サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。 作:にいるあらと
「あーっ! 楽しかったーっ! 久しぶりにしっかり歌ったなあ。由紀ちゃん歌うまかったね! 聴き入っちゃったよ」
「や、礼愛
「最後の仁義さんの歌……すごかったね。……あたし、カラオケで初めて感動して泣いちゃった」
「あはは、あたしも一人で聴いてたら号泣してたと思う」
「や、やっぱりそうですよね? よかった、夢結さんも一緒で……あたしと寧音ちゃんだけじゃなかったんだ」
「前からうまかったけど、お兄ちゃん前よりうまくなってたなあ。表現力が上がってた。……ボイトレの成果なのかなあ?」
「ボイトレ? 兄ちゃんボイトレとかしてんの?」
「あっ……えっと」
「仁義さん、すごく声も綺麗ですよね……アニメの声優さんみたいな。声優さんとか目指してるのかな? それとも歌い手さんとかかな?」
「ど、どうなんだろうね? 声いいし、お兄さんならそっちの道目指してもいいとこまで行けそうだよね! そういえば梓ちゃんが歌ってる時に思ったんだけど、梓ちゃんも声すっごい綺麗だよね? 透明感があって、それでいて儚げで。とてもかわいかったよ!」
「えぅっ……。……そ、そんな夢結さん、あたしなんて……」
「でしょっ?! 梓の声めちゃかわいいっしょ! いい声してんだからもっと自信持って喋れっていつも言ってんのに梓はっ!」
「由紀ちゃんもうやめてぇ……」
人数が人数だけに店内にいても他のお客さんの迷惑になりそうなので、礼ちゃんにみんなを連れて店の外に出てもらっていた。のだけれど、礼ちゃんの不用意な一言で危ういことになっていた。夢結さんの機転のおかげでことなきを得たみたいだ。
カラオケの途中で各々知っている歌が流れたり、趣味が合うことを知ってデュエットしたりして、みんな距離感が縮まったようだ。由紀さんと礼ちゃんで曲のレパートリーが似通っていたことから一緒に歌ったり、梓さんと夢結さんで好きなアニメが同じだったらしくアニメの劇中歌を歌ったりもしていた。二人で歌うことを前提に制作された曲だったようだけれど、夢結さんと梓さんは一言二言相談しただけですぐにばっちり歌えていたのには驚いた。歌詞の色分けもされてなかったのに。
もちろん礼ちゃんと夢結さんの二人でも歌っていたし、寧音さん、由紀さん、梓さんの三人でマイクを回して歌ったりもしていた。どちらも一緒に歌うことに慣れていて、聴いている僕もとても幸せな空間だった。
「すいません、お兄さん。お会計まで……」
僕に付き添って店内に残ってくれている寧音さんが申し訳なさそうに言う。
こちらから誘ったしあれだけ楽しい空間に居させてもらったのだから、払いは持たせてもらわなければ気が済まない。
「僕から誘わせてもらったんだから、ここは払わせてもらわないとね」
「寧音たち、なんだか押しかけたみたいな感じだったのに……」
「押しかけただなんてとんでもない。カラオケ一緒にどう、っていきなり誘ったのに受けてくれてありがとね。寧音さんたちのおかげで僕もとても楽しかったよ」
「そんな、えへへ……。寧音も楽しかったです。みんな歌うまくて、ちょっと緊張したけど」
「寧音さんもとても上手だったよ。そう、特にあれ。ダンスしながら歌ってたあの歌。すごく可愛かったよ」
「あ゛っ……あ、あれは、前に文化祭でやった歌で……。うぅ、恥ずかしいっ……由紀ちゃんが勝手に入れたせいだっ……」
「あははっ、そうだったんだ? それじゃあ、あの歌とダンスが見れたのは由紀さんのおかげだったんだね」
「由紀ちゃんの
