サイコバグなお兄ちゃん、Vtuberになる。   作:にいるあらと

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「──もう、ジンは外さねーよ」

 

 翌日。サバイバル生活三日目。

 

 肉ならば干したものだろうとスープにぶっ込めるみたいだったので、保存食として置いといたカメ肉と余った木の実を鍋に放り込んで朝ご飯にした。

 

〈腹減る〉

〈この時間に鍋はつらい〉

〈うまそう〉

〈シカ鍋の時もお腹すいてきつかったよ〉

〈鍋囲むのいいなw〉

 

 配信を観ているリスナーへ盛大な飯テロをした後は恒例のクラフトの時間だ。

 

 三人で前日に集めた素材を持ち寄り、今日の行動予定と照らし合わせながら作るアイテムを選んでいく。

 

 そうしている時に、とうとうサイレンが鳴り響いた。

 

『ぴゃあぁっ?! な、なにっ?!』

 

「さっき言ったイベントだ。ラッシュ前のサイレン」

 

〈お〉

〈うお〉

〈サイレンの音ビビるよなw〉

〈高校野球思い出す〉

〈甲子園感あるw〉

〈今の時期だからな〉

〈壊斗音下げてて草〉

〈前回くそびびってさげてたからなw〉

 

 ゲーム内の音量設定にもよるが、このサイレンはなかなかに音がでかいのだ。島全体に聞こえるという設定なのだから仕方ない。俺は前にこのサイレンでびっくりしたから前もってボリュームを絞っておいた。

 

『このサイレンが鳴る回数でラッシュのレベルがわかるんですよね』

 

「そうそう。次で二回目だ。さすがに一回なんてことはなかったか」

 

『みんながなに言ってるかわかんないくらいうるさいんだけどサイレンーっ!』

 

『音の設定のところでサイレンの項目があります。そこで調整すると良いですよ』

 

「これで三回目。ここで終わってくれるとありがたいんだけどな」

 

『あ、これだよね?! これを動かしびゃああぁぁっ?!』

 

〈二回はさすがにないか〉

〈レベル三くらいかな?〉

〈ロロw〉

〈ロロが一番うるせーw〉

 

「なんなんだお前はさっきからっ! サイレンよりよっぽどうるせーわ!」

 

『おそらくボリューム調整のバーの動かす方向を間違えてしまったんでしょうね』

 

『耳がぁ……。動かす方向まちがえたぁ……』

 

「マイナスとプラスでわかりやすくなってるだろ! どうやりゃ間違えんだよ」

 

『マイナスとプラスは書いてるけどっ! そもそも他の設定が多くて文字がきゅってなってて読みにくいの! うるさいなぁっ!』

 

「お前が一番うるせーんだよ!」

 

『これで四回目……。最初のラッシュではそうそう高レベルのラッシュは発生しないと伺っていましたが……』

 

「……そうだな」

 

〈ちゃんと書いてんだろw〉

〈サイレンおわんねー〉

〈四回目だ〉

〈十分ゲームオーバーレベルだろこれ〉

 

 ロロがけたたましく騒いでいる間にも、ロロの次にうるさいサイレンはその回数を伸ばしていく。

 

『え、えっ……こ、これ、五回目、だよね? 四回目じゃないよね?』

 

『……五回目、ですね』

 

 おかしい。サバイバル生活三日目、つまり一番最初のラッシュイベントでは、どれだけ運が悪くても最大でレベル四までだったはずだ。

 

 サイレン五回目なんざ、前回七日目で壊滅した時のレベルをすでに上回っている。

 

「六っ……おい、サイレン止まんねーじゃんか! どうなってんだよ!」

 

『どうなってるのはこっちのセリフなんだけどっ?! 話がちがうよぉっ』

 

『…………』

 

〈上限どこいった?〉

〈バグか?〉

〈難易度至難は上限ない〉

〈難易度高いと日数浅めでもラッシュ高めになる〉

〈かなり運悪いほうではある〉

〈上限ないマ?〉

〈くそみたいな難易度だなおい〉

 

「七回目……ようやく止まったか。終わってんなぁ……」

 

『どどどどうするの? どんな数くるのこれ? お家っ、お家守れる……?』

 

