お楽しみいただければ幸いです。
麟矢視点
「麟矢様、
「ありがとうございます」
産屋敷邸を出発した俺は、馬を走らせてまずは自宅へと戻り、待機していた後峠さんからコンパウンドボウ等の装備を受け取ると―
「炭治郎君達が出発してからどの位経っていますか?」
「間も無く1時間半になるかと」
広げられた地図を見ながら、炭治郎君達に関する情報を更新。
「1時間半…那田蜘蛛山は、ここから約90km*1。全集中・常中を体得していない玄弥君がついていける速度…時速20km程度で走っているとして…大体、この辺りか」
彼らの現在位置に大まかな当たりをつけ、どの程度の時間差で那田蜘蛛山に到着出来るかを素早く計算していく。
「約1時間ってところか。モーリアンには最速でも数時間と言ったけど、予想より大分早く追いつけそうだ」
そして全ての準備を整えた俺は―
「麟矢様、行ってらっしゃいませ」
「「「「「行ってらっしゃいませ」」」」」
後峠さんや女中さん達に見送られ、那田蜘蛛山への移動を開始した。
炭治郎視点
麟矢さんの家を出発してふた…刻じゃなくて時間で言うんだった。出発して4時間半。俺達は、目的地である那田蜘蛛山の麓に到着。
装備を再度整えて、山へと踏み込もうとしたその時-
「ッ!」
嗅ぎ慣れない禍々しい臭いを感じた直後、何かが山道を転がり落ちてきた。
「たす…助けて……」
「隊服を着てる! 鬼殺隊員だ、何かあったんだ!」
その正体に気付いた俺達は、大急ぎで隊員へ駆け寄り―
「大丈夫か!」
「どうした!」
助け起こそうと手を伸ばす。異変が起きたのはその時だ。
「ッ!?」
倒れていた隊員が突然宙に浮き上がり、まるで何かに引き寄せられたかのように山の方へと移動していく。
「アアアア!
「たすけてくれぇ!」
その叫び声を残し、木々の奥へと飲み込まれていく隊員。一瞬の間を置いて、何かを刺し貫く音が響き…辺りは静けさを取り戻した。
「………俺は、行く」
腰に差した日輪刀に手をやりながら、山へ踏み込もうと俺が一歩前に出た瞬間―
「俺が先に行く! お前らはガクガク震えながら、後ろをついて来な! 腹が減るぜ!」
伊之助がそう言いながら、俺を押し退ける様に前へ出て歩き出した。
「伊之助…」
「いや、腕が鳴る。だろ…」
「間違ってると思ってないんだよ」
善逸と玄弥もそんな伊之助に呆れながら、山へと歩き出す。俺も気合を入れ直して、山へと向かうのだった。
伊之助視点
「チッ! 蜘蛛の巣だらけじゃねーか! 邪魔くせぇ!」
「そうだな…」
あちこちに張られた蜘蛛の巣を、振り回した両手で取っ払いながら、俺はどんどん前へと進んでいく。
炭八郎に紋逸、銀太は俺の後ろをおっかなびっくりついてきてやがるな。まったく、臆病な奴らだぜ!
「伊之助」
「何の用だ!」
権八郎が声をかけてきたのはその時だ。この忙しい時に何だよ!
「ありがとう。伊之助が先陣を切ってくれて、心強かった」
「実はあの時、山の奥から感じた…捩れたような禍々しい臭いに、少し体が竦んでいたんだ。だから、ありがとう」
「………」
炭五郎からそう言われた途端…何だかわかんねえが、胸の奥がほわほわしてきやがった! でも、このほわほわした感じ…
-お召し物が随分と汚れていらっしゃいますね-
-洗ってお返ししますから、こちらを着てみてくださいませ。肌触りも良くて気持ちがいいですよ-
-衣のついたあれ。あぁ、あれは天ぷらというのですよ。お気に召して、何よりでございます-
あの屋敷で会ったババアや―
-伊之助様。布団の
-しなくていい? いいえ、清潔な敷布に変えたほうが気持ち良く眠れます。騙されたと思って、試してみてくださいませ-
-伊之助様。それは茶碗蒸しという料理です。美味しいですか?-
-まだありますから、たくさんおかわりしてくださいね-
欣也の屋敷にいるじょ、ちゅう? とかいう女達と話した時も感じた…何なんだ?
「伊之助」
権八郎が合図したのはその時だ。指差す方を見てみたら、樹と樹の間に男が1人隠れてやがる!
