お楽しみいただければ幸いです。
麟矢視点
さて、藤の花の家紋の家へ辿り着いた俺達を―
「夜分に申し訳ありません。我々は鬼殺隊の者です。突然ではありますが、私達4名休息を取らせていただいても宜しいでしょうか?」
「鬼狩り様でございますね。お疲れ様でございます。さぁ、どうぞ…」
屋敷の管理を任されているお婆さんは温かく迎え入れてくれた。
それにしても、このお婆さん。たしかひささんという名前だったと記憶しているが…この広い屋敷を1人で管理しているとは、おっとりとした見た目に反して、かなりのやり手だな。
「すぐにお食事を用意いたします。出来上がるまでの間、お風呂など如何でしょうか? まもなく湯が沸きますので」
「それはありがたい。お風呂頂かせていただきます」
鬼の討伐だけでなく、犠牲者の埋葬も行って全員汗だくだからな。食事の前に汗を流せるのはありがたい。
「それでは、準備をしてまいります」
「お願いします」
俺は準備に向かうひささんに一礼し―
「それじゃあ炭治郎君、善逸君、伊之助君。準備が出来たら、先にお風呂を頂いてきなさい」
炭治郎君達へ先に入浴するように促す。
「え…でも、こういう時って、階級が一番上の人が一番風呂なんじゃ…」
「あぁ、私はそう言う事気にしませんから。それに、色々と済ませておきたい事がありますからね。先に入ってもらった方がありがたいんです」
「そ、そういう事なら…先に入らせてもらいます」
「ごゆっくり」
風呂へと向かう炭治郎君達を見送った俺は、用意された部屋へと向かい、万年筆と便箋を用意。
「まずは耀哉様への報告書っと」
耀哉様宛に、今回の任務の詳細を記した手紙を認めていく。
「それじゃあ、モーリアン。頼みましたよ」
「カァァァ、オ任セクダサイ。カァァァ」
約20分後。便箋を入れ、蝋で封をした封筒を託したモーリアンが飛び去るのを見送った俺は、背嚢の中から原稿用紙の束を取り出し、目を通していく。
この原稿用紙はあの屋敷にあったもの。そう、鼓の鬼こと元下弦の陸、響凱が執筆していた伝奇小説だ。
原作では知人男性から―
-美しさも儚さも凄みもない 全てにおいてゴミのようだ-
-紙と万年筆のムダだから、もう書くのはよしたらどうだ-
等と酷評されていた代物だが…
「……悪くない。というか、平成の終わりか令和の世に出ていたら、評価されていたかもしれないな…」
響凱の執筆していた伝奇小説は、所謂
書かれていたのは言わば第1章の部分で、主人公が最初に出来た仲間と旅を開始したところまでだったが、なかなか面白く読むことが出来た。
たしかに、少々説明文が多かったり、登場人物の言い回しに違和感を感じる部分があったが、それを気にさせないほど物語そのものに力があった。
この作品を酷評したという響凱の知人男性は、おそらく純文学以外の物語を一切認めない…少しばかり視野の狭い人間だったのだろう。
それが知人男性にとっても、響凱にとっても大きな不幸だったことは…言うまでもあるまい。
「今すぐには無理でも将来、多くの人の目に触れるようにしても良いかもしれないな」
そんな事を考えながら、原稿用紙の束を背嚢の中へ戻していると―
「麟矢さん、お風呂お先に頂きました!」
炭治郎君達がお風呂から上がってきた。さて、俺も風呂に入ってくるとしますか。
炭治郎視点
「なんだよ! 風呂って水浴びのことか!」
浴室へ入ると同時に響く伊之助の声。そうか、伊之助は風呂に入った事が無いのか…。そんな事を思ったのも束の間。
「伊之助! 風呂へ入る前に体を洗うんだ!」
掛け湯をせずに湯船へ入ろうとする伊之助を慌てて止める。
「あぁ? こん中で洗えば良いじゃねぇか!」
