お楽しみいただければ幸いです。
炭治郎視点
那田蜘蛛山での任務から1週間が経ち、任務で負った傷が癒えた頃。俺達は麟矢さんに連れられて、鬼殺隊の最高戦力である柱の1人、
「さて、この門を潜れば胡蝶様がお待ちかねなのですが…皆さん、
門の前まで来たところで、真面目な顔をした麟矢さんがそう言ってきた。
「この蝶屋敷は、胡蝶様の邸宅であると同時に、負傷した隊士達の治療所でもあり…任務で負傷した隊士達が、治療と静養を行う場です」
「数年前から行っている組織改革の効果により、大分少なくなったとはいえ…隊士としての復帰はおろか、日常生活を送ることすら困難となるような重傷を負う隊士は決して0ではない」
「今のところそう言った情報は入っていませんが、もしかしたら蝶屋敷の中にそういった境遇に陥った隊士がいるかもしれません」
「炭治郎くん、思いやりの気持ちが強く、世話焼きなのは君の長所ですが、こういう場ではそれが仇となる場合もあります。治療中の隊士に対しては、決して自分だけの判断で行動しないこと」
「は、はい!」
「伊之助くん。君の基準では鬼に敗れた隊士は弱い。となるのでしょう。しかし、力及ばずとも力の限り戦った隊士は、尊敬に値する存在だと私は思います。ですから…まかり間違っても、そのような人に対して無神経な発言したり、追い打ちをかけるような真似は厳に慎むように…いいですね?」
「お、おう…」
「善逸くんと玄弥くんもそのあたりの配慮をお願いしますね」
「「は、はい!」」
麟矢さんが浮かべる笑顔の奥から感じる圧力に気圧されながら、何とか俺達は返事を返し…蝶屋敷へと足を踏み入れた。
麟矢視点
さて、蝶屋敷の門を潜った俺達は早速訓練所へと向かい―
「ようこそ、特別遊撃班『離』の皆さん。私は蟲柱の胡蝶しのぶと申します。蝶屋敷の一同を代表して、皆さんを歓迎しますね」
胡蝶様から歓迎の言葉を頂き、特別集中訓練前のオリエンテーションを開始した。
「さて、炭治郎くん、善逸くん、伊之助くんは、那田蜘蛛山の任務に赴くまでの一月、各自が使用する型の洗練と全集中・常中の習得に励んでもらい、玄弥くんは独自の戦い方を確立する為の鍛錬に励んでもらいました」
「その結果、君達の実力は大きく伸びました。最終選別を受けた頃の君達、その実力を10とするなら、今は20から30くらいにはなっているでしょう」
「ですが、上の領域に到達するにはまだまだ足りない。今回の特別集中訓練は、上の領域に到達する為の足掛かり、それを作る為のものだと理解してください」
「それから、今回の特訓には胡蝶様の継子も参加します。カナヲさん」
ここまで話したところで、俺は胡蝶様から一歩離れた位置で話を聞いていた彼女に声をかける。
「………」
「行ってきなさい。皆さんにご挨拶を」
胡蝶様に促され、俺の隣へやってきた彼女は―
「……栗花落カナヲ…です」
それだけ言うと一礼して、胡蝶様の近くへと戻っていった。
「すみませんね。彼女は少々口下手で…ですが、実力は折り紙付き。おそらく…今の君達よりも若干ですが、実力は上でしょうね」
そう言ってカナヲちゃんをフォローしたのだが…
「んだとぉ! 欣也! 俺や紋逸、権八郎よりもその女が強ぇって言ってんのか!?」
伊之助君が沸騰し、俺に食って掛かってきた。いかんいかん、
「論より証拠。カナヲさんと戦ってみればわかりますよ」
そう言った瞬間、食い気味に戦わせろと叫ぶ伊之助くん。うん、
「胡蝶様。申し訳ありませんが、審判をお願い出来ますか?」
「今の自分の実力を把握するのは大切なことですし…仕方がありませんね」
胡蝶様が審判を引き受け、試合の準備が整えられていく。さぁて、カナヲちゃんとの差はどのくらいかな?
