拾った美少女が「貴方が嫌いです」ってツンツンしながら世話焼いてくる   作:世嗣

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学園都市の五つの学校。
「空を飛ぶ」ことに重きを置く『エルビス学院』。
軍用魔法の実用に秀で、優秀な魔導師を育成する実力主義『メドフラム魔導学園』。
援護、回復などの白魔法を重視する『アネモス神聖学校』。
生徒全てが例外なく魔法制御端末(マギア)の開発を行う『ベレッタマギアスクール』。
「古きに学び、新しきを解体する」を掲げる『カンナギ学舎』。

上記の学園から一人ずつ、計五人が選ばれ組織されるのが『連合生徒会(ユニオン)』だが、いまはセレナ一人だけのためその権限は非常に弱まっている。



講義4 『生徒』と『先生』の新しい関係を求めよ

 

 

 

 

 学園都市の入り口に俺とセレナが行くと、既に4人のベレッタの生徒たちが魔法制御端末(マギア)を整備しつつ待っていた。

 その中の一人、桃色のおさげの少女は俺たちに気づいてこちらに走ってくると、俺とセレナにぺこーっと元気よく頭を下げた。

 

「今日はよろしくお願いします! 連合生徒会さん!」

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 彼女はセレナに挨拶を返されると、頭を上げてにこっと人懐っこい笑顔を浮かべる。

 

「ベレッタマギアスクール二年生のエルシア・セブンスさんですね。今日の団体のリーダーは貴方だと伺っています」

 

「うひゃ~、連合生徒会長さんに覚えてもらっているなんて光栄です!」

 

 エルシアは手をぶんぶんと振っていたが、ふとセレナの横にいる俺の存在に気付くと目を輝かせ、ずいっと俺に一歩近寄った。

 

「あ! あなたエルビスに来たっていう新任の先生ですよね!」

 

「へえ、俺を知ってるのか?」

 

 まだエルビス学院の中でも俺の顔を知らない子もいるのに。

 なんというか、ちょっと嬉しいな。

 

「はい! だって報道委員会の新聞で『新任の先生は非魔導師! ユフィール学長のコネで入ったド級のエリートヒモ!』って書いてあったのを読みましたから!」

 

「今すぐその情報を忘れて君はもう二度と報道委員会の新聞を読むな」

 

「で、でもあれは私の愛読書なんですよ?」

 

「うん、君はもっと知性に繋がる本を読んだ方がいい」

 

「恥性につながる!? 私に何を読ませようというんですか!?」

 

「君が何を読もうとしてるんだよ」

 

 口をとがらせて自分を抱くようにするエルシア。学生らしく脳内ピンクだなこの子。元気だなあ。

 

「ん、んんっ。あの……」

 

 軽い咳払いの音に、エルシアと俺の視線がセレナに集まる。

 

「すみません。時間もないので、依頼内容を確認させていただきたいのですが、構いませんか?」

 

「あっ、すみません! お願いします!」

 

 セレナは手に持っていたファイルから書類を取り出すと、その内容を復唱していく。

 

「依頼は試作魔法制御端末(マギア)の試運転を魔物相手に行いたい。私たちの役割は学外に出るための監督。間違いありませんか?」

 

「はい問題ありません! ばっちりです!」

 

「良かったです。

 あと、依頼者の方に依頼者名が書いていなかったのですが、これはエルシアさんで良かったでしょうか」

 

「あ、いえそれは違います。私はあくまでもマギアのテスターで、依頼者は―――」

 

「依頼者はわたし。久しぶり。セレナ・ステラレイン」

 

 不意に、俺たちの背後から高い声が聞こえた。

 

 白百合のような少女だった。

 どこまでも白い髪と、たっぷりと太陽の光を受けた草木のような緑の瞳。

 俺の胸元ほどの小さな体躯に瞳と同じ緑のケープを身に纏い、膝丈ほどのスカートと一緒に揺らしている。

 可愛らしい、という表現がぴったりくる少女。

 

 そして、彼女は串にぶっ刺されたケバブを丸かじりしながらこちらに歩いてきた。

 

 なんで? 

 

 それも木串とか売るためのものじゃなくて、余裕で彼女の身の丈くらいある出店で回してある、でかいやつ。

 何食ってんだこの子。その小さい体のどこに入るんだよそれ。

 

「あっ、しーちゃーん! もー、遅いからどこ行ったのかと思ったよ!」

 

「モフモフモフモフ、もぐもふふ」

 

「食べながらだとわかんないって!」

 

「ん」

 

 ケバブを食ってた白百合は、エルシアに注意されると名残惜しそうに最後にケバブを一口食べると、こん、と自分の手首に串をぶつけると手元から消した。

 

 え、消えた? 何したんだいまの。

 

「……転移魔法です。彼女の、得意魔法ですから」

 

 俺の疑問に答えるように隣のセレナが厳しい顔で呟いた。

 

「もう、しーちゃんこういうの多いよ」

 

「ん。来る途中にケバブの出店があったから店ごと買い取って、お肉もらった」

 

「もー、相変わらず自由なんだから。時間はちゃんと守った方がいいと私は思うのです」

 

「ん。記録・時間は守る。重要」

 

「記録じゃなくてぇ~……あ、すみません会長さん! 依頼の件なんですけど、私ではなくて、こちらのしーちゃん……シア・イグナスさんからの依頼でして」

 

 シア・イグナスっていうのか、このちっちゃいケバブ娘。

 

「ん……よろしく」

 

「あ、どうもこれは丁寧に」

 

「……ん、いい手」

 

「そりゃどうも?」

 

 ケバブ娘改め、シアは小さな手を差し出してきた。

 断る理由もないので握手で応じると、シアは何が面白かったのか満足そうにふんす、と鼻を鳴らした。

 

 そして、俺との握手を解くと、今度は俺の隣のセレナに視線を向ける。

 無表情に近いシアに対し、セレナは先ほどからずっと何かに耐えるように難しい顔を浮かべている。

 

「ベレッタマギアスクールのシア・イグナス……そう、でしたか」

 

「ん。わたしの依頼じゃ不満?」

 

「……いえ。それが生徒からの連合生徒会への依頼であるなら、私は断る理由はありません」

 

「ん。ならいい。エルシア、いこ」

 

「え、ちょっと、しーちゃん! あ、私たちは準備して先導しますからお二人は後からついて来てください! 魔物と戦う場所は事前に通達していた通りですので!」

 

 マギアの準備をしている生徒の方へと踵を返すシアを追うように、頭を一度下げたエルシアが走っていく。

 

「……こんな形で、また会うなんて」

 

 セレナ? 