『…………。とりあえず洞窟攻略は延期です。クラフトの前で助かりました。残っている木材と今から木を切りに行った分でなるべく多く壁を用意しましょう。壁でキメラントの動きを止めている間に、罠を使って可能な限り数を減らします』

 

 サイレンが鳴り響いていた間建築一覧表を(つぶさ)に確認していたジンが提案する。

 

 正直、これまでに集められた資材と装備でレベル七のラッシュを捌けるとは思えないが、ジンが落ち着いてやることを一つ一つ明確に言葉にしてくれるおかげでなんとかなりそうな気がしてくる。

 

「ふつうの木の壁だと動物型にはすぐ壊された。馬防柵ってのを置いといたほうがいいらしい」

 

『キメラントの数ってどのくらいなんでしょう? 動物型もいるみたいですが』

 

〈レベル七は草枯れる〉

〈サバイバル生活終了のお知らせ〉

〈三日目で七は無理やろ〉

〈拠点……〉

〈お家は厳しいか〉

〈悪魔やるつもりなのか〉

〈かっこよ〉

〈罠と壁と火でなんとかならんか〉

〈ノーマルだとヒト型九〜十二で動物二体〉

 

「レベル四でどんくらいだったか……ヒト型が合計三パくらいで、トラ型が一体いたと思う。七でどれだけ増えるかはわからん。……リスナーが教えてくれたわ。ヒト型が三から四パ、動物型が二体だとよ」

 

『助かります。……壊斗さん動物型抑えれますか? 攻撃は考えずに、時間稼ぐだけでいいんですけど』

 

「い、いや……さすがに二体は……。んーっ、やるしかねーか……」

 

〈くっそてき多いやんけ〉

〈ヒト型だけでも無理じゃん〉

〈まだ弓矢もないんだぞ〉

〈動物型二体は抑えられねーでしょ〉

〈悪魔だけでヒト型片づける計算な時点でガバガバ〉

〈ワンブイツー凌げるんか〉

 

『っ……ロロっ、ロロもっ! ロロも盾でがんばるよっ!』

 

『動物型を一体引きつけてもらえたら助かりますが……大丈夫ですか?』

 

「けっこう動物型は迫力あるぞ? 怖いの無理だろ、お前は」

 

『だっ、だって……みんなのお家守るのに、ロロだけなんにもしないなんてできないしっ……。が、がんばる……。ロロは、戦えないんだもん……盾で時間稼ぐくらい、できなきゃっ』

 

〈ロロ!〉

〈だいぶ怖いぞ大丈夫か〉

〈ロロ無理すんな〉

〈おうち守りたいもんな……〉

〈健気で泣ける〉

〈ロロ……〉

 

『……ふふっ、ありがとうございます。頼りにしてますね』

 

「はっは! よっしゃ、俺と一緒に時間稼ぎがんばろうぜ。動物型さえ抑えときゃあ、あとはジンがどうにかする」

 

『どれだけ持ちこたえられるかわかんないけど、が、がんばる……。ジンさんは大変だけど……大丈夫?』

 

『ええ。任せてください。ヒト型を一掃したらすぐに動物型のほうも倒しますからね』

 

〈悪魔の負担えぐない?〉

〈一人だけ倒す量やばいんだが〉

〈やる気で草〉

〈できるんか悪魔!〉

 

 動物型キメラントのタゲを一人で取るというのも過酷な役割だが、俺とロロには大盾がある。両手持ちの盾だから動きは鈍くなるし武器は持てないが、その分防御範囲が広くて敵の攻撃は防ぎやすい。動物型キメラントは迫力がとてつもないし、間近だとかなり恐怖心を煽るだろうが、盾の後ろにいる限りは安全だ。

 

 対してジンは敵を倒していかないといけない。俺たちが動物型を引きつけている間にヒト型を速やかに鏖殺(おうさつ)し、その上で動物型を倒さなければならない。

 

 圧倒的にハードだが、それでもジンは気負いせず、気圧されず、どこまでも自然体でかつ強気な発言だった。

 

「頼りになりすぎるなぁっ、おいっ! 勝とうぜ! すぐ準備すんぞ!」

 

