とある呪術の禁書目録   作:エゴイヒト

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とある魔神の黙示録(アポカリプス)

 

 インデックスの背後には、マリーが立っていた。

 

「なん、で……?」

 

 口端から血を流しながら、彼女は問う。

 

「き、貴様! 何を―――」

 

 抜き取られたハルバードが、役立たずの首を斬り落とした。

 

 インデックスの胸を刺した槍には、ある魔術が施されていた。

 『聖人崩し』。

 ロンギヌスの槍に見立てた、聖人に対する特効魔術。

 強力無比な天性の力を授かった聖人は、しかし処刑・刺殺といった記号に弱い。そうした分かりやすい弱点があるからこそ、聖人という存在は脅威として排除されず、扱いやすい暴力装置として飼いならされているのだ。

 

 『歩く教会』は紙切れのように貫かれている。

 聖人としての記号が余りにも強すぎたのだ。彼女に対して『聖人崩し』を発動すると、槍はあらゆる障害を貫通して必中する程に。

 ここまでくるともはや弱点というよりは、自分から当たりに行くに等しい。魔術の効き目が強いどうこうのレベルではない。本来であればどんなに濃い神の子の魔術的記号を持とうと、ここまで極端な事は起こらない。聖人の位や二重聖人などでは説明がつかない。

 

 彼女本人にとっては、これは予測の範疇。槍が己の身を貫いたこと自体は何ら不思議ではない。

 疑問は別にある。何故、この魔術を知っているのか。原作では天草式十字凄教が開発した魔術だが、聖人に関する描写からして他にも似た類の魔術は存在するだろうし、『黄金』クラスの魔術師なら即興で対抗術式を組むこともできる。

 考えられるのは、サンジェルマンが吹き込んだという可能性。だが、サンジェルマンは果たしてそこまでのレベルだろうか?

 

 そしてもう一つの大きな疑問。いや。疑問というよりは違和感。それも彼女にとっては矛盾と呼べる程、はっきりとした確信があった。

 

「お前は……マリーじゃない」

 

 根拠はある。心だとか魂だとか、そんな曖昧なものではなく。

 

「このタイミングで、裏切る理由がない」

 

 背中から刺そうと思えばいつでもできたし、他にもっと確実なチャンスがあった。今でなければならない理由を考えようとすると、聖人崩しを今さっき習得したとか、異動の腹いせに恨みを抱いたとか、そういう無理のある動機付けが必要になる。

 

「流石にバレバレか」

 

 マリーの姿をしたそいつは、突如口調を変えて本性を現す。

 額の縫合された傷を指して、そいつ―――羂索は嗤う。

 

「そういう呪術でね。死体を乗っ取ることができる」

 

 お前は誰だ、とか。目的は何だ、とか。

 そういう質問をする余裕は、インデックスにはもう無かった。

 ただ。

 

「殺した……んだ」

 

 目を伏せて、眼前の羂索にも聞こえないくらいか細く呟いた。

 

「正直賭けだったんだけど、やはり天元は私の存在を君に教えなかったらしい。君が信用できなかったのか、自らの恥部を曝け出すことを嫌ったのか」

 

 こいつが全ての首謀者だったのだと、インデックスは理解した。

 彼女が殺気や悪意に疎く、戦闘経験が未熟であることを見抜いた羂索は、五条を封じて背中を守れる味方を彼女から引き剥がした。

 イギリス呪術界に潜入し乗っ取り、手を回してマリーを解任。孤立させた所を狙ってインデックスが最も信を置く人物の肉体を奪取。

 呪詛師と呪霊を使って日本中を混乱に陥れ、インデックスを誘き出した。さらにはサンジェルマンを陽動として使い、自らは表舞台に顔を出さずひたすら存在を隠し続けた。

 

 全てはこの瞬間のため。

 

「いやあ、最初は困ったよ。君、私が以前から目を付けていた依り代をどこかへやってしまったからね」

 

 百鬼夜行後の、夏油傑の突然の消失。記録では五条悟が死亡を確認したとなっているが、羂索はそれが虚偽の報告であることを知っていた。

 正体不明の、魔術という異能によって消え去るところを、羂索は見ていた。

 練って来た計画を全て台無しにされた羂索は困り果てた。何より、インデックスの存在は間違いなく障害になる。

 

「けど、結果的には失った物以上の物が得られた。魔術という未知の現象。実際に使ってみて分かったが、これは世界を無限の混沌に突き落とす技術だ。進化の速度や自由度が、呪術とは比べ物にならない」

 

