今回と次回は外伝として、『異世界食堂』とのクロスオーバーをお届けします。
なお、この外伝は肆拾肆之巻から分岐する、いわばパラレルワールドの物語となります。クロスオーバーやパラレルワールドなどが苦手な方はご注意ください。
それでは、お楽しみいただければ幸いです。
外伝其之壱 -扉の向こうは(前編)-※肆拾肆之巻より分岐
あまね視点
「………」
いつも通りの時間*1に目を覚ました私は、横で寝ている夫や隣の部屋で寝ている子ども達を起こさぬよう、静かに寝間着から白装束へと着替え、日課である禊祓を行う為に裏庭にある井戸へと歩き始めたのですが…
「………」
今日は何故かまっすぐ裏庭へ向かう気にならず、表庭の前を通ってから裏庭へと向かう道筋を行くことにしました。遠回りになりますが、精々2分か3分程度の遅れ。大した問題ではないでしょう。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると―
「ッ!?」
突然感じた
「何者です!」
周囲に異変を知らせる為、そして自分を鼓舞する為、可能な限り声を張り上げる。夫や子ども達を起こしてしまうことになりますが、それも已む無…し……
「これは…一体?」
麟矢視点
「カァァァ、全テノ『柱』、並ビニ『梁』東雲麟矢。鬼殺隊本部ヘ緊急招集。可及的速ヤカニ鬼殺隊本部ヘ集合セヨ! カァァァ」
「なんですと!?」
午前6時半を少し過ぎた頃。最高速で飛来した鎹鴉のモーリアンから齎された一報に、流石の俺も動揺を隠せない。
「麟矢さん!」
「何があったんですか!? もおりあんの口ぶりからしてただ事じゃなさそうですけど…」
「全柱と麟矢さんが緊急招集…まさかとは思うけど、上弦の鬼が動き出したとかじゃ…」
「上弦の鬼!? ハッハーッ! 腕が鳴るぜ! 欣也! 俺も連れてけ!」
炭治郎くん達も次々と不安げな声を上げていく。俺はとりあえず彼らを落ち着かせ―
「状況を確認する為にも、本部へと向かいます。炭治郎くん達はいつでも出られるように準備を整えて、待機しておくように!」
そう指示を下すと同時に、大急ぎで支度を整える。
「では、行ってきます!」
約10分後。馬に飛び乗った俺は、後峠さんや炭治郎くん達に見送られながら、鬼殺隊本部=産屋敷邸へと出発する。俺が介入することによる原作改変。物語の流れそのものを大きく逸脱することは無いと考えていたが…その想定は少々甘かったかもしれないな…。
約1時間半後。いつものように産屋敷邸の手前1kmで馬を降り、全速力で走っていると―
「おぉ、東雲!」
「麟矢くん!」
聞き覚えのある声と共に、煉獄様、甘露寺様が俺に追いつき、並走を始めた。
「煉獄様、甘露寺様、暫くです!」
「あぁ! 本来ならゆっくりと挨拶を交わしたいところだが、状況が状況だ!」
「今は一刻も早く本部へ向かいましょう!」
短く言葉を交わし、横並びの状態で産屋敷邸へ駆け込む俺達。
「炎柱、煉獄杏寿郎! 只今到着致しました!」
「同じく恋柱、甘露寺蜜璃! 到着致しました!」
「鬼殺隊監査役『梁』、東雲麟矢! 到着致しました!」
そう声をあげながら、庭へと足を踏み入れる。そこには既に耀哉様、あまね様、そして輝利哉くんやひなきさん達に加え、悲鳴嶼様、冨岡様、宇髄様の3人がいたのだが…
「………」
「………」
「………」
悲鳴嶼様達はこちらの方を見ようともせず、
そこにあったのは、
杏寿郎視点
俺達から数分遅れで、不死川、胡蝶、時透、伊黒の4人も到着。我々はお館様から事の仔細を聞かされたわけだが…
「ふむ…あの扉は昨晩、少なくとも日付が変わるまでは存在していなかったことは確実。日付が変わってから日の出までの間に現れたということか」
悲鳴嶼さんの呟きが、今分かったことの全て。うむ! 実質何もわかっていないという訳だな!
「やはり、あの扉を直に調べてみなければ、何もわからない…ということでしょうね」
胡蝶の言葉に、その場の誰もが頷く。あの扉から人ならざる者の気配は感じるが、幸いなことにそれは悪しきものではなさそうだ。ならば、近くによって調べる程度なら問題はあるまい!