 

「いえ、なんでもありません。先生、行きましょう」

 

 セレナの顔はいつの間にか、いつものような静かなものへと変わっていた。

 けれど、僅かにその態度には硬さが残ったままだ。

 

 どうやらシア・イグナス、彼女と何かあったらしいが……これは、つまりそういう事なのかなァ。

 

 

 

 

 講義4 『生徒』と『先生』の新しい関係を求めよ 

 

 

 

 

『魔導師』とは『魔物』と戦うための存在である。

 空を飛び、己の魔力を魔法制御端末(マギア)を通して魔法へと変えて、秩序を維持し、人を守る。

 それが魔導師に求められることであり、魔導師の全てだ。

 

 では『魔物』とは何なのか。

 これはざっくりというならば『生存本能を持たない生命』という定義づけがされている。

 

 すべての生物は子孫、または同種を増やすことを遺伝子に植え付けられた絶対原則とする。

 けれど『魔物』はその絶対原則に当てはまらない。

 

 人間の感情の淀み、あるいは魔族の魔法、さらには魔王の権能、そうしたものから生まれた魔物は全ての人間を憎んでいる。

 故に魔物は人命を奪い、人間社会そのものを破壊する。

 

 そして、そんな魔物を支配し、魔族を率いて人類すべてに戦争を挑んだのが『魔王』。

 5年前に終わった、人魔大戦のすべての元凶である。

 

 まあ、魔王がいない今は魔物なんて本能に従って暴れるだけだから、こうして学生たちが腕試しに狩れたりもできるんだけども。

 

「加速(アクセル)―――切断(スラッシュ)!」

 

 魔物の脇を桃色の疾風が駆け抜けた。

 

「魔方陣展開(バレルオープン)」

 

 桃色の風―――空を飛ぶエルシアは、大きなトカゲのような魔物の腹を切り裂くと、魔物が反撃をしてくる前に空へと逃げる。

 そして空中で手にした武器を剣から銃へと変形させた。

 魔物と距離を取った彼女は空で銃型の魔法制御端末(マギア)を構え、銃口の前に桃色の魔方陣を展開する。

 

「―――衝撃(ブレイク)!」

 

 エルシアが引き金を引くと、起動句(トリガーワード)に従って魔力の弾丸が射出、五メートほど離れたところにいる小竜型の魔物(グレイドラゴン)の腹に突き刺さる。

 

「ギュアアアッ!」

 

「一清掃射!」

 

 叫び声をあげる魔物をその場にとどめるように、空から数人による魔法の連打が叩き込まれる。

 絶え間ない攻撃魔法にドラゴンの灰色の鱗の一部が弾けて飛んでいく。

 

「―――ア、アアアアッ!」

 

 だが中級の魔物ともなれば、その程度で怯むことなどない。

 瞬時に口の中に溜めた魔力を炎へと変えて、空でうるさく飛び回る魔導師たちを撃ち落とそうとする。

 

「エルシア先輩! 防御お願いします!」

 

「まっかせてー! 防御(シールド)!」

 

 エルシアが手をかざすと桃色の魔方陣が空中に現れ小竜の炎のブレスを危なげなく防いで見せる。

 そしてその隙にエルシアの背後にいた生徒たちは飛行魔法でグレイドラゴンの後ろに回り込むと魔法の連射を叩き込んだ。

 

「よし、いい感じだよしーちゃん!」

 

「……ん。記録・要射角調整。魔方陣展開に若干のラグ。

 エルシア、次は長距離射撃モードに変形させた後、みんなと編隊で射撃をして」

 

「へ、変態っ! ど、どうしたら!? 服とか脱ぐの!?」

 

「変態じゃない編隊」

 

「変態じゃない変態? 急に哲学者にならないでほしい!」 

 

 おー、おもしろいマギアだな。数での制圧を目的とした連射型の端末か。

 近接にも対応できるみたいだし、あそこまでのもんはその道のプロでもなかなか作れないぞ。

 

「……すごいですね。あのグレイドラゴンにここまでやれるなんて」

 

「そうなのか?」

 

「ええ。中級とはいえ仮にもドラゴンです。種族に共通する魔力を弾く鱗も当然持ってますし、特にあのグレイドラゴンは攻撃性が強いんです。口からのブレスも生半な魔力障壁なら構成を阻害させる性質をあります。

 数年前の報告では群れとなったグレイドラゴン数体が魔導師中隊を壊滅させた、なんてものもあったはずです。いまでこそありふれた魔物の一体になっていますが、甘く見ていい魔物ではないはずです」

 

「セレナ君はよく知ってんなァ」

 

 よくそんな知識がスラスラ出てくるもんだ。

 

「他の魔物のこととかも覚えてるのか?」

 

「まあ、一応図書館にある『指定魔物災害リスト』の内容くらいは」

 

「え、それってあの世界中の魔物についてだらだら書いてあるあのくっそ分厚いアレ? え、覚えてんの? すげえな」

 

「べつに、普通です。覚えるだけですしこのくらい誰にでもできますよ」

 

 空を飛び、魔物を制圧する一団を見てセレナが手元の書類に何やら書き込んでいる。

 おそらく学長のユフィに提出する報告書ってところだろう。別に求められてもいないのに真面目だなぁ。

 

「彼ら、一体とは言え中級のグレイドラゴンを一方的にボコってるけど、学園都市(アウロラ)の生徒はみんなあれくらいやるもんなの?」

 

「まさか。優秀なのはあのマギアだと思います。まだ認可も取っていない試作品だと見ます」

 

「あー、確かに。中級って言ったら普通はプロの魔導師が四人がかりで倒すもんだしな。

 彼らの魔法も別に高位ってわけでもないのに火力が高いもんな」

 

 俺の言葉にセレナが少し驚いたように目を開いた。

 

「先生、魔導師じゃないのに魔法のことはわかるんですね」

 

「おいおい、俺いちおう教師だぜ? そのくらいわからないのはまずいって」

 

「確かに。すみません、普段から屋上で煙草をふかしているような悪徳教師っぷりが印象に残りすぎていたので」

 

「いやな、セレナ君。この前も言ったけど喫煙は大人にとっての気力回復でな……」

 

「学園内には無数の生徒がおり皆未成年です。

 煙草は喫煙者が吸い込む主流煙より副流煙の方が害は大きいとされており、それを生徒が吸い込んだ場合の被害は言うに及びませんし、そもそも学園内は禁煙です。

 何か言いたいことはありますか?」

 

「何もないです……」

 

 ボコボコなんだわ。

 

 ならいいです、と締めくくったセレナは目を伏せて手を動かしている。

 

 俺に手伝えることは……ないか。まあ大人しく戦闘でも眺めておこう。

 

 うーん、やっぱり大したもんだな。中級の魔物相手に怪我一つない。

 みんな当たり前みたいに空飛ぶから、魔物相手に危なげなく立ち回れるのがデカいな。

 

 中でもエルシアが割といい動きをする。あれは魔法ナシでもまあまあ動けるやつの動きだ。

 

「けど魔法の展開がちっと遅いのがもったいないな。それを補うためにマギアには何か仕掛けがあるみたいだが」

 

「……ん、よくわかったね。この距離で見てそこまで見抜くなんて」

 

「うおぅっ!? 誰っ!?」

 