恥ずかしそうに顔を赤くして手をぱたぱたと振りながら怒る寧音ちゃんには申し訳ないけれど、とても愛らしい一曲だった。甘い印象のある寧音さんの声は歌詞にもマッチしていたし、最初は嫌がっていたけれどいざ曲が始まれば手を抜かずにダンスを披露してくれた。
そんな寧音さんを見て大笑いしつつもアイドルのコンサートみたいに歌に合わせてレスポンスして盛り上げていた由紀さんと、小さな体を目一杯大きく使って踊る寧音さんを見てテンションが跳ね上がっていた礼ちゃんがとても記憶に残っている。盛り上げ上手、とも言えるだろうか。
「あ、そうだ。僕、寧音さんに言いたいことがあったんだ」
お店の外にみんなを待たせている。お会計も済んだことだし早く出なければと思ったけれど、この機会を逃すと次いつ寧音さんと二人でお話ができるかわからない。この場で伝えておこう。
「え? えっ? な、なんっ……です?」
僕と寧音さんは端のほうに寄っているとはいえ、店内には他にお客さんもいるのでもう少し隅に移動してもらってなるべく声を潜めた。
「手描き切り抜きのこと、まだ直接お礼言えてなかったから。寧音さんもとても忙しいのに引き受けてくれて、本当にありがとう」
「ぴゃっ……ひぃ、ひぇっ。ま、前に、通話でお礼言ってもらってますから、そんなの、ぜんぜんっ……ち、近っ」
「直接顔を合わせられる距離にいるのに通話だけっていうのも、なんだかなって思って」
「ぜんぜん、気にしないでもっ、ぁいっ……。あん、あ、あふっ……あんなの、ファンからすれば趣味らからっ……だいじょぶれす」
「ふふっ、夢結さんと同じようなこと言ってる。姉妹だなあ。こうやってお礼を言うのも僕の自己満足かもね。ごめんね」
「はっ、んぁっ、ぃっ……いえっ、感謝っ、は……だいじだし、だいじなことだと思い、ます……」
「寧音さんにとってはどうってことないかもしれないけど、僕にとってはとても嬉しいことで、なによりとても助かったんだ。だから僕にできることがあったらなんでも言ってね。お返しさせてほしいから」
「っ、ぁっ……だっ! っ……は、ぃ。あぃがとう、ごじゃしゃすっ……っ」
「あははっ、なんで寧音さんがありがとうなの? 僕がありがとうって感謝する立場なのに。それじゃみんなのとこ行こうか。待たせちゃってるしね」
「……ぁぃ」
他人に聞かれたくない話は終わったので離れる。反応が乏しいのでどうしたのだろうと心配になったが、
あれだけ素晴らしい手描き切り抜きとイラストを描いてもらっているのだから、僕が寧音さんや夢結さんに感謝するのは当然のことだ。なのに『ありがとう』を伝えられるだけでここまで照れてしまうなんて、寧音さんはとても純朴なのかもしれない。ファンとしてどうこうと言っていたし、感謝などの見返りは求めていない、ということなのだろうか。だとしたら高潔すぎる。
その気高い精神には敬服するけれど、そんな慎み深い寧音さんだからこそ、手描き切り抜きやイラストという形で送ってくれている応援に僕はどうにか報いたい。
寧音さんにも夢結さんにも、僕はもらってばかりだからなあ。何かお返しができればいいのだけれど。
恥ずかしがって俯いてしまっている寧音さんをそのままにしておくと人とぶつかってしまいそうなので、その小さな手を取って一緒に店外に出る。
礼ちゃんたちは僕たちを待っている間往来の邪魔にならないよう、道の端に寄ってお喋りしていたようだ。
「あっ、お兄ちゃーん! こっちだよ! 結構時間かかったね。お会計混んで……寧音ちゃん? どうしたの? 大丈夫?」
「あ……う、うん。れー姉、だいじょぶ。体調悪いとかじゃ、ないから……」