『うんっ!』

 

『ええ、勝ちましょう』

 

〈悪魔心強い〉

〈安心感ぱないわw〉

〈ロロがんばれ!〉

〈あつくなってきたw〉

〈絶望的だけど熱い展開〉

 

 作戦の大筋は固まった。

 

 あとはどれだけ準備できるかにかかっている。

 

『まずは壁と馬防柵……だったよね?』

 

「ああ。どれだけ木材必要になるかわからん。取りに行くぞ」

 

『作業しながら聞いてください。作れるのなら森から近いところに馬防柵と罠を置いて数を減らす第一ライン、拠点の近いところで一方的に攻撃できるように再び馬防柵を並べる第二ラインを作りたいです。それが壊されたら動物型のターゲットを二人に受け持ってもらう、という形にしたいところですが、木材が足りるかわかりません。足りなかった場合は馬防柵と罠の第一ラインだけにします』

 

「おっけ!」

 

『わかったっ!』

 

『僕は必要になる木材の量の確認と必要になるアイテムのクラフトをします』

 

 俺とロロは無心で大木を切りまくって木ぞりに載せて運ぶ。

 

 木ぞりは二つあるので一つをジンの近くに置いてジンはそこから木材を使って馬防柵を建てていき、もう一つの木ぞりは俺たちの近くに置いて伐採し次第載せていく。木材を満載にした木ぞりはウサギ皮の靴で移動速度が若干速いロロがジンのところに持っていき、木ぞりを交換して空になった木ぞりを引いて森の入り口に戻る。

 

 高回転で資材を供給していたが馬防柵にはかなりの量の木材が必要なようで、防衛線を二つ作るには時間が足りなかった。

 

 ロロが作ってくれていた物見櫓(ものみやぐら)の森側に、馬防柵のラインを築いた。

 

『馬防柵のラインを二つ作るのは難しそうだね……』

 

「さすがに時間足んねーか。ジン、こっからは罠か?」

 

『はい。木の葉の罠を設置します。今持っている分では心許ないので、森で拾ってきてもらっていいですか?』

 

『行ってきまーすっ!』

 

「速ぇっ……」

 

 森の中で斧を横薙ぎに振り回し、適当に破壊した草むらや小さな木から素材を回収。これを繰り返す。馬防柵の前でジンの指示に従いながら木の葉の罠を設置する。

 

 何度か繰り返しているうちに、ラッシュの時間が目前まで迫っていた。

 

 自然と家の前に三人集まっていた。家の前から陣容を見やる。

 

 ここから見て一番奥、森側に木の葉の罠、その手前に馬防柵が並び、馬防柵の手前左端にはジンの舞台である物見櫓が立っている。目の前に広がる光景は、俺が前回やって壊滅した時よりもよっぽど堅牢だ。

 

『このあたりが限界でしょう。ラッシュが始まるのは昼過ぎでしたよね?』

 

「ああ。太陽が真上になったらもう一回サイレンがなる。そっから押し寄せてくる」

 

『…………』

 

『木を切ったり走り回ったりでカロリーも水分も減ってるでしょうし、食事にしましょうか。ロロさん、お願いできますか?』

 

『っ……ん。わかった!』

 

 ジンは緊張してそうなロロに話しかけ、食事の準備を促した。手持ち無沙汰でただ待つより、なにかやっているほうが気が紛れると考えたのだろう。

 

〈なんか緊張するわ〉

〈こっちまで緊張してきた〉

〈ここまで頑張ったんだから大丈夫〉

〈どこまで粘れるか〉

〈クマこなきゃすぐには壊れん〉

〈イヌかネコで頼むっ〉

〈こええ〉

〈勝ってくれ〉

〈ゲージはフルにしときたいしな〉

〈最後の晩餐〉

 

『壊斗さんにはこちらを。大盾です。あと立ち回りが少しでも楽になるかと思い、ウサギ皮の靴も作っておきました』

 

「おお! 助かる! あっぶねー、盾忘れてたわ」

 

『今日は僕がクラフト担当ですからね。ちゃんと作っておきましたよ』

 

「さんきゅー。……作戦的にはどんなもん?」

 