「扉の材質は木…おそらく樫の木の一枚板。ですが、ここまで滑らかな表面の板は見たことがありません。恐ろしく精巧な技術で作られていますね」
「それを言えば、この取っ手もだ。材質は真鍮。だが、精度が凄まじいの一言。同じ物を作れと職人に注文したら、どれだけの金と時間がかかるのやら」
「それにこの猫が描かれた看板らしき物。作りが凄まじく精巧なのは言うまでもないとして…書かれている字が全く読めん!」
柱全員で扉を調べてみたが、扉が現れた理由に繋がるような情報は特になし。いかんな、このままでは手詰まりだ。
「しのぶちゃん、麟矢くん。2人は外国の文字も読めるのよね? 何と書いてあるのかわからない?」
その時、声を上げたのが甘露寺だ。その場の全員が、胡蝶と東雲へ視線を向けるが…
「ごめんなさい。私もこのような文字は見たことがありません」
流石の胡蝶でもわからぬか…ならば、東雲はどうだ?
「いや、まさか…だが、可能性としては、有り得ないとも言い切れないか?」
「どうした東雲? さっきからボソボソと何かを呟いているようだが?」
そういえば、東雲はさっきから一言も喋っていなかったな。この扉について、何かしら知っているのか?
麟矢視点
「どうした東雲? さっきからボソボソと何かを呟いているようだが?」
煉獄様の声で、全員の視線が俺に集中する。あの黒い扉の正体を察したことで動揺した結果とはいえ、呟きが漏れたのは失敗だったな。
「あー…いや、その扉に覚えがあるといえばあるのですが…」
こうなった以上は仕方ない。何とか上手く誤魔化すとしよう。
「昔…10年ほど前に読んだ…たしかイタリアかフランス…とにかく外国の御伽話に出てくる
「「「「「「「「「異界の料理屋!?」」」」」」」」」
俺の言葉に、柱の皆さん全員が声を上げる。耀哉様やあまね様も平静を保っているが驚いた様子だし、輝利哉君やひなきちゃん達も驚きで口が開いたままだ。
「異界の料理屋だなんて、素敵! どんなお料理が食べられるのかしら!」
「うむ! それが本当なら、実に興味深い!」
「異界の料理屋…甘いものあるかな」
「いや、甘いもんより酒だろ。異界の酒…心惹かれるぜ」
「…異界の料理…
「現段階では何とも言えませんが、扉から感じるものは悪しきものではなさそうなので、大丈夫かもしれませんね」
「………」
やがて、驚きが収まった柱の皆さんが次々と口を開いていくが…
「おいおいおい! 異界の料理屋だか何だか知らねえが、そんなもんの扉がなんでここに現れたのかが、まったくわかってねえだろうがァ!」
「不死川の言うとおりだ。そもそも御伽話の類に出てくるものが、現実に現れたと考えていること自体、頭が痛くなってくるんだが…」
不死川様と伊黒様は相変わらずの様子で、俺を睨みつけてきた。いや、俺だって
「それに関しては、もう中に入ってみるしかないでしょうね。その御伽話では、扉を開くと一時的に異界の料理屋への道が繋がる。とありました」
「ふむ…事ここに至っては、それが最良の道か」
「それならば、誰が行くかを決めなきゃならねぇな。公平に
宇髄様の提案に賛同の声が上がる中、俺は静かに手を挙げー
「俺が行きます」
そう宣言した。当然、周囲からは戸惑いや心配の声が上がるが、俺だって何の考えも無しに手を挙げた訳じゃない。
「この扉から感じるのは、人ならざる者の気配。とはいえ悪しきものではない可能性が極めて高い。そうなると…この扉の奥で起きるのは戦いではなく、対話や交流といった類のものでしょう。だとすると…」
ここで俺は一旦言葉を切り…
「無礼を承知で申しますと皆さん…全員とは言いませんが、大部分の方はそういう事苦手ですよね?」
思っていることを正直に打ち明けた。直後、一斉に黙り込む柱の皆さん。
実際、思考が
悲鳴嶼様は、ある程度の時間を共に過ごせば分かり合えるだろう。しかし、外見で威圧感を与えてしまうのがやや問題。
残る2人、胡蝶様と宇髄様は問題無く行えるとは思うが…
「私の
伊達に鬼殺隊監査役『梁』と、東雲商会商品開発部部長付を兼任しているわけじゃない。
結局、耀哉様の後押しもあり、扉を潜るのは俺に決定。準備を整えた俺は―
「それでは行ってきます。お土産を楽しみにしていてください」
扉を開くと、そう言い残して中へと入っていった。
耀哉視点
「それでは行ってきます。お土産を楽しみにしていてください」
そう言い残して、扉の中へと入っていく麟矢くん。その足取りは軽く、まるで近所へ野暮用を済ませに行く程度の気安さだ。
「………」
だが、子ども達はそう思っていないようだ。輝利哉やにちか、かなた、くいなは緊張した顔で扉を見つめ続けているし、ひなきに至っては―
「麟矢様。どうか…どうかご無事で」
