お楽しみいただければ幸いです。
麟矢視点
春の最終選別から2週間が経った。原作の流れでは、あと2日程で選抜突破者のもとに日輪刀が届き、そのまま鬼殺隊隊士の任務に突入する訳だが…この世界ではそんなブラックな労働環境にはしない。
各員の適性等を最大限考慮し、各地の班に配属するのだが…問題が1つ。
「炭治郎君をどうするか…それが問題だ」
そう、原作主人公である竈門炭治郎君をどう扱うかだ。正直な話、彼1人ならどうにでもなるのだが、妹の禰豆子ちゃんを連れている事がどうしてもネックになる。
鬼になった妹を同行させている事が
この唯一にして最大の問題を解決するには―
1つ…鬼になった妹を同行させていることを予め承知している。
2つ…多少の雑音をシャットアウト出来るだけの地位と実力を兼ね備えている。
この2つをクリアしている人間の下に就ける。それが最善の道なのだが、そうすると今度は
「現時点で条件をクリアするのが、冨岡様しかいない…」
ある程度解消されたとはいえ、冨岡様は未だコミュ障気味。どう好意的に考えても、
となると、信頼に値する人間へ事情を話し、協力を仰ぐのが次善の道と言えるだろう。
「さて、どうしたものか…」
この難問を解く為、考えを巡らせていると突然、窓を叩く音が聞こえてきた。
「これはこれは」
そこに居たのは1羽の鴉。鎹鴉のモーリアンだ。
「いらっしゃい、モーリアン」
俺はすぐさま窓を開け、モーリアンを室内へ招き入れる。
「カァァァ、オ館様カラノ手紙、持ッテキマシタ。カァァァ」
「ありがとう」
背中へ背負う形で結びつけられた風呂敷包みを見せながら、来訪の目的を告げるモーリアンに俺は一言お礼を伝え、風呂敷包みを解き、中に入っていた手紙に目を通していく。
あまねさんの代筆による手紙の内容は…
「モーリアン。耀哉様に手紙の件、確かに了解いたしました。明日の朝、指定された時間に参上いたします。と伝えてくれるかな?」
「カァァァ、わかりました。カァァァ」
「ありがとう。待っている間、何か食べていてください。マヨネーズと…」
「カァァァ。
「了解。少し待っててください」
モーリアンに与えるマヨネーズとベーコンを厨房へ取りに行く間、俺は手紙の内容を思い返す。緊急の要件があり、会って話がしたい…か。十中八九あの件だ。何とか上手くやるしかないな。
耀哉視点
「やぁ、待っていたよ。麟矢君」
「お待たせいたしました。耀哉様におかれましても、御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます」
「うん、ありがとう」
折り目正しく挨拶をする麟矢君へ私は微笑み、彼を呼び出した理由を早速話し始める。
「今日麟矢君を呼び出した理由は、先日行われた最終選別についてなんだ。合格者の一人について、緊急の案件があってね」
「
「…はい、冨岡様がやらかした例の件絡みで知己を得ております。最終選別前にも何度か彼の修行先である狭霧山へ赴き、ちょっとした助言や指導をしておりますが…もしかして、それが拙かったのでしょうか?」
「いや、そういう訳ではないんだ。同じ育手に指導を受けた…兄弟子筋にあたる隊士が、最終選別を受ける少年や少女に指導をつける事はよくある事だから、気にする必要はないよ」
「はぁ…では炭治郎君に関する緊急の案件とは?」
そう言って首を傾げる麟矢君。私は傍で控えるあまねに合図を送り、彼へ一通の書状を差し出させる。
「育手、鱗滝左近次からの書状だ。まずは読んでみてほしい」
「かしこまりました」
あまねから受け取った書状を無言で読み始める麟矢君。暫しの間、部屋を沈黙が支配し…
「…たしかに、緊急の案件ですね」
優に5分を超えた頃、書状を読み終えた麟矢君がゆっくりと口を開いた。
「冨岡様が頸を刎ねた筈の炭治郎君の妹。彼女が実は生きており、しかも炭治郎君が修行をしている間、鱗滝様が彼女を匿っていた」
「しかもそれを主導したのが冨岡様…予想外過ぎて頭が痛くなりますね」