 俺の独り言にも似た呟きが、いつの間にか隣に来ていた少女に拾い上げられる。

 

「……って、シア・イグナス君か。もう、魔物の方はいいの?」

 

「もう取りたいデータは取れたから。それにもう終わったよ」

 

「終わったって……」

 

 確かに魔物はだいぶ弱ってるけど、エルシアたちの魔法じゃあともうちょいはかかりそうだけど。

 

「ん……終わった。それで正しい」

 

 す、とシアが指で銃の形を作り魔物に向けて指を向けた。

 

「―――魔方陣展開(バレルオープン)・七重(セプタ)」

 

 シアの手首のマギアが光る。それと同時に彼女の背後に七つの魔方陣の砲門が出現する。

 

「砲撃(シュート)」

 

 シアの言葉と共に七つの魔方陣が吠える。

 発動したのは初級の砲撃魔法、けれどそれが七つ重なった故に威力は絶大。

 七つの緑の奔流は一つの束となり、今まさにエルシアが肉薄しようとしていた魔物の胸部を貫通して、沈黙させた。

 

 うっそだろ……この距離で……? 

 こんな威力の砲撃、王都の本職の魔導師でもなかなかお目にかかれないぞ。

 

「ん。終わり」

 

「最初から君が一人でやればよかったんじゃないの……」

 

「別に魔物を倒したかったわけじゃないから。私が欲しかったのはマギアの運用データ」

 

「倒すのなんかいつでもできたってか」

 

「ん」

 

 まるで今の魔法なんてなんてことないと言うかのように淡々と答えるシア。

 

「すごいな、君は」

 

「……私からすれば、貴方の方が面白い」

 

 俺? 

 

「エルシアの使う魔法制御端末(マギア)の特性をすぐに見抜いた。なんで?」

 

「あー……、なんとなくというか」

 

「なんとなく。言葉にできない感覚的な部分ってこと? ふうん」

 

 じっと俺を見上げるように俺を見つめるシアは、ずいっとさらに一歩俺に近寄ってくる。

 

「貴方、たしかエルビスの教師。よければ私の研究室に―――」

 

「……コ、コホン」

 

 小さく聞こえた咳払いの声が、シアと俺の視線を集めた。

 

「シア・イグナスさん、魔物を倒した後はしっかり事後処理までしていただきたいのですが」

 

「……もしかして、先生にちょっかいをかけたのが面白くなかった?」

 

「べつに、私はそんなだらしない人のことなんか気にしてません」

 

 静かな言葉に、ふぅんとシアが言葉を漏らす―――うおっ、なんか急に腕に抱き着かれた。

 ふわりとミントのような爽やかな香りと、腕から伝わる人肌の温さ。

 なんかちっちゃい犬を抱っこした時みたいな安らぎを感じる。

 

「じゃあこういうことをしても?」

 

「べつに。ただ風紀委員会に通報します。いえ、この場合は先生を取り締まるために職員室ですね」

 

「何故か俺が取り締まられている!?」

 

 俺は突然抱き着かれた側であって罪はないはずなんだが。

 

「先生のような人が女子生徒と触れ合ってること自体が罪です」

 

「ひでえ……」

 

「ん。なるほど、記録・教師アドレー・ウルは存在が罪」

 

「要約の仕方が最悪すぎんだよな。あと何してんの」

 

「ん、私は自分のマギアに音声データを残すのが日課。だからこうして残してる。

 追記・セレナ・ステラレインはアドレーに対しツンデレ」

 

「私が先生に好意を持っているような前提で話すことはやめてください。絶対にありえませんから。絶対に」

 

「強調されて俺泣いちゃいそう」

 

 だがそんな俺のことなど気にせず、シアは手首のブレスレット型のマギアに音声データを吹き込むと、満足したように小さく頷いて、セレナに背を向ける。

 

「魔物の処理はエルシアに任せることになってるから。私は帰る」

 

 淡々と、来た時のようなマイペースさで彼女はそう言い、去り際に何かを思い出したかのように振り返る

 

「……ちゃんと攻撃魔法使えるようになった?」

 

「―――っ」

 

「ん。その態度ならまだみたい。じゃあ」

 

 とん、とシアが軽く踏み込むと空へと浮かび、学園都市の方へと飛んでいく。

 本当にエルシアにすべてを任せて帰ったらしい。

 

「……ほんとうに、わからない人」

 

 もう見えないシアの方を見て、セレナがぽつりつ呟いた。

 

 ……どうしよ、めっちゃシア・イグナスのこと聞きたい。

 先ほどのセレナとシアの態度を見るにどう見ても顔見知りだった。しかもまあまあめんどい因縁がある感じの。

 

 学園都市は自由が売りだから、希望すれば他校の授業を受けたりもできるし、別に他校の生徒と顔見知りなのがおかしいとは言わない。

 

 言わないんだけど……あれは、何か色々あるよなぁ。やっぱ俺の考えてる通りなのかなぁ。

 

 セレナに直接聞いていいものか。

 

「……先生、言いたいことがあるなら言ってください。さっきから私の顔をちらちら見過ぎです」

 

 バレてるし。

 

 死んだ魔物を片付けているエルシアたちは……しばらくはかかりそうだ。

 なら、まあいいか。聞いてくださいって言ってのはセレナなんだし、遠慮なく聞かせてもらおう。

 

「シア・イグナス。彼女なんだろ、セレナ君に勝った連合生徒会の元役員っていうのは」

 

「……ユフィール学長ですね」

 

 セレナが息を吐く。

 そして、遠くの方でエルシアたちベレッタの生徒が死んだ魔物を解体するのを見ながら、ひと房垂れた髪を耳にかける。

 

「もう隠しても無駄ですね。そうです、私は全敗して生徒会長になった落ちこぼれで役立たず。

 報道委員会の言葉を借りるなら『孤高の生徒会長』、ってところでしょうか」

 

 自嘲するように、ふ、とセレナは笑った。

 

「落ちこぼれって、そこまで言わなくても」

 

「……見ていただけばわかりますよ」

 

 そういったセレナは手首の魔法制御端末(マギア)を起動させて杖に変えると、構えて魔方陣を展開する。

 それは先ほど、この距離から魔物を打ち倒したシア・イグナスと同じ初級の魔力砲撃魔法。

 

「砲撃(シュート)」

 

 控えめに呟かれたトリガーワードに従い、魔力は魔方陣(プログラム)通りに収束されほんの数メートルほど進んだところでほどけるように霧散してしまった。

 

 シアのもとのは比べるまでもない。頼りなくて、弱い薄光。

 

「見ての通り魔法が下手なんです、私」

 

 セレナが杖を持った手を下ろして、膝を抱えてうずくまった。

 

「特に攻撃魔法の方が絶望的でして。入学したての一年生でも使えるような初級の魔法ですら満足に使えないんです」

 

 視線は前に、魔物から目をそらさず連合生徒会長としての役割を手放さない。

 けれど何かに耐えるように、自分の体をぎゅっと抱く。

 

