―――助太刀致す


※息抜きの思いつきです。

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 別作品を待ってる方もおられるかもしれないのですが、どうしてもネタが思いつかずに息抜きでこんなもん書いてしまいました。
 ふしだらな作者と笑いなさい。


義によって

「ふーん、所詮〝勇者〟って言ってもこんなもんか」

 

 その屈辱的な言葉に、呻き声でしか返せないことが惨めだった。

 言葉の通りに私を含めてボロボロで倒れ伏してしまっていることが惨めだった。

 何より、未だに私の親友を足蹴にされて、それでも立ち上がることすらできない自分が、一番惨めに見えてしまった。

 

 魔王軍七将が一人、【色欲】のモデウス。

 私たち勇者が最初に挑んだ強敵。

 モデウスに支配された街の様子は、聞きしに勝る凄惨さだった。

 そこら中で獣のように人も魔物も区別なく交わう光景は、私は勿論女性ばかりの私の仲間たちも嫌悪感を露わにした。

 モデウスが乗っ取った王城の玉座の間でも、それは変わらなかった。

 玉座に腰掛けたヤツは、人間の基準で見ても恐ろしい程に美しかった。美の神と言われても納得する程だ。

 その蒼白の肌と捻子くれた角、そして私たちへ…否、人間という種へと向けた嘲笑がなければ。

 戦いを挑んだ私たちに、ヤツは卑怯にも侍らせていた人間を盾にしてきた。

 全裸で襲い掛かって来る、正気を失った見目麗しい人たち。男も女も関係なしに、とにかく見てくれが美しい者に手を出していたらしい。

 当然だが斬り伏せるなんてことはできない。

 もっと言えば、戦いの最中にどうなのかとは思ったが、それでも目のやり場に困るのも、いつものように動けなかった理由の一つだ。今思えば、それもモデウスの思うつぼだったのだろう。

 一人、また一人とモデウスの攻撃を捌きながら男たちを全員気絶させていく頃には、私たちは疲労困憊、あっさりとモデウスに全員やられてしまった。

 

「さぁて、そろそろ町娘にも飽きてきていたところだったんだ。丁度良かったよぉ」

 

 そう言って、その豪奢な服のズボンを下ろすモデウス。まさか…

 

「何、その顔。当たり前じゃん。俺様何て呼ばれてるかくらい知ってるだろ?〝色欲〟よ?態々綺麗どころばっかり集めてくれちゃってまあ。小せぇのから大きいのまでより取り見取りじゃねぇかよ。俺様何でもイケる口だからよ?ありがとよぉ『ゆーしゃさま』!」

 

 ハハハハハハハハッ!

 

 耳障りの笑い声。

 弱みを見せるわけにはいかないと思っても、涙を堪え切れなかった。

 

「いいねぇ、その顔!よし、お前はメインディッシュだな。仲間想いってやつだろぉ?くっだらねぇけど、そういうヤツって、目の前で大事なもんを堕としてやるともっといい顔してくれるんだ。さぁて、誰がいいかなぁ…」

 

 こいつにしよ。

 そう言って、言葉の割にはさほど迷わずモデウスが服に手をかけたのは、私の大親友、フィニアだった。

 幼馴染の彼女は、私が勇者に選ばれたと知ったとき、危険を承知で一緒についてきてくれた。今まで何度も彼女の治癒の術に救われてきた。

 

「うぅ…アリス…」

 

 力なく私の名前を呟くフィニア。

 

「一番地味だが、おっ、結構いい体してんじゃん。お前ら全員初物の匂いするし、ホントありがてぇわぁ。こいつ、お前と一番連携がとれてたな。仲、いいんだろぉ?」

 

「いや…止めて」

 

 声が震える。惨めに、這ってでも彼女の元へたどり着こうとする。

 

「ハハハッ、当たりっぽいなぁ!ダメだぜゆーしゃさまぁ?そういう時は気持ちは隠さないとぉ」

「やめろ…!」

「やめぇ……なぁい!!ハハハハハッ!いいぞぉ、その顔その顔ぉ」

「私が、私があんたの相手をするから…!だから、フィニアには、他の皆には…」

「あーあー、そういうのは聞き飽きてるんだ。それに」

 

