肆拾漆之巻を投下します。
お楽しみいただければ幸いです。
魘夢視点
「言われた通り、切符を切って眠らせました。どうか早く、私も眠らせてください。死んだ妻と娘に会わせてください…お願いします。お願いします……」
乗り込んだ乗客全員の切符を切り終え、眠りに落ちたのを確認するや否や、私の分身体へ駆け寄り土下座する車掌。そのあまりに無様で滑稽な姿に、思わず声を上げて笑い出すところだったが、必死に我慢。
「いいとも、よくやってくれたね。お眠り。家族に会える良い夢を」
猫撫で声と共に血鬼術を発動し、夢の世界へと送り込む。
「あの…私たちは…」
車掌が崩れ落ちて五数えると同時に、手駒にしている女が指示を仰いできた。うん、きちんと言いつけを守っているね。
心の中でほくそ笑みながら、私は控えている手駒達へ指示を下していく。
「もう少ししたら眠りが深くなる。それまでここで待ってて。勘のいい鬼狩りは、殺気や鬼の気配で目を覚ます時がある。近づいて
「「「「はい…」」」」
手駒達の返事に満足した私は、分身体へ割り振っている意識を最低限にして、目的の達成に集中していく。
「どんなに強い鬼狩りだって関係ない。人間の原動力は心だ、精神だ。“精神の核”を破壊すればいいんだよ。そうすれば生きる屍だ。殺すのも簡単」
機関車の屋根に立ち、風を全身に受けながら一人呟き、ほくそ笑む。御膳立ては完璧。この無限列車にいる限り、私の勝ちは微塵も揺るがない。
「人間の心なんてみんな同じ。硝子細工みたいに脆くて弱いんだから」
そう、私の策は完璧なんだ。
麟矢視点
「出来ることならお二人には、紅茶でも飲みながら休息を取って頂きたいところですが、生憎時間がありません。すぐにでも出発しましょう」
「大丈夫だ、問題ない」
「俺も気力体力、共に充実している。いつでも大丈夫だ!」
俺の声に対する獪岳と犬塚氏の返答に頷いた俺は、すぐさま二人を連れて応接間を後にすると、屋敷の裏に建てられた納屋へと直行。
「麟矢様、最終点検及び燃料の補給は済んでおります」
「物資の積み込みも一号車、二号車共に完了してます!」
後峠さんと玄弥君の声を聞きながら、
「こ、これは!」
「自動車か! 街で何度か見かけたことはあるが、近くで見るのは初めてだ*1」
驚いた様子の二人に心の中で
「アメリカのフォード・モーター社が開発・製造したフォード・モデルT。大衆向けに開発された比較的安価な車両*2でありながら、高い完成度を誇る傑作です。まぁ、流石に二台購入するのは、少々高い買い物でしたが」
「少々高い買い物って…幾らかかったんだ?」
「一台あたり八百五十$。それに諸経費が少々ってところですね。今一$は、大体二円くらい*3でしょうか。ですから…」
「あぁ、いい。とんでもない額だってことがわかればそれでいい」
詳細な金額を説明しようとする俺に、頭を押さえながらそれを拒否する獪岳。犬塚氏も青い顔をしていたので、俺は説明を中断して作戦の説明に入る。そして一通りの説明が済んだところで…
「質問が無いようでしたら、出発します。獪岳と犬塚氏は私と一号車。玄弥君と後峠さんは二号車へ!」
俺達は二台の車に分乗。父さんと母さん、絹江さん達の見送りを受けながら、出発した。
善逸視点
「こっちこっち! こっちの桃が美味しいから!」
雲一つない晴天の下、俺は禰豆子ちゃんの手を取って桃畑を駆け回る。
「白詰草もたくさん咲いてる! 白詰草で花の輪っか作ってあげるよ、禰豆子ちゃん! 俺、本当に上手いの出来るんだ!」
「うん、たくさん作ってね!」
鈴を転がすような禰豆子ちゃんの声に、頬がだらしなく緩みそうになるのを必死に堪えながら、俺は精一杯の笑顔を向けながら―
「途中に川があるけど、浅いし大丈夫だよね?」
禰豆子ちゃんにそう問いかけたんだけど…
「川? 善逸さんどうしよう。私泳げないの…」
返ってきたのは予想外の答え! でも大丈夫!
「俺がおんぶしてひとっ飛びですよ! 川なんて! 禰豆子ちゃんの爪先も濡らさないよ! お任せくださいな!!」
少々鼻息が荒くなりながらも、俺はそう断言して禰豆子ちゃんを抱き抱える。あぁ、なんて幸せ!
