ヒロインが『隻眼の黒竜』なダンまち   作:マタタビネガー

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ジズ視点です
書きたいものを100%書けたかわかりませんが是非読んでみてください。

なにげにこれまでで一番文字数多いかもしれない


彼が世界を救う(私を殺す)までの『迷宮神聖譚』(ダンジョン・オラトリア)

 

 

 

 

『黒竜』が産まれたのは神時代以前、かのオラリオの大地に『大穴』が穿たれたその時より、この終末の産声は始まっていた。

 

最初はただ『母』の命に従い、己の役割を全うするためだけに地上へと飛び立った。

 

破壊と殺戮、その二つこそが『黒竜』にとって何よりも優先される行動原理であり、その役割は瞬く間に果たされることになる。

 

自分以外の生命は全て敵だと認識し、一切の容赦も慈悲もなく、ただひたすらに殺し尽くした。

 

その圧倒的な力によって他の生物が抵抗すら許されずに次々と死に絶えていく様を見ても理性も自我もない『黒竜』は疑問にも思わない。

 

何故ならそれが自分の役目だから。

 

何故ならそれが自分に課せられた使命だから。

 

何故なら、それこそが、自分が生まれた理由なのだから。

 

そして黒き災厄は更なる獲物を求めて、次なる戦場へと向かう。

 

全てを殺し尽くすために。

 

全てを壊し尽すために。

 

『黒竜』はなによりも強かった。兄弟たる『蛇』も『獣』も、他の漆黒のモンスターたちも、その全てが黒き竜の足元にさえ及ばなかった。

 

それはまさに絶望の権化。世界の終わりを体現した存在。

 

───────そんな『黒竜』に挑まんとする者達が現れだした。

 

かの者たちは脆弱な人の身でありながらその身に精霊の加護を得て、神々の恩恵を受け、数多の武器を手に取り、強大なモンスター達を打倒していく。

 

ついには『黒竜』と起源を同じくする漆黒のモンスターすら討ち滅ぼしてみせた。

 

そんな彼らはいつからか『英雄』と呼ばれるようになった。人類の希望を背負い、絶望を打倒し、希望を振り撒く。

 

人類の研鑽と個人の武勇の結晶、まさしくそれは人類の生み出した希望の結晶だった。

 

しかし、それでもまだ足りない。

例え人類がどれだけ進化を遂げようと、『黒竜』の討伐には至らない。

 

それほどまでに『黒竜』は隔絶していた。彼らがいくら束になろうとも、どんなに結束を強めようとしても、たとえ万の軍勢を束ねようとも、それでもなお届かない。

 

絶望の化身たる黒き終焉を止めることは叶わなかった。

 

そしてそれは地上に神々が降臨し、地上の勇士達が神の『恩恵』を受けた後でも変わらなかった。

 

凡夫の多くがゴミのように死んでいき、選ばれた極小数の英雄だけがモンスターと戦える古代に対して『恩恵』によって誰しもが超人へと成れる神時代においても、黒き竜は止まらなかった。

 

だが、そんな絶望の中でも、人々は諦めなかった。人々は戦いを諦めなかった。

 

人は、英雄は、諦めなかった。

 

ある日、『ソレ』は現れた。古代から神時代に移り変わる時代の狭間に、その男は突如として現れた。

 

風の大精霊を伴侶のように侍らせたその男は少年のようなあどけなさと勇士のような勇ましさを併せ持つ不思議な青年だった。

 

赤いマフラー、黒いコートに身を包んだ彼は、『黒竜』を前にしても一切臆することなく立ち向かった。

 

『黒竜』にとっては取るに足らぬ有象無象、羽虫の如く潰してしまえばいいだけの存在だ。だが、そんな矮小な生き物が放つ存在感に、威圧感に、その男からは何か得体の知れないモノを感じた。

 

『黒竜』が感じたのは恐怖。  

 

生まれて初めて感じる未知の感情に困惑しつつも、本能的に目の前の男を殺さねばならぬと判断した。黒き災厄は、その力を全力で振るった。

 

大地が揺れ動き、空を割る程の威力で放たれたブレスはオラリオの大地を蹂躙し、あらゆるものを灰塵に帰した。

 

しかし、それでも、その男を殺すことはできなかった。

 

風の大精霊の力か、あるいは男の術理によるものなのか、その攻撃は防がれてしまった。

 

