肆拾玖之巻を投下します。
お楽しみいただければ幸いです。
糸目の少女視点
命じられたとおり、自分に割り振られた相手…猪の頭皮を被った変な男の夢の中に入り込んだんだけど…
「失敗した…失敗した…」
無意識領域に入り込むことも出来ないまま、私は岩陰に身を潜めていた。
「話が違う…なんで、本体が夢から覚めようと動き回ってるのよ…」
そう、幸せな夢に浸っているはずの本体が、ここから出ようと行動していて…私は運悪く見つかってしまったのだ。私は咄嗟にその場から逃げ出し、身を隠したけど…いつまでもこうしてはいられない。
「あいつに見つかる前に、なんとか無意識領域に入り込まないと…」
「どこに入り込むって?」
「ッ!?」
その時、背後から聞こえてきた声。私は悲鳴を上げそうになるのを必死にこらえながら、ゆっくりと振り返る。そこにいたのは…裸猪!
「キャァァァァ!」
いつ私の背後に立ったの!? 全く気付かなった! 私は無我夢中で走り、裸猪から距離を取っていく。
「お前! 何処から入った! 入ってきた場所を教えろ! 俺はここから出なくちゃいけねぇんだ!」
何か大声で喚いているけど、私は知らない! 追いかけてこないでぇ!
短髪の少年視点
教えられた通りに金髪のガキの夢の中に入り込んだんだけど…
「それで? どうすればここから出られるんだ?」
無意識領域を探す間もなく、俺は本体と遭遇して取り押さえられてしまった。
「正直な話、見ず知らずの男に夢の中へ入り込まれて、俺は少々立腹してるんだ。この気持ち、わかるよな?」
「は、はい…」
明らかに不機嫌とわかる声色に頷きながら、俺は自分の不運を呪う。
ち、ちくしょう…どうすりゃ、どうすりゃいいんだよ……
炭治郎視点
引き留める家族の声を振り切った俺は、鬼を探して森を駆け回ったけど…
「ハァ、ハァ…いない……」
森を隅から隅まで探しても、鬼は見つからない。
「鬼がどこにもいない…でも、匂いはするんだ。微かに…」
微かに匂いはする。だけどまるで膜がかかっているように、どこにいても、どこからでも微かに鬼の匂いがする。これじゃあ場所を特定できない。
「早くしないと…! 禰豆子が血を流している。他の皆も眠っているなら、相当まずい状況だ」
焦る気持ちを必死に落ち着かせながら、俺は森を走り回る。どうすれば目を覚ませる!? どうすれば…どうすれば!
森を更に一周したけど鬼は見当たらない。鬼がいない! どうなってるんだ…どうする?
俺は全集中の常中を使えてないのか? 今はただ眠っているだけなのか…!
焦れば焦るほど、考えが上手く纏まらない。とにかく、今は落ち着いて―
「炭治郎、刃を持て。斬るべきものはもう在る」
「父さん!?」
背後で微かに聞こえた父さんの声に、慌てて振り返るけど…そこには誰もいない。だけど、あの声を間違いなく…俺を導いてくれるのか?
「斬るべきものは在る…斬るべきもの…目覚めるために…」
父さんの言葉を繰り返し呟き…わかった…と思う。でも、もし違っていたら?
夢の中の出来事が、現実にも影響する場合、取り返しが……
「迷うな! やれ! やるんだ!!」
頭の中をよぎる弱気な考えを大声を出して振り払い、俺は日輪刀を抜く。
“夢の中の死”が“現実の目覚め”に繋がる。つまり斬るのは…
「うおおああああ!!」
「あああああ!!」
自らの手で己の頸を斬った瞬間、俺は叫び声と共に跳ね起きた。
「!?」
そこは列車の客席。すぐさま己の頸に手を当て、自分が生きていることを確認する。大丈夫だ、生きてる。
「はぁぁぁ…」
思わず安堵の溜息が漏れる。考えが間違っていなかったのは嬉しいけど、あんな真似はもう二度と…
「むー…」
「!?」
そうだ、禰豆子!
「禰豆子! 大丈夫か…」
慌てて禰豆子に声をかけたその時、己の手首に結ばれた縄の存在に気が付いた。途中で焼き切れている縄…禰豆子の燃える血か? 微かだけど鬼の匂いもする。
「そうだ!」
縄から漂う鬼の匂いにあることを思い出した俺は、懐から切符を取り出し…やっぱり、これも微かに鬼の匂いがする。
切符を切った時に眠らされたんだな。きっと鬼の細工がしてあるんだ。そうだとしたら、これだけ微量の匂いでここまで強力な血鬼術を…
「煉獄さん!?」
ここで俺は目の前で立ったまま眠っている煉獄さんに気が付いた。こんな状態の煉獄さんに気付かなかったなんて、不覚!