「連合生徒会は信任性でして。本人の意志と学校からの推薦があればそれでなれるんです。

 今年はいろいろあって希望者が私しかおらずこういう形になりましたが……今では、私に連合生徒会の役員が務まるなんて思い上がりだったかも、なんて思ってしまいますね」

 

 言いつつ、セレナは自身の宝石が散りばめられたような髪をひと房触って、ふ、と困ったように笑った。

 

「私にこの髪が見かけ倒しじゃない実力があったら、良かったんですけどね。

 そうすれば私は『孤高の生徒会長』じゃなかったのかも」

 

「……セレナ君のせい、とつなげるには少し早計かもしれないよ」

 

 ユフィは一(・)応(・)何故他の学園が連合生徒会に参加するのをやめたのかはわからないって言ってたし。

 あの秘密主義者の言うことなのでイマイチ信じ切れないところはあるけれど。

 

 だが、セレナは困ったようにふるふると首を振った。

 

「かもしれません。でも、そ(・)う(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)か(・)も(・)し(・)れ(・)ま(・)せ(・)ん(・)」

 

「それは……」

 

 連合生徒会に五人役員が揃ったのは最初の顔合わせの一回だけ。

 その後魔法戦が行われ、セレナは全敗し、そして一人になったわけで。

 今では去って行った元役員たちの真意はわからない。

 

 でも、セレナが自分の力で連合生徒会長の立場を勝ち取っていたら、違う未来もあったのかもしれない。

 

「どうしたらいいんでしょうね、私は」

 

 自分を抱くようにしゃがみ込んだまま、目だけを動かしてセレナは俺を見る。

 

「……それとも、先生なら、その答えがわかったりするんですか」

 

「それは……」

 

「いえ、いいです。冗談ですから。わかってますから、もう全部遅いって」

 

 ふ、とまた頬を緩めてあからさまな作り笑い。

 それはあの日、雨に濡れて座り込んでいたあの女の子と同じ顔で。

 

 もう全ては遅いという彼女に、俺は何を言ってあげられるだろうか。

『先生』の俺だから、『生徒』の彼女に言ってあげられることとは、なんだろう。

 

 ……なに言ってんだか、『魔導師』じゃない上に悪徳教師の俺に何が言えるってんだ。

 

「会長さーん! こっちの方の処理終わりましたーっ! 確認お願いしまーす!」

 

「……終わったみたいですね。行きましょう」

 

 すっくとセレナは立ちあがると、こちらに手をぶんぶんと振っていたエルシアのもとまで歩いていく。

 

「会長さん、こちらグレイドラゴンの死体です。コアは抜き取って、他の部分は焼却処理するつもりです」

 

「はい、それで問題ないと思います。コアに関してはカンナギ学舎の飼育委員会に頼むこともできますが……」

 

「あ、それに関してはウチでやることになってるので!」

 

「そうですか。では―――」

 

 淡々と仕事を処理していくセレナは、先ほど見せた寂しそうな顔の横顔はない。

 でも、さっき話した「どうしたらいいかわからない」という言葉は、セレナの正直な気持ちなのは間違いない。

 

 だからきっと、俺がセレナに言えることは―――

 

「―――?」

 

 不意にセレナが沈黙したグレイドラゴンの死体に目を向けた。

 

「会長さん?」

 

「あの、エルシアさん。何かあのグレイドラゴンの死体、変な感じがしませんか?」

 

「変な感じ?」

 

「はい。なんとなく、魔力が揺らいでいるような……」

 

 セレナの言葉につられる様にベレッタの生徒たちも目を向ける。

 

 ―――その刹那、世(・)界(・)が(・)色(・)を(・)失(・)っ(・)た(・)。

 

 透き通る空も、流れる雲も、果てまで広がる草原も、隣のセレナも、俺自身すら色彩を失った。

 全ての色はグレイドラゴンの死体―――その中から現れる黒い影に吸い込まれる。

 

 影はずるり、と手をグレイドラゴンの死体に手をかけて自らの身体を裏から引っ張り出すように引き上げる。

 そして現れたソレは、外界の大気、否、魔力素を吸い込むと、吼える。

 

『―――ァ、ァアアアアアグワアアッ!』

 

 咆哮と共に世界に色が戻る。

 

「う、そ……『成った』?」

 

 影は大きく翼を広げると、空から俺たち人間を静かに見下ろす。

 セレナはその姿を目に捉えると言葉を失う。

 

 まるで夜そのものを固めたかのような黒い体と、妖しく輝く赤い瞳。

 禍々しく広げた翼、狩りではなく殺しを目的とするかのような鋭利な牙と爪。

 

 魔竜(ドラゴン)。

 全てを憎み、遍くを破壊し、生命を否定する魔物の筆頭。

 先の人魔大戦においては最も多く人の命を奪った魔王の尖兵となった種族。

 人にとっての死の恐怖の具現。それこそがドラゴン。

 

 その魔竜が、何の変哲もない中級の魔物の体(・)の(・)中(・)か(・)ら(・)現(・)れ(・)た(・)。

 

「しら、ない……あんな魔物……」

 

 セレナ君がぽつりと呟く。

 

「体の中からなんて、あんなの書いてあるなら覚えないはずないのに」

 

 セレナ君でも知らないなら、恐らくこの魔物はこの学園都市にとって完全な未知の魔物だ。

 それに、今の顕現の雰囲気からして……あれはおそらく……。

 

「変異個体、だね。まさか、こんなところでかち合うなんて」

 

 つつ、とエルシアの頬に汗が流れる。

 

「生徒会長さん、あの魔物見たことある?」

 

「……残念ですがありません。ですが……逃げるべきです。明らかにこの魔物は、私たち学生が対処できる領分を越えてます」

 

「で、でもこいつこのままにしたら学園都市に来ちゃうんじゃ……」

 

「あそこにはユフィール学長もいます。あの人なら―――」

 

 セレナとエルシアが素早くこれからの方針を立てるが、話せたのはそこまでだった。

 現れた魔物は、じろりと俺たちを睥睨するとぎりぎりと口の中に魔力の炎を収束する。

 

 ま、ずいっ! 