 呪術にも相伝の術式というものはあるが、代を重ねるごとに経験値はリセットされ継承できるのは取り扱い方に関する知識だけ。一方で魔術は、開かれた技術体系だ。生得術式という制限が無く、経験の共有と継承が可能。実際に呪詛師を使っていくつか実験もしてみたが、試せば試すだけ未知の結果が得られた。

 

「こんなに愉しい玩具箱は他にないよ」

 

 声音は落ち着いているが、その目は爛々と輝いている。

 

「魔術は、君を中心に発生している。君は完全なる特異点なんだ。千年の積み重ねだって擲つだけの価値が君にはある。だから、私の目的は君の体を手に入れることに変わった。私が求めて止まない未知にして無限の可能性が、君の頭の中には眠っている」

 

 インデックスの反応など端から興味がないのか、紡ぐ言葉は端から返答など求めておらず、告白ではなく独白だった。羂索は完全に悦に入ってしまっている。

 そしてインデックスの方もまた、羂索の言葉をまともに聞いていなかった。

 

「ま、ず……」

 

 体勢を崩したインデックスは、胸を抱えて何かを堪える。

 聖人崩しは神の子に似た身体的特徴のバランスを崩し、聖人としての力を一時的に暴走させる。

 物理的・魔術的体内環境が荒々しく狂い、まともに魔力も精錬できない。

 

「抑えられない―――!」

 

 陶酔にも近い静かな興奮状態にあった羂索は、ようやく異変に気付いた。

 インデックスから溢れ出す正の力。反転術式に使うにしても過剰な量のそれが、制御を失い彼女の内を荒れ狂う。

 

 それの正体は天使の力(テレズマ)。癒しの力ではなく寧ろ破壊の力であるそれが、際限なく彼女の内に漲る。その姿は後光が射すようで、宗教画にしたいほどに神々しい。

 ただ、見る者が見れば卒倒したことだろう。

 テレズマの量が、指数関数的に増していくのだ。

 

 核爆発の如きエネルギー。

 にすら、留まらない。

 

 超新星爆発に匹敵するエネルギー。

 ですら、収まってくれない。

 

 宇宙一つ生み出すビッグバンに相当するエネルギー。

 で、勘弁して欲しかった。

 

 世界が許容できない量のエネルギー。その増加速度は指数関数を超え、極限順序数を用いた急増加関数でようやく表すことができる程に至る。

 

 これを見て『底なしのエネルギー』などという表現をする者がいたら、それは余りにも能天気と言わざるを得ない。ここまでくると、まずインデックスの中に底があるか無いかを論じているのが見当違いなのだ。もし天上に見える全ての宇宙の真空が水と化して地球に向かって降り注いできたら、この雨は何時止むかなんて気にする奴はいないように。

 そして最悪なことに、この場合の論じるべき『底』とはこの世界そのものだ。彼女の中に底があるかどうかではなく、注がれているこちら側の底を心配しなければならない。

 

 そして、ついに越えてはならぬ一線を越えた。

 世界が表現(・・)できる量を軽く超越したエネルギー。その増加速度は計算不可能関数に達した。

 

 ここまでくれば良くないことが起きていることは羂索にも……いや、誰にだって察せられる。

 触れてはならないものに触れてしまったのだと。開けてはならぬパンドラの箱を開けてしまったのだと。

 

「ッ領域展開『胎蔵――無謬無相聖域』!」

 

 スケールを把握できないほど莫大な力を前に、危機感を覚えた羂索は領域を展開する。反射的と呼ぶには遅きに失したが、ともあれ羂索には珍しく先を見据えた行動ではなかった。それでも状況から展開すべき領域を選ぶだけの判断力は残している。

 たとえ今インデックスを殺した所で、目の前のこの現象が止まるのかは定かでない。そもそも、段取りでは槍を刺した時点で致命傷となる筈だったのだ。

 唯一分かるのは、この異常事態は呪力とは一切関係のない魔術サイド絡みであること。羂索が持ち合わせている半端な魔術知識では、到底理解が及ぶものではない。しかし今現在羂索の手には、あらゆる状況に対してジョーカーとなる万能の手札がある。

 それは器としている肉体、マリーが持っていた『聖別呪法』。呪術や魔術といった垣根を越えて、あらゆる概念に対する特効武器を作る呪術。

 存在を知った時は、これだけの力が今の今まで自らの眼から逃れられていたことに、羂索自身驚きを隠せなかった。

 元々目を付けていた『呪霊操術』に比べれば手数の少なさが不安になるものの、その応用性と一点突破力は凄まじい。加えて、ほぼ無限の応用性といっても過言ではない術式反転や、先出し必勝の領域展開といった隠し玉まで持っている。前者に関しては肉体を得る直前に知った情報であり、正に望外の僥倖だった。

