今回、麟矢が産屋敷邸を訪問して、ヒロインと顔を合わせます。
お楽しみいただければ幸いです。
なお、お見合いの描写は多分に想像が入っているため、実際のものとは大きく異なりますことをご容赦ください。
麟矢視点
俺、東雲麟矢を一言で表現するなら、
前世は男子大学生。箱根駅伝の常連として有名な某大学で経営学を学び、卒業後は保険会社への就職も決まっていた。
だが、卒業式の翌日不慮の事故に遭い…気が付くと、何も無い空間に立っていて―
「この度は部下の不手際によって、大変なご迷惑をおかけしました!」
「申し訳ありませんでした!」
スーツを着た年配の男性と若い男性が2人揃って俺に土下座していた。そして始まる年配の男性による状況説明。
それによると2人は死神で、上司と部下の関係。部下である若い
事故の直後別人である事に気付いたが後の祭り。死体は損傷が激しく蘇生も不可能という事で…
「お詫びにもなりませんが、貴方を前世の記憶や知識を持ったままの状態で転生させていただきます」
「それから些少ではありますが、転生特典も付与させていただきます」
俺は東雲家の長男、麟矢として2度目の人生を歩むこととなった。
転生先が明治時代末期の日本で、令和に比べて刺激が少ないのが難点だけど、両親は美男美女だし、富豪の家に生まれたから生活は裕福そのもの。
前世の記憶が残っているから、勉強だってイージーモードの一言だ。まぁ、うっかり
とにかく、今は前世の知識を活かして
「というわけでな。私は事ある毎に父親を早くに亡くした
おっと、考え事をしている間に父さんの話が一段落つきそうだ。
「なるほど…そうやっている内に、お互いの子どもを結婚させようという話になった訳ですね?」
「うむ。6年前、耀哉とあまねさんの間に5つ子が産まれ…そのお祝いを持参した際に、そういう話になった」
父さんの話に頷きつつ、これまでに得た情報を頭の中で整理していく。
1つ…18年前、父さんとお祖父さんは夜会からの帰り道に、人食いの化け物『鬼』に襲われた。幸運にも当時の鬼殺隊が救援に駆け付けた為、お祖父さんが右足に重傷を負ったものの、2人とも命は助かった。
2つ…足に重傷を負った影響でお祖父さんは杖が手放せない体となり、父さんが当初の予定を前倒しする形で東雲家当主となる。同時に、母さんとの結婚も予定より早くなった。
3つ…父さんが東雲家当主になると同時に、東雲家は鬼殺隊への援助を開始。それとは別に、父さんは鬼殺隊当主である
4つ…6年前、産屋敷耀哉氏に5人の子どもが産まれ…長女であるひなき嬢と俺が許婚となる事が決まった。
5つ…今度の週末、産屋敷邸にて俺とひなき嬢がお見合いを行う事となっている。なお、実際に籍を入れるのは、ひなき嬢が16歳になってからであり、今回の見合いはあくまでも両者の顔合わせが目的らしい。
とりあえず重要なのはこの5点だな。
「それにしても麟矢…鬼だ、鬼殺隊だなどと話した訳だが…嘘だと思わないのか?」
「そうですね…父上は基本噓をつかない方ですし、何らかの事情で噓を吐くにしても、もう少し現実的な嘘を吐くと思います。そう考えると…事実と考えた方が辻褄が合う。そう判断しました」
「そうか…本当に聡明な子だよ。お前は」
そう言って静かに笑う父さんに俺は頭を下げ、部屋を後にする。さて、当日までに色々と準備をしないとな。
時間はあっという間に流れ、お見合い当日。スーツに身を包んだ俺は父さんと主に馬車に乗り込み産屋敷邸へと出発したわけだが…30分ほど馬車に揺られ、降りた場所は見渡す限り畑、畑、畑。
「父上、ここはどう見ても畑ですよね?」
原作を知っている身としては、何故こんな場所で止まったのか、その理由を理解している。だが、今は何も知らない体を装わないとな。
「あぁ、間もなく迎えが来る手筈に…来たようだ」
父さんの声と指差す方を見てみれば、この時代ではすっかり珍しくなった駕籠*2が2挺こちらへ近づいてきていた。
駕籠を担いでいるのは、黒子のような装束を身に纏った4人の男性。『
「東雲辰郎様、麟矢様でいらっしゃいますね。主、産屋敷耀哉の命により、お迎えに参上いたしました」
「うむ、苦労をかけるがよろしく頼む」
そう言って、駕籠の1挺に乗り込む父さん。俺も一礼しながらもう1挺に乗り込み、渡された目隠しと耳栓をしっかりと装着。
途中担ぎ手の交代を挟みつつ。2時間ほど駕籠に揺られ…遂に産屋敷邸に到着した。
「おぉ…」
産屋敷邸の圧倒的な佇まいに、思わず声が漏れる。原作漫画やアニメでその大きさはわかっていたつもりだったが、こうして実物を見ると…改めてその凄さに圧倒されるな。
「産屋敷家は平安時代から続く、公家の末裔でな。政府や公安機関に対しても一定の権限を持っている」
「それは、凄いですね」
父さんとそんな事を話しながら門を潜り、入り口へ向かうと―
「お待ちしておりました、辰郎様。お久しぶりでございます。先日の子ども達の誕生日には、過分なお祝いを頂き、厚く御礼申し上げます」
「いやいや、あまねさんもお元気そうで何よりだ」
