「──さて、柊木茜の問題点を洗い出したところで、どうするかを考えるわよ」
「そうしようか」
スタジオ内でギターをスタンドに置き、向かい合って座るヨヨコと茜はそう言って改まる。
「……とはいえ、どうせバンドを組むのもメンバー集めも腕が治ってからなんだから、それまでに出来ることといえば……あえて初心にかえる、とかかしらね」
「初心か。……返る初心が無い場合はどうすればいいんだろうな」
「あなたの場合はその通りなんだけど、ちょっとムカつくわね」
「すまん」
額に青筋を浮かべるヨヨコに平謝りする茜。そんな彼を見て、ふとヨヨコは思い至った。
「柊木茜、あなたの
「あの……って言われてもな。まあ、俺の演奏方法は昔からさほど変わっていないが」
質問の意図がわからずに小首を傾げる茜は、ヨヨコの言葉の続きを待つ。
「あなたは演奏中、集中し過ぎていてるけど、それでいてきちんと視野が広い。矛盾しているみたいだけれど──ちゃんと周りが見えているけど眼中に無い、と言えばいいのかしら?」
客観的な意見を前に、考えるように顎に手を当てる茜は、演奏中の感覚を想起してその時の状況を思い返して頷きつつも口を開いた。
「──確かにそんな感覚はあるな。でもこの感覚なら大槻にもあるんじゃないか? 集中すると心音と演奏以外聞こえなくなって、視野が広がって、演奏しながらでも周りがよく見えて……どう弾けば相手の感情を震わせられるかを、直感で理解できてしまうような感覚なんだが」
「いや、何それ知らない……
「えっ」
「たぶんそれが出来るのあなただけよ」
ドン引きするようにパイプ椅子ごと後ずさるヨヨコの反応を前に、茜は深いため息をつく。
「……そういえば、あなたギター以外の楽器を試したことはないの?」
「あるぞ。同じ弦楽器だからとベースなんかを弄ったこともある」
「ふうん。それで結果は?」
「…………」
「ねえ、結果は?」
「…………」
問い掛けられた茜は露骨に嫌そうな顔をして、ふいっと顔を逸らす。逸らした方向から覗き込むように首をかしげるヨヨコに、諦めたように言葉を返した。
「──こう言えば察してもらえるか」
「なに?」
「俺は小学生時代のリコーダーや鍵盤ハーモニカすらまともに扱えなかった。これは腕を怪我する前からの話だ。そして、どれだけ頑張ってもカラオケで90点以上を取ったことすら無い」
「…………ま、まさか……」
茜の言わんとしていることを察したのか、ヨヨコは口角をひくつかせて引き気味に言う。
「あなた、もしかして、ギター以外の楽器を使った演奏が出来ないの……?」
「ああ。どうやら、天は俺にギターの才能しか与えなかったらしいな」
「なのに、事故でそれすら失いかけたわけね……残酷な話だわ、まったく」
生まれながらの素晴らしい才能を、事故で腕もろとも失いかけ、しかしてそれにすがるしかない。
「──さて、話が二転三転してるから戻すけれど、あなたの行動プランを決めるわよ」
「行動プラン?」
「腕が治るまでにあなたのやるべきことを決めるのよ。バンドを組みたい、でもメンバーが集められない、集められてもあなたについていけない、あなたはギター以外の演奏が出来ない……」
「こうして情報を羅列すると、どうにもならない気しかしてこないな」
一本ずつ指を立てて纏めるヨヨコにそう言って、茜は苦笑を浮かべる。
組んだ足に肘をついて考え込むようにうずくまる彼女は、それから一拍置いて呟いた。
「……よし。柊木茜、あなた、これからギターボーカルを目指しなさい」
「俺の話聞いてた?」
「聞いてたわよ。……いい? あなたのバンドに必要な人数は最低限にするべきなの。必須のドラムとベース、ギターのあなた、それでボーカルにもう一人……なんて探す余裕が無いわけ」
「……ううむ」
「あなた並に才能があるドラムとベースを幸運にも見つけられると思う? そんなわけがない、普通に考えてあなたのバンドに集まるメンバーは良くても『そこそこ』止まりでしかないわ」