………だけど、何か大切なことを忘れているような気がする…ような気がする。
伊之助視点
「探検隊! 探検隊! 俺達洞窟探検隊!!」
どこまでも続く真っ暗な洞窟。俺は大声で歌いながら奥へ奥へと進んでいく。
「親分! 親分!」
子分達が声をかけてきたのはその時だ。
「どうした子分その一、その二!」
「あっちから、この洞窟の主の匂いがしますポンポコ!」
「寝息も聞こえてきこえてきますぜチュー」
子分その一のポン治郎、その二のチュウ逸からの報告に、俺は大きく頷いて声を張り上げる。
「よし行くぞ! 勝負だ!!」
俺の声にポン治郎とチュウ逸はついて来るけど…
「ついて来い子分その三!」
子分その三は、何故かその場から動こうとしない。
「こっち来いホラ! ツヤツヤのドングリやるからホラ!!」
ツヤツヤのドングリを渡したら、ようやく子分その三も動き出した。まったく、世話の焼ける奴だぜ!
「行くぞ!!」
「「ヘイ!」」
改めて洞窟の主へ向かって俺達は出発する。待ってろよ、洞窟の主! 俺がやっつけてやるぜ!
………でも、なんかモヤモヤするのはなんでだ?
杏寿郎視点
「………」
ん? 俺は何をしに来た? 一瞬呆けていた己に活を入れつつ、俺はここに来た理由を思い出す。
そうだ、父上に報告だ。柱になったことを。
「ち―」
「柱になったから何だ。下らん…どうでもいい。どうせ、大したものにはなれないんだ。お前も俺も」
俺の声を遮るように吐き捨てられた父上の声。俺は一瞬言葉を失ったが…すぐに気を取り直すと、背中を向けたままの父上に一礼し、部屋を後にする。
「あ…兄上」
部屋を出るとすぐ、不安そうな顔でこちらを窺っていた千寿郎がこちらへ近づいてきた。
「父上は喜んでくれましたか? 俺も柱になったら、父上に認めてもらえるでしょうか?」
縋るように俺に問いかけてくる千寿郎を見ながら、俺は昔の父上を思い出す。
昔からああではなかった。鬼殺隊で柱にまでなった父だ。情熱のある人だったのに、ある日突然剣士をやめた。突然。
あんなにも熱心に俺達を育ててくれていた人が…何故。
………考えても仕方がないことは考えるな。千寿郎はもっと可哀想だろう。物心つく前に病死した母の記憶は殆どなく、父はあの状態だ。
俺は床に膝をついて千寿郎と目線を合わせ―
「正直に言う」
千寿郎と己を鼓舞するように声を出す。
「どうでもいいとのことだ。しかし! そんなことで俺の情熱は無くならない! 心の炎が消えることはない! 俺は決して挫けない!」
俺の声で感極まったのか、泣き出した千寿郎。その手を握りながら、俺はなおも声を出す。
「そして千寿郎。お前は俺とは違う! お前には兄がいる。兄は弟を信じている。どんな道を歩んでも、お前は立派な人間になる! 燃えるような情熱を胸に頑張ろう!」
「頑張って生きていこう! 寂しくとも!」
最後にはお互い抱きあうような形となりながら、俺は千寿郎へ精一杯の言葉を伝えた。うむ、これからは柱として、兄として、より一層励んでいかなければ!