黒き災厄は怒り狂い、何度も、何度でもその力を振っては、それを阻まれた。

 

その瞳に憎悪の炎を宿し、その喉元を引き裂かんとばかりに爪を振るう。 

 

男は風を纏った銀剣を巧みに操り、その全てを捌いてみせる。

 

そして、ついに、その時が訪れる。

 

男の渾身の一撃が『黒竜』を捉え、深い傷を与えたのだ。

 

その事実を認識した瞬間、全身が総毛立つほどの強烈な悪寒が駆け巡った。全身を蝕むその感覚は恐怖そのもの。

 

──────イタイ、いたい、イタイ、苦しい、怖い、恐い、コワイ、こわい、イヤダ、イタイ

 

無我だったはずの『黒竜』に思考が生まれる。それは死への恐怖。今まで一度も抱いたことの無い、どうしようもないほどに深く強い、根源的な恐怖。

 

何千年もの間感じた事のない痛みと苦しみが身体中を苛み、視界が明滅する。

 

『黒竜』は逃げた、恐怖に駆られて逃げ出した。なりふり構わず、恥も躊躇いもなく、ただひたすらにその場から逃げ去った。

 

オラリオの地から遠く離れた山脈地帯まで逃げ延びてようやく息をつく。

 

────そこから『黒竜』は静かに狂っていった。

 

無我であったはずの存在が恐怖を覚え、逃走という選択をした時点でそれはもう既に自我を芽生えさせていた。

 

そして、その自我は己が存在の意義を見失いかけていた。

 

────自分は一体なんなのだ?

 

────自分の役割とはなんだ?

 

────自分の生まれた意味は……

 

その狂いが致命的なものとなったのは時代が神時代へと完全に移り変わた後のことだった。

 

オラリオには『大穴』を塞ぐ『蓋』の役割を持つ摩天楼と都市が建造され、そこを中心に栄えていた。

 

その都市は『蓋』と『防波堤』としての役割の他に『三大冒険者依頼』を達成しうる『英雄』を産み出す命題を持った約束の地でもあった。

 

下界の悲願『三大冒険者依頼』。

 

大地に穿たれた大穴。それより産まれたモンスターによって積み重なった三千年に渡る悲劇の精算、その第一歩目こそが『三大冒険者依頼』の遂行。すなわち、『陸の王者』ベヒーモス、『海の覇王』リヴァイアサン───そして、『隻眼の黒竜』ジズの討伐。

 

太古の昔に大穴から出でた三つの大災厄、オラリオの冒険者たちがいずれ達成しなければいけない原初の約定でありながらその強さゆえ、千年もの間放置され続けた黒き終末。

 

天を、陸を、海を漆黒に染め上げる絶望の化身たるそれらは太古の時代から地上に君臨し続けている。

 

幾人もの英雄を、大英雄を、あるいは神すらも屠り喰らってきた怪物ども。

 

それを今こそ討伐しようと立ち上がった者たちがいた。それこそが千年の成果にして神時代の象徴、【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】。

 

神の眷属の到達点に至りし二つの派閥。千年に渡る約束の地オラリオの歴史において最高の冒険者たちはついにその力を以てして、人類の宿敵である大災厄を討ち滅ぼさんとする。

 

神々に認められし最強の集団は前人未踏の領域の階位に至った『英傑』と『女帝』─────Lv8とLv9の団長達によってそれぞれが率いられ、更にその軍下にはLv7の英雄が幾人も控えている。

 

一騎当千、万夫不当の猛者達による、神時代が生み出した最初で最後の希望の軍団。

 

まさに最強、まさに無敵、下界全土の悲願を達成するに足る英雄旅団。

 

その戦力はまさしく地上における最大勢力であり、人類にとって最大の切り札。神々の全てが英雄たちの勝利を疑っていなかった。

 

この英雄達が勝利すれば全てが終わる。それはこれまでの世界の終わりを意味すると同時に新たな時代の幕開けを告げるだろう。

 

そう、これは、全ての契機。神時代を終わらせるための序曲となるべき戦い。

 

──────そして成し遂げた。

 

大海を支配し、あらゆる海洋モンスターの頂天に立つ『海の覇王』リヴァイアサンを『静寂』の鐘の音が打ち砕いた。

 

大地に降り立ち、あらゆる敵を侵し尽くしてきた『陸の王者』ベヒーモスを『暴喰』の牙が平らげた。

 

多大なる被害を出しながらもついに成した偉業に人々は歓喜の声を上げる。

 

下界の住民は歓喜した、俺達の、私達の、千年は無駄ではなかった。自分達の英雄は世界を救えるのだと──!!