「それじゃあ、湯船の中のお湯が汚れちゃうだろ? 後から麟矢さんやあのお婆さんも入るんだから、その人達のことも考えないと」
「そ、そうだぞ。せっかく麟矢さんが譲ってくれたんだから、その辺りのことは考えなきゃ」
「………ちっ、面倒くせぇ」
俺と善逸に諭された伊之助は、渋々といった感じで掛け湯を始め―
「何だよこれっ!? 水なのにあったけぇ!」
温かいお湯に驚いていた。
「お湯なんだから温かくて当然だろ?」
「善逸、伊之助はきっとお湯も初めてなんだよ」
それを見た俺と善逸も掛け湯を行ってから、体を洗っていく。
「ほら、伊之助」
「…なんだ、これ?」
「石鹼だよ。汚れが簡単に落ちるから使ってみたら良い」
「うぉっ!? なんだこれ、泡がどんどん…面白れえじゃねぇか!」
「ちょっ、泡まみれで動くなよぉ!?」
今度は初めて使う石鹸を面白がる伊之助。他の生き物との力比べが唯一の楽しみと聞いた時は、正直少し不安だったけど…何とか上手くやっていけそうだ。
麟矢視点
「ふぅ…」
入浴と夕食を終え、用意された布団に横たわった俺は、今後の事について考えを巡らせていく。
確か原作だと、3人とも
骨折が癒えた頃、緊急の指令が入って那田蜘蛛山へ向かっていた。
そして那田蜘蛛山で3人を待っているのは、下弦の伍である累であり、その後に起きるのは柱合裁判だ。
「……今のままの3人では少々不安だな」
俺の介入で、炭治郎君と善逸君は原作の同時期よりも強くなっているが、それでも
伊之助君と玄弥君を含む4人には、可能な限り強くなってもらわないといけないな。
「そうなると…後峠さんの力を借りるとするか」
俺は布団から起き上がり、手紙を認めていく。モーリアンには悪いが、もうひと働きしてもらおう。
翌朝。朝食を済ませ、身支度を整えた俺達は―
「では、行きます。お世話になりました」
ひささんに見送られ、屋敷を後にした。
「では、切り火を…」
その際、ひささんが俺達の無事を祈り、切り火を行ってくれたのだが…
「何すんだババァ!!」
伊之助君が激高した為、すぐに彼をひささんから引き離す羽目になってしまった。
「どのような時でも誇り高く生きてくださいませ。ご武運を…」
伊之助視点
「誇り高く? ご武運? どういう意味だ?」
あのババアが言っていた言葉。その意味が全然わからねぇ…だから、前を歩く奴らに聞いてみたんだが…
「そうだな…改めて聞かれると難しいな…誇り高く………」
「自分の立場をきちんと理解して、その立場であることが恥ずかしくないように正しく振舞うこと…かな」
「それからお婆さんは、俺達の無事を祈ってくれてるんだよ」
権八郎の説明を聞いても、よくわからねぇ…それどころか―
「その立場って何だ? 恥ずかしくないって、どういうことだ?」
わからねぇことがどんどん増えていく。
「それは…」
「正しい振る舞いって、具体的にどうするんだ? なんでババアが俺達の無事祈るんだよ」
「……だから、それは」
「何も関係ないババアなのに何でだよ? ババアは立場を理解してねぇだろ?」
権八郎にわからねぇことをぶつけていると―
「とりあえず今確実に言えることは、相手の言葉を遮って矢継ぎ早に疑問をぶつけるのは、正しい振る舞いではないということですね」
欣也の奴にそう言われちまった!
「炭治郎君は君の疑問に対して、誠実に答えようとしていましたよ。解らないことを知ろうとするのは大切なことですが、人の話をキチンと最後まで聞くのも大切なことです」
「………ゴメンネ。権八郎」
「だ、大丈夫だ、伊之助。俺は気にしてないから! それから、俺は炭治郎だ」
そう言って説明を続けていく権八郎。ちくしょう…なんだか、ホワホワしてきやがる!