「麟矢君、君が狭霧山へ向かった際に、何か異変を感じる事は無かったかい?」
「………残念ながら何も」
「そうか、君から気取られない程巧妙に隠していた。という事だろうね」
「申し訳ありません。察知出来なかった私の落ち度です」
「いや、鬼を匿うなど文字通り予想の範疇を超えている。察知出来なかった事を責める気は無いよ」
「恐縮です」
そう言って頭を下げる麟矢君。私は彼が頭を上げるのを待って、話を再開する。
「書状には鬼の少女、竈門禰豆子はこの2年の間眠り続け、一度も人を食らったことが無いとあった。麟矢君は、この点をどう考える?」
「……両手の指で足りるほどしか顔を合わせたことはありませんが、鱗滝様に対する印象は…誠実なお方というものです。ですので、書状に書かれている内容は事実だと愚考いたします」
「うん、左近次は水柱を務めていた頃も、誠実で信頼のおける男だった。私も書状の内容は信じるに値すると考えているよ」
ここで私は一旦言葉を切り、ただ…と続けていく。
「いかに左近次が誠実かつ信頼のおける男で、竈門禰豆子がこの2年の間人を喰らっていない事を証明出来たとしても、鬼を匿っていた事は重大な規律違反。万が一の際には、竈門炭治郎と左近次、義勇が腹を切るとあるが、それだけで鬼殺隊という組織全体を納得させる事は難しいだろう」
「たしかに…大部分の隊士は即刻抹殺を唱えるか、それに同調するでしょうね」
麟矢君の言葉に頷いた私は、少しだけ息を整え、今日彼を呼び出した理由を伝えていく。
「そこでだ。麟矢君には、竈門炭治郎、禰豆子兄妹の監視と審査を頼みたい」
「監視と審査…ですか」
「私個人としては、炭治郎と禰豆子の存在を信じてやりたい。しかし、今の段階では鬼殺隊全体を納得させられるだけの材料が無いこともまた事実」
「だからこそ、麟矢君に竈門禰豆子という存在が、普通の鬼とは異なること、人を喰らわず安全であることを証明してほしい。鬼に対して過度な恨みや憎しみを抱いていない麟矢君なら、公平かつ公正な審査が出来る筈だ」
「…かしこまりました。耀哉様のご期待に応えられるよう、全身全霊を以って、監視兼審査の任務を務めさせていただきます」
そう言って深々と頭を下げる麟矢君。その後、細々とした事を話し合い、麟矢君は部屋を後にしていった。
………麟矢君には話していないが、私はただ単に炭治郎と禰豆子の兄妹が憐れだから、禰豆子を助けようとした訳じゃない。
この二人は、鬼舞辻無惨との戦いにおいて、必ず大きな意味を持つ筈。そう感じたからこそ、禰豆子を助けられるように動いたに過ぎない。
やれやれ、地獄というものが本当にあるとしたら、私は間違い無く地獄行きになるだろうね。
麟矢視点
耀哉様との話し合いを終え、退室した俺は可能な限り平静を保ちながら、部屋から離れ…
「………な、なんとか乗り切った」
廊下の角を曲がったところで、ようやく息をついた。
「
周囲に気を配りつつ、口元に手を当てて静かに呟く。そう、最終選別が終了して数日後、俺は狭霧山を訪ね、鱗滝様と今後について話し合っておいたのだ。
その中で、俺はこれから禰豆子ちゃんの存在を知らなかった体で行動することと、原作の知識から導き出した耀哉様の危うさ…目的の為には手段を選ばない一面を鱗滝様へ伝え、それを踏まえた状態で耀哉様へ送る書状を書いてもらった。
その結果、炭治郎君と禰豆子ちゃんを監視&審査する流れに持っていくことが出来たのだが…監視&審査役として俺が指名されたのは、少々想定外だった。
個人的には柱の誰か…冨岡様は除外するとして、甘露寺様か胡蝶様を指名すると思っていたんだけどなぁ…。
「まぁ、期待されている以上、最善を尽くしますか」
俺は静かに気合を入れ直し、行動を開始する。まずは…鱗滝様と炭治郎君への手紙を書いて…
「何人かスカウトするとしますか」
炭治郎視点
「炭治郎、麟矢からの手紙が届いたぞ」
俺の日輪刀を届けてくれた刀鍛冶の
「はい!」
すぐに鱗滝さんのもとへ向かい、差し出された手紙を受け取る。麟矢さんからの手紙、一体何が書かれているんだろう?