 そう言って部屋を見回すモデウス。

 

「俺の配下も、そして〝ぜんりょー〟な市民たちも、もう我慢できねぇってさぁ!」

 

 直後、起き上がりだした、気絶させたはずの男たち。

 そして、部屋になだれ込んでくる緑の肌の小鬼たち、豚面の大鬼、気色の悪い触手をくねらせる形容し難い何か。

 それらはモデウスと同じような嗜虐的な、そして欲望に塗れた笑みを浮かべながら近寄って来る。

 守るべき無辜の民たち。それらに抵抗することもできない無力感。

 今まで散々斬ってきた有象無象。それらに抵抗することもできない屈辱。

 嫌、嫌と私と同じように涙する仲間たちへの罪悪感。

 耳障りな笑い声が耳にこびり付いて消えない。冷たい涙が溢れて止まらない。

 だから、今まで言われる立場であったその言葉が口から零れてしまった。

 

「助けて…」

 

「ハハハッ!あー面白ろ。助けなんてくるわけねぇじゃん。助けに来たゆーしゃさまはお前だよぉ!ギャハハハ「笑うな、に御座る」ハハハ、は、は?」

 

 唐突に、モデウスの腕からフィニアが消えた。

 代わりに、というわけではないが、その腕のあった箇所からは、真っ赤な液体が吹き出していた。

 

「がっ、ああっ!?なん、何だよごれぇ!?」

 

 続けて、ドサドサと何かが崩れ落ちる音。

 ゴブリンもオークも、その悉くが綺麗に首を落とされていた。触手の怪物たちは真っ二つの上、入念に触腕が輪切りにされており、反対に私たちを囲んでいた全裸の人間たちは無傷でそこらに転がっていた。

 

「アリス…!」

「フィニア!」

 

 気が付けば、すぐ側にフィニアがいた。情けない心と体に今度こそ鞭を打って、それでも力強く抱き合った。

 

「一体、何が…」

「ほら、アリス。あの人」

 

 フィニアの指さす方を見れば、そこには一人の男が立っていた。

 異邦の装束に身を包み、滅多に見ない黒髪を後ろで一つに括っている。

 腰には大小二本の細い剣。それに軽く片手をかけ、モデウスと対峙していた。

 あれは確か、東方の『キモノ』と『カタナ』?だか言ったか。

 

「笑うな、で御座る。この外道めが。恥に耐えながら、彼女らは決して民を傷付けなかった。仲間のために己を差し出そうとした。優しさと献身に溢れる者たちだ。己が強者であると〝勘違い〟してただ傲慢に、我欲も制御せずに唯唯諾諾と従って振舞っているような貴様には、死んでも彼女らを笑う権利など、ないで御座る」

 

 涙が溢れた。フィニアもそうだ。見れば仲間たちも同じようなものだった。涙こそ見せない者もいるが、それでもその顔は私と同じ心であるとすぐに分かった。

 屈辱や無力感から流れる冷たい涙ではない。

 もっと暖かい…熱い涙だった。

 

「誇るで御座るよ。貴殿らは、正しく〝勇気ある者〟に御座る」

 

 情けない声が出そうになった。涙で滲んで前が見えない。きっとひどい顔をしていることだろう。

 聖槍に、女神に選ばれた勇者であると持て囃されてきたが、こんなに真摯に「褒めてくれる」人など、今まで一人でもいただろうか。

 ましてや今、倒すべき巨悪の前に涙を流して屈してしまっている。失望の目を向けられて、罵詈雑言を吐かれても仕方のない状況だというのに。

 私だって、男勝りの悪ガキなんて言われていたが、それでも女だ。

 訓練も、魔物と戦う毎日も苦痛だった。逃げ出したかった。「何で私が」と何度も思った。

 そんな今までのすべてが、報われた気がした。

 

 そして、私たちを庇うように彼がモデウスに立ち塞がる。

 さっきよりも溢れる涙を乱暴に拭って彼の背を見る。

 長身のモデウスよりも少し小さく感じる体躯。

 しかしその背中は、ヤツなんかよりも余程格好よく、そして大きな〝漢〟の背中だった。

 

