お楽しみいただければ幸いです。
炭治郎視点
俺達を襲ってきた2人の鬼。その内1人の頸を刎ねた俺は、全身の痛みを堪えながら、もう一人と戦っている禰豆子の許へ急いでいた。
「黙れーっ! 黙れ黙れ!!」
そこに聞こえてきたのは、半ば悲鳴のような叫び声。あの毬を使う鬼の声だ。
「あの方はそんな小物ではない!」
「あの方の能力は凄まじいのじゃ! 誰よりも強い!」
俺が禰豆子達と合流したことにも気づかぬまま、喚き続ける毬の鬼。禰豆子と共に毬の鬼と対峙していた…珠世さんが、自らの腕を傷つけたのはその時だ。
瞬き程の間を置いて、周囲にまるでお香のような香りが漂い…
「鬼舞辻様は―」
毬の鬼が
「その名を口にしましたね。
顔を真っ青にしながら、口を手で覆う毬の鬼へそう告げる珠世さん。
「ギャァァァ!」
毬の鬼は俺達の事など忘れてしまったように、狼狽し―
「お許しください! お許しください!!」
「どうかどうか、許して!」
必死に、ここにはいない筈の鬼舞辻無惨へ許しを請い始めた。
「ギャアアッ!」
「ぐぅうっ………」
そして、突然苦しみだしたかと思うと…口と腹から巨大な手が何本も生えた。
「なっ…」
その手は、毬の鬼の頭を容赦無く握り潰し、その全身を執拗なまでに磨り潰して…そのまま消えて無くなってしまった。
「し、死んでしまったんですか?」
「間もなく死にます」
俺の半ば独り言のような問いに、珠世さんはそう答え…
「これが『呪い』です。体内に残留する鬼舞辻の細胞に、肉体を破壊されること」
「基本的に…鬼同士の戦いは不毛です。意味が無い。陽光と鬼殺の隊士の刀以外は、致命傷を与えることが出来ませんから…ただ、鬼舞辻は鬼の細胞の破壊が出来るようです」
何かを調べながら、俺にも解る様、『呪い』について話してくれた。その間もあのお香のような香りは周囲に漂っていたけれど―
「珠世様の術を吸い込むなよ。人体には害が出る」
愈史郎さんが口と鼻に布を当ててくれたから、幸い何の影響も無かった。
「炭治郎さん。この方は十二鬼月ではありません」
「……!?」
それよりも問題なのは、珠世さんが口にした言葉の意味だ。毬の鬼は十二鬼月…じゃない!?
「十二鬼月は眼球に数字が刻まれています。この方には無い…」
「もう一方も恐らく十二鬼月ではないでしょう。
弱…すぎる!? あれで!?
愕然としている俺に気づかぬまま、珠世さんは毬の鬼から血を採取し―
「血は採りました」
「私は禰豆子さんを診ます。薬を使ったうえに、術も吸わせてしまったので。ごめんなさいね」
そう言って、建物の中に戻っていった。
「頭の悪い鬼もいたものだな。珠世様の御体を傷つけたんだ。当然の報いだが…」
「もう後は知らんぞ! 布は自分で持て! 俺は珠世様から離れたくない。少しも!」
愈史郎さんも俺に布を押し付けて、建物へ戻ろうとしたけど…
「ッ!」
あと数歩で建物の中に入れるところで、突然振り返ると険しい顔で周囲を見渡し始めた。
「ど、どうしたんですか?」
「………いや、気のせいだったようだ。襲撃を受けて気が立っていたからな」
どうやら何も無かったらしく、鼻を鳴らして建物の中へと入っていく愈史郎さん。
「ま…り。ま…り…」
建物の中に入った兪史郎さんが扉を閉めたとほぼ同時に、
「……毬だよ」
「遊…ぼ…あそ…」
「………」
まるで小さな子どもみたいに遊ぼうと繰り返す毬の鬼。数分と経たない内に日の出となり、陽光に曝されたその体は灰と化し、崩れ去っていった。
十二鬼月だと煽てられ、騙され戦わされ、鬼舞辻の呪いで殺された。救いがない…死んだ後は骨すら残らず消える。
鬼舞辻。あの男は自分を慕う者にすらこの仕打ち…本物の鬼だ。
麟矢視点
「炭治郎君は朱紗丸の最後の願いを叶えてあげたか。原作通りとはいえ、優しい子だね」
珠世さんの拠点から150mほど離れた3階建ての建物。その屋根の上に陣取った俺は、特注の携帯式単眼鏡で炭治郎君の様子を見ながら、独り言のように呟いていた。
言うまでも無いが、浅草に到着してから今までの炭治郎君が取った行動は全て把握している。
まぁ、被監視下であっても炭治郎君は隊士として立派に働いている事、禰豆子ちゃんは人を喰らわず安全である事を証明するだけならば、あの沼鬼の撃破だけでも十分なのだが…
「浅草での無惨遭遇。そして珠世さん、愈史郎君と知己を得る事は、鬼舞辻無惨撃破にどうしても必要だからな」