 

神々も確信した、下界の可能性、その結晶とも言える最強達であれば真に『救世』を成し遂げられる、と。

 

誰もが夢想する、輝かしい未来。

誰も彼もが待ち望んだ明日へと繋がる道標。

 

残るはただ一つ、絶望の化身たる黒き終末たる『隻眼の黒竜』ジズだけとなった。

 

突如として現れて全てを蹂躙したモンスターの王。その力は強大無比にして、その力は絶望的だった。

 

しかし、それでもなお、人類は諦めなかった。あと少し、あと少しで人類は再び救われるのだ! あの者達ならばきっとやってくれるはずだ、必ず成し遂げてくれるはずだ。そう、誰もが信じていた············いや、そう願っていた。

 

─────だが、敗れた。 

 

人々の願いを、神々の予想を裏切って最強の集団はたった一匹の竜に敗北を喫した。それは、あまりにもあっけない終わり方であった。

 

最強たる英雄達は確かに二体の漆黒のモンスターを討ち取った。そんな間違いなく史上最強を誇る英雄達が敗れるなどありえないはずだった。

 

なのに、なのにどうして? 答えは単純明快、ただ単純にして最大の問題。

 

竜は、強すぎたのだ。

 

あまりにも強く、あまりに異質なほどに規格外過ぎた。かつてないほどの圧倒的戦力差、絶望的なまでの実力差の前に為す術もなく蹂躙された。

 

全身を覆う黒い鱗は如何なる攻撃をも弾き、その吐息はいかなる加護も無効化し、巨躯から繰り出される一撃は如何な防御も意味をなさない。

 

それはまさしく絶望そのもの、抗うことなど決して叶わぬ絶対的な死の象徴。

 

最強の称号をほしいままにした英傑は、最強の軍団はその力を踏み躙られ壊滅し、残った男神の団長も瀕死の重傷を負ってその力の大部分を失った。

 

『迷宮神聖譚』においていずれ世界を滅ぼすと記されている黒き災厄はこうして滅びることなく地上に君臨し続けた。

 

─────だが、神時代の象徴たる英雄達との戦いは目覚めかけていた『黒竜』の自我を完全に目覚めさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────私は、長い、長い微睡みの中にいた。

 

それは、まるで揺り籠のような心地よい感覚。どこまでも温かく、優しく包み込んでくれて、何よりも安心できる場所。

 

でも、その時間は唐突に終わりを迎える。

 

頭に響く誰かの声、人を殺せ、全てを破壊しろと叫ぶ声。

 

その声に従って私は『子宮』から飛び出て、地上に出た。そして目に映ったのは、たくさんの人間。

 

私を見て恐怖に震えるか弱そうな生き物たち。迷わず殺した。目の前にいた一番大きな生き物を殺すと他の小さな奴らも逃げていった。追いかけるともっと小さいのがいっぱいいたけど全部殺しちゃった。そうしたらまた怖がって逃げた。

 

追いかけて、たくさん殺すと、今度はさっきよりずっと大きいのが来た。そいつは私が近づくと怯えたように体を震わせながら何か叫んできた。よくわからない言葉だったのでとりあえず首を捻じ切った。

 

燃やしたり、潰したり、岩を落としたりしたけれどまだまだたくさんいるみたいだ。だからもっともっと壊すことにした。

 

暫くすると剣を持った生き物が現れた。その生き物は私の姿を見ても怯むことなく近づいてきて剣を向けてきた。

 

私には効かないのだけど、邪魔なので殺した。それからまた別の生きものが現れて、同じことをしてくるのでやっぱり同じように殺した。

 

それから何度も挑んできたので、みんなまとめて食べてあげた。すると、すごく気持ち悪くなった。

 

殺して、壊して、食べるのを繰り返す。『おかあさん』の言うとおりに目に映るものを壊していく。

 

繰り返して繰り返して、気が付けば辺り一面真っ赤になっていた。

 

─────その時の私にはまだ『心』というものがなかった。

 

