少し短いですが、お楽しみいただければ幸いです。
善逸視点
『離』の一員となることが正式に決まった次の日。俺は麟矢さん、炭治郎、そして禰豆子ちゃんと一緒に『離』としての初任務へ出発した。
玄弥は同行していない。執事の後峠さんから指導を受けて、筋交として必要な…銃の技術を学ぶそうだ。
あの後峠さん…容易く俺や玄弥の背後を取った動きといい、鍛えられた体といい、とても只の執事には見えない。銃の扱いを教えられると言うなら尚更だ。執事になる前は、一体何をしていたんだろうか?
「そろそろお昼ですね。あの樫の木、その下で休憩にしましょうか」
丁度休憩の時間だ。うん、それとなく麟矢さんに聞いてみよう。と思っていたんだけど…
「炭治郎君。残念ですが私は今から君を叱らなくてはなりません」
炭治郎!? お前、何やらかしたんだよぉ!?
炭治郎視点
「炭治郎君。残念ですが私は今から君を叱らなくてはなりません」
禰豆子を入れた背負い箱を下ろした途端、麟矢さんからかけられたその言葉に、俺は驚きを隠せなかった。全く心当たりは無いけど、何か麟矢さんの機嫌を損ねるようなことをしてしまったのだろうか?
「わからないと言う顔をしていますね。では、教えてあげましょう…炭治郎君。君、怪我してますね。左足と…おそらく
「ッ!?」
麟矢さんの言葉に思わず息を呑む。気付かれていたのか…。
「上手く誤魔化していましたけど、歩く時の体重移動に僅かですがブレがありますし、呼吸のリズムにも若干の乱れがある。重度の打撲…いや、亀裂骨折ですね?」
「………はい」
麟矢さんの指摘、そして笑顔の裏に隠された静かな怒りを感じ取った俺は、誤魔化すのをやめて正直に頷く。
「状態から見て…浅草で鬼と戦った時の負傷」
「…そこまで、わかるんですか?」
「えぇ、君の鎹鴉、天王寺松衛門君からある程度の事は聞いていますから。だからこそ、昨日の内に話してほしかった。何度か尋ねましたよね?
「す、すみません! その、我慢出来ないほどの痛みじゃなかったので…」
「昔の鬼殺隊の様に、単独で任務を行っているのならば、怪我を押して任務に臨む必要もあったでしょう。ですが、今は違います。我々はチーム…班で動いているのですから、報連相はキチンとしてください」
「ほうれんそう…ですか?」
「報告・連絡・相談、略して報連相です」
聞き慣れないほうれんそうという言葉。首を傾げた俺に、麟矢さんは嫌な顔一つせずに説明をしてくれた。そして―
「例えばの話。炭治郎君が怪我をしていることを知らずに、私が作戦を考えたとします。そして、いざ作戦実行の時になって、炭治郎君が怪我の痛みで動けなくなったら、どうしますか?」
「そ、それは…」
「作戦開始前ならまだ修正が利くかもしれません。でも、作戦が始まってからそんなことになったら、どんな結果を招くか…言うまでもないでしょう?」
麟矢さんの淡々とした口調で、俺は最悪の状況を想像してしまい、背筋が寒くなる。
「で、でも! 俺は長男です! 長男だから我慢出来ます! 我慢してみせます! 次男だったら我慢出来ないかも知れないけど!」
「………そうですか。炭治郎君」
「はい!」
「せいっ!」
「痛っ!」
目にも止まらない速さで叩き込まれた手刀。脳天から爪先へ向かって走る鋭い痛みに思わず声が出る。なんで…叩かれたんだ?