『壊斗さんには、まず馬防柵に近づいてきた動物型を馬防柵の隙間から槍で攻撃してもらいます。馬防柵が壊れそうになったら僕が火矢で罠に点火するので、そのタイミングで一度退がって武器を盾に切り替えてください。馬防柵が壊れたら盾でタンクですね』

 

「だっは、わかりやすいわ」

 

『ロロは? ロロはなにしてたらいい?』

 

『ロロさんは最初から盾を持っててくださいね。盾を持ったまま建築したオブジェクトの情報を見れることは確認済みですので、ロロさんには動物型が攻撃してくる馬防柵の耐久値を報告してほしいです。僕は弓矢で、壊斗さんは槍で攻撃していると思うので、あとどれくらいで壊れるかのチェックができません。そこをロロさんにお願いします』

 

『はい! わかりましたっ!』

 

〈クラフトもやってたんか〉

〈作戦は整ってる〉

〈準備できてんな〉

〈オーダー助かる〉

〈IGL完璧なんだから〉

〈ロロがんばれ〉

〈ロロも大事な仕事がある〉

〈がんばれ!〉

〈悪魔は?〉

〈お家壊されんのいやだなー〉

 

「一応訊いとくけど、ジンはなにすんの?」

 

『僕は敵を見つけ次第弓矢で攻撃ですね。ヒト型を優先して倒し、その後に動物型の攻撃に移ります』

 

『簡単そうに言ってるけど、たぶんジンさんが一番ハードだよね……』

 

「そらそうだろ」

 

〈言うなら簡単だけど……〉

〈言ったことを実行するのが悪魔〉

〈群れで出てきたら意外とパニくるぞ〉

〈ラッシュはふだんとちがう〉

〈ずらっと出てきたら圧迫感ある〉

 

 これ以上ないくらいジンはシンプルに自分の役割をまとめたが、やることは一番プレッシャーがかかる部分だ。

 

 なにしろ、この作戦はジンがキメラントを速攻で仕留めるという前提で立てられている。仕留められなければ作戦が成り立たない。結果を出すことが求められるポジションだ。俺なら嫌だ。パーティ全員の命を背負うなんて。

 

『僕は目の前の敵を射抜くだけです。そう大変なことでもありませんよ。なるべく早くそちらに合流できるようがんばりますね』

 

「だははっ! 言うことが強いんだよなお前は。歴戦の猛者かよ!」

 

〈かっけーよ〉

〈こともなさげに言うのがかっこいい〉

〈男でも惚れる〉

〈ご飯できた〉

 

『かっこい……。あ、スープできたよ。みんなでご飯食べてがんばとらいね!』

 

『はい、がんば……え?』

 

「だはははっ! な、なんてっ? もっかいっ、ロロっ、もっかい言ってくれんかっ? だぁっははっ!」

 

『ち、ちがうっ! なんかっ、なんかいろいろ混ざっちゃったのっ! がんばらないとねとか、勝とうねとか、がんばろうとかが! 笑うな壊斗ぉっ!』

 

「ひやっ、これ笑うなはっ、むりっ……っ、だはっははっ!」

 

〈草〉

〈なんて?w〉

〈草〉

〈がんばとらいねwww〉

〈がんばとらいね!w〉

〈はっきりがんばとらいねってw〉

〈噛んだっていう長さじゃないwww〉

 

『たしか中国地方あたりで使われる方言に似たような言葉があった気がしますが……ロロさん出身とかって公表されてます?』

 

『ロロ生まれも育ちも関東だよ! 言い間違えちゃっただけだよ! そっとしといてよぉ!』

 

「やめっ、くふふっ……ジン、やめとけ。これから戦いが始まるんだから。だっはっ……早く飯食って、がんばとらいねっ! だぁっははは!」

 

〈がんばらいなら聞いたことある〉

〈がんばとらいねは知らんw〉

〈初耳すぎるw〉

〈壊斗w〉

〈こいつw〉

〈いじる気まんまんだっただろw〉

 

『壊斗ぉっ! お前はご飯なしだぁっ!』

 

『ふふっ。たしかに言葉はぐちゃぐちゃに合わさってしまってますけど、でもどことなくポジティブな響きですよね。「がんばとらいね」……いいですね、これから使っていこうかな』