玄弥視点
「そこまで!」
栗花落の振るった木刀が、炭治郎の目前で寸止めされ、胡蝶さんの声が響く。
休憩を挟みつつ、伊之助、善逸、炭治郎の順番に栗花落と五本先取した方が勝ちという条件で試合を行ったんだけど…その結果は、伊之助と善逸が3対5、炭治郎が2対5での敗北だ。
「皆さん、お疲れさまでした。伊之助くん、カナヲちゃんは強かったでしょう?」
「………あぁ…」
麟矢さんに声をかけられ、少しだけ黙りながら栗花落が強いことを認める伊之助。そんな伊之助に麟矢さんは微笑みながら頷き―
「先程も言ったとおり、今の伊之助くん達の強さが20から30だとするなら、カナヲさんは40くらいです。その強さは肌で感じたと思うので、細かくは言いません」
「しかし最終的に敗れたとはいえ、君達も食らいつくことが出来ていた。その差は大きいが決して超えられない壁ではない。といったところですね」
俺達にわかりやすく説明をしてくれた。
「さぁ、それでは特訓を始めていきましょう! この10日間で…全員最低でも今の3割増しは強くなってもらいます!」
麟矢さんの声に俺達は答え、栗花落を加えた5人での特訓が始まった。
後峠視点
麟矢様が炭治郎様達を伴い、泊まり込みでの特訓へ出かけられた後、私も鍛錬場にて禰豆子様の特訓を開始いたしました。
「禰豆子様、麟矢様や炭治郎様から伺ったところによると、禰豆子様の戦い方は、血鬼術というものを除けば、蹴りと両手の爪を使った近接戦闘が主だそうですね」
「むー!」
私の問いかけに対し、その通りと言わんばかりに声を上げて頷かれる禰豆子様。私は予め用意しておいたぱんちんぐばっぐ*1や樫材で作られた的を指さし―
「それでは、禰豆子様。まずは今の貴女の力がどれほどなのか、お見せいただけますか?」
禰豆子様へそう促しました。
「むー!」
禰豆子様はやる気満々の様子で的へと近づくと―
「むぅ!」
右腕の一振りで、厚さ5cmの樫材で作られた的を3分割し、蹴りの一撃で重さ80kgはあるパンチングバッグを壁まで吹っ飛ばしてみせてくれました。
如何にも素人がやりそうな動作ながら、これだけの威力…恐るべき身体能力ですね。
「禰豆子様、蹴りは足の振りだけに頼らず、このように腰の回転と溜めを使って放った方が効果的かと」
私はお手本を見せながら、禰豆子様により良い蹴りの放ち方を教えていく。すると…
「むぅ!」
文字通りの瞬く間。回数に直して僅か3回で禰豆子様は、私のそれと遜色ないほどの蹴りを放てるようになりました。
「…天才ですね」
私から見ても羨ましく感じるほどの身体能力に加え、子どもであるが故の素直さ。乾いた土に水が浸み込んでいくように技術を物にしていく。これは…玄弥様とは別の意味で教えがいがありますね。
麟矢視点
さて、暫くの間胡蝶様と共に炭治郎くん達の特訓を監督していた俺だったが…胡蝶様が炭治郎くん達の性格や強み弱みを把握したところで中座。
「東雲様、よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします!」」」
神崎さんやなほちゃん、すみちゃん、きよちゃんと共に昼食作りに取り掛かった。
「さて、神崎さん。昼食の主菜には何をお使いに?」
「はい、近所の魚屋さんからこれを届けてもらいました」
俺の問いかけにそう答え、トロ箱の蓋を取る神崎さん。箱の中には砕いた氷と共にたくさんの鰯が詰め込まれていた。ざっと数えても50尾はあるだろう。
「なるほど、鰯ですか。安くて美味い。そして体にも良い。文句無しです。普段はどのように調理を?」