「そういえば、聞いたことがある」

 

 隣のフィリアが静かに語り出した。

 酒場で詠われる吟遊詩人たちの唄。私たちのことが詠われることもあり、気恥ずかしくて私はあまり聞かなかったのだけど、その中でも最近定番となっているらしい、一人の〝勇者〟の英雄譚。

 

 光を吸い込む黒の御髪と、異国の衣をたなびかせ、勇猛果敢に悪へと挑む。

 其の者、聖なる槍をもって悪を誅する、神の定めたもうた『勇者』ではない。

 其の者、ただ勇ある者。方々を巡っては、その美麗な剣で悪を断つ。

 時に暴れる巨大な魔物を。

 時には娘を攫う卑劣なる賊を。

 そして時には圧制を敷く悪なる貴族を。

 魔物しか討たぬ勇者ではない。あらゆる悪徳を打ち砕く真なる英雄。

 その名は―――

 

 

「拙者―――

 

 

百合のようで百合じゃない少し百合な関係大好き侍

 

 

義によって助太刀致す」

 

 

 なんて?

 

「そして〝百合の間に挟まる男絶対殺すマン〟にて候」

 

 なんて?

 

 

 

「先程は致し方なくアンブッシュしてしまったで御座るが、拙者これでも侍故。今よりは正々堂々の立ち合いを望むが、如何に」

「何が立ち合いだこのクソ野郎!ふざけやがって色々とぉ!!よくも俺様の腕を…」

 

「せめてもの情けとして、その〝ナニ〟を隠す暇をくれてやると言っているので御座る」

 

 モデウスの動きが止まる。

 

「丸出しで逝きたくはなかろう。それとも、〝色狂い〟としては本望に御座るか」

「こ、この…!」

 

 モデウスはその端正な顔を怒りで歪める。美の化身とすら呼べる程のその顔は、今や野獣もかくやと言わんばかりに凶悪なものとなっていた。

 

 腕を斬りとばされた怒り。

 人に「情け」などと言い放たれた怒り。

 人間風情が己に勝つと堂々と宣言している事への怒り。

 

 そして何より、これでも誇りに思っている七大罪【色欲】の将としての怒り。

 

 魔界に生まれ出でた時にはただの弱々しい一淫魔(インキュバス)であったモデウスは、しかし三百年の時を費やし魔界のスーパーエリートへと躍進した。

 精気を吸って力を蓄える淫魔にとっては餌でしかない人間ごときに、様々な苦労苦難の果てに掴んだ称号を馬鹿にされることは、普段軽薄な態度を崩さないモデウスにとっては数少ない逆鱗の一つであった。

 

「ほう…貴殿にも一端の誇りというものはあるので御座るな。失敬した、撤回しよう〝色欲〟」

 

 モデウスの怒りから何かを感じ取ったのか、そんなことを宣う侍。

 その真剣さを感じる言葉に、勇者たちはおろかモデウス本人ですら少し毒気を抜かれたようになった。

 

(ふざけた名乗りといいよく分かんねぇ野郎だなぁ…)

 

 未だ怒りは収まらないものの、少し冷静さを取り戻してきたモデウス。

 彼としても、己の色欲を貫き通して絶頂の果ての生まれたままの姿での死(テクノブレイク)は望むところであったが、単なる力のぶつかり合いの果てに、よりにもよって(人間)に己の至上の裸体を馬鹿にされることなど想像もしたくなかった。

 血だまりの中で黙ってズボンを上げるその姿は、聊か以上に滑稽さを感じざるを得ない光景であったが、疲労困憊で今にも意識を飛ばしてしまいそうな勇者たちは勿論のこと、相対している侍もその姿を笑い飛ばすようなことはなく、至って真剣な表情で己の敵を見据えていた。

 衣服をしっかりと整え終わるのを見届けた侍は、ゆっくりと腰の得物を抜き放った。

 色事以外には疎いモデウスですら、〝それ〟は美しいと感じた。

 緩やかな反りを描く刀身は、光を反射して独特の文様(刃文)が浮き上がっており、柄と鍔の装丁も美しい。

 その煌めきと細い刀身とは裏腹に、決して折れず曲がらず毀れない、そんな言葉を連想してしまう力強さを感じるものであった。

 