 

『気に入らないでよジンさんっ! ただ噛んだだけだからぁっ!』

 

「だははっ、くっふふふっ……。いい、いいよな? ジン。だってっ、使われてる言葉っ、ぜんぶ前向きな言葉だしひぃっはははっ!」

 

『ジンさんは本気でいいと思ってるみたいだけど、壊斗くんはばかにしてるだけじゃん! ……いや本気でいいと思ってるほうがだめじゃん』

 

〈悪魔気に入ってて草〉

〈それはロロの造語なんよ〉

〈日本の言葉としてインプットしないでw〉

〈たしかに〉

〈なんかポジティブな気するよなw〉

〈ポジティブわかる〉

 

 ロロの造語に笑い転げているうちにサイレンが鳴ってしまった。ラッシュの始まりを報せるサイレンだ。

 

 やばいやばい、ロロのせいで薬膳スープをまだ食べていなかった。

 

『ほらーっ! 遊んでるから壊斗くん出遅れてる!』

 

「出遅れてねーよ! 持ち場につくのは間に合ってる!」

 

『はいはい、みなさん戦いが始まりますよ。これは僕らのお家を守る戦いなんですからね』

 

〈拠点が守れるかどうかの戦いなんだぞーw〉

〈笑ってたから遅れとる〉

〈悪魔はいつのまにか持ち場ついてるし〉

〈いつやぐら登ったんだよ〉

〈怒られててくさ〉

〈叱られてやんのw〉

 

『うぐっ……』

 

「悪かったって。準備できてる」

 

『それでは、諦めずに最後まで立ち向かいましょう。がんばとらいね』

 

『がんばっ……ジンさぁぁんっ!?』

 

「がんばっはっはっ! なん、なははぁっは!」

 

〈草〉

〈草〉

〈あくまw〉

〈がんばとらいね!〉

〈気に入ってもうとるw〉

〈負けるな!がんばとらいね!〉

〈がんばとらいねw〉

〈なんでそんな真面目な声で言える?w〉

〈ばかほど真剣な声で草〉

〈みんながんばとらいね!〉

 

 逃げられない戦いなのに装備は弱く、ラッシュはレベルが高い。ロロほどではないにしろ、俺も少し緊張して手が(かじか)んでいるみたいに動きが悪かったが、めちゃくちゃに笑ったおかげで緊張は吹き飛んだ。万全のコンディションだ。しっかり戦える。

 

『っ! 見えました』

 

 ジンの一言で、空気は一気に戦闘モードに切り替わる。

 

 ぴしゅんっ、と風を切る音が聞こえた。同時に視線の先の森の暗闇へと、白い線が飛び込んだ。ジンが矢を射ったのだろう。

 

〈撃った〉

〈悪魔頼むぞ〉

〈外した〉

〈さすがに遠いか〉

 

『ど、どう? ジンさん……』

 

『石ころの走り投げよりよほど速く、弾も落ちにくいですね。把握しました』

 

『う、うん、がんばってね……』

 

「不安がんなよ、ロロ」

 

 物見櫓にいるジンなら見やすいのかもしれないが、俺の視点からだとまだ敵は木の影に隠れて見えない。

 

 そもそも、物見櫓に登っていようと登っていまいと、そんなこと関係なくまず距離が遠い。倍率高めのスコープをつけたスナイパーライフルか、せめてスコープ付きアサルトライフルがほしい距離だ。弓矢で狙う距離ではない。

 

 物見櫓に視点を向ければ、ジンは次の矢を(つが)え、森を見据え、二射目を放った。

 

 他のやつになら『もっと敵が近づいてきてから撃てよ』と注意するところだが、ジンにはそういう心配はいらない。

 

 ジンの一射目は、弾道をしっかりと見極めるための一射だ。当てることよりも弾道を見ることを優先した一射。

 

 目に焼きつけて、脳に刻みこんで、次からの射撃を外さないようにするための、一射。

 

 だから、もう──

 

「──もう、ジンは外さねーよ」

 

『まず一つ』

 

 森の入り口の大木。そこから飛び出したヒト型の一体目を、ジンはヘッドショットした。

 