「ほんとか寧音? 顔真っ赤だし。帰りだいじょぶそ? うち、帰りついていこっか?」
「寧音ちゃん、あたしのお家近いし休んでく?」
「や、ほんと……ほんとに、大丈夫。ありがと、由紀ちゃん、梓ちゃん」
「……はっはーん。なるほどね」
「……なにかな? ゆー姉」
「べつに? だいたい想像ついただけ。同情はしないけど、しゃあないから腕くらいは貸したげる。お兄さんに迷惑かかるし」
「くっ……あ、ありがと……。お兄さん、手……ありがとうございました」
「うん。僕より夢結さんのほうが落ち着けるだろうからね」
「ち、ちがっ……ちがうけどちがわないっ。自分の根性のなさが憎いっ……」
「……なにがあったのかは家に帰ってからゆっくり聞かせてもらおうかな」
僕の手を離れ、寧音さんは辿々しい歩みで夢結さんの隣まで歩き、差し出された腕にくっついた。わあ、なんだかとても胸の温まる光景だなあ。微笑ましい。
照れ屋さんな寧音さんも、夢結さんの近くにいればそのうち心も落ち着いて紅潮も治まるだろう。
「それじゃ、学生さんも多いことだし今日はもう帰ろうか」
「えーっ! もっと遊んでかね? いつもはもっと遅くまで遊んでんだけど!」
「それなら普段からもっと早く帰るべきだね」
「くっ、兄ちゃんめ。減らず口をっ……」
「これは減らず口じゃなくて指摘って言うんだよ」
「ボウリングとか行かん? それかゲーセンとか。レースゲーやんない?」
「由紀ちゃん、どうしてレースゲームへたなのに誘えるんだろ……」
「梓? うっさいよ?」
「ボウリング……。みんなでレースゲーム……」
「お兄ちゃん?」
「だ、駄目だよね? うん、もちろんそうだよ」
ボウリングという耳馴染みのないワードにも、みんなでわいわいやるレースゲームにも大変興味をそそられたけれど、礼ちゃんの優しい
危ないところだった、この大型複合商業施設には誘惑が多すぎる。
「そうだよね? いくら由紀ちゃんが大人っぽいって言っても中学生だからね?」
「くっ……惜しかったのに。礼愛姉がいたし」
「あはは……由紀ちゃん、帰ろっか」
「そうしよっか」
「……あ」
「どしたん? 兄ちゃん」
ここで解散という流れになって、ようやく思い出した。
しかし思い出したはいいものの、僕が離れた間に帰られてしまうと困る。ここは頼りになる妹に助けてもらおう。
「礼ちゃん」
礼ちゃんの名を呼び、少しだけ時間を稼いでほしいと念じながらぱちぱちと瞬きする。
どうせならサプライズにしたいので口には出せない。だがさすがに礼ちゃんといえど、このような方法で意図が伝わるとは思え──
「ん。任せて」
──伝わるのだ。これが兄妹の絆である。
礼ちゃんがみんなに話しかけて注意を引いたタイミングを見計らい、僕は息を殺してフェードアウト。
ゲームセンターとカラオケ店とのルート上にあるロッカーまで駆け足で向かい、プライズが入った袋を回収。速やかに礼ちゃんたちの下まで戻る。
カラオケの部屋で話していたことを思い出したのだ。
あまり引き留めていては由紀さんや梓さんの帰りが遅くなってしまうので駆け足で戻る。
「あれ? お兄さん、いつの間に……。というか、いつからいなく……」
「まあまあ。はい、夢結さん。荷物、持ってきておいたよ」
「えっ、わっ……すいません、お兄さん。わざわざ……」
「ゆー姉、なにその袋? ん? ……ゲームセンターの?」
「そう。ゲームセンターのクレーンゲームで夢結さんとどっちがより取れるかって勝負してたんだ。ぬいぐるみも取れたんだけど、僕の殺風景な部屋だと寂しいだろうから、代わりに寧音さんたちに連れて帰ってもらえると嬉しいなって」