 侍はその剣を両手で握り、真正面に構える。

 この場において侍以外の誰も知りえないことではあるが、いわゆる正眼の構えと呼ばれるものであった。

 鍔元に右手を緩く、柄頭を小指で包み込むように左手で握り込む。両の腕は肘を曲げて円を描くかのように余裕をもち、しかし腰から下はどっしりと構え、次の瞬間城が崩れるような地揺れが起ころうとも決して揺らがないであろう。それでいて、いざ動くとなればすぐさま跳んで来れるだろうという妙な確信があった。

 見る者が見れば揺るがぬ巨大な岩山のようにも、流れゆく雲のようにも感じる。そんな不思議な雰囲気を漂わせていた。

 

(分かっちゃいたが、勇者より厄介だなぁ)

 

 手勢をすべて己に気取られることなく殺戮せしめたのだ。それも人間には傷一つ付けずに。それだけで腕っぷしは勇者よりも遥かに強い。それはモデウスも認めざるを得ない。

 

 だがそれ以上に、だ。

 モデウスは、人の欲望、淫魔として特に性欲に自制を利かせなくするオーラ、人間たちは【悪心の解放】と名付けたそれを常に放っている。それは刺激する欲望こそ違えど他の七将も同じことだ。

 だからこそ、モデウスは少し散歩をするだけで街ごと淫祠邪教の集会のような有様に変貌させることができた。

 そのオーラが効かないのは、精密な魔力制御による防御が可能な高位の魔法使いと、女神の聖なる加護を受けた勇者並びにその加護を分け与えられた仲間以外に存在しない。

 その勇者も心に罅さえ入ってしまえば容易く陥落するであろうことをモデウスは主より教えられていた。

 目の前の侍からはそういった神聖な気配といったものどころか魔力すらも感じない。つまりオーラの影響下にはある。

 にも係わらず平然と対峙しているということはつまり。

 この男は、欲望を解き放たれて尚、上から下まで綺麗どころの揃ったあられもない(・・・・・・)恰好の勇者パーティ(女ども)を前にして、自力で平常心を保っているということになる。

 敬虔な神官でさえ自制が利かなくなるそれを、今この場で平然とした態度で過ごしていることそのものが、冷静さを取り戻したモデウスの警戒心をさらに引き上げた。

 

「さあ、拙者の名乗りは済ませた。貴殿も名乗るで御座る」

 

「……チッ。魔王閣下直属、七将軍【色欲】の相。モデウス」

 

 舌打ちと共に、それでも名乗る。

 強いから何だというのか。真正面から搦め手で封殺すればよいだけのこと。

 そんな内心を隠しつつも、嫌な予感は拭えなかった。

 モデウスは己の得物である、穂先が不気味に蠢く肉槍を残った左手で構える。

 

「では…いざ尋常に、参る」

 

 

 

 最初に動いたのはモデウスであった。

 口から放出されたのは、桃色をした高濃度の催淫ガス。それは忽ち膨れ上がり、山にかかる霞のように侍の姿を覆い隠す。

 一呼吸しただけで出るモノが出なくなっても絶頂を繰り返すようになる危険なガスだ。

 勇者たちには使う機会はなかったが、仮に食らっていれば尋常な治癒魔法では回復は難しい。そもそも常人であれば食らった時点でまともな思考ができなくなる初見殺し。言ってしまえば触覚や神経系に作用する感度の上昇というバフでもあり、魔法効果に加えてそういう薬物を生成するという二重術。

 しかし結果的に齎されるのは致命的なまでのデバフでもあるという難解な術。脱するためには感度の上昇であると見抜いてこれを解除し、尚且つ高度な解毒の術も併用しなければならない。

 初見でカラクリを解くのは難しいだろう。

 