「麟矢様。産屋敷耀哉の妻、あまねと申します。本来ならば、産屋敷自身がお出迎えしなければならないのですが、病の為妻の私が代理を務めさせていただきます。無礼の段、平にご容赦ください」
「いえ、父より粗方の事情は聞かされております。どうか、お気になさらず」
あまねさんとそんな挨拶を交わし、いざ屋敷の中へ。埃の1つも落ちていないほど掃除の行き届いた邸内を進み―
「東雲達郎様、麟矢様をお連れしました」
俺と父さんは、産屋敷耀哉さん…いや、産屋敷耀哉様と対面した。
「辰郎さん、暫くです。そして麟矢君、はじめまして。私が産屋敷家97代当主の耀哉だ。このような体なもので、出迎えにも出られなかった事、どうか許してくれたまえ」
「いえ、先程奥様にも申しましたが、父より粗方の事情は聞かされております。どうか、お気になさらず」
「ありがとう。辰郎さんに聞かされていた通り、聡明な子だね」
「恐縮です」
耀哉様とそんな会話を交わしながら、今日の
「お待たせしました」
あまねさんの声と共に障子が開き、もう1人の主役が姿を現した。
「来たね、ひなき。さぁ、辰郎さんと麟矢君に挨拶を」
「はい、お父様」
耀哉さんにそう促されたひなきちゃんは、その場で正座し―
「辰郎おじ様、お久しぶりでございます。麟矢様、お初にお目にかかります。産屋敷耀哉の長女、ひなきと申します」
実に美しい所作で挨拶をしてくれた。
「ひなきちゃん、大きくなったねぇ。最後に会ったのは…」
「ひなきが5歳になる少し前だから、もう1年以上前になるね」
それにしても…うん、美少女だ。わかっていたことだけど、こうやって間近で見て再認識したよ。
あと10年、いや8年もしたら通り過ぎた誰もが振り向くような美人に成長するだろう。そんな事を考えながら当たり障りのない会話をしていると…
「さて、そろそろお邪魔虫は退散するとするかな」
「あとは若い2人で。という奴だな」
いきなり父さんと耀哉様がそんな事を言ったかと思うと、隣の部屋で控えていたあまねさんが入室。耀哉様が立ち上がるのを介助し、父さんと3人でそのまま部屋を出て行ってしまった。
「え…これって…」
思わぬ形で2人っきりとなり、俺とひなきちゃんは互いを見つめあう。あとは若い2人でと言われても…ねぇ?
だが、このままだんまりという訳にもいくまい。ここは男の俺が率先して動かなければ!
「えーと、ひなきさん」
「はい?」
「甘い物はお好きですか?」
「…大好き、です」
「それは良かった。実は今日
そう言い残して席を立った俺は、2つ隣の部屋で談笑していた
ひなき視点
「お待たせしました」
席を立たれて数分…多分5分と経っていない内に麟矢様は戻ってこられました。その手にはお盆を持たれていて―
「あぁ、大丈夫ですよ。ひなきさんは座っていてください」
お手伝いする為立ち上がろうとした私を手で制し、麟矢様が差し出してくださった洋食器の皿には、扇形に切られた見たことの無い洋菓子が乗っていました。これは…
「これはミルクレープという洋菓子です」
「ミルクレープ…」
「ミルは
初めて見る
「耀哉様やあまねさん、それから弟妹さん達の分は切り分けて渡していますから、遠慮なく食べてください」
「はい、頂戴いたします」
麟矢様に促され、私はミルクレープに洋菓子用の小ぶりなフォークを伸ばし、一口分だけ切り取るとゆっくりと口に運び―
「ッ!」
その美味しさに声が出ないほど驚いてしまいました。
「美味しかったですか?」
そして、気が付いたら皿の上のミルクレープが無くなっていた事にも…まさか、全部食べたことにも気付かないほど夢中になって…はしたないところを見られてしまいました。だけど…
「すごく、美味しかったです」
「それはよかった。もう一切れありますが…食べますか?」
「………はい」
どうしてでしょう。なんだか胸のあたりがポカポカします。
耀哉視点
「うん、これは実に美味しいな。ねぇ、あまね」
「はい、洋菓子はあまり食べ慣れていませんが、これはどこか和を感じる味で食べやすいですね」
「麟矢が言うには、和三盆と黄粉を加えたクリームで和を感じる優しい味わいを演出した上で、刻んだ桜の塩漬けを混ぜ、味を締めているそうだ」
麟矢君が切り分けてくれたミルクレープを食べながら、私は久しぶりに会う
「それにしても辰郎さん。彼、麟矢君は聞きしに勝る俊英のようだね」
「当然だ。あの子は文字通りの麒麟児。俺など足元にも及ばんほどの才能を秘めている…だから、必ずお前の大きな助けになる筈だ」
「本当に、良いのかい? 彼を…戦いに巻き込んでしまって」
「親として心配だという気持ちはもちろんある。だが、それ以上にあの子ならやってくれるという期待の方が強いな」
「これは…随分と親馬鹿になったものだね」
「かもしれんな」
互いに笑いながらミルクレープ、その最後の一口を口へ運ぶ。この頃熱っぽくて食欲があまり湧かなかったが、完食出来た。
そっと様子を見に行ったあまねが言うには、麟矢君とひなきも上手く打ち解けてきているようだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。