 直接的な戦闘面以外でも十二分に魅力的な術式であり、寧ろそこにこそ羂索は惹かれるわけだが、今は本来の持ち主が使った通りの、戦闘における制圧力として頼らざるを得なかった。

 

 『無謬無相聖域』。この領域は羂索ほどの結界術の使い手が用いることでほぼ反則技と化す。

 内部が現実を模しており区別のつかない領域が閉じない領域になると、内と外の見た目が完全に同じになる。すると領域の縁、つまり術式効果範囲が相手には分からなくなる。呪力の感知が甘い術師相手なら、領域を展開されたことにすら気づかせないことも可能だろう。

 元からこの領域は術者を中心に射程距離が存在するため、閉じない領域化することで逃げ道を与えるという弱点は無いに等しい。極めつけに、先出し必勝の効果を持つこの領域が展開速度トップクラスの使い手から放たれる。

 一番この術式を手にしてはならない人物が手にしてしまったのは間違いない。

 

 強いて言えば直接的な殺傷能力を持たないのがこの領域の唯一の欠点ではあるが、殺しても死なない相手には最適という見方もできる。

 

 必中効果は領域内の全てへの強制的な縛りの付与。当然、羂索は『あらゆる魔術の使用不可』を強制する。

 しかし。

 

「効いていない?」

 

 通常であれば服そのものが結界となっている『歩く教会』が領域に対して簡易領域のような役割を果たすため通らないが、それは槍で貫いたことにより破損している。また、『聖母崇拝術式』によるあらゆる呪詛の無効化も、聖人としての記号を乱されたことによって解けている。

 魔道書へのアクセスさえしなければ、今ならばどんな呪術も通るはずだった。

 

 羂索には分かるはずもない。

 そもそも今目の前で起きていることは『魔術』と呼べるような高尚なものではなく、およそ技術の欠片も感じられない単なる現象なのだ。インデックス本人に何を命じたところで意味はない。どんなに止まれといったところで坂を転がり落ちる人は止まらないように。

 見て分かる通り、状況は明らかに彼女自身の制御から離れている。彼女はエネルギーを出そうとしているのではなく、寧ろ抑えているのだ。

 羂索はそれに勘付いて、領域の条件を『テレズマの流出』へと変えてみる。

 すると途端、透明なガラスが砕け散るようにして領域が破壊される。

 

「は、ははは」

 

 思わず感嘆の声が出る。羂索の顔には威嚇とも喜びとも取れる笑みが浮かんでいた。

 

「これが人間の可能性……いや、人の枠を超越したナニカか……!!」

 

 『無謬無相聖域』は人の行動だけでなく物体やエネルギーにさえ縛りを掛ける。

 領域は確かに発動した。効力も確かに発揮した。

 が、それでも人間が操る領域如きで塞ぎ切れる穴ではなかった。

 だがそうなると、少なくとも今現在はインデックスたった一人の身に抑え込めているという、今のこの状態の方が異常なのではないか。溢れ出るモノが人知を超越しているのなら、それを留める器もまた。

 

 羂索は警戒を解き、これから起こる未知の何かを歓迎するようにただ見守り続ける。インデックスから溢れる力は止まらない。依然、時間を経るごとに悪化し続けている。

 やがて彼女から発露される光は、チェレンコフ放射の如く蒼褪めたプラチナに変ずる。

 それが臨界点に達した合図だった。

 

 パキリ、と何かが砕けるような音。

 カメラのレンズに罅が入ったように、空間の連続性が崩壊する。ミルフィーユのような断層ができ、世界がズレる。

 割かれた空間を跨ぐ物体や肉体は完全に泣き別れしているにも拘わらず、繋がりは途絶えていないようで、物品や生命としての機能は維持されたままという、常識的に説明がつかない状態に突入した。

 

 ギギギ、と悲鳴のように軋む音。

 色彩が狂い、物体と物体の境界が曖昧になる。世界がマーブル模様に溶けていく。

 単に視覚的な異常では済まない。実際に物と概念の境界が解けていくのだ。

 天と地、光と音、過去と未来、自分と他者。あらゆる区別がつかなくなる感覚は、筆舌に尽くしがたい。物理法則や形而上概念さえ狂い始めた世界は、所詮は遺伝子の箱舟に過ぎない知的生命体如きの脳では、もはや理解できない。

 その中で、インデックスだけが形を保っていた。彼女だけを正常に認識できた。

 

 テクスチャが剥落するように、地面が、空が、物が、人が分解されていく。

 そして、全てが壊

 

 

 

 







主人公最強物なのに主人公死ぬとかタグ詐欺かよ()
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