2022年最後の投稿となります。
短いですがお楽しみいただければ幸いです。
慈悟郎視点
「良い月じゃ」
獪岳達3人が眠りについた後、儂は縁側へ腰を下ろし、手酌で湯呑へ酒を注いでいく。肴は麟矢が夕食とは別に用意していた漬物に空に浮かぶ三日月で十分じゃ。
「期日に間に合い何より…といったところかの」
酒を一口啜り、そう静かに呟く。儂の下に麟矢がやってきて今日で35日。天元からの文に書かれていた通り、
「天元が継子に望んだ逸材…その看板に偽りなしじゃった」
善逸はおろか、獪岳ですら熟すのに一苦労する内容の鍛錬。それを麟矢は獪岳から幾らか遅れてではあるものの、初日から全てやり遂げてみせた。しかも翌日に疲労を一切持ち越さずにだ。
-昔から疲労が早く抜けたり、怪我の治りが速かったりする体質なんです-
-おかげで、他人よりも結構無理が利くんですよね-
麟矢はそう言って笑っておったが、人よりも無理が利き、尚且つ回復が早い肉体の持ち主など然う然う居る訳ではない。まさに天賦の才…いや天賦の肉体じゃな。
とにかく、麟矢はその肉体の特性と勤勉さ、そして飲み込みの早さを存分に活かし、まるで乾いた土に水が染み込んでいくかのように、猛烈な勢いで鍛錬を重ねていった。
そして、今日の昼。35日目で遂に全集中の呼吸を習得したのだが…
「あのような呼吸は…聞いた事が無い」
麟矢が使う全集中の呼吸。その呼吸音は儂の知るどの呼吸とも異なるものだった。
一聴すると、基本の5系統である炎、水、雷、風、岩のどれかのようにも聞こえるが、よく聞けばどれとも違う。
花や蟲、音、霞といった派生の呼吸ともどことなく似ているが違う。
既存のどの呼吸とも似ているが似ていない。そう、例えは悪いが…
まぁ、全集中の呼吸その物を習得する事が出来たのは間違いない。天元同様、独自の呼吸として昇華していくことじゃろう。
「あの2人が
そう、麟矢の存在は獪岳と善逸の両方に良い影響を与えてくれた。
詳細は分からぬが、獪岳は麟矢と腹を割って話をしたらしく、そこから一皮剥けてくれた。
これまでは真面目で努力を惜しまぬ反面、どこか余裕の無い部分が垣間見えておった獪岳。あやつが学んだのは、良い意味で力を抜くという事。
適度に力を抜く事は、これまで活かしきれず眠っていた獪岳の才能が十全に発揮される事に繋がり…そしてそれは―
-出来た…
今まで使う事が出来なかった霹靂一閃の成功という最高の結果を齎した。
これで獪岳は雷の呼吸に伝わる六つの型全てを習得できた。このまま鍛錬を重ね、自分だけの新たな型を編み出す事が出来れば…次代の鳴柱となる事も夢ではない。
「そして善逸。あやつも弐ノ型を習得するなど…」
成長した。その言葉を飲み込むように湯呑に口をつける。あやつは褒めるとすぐ調子に乗るからな。軽々しく褒めるのは厳禁じゃ! それにしても―
-善逸くんの場合、最初から遠い目標を目指させるのではなく、近い目標を積み重ねていく鍛錬の方が合っているのかもしれませんね-
-その昔、ある武術家が言っていたそうです。『
近い目標を積み重ねさせる。そのような指導法もあるとは…儂も育手として精進せねば!