「いつもは梅煮や生姜煮、塩焼き、つみれ汁…あとは時々天婦羅でしょうか」
「なるほど。では今日は少し変わった趣向の物を作りましょうか」
そう言うと、俺は厨房に備え付けられた氷式冷蔵箱*2や戸棚から他の材料を取り出して…調理を開始する。
「さて、まずは木綿豆腐をきれいな晒で包み、重しを乗せて水気を切っていきます」
分量としては鰯正味2尾分*3に対し、木綿豆腐三分の一丁*4の割合。
俺達や胡蝶様達に加え、蝶屋敷で療養中の隊士達の分も合わせて…総勢21人分だから…うん、お代わりの分も十分あるな。
「鰯は頭と内臓を取ってから、手開きにしていきます。骨は…背骨だけ取りましょう。腹骨は包丁で叩い てから擂り潰すので、気にならなくなる筈です」
そう話しながら、5人がかりで鰯の頭と内臓を取り、背開きにして背骨を取り除いた後、水で洗って腹の中や表面の汚れを洗い流していく。
「背開きにした鰯の尾を切り落とし、身を包丁で軽く叩いていきます」
「ある程度身が細かくなったらすり鉢に移し…水気を切った豆腐、小口切りにした葱、味噌に摩り下ろした生姜、片栗粉を加えて、擂り粉木でよく潰していきます」
「こうして見ると豆腐を加える以外は、つみれの作り方とほぼ同じですね」
「ええ、ですがこの豆腐が後々効いてきます」
神崎さんの問いかけにそう答えながら、更に擂っていけば、滑らかでフワフワしたつみれが出来上がる。
「あとはこれを小判型に整形し、ごま油で両面焼けば…鰯のハンバーグの出来上がりです」
お手本として焼いた物を包丁で5等分し、全員で試食。さて、反応は如何に?
「美味しいです!」
「フワフワしてます!」
「焼いているのに全然パサパサしてないです!」
「生姜で臭みを消すことは私もやっていましたが、味噌も加えることで臭み消しの効果を高めると同時に下味を付け、更に豆腐を加えることでこのフワフワした食感…お見事です、東雲様」
どうやら、好評なようで何よりだ。だけど神崎さん。俺はそんなに大したことしてませんから、前世で見た料理本の内容をそのまま引用しているだけですからね?
「さぁ、主菜作りと並行して副菜と汁物も作っていきましょう。昼食の時間まで2時間もありませんよ?」
そう言ってやや強引ではあるが、全員の意識を逸らし、調理を再開する。炭治郎くん達もお腹を減らしてくるだろうからな。美味しい昼食を用意してあげるとしよう。
炭治郎視点
昼食の後は夕食までひたすらに訓練に没頭し、夕食の後は就寝まで自由時間を貰えたけど…俺は許可を貰ってから屋敷の屋根に上り、星空の下座禅を組んで、呼吸の鍛錬を繰り返していた。
全集中・常中を習得したと言っても、俺の実力はまだまだだ。善逸や伊之助が3本取ることが出来たカナヲとの試合、俺は2本しか取れていない。
後峠さんから軍隊流の戦い方を教わっている玄弥は、俺に出来ないことが出来る。
3人が休んでいる間も無理をしない範囲で努力を重ねていかないと、追いつき追い越すことは出来ないだろう。
瞑想は集中力が上がるんだ。集中して、呼吸の制度そのものを上げていく…鱗滝さんも言ってた。鱗滝さ…鱗……うろ…
-よくも折ったな。俺の刀を…-
…すみません。すごい怒ってるだろうな、鋼鐵塚さん。今刀打ち直してもらっているけど…ほんとに申し訳ないな…
十二鬼月と戦ったのに、血を採れなかったし…麟矢さんの家で静養している時、猫が責めるように俺を見てた…。
あぁ、駄目だ駄目だ! 集中! 集中だ。呼吸に集中!