 そんな術を物ともしないように、侍は桃源の雲海から飛び出してきた。

 モデウスは信じられないというような顔をしつつも、内心では効果がでないことは予感はしていた。侍にはそういった〝凄み〟があった。

 が、次の一手は既に打ってある。

 侍に続いてガスの中から飛び出したのは、ぬらぬらとした粘液を纏った無数の触手。モデウスがガスを吹き出すと同時に召喚したものだ。

 本来であれば性的に甚振るためのものではあるが、その軟体故の柔軟性と瞬発力、一本の触腕で大の大人を釣り上げる膂力、そしてその筋肉を強張らせ固めることによる瞬間的な硬度は、勢いのままに突き出せば容易に人体を、どころか同朋である魔物ですら貫くことが可能な槍となる。

 

 完全な死角。後方の上下左右から迫る必殺の肉槍。ついでとばかりに触手を覆っているのは筋弛緩と催淫効果のある粘液。皮膚からも吸収される上に直接体内に入ってしまえば効果は強くなる。

 

 剣が閃いた。のであろう。

 

 少なくとも、モデウスには認識は出来なかった。一瞬、ほんの一瞬だけ幾条もの光の線が侍の後方に煌めいたかと思えば、自慢の触手は輪切りにされていた。

 勇者たちに嗾けた小さな個体もそうであったが、斬り落とされたとしてもある程度形を保っていれば触腕単体でも動けるということに勘付かれている。触手群から思念により送られてきた情報によれば、再生を遅らせるためか根本の断面は念入りにぐちゃぐちゃにされているという徹底ぶり。

 陽動のために正面からダメ押しも兼ねて放っていた拘束用の速乾粘液(勿論催淫効果付き)…の影に紛れて放とうとしていた自前の触腕槍を引っ込めて、その触腕を伸ばして斬り飛ばされた腕を回収する。

 本来であれば腕も遠隔で動かすことができるため、侍の警戒から外れるまで不意打ちのために温存しておくつもりであったが、そんなことも言っていられない相手であると確信する。一応一から再生も出来なくはないが相応の消費はするため、節約に越したことはないと考えてのことだ。

 モデウスと侍との距離はまだまだある。が、モデウスは手を緩めない。

 己が持つのが伸縮自在の生きた槍ということを加味したところで、あの侍は一瞬で懐まで入り込んでくることを「ヤツならできるだろう」と半ば確信にも近しい感覚で分かっていた。

 そして侍の踏み込みの直前。

 その意を殺すように彼の足元に魔法陣が浮き上がる。

 刹那、最初からそうするつもりであったかのような滑らかな方向転換。滑るような、なんて生易しいものではなく、まるで瞬間移動でもしたかのように真横へと跳び退る。さらには、置き土産として再び無数の剣閃が煌めく。

 気付けば、魔法陣から溢れ出した人の手のひら程もある蜂のような魔物とその幼虫の群は、瞬く間にバラバラになり、紫色の不快な体液を巻き散らす。シューシューと音を立てて同色の煙へと即座に気化していくその液体は、蜂の魔物の持つ麻痺毒であった。

 この間五秒にも及ばない時間の攻防であった。

 お互い構えなおし、じっと見合って機会を伺っている。その様子は、モデウスの使う様々な技の不快な絵面は兎も角として、しかし確かに尋常な立ち合いと言える攻防であった。

 

 最早見ていることしかできない勇者一行は、あまりに濃い立ち合いに呆然としていた。

 治癒術師であるフィニアと魔法使いの女の二人には、今の一瞬で何が起こったのかすらさっぱり分かっていない様子であった。

 そして辛うじて目で追うことのできた勇者アリスと、大槌の戦士に弓手。

 そして特に剣士の少女、リーゼロッテに至っては、血が流れる程に唇を噛みしめて悔しがっていた。

 

 自分たちが負けたのは人質を取られたからだと思っていた。真正面から戦えばあんな軽薄な男になど絶対に負けるはずがないと。女神の加護を分け与えられた勇者の仲間として選ばれた誇りと自負が、今の床に這い蹲った惨めな彼女を支えていた。

 それが蓋を開けてみればどうだ。

 あんな目で追いきれない、どれ程の駆け引きを織り交ぜたのかも分からない嵐のような戦いに割って入れるか?