麟矢視点
桑島様に指導を受け、鍛錬に励む日々はあっという間に過ぎ―
「麟矢よ。40日の間、よく頑張った」
40日間の鍛錬は無事終了。ここを去る日がやってきた。
「全集中の呼吸を習得したといっても、それは始まりに過ぎん。己の呼吸を深く理解し、磨き上げていくがよい」
「色々とお世話になりました! このご恩は最終選別を突破し、鬼殺隊の一員としての責務を果たす事でお返しいたします!」
「うむ! 期待しておるぞ!」
激励の言葉をかけてくれた桑島様に頭を下げ、獪岳と善逸くんの方へと向き直る。
「獪岳、善逸くん。これからも鍛錬頑張ってくださいね」
「あぁ、俺は来年春の最終選別に参加する予定だ。すぐに追いついてやるから、覚悟しておけよ」
「ええ、獪岳の実力なら大丈夫です、楽しみにしていますよ」
「俺…まだまだヘタレだけど…麟矢さんに言われた通り、少しずつ積み上げて、頑張っていくから!」
「善逸くん、君は少し臆病だけど出来る子です。自分を信じて頑張れば、弐ノ型以降の型もきっと出来るようになります」
2人とそんな言葉を交わした後、俺は前以て用意しておいた実家の住所を書いた紙を渡し―
「最終選別を突破したら、遊びに来てください。歓迎しますよ」
最後にもう一度桑島様に頭を下げ、馬を預けてある麓の村へと歩き出すのだった。
麓の村に到着した俺は、馬を預けた一件の農家を訪ねて馬を受け取ると―
「丁寧に世話をしていただけたようで、ありがとうございました。これはお約束していた分です」
前金と共に馬を預けた際約束していた分の料金を支払う。元々の額に少し色を付けて8円*1渡したら、物凄く恐縮されたが…最終的には受け取って貰えた。
そうして、40日ぶりに愛馬に跨った俺は、帰路についた訳だが…
「ごめんくださいませ!」
ふと思いついた為、家の前に蝶屋敷へと立ち寄った。
「はーい!」
俺の声に答えてやって来たのは、水色の帯を締め、お下げ髪の根元に蝶の飾りを付けた女の子。蝶屋敷3人娘の一人、すみちゃんだ。
「あ、東雲様。お久しぶりです!」
「お久しぶりです、すみちゃん。胡蝶様は御在宅ですか?」
「ごめんなさい。しのぶ様は任務の為、朝から出ておられます。お帰りは明後日になると…」
「そうですか…では、神崎さんはいらっしゃいますか?」
「はい! すぐに呼んできます!」
私の問いに元気よく答え、屋敷の奥へと戻っていくすみちゃん。再び待つこと約1分。
「東雲様、お待たせして申し訳ありません!」
慌てた様子で、アオイさんがやってきた。俺は挨拶もそこそこに―
「料金は支払いますので、包帯や消毒薬、あと傷薬などを分けてもらえませんか? 最終選別の際に持っていきたいので」
今日、
「在庫を調べてきました。この位しかお渡し出来ませんが…」
「お手数をおかけしました。これだけあれば十分です」
新品の包帯や
「東雲様、最終選別頑張ってください!」
「ご武運をお祈りしています!」
「東雲様なら絶対突破間違いなしです!」
「………」
なほちゃん、すみちゃん、きよちゃん、そしてカナヲちゃんに見送られて蝶屋敷を後にした俺は、今度こそ実家へ帰還。
「戻ったか、麟矢。うむ、鍛錬を重ねて一段と逞しくなったようだ」
「おかえりなさい、麟矢。怪我などしていないようで安心しました。お風呂の準備が整っていますから、まずは汗を流していらっしゃい。お話は夕食の時、ゆっくりと聞かせてもらうわ」
父さんと母さんに出迎えられた後、風呂へと直行。40日ぶりの家の風呂で、思いっきり寛がせてもらった。
夕食の後、俺は自室で過ごしていた訳だが…
「麟矢様」
ノックの音と共に、後峠さんが声をかけてきた。
「どうぞ」
「失礼いたします。麟矢様、先日手配されていた物が届きましたので、お持ちしました」
「来ましたか!」
入室した後峠さんが、そう言いながら差し出した桐箱を目にした途端、俺は勢いよく立ち上がり、桐箱を受けとるとすぐさま中身を確認する。
「Perfect」
その出来映えに俺は思わずそう呟きながら、桐箱の中身である一振りのナイフを手に取ってみる。
「刃渡りは6寸*2。峰部分の鋸刃状加工、金属製の厚く丈夫な塚頭、鞘に砥石とメタルマッチ*3を仕込むなど、お命じいただいた機能は全て組み込んであるとの事です」
「素晴らしい。予想以上です。制作を引き受けてくれた鍛冶師さんには十分なお礼をお願いしますね」
「かしこまりました」
一礼して退室する後峠さんを見送った後、俺はナイフを順手、逆手で持ちながら何度も素振りを繰り返す。
最終選別。突破条件は鬼が十数体閉じ込められている藤襲山で、7日間生き延びる事。
勘違いされやすいが、7日間生き延びる事が出来れば合格であり、必ずしも鬼を倒す必要はない。
鬼を何体倒そうが、同じ最終選別に参加している受験者を何人助けようが、自分が死んでしまっては
だからこそ、俺は生き延びる為に可能な限りの準備をしていく。事前の準備をしてはいけないなんて事は、一言も言われていないからな。
まぁ、自分の手が届く範囲なら手助けすることも吝かでないが…な。
最終選別まで残り5日。油断せず、準備を整えていこう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
今年の11月21日から投稿を開始した本作。
本日14時時点で35000を超えるUAと1000を超えるお気に入りを頂き、読者の皆様に深く感謝しております。
拙い作品ではありますが、来年もよろしくお願いいたします。
良いお年をお迎えください。
※大正コソコソ噂話※
最終選別まで10日を切った頃、ひなきちゃんは麟矢の無事を祈る為に一念発起。
あまね様と共に禊祓を行う事を申し出ました。
最初は年齢を理由に反対していた耀哉様とあまね様でしたが、その決意の固さに折れ、体調が悪いと感じた時は、決して無理をしない事を条件に禊祓を行う事を許可したそうです。