「あははっ、お兄ちゃんの部屋に飾るより寧音ちゃんたちのほうがよっぽど似合うだろうね!」
「本当にそうだよ。僕の部屋だと絶対に浮いちゃう。置かれるぬいぐるみが可哀想なくらいだよ」
場を繋いでくれていた礼ちゃんと話しながら、ぬいぐるみを袋から取り出す。隣に並んだ礼ちゃんは僕の手がぬいぐるみたちで塞がらないよう、一体を持ってくれた。
「えっ、お、お兄さん。もらっていいんですか?」
「あっ……ゲームセンター行った時に寧音ちゃんとこの子かわいいねって言ってた子もいる……。仁義さん、ほんとにもらっちゃっていいんですか?」
礼ちゃんが持ってくれていたぬいぐるみは梓さんへ、僕が袋から引っ張り出したぬいぐるみは寧音さんの手へと渡る。二人の胴体を覆うほどのサイズだ。二人はぬいぐるみの脇の下に手を通して抱きかかえている。自然と口元が綻んでしまうような、とても愛らしい光景だ。
「うん、どうぞ。みんなに……あっ」
袋に手を入れて、重大な失敗に気づく。大事なことを失念していた。僕が取れたプライズは、大きなぬいぐるみが二つと、
「最後にプレゼントってほんと兄ちゃん、やることイケメンすぎっしょ! よかったじゃん! 寧音も梓も、かわいー、ほしーって言ってたしね。もらっとけ! 甘えとけ!」
「でも、この大きなぬいぐるみ二つしか……」
「二つ取れてるだけでもすごいっしょ。ゲームもうまいんだ、兄ちゃん。うちはいいから、寧音と梓に渡したげて」
「で、でも由紀ちゃんは?」
「そ、そうだよ……」
「いやいや、うちには似合わんっしょ。ぬいぐるみ抱っこしてかわいーっ、とか。ぜんぜん似合わんし。こういうのはかわいい寧音と梓のほうが持ってたほうがいっから。今あんたたちめちゃかわいいし! 写真撮りたいくらい! 撮ってい? 撮るわ」
「くっ……僕がもう一つ大きいのを取れてたらこんなことには……。残ってるのなんて、こんなウミダンゴムシしか……」
自分には似合わないだなんて嘯くけれど、由紀さんだってとても愛らしいのだから、二人と同じようにぬいぐるみを抱っこしていれば似合うに決まっている。
だというのに、僕の手の中にはもう『こいつ』しか残っていない。失態だ。
「兄ちゃん、いいってば。寧音と梓のかわいいとこ見れただけでうちも満足……てかウミダンゴムシってなん?」
「これだけど」
由紀さんの手のひらにキーホルダーのウミダンゴムシを置くと、由紀さんはもとから大きな瞳をこぼれ落ちそうなほど見開いた。
「わぁっ! ダイオウグソクムシじゃん! あははっ、きもかわー!」
きゃっきゃと笑いながら、由紀さんはウミダンゴムシことダイオウグソクムシを横から見たり上から見たり下から見たり、
礼ちゃん以外に『こいつ』の正式名称を知っている子がいるだなんて驚きだ。
「由紀さんも知ってるんだね、それ。礼ちゃんしか知らないんだと思ってた」
「だから言ったでしょ。一時期話題になったんだよって」
「一時期っていうか、うちの中ではまだ話題だし」
「あ、そ、そうなんだ……。なんかごめんね……」
「由紀ちゃんは生き物好きだもんね」
「あ、そういえば前に散歩してるわんちゃん見かけた時も、種類、犬種? 教えてくれてたね」
「ん! かわいいかんね!」
「もしかしたら由紀さんなら、他にもあった細いウナギとか、刺々しい帽子に目がついた生き物もわかったのかなあ?」
「細いウナギ……とげとげの帽子? それチンアナゴとメンダコじゃね? たぶんだけど」
「すごい、由紀さん実物見なくても予想がつくんだ」
「や、たぶんね? これ海洋生物シリーズ、第二弾、深海生物って書いてっし。チンアナゴは深海生物じゃない気もすっけど。……ね、兄ちゃん。うちこれもらってい?」