 必死に「できる」、「勝てる」と自分を奮い立たせようとしてはいるが、心の奥底ではとうに「無理だ」と認めてしまっていた。

 自分たち……自分ではモデウスの本気を引き出すことすら出来なかったのだと絶望した。

 七将といえど卑劣な手を使わねば人には勝てないのだと内心では嘗めていた相手が、その醜い趣向と精神性を心底より見下していた相手が、自分よりも遥か格上であると自覚した瞬間、先程侍の言葉に感じた熱い涙とは違う種類のものが目から零れ落ちていった。

 

 悔しさを感じているのはアリス以下他の仲間たちもまた同じであった。

 それぞれが国の威信や己の腕を見込まれて、リーゼロッテと同じく相応の自負をもってこの場に臨んでいた。

 それがまったく関係ないと言っていい第三者に助けられた挙句に、その第三者に自分たちが倒すべき相手すら任せきりになってしまっている。

 自分たちを助けてくれた、鼓舞する言葉をかけてくれた感謝。

 そんな彼の手助けもできない情けなさ、申し訳なさ。

 皆一様に、リーゼロッテと同じような無力感に苛まれていた。

 

 アリスという〝勇者〟以外は。

 

 彼女はずっと、戦いから目を離すことはなかった。ただじっと、何事も見逃さぬように見つめていた。

 吹っ切れたわけではない。完全に諦めてしまったわけでもない。

 それでも、例え今がどれだけ惨めでも、自分たちの遥か先を行く男の背中を見届けたかった。

 そして思う―――次こそは、と。

 本来なかった筈の〝次〟を彼は与えてくれたのだから。

 

 

 

「何で催淫が効かなんだかねぇ」

 

 最初の激突から数分程。モデウスからしてみれば、柄にもなくまともに打ち合っていた。

 様々な召喚術や淫奔の術を絡めながら直接槍で対処せざるを得ない状況まで詰められてしまっている。

 そして、おそらくまだ〝上〟があるということにまで気が付いてしまった。

 モデウスは既にギリギリだ。綱渡りの綱が何故だかまだ千切れていないだけ。もはや笑顔が作れているかも怪しいが、侍は未だ涼しい顔で、攻撃の一つも掠りもしない。

 遊ばれている、というわけではない。攻め手に余裕を持たねば、モデウスが勇者たちに攻撃を仕掛けると考えているのであろうし、それは実際その通りであった。

 戦いを眺める少女たちの心などいざ知らず、少しでも情報を得るために舌戦を仕掛けることにしたモデウス。

 おそらくは聞けば答えてくれる。傲慢というわけでなく尋常(対等)を望む、そういうタイプ人間だと確信しつつ、自分が知ったところでどうしようもない技術が使われているのだろうとも思いながらも、少しでも勝利の確度を上げるための行動であった。

 

「拙者には術や毒の類は効かぬで御座るよ」

「魔力でもないなぁ。何かの加護を受けてるってわけでもぉ…なさ気だしぃ?」

「そのような大層なものでは御座らん。心を惑わす呪いであれば心を常のように保てばよい。毒であれば、己の体を頭の先から足の先まで、腸の一つ一つまで御することができれば、毒など取り込まぬようにも回らぬようにもすること容易に御座る」

 

 やはりどうしようもないと思いつつも、何を言ってるんだこいつは、と思わざるを得なかった。

 心云々は、まあまだ分かる。実際幻惑の類の術というのは心を強くもつこと、或いは心を閉ざしてしまうことで防ぐことができる。欲望を解放するオーラも、七将以外の魔物が一時的に放つ程度のものであれば、心清らかな神官などには効かないこともある。

 この侍は、魔界のトップ勢のそれに打ち勝つ心の強さを持っていたというだけのことだ。

 信じられないが、まあ可能性が皆無であるとはモデウスには言えなかった。

 

 しかし後者はなんだ。体を御する、肉体の掌握?腸…内臓の一つ一つ?

 つまりはアレか。目の前のこいつは内臓すら自力で操作ができるというのか?