気が遠くなるほど長い時間を過ごしたような気もするし、一瞬しか経っていないような気もする。

 

─────あの時あの『英雄』と出会うまで私は『私』じゃなかった。

 

ある日、いつものように生き物を殺す私の目の前に剣を持った白い生き物がやってきた。

 

なんてことのない、ただの小さき生き物。しかし、何故かその小さき生き物が放つ存在感のようなものに惹かれた。

 

その瞬間、頭の中で響いていた音が強まった。今までに感じたことがないほどに強烈な衝動が湧き上がる。その衝動のままに私はその白き生き物を殺そうと動き出した。

 

『斬られた』

 

そう気が付いて最初に思ったことはそれだった。痛みはない、しかし、この身を切り裂かれたという事実だけはハッキリと感じ取ることが出来た。 

 

私は初めて自分が傷つくということを知った。

 

──────それは衝撃だった。

 

生まれてからこれまで一度たりとも傷ついたことなどなかったのだ。だからこそ、その初めての経験に、その事実に動揺する。

 

そして遅れてやってくる灼熱の痛み。

熱い、痛い、苦しい。これが、傷付くということなのか。初めて感じる激情、感情、思考…その全てが苦痛となって押し寄せる。

 

初めての傷に初めての痛み、それがこんなにも辛いことだとは思わなかった。

 

身体を奔る恐怖を紛らわすために私はさらに暴れまわる。その度に傷は増え、血が流れる。それでも私の激情は止まらなかった。止まることが出来なかった。

 

恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)恐怖(こわい)·············

 

私は堪らず逃げ出した。傷の痛みに、死の恐怖に、そしてなによりも、初めての感情を孕んだ己自身に。

 

逃げて、逃げて、逃げた。

 

空を飛んで、走って、泳いで、地を這って、隠れ潜み、あらゆる方法で、ただひたすらに逃げ続けた。

 

それから数日が経ち、身体は癒えてきたものの心は一向に晴れない。それどころか日に日に大きくなっていく恐怖と焦燥感。

 

芽生え始めた自我は私の中でどんどん膨らんでいく。そのせいか食欲もなくなってきた。

 

何も食べなくても生きていけるこの体だが、それでも空腹感はあるのだ。しかし、気持ち悪さの方が勝り食べられなかった。

 

それから何百年か経つ頃には、私の中に恐怖以外の何かが生まれていた。それは好奇心だ。

 

今まで感じたことのない感覚だった。それがとても新鮮に思えた。だからもっと知りたいと思った。

 

次第に芽生えていく自我は私の中に広がっていった。

 

それから暫くして兄弟である『蛇』と『獣』が小さな生き物───人間によって殺されたことに気づいた。

 

そして、私の前にもその人間達が現れた。その誰もが生命力に溢れ、ヒトの輝きに満ちているように見えた。

 

久しく現れた『敵』。

 

久しく行った『戦い』。

 

あのとき、私のあの地から追いやった『英雄』に及ばぬものの、そのいずれもが私をして敵と認識できる力を持っていた。

 

その人間達との戦いによって既に芽生えかけていた私の自我は完全に目覚めることとなる。

 

────気がつけば私は人間のような姿になっていた。

 

うちに秘めた力は変わらないが、見た目だけなら完全に人間のソレであった。何故そのようなことができたのか分からない。

 

そして、そんなことはどうだってよかった。

 

無我だった頃には感じることのできなかった情動や欲求といったものが次々と生まれてくることに戸惑いながらも、それを心地よいと感じることができたからだ。

 

そして、緑豊かな森の木々が、静かにせせらぐ小川の水が、暖かな陽射しを浴びながら日向ぼっこする草花たちが、どれもこれも美しく見えた。

 

 

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────これが生きるということなのか。

 

そう思うだけで胸の奥底にあるものが熱く脈打つような錯覚に陥った。

 

世界の美しさに感動した。当たり前のことがこんなにも素晴らしいなんて知らなかった。

 

それと同時に、これまで世界を破壊してまわっていた自分に対して怒りを覚えた。

 

今更何を言っているのだという話ではあるが、それでも私は初めて自分がしたことを後悔していた。

 

殺戮のためでも、破壊のためでもなく。ただただ、美しいものを見るために世界中をみてまわった。

 

世界には美しいものがたくさんあった。その中でも一番驚いたのは海というものだ。

 