「え? う、うん。由紀さんがいいなら、どうぞ?」
「えへへっ、やった! きもかわー! なんにつけよっかなー」
ぬいぐるみのたくさんある脚の部分を、由紀さんはにこにこしながら指先でつんつんしていた。
僕からすれば不要品を引き取ってもらったようなものだ。はたしてこれでいいのだろうか。
「あの、お兄さん。あたしのぬいぐるみを由紀ちゃんにあげたらどうです?」
「え?」
本人が嬉しそうならいいのかな、と自分を納得させようとしていたら、夢結さんがそんな提案をしてくれた。
「でも、それは夢結さんが取ったものだし……」
「そうっしょ、
「犬の大きいぬいぐるみなんだけど」
「でっかいわんこっ!」
夢結さんがぬいぐるみを取り出すや否や、由紀さんは目を輝かせた。
生き物が好きとも言っていたし、それが可愛い犬ともなればダイオウグソクムシよりもよほど魅力的だろう。
「ほんとにいいん? 夢結姉だって、ほしくてこの子取ったんじゃないん?」
「あたしはクレーンゲームで景品を取るのが好きなだけだからぜんぜんいいよ。いつも取ったぬいぐるみとかほかの景品も礼愛にあげてるくらいだしね」
「じゃ、じゃあ……もらってい?」
「ふふっ、うん。どうぞ」
「わーっ、かわいーっ! ふわふわだし!」
夢結さんから大きな犬のぬいぐるみを受け取った由紀さんは、そのまま
とても可愛い絵面なのに、由紀さんは指にキーホルダーを引っかけたままだったので犬の背中にダイオウグソクムシが引っ付いてしまっている。遠目では寄生虫にしか見えない。やはり今からでも返してもらったほうがいいかもしれない。
「かわいい」
「うん、かわいい」
「やっぱりかわいい……」
礼ちゃんと寧音さん、梓さんが異口同音に『かわいい』と答えていた。由紀さんはぬいぐるみについて『かわいー』と言っていたけれど、おそらくこの三人は由紀さんに対して『かわいい』と言っている。でも仕方ない、僕も思う。かわいい。
「どうする? 持って帰る時大変だろうし、袋に入れとく?」
「んやっ、せっかくだし抱っこして帰る」
「なにがせっかくなのかわかんないけど、まぁ由紀ちゃんがそうしたいんならそうしたらいいよ。一応袋も渡しとくから」
「あんがと夢結姉」
「ふふっ、どういたしまして」
「梓さんにも袋渡しておくね。抱っこしてると両手が塞がっちゃうし、困った時は袋に入れて」
「はっ、はいっ……ありがとうございますっ」
「そういや兄ちゃん、今日はどうやってきたん? 電車? 車?」
「車だよ。もうちょっと大きい車だったら全員家まで送れたんだけど……ごめんね」
「いや、家まで送れなんて言わんし。そりゃそのほうが楽でいいけど。夢結姉のことはもちろん送って行くんしょ?」
「うん、そうだね」
「んじゃ寧音もついでに送ってやってくんね?」
「えっ?! 由紀ちゃんっ?!」
「帰りは同じなわけだしね。わかったよ」
「え゛っ?!」
由紀さんの命により、寧音さんは僕たちと一緒に帰ることが決定した。夢結さんを家まで送るのだから、同じ家に住んでいる寧音さんも送るのは当然と言えるだろう。梓さんには帰る時に不便になるかも知れないからと袋を渡したのに、寧音さんには渡していなかったのはそういうことだ。最初から送るつもりでいた。
「それじゃ寧音ちゃんとはここでお別れだね。また遊びに行こうね。メッセージ送るから」
「う、うん……」
「あははっ、じゃね寧音。兄ちゃん、礼愛姉、夢結姉、今日はあんがとね。すっごい楽しかったし。ぬいぐるみも、ありがと」
「僕もおかげで楽しかったよ。ありがとう」