 

 思わず浮かべていたへらへらとした笑みが引きつりそうになるのを必死で抑える。

 動揺を悟られないよう嘲笑(ポーカーフェイス)を維持し続ける。

 

「知ってるぅ?そんな技術、ってかそんなことできるヤツぁ人間って言わねんだわぁ」

「貴殿の業前も中々であった。所業こそ許せることでは御座らんが、その戦運び、槍の冴え。並々ならぬ修練の跡が見て取れる」

 

 チッ。

 再び舌打ちが漏れる。

 どうにもこの何たら侍相手にはペースが乱される。

 何より妙に心が乱される。

 何か今まで生きてきて感じたことのない何かが、胸の中に溢れるようで。

 それが不快でないと思っていることが、一番不快であった。

 

「さて、準備は終わったで御座るか?貴殿の気の流れが集中しておるが」

 

 気付かれていた。

 モデウスの奥の手。これを使ってしまえば、しばらく弱体化してしまう最終手段。それくらいのリスクを背負わなければ勝てないと踏んだ。

 それは、今まで吸い出してきた精気……つまり、人や魔物の生命力を純粋なエネルギーに変換して指向性を与えて撃ち出す。一言で言えば〝ビーム〟である。

 淫魔は精気を吸って強くなる種族。貯め込んだそれを放出するとなれば、完全に消化して己に還元されてしまった分を除けば一気に弱体化してしまう。

 手勢も全滅、自分も弱体化、しかし勇者は満身創痍。最早目の前の男さえ殺してしまえば逆らう気力も失せるだろう。目の前の侍さえ下してしまえば、後は勇者たちからゆっくりとお楽しみ(回収)しなおせばいい。故の大盤振る舞い。

 この攻撃は魔力を用いたものではない。故に魔術師に感知されることがないのだが、この男は何らかの手段をもって知覚することができたらしい。

 だが、もう遅い。チャージは完了。即座に魔力も上乗せして威力もさらに跳ね上げる。

 

「全力で御座るな。〝受け止める〟とは言えぬ、しかし〝受けて立つ〟で御座る」

 

 そう言って侍は構えを変えた。

 顔の真横、侍から見て右側へと得物を担ぐように、あるいは天へと掲げるように構える。

 八相、よりは示現流の『蜻蛉』に近い姿であった。

 

 雰囲気が変わった。最早外野となってしまった勇者一行にもそれは自然と伝わった。

 お互いが既に準備万端。機さえ来ればすぐにでも渾身の一撃を放つことだろう。

 モデウスにとっては外せばお仕舞。これで仕留めることができなければ完全な詰みに持っていかれる。

 動きを封じるためのあらゆる手段は効果を成さなかった。だが多少の体力や集中力は削げた…筈だ。そうとして考える。

 

 ―――だがどうしてか、悪い意味でなく、そんなすべてが意味のないものであった様な気がしてならなかった。 

 

 散々暴れまわったからか、玉座の間の壁の一部が音を立てて崩れ落ちる。

 それが合図だった。

 

 放たれるのは白の極光。今までモデウスが糧としてきた命の輝きそのもの。三百年分の生命の奔流。広範囲爆撃として用いれば一国の軍隊を文字通り容易く蒸発させるその一撃が、ただ一人の人間相手に向けて放たれた。

 

 そんな絶死の光線が、ただの一振りで両断された。

 

 何時振り下ろしたかなど、今までの斬撃と同じように分からなかった。

 気が付けば、侍も渾身の形相で得物を振り下ろしきっていた。

 深く深く右足を踏み込み、しかし次の瞬間には既に、モデウスの前に迫っていた。

 

「見事」

「……ハッ、ふざけやがって」

 

 モデウスの顔に浮かんだのは、本当に久しぶりに、嘲りのない笑顔だった。

 

 

 

「そんな力を持っていて、何故自由に生きねぇんだよぉ…それで満たされんのかお前はぁ」

 

 最後の力をふり絞って出した問い。

 左の肩口から袈裟懸けに真っ二つにされたモデウスは、それでも魔物特有の強い生命力と、最後に放った精気の搾りカス程の力によって生き永らえていた。

 とはいえ、それも一時的なことだろう。すでにモデウスの視界は翳みだしていた。

 

 己が欲望のままに、その力をもって自由に振舞うことこそ、知恵ある魔物としての本懐である。

 特に弱者として生まれたモデウスは、それがいつか己が見下された強者の、いつか見上げた成功者の振舞いであると信じて、殊更そういう風に振舞おうという傾向が非常に強かった。

