取れた。カラオケにきたけれど部屋が埋まっていて入れないお客さんたちだろう。
「……あれって、たぶん待ってる人たちだよね?」
「あー、夏休みだからね……。礼愛、どうする? 待ち時間半端ないと思うけど」
「入って大丈夫だよ」
「え? どうして? 待ち時間が長いようなら今日は諦めても」
「部屋予約しておいたから」
「えっ?! うそっ!」
「お、お兄さん、いつの間に……。だってカラオケ行こうってなったの、ついさっきなのに」
「せっかく久しぶりに遊びにきたんだし、カラオケとか行きたいって話になるんじゃないかって思って映画を観終わった時に予約しておいたんだ。やっぱり混んでるね。予約しといてよかったよ。カフェとゲームセンターでいい具合の時間にもなったし、ちょうどよかった」
「私の考え先回りしすぎでしょっ! もう大好きっ! ありがとっ!」
「ふふっ、どういたしまして」
「気が利くなんてレベルじゃないんだよなぁ……」
腕に絡みつこうとする礼ちゃんをいなしつつカラオケ店へ。店内へ入ろうと自動ドアの前に立つと、見覚えのある人たちが中から出てこようとしていた。
「あ、寧音さんたち」
「わぁっ、お兄さんっ?!」
「おー! イケメンの
寧音さんたちご一行が、ちょうど僕らが入ろうというタイミングで出てきた。
「あれ? 寧音ちゃんたちカラオケきてたの? 入れ違いだね」
「あー、それがね、れー姉……」
「兄ちゃん。部屋埋まってっから入れないぞ。二時間から三時間待ちだってさ。さすがにそんな待てないじゃん? だからちょい早いけど帰ろっかって話してたんよ」
僕を捕捉するや距離を詰めてぱしぱしと肩を叩いていた由紀さんが教えてくれる。
「二時間から三時間……すっごいなぁ」
待ち時間の長さに戦慄する夢結さん。夏休みと時間帯もあいまってかなりの混雑具合だ。予約しておいてよかった。
顔を引き攣らせていた夢結さんに、由紀さんが顔を向ける。
「ねぇ? やばいっしょ」
「ゆ、由紀ちゃんっ、寧音ちゃんのお姉さんにそんな口……」
「あ、はは……いいよ、べつに。梓ちゃん、だっけ? 梓ちゃんも話しづらくなるくらいなら、敬語使わなくたっていいからね」
「ほら、梓。大丈夫って言ったっしょ。いい女は器が大きいんだって。余裕があっからちっさいことにこだわんないのよ」
「この子……いい子だ」
「寧音さんたちもカラオケ入りたかったんだよね?」
「え? は、はい……そうです、けど……それが?」
「寧音さん、ちょっと待っててね。礼ちゃん」
「はーい、任せといて」
この場は礼ちゃんに任せ、僕はカウンターに向かう。無人機のほうと店員さんがいるほうと二つあるけど、店員さんのほうへ。
店員さんには事前に予約している旨を伝え、そこから予約している部屋についていくつかやり取りし、時間や料金についての説明を受けた。話はついたので、店員さんから部屋の番号が書かれた紙を受け取り、みんなのもとへと戻る。
「お待たせ。大丈夫だって」
「よかったあ。せっかく仲良くなれたのに、これでばいばいは寂しいもんね」
「え、え? どういう?」
さすが妹歴の長い礼ちゃんである。圧縮されがちな僕の意図を即座に読み取ってくれた。
僕が店員さんとやり取りしている間も寧音さんたちが気まずい思いをしないよう、礼ちゃんはお喋りしながら引き留めてくれていた。やっぱりいてくれるととても助かる。
「お兄さんはカラオケが混むことを予想して部屋予約してたんだって。それで店員さんに、予約してた人数から増えたけど、それでも入って大丈夫でしょうか、って聞いてくれたんだよ」
夢結さんが噛み砕いて寧音さんたちに説明してくれた。夢結さんも理解が早いなあ。
「そういうこと。よかったら一緒にどう?」
「え、えっ、えっ?! い、いいんですかっ?!」
「寧音さんたちがそれでも問題なければ、だけど」
「も、問題ないですっ! あ、ありゅ、あり、ありがとうございますっ!」
「マジ?! イケメンの兄ちゃんはやることまでイケメンじゃん! あんがと!」