「善逸! 伊之助!」
俺は近くで眠っている善逸達に声をかけながら、座席の下に隠していた日輪刀を手に取ると、慎重に様子を探っていく。
「手首を縄で繋がれている…誰なんだ、この人達は…」
善逸、伊之助、そして煉獄さんと縄で繋がっている人達。すぐにでもこの縄を切ってしまいたけど…何だろう、この縄を日輪刀で絶ち切ると、きっと良くないような気がする。
「禰豆子、頼む! 縄を燃やしてくれ!」
「むー!」
俺の声に答え、すぐさま縄を燃やしてくれる禰豆子。縄が燃え尽きたところで、二人に近寄り―
「善逸! 伊之助! 起きろ! 起きるんだ!!」
必死に二人を起こそうとするけど…駄目だ、二人とも目を覚まさない!
「むー!」
「よしよし、ごめんな。ありがとう」
少々不機嫌になった禰豆子を宥めながら、俺は知恵を借りようと、煉獄さんに声を―
「ッ!?」
かけようとした瞬間、三つ編みの女性が俺に襲いかかってきた! 振るわれた錐を
「邪魔しないでよ! あんたたちが来たせいで、夢を見せてもらえないじゃない!」
憤怒の表情と共に罵声を俺にぶつけてきた女性に思わず息を飲む。この人は、いやこの人達は自分の意志で…?
善逸、そして伊之助と縄で繋がっていた男女も、錐を片手に俺との間合いをジリジリと詰めてきている。鬼ではない人を傷つけるわけには…どうする?
「何してんのよ! あんたも起きたなら加勢しなさいよ!」
三つ編みの女性の怒声が響いた直後、フラリと姿を現す男性。まだいたのか…
「結核だか何だか知らないけど、ちゃんと働かないなら、
きっとあの男性が、縄で俺と繋がっていたんだろう。結核…病気なんだ。可哀想に…。
許せない鬼だ。人の心につけ込んだ。きっと他の三人も相応に苦しんで、鬼に縋らざるを得なかったんだろう。だけど…
「ごめん、俺は戦いに行かなきゃならないから」
覚悟を決めた俺は、素早く三人に当身を仕掛けて意識を刈り取り、静かに床へと寝かせていく。
「幸せな夢の中にいたいよね。わかるよ。俺も夢の中にいたかった…」
「………」
「この人たちのことを頼めますか?」
「あぁ…気を付けて。それから、ありがとう」
「はい! 禰豆子!」
敵意を感じない男性にこの場を頼み、俺は禰豆子と共に客車の外を目指す。一刻も早く、卑劣な鬼の頸を刎ねなければ!
怒りを心の底に押し止めながら、勢い良く客車の扉を開く。
「ぐっ…」
その瞬間、俺の鼻が嗅ぎ取ったのは思わず顔を背けたくなるほどの鬼の匂い! 凄い匂いだ、重たい…!
この風の中、鬼の匂いがここまで…こんな状態で眠ってたのか、俺は…客車が密閉されていたとはいえ、信じられない。ふがいない!
心の中で己を一喝しながら、俺は客車の屋根へと飛び移る。鬼は風上…ということは、先頭車両か?
「禰豆子、来るな! ここからはまず俺一人で行く! 皆を起こして、追ってくるように伝えてくれ!」
禰豆子にそう言い残し、俺は客車の屋根伝いに先頭車両へと走る。そして…
「あれぇ、起きたの? おはよう。まだ寝てて良かったのに」
先頭車両で余裕有り気に佇む男を見つけた。こいつが…!
「せっかく良い夢を
なん、だと…
「今度は、父親が生き返った夢を見せてやろうか」
こいつは…絶対に許さない!
魘夢視点
「今度は、父親が生き返った夢を見せてやろうか」
そう告げた瞬間、目の前の鬼狩りから憤怒の感情が噴出したのを感じた。酷いなぁ、せっかく良い夢を見せてやろうと言っているのに…。
「人の心の中に、土足で踏み入るな! 俺はお前を許さない」
あれぇ? 耳に飾りをつけてるな。運が良いなぁ…早速来たんだ、俺のところに。
あぁ、夢みたいだ。これでもっと無惨様の血を戴ける。そしてもっと強くなれたら、上弦の鬼に入れ替わりの血戦を申し込めるぞ。
「水の呼吸。拾ノ型。生生流転」
そんなことを考えていると、鬼狩りが刀を抜いてこちらへ突っ込んできた。すぐに刀を抜いて…野蛮だなぁ。
「血鬼術」
俺は焦ることなく、左手を鬼狩りへ向けて血鬼術を発動。
「強制昏倒催眠の囁き…お眠りィィ」
鬼狩りを眠らせる。さぁ、これで―
「ッ!」
眠らない?