 

「お前ら前に飛べッ! お前もだセレナ君ッ!」

 

「え、きゃっ!」

 

 生徒たちが前に転がるように飛行魔法を使うのと、先ほどまで俺たちがいた場所を炎が薙ぎ払っていくのはほとんど同時だった。

 逃げ遅れそうだったセレナだけは襟首掴んでぶん投げたが……ギリギリだったな。

 

「先生、何も投げなくても―――……え」

 

 セレナは投げられたことに物申すように顔を上げ、サッと顔色を変える。

 

「エルシアさんっ!」

 

 ふと、背後で聞えた叫びに振り返ると、そこには魔法制御端末(マギア)で障壁を展開して膝をつくエルシアが荒い息で立っていた。その側には、ベレッタの生徒の一人が気を失ったように倒れ伏している。

 

 エルシアがふらつく体で、あからさまに無理した笑顔を浮かべた。

 

「あは、なんか、ごめんね。この子が、さっきの咆哮で気を失っちゃったみたいで。守ろうとしたんだけど、ちょっと魔力、足りなくて……ごめん、ちょっと私のことは置いていって、その子だけでも……」

 

「馬鹿野郎んなことするか! おい、俺が気を失った方を抱えるからエルシアに誰か肩貸してやれ! お前ら全員全力で学園都市に走れ!」

 

「は、はいっ! でも、飛行魔法を使えば……」

 

「やめておけ。相手は竜だ。こと飛ぶことに関しては上級の魔導師以上だ」

 

 しかも、変性固体。相手の能力がわからない以上、学生程度の飛行魔法じゃ的にされるだけだ。シアの転位魔法でもあれば逃げ切れたかもしれないが、無い物ねだりしても仕方ない。

 

 名も知らぬ魔竜はゆったりと地に足をつけ、俺たちを見据えながら低く唸る。

 俺は竜の視線を受け止めるように、背中に生徒を庇う。

 

「―――」

 

 いつ、どのタイミングで走り出す。

 上手く魔竜の視線を切って、障害物に隠れながら走れればきっとすぐに死ぬことはない。

 

 だが正直、学園都市まで全員で逃げ帰れる可能性は……。

 

「先生」

 

 セレナ君? 

 

「このままでは全員で逃げかえるのは難しい……いえ、むしろ全(・)滅(・)す(・)る(・)可(・)能(・)性(・)の(・)方(・)が(・)高(・)い(・)です。竜と飛行勝負はしないにしても、走ると飛ぶではスピードが違いすぎます。

 このまま逃げ切るには、あの魔物の動きを止めなければいけないと思います」

 

「……んなこと、わかってるけど。なら倒すか? あのわけのわからん魔物を」

 

「いえ。この場合は倒さなくてもいいはずです。必要なのは、逃げるための時間。

 そうでしょう?」

 

 ……それは、まさか。

 

「私(・)が(・)囮(・)に(・)な(・)り(・)ま(・)す(・)。私、攻撃魔法は使えませんが飛行魔法なら人並みには使えます。

 私が稼いだ時間で、みなさんは急いで学園都市まで戻ってください」

 

 そう言って杖型のマギアを取り出したセレナ君は月が欠けるように薄く笑った。

 

「……先生、あとはお願いしますね。落ちこぼれの、誰にも期待されない私じゃこんなことしかできませんから」

 

「待てセレナ!」

 

 俺はセレナ君の手を取って止めようとするが、もう飛行魔法を発動した彼女には届かず、伸ばした手は虚しく空を切った。

 

「……ほんとうに、やさしい人ですね。私なんかにそこまで本気になって」

 

 最後に彼女は困ったように目を伏せて、飛行魔法で竜のいる方へと飛んでいく。

 

「こっちを―――向きなさい(砲撃魔法)!」

 

 そして素早くドラゴンの脇を飛び抜けると、あのまともに使えない砲撃魔法を使ってドラゴンの腹部を撃った。

 だが魔力はやっぱり途中でほどけてしまったが、それでもドラゴンの視線が俺たちからセレナの方へと移る。

 

 連合生徒会長が―――セレナ・ステラレインが空を飛ぶ。

 俺たちを、全て置き去りにするように。

 

 その先にあるのは、きっと死だと知っていても。

 否、きっと彼女は知っているからこそ、彼女は飛んだ。

 

「―――」

 

 一瞬、セレナ君が俺の方を見て、何かを言った気がした。

 

 でも俺はそれが聞き取れない。全てはドラゴンの咆哮に搔き消され、俺は彼女の最後の想いすら聞き取れなかった。

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 憧れた人に、もう一度誉めてほしかった。

 

 あの日、絶望という夜に支配されたセレナは、空の瞳の『魔法使い』に救われた。

 

 正直な話、あの日助けてくれた人の顔も声ももう覚えてない。

 目を覚ました時にはその人はもういなくなっていたせいで、名前だって聞き損ねてしまった。

 

 だから、覚えているのは私の絶望(よる)を斬り拓いた白い魔力の光と、頭を撫でてくれた時に見えた澄んだ空のような青い瞳だけ。

 

 そんな曖昧なものだけを頼りに良くもここまで憧れられるものだ。冷静になって自分を見つめなおすと笑えて来る。

 

 でも、綺麗だった。憧れてしまった。

 あんな風に誰かを助けられるような人になれたなら、こんな自分でも生きていていいんじゃないかって思える気がした。

 

 だから、セレナ・ステラレインは魔法に憧れたのだ。

 

『グアアアアアッ!』

 

「―――い、っ!」

 

 竜の爪がセレナの腕をかすめていった。

 エルビス学院の制服は優秀だから、こうした魔物の攻撃に対する耐性をある程度持っている。

 でも、威力全てを殺し切ることなんて出来なくて空から叩き落されてしまう。

 

「はあはあ……つっ……う、うう……」

 

 痛い。熱い。血だって出てる。

 なんで、わざわざこんなことやっちゃったんだろう、とセレナは自問する。

 

 しかし、その答えは既にわかっている。

 落ちこぼれの自分でも、誰からも必要とされない自分でも、誰かの役に立つって思いたかったのだ。

 

 それができれば、自分が『あの人』に近づける気がした。

 

『―――グ、グググルル』

 

 ずしん、と魔竜が地に足をつけて、地面に伏せるセレナを見下ろした。

 そして空気中の魔力素を吸い集め、口の中に魔力として収束していく。

 

 あれが開かれ炎の息吹となったとき、きっとセレナは死ぬだろう。

 結局、最後まで『連合生徒会長』としての役割を果たすことはできず、昼が終わり夜がやってくるように、セレナ・ステラレインという人間の人生は終わる。

 

 魔法は憧れだった。でも、セレナはなりたい自分になることはできなかった。

 連合生徒会に入れたことは誇りだった。でも、セレナは連合生徒会にいるべき人間じゃない。

 学園都市でやりたいことがあった。でも、もう自分が何をしたいかもわからない。

 

「私は、どうしたら良かったんでしょうね、先生」

 

 セレナはそう口にして、最後に『あの人』への質問が口をついたことに自分で驚いてしまった。

 

(可笑しいな。あんなだらしなくて、誰にでもやさしい人なんて嫌いなのに、最後にはあの人のことを思い出すなんて)

 

 もしかしたらこの気持ちは『嫌い』じゃないのか。もっと違う名前がある感情だったのか。

 

「でも、そんなもの考えても意味ないよね」

 

 だってほら、もう竜が口を開く。

 

『――――アアアッ!』

 

(ああ、これで私の人生終わりだ。ほんとうに、何も意味を生み出せなかった人生だった)

 

 そうして放たれた全てを無にする炎は彼女を一瞬で――――――

 

「──たく、自己犠牲なんて今日び流行んねえぞ」

 