どこまでも続く広大な水溜まり。太陽の光を受けてキラキラ輝く水面。波打ち際に打ち寄せる飛沫。潮風に乗って漂う磯の香り。潜るとそこは鮮やかな生命に溢れていた。

 

 

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海面に映る景色がまるで絵画のように見えて、そこにいるだけで気分が高揚していった。

 

それから暫くの間、世界を旅することに時間を費やすことになる。

 

ある時は山を登り、またある時は谷を渡り、川を下り海を渡った。時には空を飛び、大陸を横断することもあった。

 

色々な場所を見て回り、様々なモノを見た。

 

そして、私はいつからか人間に興味を持つようになっていく。

 

────最初はほんの小さな興味だった。

 

私が殺してきた人間は皆、死を恐れていた。中には泣き叫ぶ者もいた。だが、死に抗うことはできなかった。

 

しかし、人間の中には諦めずに立ち向かおうとする者もいる。そして、そんな者ほど強く輝いて見えるのだ。

 

その眩しさに憧れた。

 

私はこれまで散々奪ってきた人の営みに興味を持った─────それがどれだけ悍しいことかはまだ無垢に過ぎた私にはわからなかった。

 

村、街、国、都市、町、村、集落、里、都、郷、領、町、村、街、街、町、村、里、村、里、街、町···········

 

人の住まうところならどこへでも足を運んだ。そして隠れて人の営みを覗き見た。

 

初めはそれすら楽しかった。知らないことを知る度に心が踊った。慈しみ、愛おしく思った。私はいつしか人間が大好きになっていた。

 

そして、私は自分がその人間を山ほど殺してきたことなど忘れて、人間の姿で彼らの中に溶け込むようになった。

 

人間達は優しくしてくれた。私を受け入れてくれた。そして、私もまた人間達が好きになった。人間達が笑えば私も嬉しくなった。人間達の声を聞くと安心できた。

 

だけど、だけど────だけど! !

 

『化け物め!!村から消えろ!!』

 

『お前みたいな悪魔がうちの息子に近づかないでちょうだいっ!』

 

『すまない·····儂は老いないお前が恐ろしいのだ』

 

『モンスターが人の姿に化けているんだろう!』

 

『モンスターを素手で───ひっ!?』

 

 

 

『なんで、人が死んだのに笑っていられるの?』

 

 

 

 恐怖、敵意、侮蔑、嫌悪、忌避、拒絶、憎悪、嫉妬、悪意、殺意、害意、怨恨、畏怖、憤怒、悲嘆、絶望、厭悪、軽蔑、嘲罵、差別、蔑視、排斥、隔絶、迫害、虐遇、排撃、無視、孤独、孤立、孤絶、疎外、隔離、排除········· 最初のうちはうまく行っていても最後に私に向けられる視線はいつも冷たいものだった。

 

『─────どうして? 私はただあなた達と仲良くなりたかっただけなのに、どうしてそんな目で見るの? 私はただ、あなた達のことをもっと知りたいだけだったのに』

 

時には老いない身体のせいで、時にはいかなるモンスターより頑強な身体のせいで、時には他の何が原因で嫌われてしまうのか分からなかった。

 

そして、時には人の心とはかけ離れた『怪物』の精神のせいで。

 

いくら見た目を繕っても『怪物』の私では『人』になることはできないのだと悟った。

 

思い返せば当然だ、私はこれまでにどれだけの人間の命を喰らい尽くしてきたと思っているのだろうか。そんな私が人間に好かれていいはずがなかった。

 

それでも私は諦められなかった。私は宛もなく歩き続けるしかなかった。

 

人間とは迎合できずとも『母』を同じくする『怪物』なら──────

 

 

そう思って私は自分を受け入れてくる同族を探して回った。だが、そんなものはどこにもいなかった。

 

同族であるはずのモンスター達は私の姿を見るやいなや怯んで逃げ出すか襲ってくるかのどちらかだった。

 

理知のモンスターだから駄目だったのだと、今度は自分と同じ理知を持った異端のモンスターを探したが見つかることはなかった。

 

結局、この世界に私の居場所など無かったのだ。

 

それに気がついた時、不安にも似たどうしようもない感情に胸が締め付けられた。

 

まるで世界に自分だけが取り残されたかのような感覚。それはかつて感じた恐怖や痛みすら比にならぬ、言い知れぬほどの『孤独感』だった。

 