「………え?」
手紙を読み進めるうちに、俺は思わずそんな声を上げてしまった。
「狭霧山の北西にある町で鬼を討伐…鱗滝さん、鬼殺隊の隊士は全員、どこかの班に配属されると聞いていたんですが…どういうことでしょう?」
麟矢さんから前以て聞いていた話とまるで違う手紙の内容に、俺が戸惑っていると…
「炭治郎、わからんか? これは恐らく麟矢の気遣いだ」
「気遣い…ですか?」
「うむ。儂に宛てた手紙によると、麟矢はお館様から特別遊撃班…
「九分九厘、この離はお前と禰豆子を守る為…お前達を
鱗滝さんの言葉を聞いて、俺は頭の天辺から爪先まで雷に打たれたような衝撃を受けた。麟矢さんはそこまで、俺と禰豆子のことを考えてくれていたのか!
「麟矢の気遣い、決して無駄にしてはならんぞ」
「はい!」
鱗滝さんの声に俺はそう答え、出発の準備を整える。隊服に袖を通し、日輪刀を腰に差す。そして―
-炭治郎、これは昼間禰豆子を背負う箱だ。非常に軽い『霧雲杉』という木で作った-
-『岩漆』を塗って外側を固めたので、強度も上がっている-
鱗滝さんの作ってくれた背負い箱に禰豆子を入れて、しっかりと背負う。これで準備完了だ。
「カァァ! 急ゲ竈門炭治郎ォ! 北西ノ町デワァァ少女ガ消エテイルゥ!」
「毎夜毎夜、少女ガ消エテイル!!」
俺の鎹鴉、
「頑張れ俺! 頑張れ!!」
「カァァ! 五月蠅イ! イキナリ叫ブナ!」
「痛っ! いきなり突っつくなよ!」
「イキナリ叫ンダオ前ガ悪イ!」
善逸視点
「爺ちゃん、卵粥が出来たよ」
「すまんのう、善逸」
出来立ての卵粥が入った土鍋を傍に置き、俺は布団から起き上がろうとする爺ちゃんにそっと手を貸していく。
本当だったら今日の朝、山を下りて麟矢さんのもとに向かう筈だったんだけど、爺ちゃんが風邪を引いちまったから、俺は看病の為に出発が少し遅れることを、鎹雀のチュン太郎に頼んで、麟矢さんに伝えてもらった。
爺ちゃんは最初―
-この程度の風邪なんぞ、一晩寝ておれば治るわい!-
-儂のことなど放って、麟矢のもとへ向かうんじゃ!-
そう言って怒ってたけど…俺がこれが最後かもしれないからって言ったら、急に看病することを許してくれた。
「しかし、風邪を引くとは儂も油断した。年は取りたくないもんじゃな…」
「そんなこと言うなよ、爺ちゃん。今回はたまたまだって。ほら、卵粥食べよ」
「うむ…」
爺ちゃんに卵粥の入った茶碗を渡し、俺は出発の準備を整える為、部屋へと戻る。
それにしても、特別遊撃班…『離』か。そんなのに入って俺、やっていけるんだろうか…爺ちゃんは―
-お前の才能が正当に評価された証じゃ! 胸を張って行ってこい!-
って言ってたけど…どうなんだろうな。
玄弥視点
「特別遊撃班『離』か…」
日輪刀を受け取り、育手の先生への挨拶を済ませた俺は、監査役…梁の東雲麟矢さんのもとへ出発した。
なんで俺が『離』の一員に選抜されたのか…正直言って見当もつかない。
先生から全集中の呼吸への適性が無いと断言されたし、剣の才能だって高いとはお世辞にも言えない。だけど…
「あの人が呼んでくれたってことは、何か理由があるんだよな」
そうだ、きっとそうに決まってる。俺は自分にそう言い聞かせながら、歩き続けるのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
※大正コソコソ噂話※
この後、狭霧山の北西にある町へ向かった炭治郎君は、原作通り沼鬼を撃破。
改めて鬼舞辻無惨への怒りを抱き、決意を新たにしています。