原作における序盤の重大イベントを無視する訳にはいかない。俺は単独行動時の様子を確認するという名目で耀哉様から許可を貰い、炭治郎君に浅草へと来てもらったという訳だ。
「あの男性には悪い事をしてしまったが…彼の血鬼術もまた無惨撃破には必要なもの…鬼を人間に戻す薬を必ず完成させる事と、奥さんに出来る限りの援助をする事で償わせて貰おう」
そんな事を考えている間に、炭治郎君が禰豆子ちゃんの入った箱を背負って、建物から出てきた。おそらく原作通りに、珠世さんとのやり取りがあったのだろう。
「さて、家で炭治郎君と禰豆子ちゃんを迎えるとしますか」
距離が離れているので気づかれる事は無いだろうが、念には念を。俺は炭治郎君に気づかれぬよう注意しながら、帰宅の途に就くのだった。
善逸視点
風邪を引いた爺ちゃんの看病を終えた俺は、本来の予定より二日遅れで山を下り、麟矢さんの自宅へ向かった訳だけど…
「豪邸だ…」
以前貰った紙に書かれていた住所にあったのは三階建ての洋館。文字通りの豪邸だ。正直言って、俺みたいな庶民が近づいて良いのか判らないけど…ここに立ったままなのも良くないだろう。
「とりあえず…あの女中さんに声をかけてみよう」
俺は門の前を掃除している洋装の女中さんに声をかける為、歩き出した。
「豪邸だろ…」
「ん?」
背後から声が聞こえたのはその時だ。その声に聞き覚えがあった俺は歩みを止め、振り返る。そこにいたのは…
「あーっ!」
「うぉっ!?」
思わず出た声に驚く声の主。だけど、俺が声を出したのも無理はない。だって、そこにいたのは、最終選別にいたアイツだったんだから!
「お前、最終選別の最後に女の子へ手を上げようとした奴!」
「ぐっ…あ、あの時の事は、色々事情があって…お、俺も反省してるんだよ!」
俺の指摘に顔を歪めながら、そう返してくる男。それにしても、ここにいるって事は…
「俺はこの家…東雲麟矢さんに用があるんだけど…もしかして」
「お、俺もだ」
やっぱり。こいつも『離』の一員として呼ばれたのか。それなら話は早いや。
「だったら麟矢さんのもとへ急ごう。きっと俺達の事待っている筈だから」
「お、おぅ…」
そう声をかけ、2人で女中さんに声を―
「あ―」
「我妻善逸様、不死川玄弥様でいらっしゃいますね」
「「ッ!?」」
かけようとした瞬間、背後から声をかけられた。慌てて振り返るとそこにいたのは、壮年の男性。
で、でかい…軽く六尺はある。それに洋装の上からでも判るほど鍛えられた体。俺の背後を容易く取った身のこなし。多分相当な使い手だ。
「東雲家執事、後峠喜代晴と申します」
「あ、我妻善逸…です」
「し、不死川玄弥…です」
「麟矢様は離れの方でお待ちです。どうぞこちらへ」
後峠と名乗る男性に案内され、俺達は広い庭の一角に造られた離れへと足を踏み入れた。
麟矢視点
「やぁ、待っていましたよ。善逸君。玄弥君」
後峠さんに連れられて離れへとやって来た善逸君と玄弥君に、俺は椅子を勧め―
「紅茶は初めてですか? 慣れない内は渋みを強く感じてしまうかもしれませんから、遠慮なく砂糖を入れて飲んでください」
「焼き菓子も沢山ありますから、遠慮無く食べてくださいね」
2人の着席後、すぐに用意された2人の分の紅茶と菓子も勧めていく。
「あ、そ、それじゃあ…」
「い、いただきます」
2人とも、俺と自分達以外の同席者。炭治郎君の事が気になる様子だったが、俺が紅茶と焼き菓子を勧めたので、それぞれにカップを手に取り、紅茶に口をつけていく。
「「ッ!?」」
すぐさま2人の顔が苦々しいものに変わり、慌ててスプーンで砂糖を1杯。味を確かめて更に砂糖を入れていく。
「あっ…渋みが消えたら、美味いですね。香りが凄く良いです」
「この焼き菓子もすげぇ美味いです。俺、こんな美味い物喰ったことない…」
結局善逸君は3杯、玄弥君は2杯半砂糖を入れて、紅茶と焼き菓子を楽しみだした。炭治郎君も2杯半砂糖を入れていたし、この時代の人達にストレートの紅茶は受け入れ難いのかもしれないな。
暫しの間、俺達は紅茶と焼き菓子を楽しみ―
「さて、気持ちが落ち着いたところで、少々真面目な話をしようか」
俺は手を叩き、3人にそう告げた。
玄弥視点
「さて、気持ちが落ち着いたところで、少々真面目な話をしようか」
手を叩いた東雲さんからそんな声が聞こえた瞬間、俺は手に持っていた焼き菓子を目の前の皿に置き、話を聞く姿勢を整える。真面目な話…一体どんな内容なんだ?