「うん! 私も息抜きできたしね!」
「大事にしてもらえるとうれしいよ」
「兄ちゃん、カラオケ誘ってくれてありがとね。ごちっした! また遊んでね。んーじゃ、ばいばいー!」
「あっ、ぬいぐるみもカラオケも、あのっ、ありがとうございましたっ。それでは、し、失礼しますっ」
ばいばい、と手を振って、由紀さんと梓さんとはここでお別れする。離れてからも一度振り返って、由紀さんは片手で犬ぐるみを抱えながら最後に大きく手を振り、梓さんはぺこりと一礼していた。
「二人とも良い子だね」
僕がそう言うと、寧音さんは照れくさそうにふにゃっと笑って、でも力強く断言する。
「はいっ、自慢の友だちです。あ、でも……梓ちゃんは優しくて物静かな子だけど、由紀ちゃんは誰に対してもあんな感じなので、たまにいろいろあるんですよね……」
「あー、たしかに……由紀ちゃんはまあ、ある程度付き合いが長くないと誤解されやすそうではあるよね」
「あたしも最初は由紀ちゃんのテンションに押されちゃってたわ。わりとセンシティブな発言も飛び出るし」
「でも、由紀さんは寧音さんのことも梓さんのことも大好きなんだなってことは伝わってきたね」
「あははっ! わかるわかる!」
「ふふっ、あたしも思いました」
「ま、まぁ……裏表のないところが由紀ちゃんのいいところですからね」
由紀さんは普段からあの調子なのだとすると誤解もされやすいのだろう。あのはっきりと物を言う由紀さんの振る舞いは長所ではあるけれど、時に短所にもなり得る。
そういうところも含めてちゃんと僕たちに友人の魅力が理解されているとわかって、寧音さんも嬉しいのかもしれない。由紀さんの話をする寧音さんは、どこか誇らしげだ。
「また遊べる機会があるといいね。それじゃあ、僕らもそろそろ帰ろうか。遅くなっちゃうからね」
「はーい」
「はい。妹ともども、帰りもよろしくお願いします」
「あ、お、お願いしますっ」
「あはは、そこまで堅くならなくてもいいのに。律儀だなあ。はい、お願いされました」
*
「ただいまーっ! 楽しかったなーっ! 夏のいい思い出になったなーっ! 勉強しなきゃなー。ぬいぐるみとフィギュアどこに飾ろっかなーっ!」
家に帰ってくるや、礼ちゃんはハイテンションのままぱたぱたと二階へ駆け上がっていく。それだけ今日のお出かけが楽しかったということなのだろうけれど、話の内容が二転三転ころころと、瞬く間に移り変わっている。『楽しかったんだね』とほんわかするより先に『大丈夫かな……』と心配になってしまうので一度落ち着いてほしいところ。
「礼ちゃん、情緒がおかしくなってるよ。今日の振り返りも勉強もぬいぐるみとフィギュアの配置も一旦後回しにして、先にお風呂入ってね。お風呂上がったら晩御飯にするから」
「うんっ! 私、今日は軽めでいいかな」
「そうだね。カラオケでもちょくちょく食べてたし、僕もそんなにお腹空いてないしね。少なめにしておくよ」
「うん、おねがーい。じゃあ先にお風呂入っちゃうね」
「はい、いってらっしゃい」
「なんなら一緒に入ってもいいよ?」
「はい、いってらっしゃい」
「ぷえ……お兄ちゃんが冷たい……」
ゲームセンターで取ってもらったフィギュアに加えて、帰り際に夢結さんからいただいた大きなぬいぐるみを抱えながら、礼ちゃんは部屋に入った。
僕もすぐにお風呂に入るけれど一度部屋着に着替えて、食事の準備をしておこう。
カラオケでいろいろ摘んでいるのでそれほど量は入らないけど、だからといって食事の時間を後ろに大きくずらしてしまうと体内時計が乱れる原因になってしまう。礼ちゃんの健やかな成長と美貌を守るためにも、生活リズムを狂わせる要因は作りたくない。なので食事はなるべく決まった時間に摂れるようにしている。お腹が空いていない場合は時間を調節するのではなく、量を調節するのだ。