〈壁あるし近づいてからでもいい〉

〈矢もそんなに作れてないだろ〉

〈予備少ないし壁に寄ってからでいい〉

〈まてまてmて〉

〈どんだけ距離あると〉

〈へっしょ?〉

〈二発目で〉

〈バケモンで草〉

〈ないすー!〉

〈ワンダウン!〉

〈やばあああああ〉

〈かっけえええ〉

〈お前ならやってくれると思ってた!〉

〈悪魔あああああ!〉

 

『わああぁぁっ! ジンさんナイスっ! すごいよっ! すっ……。ひっ……っ』

 

「ここからがラッシュだからな。気ぃ抜くなよ! ロロ、盾装備して柵の耐久見といてくれよ!」

 

『うっ、うんっ』

 

 飛び出してきたヒト型の一体が地面に倒れ込んだとほぼ同時のタイミングで、まるで打ち合わせしていたかのようなそのタイミングで、森からキメラントが大挙して押し寄せた。

 

 ヒト型は俺たちから見て左側、ちょうどジンのいる物見櫓側に偏っていて、動物型は俺とロロのいる右側に寄っていた。

 

 ほぼ同時に大木の影から巨躯を曝け出すキメラントの大群というのは、かなり精神的に気圧される。視界一面に自分より強い生き物が並んで、自分を殺すつもりで怒濤の如く攻めてくる絵面は絶望感がある。

 

 ロロが怯むのも無理はない。俺だって、これがもし俺一人だけだったら立ち向かう気が失せる。回れ右して崖からダイブする。

 

 でも、絶望してすべて投げ出すにはまだ早い。

 

 絶望を(うちはら)うように、風切り音が連続して響く。

 

『二つ……三つ』

 

 ジンが弓を射るごとに数え上げる。

 

 そのたびに、糸を切られた操り人形のようにヒト型は一人、また一人と崩れ落ちていく。

 

「ナイスううぅぅっ! エルフかよお前は!」

 

『悪魔です』

 

『わああぁぁっ! ジンさんナイスぅ!』

 

〈ヘッショ!〉

〈まじでエルフみてーな弓の使い手w〉

〈簡単に倒してく〉

〈悪魔ですw〉

〈はいw悪魔ですねw〉

〈すごすぎいいいい!〉

〈ヒト型壁までこれねぇよw〉

〈寄せつけないw〉

〈弓矢持たせたら止まんねぇよ!〉

 

『森の中とは違いますね。想像以上に足が速い。動物型はイノシシとクマです。四つめ。もしかしたら馬防柵でもそう持たないかもしれません。ご注意を』

 

「っ……了解!」

 

『ひぅっ……っ、うんっ!』

 

〈最悪だイノシシだ……〉

〈イノシシとクマは不運すぎる〉

〈壁もたんぞ〉

〈がんばとらいね〉

〈三人ともがんばとらいね!〉

〈がんばとらいね!〉

〈ほんとに応援の言葉みたいになってる〉

 

 イノシシ型はジンとの戦いの時、プレイヤーなら斧を十回以上振らないと切り倒せない大木をたった二回の突進で倒していたらしい。最低でも石の壁くらいの強度の壁を用意しないとあの突進は止められないだろう。

 

 何回かは持つだろうが馬防柵には期待できない。

 

『五つ……ヒト型なら大丈夫。イノシシが速すぎる……もうすぐ当たります、さん、に、いち、今』

 

「っ、おお……一発は耐えたか。ロロ、耐久値は?」

 

 柵の隙間から槍を差し込み、イノシシ型の弱点らしい鼻を突き刺す。

 

 イノシシ型は苦痛の声を上げていたが、はたしてどれくらいダメージが入ったのか。その巨躯に比して、人が扱う槍はあまりにも細く、頼りなく見えた。

 

『三分の一くらいなくなったよ!? 攻撃一回で?!』

 

『三回耐えるとは思わないほうが良さそうですね……。補修剤を用意できたらよかったんですが……』

 

「素材がねーんだからしゃあない。この日数じゃ用意できねーもんのほうが多いんだ」

 

『そうですね……仕方ありません。六つ。あとワンパ。クマがそろそろそちらに到着します。に、いち、今』

 