 ―――焼き尽くす前に、突然現れた人が竜の炎を真(・)っ(・)二(・)つ(・)に(・)斬(・)り(・)裂(・)い(・)た(・)。

 

「え……」

 

 その人をセレナは知っている。

 癖のある黒い髪に、眼鏡越しに見える細い目に、薄く煙草の香りがするワイシャツとゆるめられたネクタイ。

 自分を『魔導師』じゃないという、彼女の学校の新任教師。

 

「せん、せい……?」

 

 あの日、雨の日彼女を拾った彼が―――アドレー・ウルが、剣を手にしてそこにいた。

 

「先生、なんでこんなところに、いえ、そうじゃなくて……」

 

「とりあえず距離取るぞセレナ君! 失礼!」

 

「距離って、きゃあっ」

 

 困惑するセレナの質問には取り合わず、アドレーは素早くセレナを横抱きにする。

 そして、自分のブレスが塞がれたことに苛立つ魔竜の爪の薙ぎ払いを掻い潜って、地を駆ける。

 

 トットトト、と加速して数歩。距離を取ると、アドレーは汗をぬぐいつつ息を吐く。

 

「ふー、やっぱり、空を飛べるってそれだけで相当アドだよなぁ。こんなふうに走って逃げなくていいんだもんな」

 

「ちょ、せんせっ、へぶっ!」

 

「お、かわいい声が出たな」

 

「な、先生のせいじゃないですか!」

 

 ぽい、と地面に下ろされた拍子に出たセレナのうめき声にアドレーがからからと笑う。

 セレナはよっぽど文句を言おうとしたが、今自分たちが魔竜に目を点けられていることを思い出すと表情を硬いものへと変える。

 

「先生、どうやってここまで、というかベレッタの生徒の皆さんは」

 

「ベレッタの生徒たちならちゃんと安全なところまで運んできた。というか、こっちでセレナがひきつけてくれてるならあいつら飛んで帰れるしな」

 

「じゃ、じゃあなんで先生がこんなところに」

 

 セレナがそう聞くと、アドレーが「ハア?」と心底呆れたように声を漏らす。

 そして、眼鏡を指で持ち上げつつ「あのなあ」とセレナと目を合わせる。

 

「そんなの俺の生徒が危ないことしてるから連れ戻しに来たに決まってんだろ」

 

「連れ戻しに、わたし、を?」

 

「何を当たり前のこと言ってんだ。お前は俺の生徒だぞ」

 

 そう言って、ちらりとセレナの様子を伺う。

 

 いつもならしわ一つない白い制服は、今では竜の爪を食らいぼろぼろになっていた。

 そしてその制服の裂け目からのぞく肌に痛々しい赤い傷跡が覗いている。

 

(あの生徒たちを守るためにここまでやるかね)

 

 とりあえず、アドレーはセレナの頭に手を置いてわしわしと撫でた。

 

「わしわし」

 

「な、何をするんですか! 急に頭を撫でるなんてセクハラですよ!」

 

「いや、うん、頑張った子は褒めてやりたくなってな」

 

「頑張ったって、私は―――」

 

 言いかけたセレナの頭をぽん、と叩いて黙らせる。

 

「いいや、よく頑張った。あの時泣いてた子が、本当に強くなった」

 

「何を言―――――え」

 

 軽く肩を回して、アドレーは眼鏡を外してポケットに入れる。

 

「だから、あとは俺がやる」

 

 アドレーはエルシアから借りた魔法制御端末(マギア)を再び剣へと変える。

 

 そしてセレナの名も知らぬ魔竜へと、一歩踏み出した。

 まるでセレナを守るように―――否、魔竜と戦うことを決めたように。

 

「ま、まさか戦う気なんですか!? 先生相手は魔物で、魔導師でなきゃ倒せない存在で―――」

 

「あー、うん。大丈夫。ちゃんと知ってるよ。知りすぎてるくらいに」

 

「どういう……?」

 

「こいつ変性固体、『ノクス』だよ。カースとかと違ってあんま有名じゃないって言うか……まあ、ぶっちゃけ東の方でマッドな魔族がちょっと生み出しただけのマイナーなやつでな」

 

 そう語るアドレーの口ぶりに気負いはない。

 まるで同窓会で久々に会った友人を紹介するかのような、そんな口ぶり。

 

『グルルル……アアァァァッ!』

 

 だが魔竜はそんなこと知らないとばかりに咆哮し、羽搏いた。

 そしてその勢いそのままに、呪詛の篭った爪で目の前の不遜な人間を切り刻まんと迫る。

 

 まともに食らえば人間なんて触れただけでミンチにしまうような一撃だ。

 

 だが、後ろには怪我した生徒がいるせいでかわせない。

 借り物のマギアは盾ではなく剣なので武器で受け止めるのも難しい。

 加えて言うなら相手は魔物の頂点『竜』である故に、生半な魔法は装甲を抜けない。

 

 あまりに絶望的な状況。

 

そ(・)れ(・)故(・)に(・)―――。

 

「―――ハンデには十分すぎる」

 

 深呼吸を一つ。目を開いて魔力を通す。

 視界が澄み渡り、瞳が淡い青に―――空の青に染まる。

 軽く肩を回して、拳を握る。

 

「―――強化(ブースト)。よい、しょっと!」

 

 そしてアドレーは、素(・)手(・)で(・)竜(・)の(・)爪(・)を(・)ぶ(・)ん(・)殴(・)っ(・)た(・)。

 

 ズ、と大気が震え全長10メートル近くあるドラゴンが殴り負けて、地面に足をついてたたらを踏む。

 

 それは異様な光景だった。

 サイズ比で言えば鼠とライオンほども差があるアドレーとドラゴンが殴り合い、アドレーが打ち勝った。

 

「へ?」

 

 アドレーの背後からセレナの抜けたような声が聞こえるが、そんなものを気にしている余裕はない。

 ぐ、と体を沈み込ませると膝のばねを使って加速、アドレーは魔竜の腹の下まで潜り込む。

 

『――――!』

 

 が、ドラゴンはそれよりも早く羽ばたいて空へと逃げようとする。

 空へと逃げれば、もう一度自分のペースに戻せるはず、とそう思ったのか、それとも魔物の頂点たる魔竜の本能がそうさせたのか。

 

「―――拘束(チェイン)」

 

 だが魔竜の身体が浮かびきる直前、アドレーが指を鳴らすと、あらかじめマギアに展開待機させておいた拘束魔法を発動。浮かびかけた巨体を魔力の鎖で絡めとる。

 

 アドレーはその生み出した鎖の先を握ると、ニッと笑った。

 

「おいおい、どこに行くんだよ―――っと!」

 

 そして、そのままぐいっと鎖を引っ張ってもう一度ドラゴンを地面に叩き落した。

 

『グ、オァアアアアアッ!』

 

 三度、竜は吼える。

 世界を侵す『魔物』としての己の存在を示すように、魔力を口の中に収束し、全てを焼き尽くす炎を放とうとする。

 