つらつらと並べ立てられる納得できる理由を述べられ、茜はヨヨコの言葉を聞き入れる。
「どうあがいても、あなたがバンドをやっていくには『みんなで頑張る』しかない。だからこそ、柊木茜にボーカルをやってもらうのよ」
「なんで…………いや、なるほど」
「わかった?」
「ああ、俺がギター以外の演奏をできない欠点を克服するという努力を『他メンバーと一緒にやる』ことで、実力差を無理やり均一にさせようということだろう?」
意図が伝わったからか、ヨヨコは茜の返答に満足そうな表情で頷いた。だが、当然の疑問が湧いた茜は、そのままさらに問いかける。
「……普通にリハビリを続けながら、歌も上手くなればいいんじゃないのか? わざわざメンバーを集めてからやることではないと思うが」
「あのね、歌が上手くなるのとバンドでの歌唱の上手さは別問題よ。カラオケで良い点を取るのと、他の人との演奏に合わせて歌うのはまったく一緒ではないわ」
「そういうものか……」
「当然歌は上手くなってもらう。でもそれをバンドメンバーと息を合わせて行うのは、実際にその時のメンバーと試さないと調整の仕方すらわからないでしょう?」
現役のバンドマンゆえの説得力ある説明。茜は脳裏に結束バンドの四人のライブを想起させ、確かにと静かに独りごちる。
「……と、これがプランAよ」
「つまり、Bもあるのか」
「ええ。プランBは単純よ、ドラムとベースとギターボーカルを集めて、フルスペックを発揮したあなたが引っ張っていくだけ」
あっけらかんと提案するヨヨコに、呆れた表情で茜が額に手を当てて返した。
「駄目なんじゃないか?」
「まあ……プランBは、2回くらいライブしたら解散するでしょうね。間違いなく」
「──俺はAをやるしかないわけか」
「別に、やれとは言ってないわよ?」
「いや、やるよ。折角の提案だ」
口の端を緩めて微笑する茜はそう言うと、少しの間を置いてからヨヨコに質問する。
「なあ、なんで大槻は、会ってすぐの俺にここまで親切にしてくれるんだ?」
「…………」
その問いかけに、彼女はふと黙り込むと、目尻を細めて手を差し出してきた。
「……右腕、見せてくれる?」
「ん? ──ああ、構わんが」
おもむろに伸ばした右手を、パイプ椅子を寄せたヨヨコが掴む。そうして右腕に指を這わせると、ざらりとした古傷をなぞる。
「ここまでしてあげる義理なんて、確かに無いわよね。私は姐さんが認めてるらしいあなたを、ただちょっと気に食わないだけだった」
その視線は、腕にうっすらと残る手術痕の古傷を慈しむように。指の先が古傷に触れ、茜はくすぐったさにピクリと肩を震わせた。
「でも、柊木茜の演奏を見てちゃんとわかった。あなたが才能に胡座をかいているだけじゃない、事故に遭っても──地獄から這い上がりながら、きちんと努力してきた人間だって」
手を離したヨヨコが顔を上げると、ふっと笑みを浮かべて茜を見て続ける。
「──努力が必ず報われるかはわからない。でも、どうせなら報われてほしいじゃない」
「大槻……」
「ヨヨコで良いわよ。……茜」
──さあ。と言って、話を切り上げたヨヨコは、立ち上がってギターを手にする。
それから茜を見下ろして目だけで訴え、暗に言っていた。『早速やるのだろう?』、と。
「……ああ、上等だ」
同じように立ち上がり、茜もまた自分のギターを手にしてストラップを肩に提げる。
「出来ることからコツコツと……すなわち、先ずは1歩ずつ、だな」
「ビシバシ行くけど、今さらになって泣き言を言ったりしないでよね」
「加減なんてする必要はないぞ、ヨヨコ。……いや、ヨヨコ
「はっ──殊勝な心掛けじゃない……ッ!」
茜にそう言われて、ヨヨコは一瞬面食らったようにキョトンとし──それからにやりと獰猛に笑い、アンプのスイッチを入れるのだった。
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柊木茜
・ギター以外の演奏が一切出来ない。歌まで下手なのは、『歌唱』も演奏判定だから。