 四足で駆けてきた勢いのまま、クマは馬防柵に突撃した。突撃の衝撃を語るような轟音が響いた。生き物とは思えない音だ。大きさもあいまって自動車みたいな感じだ。

 

 ミニバンみたいなでかさしてやがる。

 

「交通事故みたいな音したぞ……」

 

『と、突進で半分近く耐久減ったっ! まずいよ!』

 

『立ち上が……っ、二人とも下がってください! 罠使います!』

 

〈イノシシとクマだと突破力が高すぎる〉

〈一発の威力おかしいだろ〉

〈ヒト型の対処はええええ〉

〈ヒト型だけなら楽勝だったのに〉

〈まじでクマの攻撃力狂ってる〉

〈ナイス判断〉

 

 イノシシ型は突進したあと、後ろにゆっくり下がって助走をつける距離を空けてから突進のモーションに入っていた。

 

 クマ型は、突進した位置からほとんど動かず、後足で立ち上がり、大きく長く太い前足を振り上げた。

 

 ナイフが並んでいるかのような鋭い爪を輝かせたクマの手が馬防柵を破壊するその間際に、ジンはいつの間にか切り替えていた火矢用の矢に火をつけ、馬防柵の前に並ぶ罠に向けて放つ。

 

 火矢と接触すると木の葉の罠は瞬時に燃え上がり、隣接する木の葉の罠にも引火する。一気にごうっ、と燃え上がった。まさしく火の壁だ。

 

 この難易度のキメラントに火がどれだけダメージを与えてくれるかはわからないが、燃え移ったクマ型とイノシシ型は悶えるように見当違いな場所目がけて攻撃している。

 

 炎上による錯乱状態だ。この状態ならたとえ近寄ろうとプレイヤーを狙って攻撃してくることはない。

 

 だが、クマ型はやたらめったら強靭な腕を振り回しているし、イノシシ型はがむしゃらに巨大な牙を振り回している。暴れているせいでパターンが掴めず、おいそれと近づけない。しかも木の葉の罠をプレイヤーが踏めば当然プレイヤーも炎上ダメージを負うし、燃えている敵に接触すればこちらにも燃え移る。

 

 そして火は、なにも生物だけに効果を示すわけではない。近くにある馬防柵にも炎上ダメージを加える。

 

 クマ型に攻撃された部分、イノシシ型に攻撃された部分、それぞれ別の馬防柵だったが、与えられた損傷が大きかったことに炎上ダメージが重なり、燃え落ちた。

 

 とうとう、キメラントと俺たちを(へだ)てる壁がなくなった。

 

『盾を準備してください。火が消えたらタゲ取りお願いします。……炎で見えない。七つ』

 

「よしっ。ロロやるぞ! 俺はまだモーションのわかるイノシシにつく。ロロはクマを頼む」

 

『っ……んっ、わっ……うぅっ』

 

〈判断早い〉

〈立て直せ〉

〈がんばとらいね〉

〈まじがんばとらいね〉

〈こっからが仕事だぞ〉

〈悪魔がくるまで粘ってくれ〉

〈ロロがんばれ〉

〈ロロ……〉

〈ロロがんばとらいね!〉

 

 壁のない状態でキメラントを見て、完全にロロは怖気づいていた。尻込みしている。

 

 仕方ない。実際、近くで見ると怖い。俺だって怖い。

 

 もう少し作り込みが浅かったり、ポリゴン数が少なくてかくかくしてれば恐怖感は薄まっただろうけど、リアルなのだ、無駄に。

 

 無駄にリアルで、不必要なくらいに細部までこだわっている。生き物としてのリアリティを持たせつつ、キメラントらしい化け物っぽさも内包している。

 

 人なんてワンパンで絶命させられるほどにぶっとい腕や、よだれでぬらぬらと妖しく光る鋭利な牙。爪は軽く振るわれただけで三枚に下ろされそうだし、ひと(かじ)りされるだけで骨ごと喰われるんだろうなとありありと想像できる大きな口。

 

 しかもサイズは縦にしたミニバンだ。もしかしたらもう少し大きいかもしれない。疑いようがないくらい化け物だ。

 