「まずは改めて自己紹介。私は階級『
「はい! 階級『
「階級『癸』、我妻善逸です」
「階級『癸』、不死川玄弥です」
全員の自己紹介が済んだところで、東雲さんは満足気に頷き―
「それでは、特別遊撃班『離』について説明します」
特別遊撃班『離』について説明してくれた。今の鬼殺隊は西洋のシフト表という仕組みを取り入れたり、戦力を均等に割り振った班を作り、地域毎に配置するなど改革を進めている訳だが、この特別遊撃班もその改革の一環らしい。
担当地域を持たない班を敢えて作り、1つの班では対応しきれない強力な鬼が発生した場合や、比較的近い範囲で同時多発的に鬼が発生した場合の増援等を担当するそうだ。
「あとこれは実験的な試みではありますが、上位の階級に就いている隊士が新人隊士と行動を共にすることで、殉職率の低下と実力の向上を両立させるという狙いもあります」
なるほど。色々と考えられているんだな。
「…そして」
ん?
「今から話す内容が、『離』を結成した最大の理由になります」
東雲さんの声が少し低くなり、俺は思わず息を飲んだ。ふと視線を動かすと―
「………」
竈門が凄く思いつめた顔をしている。なんだ? もしかして、東雲さんが話す事と何か関わりがあるのか?
「これは鬼殺隊にとって
「言わなくても解ると思いますが…これから聞く内容を私の許可無く他人に吹聴したりしたら…
にこやかに…だけど、背筋が寒くなるほどの殺気を放ちながら、同意を求める東雲さん。俺と我妻が壊れた人形みたいに首を何度も縦に振ると、すぐ元に戻ったけど…一体どんな秘密を聞かされるんだ?
「特別遊撃班『離』が作られた最大の理由は彼…竈門炭治郎君を監視し、審査する為です」
監視と…審査?
「あ、あの…まだよく解らないんですけど…竈門が、何かやらかしたんですか?」
「いいえ、炭治郎君はまだ何もしていません。何もしていないからこそ、私の目が届く場所にいてもらっています」
どういう意味なんだろうか。まるで謎かけみたいな東雲さんの言葉に首を傾げていると―
「もしかして…炭治郎の後ろに置かれている背負い箱。その中に
我妻が信じられない事を口にした。あの背負い箱に、鬼が隠れているだって!?
