今回も外伝として、『異世界食堂』とのクロスオーバーをお届けします。
前回同様、肆拾肆之巻から分岐するパラレルワールドの物語となります。クロスオーバーやパラレルワールドなどが苦手な方はご注意ください。
それでは、お楽しみいただければ幸いです。
麟矢視点
「では、私のわかる範囲ではありますが、事情をお話しさせていただきます。なお、専門用語などは私の持つ知識を前提にしておりますので、ご不明な点などありましたら遠慮なくご質問ください」
マスターに許可を取ってお借りしたテーブル席の一角。その椅子の一つにどっかと座った赤の女王様。そして、奥の休憩室から運ばれてきたパイプ椅子に座るマスターやアレッタさん達に一礼し、俺は自分自身のことと、この異世界食堂へやってきた経緯について、話し始めた。
「まずは自己紹介を。私、姓を東雲、名を麟矢。マスターやマスターの姪である早希さんと同じ日本人…同じ国の人間になります。ただし、ざっと110年ほど過去の人間になりますが」
「110年前…となると、君は明治生まれなのかい?」
「はい、
「
訳がわからない。そう言いたげな表情を浮かべるマスター。ちなみに、隣に座っているアレッタさんも混乱した様子だが、その後ろに座っている早希さんはもしかして…と何かに気付いた様子だった。
「転生じゃ」
そこへ聞こえてくる赤の女王様の声。赤の女王様は、手酌でグラスに注いだウイスキーのロックをまるで水でも飲むように一気に飲み干し―
「その小僧はそのメイジとかいう時代に生まれる前、おそらく店主達と同じ時を生きておった。そうであろう?」
俺を軽く睨みながら、そう問いかけてきた。
「御明察の通りです。私は明治の世に生まれる前は、この令和の時代に生きる大学生でした」
俺はその問いに一礼して答え、前世と現在の状況について話し始める。
箱根駅伝の常連として有名な某大学で経営学を学び、卒業後は保険会社への就職も決まっていたこと。卒業式の翌日不慮の事故に遭い、死んでしまったこと。そしてその事故が死神のケアレスミスによる想定外のものであったこと。そして、そのお詫びとして明治の時代に東雲麟矢として転生したこと。そして…
「ただ、この世界の明治時代と1つだけ異なっていたのは…私の世界には鬼と呼ばれる人喰いの怪物が存在していたことです。あぁ、このお店の常連である
転生した明治時代には『鬼』が存在しており、自分も実家の経営する商社『東雲商会』で働きながら、鬼と戦う民間組織『鬼殺隊』の一員として鬼と戦っていること。
「そういった諸々を考慮いたしますと…この異世界食堂が存在している日本と、今現在私が生きている日本、私の前世が生きていた日本、そして、異世界食堂と繋がっている異世界は
早希視点
「レベル2、マルチ…バース?」
聞き慣れない単語に首を傾げる叔父さん。隣に座っているアレッタちゃんも何が何やらといった様子だ。
よし、ここは私が助け舟を出すとしますか!
「マルチバースっていうのは、『現在、自分が存在している宇宙とは別の宇宙が複数存在する』って理論。最近のSF小説とかで流行っているらしいよ」
「サキさん、わかるんですか!?」
「大学の同級生にそういうのをやたら詳しい奴がいて、貸してもらった小説を読んでるうちに少しだけ理解出来たって感じかな」
驚きの声を上げるアレッタちゃんにそう答えながら、私はまだイマイチわかっていない様子の叔父さんに―
「厳密には異なるらしいけど、パラレルワールドとか平行世界みたいなものと理解しても問題ないみたいだよ」
「あぁ、パラレルワールドか。それならわかるぞ」
説明を補足する。これで叔父さんも理解出来たみたいだけど…このお店、これからもいろんな異世界と繋がっていくんだろうか?
私がこのねこやを継いだ後、叔父さんみたいに上手くお店を回していけるんだろうか?