炭治郎視点
「……あれ?」
俺はどうしたんだろう。少しの間呆けていたみたいだ。いけないいけない。炭が全部売れた今、急いで家に帰らないといけないのに…
しっかりしろと自分に言い聞かせ、山道を歩いていると―
「兄ちゃんおかえり!」
「炭売れた?」
家まであと少しのところで、俺に気づいた茂と花子が駆け寄ってきた。あれ? 何故だろう。二人の顔を見るのがすごく久しぶりに感じる。そんな筈ないのに…
「……あ、あぁ! 全部売れたよ!」
そんなことを考えていたからか、茂と花子の声に答えるまで、少し間が生じてしまった。そのせいなのだろう。
「兄ちゃん、大丈夫?」
「具合悪いの?」
心配そうな顔で俺に駆け寄り、口々に問いかける弟妹達。俺は二人の頭をそっと撫で―
「大丈夫。少しぼうっとしていただけだ」
そう言って安心させると、二人の手を取って一緒に家へと入っていく。そして、家で待っていた母さん、禰豆子、竹雄、六太にただいまを告げ、麓の村で買ってきた金平糖を皆で食べる。
うん、家族皆で肩を寄せ合って生きていけるなんて、幸せだなぁ。
魘夢視点
「縄で繋ぐのは腕ですか?」
「そう、注意されたことを忘れないで」
手順を確認しながら、自らの手を鬼狩りの手を縄で繋いでいく手駒達。
そして、縄を繋ぎ終えた者から、順に眠りについていく。うん、状況を確認してみたけど実に順調だ。あと少し待てば鬼狩り達は精神の核を壊されて、役立たずの木偶の坊に成り果てる。
「ねんねんころりこんころり。息も忘れてこんころり。鬼が来ようとこんころり。腹の中でもこんころり」
鼻歌を口遊み乍ら、俺は再び目標へと集中していく。
「楽しそうだね。幸せな夢を見始めたな。深い眠りだ。もう目覚めることは出来ないよ」
麟矢視点
「こ、これが自動車! なんて速度!」
「正直予想以上だ!」
夜道を爆走する車の後部座席で、そんなことを口にする獪岳と犬塚氏。俺は二人の様子に笑みを浮かべながら―
「フォード・モデルTのエンジンは、排気量2896ccで出力20~24馬力。その最高速度は70kmを超えます」
性能について説明を行っていく。うん、
「排気量? 出力? よくわからんが…これだけの速さを出せるのは大したものだ」
「あぁ…それにしても東雲。自動車の運転なんて、いつの間に修得したんだ?」
「まぁ、金持ちの嗜み…とでも思っていてください。それよりも、お二人とも空腹じゃありませんか? 簡単なものですが、軽食を用意しておきました」
獪岳の疑問にそう答えながら、俺は助手席に置いていたバスケット籠を掴み、後部座席の二人へと差し出すと―
「おぉ、これはかたじけない」
「すまない、遠慮なくいただく」
二人は素直に籠からパラフィン紙の包みを取ってくれた。中身は…きっと驚くぞ。
獪岳視点
「すまない、遠慮なくいただく」
東雲に一言礼を言った俺は、差し出された籠から紙包みを一つ取り出し、さっそくその中身を確認する。
「……これは…なんだ?」
包まれていたのは、丸く平べったい形をした二つの飯の塊。ほんのり焦げ目がついているところや、漂ってくる心地良い香りから見て、醬油を塗って軽く焼いているのだろう。
そして、間に挟まれているのは…かき揚げか? 何という料理か知らないが、実に美味そうだ。
「それはライスバーガー。パンで具を挟んだサンドイッチやハンバーガーという料理があるんですが、それを和風にアレンジ…作り変えたものです。獪岳が取ったのが、海鮮かき揚げ。犬塚氏が取ったのが照り焼きつくねになります」
らいすばぁがぁか。東雲の奴、よくも色々と思いつくものだ。内心感心しながら、俺はらいすばぁがぁを一口。
「美味いな」
醤油を塗られて焼かれた飯の部分は、香ばしい表面と柔らかな中身の対比が面白い。これだけでも軽食としては十分なほどだ。
具として挟まれた海鮮かき揚げの方は、さくりとした歯応えの衣と、具として混ぜ込まれた海鮮…烏賊や海老と、野菜…牛蒡と人参の食感の違いが良い。
そして、海鮮かき揚げにかけられている塩味のたれ。これがたまらない。飯と具を上手く繋いでいる。
「ふぅ…」
一気にらいすばぁがぁを食べ終え、一息つく。実に美味かった。美味かったが…一個では少し物足りないな。
もう一つ貰うと…
「獪岳殿」
その時、目の前に差し出された包み。思わず視線を横に動かすと、犬塚が笑みを浮かべている。
「この照り焼きつくねも実に美味かった。獪岳殿もよろしければ」
「……悪いな」
短く礼を言って包みを受け取り、お返しとして海鮮かき揚げの包みを手に取り、そっと差し出す。
「かたじけない」
互いに笑みを交わし、同時にそれぞれのらいすばぁがぁに齧り付く。うん、こっちも美味いな。
「お口に合って何よりです」
車内に東雲の声が響く中、自動車は夜道を進んでいく。美味い物を食って、気力が更に充実してきた。期待に応えられるよう全力を尽くすとするか。
最後までお読みいただきありがとうございました。
※大正コソコソ噂話※
今回派遣された無限列車への助っ人。隊士である麟矢、獪岳、剣蔵、玄弥君に加えて、後峠さんが参加していますが、これは後峠さんにしか出来ないあることを行ってもらう為であり、事前にお館様から許可を得ているそうです。