「もしもーし」
「ハイッ!?」
突然声をかけられ、慌てて目を開けると―
「頑張ってますね」
目の前にしのぶさんの顔があった。
「え、あ…」
まっすぐ俺を見つめてくるその瞳に思わず赤くなっていると、しのぶさんは静かに微笑んで俺の横へと座り―
「1人での鍛錬、寂しくないですか?」
そう尋ねてきた。
「いえ! 善逸達に追いつく為に必要なことですから!」
「………君は心が奇麗ですね」
俺の答えにそう言って微笑むしのぶさん。俺は、少しだけ黙った後―
「あ、あの! 裁判の時、俺と禰豆子を受け入れてくれてありがとうございました」
裁判の時、俺と禰豆子の存在を受け入れてくれたことのお礼を、しのぶさんへ伝えた。
「気にしないでください。東雲さんが提出した資料に加えて、禰豆子さん自身が人を襲わないことを証明しましたからね。それを容認しないのは公平ではありません。それから……」
「それから?」
「君達兄妹を見ていると、私の夢は間違いじゃないんだなと思えるので」
「夢?」
「そう、鬼と仲良くする夢です。今回の件で、叶えられると確信しました」
笑顔のまま夢について話すしのぶさん。だけど、俺の鼻は嗅ぎ取ってしまった。
「怒ってますか?」
「………」
思わず訪ねてしまった内容に、硬直するしのぶさん。しまった…真正面から聞きすぎたかもしれない。
「いや、その…裁判の時も感じたんですけど、怒ってる匂いがしていて…でも、今は少し薄れているというか…」
慌てて問いかけの真意を口にするけど、これじゃまるで言い訳だ。しのぶさんから怒られても仕方がないな…。
そんなことを考えながら、しのぶさんの反応を見ていると…
「そう…そうですね。私は、いつも
静かにしのぶさんは、自分の気持ちを話し始めてくれた。
「幼い頃に両親を鬼に殺された時、4年前に最愛の姉を鬼に惨殺された時、鬼に大切な人を奪われた人々の涙を目にした時、絶望の叫びを聞いた時、その度に私の中には怒りが蓄積され、際限無く膨らんでいった。体の一番奥にどうしようもない嫌悪感があったんです」
「…私の姉も君のように優しい人でした。鬼に同情していた。自分が死ぬ間際ですら、鬼を哀れんでいました」
「今考えてみれば、人としての理性を保った鬼と出会ったからだと理解出来るのですが、当時の私は反発していた。人を殺しておいて可哀想? そんな馬鹿な話はないと…」
「でも、それが姉の想いだったなら、私が継がなければ、哀れな鬼を斬らなくて済む方法があるなら、考え続けなければ…姉が好きだと言ってくれた笑顔を絶やすことなく」
「だけど少し…疲れていました。自分の保身のため嘘ばかり口にする鬼。理性も無くし、剥き出しの本能のまま人を殺す鬼。そんな鬼ばかり見てきたせいで」
「だけど、先日の柱合裁判で、人としての理性を保ったままの鬼が、数こそ少ないものの確かに存在していることを知ることが出来た。そして、貴方達兄妹を直に見ることで、姉の抱いていた理想は間違っていなかったんだと確信出来た」
「貴方達のおかげで私も、姉も救われたんです。炭治郎くん、頑張ってくださいね。禰豆子ちゃんを守り抜いてくださいね。貴方達の存在は自分で思っている以上に大きなものなんです。期待していますよ」
そう言って屋根を降りていくしのぶさん。俺はその後ろ姿に一礼し―
「頑張ります」
気合を入れ直し、呼吸の鍛錬を再開するのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回、蝶屋敷での特別訓練が終了し、新たな戦いへ。
※大正コソコソ噂話※
炭治郎君達が蝶屋敷での特別集中訓練に参加している間、後峠さんから指導を受けている禰豆子ちゃん。
どうやら、後峠さんから『間違っても一般人には使っちゃいけない技』も2つか3つほど教えられているみたいです。
いわゆる切り札として習得しているのですが、実際に使用するかどうかは、その時にならないとわからないでしょう。