 自分を殺そうと襲いかかってくるその姿はまさに殺戮者。抵抗する気力が尽きるくらい絶望するのも、理解できる。

 

 でも、ここでは気力を振り絞って立ち上がってもらわないと困るんだ。

 

「ロロ! 正念場だぞ!」

 

『大丈夫です。ロロさん。ロロさんならできますよ』

 

「そうだ! お前ならできる! 盾構えてりゃいい、そんなに時間稼げなくたっていいんだから! 少しでもタゲを取ってくれりゃそれで助かる!」

 

『うぅっ……んっ、ひぅっ……っ』

 

〈怖いよな〉

〈観てるだけの俺も怖い〉

〈がんばとらいね〉

〈家守るためだぞ!〉

〈無理すんな〉

〈壊斗に任せてもいい〉

〈ロロの分もがんばれ壊斗〉

〈泣かないでロロ〉

 

 ふだんゲームはアクションもFPSもしない。のんびりぽわぽわした『Island(アイランド) create(クリエイト)』やパーティゲームをしてるロロだ。たまに罰ゲーム的にホラーゲームをやることはあっても、幽霊が急に出てきて驚かしてくるような、そういう一般的な意味のホラーだ。こんなふうに生き物が自分を喰おうと襲ってくるタイプのホラーゲームではない。

 

 慣れてない、バイオレンスホラーに耐性がないんだ。怖くて動けなくなっても仕方ない。

 

 ロロは完全に心が折れている。画面すら見れてないんじゃないかとすら思った。

 

 そんなロロに、ジンは優しく、だが甘やかすことなく背中を押す。

 

『大丈夫です。ロロさんは強いんです。始めたばかりの貴弾で、とても上手なプレイヤー相手にも戦えたロロさんなら大丈夫。戦って、ダウンまで奪えたロロさんなら、絶対大丈夫。がんばとらいね、ロロさん』

 

『っ……ふふっ、あはっ……ぐすっ。がんばるっ! がんばとらいね!』

 

『あははっ、がんばとらいね。ロロさんならできるよ』

 

〈あくまああああ〉

〈悪魔が尊い〉

〈かっこい〉

〈うおおおおお〉

〈ロロ!〉

〈ロロがんばとらいね!〉

〈もうそれだけで十分すごいだから!〉

〈クマなんかデュマ帯のプレイヤーより弱いから大丈夫!〉

〈なく〉

〈てぇてぇ〉

 

 あれだけ怖がって震えていたロロの声に力が戻った。

 

 心が折れてしゃがみ込んでしまった人間を、こうも即座に立ち上がらせることができるのか。言葉だけで、人の心をこれほど動かせるものなのか。

 

 ただ立ち上がらせただけじゃない。励まして、自信をつけさせた上に笑わせて緊張まで解した。元気まで取り戻させるなんて、口がうまいどころの騒ぎじゃない。

 

 若干引くくらいの、マインドコントロールのようなメンタルケアだ。ジンの本質が優しいやつでよかった。精神構造まで悪魔だった場合、洗脳じみたことまでできそうで恐ろしい。

 

「はっ……はっは。役割果たすぞロロ!」

 

『うんっ!』

 

 ロロ持ち前の明るい返事が帰ってきた。キメラントと対峙できる状態にはなったようだ。

 

 馬防柵があるうちにもう少しダメージを与えたかったが、予想していたよりも早く壁がなくなってしまった。

 

 少し分が悪いが、しかしジンがヒト型を掃討するのも予想以上の早さだ。

 

 これならなんとかなるかもしれない。

 

 大盾を構えて、馬防柵があったところを見据える。

 

 木の葉の罠の燃焼時間が終了し、火が消えた。

 

 煙が晴れると、見る限りダメージが入っているとは思えないくらいぴんぴんしているイノシシ型とクマ型。ジンの手が空くまでこいつらのターゲットを取り続けていれば、勝てる。

 

『炎上状態終わります。タゲ取り、お願いしますね』

 

『まかせてっ!』

 

「だっはっはぁっ! 今日の晩飯は豪華になるなぁっ!」

 

 大盾を握りしめ、俺は前に出た。

 

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