 だが、それは一(・)手(・)遅(・)い(・)。

 瞳に魔力を流した今のアドレーには、夜を固めたかのような鱗、体表の奥にある魔物の心臓ともいえるコアの位置も見えている。

 あれを破壊することができれば、魔物は死ぬ。そういうものだと、アドレー・ウルはずっと昔から知っている。

 

「ったく、随分俺の生徒をいじめて怖がらせてくれたみたいだな」

 

 こいつのせいで使いたくもない魔法をまた使わされた。

 こいつのせいで自分にあるのはこういう暴力だけだって思い出させられた。

 

 そして何より、こいつのせいで生徒(セレナ)が傷ついた。

 

 それはもう、こいつを斬るのに十分な理由。

 

「悪いが、絶望(よる)は終わりだ」

 

 アドレーは手にした剣型のマギアを握り、構える。

 

「術理開廷(アクセス)―――――」

 

 足元に真白の魔方陣が展開される。

 吹き荒れるように生み出された魔力が収束される。

 エネルギー臨界点に至った魔力は世界を塗りつくす光と変わり、光芒(プラズマ)として剣に宿る。

 

 

 

「―――『夜拓く白絶(レグレイズ)』ッ! 」

 

 

 

 ばき、と白い剣が魔竜の体を両断し、そのままコアを叩き壊した。

 瞬間、あたりに絶叫が響いた。

 

『ア、 アアアアアアアアアァァァ―――……』

 

「うるさっ。死ぬ時くらい静かに消えていけってんだ」

 

 やれやれ、とアドレーが肩をすくめると手の中のマギアがスパークを起こす。

 

「ふー……って、うおっ、マギア壊れちゃった」

 

 ぼしゅっとマギアが砕けて壊れてしまう。

 借り物であるから返す約束をしていたことを思い出しそうになって、アドレーはそれを忘れることにした。

 

 大人は時に、こうして嫌な現実から目を背けるの大切だ。

 

「よ、終わったよ。セレナ君」

 

 飄々とした様子でアドレーが手を挙げると、セレナが呆気にとられたように、でも問いかけずにはいられないように口を開いた。

 

「先生、魔法が使えたんですか……いえでも、魔導師じゃないって言っていたのに……」

 

「……嘘をついたわけじゃないんだ。でも、そういう受け取り方をされてるのがわかってても、訂正はしなかったのは、うん、事実だ」

 

「どういう……?」

 

 へたり込んだセレナの呟きに、アドレーは苦笑いを浮かべつつ頭をかく。

 

「俺は『魔導師』じゃなくて『騎士』なんだ。いや、正確にはだ(・)っ(・)た(・)、かな」

 

 ―――魔導師とは、『空を飛ぶ魔法使い』のことだ。

 対して、騎士というのは『空(・)を(・)飛(・)べ(・)な(・)い(・)魔法使い』のことを言う。

 

 魔物は強くなればなるほど、『空』という舞台へと進む。

 故にこそ、次第に『飛行魔法』を使えることこそが魔法使いの絶対条件へと変わり、飛行魔法を使えない騎士たちはほとんど絶滅して行った。

 

 空を支配する魔物と戦う上で、地を這う騎士よりも、空翔ける魔導師が必要とされるのは道理だった。

 

「俺はそんな滅びた『騎士』の生き残り。カビの生えた一昔前の骨董品。それが俺だ」

 

 困ったようにそう言って、アドレーは頭をかいた。

 

 そんな彼に、セレナは震える声で問いかける。

 今アドレーはいつもつけてる眼鏡を外していて、そのおかげでいつもはよく見えない目がよく見えていた。

 

 かつてセレナが幼いころに見た『空の瞳』そのものの、青い瞳を。

 

「もしかして、先生があの時の、私を助けてくれたあの人なんですか……」

 

 セレナが体を震わせて、すがるようにそれを見上げる。

 迷子の子どもが大人にそうするように、縋るように。

 

 ほろり、とセレナの深く澄んだ瞳の端に滴が溜まった。

 最初は堪えていたようだったが、だが一度流れた涙は止められない。

 海に波が打ち寄せるように、止まることなく頬を伝い、流れていく。

 

「私は、ずっと、ずっとあなたに会いたくて―――」

 

「悪かった」

 

「え?」

 

 そして、アドレーはそんな彼女の言葉を遮るように頭を下げる。

 

「……ほんとうは、セレナがあのとき助けた子どもだっていうのは、ちょっと前から気づいていたんだ」

 

 でも、アドレーはそれをセレナには言わなかった。いや、言えなかった。

 

「俺は、君が憧れるような人間じゃない。

 確かに昔セレナを助けたのは俺だけど、でも今の俺は時代遅れの『騎士』で、『魔導師』のセレナに教えられるようなことがあるとは思えなかった」

 

 自分の光が憧れだと、また会うことが目標なんだという彼女に、自身の姿を見せることが恐ろしかった。

 

(だって俺にはセレナが『連合生徒会長』に相応しいとは思えなかったんだ)

 

 責任感を感じすぎて、自分に厳しくて、魔法だってうまく使えない。

 連合生徒会という居場所にいることが、セレナ自身の幸せを奪っているように思えた。

 生徒会の顧問というアドレーの存在はそんな彼女を連合生徒会に縛り付けてしまうんじゃないのかと思った。

 

「……俺は、生徒を信じられない教師だった。だから、俺は、やっぱり君の言うように悪徳教師で……だから、憧れてもらえるような立派な人間じゃないんだ」

 

 だから、すまない、とアドレーは頭を下げる。

 それしか今の自分がすべきことが思いつかなかった。

 

 でも、言うべきことが一つだけ残っていた。

 

 アドレーは膝をついてセレナと目を合わせると、彼女の瞳の涙を一滴拭ってやってから薄く笑んだ。

 

「セレナは自分は落ちこぼれだって言っていたけど、それは違うよ」

 

 魔竜が現れた時、セレナは他の生徒たちを守るために誰よりも先に動いた。

 勝てるはずのない魔物だというのはわかっていたはずだ。死ぬかもしれないとも、思っていたはずだ。

 

 でも、それでも立ち向かおうとした。

 

「きっとセレナ君は、誰かのために戦おうという意志を持っているんだな。

 それは、きっと騎士に―――いや、魔導師にとっても、何よりも必要な気持ちなんだ」

 

 騎士は飛べない魔法使いだ。

 魔導師は飛べる魔法使いだ。

 違いはたったそれだけで、故にこそ根本の『人を守る』という役目は変わらない。

 

 ならあの時、ベレッタの生徒たちを守ろうと自分の身を賭して戦おうとした彼女は、誰よりも『魔導師』として必要なものがあるんだと、アドレーはそう思う。

 

 怪我したセレナの腕に治癒魔法をかけてやりながら、アドレーは語る。

 

「きっと君は強くなれる。誰よりも魔導師に必要な心を持っている君だから、きっと」

 