量は減らしつつ、栄養のバランスを整えるにはどのメニューがいいかな、と作り置きの料理と冷蔵庫の中の材料を思い出しながら考えていく。ああしてこうして、と穴埋めするのはパズルに近い。
着替え終わると一階に降りてスマホを見る。レシピを検索するわけではなく、今日は日中ほとんどSNSやコミュニケーションアプリを開いていなかったので、そちらのチェックだ。
「……え? 偽物、かな? あ、本物だ」
SNSのほうに異常が発生していた。
今のところ何の絡みもない、一切まったくこれっぽっちも接点のない、配信で名前を挙げたことすらないVtuberの同業者さんに、唐突にフォローされていた。
「『Golden Goal』の
チャンネル登録者数は百万人を突破し、もうすぐ百十万人に達しようかというほどに人気も勢いもある『Golden Goal』の看板ライバー、壊斗さん。
配信者として勉強させてもらおうと思い、壊斗さんの配信のアーカイブを観させてもらったことがある。
ゲーム配信ではFPSの比率が高いものの、わりと様々なジャンルを触っている人で、何曲か歌ってみた動画も投稿されている。コラボは同じ事務所の人たちが過半数を占めているけれど、違う事務所の男性ライバーとFPSゲームでコラボしているのもあった。すらすらと流れるように出てくる軽口と、一風変わった独特な言い回し、コラボしている時は相手に合わせて配信の盛り上げ方を変えられる柔軟さと応用力が魅力の人なのだろうと感じた。とてもお顔が整っているし、お顔にイメージぴったりの格好良い声も人気を集める一因になっていると思われる。
などと、Vtuber界隈の勉強の一環で壊斗さんを観させていただいた時には恐れ多くも分析していた。顔、声、ゲームの腕、喋りの上手さ、コラボ時は相手へのリスペクトを感じたし、配信の頻度も極めて高い。ついでにVtuber事務所として大手の『Golden Goal』に所属している、ということも付け加えていいかもしれないが、これだけ要素が揃っていて、なおかつ努力を積み重ねてきたからこそ、Vtuberとして、配信者としてあそこまで上り詰めることができたのだろう。並大抵の努力では成し得ない。
そんなすごい方が、どうして僕をフォローするのか。単なる気まぐれや、あるいは押し間違いだろうか。そちらのほうがすんなり理解できる。
フォローされた理由はわからないけれど、フォローを返さない理由はこちらにはないので、一応返しておく。
そんな異常事態が発生していた僕のSNSのアカウントにはメッセージも届いていた。確認してみれば送り主はロロさんだった。
どうされたのだろう。もしかして以前にロロさんと行ったコラボの時に話題に上っていた、例の大変愉快で独特な人間性をしているらしい例の友人さんの件だろうか。
コラボ配信の後もちょっとだけ話していたけれど、例のご友人さんの名前は出していなかった。なので調べようにも調べられなかったのだ。
配信中に、その人とお話をする場を設けてくれると仰っていたので、もしやその方とのコラボのスケジュール調整のお話かと思いきや、どうやら例のご友人さんではないようだ。
しかし、ある意味ニアピンではあった。
「……んん? 壊斗さんと……コラボ?」
ロロさんがコラボのセッティングをしてくれた。そこは推測通りだったけれど部分的に違いがあり、その相手が前に話していたロロさんのご友人ではなく壊斗さんだったこと。