声が出そうになるのを権八郎に止められながら、俺達はゆっくりと男へ近づき…
「ッ!?」
「応援に来ました。特別遊撃班『離』所属、階級・
炭八郎が代表でそう名乗った。
「癸………癸……!?」
「なんで“柱”じゃないんだ…!? 癸なんて何人来ても同じだ。意味が無い!」
「せめて監査役の東雲様が来てくれれば…東雲様は?」
「麟矢さんもこちらへ向かっています。あと数時間のうちに到着する筈です」
「数時間!? とてもじゃないが、数十分だって持ち堪えられやしない!」
だが、男は青い顔のまま弱気な言葉をただ繰り返すだけ。この弱味噌が!
俺は男を黙らせようと拳を振り上げるが―
「駄目だ! 伊之助!」
その腕は、男へ叩き込まれる寸前で炭五郎に掴まれてしまう。
「何しやがる!」
「麟矢さんに言われただろう! 王様を名乗るなら、それに相応しい言動をしろって!」
-伊之助君。王様として認められたいなら、己の言動がどういう結果を招くか、よく考えることです-
-ただ強いだけ、乱暴な言動を繰り返すだけでは、人から慕われるような本当の意味での王様にはなれませんよ-
権八郎の声の後に、欣也に言われたことが頭に浮かぶ。あぁ、面倒くせえ!
「意味が有るか無いかは、やってみなきゃわからねえだろうが! さっさと状況を説明しやがれ!」
手を出さずに、男へ事情を話すよう問い詰める。すると…
「かっ、鴉から…指令が入って、
男は状況を話し始めた。
「山に入って暫くしたら、隊員が…隊員同士で……斬り合いになって……!!」
「ッ!?」
男がそこまで話したところで、俺達は茂みの中から近づいてくる何かに気づいた。
「………」
姿を現したのは、日輪刀を持った1人の隊士。だが、口元から血を流したまま近づいてくる奴からは、
耀哉視点
「よく頑張って戻ったね」
傷を負い、ボロボロになりながらも、力を振り絞ってここまで戻ってきた鎹鴉を優しく撫でながら、私は背後に控えている2人に声をかける。
「私の
「『離』を応援として向かわせているが、損失があまりに大きい。一刻も早く鬼を滅する為にも、追加の応援として、君達に向かってもらおうと思う」
「頼めるかい? 義勇。しのぶ」
「「御意」」
私の声に躊躇無く答えてくれる義勇としのぶ。頼もしい限りだ。
「人も鬼も、みんな仲良くすればいいのに。冨岡さんもそう思いません?」
「…無理な話だ。鬼が人を喰らう限りは」
「…あら? 冨岡さん。その言い方だと、
「………」
「冨岡さん。そうやってすぐ黙り込むのは良くないと思いますよ」
「………時間が惜しい。お館様、すぐに出発致します」
しのぶの問いかけに答えることなく、部屋を後にする義勇。しのぶもその後を追いかけて那田蜘蛛山へと出発していった。
「さて、ここからどう動いていくか…」
秘かにそう呟きながら、私は空を見上げる。私の勘は、そう悪いことにはならない。と告げているが…
しのぶ視点
「………」
あの時、私の人を喰らわない鬼云々という発言を聞いた瞬間、冨岡さんはほんの僅かにだが、
何故、動揺したのか? 突飛な想像かも知れないけれど…もしかして冨岡さんは
いや、流石にそれはあり得ないわね。鬼という存在は人を喰わずにはいられない。本能にそう刻み込まれているのだから。
そうだとしたら、あの動揺は一体…
「………」
まぁ、冨岡さんはドジっ子だから、私に揚げ足を取られたことに動揺しただけ…とも考えられるわね。
そう結論付けて1人納得していると―
「……胡蝶」
「なんですか? 冨岡さん」
前を向き、走り続ける状態のまま、冨岡さんが口を開いた。流石にジロジロと見つめ過ぎたかしら?
「服を、変えたのだな」
そう思ったのも束の間、冨岡さんの口から出た言葉は、文字通り予想外のものでした。冨岡さん、私が
「ええ、前々から着手していた新しい戦い方。それに目途が付いたので。その戦い方に合わせた隊服へ、一月ほど前に新調したんです」
東雲さんから助言を受け、柱として、そして医師としての任務を熟し乍ら試行錯誤すること約2年半。ようやく形となった私の新しい戦い方。
それに合わせて、隊服の下を
甘露寺さんやアオイ、カナヲ達からは、可愛いと好評でしたがー
「好かんな」
「は?」
冨岡さん…言うに事欠いて好かんの一言ですか。そうですか…
「…すまない、また言葉が足りなかった。その馬乗袴も似合っているが、俺は前の洋袴の方がより似合っているように思う。それに僅かとはいえ、肌が見えているのは、鬼との戦いで不利に働くかも知れないから、俺は好かん。そう言いたかった」
「……そうですか」
…冨岡さん。何をどうすれば、そこまで言葉足らずな表現が出来るんですか!?