「―――」

 

 セレナが一瞬、言葉を失ったように黙り込んだ。

 そしてふ、とかけた月のように僅かに頬を緩めた。

 

「―――そんなの、はじめて言われました」

 

「そうか? 俺は心底そう思うんだけどな。だからさ俺じゃなくて他の―――」

 

「なら、先生が教えてくれるんですか? 私の目指すべき先を」

 

 今度はアドレーが言葉に詰まる番だった。

 

「え、いや俺? なんで……」

 

「だって、貴方は私の『先生』なんでしょう? 悪徳でも、情けなくても……貴方は私の先生です。

 困ったときに先生を頼れって言ったのは、貴方でしょう?」

 

 

 ―――ま、そういう時は適当に大人にでも頼ればいいさ。

 ―――それこそきみは学生なんだから、教師なんて頼り放題じゃないか。それが仕事だ。

 

 

「は、はは! はははは、参った! そう来たか! はは、確かにそうだな。俺は『先生』なんだもんな」

 

「な、なんで笑うんですか! 私は真面目に―――」

 

「いやわかってるけど、くく、あー、そう来たかあ」

 

 それは、あの雨の日にセレナへとアドレーが言った言葉だった。

 アドレーにとってはなんて事のない言葉で、本当に気休めでしかない言葉だったのに。

 

 まさか自分に帰ってくるなんて思いもしなかった。

 

 なんだかそれがたまらなく面白くて、笑みがこぼれた。

 

 ひとしきり笑って、アドレーは再びセレナに向き直った。

 セレナの海のように深い青の瞳は、初めて出会ったあの雨の日から変わらない。

 

 ならばもう、あの初めて会った雨の日に、運命は決まっていたのかもしれない。

 

「なあ、セレナ君はさ、どうすればいいかわからないって言っていたな」

 

 あの時は合わなかった目を今は正面から見つめながら、アドレーは『先生としての言葉』を語る。

 あの日、名前も知らなかった他人の頃では、きっと伝えられなかった言葉を。

 

「なあセレナ、セレナが負けた連合生徒会の役員って確かあと四人だったよな。

 副会長、会計、書記、庶務で」

 

「え、あ、はい、そうですけど……」

 

 急に何を、と言いたげに眉をハの字に曲げるセレナ。

 

 そんな彼女にアドレーはニッと笑って見せる。

 

「じゃあ、俺がそ(・)い(・)つ(・)ら(・)全(・)員(・)に(・)勝(・)て(・)る(・)く(・)ら(・)い(・)に強くしてやるよ」

 

「……へ?」

 

 セレナの海の瞳が丸くなる。

 

「自分の生き方はきっといつだって自分で決めなきゃいけないんだ。

 わからないことも、迷うことも、間違うことも全部人生には必要なことだ」

 

 大人が代わりに子どもの悩みを解決してやることはできない。

 大人が代わりに子どもの生き方を決めてやることもできない。

 

 誰だってそうだし、アドレーとセレナだって、そうだ。

 

「だから俺はセレナが胸を張って『私は連合生徒会長だ』って言えるくらいに強くする。

 そして、セレナは強くなっていく中で、セレナ自身の『やりたいこと』を見つければいいさ」

 

 アドレーは飛べない騎士だ。もういまの時代からは取り残された骨董品で、絶滅寸前で、時代遅れの古臭い騎士。

 いつかは技術も、経験も、存在さえも忘れ去られる時が来る。

 

 でも、それはきっと今じゃない。

 

「だからせめて、俺は俺のできることで、セレナを強くする手助けをするよ」

 

 それが『先生』だと、セレナに教えられた気がするから。

 だからちょっとだけ頑張ってみようと、アドレーはそう決めた。

 

 アドレーの提案に、セレナがぽつりとつぶやいた。

 

「なんで、私にやさしくしてくれるんですか」

 

「セレナ君が俺の生徒だからだよ。それ以外に理由いるか?」

 

「―――ずるいひとですね」

 

 しばらくセレナは何も言わなかった。けれどやがて、涙をぬぐうと微笑んだ。

 

「私、生徒会役員から見放される期待外れの生徒会長です」

 

「俺も時代遅れの騎士だからなあ。ちょうどいいかもな」

 

「そもそも本当に私なんかを強くできるんですか。私のセンスのなさ、かなりのものですよ?」

 

「セレナ君は強くなるよ。俺が保証する。ほら、俺の強さ見たろ?」

 

「……生徒会顧問らしく、立派な人になってくれますか」

 

「おっとなんか関係ない条件が付け足されている気がするな~」

 

 視線を合わせて、どちらからともなく小さく笑った。

 

「……さて」

 

 古き騎士は立ちあがり、まだ座り込んだままの落ちこぼれの魔導師に手を差し出す。

 

「もしセレナが望むなら、途中で泣き出したってお前を強くしてやるよ。泣き虫の会長さん」

 

 泣き虫と言われて、セレナが慌ててごしごしと目を拭う。

 

「先生の―――ア(・)ド(・)レ(・)ー(・)先(・)生(・)のそういう、嫌わせてくれないところ、やっぱり嫌いです、私」

 

「……さよで」

 

 そして、一瞬で強がりと分かるぐしゃぐしゃの笑顔を浮かべると、アドレーの手を取って立ち上がった。

 

 

 

 

 ―――ここは、学園都市『アウロラ』。

 魔物と戦うための『魔導師』を育てるために若き才能が集まる場所。

 

 そんな場所で、俺を嫌う泣き虫の連合生徒会長を一人前に育てること。

 飛べない魔法使いが、空飛ぶ魔法使いの卵を孵してやること。

 

 それが、今日からの俺の仕事になった。

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

「―――元王国第一騎士団筆頭騎士アドレー・ウル」

 

 エルビス学院の校長室で、一人の女がその名を呼ぶ。

 

「絶滅した騎士、その『最後の英雄』。かつて『魔王』と戦った一団(パーティ)の一人。

 絶望という夜を斬り、希望と変える姿を、人は『夜叉』と呼んだ」

 

 まるで、恋する少女のように、寝所で睦言を囁く女のように、熱に浮かされたように。

 

「戦っておくれよ、君が望むままに。それが見たくて、私は君をここに呼んだんだ」

 

 虹色の虹彩を細め、遥か遠くで感じた懐かしい魔力の揺らぎに、蠱惑的に微笑んだ。

 

 

「―――嗚呼、またその白い光を見られるなんて。私の、私だけの英雄」

 

 

 

 




 
『アドレー・ウル』
時代遅れの『騎士』。もういまの時代に残っているのは彼くらいのものらしい。

『セレナ・ステラレイン』
落ちこぼれの生徒会長。とても魔法を使うのが下手。
まだアドレーのことは嫌いじゃないけど嫌いらしい。

『シア・イグナス』
元連合生徒会役員であるケバブ娘。
120セレナくらい強い。

『ユフィール・ゼイン』
短い人生できらめきを見せる人間が大好き。

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