「君は…何、馬鹿なことを言っているんですか?」
「ば、馬鹿っ!?」
「たしかに我慢を必要とする時は存在しますし、些細な怪我で針小棒大に騒がれるのは、迷惑極まりない。でも、
「自己…満足……」
「実際問題。僅かではありますが、君の動きは怪我の影響を受けていた。鬼との戦いではその僅かな影響が命取りになりかねないこと。知らないとは言わせませんよ」
「………」
麟矢さんの容赦ない物言いに、俺は何も言えなくなる。
「ついでにもう一つ。長男だから云々という物言いは、これから避けた方が良いですよ」
麟矢さんの指摘は続く。
「鬼殺隊には長男でない隊士も大勢います。そんな隊士達がさっきの理屈を聞いたら、どう考えると思いますか?」
「え、そ、それは…」
「全てでは無いにせよ、幾らかの隊士はこう考えるでしょう。『アイツは長男である自分を特別だと考えて、長男ではない自分達を馬鹿にしているのか』とね」
「そんな! 俺はそんなこと、ただの一度も考えていません!」
「勘違いしないでください。これは、炭治郎君自身がどう思っているかは、一切関係ない。相手の側がどう思うかという事です」
「………」
「もちろん、炭治郎君のことを少しでも知っている者なら、炭治郎君がそんなことを考えない人間だとわかります。でも、鬼殺隊の隊士はまだ殆どが炭治郎君と面識が無い」
「それに炭治郎君は、禰豆子ちゃんの件で少々危うい立場にいます。余計な敵を増やすような真似は慎んだ方が良いでしょう。不本意かも知れませんが、炭治郎君だけでなく、禰豆子ちゃんを守る為だと考えてください」
「………わかりました。気を付けます」
禰豆子を守る為。敢えて厳しい物言いで叱ってくれた麟矢さんに、俺は深々と頭を下げた。
「はい、ではお説教はここまで。お昼ご飯にしましょう。善逸君も待たせてしまいましたね」
「い、いえいえ! 全然気にしてないです!」
いつもの柔らかい雰囲気に戻った麟矢さん、そして善逸と一緒に俺は木陰に座り―
「はい、今日のお弁当は3種の変わりおにぎりです。炭治郎君は食後に服用する痛み止めも渡しておきますね」
麟矢さんが背嚢から取り出した竹の皮の包みを受け取った。
麟矢視点
「はい、今日のお弁当は3種の洋風おにぎりです」
そう言いながら、炭治郎君と善逸君に竹の皮の包みを渡していく。ビストロド東雲の新メニュー候補として、来月の試食会に出す予定の変わりおにぎり。喜んでくれると良いのだが。
「簡単に説明しますね。右からオムライスおにぎり、ツナマヨのベーコン巻きおにぎり、そしてドライカレーおにぎりです」
「なるほど…全然わかりません!」
俺の説明に対し、キッパリとそう返してくる炭治郎君。うん、こういう真っすぐな所が彼の美点だよな。
「まぁ、百聞は一見に如かず。とにかく食べてみてください」
「はい! いただきます!」
「いただきます!」
善逸視点
「「ごちそうさまでした!」」
麟矢さんが昼食に用意してくれた3種の変わりおにぎり。どれも凄く美味しかった!
「お粗末様でした。この洋風おにぎりは店で出す予定なんですが…売れると思いますか?」
「はい! この味なら絶対売れると思います!」
「俺も同感です! 禰豆子を人間に戻したら、食べさせてやりたい物がまた増えました!」
俺に続いて、炭治郎も麟矢さんの問いかけに肯定的な返事を返す。
「それは何より。さぁ、目的地まであと2里もありません。日没までに勝負をつけますよ」
「「はい!」」
美味い昼食のおかげで、気力は充実。麟矢さんや炭治郎、禰豆子ちゃんも一緒だし、やってやるぞ!
歩くこと半刻。目的地である山奥の屋敷に辿り着いた訳だけど…
「炭治郎君、善逸君。何か異常は感じますか?」
「血の、臭いがします…でも、この臭いは、ちょっと今まで嗅いだことのない臭いです」
「何か…わからないけど、微かに音が聞こえます。楽器、みたいな…」
麟矢さんの指示で、屋敷へ耳を澄ましてみると、微かだけど明らかに普通の楽器とは違う音が聞こえてくる。これは…なんだか、嫌な予感がしてきたぞ…
「血の臭いに、謎の音…これは十分に警戒しておく必要がありますね。
「「えっ!?」」
麟矢さんの声に俺と炭治郎が周囲を見回すと、左に八間*1程離れた木陰から兄妹らしき2人組が姿を現した。
しまった…屋敷に気を取られ過ぎて、あの2人を察知出来なかった…。
