音楽チートで世に絶望していたTS少女がSIDEROSの強火追っかけになる話 作:鐘楼
ヨヨコちゃん、ヨヨコちゃん、ヨヨコちゃん♪
ついにこの日がやってきて、私の胸は踊っていた。
模試は逆転、圧倒的A判定。偏差値的にはもっと上の大学を狙えるようだけど、私の志望はヨヨコちゃんと同じ芳文大一択だ。
受験に少し余裕が出てきたので、今日は何も気にせず楽しむことができる。
そう、SICK HACKのクリスマスライブだ。
「あ、池揉ちゃん久しぶり〜」
「どうも」
特別に一足早くFOLTに入れてもらった私は、早速(名目上)今日の主役である廣井さんに遭遇した。相も変わらず本番前にお酒を飲んでいる。
「聞いてよ〜、志麻がね? 今月はもう貸せないって〜」
「いつものことじゃないですか」
一応は本番前だっていうのに、廣井さんから緊張感というものが全く伝わってこない。その辺りはさすがと言ったところだろうか。
でも、噂によればお酒に頼らないと緊張や不安を乗り越えられないが故にこうなっているという話もある。やっぱり見所でもなんでもないのかもしれない。
「今日のチケット代も返済に充てられちゃうんだぁ〜……そこでね? 池揉ちゃんならなんとかできないかなぁ〜って……」
久しぶりにあったと思えば、なんとお金をせびってきた。こんな大人がいていいのだろうか。
「でもまぁ……ヨヨコちゃんにたからないと約束するなら、少しくらいは……」
「ほんと!? いやぁ助かるよ〜」
「別に返さなくてもいいですよ。その代わりヨヨコちゃんにシャワー借りるのもやめてください」
「うん! やめるやめる!」
「おい池揉!」
悪くない条件だったので、お財布から適当に下ろしてきた紙幣を廣井さんに手渡そうとしたその時、横から待ったがかかった。
「勝手に廣井を甘やかすなよ! っていうかお前、今いくら出そうとした!?」
「志麻さん……まぁ、ひとまず十万くらいを……」
「じゅうまん!? U7様と呼ばせていただきまへぶっ!?」
「ダメに決まってるだろ! 池揉もだ! お前は金銭感覚を治せ!」
「あ、はい」
そうして、廣井さんは志麻さんに連行されていった。相変わらずの保護者っぷりだ。
……そういえば、志麻さんは廣井さん以外の誰にでも丁寧だ。なのに私には結構当たりが強い。最初は親愛の証かな? と思っていたが、まさか志麻さんの中で私は廣井さんと同じ枠に入れられている……? うん、やめておこう。
「よく来たわね、池揉ちゃん」
「はい、店長。今日は特別に入れてくれて、ありがとうございます」
「いいのいいの! 池揉ちゃんならいつでも歓迎よ〜!」
こうして店長と話すのも結構久しぶりだ。私の、いやU7の活動拠点がこのFOLTだとバレて以来、私目当ての人たちがここに押し寄せてきて、大変な迷惑をかけてしまった。FOLTのバイトをやめたのも、それが一因だ。
「それで、次の予定はどうするの?」
「次、って……」
「ライブよ、ライブ! またバイオリンでもいいけど、U7のしてのセカンドライブ、アタシも楽しみにしてるんだから!」
店長のその言葉に、視界が晴れるような気がした。
「それって……また、良いんですか?」
「当たり前じゃない! あの時は大変だったけど、人気があるのは良いことよ!」
初ライブの時は、満足の行くライブができたと思っている。だけど、その裏では混雑がニュースになるくらいFOLTに人が押し寄せてきていたらしい。だから、次にやるならもっとキャパの大きい場所を借りるしかないと思っていたけど、店長はまたここでライブをしても良いと言う。
「……ありがとうございます、店長。またここを満杯にして見せます」
色々あったから、もう気軽にライブ出来ないと思っていた。でも今の言葉を聞いて、改めてFOLTが私のホームグラウンドなんだと、そう思った。
「優菜!」
その時、後ろから声がかかった。何度耳にしても心を弾ませる、大好きな人の声。
「ヨヨコちゃん!」
「ちょ、優菜!?」
久々の生のヨヨコちゃんに、私は思わず抱きついた。もちろん、チャットで連絡は取っていたけど、こうして触れあえるのは本当に久しぶりだ。まだ歌声も演奏も聴いていないのに、受験のストレスが吹っ飛んでいく気がした。
「どもっす。優菜先輩」
「あくびちゃん! ふーちゃんに幽々も!」
ヨヨコちゃんだけじゃない。そこには、SIDEROSのみんなが揃っていた。
「ちょっと優菜! いつまでくっついてるのよ!」
「そんなこと言って、ヨヨコ先輩もゆーちゃん先輩に会えるってそわそわしてたじゃないですか~」
「楓子!? 余計なこと言うんじゃないわよ!」
思う存分にヨヨコちゃんを吸って満足すると、私は改めてヨヨコちゃんの眼を見た。
「……とにかく、優菜! 今日はよく見ておきなさい! 私たちの成長した姿を!」