今にも倒れるのではと思いたくなるほど、思い詰めた表情で天に祈りを捧げている。
「東雲の奴、随分と軽い足取りだったな。派手に覚悟が決まってやがる」
「うむ! 覚悟を決めつつもそれを
「ハッ、単に何も考えてないだけだろうがァ」
「まったくだ。鬼殺隊本部にこんな物が現れたと言うのに、あいつには緊張感が無さすぎる…あぁ、頭が痛くてたまらん」
「今の我々には、待つことしか出来ん。いつ何時、何が起きても対応出来る様にしておかねば…」
行冥達もそれぞれに緊張した様子。ここは声をかけた方がいいだろうね。
「皆、そんなに思い詰める必要はないよ。麟矢くんは必ず無事に戻ってくるし、きっと何かしらの成果を上げてくる筈だよ。まぁ、勘なんだけどね」
そう告げた途端、皆が一斉に私へ視線を送ってきた。私は微笑みと共に頷くと―
「さぁ、麟矢の帰りを皆で待つとしよう。あまね、すまないが人数分のお茶と茶菓子を用意してくれるかな?」
「わかりました」
そう言って場を和ませる。麟矢くん、こちらは心配いらないから向こうで頑張ってきなさい。
アレッタ視点
今日は7日に一度の『ねこや』でのお仕事の日。朝ごはんにマスターが作ったコーンスープと、サキさんが作った
―誰か来る
クロさんの声が聞こえると同時に、ドアベルの音を響かせながら扉が開き、1人の男の人が入ってきました。
タツゴロウさんやユートさんのような顔立ち。西の大陸の山国の方でしょうか?
「いらっしゃいませ!」
とにかくお客様であることは間違いありません。私は頭を下げてから―
「お客様は初めての方ですか? 申し訳ありませんが、ただいま開店準備中でして、もう暫くお待ち願えますか?」
開店準備中であることを伝え、暫く待っていてもらうようにお願いします。
「……あ、いや…この店は初めてだけど、知っているというか…どう説明すればいいかな」
すると、お客様は少しの間黙りこむと、そう言って考え始めました。どういうことなんでしょう?
―アレッタ。このお客様は私が対応する。悪いけれど、マスターを呼んできて。
「は、はい…」
そして、いつもなら接客は私に任せているクロさんがそんなことを言い出して…よくわからないまま、マスターを呼びに行くことにしました。
麟矢視点
山羊のそれに似た小さな黒い角が生えた金髪の女の子、アレッタさんが小走りで奥へと向かうのと入れ替わるように、黒髪でエルフ耳の少女、クロさんが俺の前に立ち―
―お客様。失礼ですが、普通の人間ではありませんね?
そう訊ねてきた。なんと言うか、錆兎くんと同じことを聞かれたな。
「あーまぁ、前にも似たようなことを言われたことはありますね。一応、心当たりが無いことも無いです。やっぱり、わかるものですか?」
―貴方の魂の色。マスター達とも
「あぁ…奇妙な波長。やっぱり転生すると違いが出るのか?」
クロさんが口にした奇妙な波長という言葉に、納得しながら呟いていると―
「今、転生と言うたか? 小僧、洗い浚い話してもらおうか?」
背後から聞こえてある美しくも威厳のある声。思わず飛び退きながら振り返ると、そこに立っていたのは銅褐色の肌と、頭に大きな2本の角を持つ絶世の美女。間違いない、赤の女王様だ。
―赤。速いね。
「当然だ。
そんなことを考えながら、この状況を如何にして脱しようかと考えていると―
「マ、マスターを連れてきました!」
アレッタさんが白のコックコートに身を包んだ壮年の男性の男性を連れてきた。間違いない、この異世界食堂『ねこや』のマスターだ。それからその背後にいる女性は、もしかして、マスターの姪の早希さんか?
「なるほど、そういうことか。大体わかった」
「何が大体わかったのじゃ? 命が惜しいのならば、さっさと話すことじゃな」
「…かしこまりました!」
とにかく、この状況を脱出するのが最優先。俺は、マスターに許可を取ってテーブル席の一角をお借りすると―
「では、私のわかる範囲ではありますが、事情をお話しさせていただきます。なお、専門用語などは私の持つ知識を前提にしておりますので、ご不明な点などありましたら遠慮なくご質問ください」
俺自身のことと、この異世界食堂へと足を踏み入れることとなった経緯についてのプレゼンテーションを開始した。
最後までお読みいただきありがとうございました。
今回の外伝に登場する異世界食堂の設定は、Web版、書籍版、アニメ版の折衷となっております。
※大正コソコソ噂話・特別編※
本来なら異世界の至る所に出現する『ねこやの扉』ですが、こちらの世界では不思議なことに鬼殺隊本部=産屋敷邸の庭にしか出現していないようです。
なお、今後他の場所にも出現するようになるのか、今後もここだけしか出現しないのかは不明となっています。