千の言葉を紡ぐ者   作:チキンうまうま

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深層 1

 

 轟音が鳴り響いた。

 

 その音が発せられたのは迷宮都市、オラリオの遥か地下深く。人類の殆どの足を踏み入れることを許されない領域だった。そして今、そこでは巨大な怪物(モンスター)の軍勢と、様々な人種の集団─『ロキ・ファミリア』が激しい激突を繰り広げていた。

 

「前衛!密集陣形を崩すな!後衛組は攻撃を続行!」

 

 彼らの頭脳、フィンが檄を飛ばすなか、団員全員が己の為すべきことのためにその全身に力を込める。ある者は盾を構え直し、ある者は戦場を駆ける脚をより一層早く動かし、またある者は魔法を紡ぎ出す詠唱に、さらなる魔力を込める。

 

 だが、それでも怪物の進軍は止まらない。どこから湧き出してきたのかも分からない怪物たちは、奮起する冒険者たちを討ち取らんと咆哮し、手に持った棍棒を振り回す。モンスターの振り回した棍棒と、冒険者たちの大楯が衝突し、またしても激しい音を立てた。

 

 そしてその最中、彼ら前衛の後ろで詠唱を紡ぎ続ける彼らは見た。モンスターたちの後ろから、一際巨大な一頭、『フォモール』が来る。仲間さえも蹴散らして驀進してくるそれはいとも容易く盾持ちを吹き飛ばすと、それだけでは止まらずに前衛のいる一角そのものを吹き飛ばした。

 自分たちを守っていた前衛たちが吹き飛んだことで、後衛たちに動揺が走る。練り上げていた魔力が乱れ、詠唱に遅れが出る。このままだと更なる被害が生まれるだろう。

 

「…ふむ。」

 

 その状況に、魔導士の1人であるスヴェンが動いた。

 彼は練り上げていた魔力を霧散させて紡いでいた超長文詠唱を一度止めると、神速で手元の魔本を捲り、目当てのページを探し出す。それは彼が最も畏怖し、敬愛し、憧憬を抱く、かつてこの地に君臨していた天才の使っていた魔法。

 

「───ぁ。」

 

 今、フォモールの棍棒が振りかざされ、1人のエルフへと放たれる。周囲の狼人(ウェアウルフ)も、アマゾネスも、金髪の剣士もがなんとか間に合ってくれ、と彼女へと駆けつける中、それを見ながら冷静にスヴェンは至高の一撃を撃ち放った。

 

「─【福音(ゴスペル)】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…暇だ。」

 

 眼前で団員たちが天幕を張るのを見ながら、スヴェンはそう言ってため息を漏らした。

 

「何が『暇』だお前は。そう言うなら手伝いの一つでもしたらどうだ。」

 

 そんな彼の頭を杖でこづいて、緑髪の麗人、リヴェリアはため息を漏らした。彼女は痛そうに頭を抑えるスヴェンの横に立つと、並んで団員たちの様子を眺め始める。

 

「断る。肉体労働は俺の主義じゃないんだ。」

 

 なお、実際のところスヴェンは仮にも幹部なので準備を免除されているだけである。

 

「冒険者とは思えない発言だな。…と言うか、そんなご立派な発言は小説家として生計を立てれるようになってから言え。」

「耳が痛いな。…だがまあ、確かに一理ある。と言うわけで俺はこれから執筆に専念するから次の遠征には俺が来ないことを覚悟しておいてくれ。」

「それを私が許すとでも?」

 

 睨むリヴェリアに、スヴェンは肩をすくめることで返した。はいはい、どうせ無理なんですよねー、と言わんばかりの態度である。軽くイラっとした。そしてスヴェンに視線を向けたリヴェリアは、彼が手に持ったある物に興味を示すこととなる。

 

「スヴェン、それは…カメラか?」

「ああ。記録をとるのに役立つかと思ってな。今回持ってきたはいいんだが…どうにも使い物にならなくて困っている。」

「ふむ?壊れたのか?」

 

 その質問に彼は首を横に振った。

 

「いや。単に光が足りないだけだ。恩恵(ファルナ)のおかげで見えるから忘れていたが…ここは光が少ないんだったな。」

「…光が無いならカメラは使えない、か。言われてみれば確かに迷宮(ダンジョン)ではカメラが使われたという話は聞かないな。」

「何事にも理由はある、というわけだ。勉強になったな。」

 