「うん!」
当たり前だ。少しの間、私が受験勉強に集中していた間にもみんなは進歩しているに決まっている。だって、私を迎えに来てくれるって約束してくれたんだから。
「……それでその……優菜。ちょっと相談があるんだけど……」
「? なに、ヨヨコちゃん」
ときめくような決意表明が済むと、ヨヨコちゃんは打って変わって言い出しにくそうに相談とやらを持ちかけてきた。
「私をSIDEROSのプロモーションに……?」
「そうっす。この前、優菜先輩がU7のアカウントでヨヨコ先輩とおっぢさん……ぼっちさんの動画に長文コメントしてたじゃないっすか」
「それ以来、ゆーちゃん先輩がFOLTのチャンネルに出てるって話題になったんだよね~」
「それで、うちらとの……というかヨヨコ先輩とU7の関係が注目されてるんすよ」
「え? あれってそんなことになってたの?」
「なんで把握してないんすか……」
……オーチューブチャンネルの通知が真っ赤なことなんていつものことだから、あのコメントがそこまで注目されるなんてぜんぜん気づかなかった。あの時は平静を失っていたから、そのまま動画に思ったことをコメントしてしまったけど、確かに人の眼に触れるところで書くようなことではなかったかもしれない。
ともかく、今の状況を逆に利用して……つまり、U7としての私を利用してSIDEROSを売り出していこうという案をマネージャーさんに提案されたらしい。
「私としては……私たちの力で優菜のところまでのし上がるって決めたのに、その為に優菜の力を借りて良いのか、って思って……」
「ヨヨコちゃん……」
ヨヨコちゃんの葛藤は分かった。でも、その部分を悩む必要はないと、私は思う。
「……あのね、ヨヨコちゃん。ヨヨコちゃんの考えとはちょっと違うかもしれないけど……みんなが私と同じ場所に上ってくるっていうのは、私と……U7と同じくらい売れるってことじゃないと思うんだ。大事なのは、私が追いつかれたと思えるかどうか。人気かどうかっていうのは……少なくとも、私はあんまり重要だと思ってない」
「優菜……」
「でも、生きていくために人気が必要っていうのも分かる。だから、人気を得るために使えるものを……私のことを使うのだって、なんにも悪いことじゃないし、それで私たちの約束が破られるようなことにはならないよ」
SIDEROSのライブは、いつだって素晴らしい。毎回泣いているような気だってする。だけど、私の中の冷たい何かが……U7が言うのだ。『まだまだ』『惜しい』『もう少し』。私が待っているのは、みんながそんな声を黙らせてくれる時であって、人気になることじゃない。だから、どんな手段で人気を得ようと関係ないし、いくらでも協力してあげたい……んだけど。
「じゃあ、優菜は協力してくれるの?」
「うん。ヨヨコちゃんのためなら、なんでもしてあげたい……けど……その、具体的にはどういうことをするの?」
「一緒に取材受けたり、かな~?」
「ヨヨコ先輩とラジオとかにも出ると思うっす」
「幽々の作った衣装着て、アー写撮影~」
「うーん……やっぱり、そういうのだよね……」
みんなが例示してくれた仕事内容に、私は思わず顔を顰める。
「……優菜先輩? 何か問題があるんすか?」
「そりゃ、あるよ……だって、ステージの外の私なんて、みんなと並んだら霞んで印象にも残らないだろうし、トークでも大したこと言えないし、本当にみんなの力になれるのかどうか……」
「「「「……」」」」
「……? みんな、どうしたの?」
私が正直な不安を口にすると、なぜか場が静まりかえる。かと思えば、みんなは私から離れてひそひそと話し始める。
「ゆ、ゆーちゃん先輩ってこんなに無自覚なの……?」
「自分の顔出し動画でなんて言われてるかとか見たことないんすかね……」
「っていうか、トークだって優菜にはあの信じられないビッグマウスがあるじゃない」
「多分あれ、事実を言ってるだけとしか思ってないっすよ」
「あの、みんな……?」
この後、私は何か諦めたような顔をするみんなに私は私のまま普通にしているだけで十分様になっているということを力説された。トークも普通に受け答えするだけでもうお腹いっぱいだとあくびちゃんに言われた。お腹いっぱい……? まぁ、みんながそう言うなら……。
あ、ライブについてはもちろん最高だった。SIDEROSはもちろん、SICK HACKも素晴らしいパフォーマンスだった。
先日、カクヨムにて『冷徹な闇の女神様の孤独を癒したら、甘々束縛生活が始まったんですけど!?』(https://kakuyomu.jp/works/822139841085654400)という作品を完結させました。よかったらどうぞ!
この続き?当分ないかな……