そんな風だから、皆から嫌わ…誤解されるんですよ!
玄弥視点
「ハッハァーッ! そんな攻撃当たるかよ!」
声高に叫びながら、放たれた攻撃を紙一重で回避していく伊之助。
「どいつもこいつも生きてる気配がしねぇ! だからぶった斬ってもかまわねぇよな!?」
「駄目だ伊之助! この人達は殺された後も何かに操られている! そんな人達の亡骸を傷つけるわけにはいかない!」
物騒な事を口にする伊之助を窘めながら、動く死体になった隊士の攻撃を日輪刀で受ける炭治郎。俺や善逸も同じように日輪刀での防御に徹する。
「否定ばっかするんじゃねぇ!」
だが、そんな消極的な戦い方が気に入らない伊之助は、炭治郎に頭突きを叩き込んだかと思ったら―
「うぁぁぁっ!」
生き残った隊士を挟撃していた複数の動く死体を殴りつけ、地面に倒していく。何だかんだ言いながら、あの2人は息が合ってるよ!
「ッ!」
炭治郎が何かに気づいたのはその時だ。何かの臭いを嗅ぎ取ったかと思うと、動く死体の背中…その少し上辺りで日輪刀を振るい―
「糸だ! 糸で操られている! 糸を斬れ!」
そう叫んだ。なるほど、糸か!
「お前より俺が先に気づいてたね!」
鼻息荒く叫びながら日輪刀を振るい、一気に3体の動く死体を無力化する伊之助。
「妙な意地を張ってる場合かよ!」
善逸も目にも止まらぬ居合で2体を無力化。俺も1体を無力化して、これでこの辺りにいた動く死体は全部無力化出来た…筈だった。
「ッ!」
腕を何かに引っ張られた炭治郎が、何も無い場所へ日輪刀を振るったのを皮切りに、無力化されて地面に倒れていた死体が一斉に立ち上がり始めた。
「糸を斬るだけじゃ駄目だ! 周りにいる蜘蛛がまた操り糸を繋ぐ! だから…」
「じゃあ、その蜘蛛を皆殺しにすれば良いってことだな!」
何かに気づいてその場を飛び退いたことで、途切れてしまった炭治郎の言葉。伊之助は短絡的に答えを出しているけど…
「無理だ! 蜘蛛は小さいし、多分かなり数がいる! 操っている鬼を見つけなければいけないんだよ!」
やっぱり、話はそう単純じゃないよな…。
「でも、さっきから変な臭いが流れてきていて、俺の鼻がうまく機能しない!」
「善逸! 君の耳はどうだ?」
「変な音は微かに聞こえる! だけど、動く死体を相手にしながらだと、正確な位置まではわからない!」
「伊之助! 君も俺の鼻や善逸の耳みたいな力を持っているんだろう? 協力してくれ!」
無力化してもすぐに動き出す死体に対応しながら、考えを口にしていく炭治郎。鍛錬の時から思っていたけど、やっぱりあいつは指揮官に向いている。
「それからえーっと…」
「村田だ!」
「村田さん!」
「村田さんと俺達で、操られている人達は何とかする! 伊之助は―」
その瞬間、周囲の空気が一変し…その場にいた全員が言葉を失った。
「「「「「………」」」」」
そして、全員が同じ方向に視線を走らせると…
「僕達家族の静かな暮らしを邪魔するな」
そこには、空中に張り巡らされた蜘蛛の糸を足場にして、宙に浮かぶように立っている子どもの鬼がいた。あいつ…明らかに並の鬼じゃない!
子どもの鬼から漂う異常な雰囲気に、俺達は警戒感を最大に高め…睨みあうのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
※大正コソコソ噂話※
蟲柱、胡蝶しのぶ様の新しい隊服。そのデザインは、彼女の継子である栗花落カナヲ嬢の隊服と同じデザインとなっています。
隊服を製作したのは通称ゲスメガネと呼ばれる人物で、彼は何とか馬乗袴の丈を短くして、脚の露出を増やそうとしていましたが、察知したしのぶ様から制裁を受け、泣く泣く断念したそうです。