脳裏に浮かぶのは互いを慈しみ、穏やかに生きる『人間』の家族。

 

そして、そは魔石を劣化させることで繁殖し、普通の動物のように野生ながらの家族を形成していた『怪物』。

 

──────私は、そのどちらでもない。

 

『人間』には成れず、『怪物』にも成りきれない中途半端な異端者。私は誰からも受け入れられることは出来ず、そして誰にも受け入れてもらえない。

 

孤独』という猛毒は瞬く間に心を蝕み、やがてその全てを呑み込んだ。

 

私は自分のことが嫌いになった。醜く、汚らわしい、浅ましい存在。それが私だった。

 

そんな私を世界が好きになれるわけがない。そんな私を愛してくれる人が居よう筈もない。

 

死にたい、そう思った。死んでしまえば楽になると分かっていた。私は何よりも強いけれど自殺ならできる。だが、私にはそれが出来なかった。

 

──────私は、死ぬのが怖かった。

 

これまで散々人の命を奪ってきたくせに、今さら何を言っているのだと思われるかもしれない。

 

身勝手で愚かしいことこの上ないだろう。

 

私は逃げた、人間から、怪物から、世界から、自分から逃げて逃げて、そして隠れ続けた。

 

そして、いつの間にか私は深い森の奥でひっそりと息を潜めるように暮らしていた。

 

何も産まぬ代わりに何も壊さない。

それが私に残された唯一の生き方であり、ただそれだけが私に与えられた最後の希望なのだと信じて疑わなかった。

 

そして、その生活を初めて一年後のある日。

 

──────私は運命と出会った。

 

その日もいつも通り、私はひとりぼっちで森の中を歩いていた。ふと、森からモンスターが出ていくのを知覚した。

 

いつもならば気にも止めない、取るに足らないモンスターの一匹が、何故か無性に気になった。

 

私はそのモンスターの後を追った。

モンスターは私に気づくことなく悠々と歩みを進める。

 

そして、しばらくするとモンスターは緑が美しい原っぱで足を止めた。

 

そこには小さな人間がいた。

 

次の瞬間にはモンスターに食べられてしまうだろうその姿を見て、私の身体は勝手に動いていた。

 

助けなければと思ったのだ。

 

今更、なにを人間ぶっているのだと言われても仕方のない話だ。

 

けれど、たとえ偽善だとしても見捨てることは出来なかった。

 

森に捨ててあった粗末な剣を振るってモンスターを斬り払う。その時、人間は私を見て驚いた顔をしていた。

 

自分とそう変わらない華奢な少女が大剣を軽々と持ってモンスターを一撃で殺したことに驚いているのだろうと私は思った。

 

どうせ、怖がられて終わりだ。

 

私は踵を返してその場を離れようとした。だが、背後から聞こえてきた声に思わず振り返った。

 

『────助けてくれてありがとう!! 死ぬかと思ったよ!!』

 

 ────────感謝、された? 信じられなかった。私が何かをすれば誰かを傷つけてしまうのだと、そんなことは当たり前であると理解していた。

 

殺して壊すことしかできない私が、誰かに感謝されることなど有り得ないと思っていた。なのに·········

 

『俺は■■■■、お前は?』

 

『······?』

 

『えっと、名前だよ。お前の名前!』

 

『わ、私の名前は────』

 

 それは私にとって夢のような一時だった。殺して壊すことしかできないはずの私が初めて人を助けることができ、そして人の温もりを知った。

 

初めて知った人の優しさは、とても暖かく心地よかった。しかし、楽しい時間というものはすぐに過ぎ去るもので、気がつけば辺りは既に暗くなっていた。

 

私は名残惜しさを感じながらも、彼女別れを告げることにした。けれど、彼は私の手を握って───

 

『明日もここで会おう』

  

 ─────その一言がどれだけ私を救ってくれたか、彼は知らないだろう。

 

私は嬉しかった。生まれて初めての友達ができたのだと、心の底から喜んだ。

 

それから毎日のように彼と会い、他愛もない話をする日々が続いた。彼は何も知らない私にいろんな話をしてくれた。人間のこと。神々のこと。魔法のこと。歴史のこと。冒険者のこと。

 

─────『英雄譚』のこと。

 

そして、いつしか彼のことを好きになっていた。彼と一緒に居るだけで幸せな気分になれた。

 