うん、今からしっかり考えておかないと…
赤の女王視点
「なるほどのう…」
妾も我ら六柱を信じ尊ぶ者達に加護を与えたり、優秀な眷属が命尽きる時には再び己が眷属に生まれるよう働きかけることがある。小僧の場合は少々事情が異なるようだが、決して有り得ぬ話ではない。
マルチバースなる言葉は初耳だが、内容を聞く限り妾達の知識にあるものを言い換えたものである様子。ならば、残る疑問は2つじゃ。
「小僧、疑問はあと2つ残っておる。1つ、お主の前世が生きておった世界が、この世界と別の世界であったのなら、何故異世界食堂のことを知っておったのか。2つ、お主が今生きておる世界に、何故異世界食堂の扉が現れたのか。この2つについて、納得のいく説明をせい」
空になったグラスに
「はい、1つ目の疑問に関してですが…私の前世が生きていた世界にも、異世界食堂が存在しておりました。ただし、実際の店舗ではなく
「ほぅ…物語の舞台か。これは些か予想外と言うべきか」
静かに笑いながら、妾はグラスの中の
「あ、あの…女王様、ご機嫌を損ねられたのであれば、謝罪致します。しかしながら、私は嘘は一切口に…」
その仕草を不興を買ったと勘違いした様子の小僧。安心せい、妾はその程度で機嫌を損ねるほど狭量ではない。
「たしかに妾は
「はい、かつて異形の怪物『万色の混沌』を滅ぼした異世界の神々・六柱のうちの一柱。そして、異世界食堂のビーフシチューをこよなく愛するお方として」
「ならば良い。物語で語られるのもまた一興というものぞ」
グラスに
「2つ目の疑問に関してですが…これは私にはわかりかねます。聞くところによると、ねこやの扉は数日の間隔で上下する魔力が最も高まった日にのみ魔法が発動するとのこと。これは推測に過ぎませんが、その上下する魔力に何かしらの変化が起きた為ではないでしょうか」
―赤。魔力の変化に1つ心当たりがある。
「なんじゃ、黒。言うてみよ」
―今日の扉が現れる少し前、この大地の極北に天から大岩が落ちた。それが魔力に影響を及ぼした可能性がある。
「ふむ…」
黒の言葉に妾は僅かに考えを巡らせる。そういえば、黒が異世界食堂へ来るようになったきっかけも、普段過ごしておる月に大岩が落ちたことじゃったな。
「ふむ、推論ではあるが、それが一番可能性が高いようじゃ。得心行ったぞ。小僧、説明ご苦労であった」
「ご納得いただき、安堵しております」
安堵した様子で一礼する小僧に薄く微笑みながら、妾はグラスに
「店主!
「畏まりました。少々お待ちを。アレッタさん、クロさん。開店準備を。早希、最高速で準備を済ませるぞ。慌てず急いで慎重にだ」
そんなことを話しながら、開店の準備を再開する店主達。小僧も開店前の貴重な時間を消費させたから…と準備の手伝いを買って出たようだ。
「フフ…こうやって見物するのも一興、か」
麟矢視点
俺も手伝いに入った開店準備はギリギリで間に合い、午前11時に予定どおり開店出来たのだが…今日の異世界食堂は、いつもと様子が異なっていた。
「ふぅ、今日は開店と同時に来れたわい」
古株の常連である伝説の賢者
「テリヤキチキンを頼む。先にライスとツケモノ、それからセイシュのヒヤを持って来てくれ」
「カツドン大盛り! 大急ぎで頼むぜ!」
「オムライス。オオモリ。オムレツ。3コ。モチカエリ」
「エビフライ。付け合わせはパンで頼む。それから持ち帰りにエビカツサンドだ」
「メンチカツをお願い。付け合わせはパンね。あと、持ち帰りにメンチカツサンドも」
「カルボナーラ。デザートにプリンアラモードをお願い」
「スコッチエッグを、半分は完熟、半分は半熟で。付け合せはパンでお願いしますわ。それと持ち帰り用に20個ほど……」
「ろぉすとちきんとコメの飯を頼む」
赤の女王様が陣取っている1つを除いた9つのテーブル席とカウンター席があっという間に埋まってしまった。
まぁ、それだけならば頻繁にではないものの、たまにはあることとして処理出来たのだが…
「今日の日替わりは何?」
「わしらは…まずオヤコドンを貰おうかのう」
「久しぶりのネコヤ。思いっきり食べるぞぉ!」