心の中でそう反省する俺を尻目に、麟矢さんは2人に近づいていき―
「こんにちは。2人とも、こんな所で何をしているんですか?」
優しく問いかけた。だけど、2人は震えながら後退るだけで何も喋ろうとしない。かなり怯えているみたいだ。
すると麟矢さんは2人の前に膝を突き、近くに落ちていた手頃な大きさの石を何個か掴むと―
「よっ!」
まるでお手玉のように投げては取ってを繰り返し始めた。6つ…いや7つの石が麟矢さんの手でまるで生きている様に操られる妙技。それを見て、こちらへの警戒感が薄れたのか、2人はその場にへたり込む。
「何かあったのかな? あの屋敷は、君達の家かい?」
石を地面に転がした麟矢さんは、そんな2人を安心させる様に肩を優しく叩きながらそう問いかけるけど…
「ちがう…ちがう…」
「ばっ…化け物の、家だ…」
兄である男の子は、泣くのを必死に堪えながらそう答えた。
「兄ちゃんが連れてかれた。夜道を歩いてたら、俺たちには目もくれないで、兄ちゃんだけ…」
「あの家の中に入ったんだね?」
「うん…うん…」
「2人で後をつけたんだね。よく頑張った。偉いぞ」
「……うぅ…兄ちゃんの血の痕を辿ったんだ。怪我したから…」
「大丈夫。私達が悪い奴を倒して、お兄ちゃんを助けてくる」
「ほんと? ほんとに?」
「えぇ、本当です」
2人に安心させる為、優しく語り掛ける麟矢さん。俺の耳が異常を察知したのはその時だ。
「り、麟矢さん! 何だか、気持ち悪い音が! ずっと聞こえてます! これ…鼓か!?」
「善逸君! 炭治郎君! いつでも飛び出せる状態で屋敷を警戒! 何か飛び出してくるかもしれません!」
「は、はいっ!」
麟矢さんの指示に、俺も炭治郎もいつでも飛び出せる体勢を取る。それから10も数えない内に、一際大きな鼓の音が聞こえ、
「俺が受け止める!」
一番近い位置にいた炭治郎が声と共に飛び出し、俺と麟矢さんも補助に回る為に動き出す。そして―
「っとぉ!」
炭治郎が受け止め、麟矢さんと俺が炭治郎の体を支えることで、無事に落ちてきた男の人を地面に寝かせることが出来た。
「大丈夫ですか!? 私の声が聞こえますか?」
「出られ…た……やっと…あ、あ…出られた、外に……死に、たく…ない…死にたく…」
麟矢さんの声に、男の人は譫言の様にそう呟き、意識を失った。鼓動の音はまだ聞こえるけど、このままだと…
「グォオオオオ!!」
そこに聞こえてくる怒りの咆哮と鼓の音。間違いない、屋敷の中に鬼がいる!
「君達、この人は君達のお兄ちゃんかい?」
「に、兄ちゃんじゃない…兄ちゃんは柿色の着物着てる……」
炭治郎の問いかけに、震えながら答える男の子。そうか、この子達のお兄ちゃんはまだ屋敷の中か.
「…ここでは、応急処置にも限界があります。 可能な限り急いで麓の町にいるお医者様に見せないといけませんね」
男の人に可能な限りの応急処置を施し、少しの間考えこむ麟矢さん。
「私がこの人を麓まで連れて行きます。善逸君、炭治郎君。この場を任せても構いませんか?」
「はい! 大丈夫です!」
「が、頑張ります」
麟矢さんの言葉に力強く答える炭治郎。俺はそこまで自信を持って答えられないけど…それでも全力は尽くすよ。
炭治郎視点
「この人をお医者さんに預けたら、すぐに戻ります。2人とも決して無理はせず。攫われた人を助ける事、そして生き残る事を最優先に立ち回ってください」
「「はい!」」
そう言い残し、走り出す麟矢さん。男の人を背負っているにも拘らず。の速度はかなりのものだ。あれなら麓まで一刻もかからないだろう。
俺は背負い箱を地面に下ろし―
「もしもの時のために、この箱を置いていく。何かあっても2人を守ってくれるから」
兄妹にそう言い残して、善逸と共に屋敷へと足を踏み入れる。
攫われた人を助け出し、自分達も生き残る! 麟矢さんから課せられた任務。必ず果たしてみせる!
最後までお読みいただきありがとうございました。
※大正コソコソ噂話※
現在後峠さんから銃の扱いを学んでいる玄弥君。彼が使用する事になる自動拳銃『FN ブローニングM1910』とライフル『マウザー Gewehr98』は共に、東雲商会があるツテを使って輸入したものです。
玄弥君に与えた物も含めて10挺ずつ購入しており、残りは予備として保管されたり、修理用のパーツ取りとして分解された他、何挺かは今後の為にある場所へ研究用に送られています。