「恥ずかしいからその呼び方だけはやめてほしいな……どういたしまして。梓さんも、大丈夫?」
「ぁっ、ぅっ、っ……っ!」
一番問題が発生しそうな梓さんに直接確認を取ると、口を開いて閉じて、もう一度開いて閉じて、最終的にこくこくと頷いた。僕としては不安だけれど、梓さん的には大丈夫らしい。
「そっか。よかった。それじゃ部屋に行こうか」
「いぇーっ! 歌うぞーっ!」
部屋の番号も知らないのに、由紀さんは僕の腕を掴んでハイテンションで歩き始める。
今日初めて知り合った相手ばかりだというのに、これっぽっちも物怖じせずに自分のスタイルを貫けるというのは、これはもう一種の才能だ。この容姿で、この性格。由紀さんにはカリスマ性がある。
「梓さん、こっちだよ」
「へぁっ……はひ……」
おずおずと歩いていたので梓さんに呼びかけたのだけど、肩を跳ね上げさせるほど驚かせてしまった。仔兎のようだ。
どうにか梓さんの緊張をほぐして、これからの時間を楽しいものにしてほしいのだけれど、どうやら僕には難しいらしい。声をかければかけるほどに梓さんの動きがぎこちなくなってしまう。僕からは動かないようにして、礼ちゃんにお願いしたほうがいいのかもしれない。
「あははっ。梓、あんた意識しすぎだってば」
「ゆ、由紀ちゃんっ……」
「意識?」
「ほら、うちら映画館のとこで別れたっしょ? そのあと、なんで兄ちゃんに緊張してたか訊いたんよ」
「由紀ちゃっ、やめっ……」
「そしたら、なんか梓の好きなマンガのキャラに兄ちゃんがめちゃ似てたんだって! それで緊張してんの! 梓かわいいっしょ?!」
「も、もう……うぅ」
「それは……光栄、と思っていいのかな? 僕は漫画のキャラクターほど人間ができてないから恐れ多いけどね」
「いえ……ほ、ほんとに……あの、はぃ……」
「梓ーっ! 次いつ会えっかわかんないんだから、ちゃんと喋っとけー?」
「由紀さん、無理させちゃいけないでしょ。自分のペースでいいからね、梓さん」
「ぁ、はぃっ」
「おー? なんか兄ちゃん、うちと扱いちがくね?」
「扱いに差はつけてないよ。僕はその人に合わせた話し方をしてるだけだからね。っと、この部屋だ」
防音仕様の重量感のある扉を開いて僕が先に中に入る。扉を開けながら、部屋を見渡す。
部屋に入ってすぐの右手側の壁にディスプレイがかけられており、その下には機器が置かれている。ディスプレイの正面側にUの字にソファが並んでいて、Uの間に差し込むような形でロングテーブルが一脚設置されていた。
予約をした時には部屋の広さはそれほど気にしておらず、せっかくなら広いほうがゆったりできていいかなと思い選んだが、人数が増えた今ではこちらの広い部屋でなければ全員は入り切らなかっただろう。なんならこの部屋を三人で使うとなったら空席が目立って寂しいくらいだ。かえってこの人数になって良かった。
「私奥座るー!」
入り口付近で固まっていた由紀さんと梓さんの脇をすり抜け、礼ちゃんは入り口から奥の座席にミニハンドバッグを置いた。歳上組に気を遣ってどこに座ればいいか悩んでいた由紀さんと梓さんへの配慮だ。
「それじゃ、あたしは礼愛の隣にしよっかな。寧音は私の隣でいいんじゃない?」
礼ちゃんの隣を指定した夢結さんは、自分の隣に寧音さんがくるように誘う。隣に今日知り合った歳上がいると気まずい思いをするかもしれないので、それを避けるためだろう。歳上組との間にお互いの共通点である寧音さんを挟んだ。
夢結さんは礼ちゃんの意を汲んで、こういう配置にしたのだろう。二人ともとても気を回してくれている。
「う、うん。わかった」
「んじゃ梓は寧音の隣、うちは梓の隣で端っこね! うちは扉に一番近いとこ! カラオケきたらおしっこ近くなるんだよねー」
「こら由紀ちゃん! 女の子がそんなこと言わないの!」
「わはーっ、ごめんってば礼愛お姉さん!」