─────彼と過ごした時間は本当にあっという間だった。

 

気がつけば、彼は子供から青年になっていて。それでも私たちの関係は変わらなかった。

 

毎日のように会って、他愛もない話をして、そして別れる。そんな関係。

 

幸せだった。これ以上ないほどに。

 

彼といるときだけは自分が多くの人間の命を奪ってきた悪いドラゴンであるということを忘れられた。

 

ずっとこのまま時が止まればいいのに。そう願わずにはいられなかった。

 

しかし、終わらせなければならない。

 

『お願いがあるの』

 

 私は言った。自分が世界を滅ぼす悪いドラゴンであるということを、このままでは世界は救われないということを────あなたになら殺されても構わないということを。

 

死ぬのは怖い。けれど、最期に見るのがあなたの顔で、最期に触れるのがあなたの手なら怖くないと思えた。

 

彼は酷く困惑した表情を浮かべていた。当然だろう。いきなりそんな事を言われれば誰だって困る。

 

でも、もう時間がない。

 

『盟約』の時はもうすぐにまで迫っている。だから、私は彼に言った。

 

『ありがとう、私を好きになってくれて』

 

 あなたがいたから、私は孤独じゃなくなった。あなたがいたから、私は私で居続けられた。

 

これまでに生きてきた時間からすれば瞬きにも等しい僅かな時間。けれど、私にとってはかけがえのない大切な思い出。

 

これまでの全てが報われたような気がした。

 

殺して壊すことしかできない私がなぜ産まれてしまったのかわからなかった。

 

けれど、今ならはっきりと言える。

 

『さようなら、私の愛しい人』

 

 私は、─────

 

『大好きだよ、私の愛しい英雄さん。いつか、世界を救ってね』

 

────あなたに恋をする為に、この世界に生まれてきたのだと。

 

 

 

 

 

 

────夢はそこで途切れた。

 

意識が覚醒し、視界が開ける。そこは暗い洞窟の中。痛みはない。けれど、身体中を鈍器で殴られているかのような倦怠感があった。

 

自身の身体を見ればあのときのような人間の姿ではなく、黒い鱗に覆われた巨大な身体。

 

瞳孔のない赤い双眼。背中に生える漆黒の翼。鋭い牙と爪。そして、頭には禍々しい角。それはまさしく、『英雄譚』に出てくる悪いドラゴンそのもの。

 

これでいい。私は世界に滅びをもたらす存在なのだから。もはや、姿を繕うことすらできはしないが、まだ私は『私』だ。

 

『盟約』の時が近い。日に日に自我が薄れていく感覚が強くなる。恐らく、もうすぐ完全に『私』は消えることになるだろう。

 

頭の片隅に『おかあさん』の声がちらつく。ごめんなさい、おかあさん。

 

私はもう、何も壊したくないの。だから、まだ私は心だけでも『私』でい続ける。

 

姿は戻ろうとも心まではあのときの無我の中でで生きていた頃の自分に戻りはしない。そうなったら、再び破壊衝動に支配されてしまうかもしれない。

 

だから、その前に。

 

彼が来てくれると信じて、待つ。

 

私に残された唯一の希望。

 

彼は私を必ず助け(殺し)に来てくれる。

 

根拠などどこにもない。ただ、そう信じたいだけなのかもしれない。

 

けれど、信じる。例えどんな絶望的な状況であっても、彼ならばきっと私を助けてくれる。

 

それまで私は彼との夢のような思い出を思い返す。

 

初めて会ったときのこと。初めて感謝されたこと。初めて笑いかけられたこと。初めて怒ったこと。初めて泣いたこと。

 

彼と過ごした全ての時間が私の宝物。

 

彼と出会って、私は本当の意味で生きることができた。

 

もし叶うことなら、もう一度─────── 私は静かに目を閉じた。

 

これは彼が世界を救う(私を殺す)までの『迷宮神聖譚』(ダンジョン・オラトリア)だ。

 

 

 

 

 

 

 





『■■■■』
後のジーク。彼はジズに救われることで彼女を救っていた。呪いをかけられたのは何も彼だけではなかったということ。

『ジズ』
世界滅ぼす系ヒロイン。数千年にも渡る竜生の中では瞬きにも満たない彼との思い出のみを拠り所にして今も世界を滅ぼさないために人であり続けている。


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