「眠れぇぇ、眠れぇぇぇ、眠れぇぇぇぇ、眠れぇ、眠れぇぇぇぇぇ!」
俺は何度も血鬼術を発動するが、何故か目の前の鬼狩りには効かない。どうしてだ?
いや、違う。コイツは何度も術にかかっている。かかった瞬間にかかったことを認識して、
夢の中だったとしても、自決するということは、自分で自分を殺すということは、相当な胆力がいる。このガキはまともじゃない。
よし、生半可な悪夢じゃ目を覚ますというなら…とびきりの悪夢を見せてやろう。
「お眠りィィ」
目の前で家族が惨殺された上、死体になった家族から口汚く罵られる悪夢。これならどうだ?
「言う筈がないだろう…そんなことを! 俺の家族が!」
コイツ…
「俺の家族を侮辱するなァァァァァ!!」
叫びと共にガキの振るう刀が俺の頸を刎ね―
炭治郎視点
「俺の家族を侮辱するなァァァァァ!!」
怒りの咆哮と共に、鬼の頸を刎ねた。刎ねたけど…手応えが殆ど無い。もしや、これも夢か? それとも、この鬼は彼よりも弱かった?
そんな疑問を心の中で呟いていると…
「
「存在自体が何かこう…とにかく癪に障って来る感じ」
刎ねられた鬼の頸が、斬られた部分から肉の根のようなものを生やしながら、言葉を発し始めた。馬鹿な…首を刎ねられたのに、死なない!?
「素敵だねその顔。そういう顔を見たかったんだよ。うふふふ…」
思わず背筋がぞっとするような声を発する鬼と対峙しながら、俺は日輪刀を握る手に力を籠めなおす。落ち着け…首を刎ねられて死なない筈がない。きっと何か絡繰りが―
「頸を斬ったのに、どうして死なないのか…教えて欲しいよね? いいよ、俺は今気分が高揚してるから」
どういうことだ? 自分で自分が死なない絡繰りを暴露するつもりなのか!?
「赤ん坊でもわかるような単純なことさ…うふふふっ…
本体ではなくなった!? 蝉みたいに抜け殻を作ったということなのか?
「今喋っている
なん、だと…
「この汽車の全てが、俺の血であり、肉であり、骨となった」
この汽車の全てが…まさか!
「うふふっ、その顔! いいねいいね、わかってきたかな? つまり、この汽車の乗客二百人余りが、俺の体をさらに強化するための餌。そして人質。ねぇ、守りきれる? 君は一人で、この汽車の端から端までうじゃうじゃとしている人間たち全てを」
「くっ!」
言いたい放題の鬼に一太刀浴びせようと、俺は鬼へと駆け寄る。だけど―
「俺に“おあずけ”させられるかな? ふふふっ…」
鬼はもう少しのところで、汽車の天井に溶け込むように消えてしまった。間に合わなかった…!
「くぅっ!」
俺はすぐさま思考を切り替え、先頭車両から客車へと走り出す。最優先すべきは乗客の安全確保。だけどどうする…どうする!!
俺一人で守るのは二両が限界だ。それ以上の安全は悔しいけれど、保障ができない…!
「煉獄さん! 善逸! 伊之助ぇぇぇっ! 寝てる場合じゃない! 起きてくれ頼む!! 禰豆子ぉぉぉっ! 眠っている人たちを守るんだ!」
一縷の望みをかけ、走りながら声を振り絞る。頼む、届いてくれ!
「オオオオウォオオオオ」
その時、先の客車から聞こえてくる声。あの声は!
「ついて来やがれお前ら! ウンガァアアア!!」
客車の天井を突き破り姿を現す伊之助。本当はあんなことやっちゃいけないし、注意しなくちゃいけないけど…今はとても頼もしく見える!
「猪突猛進! 伊之助様のお通りじゃアアア!!」
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回、遂にあの鬼が登場?
※大正コソコソ噂話※
鬼殺隊隊士全員につけられ、主に鬼殺隊本部からの通達を伝える役割を持つ鎹鴉。
当然、獪岳と剣造にも鎹鴉が存在しており、獪岳の鴉は『薄墨』。剣造の鴉は『白波』という名前が付けられています。