 そう言うとスヴェンは僅かな詠唱の後に顕現させた手元の本にカメラを沈めた。本来ならあり得ない、波紋を紙面に浮かべて姿を消すカメラに2人はなんの興味も示さず、再び遠くに視線をやった。

 

「…暇だ。」

「またそれか。そこまで言うなら仕事を増やしてやろうか?」

「断る。ただでさえ俺はさっきまで前衛共の治療で忙しかったんだ。これ以上仕事なんぞしてたまるか。」

「だが暇なんだろう?」

「それとこれとは話が別だ。暇だろうと俺は休息を謳歌する。」

 

 キリッとした顔でそう言ったスヴェンに、リヴェリアはため息をついた。幼少期に両親を無くしてきたスヴェンを自分が親代わりになって育ててきたが、なぜかこの男は幹部の誰にも似つかず育ってしまったのである。…いや、口調だけは自分に少し似ているか。

 

「全くお前は…ただでさえ今回はアイズとレフィーヤの面倒も見なければならないのに、お前まで面倒を増やすのはやめてくれ。」

「大変だな、母親(ママ)は。」

「誰が母親(ママ)だ、誰が。」

「お前以外に誰がいぐぼはあああ!?」

 

 再び杖がスヴェンの頭を襲った。それもなかなかの威力と共に。そして突然の凶行になんの反応もできなかったスヴェンは衝撃を殺しきれずに、悲鳴を上げながら地面とキスすることとなった。

 

「次は殴るぞ。」

「もう殴ってるだろうに…うわ…土の味がする…。」

 

 ぺっぺっと口の中に入った土を吐き出す。慣れた味だが、それはそれとして美味しい物では無いなあ、なんて感想しか出てこなかった。

 

「…これが未知の味ならまだ面白かったんだが。深層の土もただの土の味だな。」

「所詮は土、か。と言うかこんなところでまでネタを探そうとするのはやめろ。ここは50階層だぞ?」

「だからこそ、だ。ここに来たことのある物書きなんぞ俺以外におらんだろうかな。他の奴らには書けん文章を書くなら、細かくてもこう言ったところで差をつけていきたいんだ。」

 

 なるほど、一理ある。リヴェリアは一瞬納得したが、ふとあることを思い出してしまった。

 

「…だが、スヴェン。」

「なんだ?」

「50階層から下は、ギルドから情報規制がかかっていなかったか?」

「…………………あ。」

 

 すっかり忘れていた。忘れていたが、確かにそうだ。50階層より下、つまり彼らが今いるところから下はすでにその対象。どれだけ面白いことを見つけようとも、それを公開することは許されないエリア。

 

「…つまり、俺はこれからわざわざ深層まで来て面白い物を見つけても、それを公開できないと言うわけか?」

「まあ、気づかれないように改変したらいけるだろうが、直接は無理なんじゃ無いか?ギルドにバレたら相当な罰則があるだろうしな。」

「それだとリアリティに欠けるだろう!?なんてことだ!俺としたことがこんな単純なことを失念していたなんて!」

 

 頭を抱えて、うずくまるスヴェン。そのままうごうご何やら呻いている彼を見下ろしながら、リヴェリアは慰めるべく口を開こうとし、

 

「…もう遠征なんて二度と来んぞ、俺は。その間に30階層で俺はネタを探すことにする。」

「それを私が許すとでも?」

 

 慰めの言葉を引っ込めて説教に移行した。

 

 何年も前から変わらずにロキ・ファミリアで見受けられる、サボろうとして母親に叱られる息子の様子を団員が遠巻きに見守る中、今回の遠征も今のところは順調に進んでいく。

 

 

 彼らに試練が訪れるまで、あと1日。

 

 

 





【福音】
 ある才禍の怪物の有した魔法の詠唱。スヴェンはそれをコピーすることで必殺の通常技として使用する。

ステータス
【スヴェン・アルヴレヒド】
 レベル5 最終ステータス
 力  F 386
 耐久 E 405
 器用 A 865
 敏捷 C 641
 魔力 S 986

 魔導─E
 対異常 ─G
 洞察 ─H
 魔防 ─ I

「本当に恐ろしいのはあいつは執筆の合間を縫って、片手間でここまで辿り着いたことだ。」─リヴェリア

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