好奇心旺盛で落ち着きが無い種族であるハーフリング達は、一ヶ所に定住せず、常に旅を続けている。その為下手をすると異世界食堂に来店出来るのは数ヶ月に一度。食い意地が張っている彼らが数ヶ月に一度しか来れない異世界食堂に来たらどうなるか…言うまでもない。
貯蓄だの節約だのと言った言葉とは全く無縁な彼らは、有り金が尽きるまで食べまくる。いや、有り金が尽きてもお代わり自由なパンとライスとスープを食べまくる。
その旺盛過ぎるほど旺盛な食欲に刺激されて、他の客もいつもより多く注文することになる。その結果―
「カツドン大盛りおかわり! 大至急頼むぜ!」
「次はフライドチキンを骨付きで頼む! それからジントニックもな!」
「オムライス、オカワリ」
「お好み焼きのお代わりを! しぃふぅどで頼むでござる!」
「わたくしにはぶたたまを」
「ナポリタンをウィンナーでもう一皿!」
「オニオンベーコンピザ、もう一枚!」
次々と注文が飛び交う…そう、平日の昼を髣髴とさせる戦場の如き有様となってしまった。
「カツドンお待たせしました!」
―お待たせしました。フライドチキンとジントニックになります。
アレッタさんとクロさんもフル回転で応対しているが、とてもじゃないが手が足りていない。
「叔父さん! 私も給仕に回ったほうが良い?」
「いや、ここでお前に抜けられるのも困る。なんとかアレッタさんとクロさんに踏ん張ってもらうしか…」
マスターと早希さんの方も手一杯か…ならば!
「マスター! 給仕の方、俺が助っ人に入ります!」
俺は羽織を脱ぎながら、厨房のマスターへ声をかける。マスターは俺の声に驚いた顔をしていたが…
「ご心配なく! 大学の4年間、飲食店でバイトしてましたし、今も飲食業に関わってます」
「………すまない、頼めるかな」
最終的には手伝いに入ることを認めてくれた。
「Oui,Chef!」
俺は空いているロッカーに羽織と日輪刀を入れさせてもらい、予備のエプロンを装着。東雲商会で仕事をする時のように伊達眼鏡をかけると、3人目の給仕として動き出した。
アレッタ視点
「大変お待たせいたしました。こちら、オニオンベーコンピザになります。空いたお皿の方は、下げさせていただきますね」
手伝いに入ってくださったリンヤさん。給仕の経験があると言っていましたけど、すごく慣れた様子です!
「お好み焼き。豚玉とシーフードあがったよ!」
「はい!」
私も負けていられません。3人でこの忙しさを乗り切らないと!
「お待たせしました! オコノミヤキのブタタマとシーフードになります!」
こうして3人で給仕を頑張り…お客さんが3回入れ替わったところで、ようやく混雑は収まったのでした。
マスター視点
「ふぅ…」
平日の昼に匹敵する忙しさだった2時間を乗り切り、安堵の息を吐く。
「4人だけだったら、今日の忙しさは乗り切れなかったかもな」
「本当だね。東雲さんが助っ人に入ってくれて、助かったよ」
「いえいえ、本当なら調理でお手伝いします! と言えれば良かったのですが、多少腕に覚えがあると言っても、よそ様の聖域に入れるほどではないので」
俺と早希の呟きに皿洗いをしながらそう答える東雲さん。彼が手伝ってくれて本当に助かった。
「マスター! 食堂のお掃除終わりました!」
「おう、それじゃあ昼飯にしようか。東雲さんも厨房で申し訳ありませんが…その代わり、一食奢らせてもらいますよ」
「それは…ありがとうございます。それでは遠慮なくいただきますね」
俺が差し出したメニューを受け取り、笑顔を見せる東雲さん。さて、どんな注文が来るのかな?
最後までお読みいただきありがとうございました。
当初の予定では前後編の予定でしたが、思った以上に長くなりそうなので、前編、中編、後編の3部作に変更いたします。
次回、異世界食堂で麟矢は何を食べるのか?
※大正コソコソ噂話・特別編※
今回、給仕の助っ人に入った麟矢ですが、その動きを見て一部の客…具体的にはタツゴロウやライオネルなど、荒事に慣れている面々からその実力を見抜かれているようです。