「流石は善逸君。気が付いていましたか」
「俺、人より何倍も耳が良くて…背負い箱の中から人とは違う音。鬼と同じ音が聞こえているのが、この部屋に入ってすぐにわかったんです」
「これだけだったら、俺も迷いなく日輪刀を抜いていたと思います。でも、炭治郎からは凄く優しくて悲しい音がした。泣き喚きたいほど悲しいのに、それでも他人の為に笑ってる。そんな音が」
「それに、何より状況を把握している筈の麟矢さんが平然としている。だから、きっと何か事情があると思ったんです」
我妻の言葉に俺は驚きを隠せない。箱の中に隠れている鬼の音なんて、俺には全く聞こえない。だけど、東雲さんや竈門の反応を見る限り、我妻が嘘を言っていないことは間違いないんだろう。
「それじゃあ、炭治郎君。君の口から事情を説明してください」
「…はい」
ここで竈門が覚悟を決めた表情で、背負い箱を自分の座っていた椅子の近くへと運んできた。いったいどんな事情が…
「この背負い箱の中には……鬼が、妹の禰豆子が入っています」
「妹…」
「ッ!」
竈門の言葉に、俺は秘かに歯を喰いしばる。そうしないと、死んだ弟や妹の事を思い出して、涙が溢れ出しそうだったから。
「2年前、俺が麓の町に炭を売りに行っている間に、俺の家族は鬼に襲われました。色んな偶然や幸運が重なって、鬼は家族に殆ど手を出さずに逃げていったけど…禰豆子だけが鬼に腹を刺されて、そのせいで鬼にされてしまったんです」
「…そう、か」
「だけど、禰豆子は鬼にされてすぐの飢餓状態でも、自分を失わなかった! 俺はもちろん、家族を誰一人襲わなかったんです!」
「それから2年間、禰豆子はずっと鬼の衝動を抑え続けている。ただの一度も人を襲っていないんです! お願いします! どうか信じてください! 」
そう言って深々と頭を下げる竈門。俺は…どうすれば…
「突然こんな話を聞いて、すぐに判断を下せというのも酷な話です。私と炭治郎君は暫く隣の部屋に行っていますから、戻ってくるまでに考えを纏めてください」
「それと判断材料になるかどうかはわかりませんが…炭治郎君の事情、昨日までの時点でこれを知っている人間は全員、炭治郎君と禰豆子ちゃんを信じると決断しています」
そう言って隣の部屋に移動していく東雲さんと竈門。残された俺と我妻は無言のまま考え続けるのだった。
麟矢視点
隣の部屋へ移動して30分後。
「考えは纏まりましたか?」
俺は善逸君と玄弥君の決断を確認する為、ドアを開くと同時にそう問いかけた。
「「………」」
その声に無言で頷く善逸君と玄弥君。俺はそんな2人に少しだけ微笑み―
「君達がどんな決断をしたとしても、俺はそれを尊重します。他の班に移りたいのであれば、最大限希望に応えられるよう努力する事を約束しましょう」
「もちろん、今日耳にした事を絶対秘密にするという条件付ですけどね」
そう言って2人に発言を促した。
「俺は…」
最初に口を開いたのは善逸君だ。
「正直言って炭治郎の事をよく知りません。でも、麟矢さんが炭治郎を信じている。だから…炭治郎を信じている麟矢さんを信じたいです。それに…俺が聞いた、炭治郎から聞こえていたあの音を信じたいと思ってます」
「だから…『離』でお世話になります。よろしくお願いします!」
そう言って頭を下げる善逸君。
「………」
一方の玄弥君は黙ったまま。善逸君の選択は予測出来たが、玄弥君は予測不可能。これは、他の班への移籍を手配するべきか?
「一つだけ、確認させてください」
「…何でしょう?」
「竈門の妹が鬼にされても自分を失わなかったのは…
「………いいえ。自分の知る限りですが、このような事例は禰豆子ちゃんで2例目。それも最初の例は
「鬼殺隊本部に収蔵されている資料を全て調べれば、他にも出てくる可能性はありますが、それでも千に一つ。いや万に一つの奇跡である事は間違い無いでしょうね」
「…そう、ですか」
「ただ、万に一つの奇跡だろうと現実に起きた事です。この奇跡を足掛かりにして、鬼にされた人間を元に戻す方法が見つかるかもしれない。昔、ある人が言っていました『可能性が0ではないのなら、それはやれると言う事だ』とね」
「可能性が0ではないのなら、それはやれると言う事………」
俺の言葉を呟く玄弥君。それから沈黙が続くことジャスト10秒。
「…不安に思う気持ちはあります。でも、万に一つの可能性を信じてみたいです」
「俺も『離』でお世話になります。よろしく、お願いします」
玄弥君も『離』で俺達と共にやっていく道を選択してくれた。
「わかりました。君達の選択を私は最大限尊重します。では改めて…ようこそ『離』へ! 君達を歓迎します!!」
こうして『離』は俺、東雲麟矢と、竈門炭治郎、竈門禰豆子、我妻善逸、不死川玄弥の5名で活動していく事が決定したのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
※大正コソコソ噂話※
善逸君と玄弥君を加えた総勢5人で活動していく事が決定した特別遊撃班『離』。
本当はもう1人、『彼女』を麟矢はスカウトしていました。
しかしながら、彼女に関しては師匠筋にあたる人物が反対した為、麟矢も断念しています。
ですが、今後の状況次第では彼女も『離』に参加するかもしれません。