どうやらロロさんは壊斗さんから顔繋ぎを頼まれたらしい。
なぜか壊斗さんはジン・ラースとのコラボを望んでいる。でも一度も絡んだことがない。なので共通の知り合いであるロロさんが橋渡し役を任された。
メッセージの文面から読み取るにそういうことのようだ。
僕から壊斗さんへ何かしらのアクションを起こしたことはなく、僕の知る限りでは壊斗さんも配信中などで僕へ関心を示したことはなかった。そういった切り抜きを観た記憶もないし、リスナーさんから『壊斗さんがジン・ラースにこういうこと言ってたよ』みたいなコメントが送られてきたこともない。
壊斗さんからコラボしたいと思われるようなきっかけや経緯についてはさっぱり見当もつかない。けれど『一緒に遊びたい』とか『一緒に配信したい』と言ってくれる人がいるのなら、お誘いを受けない理由はない。
ロロさんとまた配信できるのも嬉しいし、もしかしたらこれを機に友人が増えるかもしれない。
僕の目標にまた一歩近づくことになるかもしれない。断る理由なんてない──が、二つ返事でロロさんに了承しましたと返答することはまだできない。
「ロロさんに返信して、美影さんに連絡っと」
まずはロロさんにコラボのお誘いについて感謝と、あと事務所から確認と許可でお時間をいただく旨のメッセージを返信する。それから事務所の敏腕スタッフ美影さんへ連絡だ。
美座さんとの実質的な突発コラボの後、美影さんには『念の為に、これからはコラボの前には一報ください』と一度注意されていたのだ。また初めての方とコラボできることに舞い上がりそうな気持ちを抑えつつ、美影さんへとメッセージを飛ばす。
ロロさんとは一度コラボしているし、壊斗さんは『End Zero』と並ぶ二大Vtuber事務所である『Golden Goal』所属。よほどの事情がない限り、事務所から許可が下りないなんてことはないだろう。一報入れるのはあくまで報告であり確認だ。ほぼ確実に許可は出ると見ていい。
「コラボ、楽しみだな」
コラボは純粋に楽しみだけれど、コラボを楽しむ前にまずは配信を成功させることが大前提だ。観ている側が満足して、やっている側も楽しい配信をする。僕の私利私欲を満たすのはその最低条件をクリアしてからである。
何をするのか、ゲームをするのか雑談をするのかすら決まっていないけれど、僕はすでにわくわくしていた。
ちょっとコラボに誘われたことでお兄ちゃんの気持ちが先走ってしまっていたのでそのあたりを修正しました。感想で教えてくれた方、感謝です。
というわけで配信外のお話でした。
配信してる時以外、日常生活でのお兄ちゃんがどんな感じなのかをお伝えできていたら嬉しいです。
夢結さん寧音さんとの絡みをがっつり書こうと思うと、やっぱり配信外のほうが描写がしやすいのでこういう形になりました。書いてるうちに文章量までがっつりになってしまったのは少々反省点ですが……。
今回の配信外のお話で登場した寧音さんのお友だちの二人、由紀さんと梓さんですが、当初の予定では名前の設定もつけずにもうちょっとモブっぽいキャラになるはずでした。でも名前なしだとどうにも書き進められないな、と思って名前をつけたらとんでもないくらいに動き回りました。予想外。とくに由紀さんの躍動っぷりがどうにもなりません。書いててとてもおもしろい子になってました。
これにて配信外パートは終わりまして、次からまた配信パートに戻る形になります。
次もお兄ちゃん視点です。
以前にちらっと登場した『Golden Goal』所属のライバー壊斗さんと、再登場のロロさんとのコラボ配信になります。
これからもよろしくお願いします。