善逸視点
正午まであと1時間を切った頃。道中何事も無く、麟矢さんの家へと戻って来る事が出来た俺達は、そのまま各自の部屋に向かう…なんてことはせず、庭の一角に作られている鍛練場へと向かっていた。
玄弥に伊之助を紹介する為…って麟矢さんは言っていたけど、何だかそれだけじゃないような気がするんだよなぁ…。
内心でそんなことを考えながら鍛練場に入ると―
「あ、お帰りなさい! 麟矢さん! 炭治郎に善逸…も……」
玄弥が俺達を迎えてくれた。でも、俺達の後ろに立っている伊之助には戸惑っているみたいだ。うん、気持ちはわかるよ。
「玄弥君、彼は嘴平伊之助君。君達と同じ最終選別を生き残った5人のうちの1人です」
「は、はぁ…」
「伊之助君、彼は不死川玄弥君。これから同じチーム…班の仲間になるので、仲良くしてくださいね」
「みみずがわ銀太だな!」
「誰がみみずがわだ! 俺は不死川! 不死川玄弥だ!」
「あぁ? 似たようなもんじゃねえか!」
「全然違うわ!」
案の定揉めだす玄弥と伊之助。炭治郎と一緒に止めに入ろうとしたその時―
「ッ!?」
突然振り返る伊之助。数泊遅れて俺達も振り返ると、3歩後ろに後峠さんが立っていた。この距離まで近づかれても気付けなかった…。
「ほぅ、私の接近に気付くとは、単なる変人ではないようですね」
穏やかな笑みを絶やさないまま、伊之助の全身を値踏みするように見ている後峠さん。なんだ…いつもの後峠さんとは、何かが決定的に違う!
「伊之助君、彼は執事の後峠さん。今から…彼と戦ってもらいます」
えぇっ! 麟矢さん、いきなり何を!?
「言っておきますが、後峠さんは
「こ、子分!?」
いやいやいや、麟矢さん! 本気で言ってるんですか!?
「…嘘じゃねぇな! ひななめ欣也!」
「えぇ、嘘じゃありませんよ」
麟矢さんの肯定する声を聞いた途端、鼻息が荒くなる伊之助。これ、どうなるんだ?
伊之助視点
そとかげというジジイと向き合いながら、俺は構える。刀は使わないように言われたが、あとは何をしても構わない。
だったら俺があんなジジイに負けるわけがねぇ!
「それでは、始めの合図だけ言わせてもらいますね」
ひななめ欣也がそう言って、ゆっくりと手を上げていく。
「麟矢様。お手数ですが、開始から3分経過したら教えていただけますか?」
「わかりました」
「伊之助様。私は3分の間、一切攻撃も反撃もいたしません。お好きなように攻撃なさってください」
「なっ…」
好きなように攻撃しろ、だと!?
「…本気でやるぞ。いいんだな?」
「えぇ、ご自由に」
馬鹿にしやがって!
「それでは…始め!」
ひななめ欣也の合図と共に、俺はジジイとの間合いを詰め―
「カァァァッ…」
「……ふむ、遠慮の欠片もない。実に見事な一撃です」
「な…」
効いて…ねぇ? いや、そんな訳はねぇ! やせ我慢しているだけだ!
「カァァァァァッ!」
俺は手当たり次第にジジイを殴り、蹴っていく。猪だって、熊だって俺の攻撃で倒れたんだ。こんなジジイを倒せねぇ訳がねぇ!
「人並外れた関節の柔軟性と、的確に相手の急所を見抜く鋭い感覚。そして、四足獣を彷彿とさせる低い軌道の攻撃。伊達に山の王を自称してはいないということですね」
顔面を思いっきりぶん殴っている筈なのに、平然と喋るジジイ。何なんだ…何なんだよ! このジジイは!