この中で一番人見知りの梓さんを寧音さんと由紀さんの間に配したのは、由紀さんの気遣いなのか、それともお手洗いが近いからという本音からなのか、どちらだろう。奔放な由紀さんなので判断に困る。なんなら反応にも困る。
音響機器の隣、部屋の隅に置かれているマイクや曲を入力するためのタッチパネル式の機械、他には飲み物や食べ物のメニューと、フードメニューを注文するためのタブレットも一緒にテーブルに並べておく。
「フードメニューは好きなように注文していいからね。でも晩御飯もあるだろうから、食べ過ぎないようにだけ注意しようね」
「なんでもいいの?! いぇーっ! 兄ちゃん太っ腹! アルコールもいいの?」
「いいわけないよね。二十歳未満の飲酒は禁じられてます。そろそろ本当に悪いことばっかり言うその口、取っちゃうよ?」
「ちょっ、冗談じゃん! 本気にすんなし兄ちゃん!」
「いいよって言ったら本当に頼みそうだからなあ、由紀さんは。怪しい子がいるので改めて言っておくと、飲み物はソフトドリンクだけです。好きなように注文していいのはフードメニューだけです」
「もうっ、わかったってばーっ! さらしもんにすんなしっ!」
「あははっ! だめだよー、由紀ちゃん。お兄ちゃんはこういうところすごく厳しいからね。そうだ、夢結、パーティプレート注文しといてよ。ほら、前きた時気になってたやつ!」
「ああ、二人で頼むには量が多そうで諦めたやつね。了解。お兄さん、いいですか?」
「確認取らなくて大丈夫だよ。好きなの注文していいからね。寧音さんと梓さんも好きなもの頼んでね」
「それじゃ先に飲み物ぱぱっと注文しちゃいますね。はい、みんななに飲むか言ってってー」
「最初は私から歌うね。席順で歌ってこ!」
夢結さんは手間取らないようにするため注文の取りまとめを、礼ちゃんは他の子たちが気後れしないように一番手を買って出た。
普段僕が見ている二人とは少し違う姿だ。この場に歳下がいるからか、礼ちゃんも夢結さんも、寧音さんたちが尻込みしてしまわないよう率先して動いて声をかけている。頼り甲斐のあるお姉さんという感じだ。
三人でカラオケに行こうという話から寧音さんたちにも参加してもらう運びにしたのは、言ってしまえば僕の独断だ。勝手に予定を変更してしまったことについては申し訳ないけれど、こうして二人の新たな一面が見れたのは嬉しい。
「食べ物はパーティプレートとみんなでつまめそうなデザート頼んでる。メニュー見て他にほしいのがあったら言ってね」
「ファミレスでもちょっと食べたし、それで十分かも? ありがと、ゆー姉」
「あいよ」
「あー、あー。ちゃんと歌うの久しぶりだ、声出るかな? あー、よし! 一曲目行くよー!」
「きゃー、礼愛ー、歌姫ー」
「夢結やめて? プレッシャーがすごい。棒読みだし」
「いぇーっ! 礼愛お姉さんいぇーっ!」
「歌う前からテンション高い子もいるなあ!」
「あはは……由紀ちゃんは誰と行っても変わんないんだなぁ……」
「す、すごいよね……。あたしにはぜったいできないよ……」
歌う順番はとりあえず席順で回していくらしい。なので、礼ちゃん、夢結さん、寧音さん、梓さん、由紀さんときて、座席のスペース的に礼ちゃんの隣に座ることになる僕が一巡の最後となる。
カラオケなんて礼ちゃん以外ときたことがない。ましてや大人数でなんて初めての経験だ。何を歌えばいいのか悩ましいけれど、こういう時はみんなが知ってそうな歌、かつ盛り上がりそうな歌を選ぶのが無難だと聞き及んだことがある。
それらの条件に当て嵌まる歌が一曲、すぐに思い浮かんだ。
『New Tale』の面接の時にも歌った、あの歌だ。季節的にもぴったりだし、それに今日はたくさん楽しいこともあった。今日起こった出来事を思い浮かべながら歌えば、きっと以前『New Tale』の事務所で歌った時よりもずっと感情を込めて歌えるはずだ。
ちなみに歌っているところが描写される予定はありません。
変則的になりますが、次は時間を少し巻き戻して寧音視点です。