 

「己が欲を手玉に取ってこその理性。己のことのみ考えている内は、皆一様に赤子同然に御座る。それに―――」

 

(赤子、赤子か。じゃあ俺はまだガキだってことかぁ。まあ、おっぱいは好きだしなぁ)

 

 最早命も潰える直前。そんなことを考えてつい、口角が上がる。

 

(もう死ぬってのに、何考えてんだか。まあいいや。何か柄にもなく熱くなっちまったけど、ま、こういうのもいいかぁ)

 

 死ぬ時はベッドの上で。

 そう決めていたモデウスだったが、存外すべてを出し切った、シモの絡まぬ〝男の戦い〟というのも悪くなかった、と。

 そんなことを思い目を閉じた。

 

「それに―――拙者、かわいそうなのは抜けない性質故」

 

 それが、モデウスの聞いた最後の言葉であった。

 流石にちょっとあんまりである。

 

 

 

「まったくもって、浮世というのは不思議なものよな。やることなすこと見聞きに耐えん外道ではあったが、しかし一本筋の通った信念は持ち合わせておるときたものだ。いやはや、まこと不思議な男に御座った」

 

 振るう得物も腕も美しければ、それを収めることすらも美しいのか。

 そう言いたくなる程に独特な所作でもって、片刃の剣を鞘へ収めながら男は言う。

 何とかサムライ?だとか何とかマンだとか、色々と理解が追いつかなかったが、彼とモデウスの戦いはまさしく英雄譚が如き光景であった。

 

 本来であれば私たちが……勇者がやらねばならなかったことだ。

 

「外の狂乱はあ奴の(まじな)いが原因であろう。であれば、そう経たぬ内に落ち着く」

 

 私たちに背を向けて、まるで今にも去ってしまいそうな。

 ああそうか。そうだろうな。事が終われば、英雄とは颯爽と去り行くものか。他の苦しむ誰かを助けに。

 だが。

 

「待って…待ってほしい。貴方さえ良ければ、私たちと一緒に…」

「それは無理で御座る」

 

 食い気味だった。

 にべもなく、とはこのことだろう。

 確かに、今の私たちを見て仲間になりたいなどとは思うまい。最初の七将、それも正面きっての戦いには弱いと噂のモデウスにすらこの有様だ。衣服を剥がれ、結果的に無事だったとはいえ最後まで小娘のように泣きわめくことしかできなかったのだから。

 だがそれでも。

 

「情けないとは思う。ヤツに手も足も出なかった私では頼りないかもしれない。それでも、恥を忍んでお願いします。共に諸悪の根源たる魔王を…」

「そういうことでは御座らん」

「では、何故?」

 

 ……もしかして、アレだろうか。

 私たちが全員女だから、だろうか。

 海を渡った東方の異国というのは、女性の立場が低いらしい。それで…いや、そのような人には見えない。こんな惨めな私たちを激励して、その上礼まで払ってくれているように見える。

 もしかして、その、紳士的な理由で同行を拒んでいるのだろうか。

 女性の立場が低いと同時に、それは弱者を守るという気風から生まれた思想だとも聞く。東方の、おそらく『サムライ』だか『ブシ』と呼ばれる彼らは過剰なまでにフェミニストであるということも多いらしいし。

 数多の性を貪ってきたであろうモデウスすら、私たちを「綺麗どころ」と評したのだし…そういう、奥ゆかしい方なのだろうか。そう思うと、何だかとても可愛く見えてきたぞ?*1

 

 

 

 

「拙者―――〝百合の間に挟まる男絶対殺すマン〟にて候。己がそうなってしまえば、拙者は腹を召さねばならぬ」

 

 なんて?

 

「無論、貴殿らが〝そういう関係〟でないことは分かっているので御座るが、それはそれとして拙者が割って入るのは解釈違いに御座る」

 

 ではこれにて御免。

 そう言い残して、彼は颯爽と城を後にした。

 

 ―――だからなんて?

*1
彼女は心に罅が入った上で催淫ガスの近くに晒されています




 深夜テンションで書いたものです。許してください何でもはしません。

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