「後峠さん、3分経ちました」
「かしこまりました。伊之助様、これより先は私も…攻撃させていただきます」
「ッ!?」
その瞬間感じたのは、全身の汗が一瞬で引く程の殺気。俺は咄嗟に、強い殺気を感じ取った方向へ防御を固める。
「なっ…」
だけど、攻撃が来たのは殺気とは別の方向。それも無防備だった頬を打たれるまで、まったく気付けなかった。ど、どうなってんだ…
「ボヤボヤしている暇はありませんよ?」
「ッ!?」
なおも感じる殺気に、もう一度防御を固めるが…攻撃を受けるのは防御していない部分ばかり…わ、訳がわからねぇ…
玄弥視点
「そこまで!」
攻守が逆転して暫く…多分伊之助が攻撃していたのと同じくらいの時間が経った頃、麟矢さんの声が響き、後峠さんは攻撃の手を止めた。
「………」
それと同時に伊之助は膝から崩れ落ち…ひっくり返ると、大の字になって伸びてしまった。
「い、伊之助!」
「だ、大丈夫か!?」
慌てて伊之助に駆け寄り、介抱する炭治郎と善逸。
「ご安心ください。力加減は軽めにしておきましたので、すぐに目を覚ますでしょう」
一方、いつもの柔らかい物腰に戻った後峠さんは、そう言って水を汲みに行ってしまった。そして―
「うぉっ!?」
後峠さんが水を入れた桶を手に戻って来るのとほぼ同時に、伊之助は飛び起きた。
「伊之助、大丈夫か?」
「滅茶苦茶殴られていた割には、元気だな…凄い体力」
一見元気そうな伊之助に、安堵した様子の炭治郎と善逸。だけど、当の伊之助本人は―
「負けた…のか」
後峠さんに負けたことが信じられないのか、酷く落ち込んでいた。俺も炭治郎達もどう声をかけてやるべきかわからずにいると…
「伊之助君。これでわかったでしょう? 自分がまだまだ弱いということが」
麟矢さんが静かに口を開いた。
「お、俺は弱くなんかねぇ!」
「私にも後峠さんにも、手も足も出ず負けたのはどこの誰ですか! 現実を認めないのは、何よりも見苦しいことだと理解しなさい!」
「ッ……」
精一杯の反論も一瞬で潰され、黙り込む伊之助。麟矢さんは尚も話し続ける。
「伊之助君。猪や熊に勝った君は、たしかに山の王かもしれない。でも、その強さは、君が暮らしていた山の中という狭い世界でしか通用しない。言うなれば偽りの強さです」
「はっきり言いましょう。その程度の強さなら鬼殺隊にも鬼にも大勢います。そして更に上の強さを持つ者達もね」
「藤襲山に閉じ込められていた鬼や、これまでに討伐した雑魚鬼で、鬼の強さを測っているようでは、いつか本物に遭遇した時…成す術なく殺されますよ」
「………」
無言で項垂れる伊之助。俺達もただ黙り込むばかり…麟矢さんはそんな俺達に優しく微笑み―
「炭治郎君、善逸君、伊之助君、玄弥君。私は君達4人の将来性を高く評価しています。経験を積み重ねていけば、至高の領域に足を踏み入れることも夢ではないでしょう」
「だからこそ、君達には現状に満足してほしくない。今の自分はまだまだ弱いということを自覚して、鍛錬に励んでほしいんです」
「君達が努力することを止めない限り、私は援助を惜しみません」
そう言ってくれた。俺と炭治郎と善逸は大きく頷き…伊之助も少し遅れて頷いた。
「次の任務まで、暫くの間猶予を貰いました。その猶予期間の間に…全員最低でも今の倍は強くなってもらいます」
爽やかに笑いながら、無茶苦茶なことを言ってきた麟矢さん。だけど…やるしかないよな!
善逸視点
「麟矢さん」
鍛練場から屋敷へと戻る際、俺は前から聞こう聞こうと思っていたことを、麟矢さんへと問うことにした。
「どうしました? 善逸君」
「あの、前から聞こう聞こうと思っていたんですけど…後峠さんって、何者なんですか? あの強さといい、苦も無く俺達の背後に立つ動きといい、とても普通の人とは思えないんですけど…」
「あぁ、そういえば言ってませんでしたね。後峠さん、貴方の口から皆に教えてあげてください」
麟矢さんに声をかけられた後峠さんは、にこやかな笑みを浮かべたまま―
「
その秘密を明かしてくれた。後峠さん、元々軍人だったのか…道理で強い訳だ。
俺は疑問が解消したことに満足すると同時に、軍人の凄さを再認識するのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
伊之助君の攻撃が後峠さんに通じなかった理由等は次回明らかとなります。
※大正コソコソ噂話※
元軍人であることが判明した執事の後峠さん。
退役した今でも陸軍並びに関係機関との関係は維持しており、玄弥君の使用する拳銃や小銃の入手に役立てています。